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	<title>ヨコハマNOW &#124; ヨコハマナウ &#124; 横浜なう &#124; 横浜流行通信</title>
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		<title>無我夢中で人生を謳歌　永楽製麺所の楯紳一さん</title>
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		<pubDate>Mon, 09 Aug 2010 15:09:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Staff</dc:creator>
				<category><![CDATA[ヨコハマこの人]]></category>

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		<description><![CDATA[　横浜開港とともに発展してきた横浜中華街は、開港の歴史文化と国際化に培われた異国情緒を醸し出す横浜の文化遺産の街です。「ヨコハマこの人」の第四回目は、そんな横浜中華街で、中華麺類全般と付随商品の製造及び販売をされている株 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　横浜開港とともに発展してきた横浜中華街は、開港の歴史文化と国際化に培われた異国情緒を醸し出す横浜の文化遺産の街です。「ヨコハマこの人」の第四回目は、そんな横浜中華街で、中華麺類全般と付随商品の製造及び販売をされている株式会社永楽製麺所の楯紳一とお嬢様の楯玲奈さんにお話を伺いました。</p>
<table>
<tr>
<td width="200" valign="top"><img src="postbook/20100810/hito-01.jpg" width="200" height="250" border="0" alt="株式会社永楽製麺所の楯紳一さん" title="株式会社永楽製麺所の楯紳一さん" /></td>
<td width="5">&nbsp;</td>
<td valign="top" align="left">
<div style="background:#DBF5F3; width:400px; height:230px; padding:10px 0 10px 10px;">
<p>
名前：楯紳一（たてしんいち）さん<br />
出身地：横浜生まれの横浜育ち<br />
年齢：60歳<br />
家族構成：妻一人　子供二人<br />
現在の住居：横浜市南区<br />
職業：株式会社永楽製麺所、横浜中華街発展会協同組合　理事<br />
趣味：スキー・登山・アマチュア無線<br />
会社のHP：<a href="http://www.eirakuseimen.co.jp/" target="_blank">http://www.eirakuseimen.co.jp/</a>
</p>
</div>
</td>
</tr>
</table>
<p><!-- ======= --></p>
<p>&nbsp;</p>
<table>
<tr>
<td valign="top">
<h3 style="color:#006600;margin-bottom:10px;background: url(thisimages/e01.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:10px;">「起」　誕生エピソード</h3>
<h4 style="margin-bottom:5px;background: url(thisimages/q20.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:8px;">永楽製麺所の誕生から現在に至るまでをお話いただけますか</h4>
<p>　永楽製麺所は、おばあ様（楯さんの義母）が麺を作っていたのが始まりです。おばあ様が作る麺は評判が良くて、中華街のお店からの注文が増えていきました。</p>
<p>　おじい様（楯さんの義父）は東京の広東料理の老舗「山水楼」のシェフで有名な料理人だったそうです。現在も販売しているラーメンの醤油スープは、おじい様の味です。</p>
<p>　私は大学3年のときから女房の実家で朝3時からアルバイトをしていました。思えばそれば運のつきでしたね。（笑）そのときから義兄さんと一緒に働いていましたよ。</p>
<p>　アルバイトが取り持つ縁で、38年前に山手教会で結婚式を挙げました。そして麺作りが仕事になったのです。</p>
<p>　当時は、中華街の路地裏の6畳間くらいの広さの店で受注生産で中華麺やワンタンの皮を作っていました。冷蔵庫がなかったから休めなかったのです。3時から23時まで、365日年中無休で働いていました。</p>
<p>　趣味のアマチュア無線を駆使して、朝から晩まで配達していました。配達しながら三食とも車の中で食べたことともあります。今思うといつ寝ていたかと思いますね。</p>
<p>　私は15年目に交通事故にあうまで年中無休でした。義兄は20年目に病気になるまで休みませんでしたね。ずっと義兄と二人三脚で、無我夢中で働いてきました。</p>
<p>　30年前に現在の本社の迎えにある場所（現在は八百屋さん）の1階を借りました。15坪の店でしたね。道路に面していたので、そのときから小売りを始めました。</p>
<p>　その頃はもう子供たちが生まれていましたが、家族総出で働いていましたから子供たちをおぶって仕事をしていました。</p>
<p>　そのうち高島屋さんから声がかかって、催事に出店したのが、中華街の外へのデビューでした。何にも知らなくて・・・包装紙もなかったくらいです。</p>
<p>　うちは宣伝というものをしたことがないのです。本当に口コミだけで広がっていったのですね。</p>
</td>
<td width=10">&nbsp;</td>
<td valign="top" align="center" width="170">
<div class="picbox">画像をクリックして拡大写真をご覧ください。<br />&nbsp;<br />お嬢様で横浜中華街コンシェルジェの<br />楯玲奈さん<br /><a href="postbook/20100810/hito-02a.jpg" rel="lightbox[hito810]" title="横浜中華街コンシェルジェの楯玲奈さん"><img src="postbook/20100810/hito-02s.jpg" alt="楯玲奈さん" title="楯玲奈さん" width="150" height="100"  /></a></div>
<p><!-- picbox -->
<p>&nbsp;</p>
<div class="picbox">画像をクリックして拡大写真をご覧ください。<br />&nbsp;<br />永楽製麺所のお店の様子<br /><a href="postbook/20100810/hito-03.jpg" rel="lightbox[hito810]" title="永楽製麺所のお店の入り口には大きな虎の人形があります。　楯紳一さんが寅年生まれなので、だそうです。"><img src="postbook/20100810/hito-03s.jpg" alt="永楽製麺所の店内の様子" title="永楽製麺所の店内の様子" width="150" height="100"  /></a><br /><a href="postbook/20100810/hito-04.jpg" rel="lightbox[hito810]" title="永楽製麺所の店内の様子"><img src="postbook/20100810/hito-04s.jpg" alt="永楽製麺所の店内の様子" title="永楽製麺所の店内の様子" width="150" height="100"  /></a><br /><a href="postbook/20100810/hito-05.jpg" rel="lightbox[hito810]" title="永楽製麺所の店内の様子"><img src="postbook/20100810/hito-05s.jpg" alt="永楽製麺所の店内の様子" title="永楽製麺所の店内の様子" width="150" height="100"  /></a><br /><a href="postbook/20100810/hito-06.jpg" rel="lightbox[hito810]" title="永楽製麺所の店内の様子"><img src="postbook/20100810/hito-06s.jpg" alt="永楽製麺所の店内の様子" title="永楽製麺所の店内の様子" width="150" height="100"  /></a><br /><a href="postbook/20100810/hito-07.jpg" rel="lightbox[hito810]" title="永楽製麺所の店内の様子"><img src="postbook/20100810/hito-07s.jpg" alt="永楽製麺所の店内の様子" title="永楽製麺所の店内の様子" width="150" height="100"  /></a></div>
<p><!-- picbox --></p>
</td>
</tr>
</table>
<p>　15坪の店から50坪の店に移り、本牧に工場を作りました。その頃から紀伊国屋にも中華麺を卸し始めました。ワンタンの皮が手作業で作れなくなったのもその頃です。</p>
<p>　現在の場所には15年前に移ってきました。ここは500坪あります。1階を売り場に上の階を工場にしました。6畳間の路地裏から始まったことを思うと、本当に大きくなりました。現在は、高島屋そごうなどのデパートやSATYなどのスーパーでもうちの商品が販売されています。
<p><!-- ======= --></p>
<p>&nbsp;</p>
<h3 style="color:#006600;margin-bottom:10px;background: url(thisimages/e02.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:10px;">「承」　永楽製麺所の宝</h3>
<h4 style="margin-bottom:5px;background: url(thisimages/q20.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:8px;">永楽製麺所の「こだわり」は何ですか</h4>
<table>
<tr>
<td valign="top">
<p>　うちの特徴は防腐剤を一切使わないことです。そして塩を入れないで作っています。</p>
<p>「余分なものは何も入れていない」<br />
「やり方も昔のままです」<br />
だから味には自信があるのです。</p>
<p>　安心できる材料で心をこめて作ったものをお客様に食べていただきたいという気持ちでここまでやってきました。</p>
</td>
<td width=10">&nbsp;</td>
<td valign="top" align="center" width="170">
<div class="picbox">画像をクリックして拡大写真をご覧ください。<br />&nbsp;<br />楯紳一さんのこだわり<br /><a href="postbook/20100810/hito-08.jpg" rel="lightbox[hito810]" title="安心できる材料で心をこめて作ったものをお客様に食べていただきたい"><img src="postbook/20100810/hito-08s.jpg" alt="楯紳一さんのこだわり" title="楯紳一さんのこだわり" width="150" height="100"  /></a></div>
<p><!-- picbox -->
</td>
</tr>
</table>
<p>　義兄は今でも4時に起きて毎朝、その日の麺づくりの水の分量を決めています。天候や温度によって水の量は微妙に違ってくるのです。義兄の手を触ると職人の手だとわかるそうですよ。（笑い）</p>
<p>　うちにはいいものを作りたいという職人魂がいまだ健在です。麺の袋詰めも手で行っていますし、シールも手で貼っています。「こだわり」をなくしたら職人ではないですからね。</p>
<h4 style="margin-bottom:5px;background: url(thisimages/q20.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:8px;">お客様はどのような方たちでしょうか</h4>
<p>　うちは本当にお客様に恵まれています。お客様からのご紹介という方が多いです。古いお客様は、もう半世紀を超えるお取引になります。お客様と家族ぐるみのお付き合いになって、結婚式に招待されたいうこともあります。</p>
<p>　お店で宅急便の宛先を書いていたときに、車がレッカー車で持っていかれてしまったお客様に、レッカー代分くらいの麺を差し上げたことから親戚同様の付き合いになったというケースもあります。</p>
<p>　お客様に美味しい食べ方を教えていただくこともありますよ。（笑）</p>
<p>　ニッポン放送の番組で宣伝を始めたり、横浜スタジアムのスピードガンコンテストのスポンサーになったりした頃から全国的な知名度が上がってきて、全国からお客様が見えるようになりました。お客様は何がほしいかを事前に決めて来られますね。フラッとお店に入ってくる方はほとんどいません。</p>
<h4 style="margin-bottom:5px;background: url(thisimages/q20.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:8px;">お仕事の魅力は何なのでしょうか</h4>
<p>　それはラーメンの魅力ですね。ラーメンが大好きで、今でも毎日食べています。何をいれても美味しいですしね。美味しいラーメンを多くの方々に提供したいといつも考えています。</p>
<p>　現在、横浜中華街には製麺所だけで7軒あります。お互いに切磋琢磨して美味しい麺を作っていきたいですね。私は横浜中華街の発展を考える立場にありますから他の製麺所に教えに行くこともありますよ。</p>
<p><!-- ======= --></p>
<p>&nbsp;</p>
<h3 style="color:#006600;margin-bottom:10px;background: url(thisimages/e03.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:10px;">「望」　日々の延長線上にある</h3>
<h4 style="margin-bottom:5px;background: url(thisimages/q20.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:8px;">今後はどのようなことをしたいですか</h4>
<table>
<tr>
<td valign="top">
<p>　「こだわり」を貫きたいですね。自分で小麦を育てて収穫してそれで自分で麺を作ってみたいです。目指すのは「麺工房」ですかね。</p>
<h4 style="margin-bottom:5px;background: url(thisimages/q20.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:8px;">お嬢様は、インターネット販売を担当しているそうですが・・・</h4>
<p>　顔が見えるお客様を大切にしていきたいです。それと同じようにインターネットのお客様とのお付き合いも大切にしていきたいですね。</p>
<p>　そして横浜中華街に来てくれる人を増やしたい、横浜の良さを見てもらいたいと思っています。</p>
</td>
<td width=10">&nbsp;</td>
<td valign="top" align="center" width="170">
<div class="picbox">画像をクリックして拡大写真をご覧ください。<br />&nbsp;<br />楯玲奈さんの思い<br /><a href="postbook/20100810/hito-09.jpg" rel="lightbox[hito810]" title="私たちが情報を発信して横浜・中華街に多くの人が足を運んでもらいたい"><img src="postbook/20100810/hito-09s.jpg" alt="楯玲奈さんの思い" title="楯玲奈さんの思い" width="150" height="100"  /></a></div>
<p><!-- picbox -->
</td>
</tr>
</table>
<h4 style="margin-bottom:5px;background: url(thisimages/q20.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:8px;">お勧め商品は何ですか</h4>
<p>　夏限定の「涼麺」はテレビ番組「どちらの料理ショー」に3度登場して2勝した自慢の商品です。うち特製のスープで冷やし中華にすると美味しいですよ。</p>
<p>　それから夏バテにはお腹に優しい中華粥もいいですね。さっぱりとしたデザートとして「杏仁豆腐」もお勧めです。</p>
<table>
<tr>
<td valign="top">
<h4 style="margin-bottom:5px;background: url(thisimages/q20.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:8px;">楯さんにとって横浜はどのようなところですか</h4>
<p>　「食在横浜」ですね。<br />
横浜に生まれて育って、本当に横浜で良かったと思っています。横浜には、海もある山もあるそして緑もあります。</p>
<p>　東京はせかせかしているのでちょっと・・・横浜は、知り合いばかりでどこかでつなががっている感じがします。皆友達です。今日のランチも友人と2人でとる予定だったのがいつの間にか誘いあって6人のランチになっていましたよ。（笑）</p>
<h4 style="margin-bottom:5px;background: url(thisimages/q20.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:8px;">お嬢様にとっては「横浜」はどのようなところですか</h4>
<p>　横浜は「ホームタウン」だそうです。海外に行って帰ってきたときにベイブリッジを見るとほっとするまさに戻る場所です。</p>
</td>
<td width=10">&nbsp;</td>
<td valign="top" align="center" width="170">
<div class="picbox">画像をクリックして拡大写真をご覧ください。<br />&nbsp;<br />横浜。。。。食在横浜だね！<br /><a href="postbook/20100810/hito-10.jpg" rel="lightbox[hito810]" title="横浜。。。。食在横浜だね！"><img src="postbook/20100810/hito-10s.jpg" alt="横浜。。。。食在横浜だね！" title="横浜。。。。食在横浜だね！" width="150" height="100"  /></a><br />
&nbsp;<br />
横浜は私のホームタウン<br />
<a href="postbook/20100810/hito-11.jpg" rel="lightbox[hito810]" title="横浜は私のホームタウン"><img src="postbook/20100810/hito-11s.jpg" alt="横浜は私のホームタウン" title="横浜は私のホームタウン" width="150" height="100"  /></a>
</div>
<p><!-- picbox -->
</td>
</tr>
</table>
<p>&nbsp;</p>
<div style="background:#DBF5F3; width:620px; padding:10px 10px 10px 10px;">
<p>　「横浜中華街は日本と中国の文化が混じり合ってとてもいい色になっていると思います。これを次の世代にバトンをつないでいきたいですね。」と語る楯さんからは、一企業人という枠を超えた、横浜中華街のとりまとめ役としての自負と意気込みが感じられました。</p>
<p>　8月4日は、横浜中華街の関帝廟にお祀りされている関聖帝君の誕生をお祝いするお祭り「関帝誕」です。楯さんのお誘いでこのお祭りに参加し、関聖帝君のお神輿を担がせていただきました。先僑の関帝信仰の崇高な精神を少しでも感じられればと思い参加してきました。</p>
</div>
<div class="picbox" style="width:620px; text-align:center; margin:10px auto;">
画像をクリックして拡大写真をご覧ください。<br />&nbsp;</p>
<table>
<tr>
<td><a href="postbook/20100810/hito-12.jpg" rel="lightbox[hito810]" title="関帝誕の風景"><img src="postbook/20100810/hito-12s.jpg" alt="関帝誕の風景" title="関帝誕の風景" width="150" height="100"  /></a></td>
<td><a href="postbook/20100810/hito-13.jpg" rel="lightbox[hito810]" title="関帝誕の風景"><img src="postbook/20100810/hito-13s.jpg" alt="関帝誕の風景" title="関帝誕の風景" width="150" height="100"  /></a></td>
<td><a href="postbook/20100810/hito-14.jpg" rel="lightbox[hito810]" title="関帝誕の風景"><img src="postbook/20100810/hito-14s.jpg" alt="関帝誕の風景" title="関帝誕の風景" width="150" height="100"  /></a></td>
<td><a href="postbook/20100810/hito-15.jpg" rel="lightbox[hito810]" title="関帝誕の風景"><img src="postbook/20100810/hito-15s.jpg" alt="関帝誕の風景" title="関帝誕の風景" width="150" height="100"  /></a></td>
</tr>
</table>
</div>
<p>&nbsp;</p>
<p><a class="a2a_dd addtoany_share_save" href="http://www.addtoany.com/share_save"><img src="http://yokohama-now.jp/home/wp-content/plugins/add-to-any/share_save_171_16.png" width="171" height="16" alt="Share/Bookmark"/></a> </p>]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>Ｊリーグ経営諮問委員（元ＹＣＡＣゼネラルマネージャー）　依田成史さん</title>
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		<pubDate>Mon, 09 Aug 2010 15:08:01 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Staff</dc:creator>
				<category><![CDATA[ヨコハマ趣味人]]></category>

