横浜スケッチ(第12回) 曹洞宗徳雄山建功寺
ペンネーム 成見 淳
曹洞宗徳雄山建功寺。ここには独特の空気がある。
寺だけではない。この地域全体に、人を暖かく迎え入れ、包み込むような空気が漂っている。
それを感じたのは枡野俊明ご住職の取材を終えた数日後、建功寺の正門をスケッチしている時のご近所の方々との会話からだった。
今回取材させていただいたのは横浜市鶴見区馬場にある曹洞宗徳雄山建功寺(以下建功寺と略)ご住職の桝野俊明様。建功寺までは私の自宅から徒歩25分ほどの、途中に入江川につながる「せせらぎ緑道」という、小川よりももっと小さな川沿いの径がある私の散歩コースのひとつ。取材後はこの散歩コースを歩くことが圧倒的に多くなった。
枡野様は禅僧であると同時に、庭園デザイナー、多摩美術大学教授の肩書をお持ちで、著書多数、TVを始めマスコミにも多く出演され、また国際的も活躍されており2006年ニューズウィーク日本版『世界が尊敬する日本人100人』に選出されている方です。
連載物の場合、毎回何を取り上げるかに著者が苦しむのが普通らしいですが、私の場合今までの所、『次はどんなテーマで書こうかな?』と思っていると不思議とテーマの方が飛び込んで来て、締め切りに追われるということはありません。
エッセーはその時その時に感じた心の在り様を書くものと心得、感じたことをそのまま書けば良いと割り切っているからでしょうか。ただし、『これは!』とひらめく瞬間があるので、そのチャンスを逃さずに一気に取材まで結びつける瞬発力とフットワークは欠かせません。
今回枡野様への取材を思いついたのは、同じヨコハマNOWに5年前の3月号、ちょうど東日本大震災以来毎月執筆されている私の高校の2年先輩でもある横須賀健治さんが、3月27日深夜にFacebookに書かれた建功寺の記事を拝見した時です。
私の家に小さい庭があり、その庭を手掛けていただき18年間剪定を行ってくれたのが大口園という所でした。そこの社長が建功寺に出入りしていて、「NHKの取材がありました。ご住職がお庭好きで自分でも設計していまして。」と、よくお話を伺っていましたので、まずそのことが頭に浮かびました。
その次に浮かんだのが、2月27日にヨコハマNOW主催の「津久井湖ゴルフ倶楽部二人展」でお会いしたオーガニックガーデナーの花房美香さんでした。庭という共通項で一緒に伺えたら面白い取材になりそうな予感がしました。そう思いついてお声を掛けると、予想通り即答でした。そして横須賀先輩にご住職とのアポイントをお願いして、ご住職の海外出張からの帰国翌日の8時半と決まったのが3月4日、私の養母の命日でした。
お忙しいご住職と(私達の後にも9時半から別の取材が入っていました。)思いついてからわずか11日後にお会いできるとは、何という幸運かと改めて先輩に感謝です。
さて、取材が決まってからは必死でした。それほど深くご住職の活躍ぶりを知っていた訳ではなく、というよりほとんど知らなかったので、ネットで調べられることは片端から読み、著書を求めて近頃数少なくなってしまった書店を巡り、鶴見駅ビルで枡野様のコーナーを見つけ、たくさんあった読みたい本の中から今回の取材の共通項である庭に関する本を求めました。花房さんも出張の合間を縫ってアマゾンで購入され、取材当日に持参されたのは偶然にも同じ著書「心に美しい庭をつくりなさい。」でした。やはり問題関心が共通だったのでしょうね。ただし、私は庭造りそのものではなく、絵に通ずることは何かという観点からの関心でしたが。
文章を書く前提での取材は緊張します。今まで取り上げさせていただいたのは知人友人でしたから割と気軽にお願いできたのですが、今回は初対面で、ご高名な方で、しかも知れば知るほど凄い方ということが分かって来て、お会いする直前は緊張の極限に達していました。
横須賀先輩から取材までの経緯をお話しいただき、自己紹介の中で大口園のことをお伝えすると「社長さんは昨年亡くなられました。」と初めて知りました。昭和19年生まれですから私より3つ上です。どうりで年末近くなっても剪定に来られなかった訳だと理解できました。何せいつも来るときは突然。大みそかに来られた時もありましたから、年内に来るものと待っていましたが。脳腫瘍だったそうです。
買い求めていた本を手元に起きながら話始めようとすると、ご住職が「あ! その本をプロデュースされたのも鶴見高校卒の方です。」と言われてそれまでの緊張がスーッとほどけるのを感じました。その前にご住職の穏やかなお顔を拝見し、それだけで会う人の心を穏やかにさせるオーラを感じていました。さらに取材目的をお話しするために「ヨコハマNOW」の事に触れると「(12月号の)横浜海岸教会読ませていただきました。」と言われてすっかり緊張がほどけました。横須賀先輩がコピーされてご住職に読んでいただいてあったのですね。お二人の優しいお気遣いのお陰です。
いくつか質問を用意していったのですが、まず伺いたかったのは「禅が先か、庭が先か?」ということでした。どちらの道も究めておられるのでお聞きしたくなりました。
