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書評 「霖雨」 PHP文芸文庫 葉室 麟 著

by staff on 2015/1/10, 土曜日
 

「千世は視線を落として少し考えていたが、やがて顔を上げて、“わたしはふつつか者にて、夫より離縁された身でございます。これから、どのように生きて参ればよかろうかと思案しておりましたところ、先生の詩を知る機会を得たのでございます。”」霧と雨を表題にした物語である。この「底霧」は次のようにはじまる。「朝霧が深かった。庭先の木々さえ滲んで、まるで水墨画を見るようで、遠くはおろかあたりはすべて白濁のなかにあった。春浅い部屋の中では吐く息も白い。」

「雨、蕭蕭(しょうしょう)」の項のはじまりは「雨が蕭蕭と降っている。日田盆地に降る雨は、霧のように町を覆い、周囲の山々を薄墨で刷いたかのようにぼんやりと浮かび上がらせる。」

塾政をつかさどる淡窓は咸宜園を運営している。咸宜園には郡代からの度重なる干渉がある。「塾生たちは辛い思いをしようとも、ここに学ぶ喜びがあることを知っております。どうか、私たちを信じていただきとう存じます」 「淡窓は、そうか、とうなずいた。言われてみれば、それは淡窓が日頃から考えていることではあった。学問の道に困難はつきものだ。それに負けぬようおのれを鍛えていくからこそ道が開けるのではないか。“学問は、一日怠れば一日分だけ滞る。歩みを止めるわけにはまいらぬな。”さようでございます。」

「銀の雨」の始まりは「明るく晴れた昼下がりだった。降りだしそうな空模様ではなかったのに、日差しは変わらずに、細い雨がしばらくの間降った。千世は博多屋奥座敷の縁側に出て空を見上げた。白く輝く雲がところどころ薄黒く滲んで見え、薄紫に見えるところもある。針のように銀色の雨が降ってくる。だが、濡れるのを厭うほどでもない天気雨だ。“狐の嫁入りですな”縁側を通りかかった久兵衛が、庭に目を遣って言った。」淡窓の弟の久兵衛は日田代官所の御用達になっている博多屋を取り仕切っている。久兵衛は千世の顔をじっと見つめて言葉を継いだ。「おわかりでしょうが、心配しておられたのは千世さんと臼井様の事です。おふたりは何か事情がおありのようだ、と案じておられました。郡代様はいずれおふたりのことをあげつらってこられるのは目に見えています。」

「小夜時雨」では「旦那様は昔、千世様によく似た方と言い交した仲だったそうなんです。でも、その方は早く亡くなられて、旦那様のお内儀さんになれなかったそうです。千世様がいらっしゃって、たぶん、旦那様はその方を思い出して親身にお世話されているだけですから、変な勘繰りはしない方がいいって」そのあと、久兵衛は代官所に呼び出された。そして「雪まじりの時雨が降っていた。門から役所の玄関まで敷き詰められた鋪石がしっとりと濡れて黒ずんでいる。」

「春驟雨(はるしゅうう)」では「久兵衛の苦労を見てきた淡窓にはなぜ久兵衛がひとから責め立てられねばならないのか得心がいかなかった。」「まず自ら先んじて行わねば、ひとは動きませぬ。わたしは為すべきことを為したまでと考えております。」そのあと変化起こる。「この日の夜は驟雨が間断なく通り過ぎた。時より、遠くで春雷が轟き、稲妻も光った。千世は蔵に入り、書物を探していた。久兵衛から頼まれた書物を取り出し、懐に入れて手燭を持ち、蔵から出ようとした時、中庭に雨に打たれながら立っている人影に気づいた。」

「降りしきる」で「煙雨が日田を覆っていた。町並みや往還が薄墨色にかすんで見える。雲が低く垂れこめてうす暗くはあるが、昼が近いというのに、豆田町の博多屋は大戸を閉めてひっそりと静まりかえっていた。」著者は天候を描写しながら、筋書に思いをのせていく。「罪を認めるわけではありませんが、百姓衆の不満もむりからぬことだ、とも思っています。時期が悪すぎました。まさか、これほど凶作が続くとは思いもよりませんでした。」

「朝霧」「恵雨」「雨上がる」と章立てが続く。

「天が泣く」の項では「そうであったな。千世の胸中を憐れんで、天も泣いておるのであろうか。銀色に輝く雨はなおも降り続いていた。」そして「念ずれば思いはいつかかなうものだとわしは思うておる。千世が日田に戻って参る日は必ず訪れるようなきがするのだが。」「待つことだ。望みを捨てぬことだ。さすれば思いはきっとかなうであろう。」
裏帯に「理不尽なことが身に降りかかろうとも、諦めず、凛として生きることの大切さを切々と訴えた歴史長編」とあった。

(文:横須賀 健治)

 

 

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