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		<description><![CDATA[　「ヨコハマ趣味人」の第四回目は、異国情緒あふれる山手の横浜カントリー＆アスレティッククラブ（ＹＣＡＣ）で長年総支配人を務められた、依田成史さんをご紹介します。
　大学時代、ヨット部に夢中になったことがきっかけで海外への [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　「ヨコハマ趣味人」の第四回目は、異国情緒あふれる山手の横浜カントリー＆アスレティッククラブ（ＹＣＡＣ）で長年総支配人を務められた、依田成史さんをご紹介します。<br />
　大学時代、ヨット部に夢中になったことがきっかけで海外への憧れを募らせた依田さんは、卒業後、船でアメリカへ。名門コーネル大学で学んだ英語力と経営手腕を買われて、ＹＣＡＣや外国特派員協会で、長年、国際交流に貢献されてきました。</p>
<table>
<tr>
<td valign="top" align="left">
<div style="background:#DBF5F3; width:400px; height:320px; padding:10px 0 10px 10px;">
<table>
<tr>
<td width="35" valign="top">名前：</td>
<td>依田成史（よだ・せいし）さん</td>
</tr>
<tr>
<td valign="top">出身：</td>
<td>1942年、東京都品川生まれ</td>
</tr>
<tr>
<td valign="top">経歴：</td>
<td>学習院大学を卒業後、1966年に渡米。<br />
ニューヨーク州のコーネル大ホテル学科に学ぶ。<br />
現地での勤務を経て、1972年に帰国。<br />
1976年から23年にわたって、横浜カントリー＆アスレティッククラブ（ＹＣＡＣ）の総支配人を務める。<br />
2001～2008年、日本外国特派員協会総支配人。</p>
<p>リタイア後の現在も、Ｊリーグ経営諮問委員、横浜山手ライオンズクラブ会長など、精力的に活動中。</td>
</tr>
</table>
<p>家族構成：妻一人　子供一人（秋にはベビーが誕生の予定）<br />
現在の住居：横浜市中区<br />
趣味：水泳、ローンボール、ボウリングなど
</div>
</td>
<td width="200" valign="top"><img src="postbook/20100810/syumi-01.jpg" width="200" height="340" border="0" alt="ＹＣＡＣ依田成史さん" title="ＹＣＡＣ依田成史さん" /></td>
<td width="5">&nbsp;</td>
</tr>
</table>
<p>&nbsp;</p>
<table>
<tr>
<td valign="top" align="center" width="170">
<div class="picbox">画像をクリックして拡大写真をご覧ください。<br />&nbsp;<br /><a href="postbook/20100810/syumi-02.jpg" rel="lightbox[syumi1202]" title=""><img src="postbook/20100810/syumi-02s.jpg" alt="" title="" width="150" height="100"  /></a></div>
<p><!-- picbox --></td>
<td width="10">&nbsp;</td>
<td valign="top"><strong>横浜カントリー＆アスレティッククラブ（ＹＣＡＣ）</strong><br />日本最古のスポーツクラブとして140年以上の歴史と伝統を持つ、会員制国際総合スポーツクラブ<br />〒231-8684　横浜市中区矢口台11-1<br />Tel: 045-623-8121</td>
</tr>
</table>
<table>
<tr>
<td valign="top" align="center" width="170">
<div class="picbox">画像をクリックして拡大写真をご覧ください<br />&nbsp;<br /><a href="postbook/20100810/syumi-03.jpg" rel="lightbox[syumi1202]" title=""><img src="postbook/20100810/syumi-03s.jpg" alt="" title="" width="150" height="100"  /></a></div>
<p><!-- picbox --></td>
<td width="10">&nbsp;</td>
<td valign="top" align="center" width="170">
<div class="picbox">画像をクリックして拡大写真をご覧ください<br />&nbsp;<br /><a href="postbook/20100810/syumi-04.jpg" rel="lightbox[syumi1202]" title=""><img src="postbook/20100810/syumi-04s.jpg" alt="" title="" width="150" height="100"  /></a></div>
<p><!-- picbox --></td>
<td width="10">&nbsp;</td>
<td valign="top" align="center" width="170">
<div class="picbox">画像をクリックして拡大写真をご覧ください<br />&nbsp;<br /><a href="postbook/20100810/syumi-05.jpg" rel="lightbox[syumi1202]" title=""><img src="postbook/20100810/syumi-05s.jpg" alt="" title="" width="150" height="100"  /></a></div>
<p><!-- picbox --></td>
</tr>
</table>
<p><!-- ========== --></p>
<h3 style="color:#006600;margin-bottom:10px;background: url(thisimages/e01.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:10px;">ヨットに夢中の大学時代。海→海外にあこがれて、米留学</h3>
<h4 style="margin-bottom:5px;background: url(thisimages/q20.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:8px;">横浜のご出身ではないんですね</h4>
<p>　生まれは東京の品川です。親父が医者だったもので、大して苦労もなく大学まで行って、学習院大学なんですが、ヨット部に入ったのが横浜とのなれそめですね。当時大学のヨット部は13校が、新山下の今の貯木場の辺りにずらっと艇庫がありましてね、そこでもう学校はそっちのけで夢中でやっていました。</p>
<p>　3年くらいになってヨットの活動もそろそろ終わりかけた頃に、就職ということになるんですね。ヨットをやっていますと、何しろディンギーは当時は板ですから、その一枚下は海なわけですね。練習が終わって夕方帰ってくる頃に、地平線を見ながら、向こうにはどういう国があるのかなあなんてことで、アメリカというものにあこがれたというか、見てみたいなということで、留学を試みました。</p>
<p>　といっても何しろ成績が成績だったんですけど（笑）。当時はＩ-20という学生ビザを取らなくてはいけないんですね。語学学校から知人を頼って取り寄せて、留学したんです。当時は1ドル=360円の時代で、最終的にはまだ日銀の許可が、印鑑が必要だった時代です。</p>
<p>　昭和41年に大学を卒業して、大桟橋からアメリカプレジデントラインという船に乗って、ハワイ経由でサンフランシスコに着きました。こんな大きな国とよく戦争なんかやったなーという実感でしたね。</p>
<h4 style="margin-bottom:5px;background: url(thisimages/q20.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:8px;">もう大学を卒業されてすぐにそのまま？</h4>
<p>　ええ、そうです。３月に卒業して５月には出発しました。向こうで1年間苦労して、コーネル大学ホテル科の入学許可が下りました。当時コーネルというの　はなかなか厳しい大学で、最初は特別生（卒業を前提としない学生）として1年間が認められた。その1年はやはり勉強しましたね。難しいことは考えないで、とにかく今日一日、予習して授業して復習、月曜から金曜までそれを　やって、土日はお金がないからアルバイトです。そういう生活を１年送って・・・</p>
<p>　キャンパスからカレッジタウンに戻るところにつり橋のような橋があるんですよね。そこから毎年留学生が２人くらい飛び降りる。私も、学業ができなくなれば、飛び降りちゃうんじゃないかというような悲壮感があった（笑）。それで１年過ぎると、あまり難しいことは考えないでも、自分のやっていくことをやれば、というようになりました。</p>
<p><!-- ========== --></p>
<p>&nbsp;</p>
<h3 style="color:#006600;margin-bottom:10px;background: url(thisimages/e02.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:10px;">ヨット部の先輩、麻生太郎氏に請われて帰国。そしてＹＣＡＣへ</h3>
<table>
<tr>
<td>
<p>　日本人というのは教育がしっかりしていたのか、算数とかそういうのは強いんですよね。英語が全くわからなくて、当時私はもう23でしたが、向こうの18，19の学生にテストでわからないところを聞くんです。すると非常に丁寧に親切に教えてくれる。極東の島国から来ためずらしい留学生ですからね。ところが、テストではこっちのほうがいい成績を取ってしまうんです。数学、アカウンティングとかね。するともう、聞いても教えてくれないんです。あんたのほうがいい成績を取るじゃないかと（笑）。</p>
</td>
<td width="10">&nbsp;</td>
<td valign="top" align="center" width="170">
<div class="picbox">画像をクリックして拡大写真をご覧ください。<br />&nbsp;<br /><a href="postbook/20100810/syumi-06.jpg" rel="lightbox[syumi1202]" title=""><img src="postbook/20100810/syumi-06s.jpg" alt="" title="" width="150" height="100"  /></a></div>
<p><!-- picbox --></td>
</tr>
</table>
<p>　そういう生活でともかく、怖いもの知らずというか、Do Your Best, Never Give Upというような精神が培われたのかなと思いますね。まだ当時はよきアメリカでしたからね。ちょうどベトナム反戦の学生運動も非常に盛んだった。</p>
<h4 style="margin-bottom:5px;background: url(thisimages/q20.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:8px;">コーネル大学を出られてからは・・・</h4>
<p>　1970年に卒業して、向こうで2年半勤めて永住権も取ったんですね。ヨット部の先輩が元総理大臣の麻生太郎さんで、サンフランシスコで仕事しているときに、彼から手紙をいただいた。麻生さんの会社はセメント会社なんですが、当時外食産業がブームになりかけていて、進出するので帰ってこないか、ということで、日本に帰ってきたのが1972年です。</p>
<p>　麻生さんのところに4年間世話になったんですが、石油危機とかそういう問題があって、外食産業どころじゃない、という時期にＹＣＡＣからヘッドハンティングされて、来たのが1976年。それから99年までＧＭ、その後2年間シニアアドバイザーをやって、2001年から08年までが日本外国特派員協会。それもヘッドハンティングされたんです。私は自分で仕事を探したという経験がなくて、なんかこう、オファーがうまくめぐり合わせでやってくるという感じですね。</p>
<h4 style="margin-bottom:5px;background: url(thisimages/q20.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:8px;">華麗なる経歴、という印象です</h4>
<p>　いえいえ、そんなことはないですよ（笑）。08年からまたこちらで1年間お世話になって、去年の5月にハッピーリタイアじゃないですけど、生活のための仕事は打ち上げて。</p>
<h4 style="margin-bottom:5px;background: url(thisimages/q20.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:8px;">今まで自分で仕事を探されたことがないという話ですが、最初のＹＣＡＣからの誘いがあった時、どうしようかな、とか考えたりはあまりなさらなかった？</h4>
<p>　人に求められるのであれば、ともかく行って話を聞いてみようかな、という感じでしたね。そのとき持ってきてくれといわれたのがコーネル大学の卒業証書です。アメリカはよく実力主義だなんて言いますが、証書がすごく求められたわけです（笑）。10月にインタビューが始まって、11月1日には着任しました。</p>
<p><!-- ========== --></p>
<p>&nbsp;</p>
<h3 style="color:#006600;margin-bottom:10px;background: url(thisimages/e03.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:10px;">透明性を徹底して、ＹＣＡＣもプレスクラブも黒字に再建</h3>
<h4 style="margin-bottom:5px;background: url(thisimages/q20.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:8px;">ＧＭのお仕事にはどんな風に取り組んでいらっしゃったんでしょうか</h4>
<p>　プレスクラブもそうでしたけど、すべてを透明にする。説明責任、結果責任、そこの職場の従業員以上には、その会社というのは決してよくならないから、とにかく従業員をよくしようと。自分がそのヘッドですから、自分の努力というものは一番重視しましたね。</p>
<h4 style="margin-bottom:5px;background: url(thisimages/q20.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:8px;">迷ったり困ったりしたときに、どなたかに相談されたりは？</h4>
<p>　意外とそういうことはしないんですよ。ＹＣＡＣの場合には、社団法人で理念がしっかりしているんですね。スポーツ、文化活動を通じて内外人の交流を図り、以って国際親善に寄与する、ということが定款に謳ってあります。30何カ国の皆さんが楽しめるように、日本での滞在が非常によかった、ということを、その人たちがそれぞれの国に帰って言ってくれれば、日本の民際外交になるだろう、という気持ちでしたね。それはプレスクラブでも同じでした。</p>
<h4 style="margin-bottom:5px;background: url(thisimages/q20.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:8px;">プレスクラブからのヘッドハンティングのお話もちょうどいいタイミングで？</h4>
<p>　ここのＧＭを23年もやるとね、サビだらけですよ（笑）。同じことの繰り返しでしょ。理事たちから見たときにも、依田さんは一生懸命やっているかもしれないけど、サビが出てきたと。そろそろ私も、ということで後任を採用して、その人の下でシニアアドバイザーを2年間やったんですが、シニアアドバイザーってあまり仕事がないんです（笑）。そういう中で、どなたかがそれを見ていたんでしょうかね。「最近どうですか？」ということで、プレスクラブがＧＭを採用している、というのを知った人材バンクから、連絡があったんです。</p>
<h4 style="margin-bottom:5px;background: url(thisimages/q20.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:8px;">そのときは同じように即決で？</h4>
<p>　そうですね、ここはスポーツ中心で、向こうはジャーナリズムですよね。ただ向こうの理念も、報道の自由を守って、2200人いるアソシエイトとジャーナリストの会員との交流を通じて、国際交流に貢献するという信念。似ているわけです。ジャーナリストの皆さんにクラブを楽しんでいただいて、日本からいい情報を世界に発信してもらおう、という気持ちが強かったですね。私が行った2001年当時はなかなか日本の状況が難しくなってきていました。ジャパンバッシングが終わって、パッシング→ナッシングなんていって、どんどんジャーナリストたちも日本を離れて、上海、香港とかシンガポールに移っていった。</p>
<p>　その頃は向こうも赤字だったんですが、うまい具合にＹＣＡＣでの経験があったものですから、黒字にして7年間お世話になりました。</p>
<p><!-- ========== --></p>
<p>&nbsp;</p>
<h3 style="color:#006600;margin-bottom:10px;background: url(thisimages/e04.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:10px;">現在は、Ｊリーグの経営諮問委員として活躍</h3>
<h4 style="margin-bottom:5px;background: url(thisimages/q20.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:8px;">そして、現在は特に「生活のためのお仕事」ではなく、Ｊリーグの経営諮問委員</h4>
<p>　はい。93年に始まったＪリーグでしたが、当時のチェアマンの川渕さんと、2000年頃知り合ったのです。2002年に日本でワールドカップがある、と決まった頃に、ＮＨＫがＹＣＡＣを取り上げたんです。そのときのメインゲストの一人が川渕さんだった。そこで知り合って、Ｊリーグはスタートしたけれども、バブルが弾けてクラブ経営がなかなか難しい時代になってきた。サッカーだけではなく、外部のスポーツクラブの経営の経験がある人たちを集めて、経営諮問委員会を作りたい、という話があった。それから10年くらいやっています。</p>
<h4 style="margin-bottom:5px;background: url(thisimages/q20.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:8px;">もともとスポーツはお好きなんですものね。サッカーも？</h4>
<p>　いや、私はサッカーは･･･あんまり知らないんですよ（笑）。ここはラグビーの発祥の地ですから、毎年試合があるんですが、テレビ取材で「ラグビーのことなんか何も知りませんよ」といって慌てて、恥かいたことがありますよ（笑）。</p>
<h4 style="margin-bottom:5px;background: url(thisimages/q20.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:8px;">具体的に諮問委員のお仕事というのは？</h4>
<table>
<tr>
<td valign="top" align="center" width="170">
<div class="picbox">画像をクリックして拡大写真をご覧ください。<br />&nbsp;<br /><a href="postbook/20100810/syumi-10.jpg" rel="lightbox[syumi1202]" title=""><img src="postbook/20100810/syumi-10s.jpg" alt="" title="" width="150" height="100"  /></a></div>
<p><!-- picbox --></td>
<td width="10">&nbsp;</td>
<td>
<p>　スポーツを通じて幸せな国づくり、ということですね。その理念に基づいて、Ｊリーグは今Ｊ１が18クラブ、Ｊ２が19あって、93年発足当時の10クラブだったときと比べると3倍以上になっている。急速に拡大してきているんです。だから無理がいろいろ生じてきていてね、経営基盤がしっかりしていない。それで、我々の一番大きな仕事は、経営不振になっているクラブに諮問して、向こうの社長や総支配人と話をして、問題点を把握して、それをチェアマンに答申するんです。</p>
</td>
</tr>
</table>
<p>　ですが、JFLからJ２に入会したいクラブは、その意志表示をする必要があります。認められたクラブには準加盟クラブの資格が与えられます。今年準加盟クラブはFC町田ゼルビア、V・ファ-レン長崎、ガイナーレ鳥取、それに今月行ってくるんですけど松本山雅FCです。その後入会予備審査、入会審査を得て、最終ＪＦＬ上位４位以内に入りますと入会が可能になります。いくつかの条件があって、まずは経営能力ですね。あと、ホームタウン制度を取っていますから、地域に支持されているか。企業に支持されているか、次が行政。この３つに支持されていないと、Ｊのクラブは成り立たない。また、スタジアムがちゃんとしているか、収容人数、収入規模、広告料・・・そういうことを調べます。経営諮問委員会そのものは毎月第三木曜と決まっていますが、その他に問題があるクラブの訪問が年に３，４回くらい。特典としては、Ｊ１，Ｊ２のゲームどこでもいつでも見に行けるということがあります。</p>
<p>　個人的に気になるチームはやっぱり横浜ＦＣです。マリノスにはもう日産がついているから大丈夫でしょうけど、横浜ＦＣはね。以前はフリューゲルスでしたか。</p>
<p><!-- ========== --></p>
<p>&nbsp;</p>
<h3 style="color:#006600;margin-bottom:10px;background: url(thisimages/e05.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:10px;">子育てを楽しみながら、日本にクラブライフを普及させるのが夢</h3>
<h4 style="margin-bottom:5px;background: url(thisimages/q20.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:8px;">現在の平均的な日々の過ごし方はどんな感じでしょうか</h4>
<p>　家族というのが今は一番軸になっていますね。なんといってもチビの面倒に追われています。幼稚園に行っていますから、9時には出るから7時頃起きて着替えさせて、食事も一緒にとって送っていきます。前の結婚生活では仕事人間で、いわゆる子育てをしたということがないので、新鮮です。子育ては楽しい。毎日変わっていくから。毎日プールで泳がせて、あとは自分も運動ですね。今の元気を維持することを一番心がけています。今度生まれてくる子が成人する頃には私も90歳近いですから（笑）元気でいないとね。</p>
<h4 style="margin-bottom:5px;background: url(thisimages/q20.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:8px;">今後の目標や夢はありますか</h4>
<p>　ＹＣＡＣもそうですし、プレスクラブもせっかく名誉会員にしていただいたので、日本の皆さんにクラブライフというものを知っていただきたい、という気持ちが強いですね。日本の皆さんのクラブライフは、テニスをやる人はテニスだけで他の会員の方と交じり合わない。</p>
<p>　あとは２つのクラブを通じてクラブライフを皆さんに広める。ローンボールを普及させたいという気持ちもありますね。バイス･キャプテンをやっているものですからね。この９月には北海道で男子ダブルスの日本選手権に出ます。まだローンボールは普及していない。英国を中心として世界選手権はあるんですよ。でも日本では競技人口が少ない。1000人くらいだそうです。横浜はここだけ、東京は立川、関西が強いんですよ。神戸を中心として。</p>
<h4 style="margin-bottom:5px;background: url(thisimages/q20.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:8px;">クラブというのは入るまでに敷居が高い、という印象もあると思うのですが？</h4>
<p>　以前は、金銭的には高かったですね。外国の方の8倍。入会金が300万円くらいでした。去年の6月から思い切った改革をして、日本の方も同じ入会金。個人で15万円、カップルで30万円、月会費は個人で15000円、家族で3万円ですかね。ただ、欧米の皆さんは考え方が合理的なので、一ヶ国の人が会員数の20％だったかな、それ以上占めてはいけない、というルールがある。日本人は入りやすくはなったけれども、ある一定以上の数になるとシーリングに来てしまう。今シーリングに近いんじゃないかな。</p>
<h4 style="margin-bottom:5px;background: url(thisimages/q20.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:8px;">忙しくて、ゆっくり過ごす時間がないということも関係あるのでしょうね</h4>
<p>　そうですね。私も今でこそこういう生活ができるけれど、ＹＣＡＣで働いていた頃は仕事一筋でしたからね。その反省をこめてプレスクラブでは土日祭日は休ませてもらった。どうしても仕事がね、日本人というかアジア人の場合は（笑）。</p>
<div style="background:#DBF5F3; width:620px; height:135px; padding:10px;">
<p><strong>ローンボールってどんなスポーツ？</strong></p>
<p>ローンは「芝生」、つまり、芝生の上で楽しむボール競技で、ボーリングやカーリングにちょっと似ています。芝生の上に置いた白いボールに近づけるように、重心のずれたボールをころがします。重心がずれているので、どっちに転がるか分からないのが、面白いそうです。<br />
発祥はイギリス。現在世界30数ヶ国で楽しまれています。</p>
</div>
<table>
<tr>
<td valign="top" align="center" width="170">
<div class="picbox">画像をクリックして拡大写真をご覧ください<br />&nbsp;<br /><a href="postbook/20100810/syumi-07.jpg" rel="lightbox[syumi1202]" title=""><img src="postbook/20100810/syumi-07s.jpg" alt="" title="" width="150" height="100"  /></a></div>
<p><!-- picbox --></td>
<td width="10">&nbsp;</td>
<td valign="top" align="center" width="170">
<div class="picbox">画像をクリックして拡大写真をご覧ください<br />&nbsp;<br /><a href="postbook/20100810/syumi-08.jpg" rel="lightbox[syumi1202]" title=""><img src="postbook/20100810/syumi-08s.jpg" alt="" title="" width="150" height="100"  /></a></div>
<p><!-- picbox --></td>
<td width="10">&nbsp;</td>
<td valign="top" align="center" width="170">
<div class="picbox">画像をクリックして拡大写真をご覧ください<br />&nbsp;<br /><a href="postbook/20100810/syumi-09.jpg" rel="lightbox[syumi1202]" title=""><img src="postbook/20100810/syumi-09s.jpg" alt="" title="" width="150" height="100"  /></a></div>
<p><!-- picbox --></td>
</tr>
</table>
<p><!-- ========== --></p>
<p>&nbsp;</p>
<h3 style="color:#006600;margin-bottom:10px;background: url(thisimages/e06.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:10px;">英語で話して交流する、ということも日本の人に広めていきたい</h3>
<p>　あとは、考えているのは英語です。クラブでなかなか皆さんが交流しないのには、もちろん語学の問題もあるでしょう。ここは公用語が英語ですからね。私のように40年英語を使っていても、毎日しゃべっていると疲れますからね。</p>
<p>　日本の人たちにスポーツを手段として英語で皆で話そう、ということを広げていきたいと思っています。横浜市中区が区役所隣に開設した、ナカ インターナショナルラウンジを運営する横浜市国際交流協会（YOKE）と協力し、年４回の国際理解セミナーの内、２回を英語によるセミナーとして去年からやっています。私がモデレーターになって講師を探してきます。1回目の講師はオランダ人で元ブラウンの社長。2回目が駒澤大学の先生でインド人。３回目は、日本滞在40年のアメリカ女性で横浜国際婦人会の役員の方。「日本の40年間の失敗と成功」について話していただいた。30人くらい人が集まるんですが、私のイントロダクションから講師の話、質疑応答まで、皆英語で２時間半です。それを何とか継続させたいなというのがありますね。対象は横浜市民で、学生から主婦から色んな方がいらっしゃいます。今YOKEも予算不足で大変なんですけど（笑）。</p>
<h4 style="margin-bottom:5px;background: url(thisimages/q20.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:8px;">最近日本の企業でも、公用語を英語にしようという動きがありますね？</h4>
<p>　ユニクロとか楽天とかね。いいと思いますよ。英語というのは、自分の意見を伝えなきゃいけないんですよね。日本語の場合には「私は」というのがないでしょう。でも英語の場合は必ず「I（アイ）」という。自分の意見として話すから、日本人が一番不得意とするところじゃないですかね。</p>
<p>　今日本に来ている外国人は本当に日本語が上手ですよ。日本語ができないと日本で仕事にならない、という切羽詰った状況だから。ですからここでも私が英語で話すと向こうは日本語で返事してきて、また私が英語で返すと、「いや、日本語で話してくれ」というように。プレスクラブでも、ジャーナリストには一風変わった人がいまして、「絶対に私には日本語で話してくれ」と言われましたよ。</p>
<div style="background:#DBF5F3; width:620px;  padding:10px;">
<p><strong>依田さんに教わった「英語が上達する方法」とは？</strong></p>
<ul>
<li>努力しないとダメです。古い言葉でいうと「艱難辛苦」。ある一定期間、半年なら半年、1年なら1年。努力しないと英語は身につかない。</li>
<li>暗記が大切です。単語や語彙をある程度覚えること。</li>
<li>ミスを恐れないで使うこと。今でも私は英語を使っていて間違いだらけですよ。要は通用すればいいんですよ！</li>
<p></ou>
</div>
<p><!-- ========== --></p>
<p>&nbsp;</p>
<h3 style="color:#006600;margin-bottom:10px;background: url(thisimages/e07.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:10px;">ライオンズクラブの会長として、根岸の外人墓地で銘板の復刻や慰霊碑建立を実現</h3>
<h4 style="margin-bottom:5px;background: url(thisimages/q20.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:8px;">現在の横浜に対する愛着、思い入れはどのようなものでしょうか</h4>
<p>　まずは、YCACというのが非常に大きな比重を占めていると思います。76年からですから34年ですか。</p>
<table>
<tr>
<td>
<p>　それと、横浜には４つ外人墓地があって、山手、中華街、保土ヶ谷、もうひとつが、根岸外人墓地なんです。ここは、山手の外人墓地が手狭になってできたんですが、戦後、占領下の日本で、米軍と日本女性との間にできたお子さんが数多く埋葬されている。1200体のうち800くらいがそうです。私は87年当時、たまたま山手ライオンズクラブの会長をやっていたので、この案内板を作りました。</p>
</td>
<td valign="top" align="center" width="170">
<div class="picbox">画像をクリックして拡大写真をご覧ください。<br />&nbsp;<br /><a href="postbook/20100810/syumi-11.jpg" rel="lightbox[syumi1202]" title=""><img src="postbook/20100810/syumi-11s.jpg" alt="" title="" width="150" height="100"  /></a></div>
<p><!-- picbox --></td>
</tr>
</table>
<p>　95年には、墓地の清掃をしていて、文字が書いてあるけど銘板がない、これは何だろう、と思って調べてみたら、横浜港で昭和17年にドイツの軍艦が爆破事件を起こしていて、それで亡くなった人たちのお墓だったんです。名前のわかっている将校たちは山手の外人墓地に埋葬されて、名前のわからない日本人や韓国人、中国人などが根岸に埋葬されている。お墓はあって銘板がなかった。それで、ドイツ大使館に連絡をとって、銘板を復刻したのです。随分メディアで取り上げられました。</p>
<p>　もうひとつ、ここに埋葬されているのにお墓がない、そのほとんどが嬰児だということで、子供たちの慰霊碑を作ろうと計画しました。それを建てる目的でまた、ライオンズの会長になってね。会長にならないとなかなか、好きなことができないじゃないですか（笑）。それで市と話して許可をとって、99年の5月に、慰霊碑を建てました。これもまた随分大きく取り上げられましたね。作家の山崎洋子さんが作詞、エディ藩さんが曲を作ってくれた。「丘の上のエンジェル」という歌です。こういう事実を、もう少し日本の皆さんに知っていただきたい、という運動は続けていきたいと思います。</p>
<table>
<tr>
<td>
<h4 style="margin-bottom:5px;background: url(thisimages/q20.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:8px;">では最後に、横浜の魅力をひとことで表すと・・・</h4>
<p>　それは「国際性」じゃないのかなあ。うん。インターナショナルということですね。</p>
</td>
<td valign="top" align="center" width="170">
<div class="picbox">画像をクリックして拡大写真をご覧ください。<br />&nbsp;<br /><a href="postbook/20100810/syumi-12.jpg" rel="lightbox[syumi1202]" title="横浜の魅力はひとことで・・・「international.世界で通用する横浜市民」です"><img src="postbook/20100810/syumi-12s.jpg" alt="" title="" width="150" height="100"  /></a></div>
<p><!-- picbox --></td>
</tr>
</table>
<p>&nbsp;</p>
<p><a class="a2a_dd addtoany_share_save" href="http://www.addtoany.com/share_save"><img src="http://yokohama-now.jp/home/wp-content/plugins/add-to-any/share_save_171_16.png" width="171" height="16" alt="Share/Bookmark"/></a> </p>]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>興味津々 何でもトライ！やんちゃなダックス君</title>
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		<pubDate>Mon, 09 Aug 2010 15:07:38 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Staff</dc:creator>
				<category><![CDATA[モトマチワンヌ]]></category>

