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【新年のご挨拶】
みなさま、新年明けましておめでとうございます。
旧年中は大変お世話になりました。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

書評 「風に立つライオン」 幻冬舎文庫 さだまさし 著

by staff on 2015/3/10, 火曜日

さだまさしさんの「風に立つライオン」の曲を聞いたのはもう20年ほど前になる。曲の詞の一部を書き出してみる。

「空を切り裂いて落下する滝のように
僕はよどみない生命を生きたい
キリマンジャロの白い雪それを支える紺碧の空
風に向かって立つライオンでありたい」

「この偉大な自然の中で病と向かい合えば
神様についてヒトについて考えるものですね
やはり僕たちの国は残念だけど
何か大切な処で道を間違えたようですね」

「診療所に集まる人々は病気だけど
少なくとも心は僕より健康なのですよ
僕はやはり来てよかったと思っています
辛くないと言えば嘘になるけどしあわせです」

 

さださんはこの楽曲 “風に立つライオン” をもとに小説にされた。同楽曲はケニアの長崎大学熱帯医学研究所に赴任し、国際医療ボランティア活動に従事した実在の医師に聞いた話に触発されて作られた。裏表紙には次のように書かれている「1988年、恋人を長崎に残し、ケニアの戦傷病院で働く日本医師・航一郎。“オッケー、ダイジョブ”が口癖の彼のもとへ、少年兵・ンドゥングが担ぎ込まれた。二人は特別な絆で結ばれるが、ある日、航一郎は・・・。」

成長したンドゥングは航一郎から渡された “心” のバトンを手に2011年3月に被災地石巻に立つ。「日本の神様のことは難しくてわかりませんが、大昔、天皇家の先祖の為に戦った神様とその子どもとが祀っておるそうです。この境内には、あの日には、とても沢山の人が避難してきました。

水はすぐ近くまでおしよせましたが、境内は無事だったそうです。それ以来、毎日かなり大勢の人たちがここへやってくるようです。そうして自分が失ったもの、大切な故郷の変わり果てた姿を眺め、生き残った幸せと不幸とを秤にかけては、涙ぐんでため息をつくのです。」「僕はケニアから来ました。職業は医師です、と説明した途端、茶店の奥さんがなんだかとても感激して、三色団子という名物をごちそうしてくれました。その上、いくら言っても炊き出しだからとお金を受け取ってくれなかったのです。」さださんは映画に向けての小説にするについて、なんども途中で筆を止めようとしたようです。そのさなかの東北大震災でした。

「笑顔は世界共通のガンバレですね。ガンバレ! 僕は海に向かってもう一度叫ぶと、周囲の日本人は今度は驚きませんでした。むしろこの奇妙な異邦人に温かな親近感を示すようなまなざしになって、ゆっくりと僕のまわりに集まってきました。ガンバレ! と小さな子供の一人が叫びます。ガンバレ! またほかの誰かが叫びます。みんなで言いましょう。僕は子どもたちと手を繋ぎ、海に向かって大声でもう一度ガンバレと叫びました。」ガンバレは航一郎がケニアでよく使った言葉なのです。

日本での病院における勤務医の厳しさは大変なのだという。びっくりするほどの激務とプレシャーに加えて、報われない報酬に虚しさや不安があるという。「ある意味、患者の側にも責任はあるよ。なにかっつうと医療事故だ訴訟だ賠償だって言われたら、若い医者がのびのびと良い医者に育つのは大変だ。大学なんかの医局にずっといたら、なんとはなしに出世しなきゃ駄目なヤツと思われるんじゃないか、ってな恐怖心が芽生えるヤツもいる。いや、くだらなくなんかないんだよ。中にいれば中しか見えないから当たり前じゃないか。航一郎はだから、別の生き物さ。」

いろんな関係者の回顧という形で物語は展開する。赤十字ロビディング戦傷外科病院元院長のところで次のような描写がある。「夕刻になって思いがけない脚があった子どもばかり数人の怪我人が、国境辺りからトラックの荷台に乗せられて搬送されてきたのだった。少年たちはみな地雷によって足を損傷していた。しかもほとんどの少年がどちらかの片足をうしなうほどの大けがをしている。私のようにあそこに長くいると、傷を見ただけで紛争地帯で一体何がおこなわれているのか、想像することができた。その少年達は無常にも実験動物のように、兵士たちの前を一列になって地雷原を歩かされたに違いない。あの辺りの戦場で、子供達を地雷のスウィパーとして使うのは特別なことではなかった。」「六人の子どもが運ばれてきたが、ほとんどは直接地雷を踏んでいないか、まじかの地雷の破裂に巻き込まれた子ども、あるいは踏み方が幸いした、という悲しい意味で運のよかった子どもたちなのだ。なぜなら地雷の信管を真上から踏んだ子どもは爆発によって兵士の変わりにほとんど死んでしまったにちがいないのだ。」

航一郎から渡された “心” のバトンを手に「姓はンドゥング。名はコイチロ。ケニア一の日本人」は被災地での活動を開始する。「年老いた母を失い、妻を失い、子どもと孫を失い、家も財産のすべてを失って、たった一人になってしまい、ようやく死なずに生きて狭い仮設住宅に入った初老の男性を襲う、全く悪意など介在しない、純粋に善意で発せられる“がんばってください”がそうです。一体彼はこれ以上、何をがんばればよいのでしょうか。何気なく頭上から投げ落とされる善意の一言こそ、悲しい刃が潜むことに僕は気づかされました。」

「なぜなら僕は医師です。」とコイチロはいい、「だからこそ、彼はあの危険な国境の寒村の集落へ出掛けていき、そこで姿を消した。その集落に住む老婦人が持ってきたトウモロコシの種子は、僕にとって航一郎の大切な大切な遺産なのです。」

終章で航一郎と一緒にケニヤで活動してきた和歌子がンドゥングに2011年夏にメールをする場面になる。「トウモロコシは石巻と、福島と長崎とで育つことになるのね。それは航一郎が一番喜んでいると思います。あなたはたった一人で日本へ行き、この国にいるときよりもたくさんの友達に出会ったようですね。日和山から海に向かってみんなが叫ぶ“ガンバレ!”の声は私にも届きましたよ。あなたは本当に航一郎がすきだったのね。でもきっと、あなたよりも私の方が航一郎のことが好きだと思うわよ。それだけは他の何よりも自信があるわ。」そして「今でも航一郎がふらりと帰ってきそうな気がするのですよ。あ、ちっと寝過ごしちって・・。」

久しぶりに感動で体が打ち震える。名曲から生まれた感動小説が待望の映画化される。

(文:横須賀 健治)


 

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