「生まれはここです。父がこの寺の住職をしていましたから、小さいころから後を継ぐものと思っていましたが、庭の方は小学校5年生の時に京都の禅寺の庭を見てカルチャーショックを受けて、それ以来興味を持ちました。中学は寺尾中学校で、担任の先生からも『和尚』と呼ばれていたくらいで、その頃は周りも当然後を継ぐものだと思っていました。父も『住職をいずれ継ぐなら好きなことをやって良い。』というので、それなら寺をもっときれいにしたいという程度で庭の事を考えていましたが、造園までは考えていませんでした。中学2年の時の竹田先生が『それなら高校は私立が良い。』と言って玉川学園を勧めてくれました。先生がそこのご出身だったのですね。そこでオープンキャンパスで見学に行ったら森の中の学校ですっかり気に入ってしまいました。玉川学園は幼稚園から大学までの一貫校で、私は高校からでしたが、土曜日には自由研究と言って自分の好きなことをやって良いことになっていたので、造園を学ぶことにして大学の斉藤勝雄先生に師事しました。高校で造園を教える方はいませんから、そこは一貫校の良さですね。ですから禅が先か庭が先か? どちらとも言えないですね。」
小学生、中学生の頃には自分の将来の方向性が見えていて、高校生ではもう自分の好きな事に向かってご専門の先生に師事されているという方はそう多くないはず。まっすぐな素晴らしい人生に思われました。
次にお聞きしたかったのはお庭のこと、とりわけ絵にも通じる事です。
「ご住職が著書の中で『庭づくりでもっとも力を集中するのは、石組みでもなく、植栽でもなく、余白。』と書かれておられます。実はここに私の東京駅のスケッチを持って来まして、デッサンにしても彩色にしても一生懸命描いて、自分としては当時やや自信があったのですが、先生に見ていただいたところ頭を抱えて『努力は認めるが絵としてはダメですね。全部描き過ぎて息が詰まる。』と言われました。庭も絵も同じですね?」
「東京駅」水彩F4 成見 淳 2015年 |
ご住職はうなずかれて、「余白、余韻。相手に考えさせること。描かれている背後にあるもの、精神性を察することが重要なのです。すべてのものを表し切ってはダメなのです。想像力に任せるのです。一番大事なものは心の在り様です。それは形に表せない。余白は形もなく目に見えない。本当に伝えたいことは余白にあるのです。それを感じ取ってもらうのです。」と言われました。そしてそれは墨絵、書、庭、能などにも共通で、余白、余韻、間、沈黙が必要と説かれました。
日ごろから私の絵の先生である桝谷一夫先生より「余白」の大切さを何度も教えられています。「絵を学ぶ」というとどうしても技法とかコツ、といったものに目が行きがちですが、まったく同じことをご住職より「庭」を通して「禅の心」という内面的な観点から改めて「余白」の大切さを教えていただきました。
さて、余白の大切さに深く納得・感動し言葉に詰まり、しばし沈黙があった後に花房さんが質問、というより庭についてご自分の意見・見解を述べてくれました。ご住職はじっと聴かれた後で「それでいいのです。庭は見る人によって、またその方の心の状態によって違って見えて良いのです。」「よく観光写真でお寺の庭を見て、『あ! ここ行ったことがある!』では駄目なのです。何度も同じ所に行って何度も眺めるのが良いのです。その都度見え方が変わります。自分の心との対話です。」と言われました。
ご住職の話を伺いながら、キーワードをメモして、次の言葉を探し会話のキャッチボールをするというのは結構大変です。録音をすると自分の集中力が薄れるような気がして、昔から会議や対談の際はなるべく録音はしませんでした。取締役会の事務局として万一の時の証拠として録音することはありましたが、話し言葉はかなりいい加減で、テープからでは真意は伝わりにくいです。
花房さんのタイムリーなお話によって、次の質問に入るまでの余裕が出来ました。
次の私の質問も庭の事でした。
「お庭の事で『開閉が大切』と書かれていますが・・・」
「回遊式の庭の事で、歩きながら同じ景色ばかりでは飽きてしまう。暗い所、狭まった所を途中に配置して、最後にパッと開けた景色にするといった配慮が必要なのです。」
「ドラマの演出のようですね。感動を誘うのですね。」
「そうです。造園デザイナーとしてはそれが楽しいのです。」
私はこれもまた絵に置き換えていました。桝谷先生から「主役、脇役(引き立たせ役)をはっきり意識する。全部主役では感動は生まれない。」
そして後日、「余白」と「開閉」を自分流にまとめて「三つの『く』」として覚えやすいようにメモしました。「主役・脇役・余白」です。
予定していた質問の他に、もっともっとお聞きしたいことが浮かんで来るようになって来たのですが、どうしてもお聞きしなければならない「横浜で枡野様の好きな場所、絵にしたいような場所」を伺いました。いくつか挙げられた中でここを取り上げました。