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		<description><![CDATA[第四回「モトマチワンヌ」は、横浜市中区でベネッセこども英語教室の先生をされているイーメイジャーの濱川さんの愛犬をご紹介します。
名前：まるちゃん
ミニチュアダックスフンド（チョコレート＆タン）&#160;　&#160;オ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>第四回「モトマチワンヌ」は、横浜市中区でベネッセこども英語教室の先生をされているイーメイジャーの濱川さんの愛犬をご紹介します。</p>
<p>名前：まるちゃん<br />
ミニチュアダックスフンド（チョコレート＆タン）&nbsp;　&nbsp;オス&nbsp;　&nbsp;1才6ヶ月</p>
<p>散歩は毎日。二週間おきに自宅でシャンプー。そして、たまにはドッグラン。<br />
何にでも興味を示すやんちゃな&nbsp;まるちゃん。</p>
<table style="margin-top:5px;">
<tr>
<td><img src="postbook/20100810/wan-01.jpg" width="270" height="181" border="0" class="corner iradius5" /></td>
<td width="20">&nbsp;</td>
<td><img src="postbook/20100810/wan-02.jpg" width="270" height="181" border="0" class="corner iradius5" /></td>
</tr>
</table>
<table style="margin-top:15px;">
<tr>
<td><img src="postbook/20100810/wan-03.jpg" width="270" height="181" border="0" class="corner iradius5" /></td>
<td width="20">&nbsp;</td>
<td><img src="postbook/20100810/wan-04.jpg" width="270" height="181" border="0" class="corner iradius5" /></td>
</tr>
</table>
<table style="margin-top:15px;">
<tr>
<td><img src="postbook/20100810/wan-05.jpg" width="270" height="181" border="0" class="corner iradius5" /></td>
<td width="20">&nbsp;</td>
<td><img src="postbook/20100810/wan-06.jpg" width="270" height="181" border="0" class="corner iradius5" /></td>
</tr>
</table>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>教室情報　：</strong>ベネッセこども英語教室　本牧町2丁目教室&nbsp;　&nbsp;<a href="http://www2.info-mapping.com/benesse/school/search/info.asp?code=EG2104AL" target="_blank"><img src="thisimages/internetMark.gif" width="33" height="33" alt="" border="0" />&nbsp;（HPはコチラです）</a></p>
<p>幼稚園年少さんから小学6年生まで大歓迎！楽しいレッスンで英語がどんどん身についていきます。</p>
<table style="margin-top:15px;">
<tr>
<td><img src="postbook/20100810/wan-07.jpg" width="270" height="180" border="0" class="corner iradius5" /></td>
<td width="20">&nbsp;</td>
<td><img src="postbook/20100810/wan-08.jpg" width="270" height="180" border="0" class="corner iradius5" /></td>
</tr>
</table>
<p>&nbsp;</p>
<p><a class="a2a_dd addtoany_share_save" href="http://www.addtoany.com/share_save"><img src="http://yokohama-now.jp/home/wp-content/plugins/add-to-any/share_save_171_16.png" width="171" height="16" alt="Share/Bookmark"/></a> </p>]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>第四回 歌謡曲が国民の心の支えになる時代の景色</title>
		<link>http://yokohama-now.jp/home/?p=1341</link>
		<comments>http://yokohama-now.jp/home/?p=1341#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 09 Aug 2010 15:06:48 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Staff</dc:creator>
				<category><![CDATA[歌でつづる横浜の歴史]]></category>

