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わすれじの 行末までは かたければ 今日を限りの 命ともがな

by staff on 2014/12/10, 水曜日

♪わすれじの 行末までは かたければ 今日を限りの 命ともがな♪


絵・千絵崇石
 

読み人:儀同三司母 (ぎどうさんしのはは)呼び名は彼女の息子の官命に由来があります。

現代語訳・・・貴方は愛している、忘れない!と 言ってくださいました。でもこれから先のことは誰にも分かりません。今貴方が私を愛してくれている そのことだけが真実ならば、この幸せな今日、命を絶ってしまいたい。

この歌は、恋は命がけでするものです! と教えてくれるような情熱とひたむきさが伝わってきます。女性からこんな歌が送られてきたら、男性はどんな気持ちでしょうか?

作者の名前は高階貴子。才女でした。和歌はもちろん漢学も出来、長文も書き、当時は円融天皇の官女さんとして重鎮されていました。その上とても美人。

そんな彼女に言い寄ったのは藤原道隆。出世コースをひたすら走っている青年武官です。彼は、11月号の赤染衛門の姉妹が、今夜行くよ!といわれて朝まで寝ないで待っていたけれど結局姿を見せなかった。かの男性でもあります。モテる男の筆頭の様な男性にプロポーズされてしまうなんて、ラッキーなのかアンラッキーなのか。

この歌は彼が通い始めた頃に送ったそうですが、当時の一夫多妻制の時代、只ひたすら待つだけの女性はどうやって男性の心を自分につなぎとめておけば良いのか・・・大変だったと思います。でもこの歌の熱い思いに彼はしっかり応えてくれました。

彼女は本妻として息子を二人、娘を一人産み。夫は関白にまで出世して、娘は天皇のお妃さまにもなって、母親としても栄華を極めました。ただし、夫の藤原道隆が40代で亡くなるまでの事です。人生は何が起こるか分かりません。夫が亡くなって、息子が夫の弟との政権抗争に難なく破れて、遠い九州に左遷させられてしまいます。その上天皇のお妃さまだった娘の中宮定子も惨めな事件に巻き込まれて落飾し、尼さんになってしまいます。

あれよあれよと栄光の座からころげ落ちて、彼女は夫が亡くなって何年もたたないうちに不幸の中で亡くなったと言われています。

和歌うたを通して、古の歌人達の人生を垣間見ていつも感じる事は、幸福の絶頂も、不幸のどん底も、もし一回の人生で体験できるなら、最後に幸せになった方が良さそうだと。

人生はやはりハッピーエンドで締めくくれるのが好ましいとつくづく思います。これは特に残された人々にとっては気持ちが安定します。私などは共感度数が高いので女性が不幸の中で亡くなったと知ると、なんとなく居心地が悪くて・・・
自分もそんな中で死んでゆくのかしら?などと無意識に思うのでしょうね。

一方で、私の価値観の中には色んな事を体験出来ることが人生の大きな目的。という観点があります。どうせ生きるのなら盛り沢山な体験をしてみたいと若い頃は考えていました。その観点から見ると彼女の人生は面白くて充実していたのではないかなと思います。

最後にエピソードを一つ。彼女の父親が、初めの頃、藤原道隆が娘のもとに通うのを快く思っていなかったのですが、ある朝彼が帰ってゆく後姿を見て、この人物は関白になる。と予感して娘との結婚を許した。というお話しが語り継がれています。

(早苗ネネ♪)

 

早苗ネネさん プロフィール

木々や鳥や魚や精霊…人間以外の存在達との交流が当り前に語れるくらい、いのちのひろがりに気づくと、共に生きている喜びや、苦しみや悲しみにもナイーブになる。

心と野生がひとつながりになると……こんな風に人は年を重ねられる。ひとりひとり、ユニークにもっと自分になれる。

早苗 Nene さんは、そういう人生の先駆者です。 感性を解放しながら、40代で高校生に仲間入り卒業後、マウイのカレッジに留学中、突然半生記が受賞しました。

そんな新たなシーズンを迎えて、今エッセンスを分かち合いたい。

<天性の歌い手>というだけでなく、その存在感、溢れる活性のバイブレーションは、光のシャワーのよう。彼女と語り歌い、魂の成長を旅している現在の、自分の位置を確かめてみませんか?

早苗ネネさんHP

 

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