私の作品ではありません。桝谷先生からお借りしました。
「ホテル・ニューグランド1」 | 「ホテル・ニューグランド2」 |
桝谷一夫 |
JR鶴見駅ビル「CIAL」屋上にある枡野ご住職作の庭園のお話も伺い、その経緯、コンセプトなど、CSRの話も出て来たりして大変興味深かったのですが、それだけでストーリーになるテーマですので残念ながら、もし別の機会がありましたらとさせていただきます。
さて、3月8日に取材をし、翌日忍野に出かけたり、天気が悪かったりで延び延びになっていましたが15日3時半過ぎから建功寺をスケッチしました。この日はデッサンだけで引き揚げ、17日に改めて彩色をしました。
海外でスケッチをしていると誰かが声を掛けて来て、会話の中から一人旅の孤独感から、『誰でも良い。人と話したかった。ラッキー!』と幸せを感じることが多いのですが、日本では背後霊の様にスーッと後ろに立って、スーッと消えて行くことが多いようです。ところが建功寺の門を道路脇から描いているとたくさんの方がお声を掛けてくれました。そのほとんどの方がご住職の事をご存じで、TV放映の予定なども教えてくれました。
冒頭に書きましたように、これが建功寺の周囲に漂う空気で、それはご住職を慕う皆様が自然と発するもののようです。
さらに、ほとんど描きあがった頃、若い女性が声を掛けてくれました。しばらくお話をした後で何と「ここ私の家なんです。」と教えてくれました。
「え! ご住職のお嬢さんですか?(『いやお孫さんかな?』)」
「姪です。」
「そうですか! 描いた絵は取材した方に差し上げているのですが、こんな絵でよろしかったらあなたに差し上げましょうか?」
「え! よろしいんですか! はい。いただきます。」という展開になりました。
とても素直なお嬢さんで、門をくぐってさっそうと石段を登って行かれました。ご自宅の前で描いていたのですから、お会いしても偶然とは言えませんが、帰り道は何とも言えない幸せな気持ちで、ちょっと遠回りして余韻を楽しんで帰りました。
「徳雄山建功寺」成見 淳 2016 描いているとご近所の方がお声を掛けてくれます。 |
「せせらぎ緑道」成見 淳 2016 私の散歩コースのひとつです。 |
枡野様にサインをいただきました。 | 花房さん、枡野ご住職、横須賀さん |
大変お忙しい中、快く取材をお受けくださいました枡野俊明ご住職、突然のお願いにもかかわらずご仲介の労をいただいた横須賀先輩、急なお誘いに即答いただき取材応援、のみならず私の苦手な校正までしていただいた花房様、ありがとうございました。
と、ここで終わるはずだったのですが、4月に入り姪御さんに差し上げるスケッチ「建功寺」を持って事務所に行き、自分用にもう一枚といつもの所で描いている所に、彼女のお母様(ご住職の妹さん)が来られて、「まあ、うちの娘はちゃっかりしていて。本当にいただいてよろしいのですか?」「ええ勿論です。私から差し上げますと言ったのですから。とても素直で明るいお嬢さんで。」という展開になりました。
わずか数日で桜は満開になっているし、木には新しい葉が芽吹いて、すっかり景色も変わっていました。今年の春はことの他幸せな春です。
さて、先月号に引き続き桝谷先生に絵を提供していただきました。そもそも先生に出会ったきっかけはこの横浜スケッチです。第3回にその詳しい経緯を描きましたのでご興味あるかたはご覧ください。
昨年6月からご指導いただいて9か月。先月16日に同じ場所で描いたのがこの作品です。ご指導の効果ありなしや。
「ブラフ18番館」水彩 F4 2016年3月 成見 淳 |
もし、自分も習ってみたいと思われる方がいらっしゃいましたらご案内を下記に併せて掲載しました。
<参考資料>
枡野俊明様HP「歩歩是道場」:http://www.kenkohji.jp/s/japanese/index_j.html
徳雄山建功寺HP:http://www.kenkohji.jp/k/profile/
著書多数
<桝谷一夫先生 絵画教室> ⇒ http://home.netyou.jp/kk/ohsawa/(左下のメニューをクリック)
筆者紹介
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ヨコハマNOW 動画
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ランニングが大好きで、月に150kmほど走っているというヨコハマNOW編集長の辰巳隆昭が、お気に入りの新横浜公園のランニングコースを紹介します。 |
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横浜中華街は碁盤の目のように大小の路地がある。その中でも代表的な市場通りをビデオスナップ。中華街の雰囲気を味わって下さい。 |
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