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		<description><![CDATA[


歌は世につれ世は歌につれという言葉は真理だと思います。残念ながら、平成の今ではほとんど語られなくなった言葉です。昭和という時代は、この国にとってとても多くの出来事があった時代でした。この時代、歌が、この時代を生き抜 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<style type="text/css">
<!--
h3.styleH3 { border-left: 6px solid #333333; margin:15px 0 10px 0; padding:5px 0 8px 15px; }
p.styleTop25 { margin-top:25px; }
-->
</style>
<p>歌は世につれ世は歌につれという言葉は真理だと思います。残念ながら、平成の今ではほとんど語られなくなった言葉です。昭和という時代は、この国にとってとても多くの出来事があった時代でした。この時代、歌が、この時代を生き抜く人たちの心の支えになったことは確かです。第四回&nbsp;歌でつづる横浜の歴史は、激動の昭和のヨコハマの歌についてです。</p>
<p><!-- ========== --></p>
<p>&nbsp;</p>
<h3 class="styleH3">第二次世界大戦中は、「軍国歌謡」ばかりでした</h3>
<table border="0">
<tr>
<td valign="top" align="center" width="170">
<div class="picbox">画像をクリックして拡大写真をご覧ください。<br />&nbsp;<br />ストーリーテイラーの斉藤秋造さん<br /><a href="postbook/20100810/uta-01.jpg" rel="lightbox[uta0810]" title="ストーリーテイラーの斉藤秋造さん"><img src="postbook/20100810/uta-01s.jpg" alt="ストーリーテイラーの斉藤秋造さん" title="ストーリーテイラーの斉藤秋造さん" width="150" height="100"  /></a></div>
<p><!-- picbox --></td>
<td width="10">&nbsp;</td>
<td valign="top">
<p>横浜出身の歌手である渡辺はま子も上海などの戦地への慰問を行っていました。渡辺はま子は、武蔵野音楽学校（現在の武蔵野音楽大学）を卒業後、横浜高等女学校（現在の横浜学園高等高校）に音楽の教員として就職しました。その後歌手としてデビューし、1938年（昭和13年）頃から発表した「支那の夜」などの大陸もので「チャイナ・メロディーの女王」と呼ばれていました。</p>
<p class="styleTop25">1952年（昭和27年）にフィリピンの日本人戦犯が作詞作曲した曲「ああモン</p>
</td>
</tr>
</table>
<p>テンルパの夜は更けて」をレコーディングし、モンテンルパ収容所での慰問コンサートを実現させました。渡辺はま子の尽力が、フィリピンのキリノ大統領に日本人戦犯の全員釈放を決断させたことは社会的に大きな話題となりました。このときのことは昨年9月（2009年）にフジテレビで「戦場のメロディ～108人の日本人兵士の命を救った奇跡の歌～」というドラマになりました。</p>
<table border="0">
<tr>
<td valign="top">
<p>祖国に見放されフィリピンで死刑囚となった、108人の元日本兵。彼らの命を救ったのは、政治家でも外交官でもない、一人の歌手・渡辺はま子の「歌」だった…。<br />
この話は、2009年9月12日（土）フジテレビ、土曜プレミアム『戦場のメロディ ～108人の日本人兵士の命を救った奇跡の歌～』としてドラマにもなりました。　<a href="http://www.fujitv.co.jp/fujitv/news/pub_2009/090818utahime.html" target="_blank">（番組HP）</a></p>
<p class="styleTop25">渡辺はま子は、横浜山手に住んでいました。1989年（平成元年）に歌手を引退してからは、静かに余生を過ごし、1999年（平成11年）に89年間の生涯を終えました。</p>
</td>
<td width="10">&nbsp;</td>
<td valign="top" align="center" width="170">
<div class="picbox">画像をクリックして拡大写真をご覧ください。<br />&nbsp;<br />渡辺はま子の住まい付近<br /><a href="postbook/20100810/uta-02.jpg" rel="lightbox[uta0810]" title="渡辺はま子の住まい付近－陣屋坂"><img src="postbook/20100810/uta-02s.jpg" alt="渡辺はま子の住まい付近－陣屋坂" title="渡辺はま子の住まい付近－陣屋坂" width="150" height="100"  /></a><br /><a href="postbook/20100810/uta-03.jpg" rel="lightbox[uta0810]" title="渡辺はま子の住まい付近－横浜インターナショナルスクール"><img src="postbook/20100810/uta-03s.jpg" alt="渡辺はま子の住まい付近－横浜インターナショナルスクール" title="渡辺はま子の住まい付近－横浜インターナショナルスクール" width="150" height="100"  /></a></div>
<p><!-- picbox --></td>
</tr>
</table>
<p><!-- ========== --></p>
<h3 class="styleH3">戦後の復興　歌が暮らしを彩る</h3>
<p>1945年（昭和20年）5月29日、500機のB29戦闘機による空襲で、横浜の市街地の大半は壊滅しました。8月15日の終戦から2週間たった8月30日に厚木飛行場に降り立ったマッカーサー元帥はまっすぐ横浜に向かい、山下公園にあるホテルニューグランドを最初の停留地としました。そこから横浜の戦後は始まったのです。</p>
<p class="styleTop25">戦後の横浜の歌と言えば、「港が見える丘」でしょう。<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/1947%E5%B9%B4" target="_blank">1947年（昭和22年）</a>、新人歌手の<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E9%87%8E%E6%84%9B%E5%AD%90" target="_blank">平野愛子</a>が歌って、全国的に大ヒットしました。日本ビクターの東辰三が作詞作曲したこの曲は、哀愁帯びているメロディーとあいまって廃墟になった横浜山手の丘の雰囲気が出ています。ラジオでは「たずね人」の放送が流れ、野毛には闇市があった時代でした。この曲は、離別をくり返してきた人々の琴線に触れたのでしょうか。終戦直後の代表的な流行歌となりました。</p>
<p class="styleTop25">山手の丘が、1962年（昭和37年）に公園として整備されたときに「港の見える丘公園」という名前がつけられました。この公園は、歌の力でできた公園と言えるでしょうね。開園式ではオーケストラをバックに渡辺はま子が、「港が見える丘」を歌いました。「港の見える丘公園」は今や、横浜を代表する観光地になっています。公園内には歌碑もあります。</p>
<p>「港が見える丘」は私も大好きな曲で、60年以上たった今でも歌い継がれていて、横浜市民の心の歌となっています。</p>
<table border="0" width="620">
<tr>
<td valign="top" widrh="440">
<div style="width:360px; margin:0 auto; padding:10px 10px 10px 10px; background: #DBF5F3; text-align:center;">
<p style="text-align:center;">港が見える丘</p>
<p style="text-align:right;"> 作詞/作曲：東　辰三</p>
<p style="text-align:left;">あなたと二人で　来た丘は<br />
港が見える丘　色あせた桜<br />
ただ一つ淋しく　咲いていた<br />
船の汽笛　むせび泣けば<br />
チラリホラリと　花びら<br />
あなたと私にふりかかる　春の午後でした</p>
<p style="text-align:left;">あなたと別れた　あの夜は<br />
港が暗い夜　青白い灯り<br />
ただ一つ桜を　照らしてた<br />
船の汽笛　むせび泣けば<br />
チラリホラリと　花びら<br />
涙の雫（しずく）にきらめいた　霧の夜でした</p>
<p style="text-align:left;">あなたを想うて　来る丘は<br />
港が見える丘　葉桜を<br />
ソヨロ訪れる　潮風浜の風<br />
船の汽笛　遠く聞いて<br />
うつらとろりと　見る夢<br />
あなたの口許あの笑顔　淡い夢でした</p>
<div style="width="245px; margin:30px auto 0 auto;">「港が見える丘」をお聴きください。
</div>
</div>
</td>
<td width="10">&nbsp;</td>
<td valign="top" align="center" width="170">
<div class="picbox">画像をクリックして拡大写真をご覧ください。<br />&nbsp;<br />港が見える丘の碑<br /><a href="postbook/20100810/uta-04.jpg" rel="lightbox[uta0810]" title="港が見える丘の碑"><img src="postbook/20100810/uta-04s.jpg" alt="港が見える丘の碑" title="港が見える丘の碑" width="150" height="100"  /></a><br /><a href="postbook/20100810/uta-05.jpg" rel="lightbox[uta0810]" title="港が見える丘の碑"><img src="postbook/20100810/uta-05s.jpg" alt="港が見える丘の碑" title="港が見える丘の碑" width="150" height="100"  /></a><br />&nbsp;<br />港の見える丘公園からの眺め<br /><a href="postbook/20100810/uta-06.jpg" rel="lightbox[uta0810]" title="港の見える丘公園からの眺め"><img src="postbook/20100810/uta-06s.jpg" alt="港の見える丘公園からの眺め" title="港の見える丘公園からの眺め" width="150" height="100"  /></a><br /><a href="postbook/20100810/uta-07.jpg" rel="lightbox[uta0810]" title="港の見える丘公園からの眺め"><img src="postbook/20100810/uta-07s.jpg" alt="港の見える丘公園からの眺め" title="港の見える丘公園からの眺め" width="150" height="100"  /></a></div>
<p><!-- picbox --></td>
</tr>
</table>
<p class="styleTop25">1963年（昭和23年）には明るい歌が登場しました。<br />
それは、岡晴夫が若々しい声で歌って全国的に大ヒットした「憧れのハワイ航路」です。この曲は、作詞家の<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E6%9C%AC%E7%BE%8E%E7%94%B1%E8%B5%B7" target="_blank">石本美由起さん</a>が、青年たちに夢と希望を与えようとして作った歌です。<br />
戦争が遠くなったような感じを出していますが、実態はまだ戦後の処理の真っ最中でした。横浜港は米軍に接収され、日本人は近づくこともできませんでした。<br />
1945年（昭和20年）8月の連合軍の進駐により、横浜市内の市街地や港湾施設は広範囲に接収されました。接収は個人住宅まで及び横浜市の都市機能は一時マヒ状態に陥りました。日本人の手によるハワイ航路は1952年（昭和27年）に、港湾施設の接収が解除され、大桟橋から船が出港したときに実現したのです。</p>
<table border="0" width="620">
<tr>
<td width="440" valign="top">
<div style="width:360px; margin:0 auto; padding:10px 10px 10px 10px; background: #DBF5F3; text-align:center;">
<p style="text-align:center;">憧れのハワイ航路</p>
<p style="text-align:right;">作詩　石本美由紀　　作曲　江口夜詩</p>
<p style="text-align:left;">晴れた空　そよぐ風<br />
港 出船の　ドラの音(ね)愉(たの)し<br />
別れテープを　笑顔で切れば<br />
希望はてない　遥かな潮路<br />
ああ　憧れの　ハワイ航路</p>
<p style="text-align:left;">波の背を　バラ色に<br />
染めて真赤な　夕陽が沈む<br />
一人デッキで　ウクレレ弾けば<br />
歌もなつかし　あのアロハオエ<br />
ああ　憧れの　ハワイ航路</p>
<p style="text-align:left;">常夏の　黄金月(こがねづき)<br />
夜のキャビンの　小窓を照らす<br />
夢も通うよ　あのホノルルの<br />
椰子の並木路　ホワイトホテル<br />
ああ　憧れの　ハワイ航路</p>
<div style="width="245px; margin:30px auto 0 auto;">「憧れのハワイ航路」をお聴きください。
</div>
</div>
</td>
<td width="10">&nbsp;</td>
<td width="170" valign="top"><img src="postbook/20100810/uta-99.gif" width="200" height="5" alt=" " border="0" /></td>
</tr>
</table>
<p><!-- ========== --></p>
<p>&nbsp;</p>
<h3 class="styleH3">美空ひばり　デビュー</h3>
<p>横浜が生んだ歌手と言えば「美空ひばり」です。女性として初の<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E6%B0%91%E6%A0%84%E8%AA%89%E8%B3%9E" target="_blank">国民栄誉賞</a>を受賞した歴史に残る大歌手です。<br />
美空ひばりは、1937年（昭和12年）5月に横浜市磯子区の滝頭で生まれました。<br />
お父さんは滝頭の「屋根なし市場」で「魚増」という魚屋さんを営んでいました。今でもひばりの従姉が同じ場所で魚屋さんをやっています。ひばりは滝頭小学校を卒業しています。小さい時から頭のいい子だったそうです。特に記憶力に優れていて三歳のときには、小倉百人一首をすべて暗記していたという逸話が残っています。六歳のときに「九段の母」を歌って出征兵士を送ったそうですが、あまりにも上手で周囲に驚ろかしたと言われているので、歌のうまさは生まれつきだったのでしょうね。<br />
滝頭から市電で出かけたのでしょうか。<a href="http://www.isezakicho.or.jp/miseinfo/zaki3/yokotiku/yokotiku.html" target="_blank">横浜で一番古いレコードショップ、伊勢佐木町のレコード屋「ヨコチク」</a>でレコードを掛けてもらって歌を覚えたという話もあります。</p>
<p class="styleTop25">父が結成した青空楽団（素人楽団）でひばりは九歳から芸能活動を始め、野毛にある横浜国際劇場でデビューしました。九歳の頃、ＮＨＫの「素人のど自慢」に出場しましたが、子供が大人の歌を歌うなんて鐘の鳴らしようがないと、鐘が一つしか鳴らなかったそうです。<br />
それから、歌手デビューを目指してテイチク、ビクター、キングなどレコード会社を訪ね歩きましたが、すべて子供という理由で断られ、ようやくコロムビアと専属契約をしました。</p>
<p class="styleTop25">デビュー曲は、藤浦洸さん作詞の「<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%B3%E7%AB%A5%E3%83%96%E3%82%AE%E3%82%A6%E3%82%AE" target="_blank">河童ブギウギ</a>」（1949年）です。ひばりが最初に主演した映画が「悲しき口笛」です。この映画はヒット作品となり、主題歌「悲しき口笛」（1949年）も流行歌になりました。</p>
<table border="0" width="620">
<tr>
<td width="440" valing="top">
<div style="width:360px; margin:0 auto; padding:10px 10px 10px 10px; background: #DBF5F3; text-align:center;">
<p style="text-align:center;">悲しき口笛</p>
<p style="text-align:right;">作詩　藤浦　洸　　作曲　万城目正</p>
<p style="text-align:left;">丘のホテルの　赤い灯も<br />
胸のあかりも　消えるころ<br />
みなと小雨が　降るように<br />
ふしも悲しい　口笛が<br />
恋の街角　露路の細道<br />
ながれ行く</p>
<p style="text-align:left;">いつかまた逢う　指切りで<br />
笑いながらに　別れたが<br />
白い小指の　いとしさが<br />
忘れられない　さびしさを<br />
歌に歌って　祈る心の<br />
いじらしさ</p>
<p style="text-align:left;">夜のグラスの　酒よりも<br />
もゆる紅色　色さえた<br />
恋の花ゆえ　口づけて<br />
君に捧げた　薔薇の花<br />
ドラの響きに　ゆれて悲しや<br />
夢と散る</p>
<div style="width="245px; margin:30px auto 0 auto;">「悲しき口笛」をお聴きください。
</div>
</div>
</td>
<td width="10">&nbsp;</td>
<td valign="top" align="center" width="170">
<div class="picbox">画像をクリックして拡大写真をご覧ください。<br />&nbsp;<br />美空ひばりの育った街の風景<br /><a href="postbook/20100810/uta-08.jpg" rel="lightbox[uta0810]" title="当時からあった浜マーケット"><img src="postbook/20100810/uta-08s.jpg" alt="当時からあった浜マーケット" title="当時からあった浜マーケット" width="150" height="100"  /></a><br /><a href="postbook/20100810/uta-09.jpg" rel="lightbox[uta0810]" title="磯子区丸山界隈"><img src="postbook/20100810/uta-09s.jpg" alt="磯子区丸山界隈" title="磯子区丸山界隈" width="150" height="100"  /></a><br /><a href="postbook/20100810/uta-10.jpg" rel="lightbox[uta0810]" title="生家の家業　魚増の屋号は今も健在"><img src="postbook/20100810/uta-10s.jpg" alt="生家の家業　魚増の屋号は今も健在" title="生家の家業　魚増の屋号は今も健在" width="150" height="100"  /></a><br /><a href="postbook/20100810/uta-11.jpg" rel="lightbox[uta0810]" title="当時は市電の発着場。今は市電保存館として当時の様子を保存している"><img src="postbook/20100810/uta-11s.jpg" alt="当時は市電の発着場。今は市電保存館として当時の様子を保存している" title="当時は市電の発着場。今は市電保存館として当時の様子を保存している" width="150" height="100"  /></a></div>
<p><!-- picbox --></td>
</tr>
</table>
<p class="styleTop25">国民的な人気歌手となった「美空ひばり」は、小学校の出席日数が足りなくて　正規の卒業できず、補習をして1人だけの卒業式を行ったほどでした。<br />
それから1989年（平成元年）に亡くなるまで、発売したシングルは560曲、販売枚数は8000万枚を超えるという、まさに日本を代表する歌手になりました。<br />
1957年（昭和32年）、横浜開港100周年の歌募集で星野哲郎が作詞した「浜っ子マドロス」が1位に入選しました。この詩に船村徹が曲をつけました。1958年（昭和33年）横浜平和球場で開催されたの開港100周年の大祝賀会で「浜っ子マドロス」を歌ったのが美空ひばりです。この頃から、もはや戦後ではないと言われ、高度成長が始まり戦後の復興と「美空ひばり」の活躍は重なります。まさにひばりは時代の子だったと言えます。ひばりには横浜出身という形容詞はいらない、全国レベルの人でしたね。</p>
<table border="0" width="620">
<tr>
<td width="440" valign="top">
<div style="width:360px; margin:0 auto; padding:10px 10px 10px 10px; background: #DBF5F3; text-align:center;">
<p style="text-align:center;">浜っ子マドロス</p>
<p style="text-align:right;">作詩　星野哲郎　　作曲　船村　徹<br />昭和32年</p>
<p style="text-align:left;">船の汽笛を　子守の唄に<br />
聞いて育った　鴎だよ<br />
まるで散歩に　出かけるように<br />
笑って錨を　巻いた人<br />
でもさ　人情もろくてよ<br />
そこが浜っ子　マドロスなのさ</p>
<p style="text-align:left;">赤いつぼみの　夾竹桃を<br />
胸のジャンバーに　さしてたよ<br />
まるでセンチな　乙女のように<br />
やさしい心の　あるお人<br />
でもさ　しんは強くてよ<br />
そこが浜っ子　いいとこなのさ</p>
<p style="text-align:left;">つらい別れの　メリケン波止場<br />
シュンと胡弓も　泣いてたよ<br />
まるで明日にも　すぐ帰るよに<br />
あっさり手を振り　消えた人<br />
でもさ　男らしくてよ<br />
そこが浜っ子　マドロスなのさ</p>
<div style="width="245px; margin:30px auto 0 auto;">「浜っ子マドロス」をお聴きください。
</div>
</div>
</td>
<td width="10">&nbsp;</td>
<td width="170" valign="top"><img src="postbook/20100810/uta-99.gif" width="200" height="100" alt=" " border="0" /></td>
</tr>
</table>
<p><!-- ========== --></p>
<p>&nbsp;</p>
<h3 class="styleH3">輸送機関の変化　高度経済成長がもたらした船の時代の終焉</h3>
<p class="styleTop25">昭和30年代、まだ交通機関はバスや自転車で、乗用車は高嶺の花でしたが、市民は乗用車を持ちたいとカーブームが訪れました。<br />
その市民の願望をとらえたのが、フランク永井が歌った、「夜霧の第二国道」（1957年）です。<br />
横浜の彼女と別れて一人さびしくハンドルを握る、やっと手に入れた車で京浜第二国道をドライブする、こうなりたいという市民の想いが大ヒットにつながったかもしれませんね。それでこそ流行歌、時代の節目をとらえた歌だった言えます。</p>
<p class="styleTop25">第二国道は日本を代表する国道で、五反田から横浜までの19kmです。道幅が広く軍需道路として使われていました。1949年（昭和24年）に完成しましたが、舗装はまだで、砂ぼこりをあげていたそうです。完全舗装になったのは1954年（昭和29年）です。第二国道は、若者にとってはあこがれの道路だったのです。</p>
<p class="styleTop25">昭和30年代のマイカーブームのさきがけとして、この歌が大ヒットしたというのは市民の願望をうまくとらえたからでしょう。</p>
<p class="styleTop25">庶民の生活や、地域の歴史が流行歌を通して見えてくるということがおわかりいただけましたでしょうか。</p>
<table border="0" width="620">
<tr>
<td width="440" valign="top">
<div style="width:360px; margin:0 auto; padding:10px 10px 10px 10px; background: #DBF5F3; text-align:center;">
<p style="text-align:center;">夜霧の第二国道</p>
<p style="text-align:right;">作詩　宮川哲夫　作曲　吉田　正</p>
<p style="text-align:left;">つらい恋なら　ネオンの海へ<br />
捨てて来たのに　忘れてきたに<br />
バック・ミラーに　あの娘の顔が<br />
浮かぶ夜霧の　ああ　第二国道</p>
<p style="text-align:left;">花の唇　泪の瞳<br />
想い出さすな　帰らぬ夢を<br />
ヘッド・ライトの　光の中に<br />
つづくはてない　ああ　第二国道</p>
<p style="text-align:left;">闇を見つめて　ハンドル切れば<br />
サイン・ボードの　灯りも暗い<br />
泣かぬつもりの　男の胸を<br />
濡らす夜霧の　ああ　第二国道</p>
<div style="width="245px; margin:30px auto 0 auto;">「夜霧の第二国道」をお聴きください。
</div>
</div>
</td>
<td width="10">&nbsp;</td>
<td width="170" valign="top"><img src="postbook/20100810/uta-99.gif" width="200" height="100" alt=" " border="0" /></td>
</tr>
</table>
<div style="width:620px; margin:20px auto 0 auto; padding:10px 10px 10px 10px; background: #ffffff; border: 1px solid #333333;">
<p><strong>横浜開港資料館の玉楠の木のお話</strong></p>
<table width="620">
<tr>
<td width="440" valign="top">
<p>横浜開港資料館の中庭にある玉楠の木は、江戸時代から同地にあり、日米和親条約の締結（1854年）は、この玉楠の木の近くで行われたといわれている。この玉楠の木は、大正12年の関東大震災によって幹の部分を焼失したが、残った根から新たに芽ふが出て現在のものとなった。いわば横浜の歴史をみつめた生き証人ともいえる。</p>
</td>
<td valign="top" align="center" width="180">
<p class="pictext">画像をクリックして拡大写真をご覧ください。</p>
<p><a href="postbook/20100810/uta-12.jpg" rel="lightbox[uta0810]" title="横浜開港記念館の玉楠の木"><img src="postbook/20100810/uta-12s.jpg" alt="横浜開港記念館の玉楠の木" title="横浜開港記念館の玉楠の木" width="150" height="100"  /></a></td>
</tr>
</table>
</div>
<p style="margin-top:40px;">参考サイト</p>
<ul>
<li><a href="http://www.fujitv.co.jp/fujitv/news/pub_2009/090818utahime.html" target="_blank">土曜プレミアム『戦場のメロディ ～108人の日本人兵士の命を救った奇跡の歌～』HP</a></li>
<li><a href="http://www.hotel-newgrand.co.jp/framehist-ext2.html" target="_blank">History of HOTEL NEW GRAND</a></li>
<li><a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/1947%E5%B9%B4" target="_blank">1947年　ウィキペディアにて</a></li>
<li><a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E9%87%8E%E6%84%9B%E5%AD%90" target="_blank">平野愛子　ウィキペディアにて</a></li>
<li><a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E6%9C%AC%E7%BE%8E%E7%94%B1%E8%B5%B7" target="_blank">石本美由起　ウィキペディアにて</a></li>
<li><a href="http://www.city.yokohama.jp/me/keiei/kichitaisaku/rekishi/" target="_blank">接収の歴史：横浜市 都市経営局 基地対策課HP</a></li>
<li><a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E6%B0%91%E6%A0%84%E8%AA%89%E8%B3%9E" target="_blank">国民栄誉賞　ウィキペディアにて</a></li>
<li><a href="http://www.isezakicho.or.jp/miseinfo/zaki3/yokotiku/yokotiku.html" target="_blank">ヨコハマで一番古いレコードショップ　ヨコチク</a></li>
<li><a href="http://www.city.yokohama.jp/me/keiei/kichitaisaku/rekishi/" target="_blank">接収の歴史：横浜市 都市経営局 基地対策課HP</a></li>
<li><a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%B3%E7%AB%A5%E3%83%96%E3%82%AE%E3%82%A6%E3%82%AE" target="_blank">河童ブギウギ　ウィキペディアにて</a></li>
</ul>
<p>&nbsp;</p>
<p><a class="a2a_dd addtoany_share_save" href="http://www.addtoany.com/share_save"><img src="http://yokohama-now.jp/home/wp-content/plugins/add-to-any/share_save_171_16.png" width="171" height="16" alt="Share/Bookmark"/></a> </p>]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://yokohama-now.jp/home/?feed=rss2&amp;p=1341</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>2011年オープンの「神奈川芸術劇場(Kanagawa Arts Theatre)」 オープニング公演の作品を演出家やクリエイターたちが発表</title>
		<link>http://yokohama-now.jp/home/?p=1331</link>
		<comments>http://yokohama-now.jp/home/?p=1331#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 09 Aug 2010 15:05:27 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Staff</dc:creator>
				<category><![CDATA[横浜カルチャー]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://yokohama-now.jp/home/?p=1331</guid>
		<description><![CDATA[





　2011年1月にオープンする&#160;「神奈川芸術劇場&#160;（Kanagawa Arts Theatre）&#160;」&#160;で上演されるオープニング公演の演目が発表されました。ラインナップ発 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<style type="text/css">
<!--
p.this25 { margin-top:25px; }
-->
</style>
<table>
<tr>
<td valign="top">
<p>　2011年1月にオープンする&nbsp;「神奈川芸術劇場&nbsp;（Kanagawa Arts Theatre）&nbsp;」&nbsp;で上演されるオープニング公演の演目が発表されました。ラインナップ発表会では初代芸術監督である演出家の宮本亜門氏の挨拶に始まり、&#8221;KAAT（カート。同劇場の愛称）&#8221;&nbsp;のロゴをデザインしたアートディレクターの佐藤 卓氏、クリエイティブパートナーとしてダンサーの首藤康之氏、演劇カンパニー「チェルフィッチュ」主宰の演劇作家であり小説家の岡田利規氏、フリージャーナリストの岩城京子氏を紹介。そして上演する演目について、演出家の長塚圭史氏、三浦基氏、現代美術家の杉本博司氏が登壇しました。</p>
<p class="this25">　まず日本文学シリーズとして、6つの演目が決定。</p>
<ul>
<li>2011年1月29日～2月14日&nbsp;『金閣寺』&nbsp;（演出：宮本亜門、作：三島由紀夫、出演：森田剛ほか、会場：ホール）</li>
<li>1月17日～23日&nbsp;『浮標(ぶい)』&nbsp;（演出：長塚圭史、作：三好十郎、出演：田中哲司ほか、会場：大スタジオ）</li>
<li>3月11日～21日&nbsp;『Kappa／或小説』&nbsp;（演出：三浦基、作：芥川龍之介、出演：劇団「地点」、会場：大スタジオ）</li>
<li>3月12日、13日&nbsp;『春風亭小朝独演会(仮)』&nbsp;（出演：春風亭小朝ほか、会場：ホール）</li>
<li>3月25日～27日&nbsp;『はなれ瞽女(ごぜ)おりん』&nbsp;（脚本・演出・美術・作曲・人形操演：人形劇俳優 平常（たいらじょう）、作：水上勉、会場：大スタジオ）</li>
<li>3月23日～27日&nbsp;『杉本文楽 木偶坊 入情(でくのぼういりなさけ) 曾根崎心中付り(つけたり)観音廻り』&nbsp;（作：近松門左衛門、構成・演出・美術・映像：杉本博司、作曲・演出：鶴澤清治、会場：ホール）</li>
</ul>
<p>　そして2011上演の作品として、5つの作品も発表。</p>
<ul>
<li>2月2日～15日&nbsp;チェルフィッチュの新作公演&nbsp;『ゾウガメのソニックライフ(仮)』&nbsp;（作・演出：岡田利規、出演：山縣太一ほか）</li>
<li>4月20日～5月1日&nbsp;『国民の映画』&nbsp;（作・演出：三谷幸喜、出演：小日向文世ほか）</li>
<li>4月&nbsp;劇団&nbsp;「イキウメ」&nbsp;公演（作・演出：前川知大）</li>
</ul>
</td>
<td width="5">&nbsp;</td>
<td width="250" valign="top"><img src="postbook/20100810/cul-01.jpg" width="250" height="375" alt="" border="0" /><br /><img src="postbook/20100810/cul-02.jpg" width="250" height="375" alt="" border="0" /></td>
</tr>
</table>
<ul>
<li>6月&nbsp;『太平洋序曲』&nbsp;（作：スティーヴン・ソンドハイム）</li>
<li>7月&nbsp;『スウィーニー・トッド』&nbsp;（作：スティーヴン・ソンドハイム）</li>
<li>12月&nbsp;『ザ・ロッキー・ホラー・ショー』&nbsp;（演出：いのうえひでのり、作：リチャード・オブライエン、出演：古田新太ほか）</li>
</ul>
<p class="this25">　文学作品にスター俳優が出演する話題作、演技派俳優の共演による奥深い作品、人気演出家によるエンターテインメントや注目の劇団によるオリジナルなど充実のラインナップ。芸術監督の宮本氏は、「演劇を通じて発信し、劇場の新たな方向性を考えていきたい」&nbsp;とコメント。横浜から新しいカルチャーを発信する&nbsp;「神奈川芸術劇場」、そのはなやかな幕開けに注目です。</p>
<p class="this25"><strong>「神奈川芸術劇場」 2011年1月オープン</strong><br />
〒231-0023　神奈川県横浜市中区山下町281</p>
<table>
<tr>
<td valign="center" width="50"><a href="http://www.kaat.jp/" target="_blank"><img src="thisimages/internetMark.gif" width="33" height="33" alt="" border="0" /></a></td>
<td valign="center"><a href="http://www.kaat.jp/" target="_blank">http://www.kaat.jp/</a></td>
</tr>
</table>
<p style="text-align:right;">（美希東京）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><a class="a2a_dd addtoany_share_save" href="http://www.addtoany.com/share_save"><img src="http://yokohama-now.jp/home/wp-content/plugins/add-to-any/share_save_171_16.png" width="171" height="16" alt="Share/Bookmark"/></a> </p>]]></content:encoded>
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		<title>猛暑の夏のさむい話</title>
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		<pubDate>Mon, 09 Aug 2010 15:04:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Staff</dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[ヒトリゴト]]></category>

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		<description><![CDATA[





&#160;

今年の夏はホントに暑い。まさに猛暑だね。
しかし、暑い暑い、って自分たちのことばっかり言ってると足元をすくわれかねないんだよ。
ラーメン屋さんが言ってたけど、この猛暑で小麦粉の値段が上がりそう [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<style type="text/css">
<!--
p.styleTop25 { margin-top:25px; }
-->
</style>
<table>
<tr>
<td valign="top"><img src="postbook/20100810/hitorigoto-01.jpg" width="250" height="187" border="0" /></td>
<td width="5">&nbsp;</td>
<td valign="top">
<p>今年の夏はホントに暑い。まさに猛暑だね。<br />
しかし、暑い暑い、って自分たちのことばっかり言ってると足元をすくわれかねないんだよ。</p>
<p class="styleTop25">ラーメン屋さんが言ってたけど、この猛暑で小麦粉の値段が上がりそうなんだってさ。年間に日本で消費されている小麦粉の内、国内で生産されているのはわずか14％しかない。しかも、国内で作っている小麦は、うどんには向くけど、パンとか中華麺で使う小麦は、その大半を輸入物で賄っているそうだ。</p>
</td>
</tr>
</table>
<p class="styleTop25">戦後、日本は欧米食を導入して、パン食を取り入れるようになった。これはある種、戦勝国アメリカの戦略だともいえる。われわれ世代はもうすっかりパン食になじんでしまったし、今でも米が主食とはいうけれど、消費量はどんどん減ってきている。今さら食スタイルは変えられない。となれば、僕らは輸入される小麦に頼らざるを得ないとも言える。</p>
<p class="styleTop25">何しろ日本の食料自給率は40％だと言われているからね。先進国は飽食を続けているけど、人口が増えていくとそうはいかない。日本人と同じ生活水準を全世界が保とうとしたら、地球は2.5個必要になるとも言うよ。<br />
干ばつとか熱波とか、異常気象は農作物にいろんな影響を与える恐れがある。気象災害の被害に遭えば、当然自国分をまず確保して外に出すものが減ることになる。収穫量が少なければもちろん価格は上がるよね。今69億人くらいの地球の人口は、2050年には90億人になるっていうでしょう。日本へ食料を輸出している国がもし気象災害でダメージを受けたら、タイヘンなことになると思うんだよ。</p>
<p class="styleTop25">覚えているかな、1993年には米の凶作で大騒ぎになったんだよ。あのときは冷夏だった。気象災害によってもたらされる食糧に関する危機は数年おきにやってきているけれど、あきらかにその間隔が短くなっているような気がするし、損害も拡大している。<br />
国が、行政が、何とかしてくれるだろう、って僕らはつい他力本願になりがちだけど、いろいろな危機に普段から「備えておく」というのが大事なんだと思う。</p>
<p class="styleTop25">とくに、都会である東京や横浜などの「備える」ということに関しては、より綿密、且つ詳細であった方がいい…<br />
今回は気象災害にスポットを当てたけど、自然災害といった枠で考えれば、もっといろいろな困難が、明日やってくるかもしれないしさ。災害時、コンビニが開いているとは限らないし・・・。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><a class="a2a_dd addtoany_share_save" href="http://www.addtoany.com/share_save"><img src="http://yokohama-now.jp/home/wp-content/plugins/add-to-any/share_save_171_16.png" width="171" height="16" alt="Share/Bookmark"/></a> </p>]]></content:encoded>
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		<title>横浜の外国人墓地</title>
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		<pubDate>Mon, 09 Aug 2010 15:03:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Staff</dc:creator>
				<category><![CDATA[ともの現場]]></category>
		<category><![CDATA[コラム]]></category>

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		<description><![CDATA[横浜には外国人墓地が4つあると言われています。
有名なのは観光スポットにもなっている山手にある「横浜外国人墓地」です。



毎年3月末から12月末まで毎週土・日。祭日に「募金の為の墓地内一般公開」として墓地内を拝観する [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>横浜には外国人墓地が4つあると言われています。</p>
<p>有名なのは観光スポットにもなっている山手にある「横浜外国人墓地」です。</p>
<table>
<tr>
<td valign="top">
<p>毎年3月末から12月末まで毎週土・日。祭日に「募金の為の墓地内一般公開」として墓地内を拝観することができます。</p>
<p>横浜外国人墓地の歴史は1854年（安政元年）、ペリー艦隊再来の際に事故死した隊員の埋葬に始まります。1866年（慶応2年）には横浜居留地改造及び競馬場墓地等約書が締結され、ほぼ現在の墓域まで拡張されました。</p>
<p>ここには日本の西洋文化への発展に関わる多くの著名な外国人が眠っています。5000柱を超す埋葬記録があるそうですが、現在の墓石数は3000程度になっているそうです。日本初の鉄道（桜木町～新橋間）の建設技師長で「日本鉄道の恩人」とも呼ばれている、エドモンド・モレル（1840年～1871年）のお墓もあります。</p>
</td>
<td width=10">&nbsp;</td>
<td valign="top" align="center" width="170">
<div class="picbox">
画像をクリックして拡大写真をご覧ください。<br />&nbsp;<br /><a href="postbook/20100810/tomo-01.jpg" rel="lightbox[tomo0810]" title="山手にある「横浜外国人墓地」"><img src="postbook/20100810/tomo-01s.jpg" alt="山手にある「横浜外国人墓地」" title="山手にある「横浜外国人墓地」" width="150" height="100"  /></a><br /><a href="postbook/20100810/tomo-02.jpg" rel="lightbox[tomo0810]" title="山手にある「横浜外国人墓地」"><img src="postbook/20100810/tomo-02s.jpg" alt="山手にある「横浜外国人墓地」" title="山手にある「横浜外国人墓地」" width="150" height="100"  /></a></div>
</td>
</tr>
</table>
<p>私たちが訪れた土曜日も、たくさんの観光客が訪れていました。</p>
<p>中区には他に二つの外国人墓地があります。</p>
<table>
<tr>
<td valign="top">
<p>手狭になった山手の外国人墓地の代替に設けられたが、「根岸外国人専用墓地」です。山手駅からほど近い丘の上にあります。横浜市で管理しているのですが、この墓地の存在はほとんど知られていません。</p>
<p>ここには第二次世界大戦後、米軍兵士と日本女性との間にできたお子さんが数多く埋葬されています。<a href="http://yokohama-now.jp/home/?p=1202">「ヨコハマ・この人」の依田さん</a>が山手ライオンズクラブの会長のときにこの墓地の整備活動を進めらました。ライオンズクラブで建立された慰霊碑が、墓地の入口にあります。山手の外国人墓地とは対照的にひっそりとした草深い墓地の中には、きちんとした墓石があまりありません。日米混血の嬰児たちが墓石もなくここに眠っていると聞きました。私も山手駅が最寄りなのに、恥ずかしながらこの墓地の存在をこれまで知りませんでした。</p>
</td>
<td width=10">&nbsp;</td>
<td valign="top" align="center" width="170">
<div class="picbox">
画像をクリックして拡大写真をご覧ください。<br />&nbsp;<br /><a href="postbook/20100810/tomo-03.jpg" rel="lightbox[tomo0810]" title="根岸外国人専用墓地"><img src="postbook/20100810/tomo-03s.jpg" alt="根岸外国人専用墓地" title="根岸外国人専用墓地" width="150" height="100"  /></a><br /><a href="postbook/20100810/syumi-11.jpg" rel="lightbox[tomo0810]" title="根岸外国人専用墓地"><img src="postbook/20100810/syumi-11s.jpg" alt="根岸外国人専用墓地" title="根岸外国人専用墓地" width="150" height="100"  /></a></div>
</td>
</tr>
</table>
<p>もう一つの外国人墓地は、山手の外国人墓地から1871年（明治4年）に中区<br />
大芝台に移された華僑の方々の墓地です。ここは「中華義荘」と呼ばれています。</p>
<table>
<tr>
<td valign="top">
<p>境内は赤を主体とした装飾で、墓地なのにきらびやかな感じがします。柱の中の彫刻も手が込んでいて、美術品を見ているようでした。</p>
<p>所狭しと立ち並んでいるお墓の形状は日本と同じですが、墓石に中国のどこの省から来られたかが印してありました。祖先のお墓参りに訪れる人のためのお休み所も設置されていました。</p>
<p>この墓地の中には私の師匠である鮑啓泰（ほうけいたい）さんの祖先のお墓もあります。鮑家は広東省香山県（現中山市）の出身で、同郷の親戚、鮑焜（ほうこん）が1869年、ジャーディン・マセソン商会の買弁として訪れ、一族の横浜とのつながりが始まりだと言われています。</p>
<p>昨年、横浜開港資料館で開催された「横浜横浜中華街150年」展には鮑さんのお母さま（98歳で茅ヶ崎市在住）の結婚式の写真が展示されました。</p>
<p>横浜の開港とともに来日した中国人の子孫は、日本にしっかりと根をおろして様々な場所で活躍されています。</p>
<p>ちなみにもう一つの墓地は保土ヶ谷区にある「英連邦戦死者墓地」です。エリザベス女王やダイアナ妃、サッチャー首相も来日時に訪れています。</p>
<p style="margin-top:40px;">参考サイト</p>
<ul>
<li><a href="http://www.yfgc-japan.com/index.html" target="_blank">横浜外国人墓地</a></li>
<li><a href="http://www.kaikou.city.yokohama.jp/journal/105/02-2.html" target="_blank">横浜開港資料館-横浜横浜中華街150年</a></li>
</ul>
</td>
<td width=10">&nbsp;</td>
<td valign="top" align="center" width="170">
<div class="picbox">
画像をクリックして拡大写真をご覧ください。<br />&nbsp;<br /><a href="postbook/20100810/tomo-04.jpg" rel="lightbox[tomo0810]" title="中華義荘"><img src="postbook/20100810/tomo-04s.jpg" alt="中華義荘" title="中華義荘" width="150" height="100"  /></a><br /><a href="postbook/20100810/tomo-05.jpg" rel="lightbox[tomo0810]" title="中華義荘"><img src="postbook/20100810/tomo-05s.jpg" alt="中華義荘" title="中華義荘" width="150" height="100"  /></a><br /><a href="postbook/20100810/tomo-07.jpg" rel="lightbox[tomo0810]" title="鮑啓泰（ほうけいたい）さんの祖先のお墓"><img src="postbook/20100810/tomo-07s.jpg" alt="鮑啓泰（ほうけいたい）さんの祖先のお墓" title="鮑啓泰（ほうけいたい）さんの祖先のお墓" width="150" height="100"  /></a></div>
<div class="picbox" style="margin-top: 5px;">
画像をクリックして拡大写真をご覧ください。<br />横浜開港資料館のたまくす<br /><a href="postbook/20100810/tomo-06.jpg" rel="lightbox[tomo0810]" title="横浜開港資料館のたまくす"><img src="postbook/20100810/tomo-06s.jpg" alt="横浜開港資料館のたまくす" title="横浜開港資料館のたまくす" width="150" height="100"  /></a></div>
</td>
</tr>
</table>
<p>&nbsp;</p>
<p><a class="a2a_dd addtoany_share_save" href="http://www.addtoany.com/share_save"><img src="http://yokohama-now.jp/home/wp-content/plugins/add-to-any/share_save_171_16.png" width="171" height="16" alt="Share/Bookmark"/></a> </p>]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>ともの現場＜番外編＞ 夏休みおすすめスポットです！</title>
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		<pubDate>Mon, 09 Aug 2010 15:02:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Staff</dc:creator>
				<category><![CDATA[ともの現場]]></category>
		<category><![CDATA[コラム]]></category>

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		<description><![CDATA[


美空ひばりの取材で、滝頭（横浜市磯子区）に行きました。そのときにふらっと訪れたのが「横浜市電保存館」です。私は、横浜市バス21系統（市電保存館～桜木町駅）をよく利用します。21系統終点でもある「市電保存館」なるもの [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<table>
<tr>
<td valign="top">
<p>美空ひばりの取材で、滝頭（横浜市磯子区）に行きました。そのときにふらっと訪れたのが「横浜市電保存館」です。私は、横浜市バス21系統（市電保存館～桜木町駅）をよく利用します。21系統終点でもある「市電保存館」なるものを一度訪れてみたかったのです。</p>
<p>横浜では明治37年(1904年）から昭和47年(1972年）までの約70年間、中心部を市電が走っていました。全盛期の1956年（昭和31年）頃には、20近い路線がありましたが、自動車交通量の増加や渋滞の問題があって、市電は廃止になってしまいました。</p>
<p>「市電保存館」では、実際に走っていた路面電車を保存・展示しています。7種類の電車がありました。電車の中に入って椅子に座るとタイムスリップしている感じがします。冷房も効いていて、のんびり時間を過ごすことができます。</p>
<p>昭和30年代の横浜の町並みを再現した映像が流れる電車もあり、運転席ではコントローラーを使って市電のバーチャル体験もできます。</p>
<p>また横浜市港北区に在住していた故吉村栄氏が、40年をかけて製作、収集した鉄道模型（Ｏゲージ)のコレクションもあり、鉄男・鉄子にはたまらないスポットです。</p>
<p>入場料は大人100円、小・中学生50円で、財布にもやさしく大人も子供も楽しめる夏休みおすすめスポットです。</p>
<p style="margin-top:40px;">参考サイト</p>
<ul>
<li><a href="http://www.kyouryokukai.or.jp/ciden/" target="_blank">横浜市電保存館</a></li>
</ul>
</td>
<td width=10">&nbsp;</td>
<td valign="top" align="center" width="170">
<div class="picbox">
画像をクリックして拡大写真をご覧ください。<br />&nbsp;<br /><a href="postbook/20100810/tomo2-01.jpg" rel="lightbox[tomo0810b]" title="横浜市電保存館"><img src="postbook/20100810/tomo2-01s.jpg" alt="横浜市電保存館" title="横浜市電保存館" width="150" height="100"  /></a><br /><a href="postbook/20100810/tomo2-02.jpg" rel="lightbox[tomo0810b]" title="横浜市電保存館"><img src="postbook/20100810/tomo2-02s.jpg" alt="横浜市電保存館" title="横浜市電保存館" width="150" height="100"  /></a><br /><a href="postbook/20100810/tomo2-03.jpg" rel="lightbox[tomo0810b]" title="横浜市電保存館"><img src="postbook/20100810/tomo2-03s.jpg" alt="横浜市電保存館" title="横浜市電保存館" width="150" height="100"  /></a><br /><a href="postbook/20100810/tomo2-04.jpg" rel="lightbox[tomo0810b]" title="横浜市電保存館"><img src="postbook/20100810/tomo2-04s.jpg" alt="横浜市電保存館" title="横浜市電保存館" width="150" height="100"  /></a><br /><a href="postbook/20100810/tomo2-05.jpg" rel="lightbox[tomo0810b]" title="横浜市電保存館"><img src="postbook/20100810/tomo2-05s.jpg" alt="横浜市電保存館" title="横浜市電保存館" width="150" height="100"  /></a><br /><a href="postbook/20100810/tomo2-06.jpg" rel="lightbox[tomo0810b]" title="横浜市電保存館"><img src="postbook/20100810/tomo2-06s.jpg" alt="横浜市電保存館" title="横浜市電保存館" width="150" height="100"  /></a>
</div>
</td>
</tr>
</table>
<p>&nbsp;</p>
<p><a class="a2a_dd addtoany_share_save" href="http://www.addtoany.com/share_save"><img src="http://yokohama-now.jp/home/wp-content/plugins/add-to-any/share_save_171_16.png" width="171" height="16" alt="Share/Bookmark"/></a> </p>]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>iPadを始めよう！</title>
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		<pubDate>Mon, 09 Aug 2010 15:01:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Staff</dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[最近のネット＆デジタル事情]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://yokohama-now.jp/home/?p=1301</guid>
		<description><![CDATA[






&#160;
はじめまして、今回「iPad」をご紹介する祖母のトメと孫のチッチです。私たちの他愛ない会話で「iPad」を紹介したいと思います。


&#160;




バアバ、遊びに来たよ。
&#160; [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<style type="text/css">
<!--
p.thisPic { margin:5px 0; text-align:center; }
-->
</style>
<table border="0">
<tr>
<td width="51"><img src="postbook/20100810/kuri-chi.jpg" width="51" height="50" alt="" border="0"  /></td>
<td width="54"><img src="postbook/20100810/kuri-tome.jpg" width="54" height="50" alt="" border="0" /></td>
<td width="10">&nbsp;</td>
<td>はじめまして、今回「iPad」をご紹介する祖母のトメと孫のチッチです。<br />私たちの他愛ない会話で「iPad」を紹介したいと思います。</td>
</tr>
</table>
<p>&nbsp;</p>
<p><!-- チッチ --></p>
<table border="0">
<tr>
<td valign="top" width="60"><img src="postbook/20100810/kuri-chi.jpg" width="51" height="50" alt="" border="0"  /></td>
<td width="240">バアバ、遊びに来たよ。</td>
<td width="20">&nbsp;</td>
<td valign="top" width="60">&nbsp;</td>
<td width="240">&nbsp;</td>
</tr>
</table>
<p><!-- トメ --></p>
<table border="0">
<tr>
<td valign="top" width="60">&nbsp;</td>
<td width="240">&nbsp;</td>
<td width="20">&nbsp;</td>
<td valign="top" width="60"><img src="postbook/20100810/kuri-tome.jpg" width="54" height="50" alt="" border="0" /></td>
<td width="240">あらチッチ待ってたよ。大きくなったね暑いから冷たいもの入れよう、待っててね。はい、麦茶。</td>
</tr>
</table>
<p><!-- チッチ --></p>
<table border="0">
<tr>
<td valign="top" width="60"><img src="postbook/20100810/kuri-chi.jpg" width="51" height="50" alt="" border="0"  /></td>
<td width="240">バアバ、ジュースないの？</td>
<td width="20">&nbsp;</td>
<td valign="top" width="60">&nbsp;</td>
<td width="240">&nbsp;</td>
</tr>
</table>
<p><!-- トメ --></p>
<table border="0">
<tr>
<td valign="top" width="60">&nbsp;</td>
<td width="240">&nbsp;</td>
<td width="20">&nbsp;</td>
<td valign="top" width="60"><img src="postbook/20100810/kuri-tome.jpg" width="54" height="50" alt="" border="0" /></td>
<td width="240">バアバ、手が痛いから重い物持てないでしょ、だから買ってこれないの。 </td>
</tr>
</table>
<p><!-- チッチ --></p>
<table border="0">
<tr>
<td valign="top" width="60"><img src="postbook/20100810/kuri-chi.jpg" width="51" height="50" alt="" border="0"  /></td>
<td width="240">そうなんだ、じゃ買い物大変だね。バアバはネット（インターネット）使わないの？</td>
<td width="20">&nbsp;</td>
<td valign="top" width="60">&nbsp;</td>
<td width="240">&nbsp;</td>
</tr>
</table>
<p><!-- トメ --></p>
<table border="0">
<tr>
<td valign="top" width="60">&nbsp;</td>
<td width="240">&nbsp;</td>
<td width="20">&nbsp;</td>
<td valign="top" width="60"><img src="postbook/20100810/kuri-tome.jpg" width="54" height="50" alt="" border="0" /></td>
<td width="240">あぁ〜、パソコンね~。バアバは目が悪いから苦手なんだよ。</td>
</tr>
</table>
<p><!-- チッチ --></p>
<table border="0">
<tr>
<td valign="top" width="60"><img src="postbook/20100810/kuri-chi.jpg" width="51" height="50" alt="" border="0"  /></td>
<td width="240">そうだ、今日は秘密兵器持って来たんだ。じゃじゃ~ん。<strong>iPad(アイパッド）</strong></td>
<td width="20">&nbsp;</td>
<td valign="top" width="60">&nbsp;</td>
<td width="240">&nbsp;</td>
</tr>
</table>
<table border="0">
<tr>
<td width="300"><img src="postbook/20100810/kuri-01.jpg" width="300" height="225" alt="" border="0"  /></td>
<td width="320">&nbsp;</td>
</tr>
</table>
<p><!-- トメ --></p>
<table border="0">
<tr>
<td valign="top" width="60">&nbsp;</td>
<td width="240">&nbsp;</td>
<td width="20">&nbsp;</td>
<td valign="top" width="60"><img src="postbook/20100810/kuri-tome.jpg" width="54" height="50" alt="" border="0" /></td>
<td width="240">チッチ凄いの持ってんだね。</td>
</tr>
</table>
<p><!-- チッチ --></p>
<table border="0">
<tr>
<td valign="top" width="60"><img src="postbook/20100810/kuri-chi.jpg" width="51" height="50" alt="" border="0"  /></td>
<td width="240">パパのだよ。「何かあったら使いなさい」ってパパが貸してくれたんだ。</td>
<td width="20">&nbsp;</td>
<td valign="top" width="60">&nbsp;</td>
<td width="240">&nbsp;</td>
</tr>
</table>
<p><!-- トメ --></p>
<table border="0">
<tr>
<td valign="top" width="60">&nbsp;</td>
<td width="240">&nbsp;</td>
<td width="20">&nbsp;</td>
<td valign="top" width="60"><img src="postbook/20100810/kuri-tome.jpg" width="54" height="50" alt="" border="0" /></td>
<td width="240">パパは新しい物好きだから、何でも買って幾つになっても困った子だね。</td>
</tr>
</table>
<p><!-- チッチ --></p>
<table border="0">
<tr>
<td valign="top" width="60"><img src="postbook/20100810/kuri-chi.jpg" width="51" height="50" alt="" border="0"  /></td>
<td width="240">パパってそうだったんだ（笑）</p>
<p>iPadだけで、ネットが使えるんだよ。本だって読めるし、買い物もできるんだ。それに何処でも使えるから凄い便利だよ。</p>
<p>これならバアバも使えるよ。</td>
<td width="20">&nbsp;</td>
<td valign="top" width="60">&nbsp;</td>
<td width="240">&nbsp;</td>
</tr>
</table>
<p><!-- トメ --></p>
<table border="0">
<tr>
<td valign="top" width="60">&nbsp;</td>
<td width="240">&nbsp;</td>
<td width="20">&nbsp;</td>
<td valign="top" width="60"><img src="postbook/20100810/kuri-tome.jpg" width="54" height="50" alt="" border="0" /></td>
<td width="240">でもバアバ、パソコンもやっとなのに使えるかな？</td>
</tr>
</table>
<p><!-- チッチ --></p>
<table border="0">
<tr>
<td valign="top" width="60"><img src="postbook/20100810/kuri-chi.jpg" width="51" height="50" alt="" border="0"  /></td>
<td width="240">iPadは大丈夫だよ。  	軽いし文字も大きくできるし、操作も指で触れるだけだから簡単だよ。持ってみて。</td>
<td width="20">&nbsp;</td>
<td valign="top" width="60">&nbsp;</td>
<td width="240">&nbsp;</td>
</tr>
</table>
<p><!-- トメ --></p>
<table border="0">
<tr>
<td valign="top" width="60">&nbsp;</td>
<td width="240">&nbsp;</td>
<td width="20">&nbsp;</td>
<td valign="top" width="60"><img src="postbook/20100810/kuri-tome.jpg" width="54" height="50" alt="" border="0" /></td>
<td width="240">本当だ軽いねぇ。これでパソコンみたいな事出来るのかい？</td>
</tr>
</table>
<table border="0">
<tr>
<td width="320">&nbsp;</td>
<td width="300"><img src="postbook/20100810/kuri-02.jpg" width="300" height="225" alt="" border="0"  /></td>
</tr>
</table>
<p><!-- チッチ --></p>
<table border="0">
<tr>
<td valign="top" width="60"><img src="postbook/20100810/kuri-chi.jpg" width="51" height="50" alt="" border="0"  /></td>
<td width="240">親指と人差し指を置いて広げてみて。</td>
<td width="20">&nbsp;</td>
<td valign="top" width="60">&nbsp;</td>
<td width="240">&nbsp;</td>
</tr>
</table>
<p><!-- トメ --></p>
<table border="0">
<tr>
<td valign="top" width="60">&nbsp;</td>
<td width="240">&nbsp;</td>
<td width="20">&nbsp;</td>
<td valign="top" width="60"><img src="postbook/20100810/kuri-tome.jpg" width="54" height="50" alt="" border="0" /></td>
<td width="240">こうかい？</td>
</tr>
</table>
<table border="0">
<tr>
<td width="320">&nbsp;</td>
<td width="300"><img src="postbook/20100810/kuri-03.jpg" width="300" height="225" alt="" border="0"  /><br /><img src="postbook/20100810/kuri-04.jpg" width="300" height="225" alt="" border="0"  /><br /><img src="postbook/20100810/kuri-05.jpg" width="300" height="225" alt="" border="0"  /><br />凄い、文字が大きくなった。<br />これなら眼鏡がなくても見れるわ。</td>
</tr>
</table>
<p><!-- チッチ --></p>
<table border="0">
<tr>
<td valign="top" width="60"><img src="postbook/20100810/kuri-chi.jpg" width="51" height="50" alt="" border="0"  /></td>
<td width="240">いっしょ「おやゆび姫」読もうよ。</td>
<td width="20">&nbsp;</td>
<td valign="top" width="60">&nbsp;</td>
<td width="240">&nbsp;</td>
</tr>
</table>
<p><!-- トメ --></p>
<table border="0">
<tr>
<td valign="top" width="60">&nbsp;</td>
<td width="240">&nbsp;</td>
<td width="20">&nbsp;</td>
<td valign="top" width="60"><img src="postbook/20100810/kuri-tome.jpg" width="54" height="50" alt="" border="0" /></td>
<td width="240">じゃバアバが読んであげるね。</td>
</tr>
</table>
<table border="0">
<tr>
<td width="320">&nbsp;</td>
<td width="300"><img src="postbook/20100810/kuri-06.jpg" width="300" height="225" alt="" border="0"  /></td>
</tr>
</table>
<p>つづく</p>
<p>今回は「iPadってなあに」を題材にトメさんとチッチが簡単に紹介しました。<br />でもiPadを使うにはiPadだけではなくインターネットに繋がる環境が必要です。<br />下の表で補足しますね。</p>
<table border="1">
<tr>
<th/>
<th align="center">既にインターネットに繋がる環境<br />(WiFi:無線LAN)がある場合</th>
<th align="center">インターネットに繋がる環境<br />(WiFi:無線LAN)が無い場合</th>
</tr>
<tr>
<th align="center">家の中だけで使う場合</th>
<td>iPad WiFiがおすすめです<br/>金額：iPad本体のみです</td>
<td>iPad+SoftBank 3Gがおすすめです<br />（外出先でも利用可能になります）<br />金額：iPad本体の料金＋月々データ定額基本使用料がかかります。</td>
</tr>
<tr>
<th align="center">外出先でも使いたい場合</th>
<td>iPad+SoftBank 3Gがおすすめです<br />金額：iPad本体の料金＋月々データ定額基本使用料がかかります。</td>
<td>iPad+SoftBank 3Gがおすすめです<br />金額：iPad本体の料金＋月々データ定額基本使用料がかかります。</td>
</tr>
<tr>
<td colspan="3">詳しくは<a href="http://mb.softbank.jp/mb/ipad/" targe="_blank">ソフトバンク</a>を参照してください</td>
</tr>
</table>
<p>&nbsp;</p>
<p><a class="a2a_dd addtoany_share_save" href="http://www.addtoany.com/share_save"><img src="http://yokohama-now.jp/home/wp-content/plugins/add-to-any/share_save_171_16.png" width="171" height="16" alt="Share/Bookmark"/></a> </p>]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>オーガニックコットンで仕立てる商品が私の自然体</title>
		<link>http://yokohama-now.jp/home/?p=965</link>
		<comments>http://yokohama-now.jp/home/?p=965#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 09 Jul 2010 15:08:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Staff</dc:creator>
				<category><![CDATA[ヨコハマこの人]]></category>

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		<description><![CDATA[
　50年前にお父様がご商売を始められたのが横浜市中区若葉町です。伊勢佐木町に隣接するこの場所は、昔も今も多くの飲食店で賑わっています。
「ヨコハマこの人」の第三回目は、「天衣無縫」というブランド名でオーガニックコットン [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="postbook/20100710/hito-99.jpg" width="630" height="421" border="0" alt="オーガニックコットン天衣無縫" title="オーガニックコットン天衣無縫の" /></p>
<p>　50年前にお父様がご商売を始められたのが横浜市中区若葉町です。伊勢佐木町に隣接するこの場所は、昔も今も多くの飲食店で賑わっています。<br />
「ヨコハマこの人」の第三回目は、「天衣無縫」というブランド名でオーガニックコットンの商品の企画・製造・販売で事業展開をされている株式会社新藤（しんふじ）の藤澤徹社長にお話を伺いました。</p>
<p>　お父様から会社を引き継いで四半世紀。その間、業種転換と業態転換を経て、「オーガニックコットンのパイオニア」としてご活躍中です。</p>
<table>
<tr>
<td width="200" valign="top"><img src="postbook/20100710/hito-01.jpg" width="200" height="250" border="0" alt="オーガニックコットン天衣無縫の藤澤徹さん" title="オーガニックコットン天衣無縫の藤澤徹さん" /></td>
<td width="5">&nbsp;</td>
<td valign="top" align="left">
<div style="background:#DBF5F3; width:400px; padding:10px 0 10px 10px;">
<p>名前：藤澤徹（ふじさわとおる）さん<br />
出身地：横浜生まれの横浜育ち<br />
年齢：63歳<br />
家族構成：妻一人　子供二人<br />
現在の住居：横浜市南区永田<br />
職業：株式会社新藤　代表取締役社長<br />
会社のHP：<a href="http://www.tenimuhou.jp/" target="_blank">http://www.tenimuhou.jp/</a><br />
天衣無縫（オンラインショップ）：<a href="http://shop.tenimuhou.jp/" target="_blank">http://shop.tenimuhou.jp/</a><br />
&nbsp;<br />&nbsp;
</p>
</div>
</td>
</tr>
</table>
<p><!-- ======= --></p>
<p>&nbsp;</p>
<h3 style="color:#006600;margin-bottom:10px;background: url(thisimages/e01.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:10px;">天衣無縫が生まれるまで</h3>
<table>
<tr>
<td valign="top">
<h4 style="margin-bottom:5px;background: url(thisimages/q20.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:8px;">新藤誕生までのストーリーは</h4>
<p>　父は、滋賀県出身で戦前に京都で商売を始めました。戦後、横浜に出てきて自転車で帯締めや草履、バックなどの和装小物の販売を始めたそうです。55年前ここ横浜市中区若葉町に2階建ての店舗兼住宅を建てました。和装小物の卸業としてそれなりに繁盛していて、いつも10人くらいの自分より少し年上の住み込みの若い社員がいて、私たち家族も一緒に暮らしていました。</p>
<p>　私は横浜の小中学校を卒業後、平沼高校から東北大学に進学しました。その時は、「商売人には絶対にならない」つもりでした。</p>
<p>　というのは私が中学校3年の時に、大口得意先の倒産が重なって、父の会社も倒産してしまったのです。そのときのつらい経験が私を商売から遠ざけたのです。その後、父は努力して1962年（昭和37年）に会社を再建しました。新しい出発ということで社名は 株式会社新藤（シンフジ）にしました。その株式会社新藤は今年で48期目を迎えています。</p>
<h4 style="margin-bottom:5px;background: url(thisimages/q20.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:8px;">なぜ商売を継ごうとされたのですか</h4>
<p>　父が老齢で病気になったこともあって、26年前、1984年36歳のときに入社しました。業種は相変わらず和装小物の卸で経営は厳しい状況でした。売上と同じくらいの負債があり、従業員への給料も分割払いでした。私の給料は18万円で3分割で支払われるという状態でした。実家でなければ辞めていましたね。</p>
</td>
<td width=10">&nbsp;</td>
<td valign="top" align="center" width="170">
<div class="picbox">
画像をクリックして拡大写真をご覧ください。<br />&nbsp;<br />
<a href="postbook/20100710/hito-02.jpg" rel="lightbox[hito710]" title="天衣無縫ショールーム"><img src="postbook/20100710/hito-02s.jpg" alt="天衣無縫ショールーム" title="天衣無縫ショールーム" width="150" height="100"  /></a><br />
<a href="postbook/20100710/hito-03.jpg" rel="lightbox[hito710]" title="天衣無縫ショールーム"><img src="postbook/20100710/hito-03s.jpg" alt="天衣無縫ショールーム" title="天衣無縫ショールーム" width="150" height="100"  /></a><br />
<a href="postbook/20100710/hito-04.jpg" rel="lightbox[hito710]" title="天衣無縫ショールーム"><img src="postbook/20100710/hito-04s.jpg" alt="天衣無縫ショールーム" title="天衣無縫ショールーム" width="150" height="100"  /></a><br />
<a href="postbook/20100710/hito-05.jpg" rel="lightbox[hito710]" title="天衣無縫ショールーム"><img src="postbook/20100710/hito-05s.jpg" alt="天衣無縫ショールーム" title="天衣無縫ショールーム" width="150" height="100"  /></a>
</div>
</td>
</tr>
</table>
<h4 style="margin-bottom:5px;background: url(thisimages/q20.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:8px;">それで業種転換を図ろうとされたのですね</h4>
<p>　日本人のライフスタイルが変わって、着物を着る人が少なくなって和装小物の需要が減ってきました。これでは商売を続けることができないということで、「毎日使うもの」「継続的に変わらずに誰にでも必要とされるもの」は何だろうと考えました。そこで「タオル」に注目したのです。和装小物の卸売をするかたわらでタオルの営業も始めました。B級品のタオルを仕入れてきて、家族で夜なべして仕分けて使えるものは呉服屋さんの店頭で、使えないものはガソリンスタンドへと販売しました。</p>
<p>　とにかくお金を作るために何でもしましたね。母親が「リサイクルブティック」を始めたのもその頃です。ブランド品のバック・ドレス・着物を取り扱って、伊勢佐木町のクラブのママさんたちや商店街の奥様達に重宝されていました。毛皮の販売や横須賀の米軍基地に和装小物を販売に行ったりもしました。</p>
<p>　家族の収入を生活費以外は全部積み立てて、それを資本金に転嫁して取引先への支払いに回していました。</p>
<p>　5年間にわたって朝から晩まで土日もなく働きました。従業員の給料や仕入先への支払いが約束通り実行できる会社にすることを第一の目標にして、がむしゃらに働きました。</p>
<h4 style="margin-bottom:5px;background: url(thisimages/q20.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:8px;">転機が訪れたのはいつですか</h4>
<p>　それはYES&#8217;89の横浜博覧会ですね。公式キャラクター「ブルアちゃん」をデザインしたTシャツやタオルを制作販売することができたのです。1988年からのプレイベントで販売したのですがよく売れました。そのときに百貨店とのご縁ができて、後の出店につながりました。これがモノづくりをはじめるきっかけにもなったのです。</p>
<h4 style="margin-bottom:5px;background: url(thisimages/q20.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:8px;">どうして業態転換をされたのですか</h4>
<p>　セゾングループの堤清二さん等の「問屋無用論」に影響を受けて問屋からメーカーになろうと考えたのです。デザイナーを採用して、オリジナル商品の企画・製造・販売を作り始めました。私も東京テキスタイル学院に勉強に行って織物・染物を学んだりました。</p>
<p>　1991年（平成3年）　に私が社長になったときに目指したのは、製造と販売の一体型の企業です。その頃、神奈川県中小企業家同友会に入会して経営指針を作成しました。新しいブランドを立ち上げたいと考えていました。</p>
<p><!-- ========= --></p>
<p>&nbsp;</p>
<h3 style="color:#006600;margin-bottom:10px;background: url(thisimages/e02.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:10px;">天衣無縫を志す</h3>
<table>
<tr>
<td valign="top">
<h4 style="margin-bottom:5px;background: url(thisimages/q20.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:8px;">オーガニックコットンとの出会いはその頃ですか</h4>
<p>　1993年に繊維新聞でオーガニックコットンの記事を見たのです。農業で使用されている有害化学物質の総量の約25％が綿花の生産に使用されているという内容でした。綿の栽培に使用されているのは、世界の耕地のわずか3％です。にもかかわらず、大量の化学肥料や除草剤、殺虫剤、枯葉剤などがそこで使われているのです。さらにショックだったのは、綿花の収穫前に、広大な畑に枯れ葉剤が飛行機で散布されていたことです。枯れ葉剤はかつてベトナム戦争で米軍が化学兵器として使用していたことで有名です。このような綿を原料にしたタオルは作りたくないと強く思いました。</p>
<p>　私はその後アメリカテキサス州の農場を訪ねました。そこでは少数の綿花生産者が従来型の化学農業をやめて、有害化学物質を一切使用しない有機農業に切り替えていました。</p>
<p>　このようなきっかけで、1993年に、オーガニックコットンを原料とした製品の製造・販売を日本で始めるようになったのです。</p>
<h4 style="margin-bottom:5px;background: url(thisimages/q20.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:8px;">オーガニックコットンのビジネスは順調でしたか</h4>
<p>　最初の3年間は全然売れませんでした。1カ月の売上が人件費にも満たない月もありました。でも私は環境問題の観点からもオーガニックコットンを広めていきたかったのです。このマーケットは必ず広がると確信していました。アトピーの方や自然食品に関心のある方など、お客様がだんだんついてきました。</p>
<p>　1996年（平成8年）に京急百貨店から話が持ち込まれ、出店することになりました。その時につけたブランド名が「天衣無縫」です。「天衣無縫」とは、天女の衣には縫い目がないことからから「詩歌などに細工やわざとらしさがなく、自然に美しくつくられていること」を意味する言葉です。これは素晴らしい言葉だと思ってブランド名にしました。オーガニックコットンの専門店を百貨店で始めたのはうちが最初だったと思います。</p>
<p>　ここ10年ほどで環境問題が広がってきて、消費者の意識が変わってきました。</p>
<p>2000年（平成12年）に 「天衣無縫」の横浜高島屋店と港南台高島屋店を開店しました。その頃から売上が伸びていきましたね。</p>
<p>　2004年（平成16年）　に 「天衣無縫」の日本橋高島屋店と「天衣無縫」の玉川店を<br />
開店しました。 玉川店は直営店です。</p>
<p>　17年かけて、オーガニックコットンが主力になりました。特にここ数年で目に見えてお客様が増えてきました日常生活に不可欠な実用品として受け入れられるようになってきましたね。</p>
</td>
<td width=10">&nbsp;</td>
<td valign="top" align="center" width="170">
<div class="picbox">
画像をクリックして拡大写真をご覧ください。<br />&nbsp;<br />
<a href="postbook/20100710/hito-06.jpg" rel="lightbox[hito710]" title="天衣無縫ショールーム"><img src="postbook/20100710/hito-06s.jpg" alt="天衣無縫ショールーム" title="天衣無縫ショールーム" width="150" height="100"  /></a><br />
<a href="postbook/20100710/hito-07.jpg" rel="lightbox[hito710]" title="天衣無縫ショールーム"><img src="postbook/20100710/hito-07s.jpg" alt="天衣無縫ショールーム" title="天衣無縫ショールーム" width="150" height="100"  /></a><br />
<a href="postbook/20100710/hito-08.jpg" rel="lightbox[hito710]" title="天衣無縫ショールーム"><img src="postbook/20100710/hito-08s.jpg" alt="天衣無縫ショールーム" title="天衣無縫ショールーム" width="150" height="100"  /></a><br />
<a href="postbook/20100710/hito-09.jpg" rel="lightbox[hito710]" title="天衣無縫ショールーム"><img src="postbook/20100710/hito-09s.jpg" alt="天衣無縫ショールーム" title="天衣無縫ショールーム" width="150" height="100"  /></a><br />
<a href="postbook/20100710/hito-10.jpg" rel="lightbox[hito710]" title="天衣無縫ショールーム"><img src="postbook/20100710/hito-10s.jpg" alt="天衣無縫ショールーム" title="天衣無縫ショールーム" width="150" height="100"  /></a><br />
<a href="postbook/20100710/hito-11.jpg" rel="lightbox[hito710]" title="天衣無縫ショールーム"><img src="postbook/20100710/hito-11s.jpg" alt="天衣無縫ショールーム" title="天衣無縫ショールーム" width="150" height="100"  /></a><br />
<a href="postbook/20100710/hito-12.jpg" rel="lightbox[hito710]" title="天衣無縫ショールーム"><img src="postbook/20100710/hito-12s.jpg" alt="天衣無縫ショールーム" title="天衣無縫ショールーム" width="150" height="100"  /></a><br />
<a href="postbook/20100710/hito-13.jpg" rel="lightbox[hito710]" title="天衣無縫ショールーム"><img src="postbook/20100710/hito-13s.jpg" alt="天衣無縫ショールーム" title="天衣無縫ショールーム" width="150" height="100"  /></a>
</div>
</td>
</tr>
</table>
<table>
<tr>
<td valign="top">
<h4 style="margin-bottom:5px;background: url(thisimages/q20.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:8px;">これから何を目指されていますか</h4>
<p>　オーガニックコットン製品の市場は飛躍的に拡大して、当初から50倍の規模になっています。新しい市場が拡大する時に必ず起きるのが原材料の水増しや偽装の問題です。オーガニック綿に一般綿を混ぜても、その比率は分析できないのです。経済産業省でも遅まきながらガイドラインを作りました。</p>
<p>我が社は本物だということを示すためにも、トレーサビリティにこだわっています。<br />
オーガニックコットンが生産されて商品になるまでをきちんと管理していくために2009年1月15日にGOTS（オーガニックテキスタイルの世界基準）の第三者認証を取得しました。この認証は原材料だけでなく製造プロセスなどについての厳しい審査があるので日本ではまだ4社しか取得していないものです。</p>
<p>それから人を育てたいですね。20～30歳台の販売スタッフが、オーガニックコットンの魅力をお客様に伝えられるようになってほしいです。本物を使うことが将来の暮らしを豊かにすることにつながることを彼女たち自身に理解してもらいたいです。</p>
</td>
<td width=10">&nbsp;</td>
<td valign="top" align="center" width="170">
<div class="picbox">
画像をクリックして拡大写真をご覧ください。<br />&nbsp;<br />
<a href="postbook/20100710/hito-14.jpg" rel="lightbox[hito710]" title="天衣無縫ショールーム"><img src="postbook/20100710/hito-14s.jpg" alt="天衣無縫ショールーム" title="天衣無縫ショールーム" width="150" height="100"  /></a><br />
<a href="postbook/20100710/hito-15.jpg" rel="lightbox[hito710]" title="天衣無縫ショールーム"><img src="postbook/20100710/hito-15s.jpg" alt="天衣無縫ショールーム" title="天衣無縫ショールーム" width="150" height="100"  /></a><br />
<a href="postbook/20100710/hito-16.jpg" rel="lightbox[hito710]" title="天衣無縫ショールーム"><img src="postbook/20100710/hito-16s.jpg" alt="天衣無縫ショールーム" title="天衣無縫ショールーム" width="150" height="100"  /></a>
</div>
</td>
</tr>
</table>
<p>　これからが我が社の勝負どころだと思っています。環境、健康にいいだけではなくて、おしゃれで縫製もよくて何度でも身につけたくなるような魅力的な商品を創り出して、ファン作りをしていきたいと思っています。</p>
<h4 style="margin-bottom:5px;background: url(thisimages/q20.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:8px;">いろいろなご苦労もされてきたようですが、ここまで頑張ってこられたのはなせですか</h4>
<p>　そうですね。商売はしんどいけれど厳しいけれど楽しいです。日々何かを作り出していくこと、良い仕事をしていくことが商売の醍醐味だと思っています。</p>
<p>　オーガニックコットンを続けてこられたのは「やりたい仕事」だったからでしょか。自分の生き方として「地球環境に正しいことをしていきたい」というのが根底にありましたから。</p>
<p>　私たちはオーガニックコットン商品の製造・販売を通して命を大切にすることを訴えていきたいと考えています。</p>
<p>　自分以外の生命体を尊重する、協調して補完して支えあっていけるような社会を目指していきたいですね。</p>
<p><!-- ========== --></p>
<p>&nbsp;</p>
<h3 style="color:#006600;margin-bottom:10px;background: url(thisimages/e03.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:10px;">見直して、咀嚼して。横浜とつき合う</h3>
<h4 style="margin-bottom:5px;background: url(thisimages/q20.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:8px;">藤澤さんにとって横浜はどのようなところですか</h4>
<p>　横浜は自分のふるさとですが、若いころは否定したこともあります。外からは人気があるが住んでみるとイメージだけの町だなと思ったりして・・</p>
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<td valign="top">
<p>　最近は、それでもいいのではないかと思っています。伊勢佐木町や若葉町には横浜の下町人情があります。誰でも受け入れてこばまない町ですね。</p>
<p>　横浜には可塑性というか、変わっていく可能性があります。好奇心が強くて新しいものを取り入れる感性があります。</p>
<p>　もう一度足元を見直して、先輩たちがやってきたこと、若者たちがやっていることを自分なりに咀嚼していきたいと考えています。もう一度絆を作っていきたいですね。</p>
<h4 style="margin-bottom:5px;background: url(thisimages/q20.jpg) left center no-repeat;padding-left:30px;padding-bottom:8px;">横浜のイメージを書いてください</h4>
<p>　なんだろう・・・横浜は、「ニュートラル」かな。。既成のものにとらわれずに、自由に変化してゆける街ということでしょうか？</p>
</td>
<td width=10">&nbsp;</td>
<td valign="top" align="center" width="170">
<div class="picbox">
画像をクリックして拡大写真をご覧ください。<br />&nbsp;<br />
<a href="postbook/20100710/hito-17.jpg" rel="lightbox[hito710]" title="オーガニックコットン天衣無縫の藤澤徹さん"><img src="postbook/20100710/hito-17s.jpg" alt="オーガニックコットン天衣無縫の藤澤徹さん" title="オーガニックコットン天衣無縫の藤澤徹さん" width="150" height="100"  /></a><br />
<a href="postbook/20100710/hito-18.jpg" rel="lightbox[hito710]" title="オーガニックコットン天衣無縫の藤澤徹さん"><img src="postbook/20100710/hito-18s.jpg" alt="オーガニックコットン天衣無縫の藤澤徹さん" title="オーガニックコットン天衣無縫の藤澤徹さん" width="150" height="100"  /></a>
</div>
</td>
</tr>
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<p>&nbsp;</p>
<div style="background:#DBF5F3; width:100%; padding:10px 10px 10px 10px;">
<p>　藤澤様の静かな口調から、揺るぎない信念と「清冽」なエネルギーが発せられていました。<br />
取材は横浜市中区若葉町にあるショールームで行いました。<br />
ショールームには「天衣無縫」の商品が展示されていました。どの商品も優しくゆったりとした感じで、ショールーム全体にとてもいい「気」が漂っていました。</p>
<p>＊「天衣無縫」とは、天女の衣には縫い目がないということから転じて、詩や文章などに、技巧のあとが見えず自然であって、しかも完全無欠で美しいことや、性格が無邪気で飾り気がない天真爛漫なことを指します。</p>
</div>
<p>&nbsp;</p>
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