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書評 「アメイジング・グレイス(魂の夜明け)」 廣済堂出版 神渡良平 著

by staff on 2016/6/10, 金曜日
 
タイトル アメイジング・グレイス 魂の夜明け(CD付き)
単行本 298ページ
出版社 廣済堂出版 (2016/3/25)
ISBN-10 4331520145
ISBN-13 978-4331520147
発売日 2016/3/25
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今、伊勢・志摩でサミットが始まろうとしている。(注1)  この時期にこの本を手にすることに驚いている。人間として平等があたりまえでありながら、偏見をもち自分優位に思いたがる姿が見られる。私ですら、いやその表現が正しくないが、わたしですら平等の一人の人間として存在していると思っている。本書はアメイジング・グレイスの歌の誕生を語りながら、何を語り出しているのがろうか? なにかの始まりなのかもしれない。

「ロンドンの地方の雲行きはあやしく、今にも降り出しそうだ。でも千年の昔から、イギリスの天気は移ろいやすいと相場がきまっていて、誰も気にしない。降ってもどうせ小ぬか雨だろうから、降られたら濡れるだけだ。まだ口髭も生えそろっていない十八歳の若者ジョン・ニュートンは、夜になって酒場で悪仲間と酒を飲んで騒いでいた。やせ形でひょろりと背が高いジョンは、どう見てもうらなりで、意気がってはいるものの弱々しくみえた。」

「ジョンたちは有無をいわせず捕えられ、馬車で強制連行された。この時期ヨーロッパでは一七四〇年から、いわゆるオーストリア継承戦争が始まっていた。ジョンが強制徴募された一七四三年は、イギリスは宿敵フランスやスペインに対抗して海軍の大幅な増強をしていたので、多数の水兵を必要としていた。しかし水兵は待遇が悪いので、志願者がすくなかった。そこで強制的に徴募して水兵を集めていたのだ。」

ジョンは強制徴募隊につかまり、海軍の乗務員になったが、そのハードな作業に脱走を試みた。捕まっては、今度は運よく父親の配慮で士官候補生の路もみえてきたが、ジョンは商船との交換要員を志望した。海の仕事は刺激に満ちていた。警戒することさえ怠らなかったら、自然の恵みは人間のがさついた心を癒してくれた。ジョンの思いはメアリーに向かった。ところが夜が明けるとジョンは現実に引き戻された。一夜の星空との対話などで永年の習慣が治るはずがない。ジョンは船長の気に入ろうとすることを素直にすることができないのだ。他の船員をあおっては自堕落な生活へ引き落とす。船長が統率をとれなくなって困ることは分かっているのにどうしてもしてしまうのだ。バナナ諸島の唯一の集落の酒場には意外な人物が集まってくる。

「俺が十年前にバナナ諸島に来たときは、すっからかんの文無しだった。食べるものにも事欠き懐具合がいい連中に取り入って仕事をもらい、なんとか食べていた。ところがどうだ、そいつらのやり方をまねて奴隷貿易をやるようになってから、おれにも運がまわってきた。」ジョンはそちらの船にやとわれた。着の身着のままだった。

「ジョンの仕事はイギリスやフランスから貿易船が来るまで、島の奴隷小屋につめこまれている黒人たちの世話だ。彼らはみんな、内陸部から拉致されてきたのだ。奴隷小屋はがんじょうな太い木で柵を作り、それを横木でしばって、草で雨除けの屋根を葺いただけの簡単な小屋だ。用を足すところは庭に掘った穴で、そこにいつもハエがたかっていて臭くてたまらない。まるで豚小屋だ。黒人たちは機会を見つけて逃亡しようと必死だから、柵の中でも手かせ足かせを外さない。それを鎖を通して数珠つなぎにしているから、逃げ出そうにも逃げ出せない。ジョンは黒人たちに手ひどく当たったから、彼らかも疎まれた。」

うわべは強面に振舞っていたが、内実はとてもナイーブなジョンは、黒人を奴隷にして売り飛ばすことにはなかなかなじめなかった。しかし人間はどんなに悪がっても、とことんまで落ちることが出来ない。

「奴隷売買からの業務から一刻も早く解放されたいジョンは、取引が終わると非国教派の礼拝に参加した。司祭の説教には霊的な力があるだけでなく、その物腰の謙虚さも心に響くものがあった。船の上で独り信仰を保つのは四苦八苦するが、精霊が下りるような説教をする司祭から活力をもらえれば、信仰もつよくなっていく。ジョンはできるだけ司祭の説教を聞きに通い、乗組員たちとのつまらない娯楽には参加しなくなった。自分のなかにそんな変化を見て驚くばかりだった。」

長い航海が終わってジョンはメアリーのもとにプロポーズにかえった。メアリーが結婚したいと思うようになってから、もう七年の歳月が経っていた。そして仕事はいままで通りだったがジョンは黒人たちがおしこめられている船倉の現実に心を痛めていて、黒人たちをなるべく非人間的に扱わないように配慮することにしていた。

昼間、操舵のために中断されたので、夜ランプの明りのもとで手紙を書き続けた。

「人間にとって分かり合える友がいることほどうれしいことはない。その友が伴侶であれば、いっそう申し分ない。そんな相手に手紙を書いていると、自ずから自分と対話することになる。さらにそれは自分の内なる神との対話に高まっていく。これほど豊な精神生活はない。」

三十歳で病に襲われたジョンは聖職者の道を歩み始める。小さい教会を担当する。時にふと思い出すのは、遭難し危うく一命を取りとめたこと等だった。

「私は道を踏み外していた男だったのに、何たるかわりようだ!この変化はどこからおきたのか?自分から起きたことではない。主のほうから働き掛けがあり、励まし導いてくださったからこそ、立ち直ることができ、今日の献身の日々があるのだ。ここまで導いてくださった神はこれからも導いてくださり、私が考えもしなかったことを成就される!」

「司祭は心の底から叫ばずにはおれなかった。
   アメイジング・グレイス!驚くほどの神の恵み!
     自らの来し方を思い返し、人生の劇的な変化に感謝した。
     そして羽根のペンを取ると、ほとばしるように書き綴った。
 
   驚くほどの神の恵み、なんと甘味な響きだろう
   私のような恥ずべき人間も救われた
   かっては道を踏み外していたが、今は救い出された
   かっては盲だったが、今は見えるようになった
 
     私の心に畏れることを教えてくれたのは
     神の愛だった
     私から涙をぬぐってくれたのも
     神の愛だった
     私が最初に神を受け入れたとき
     神の愛は私に貴重なものをもたらしてくれた

人々は雪におおわれた牧草地を越えて、次々にセントピーター・セントポール教会に集まってきた。新しい年の最初の礼拝なので、みんなしんせんな気分だ。司祭が新年にあたって投げかけるメッセージにも期待していた。「みなさん」、愛された日々を思い起こすと、私の顔はほころびます。愛された思い出が私たちを幸せにしてくれ、明日もまたがんばろうという気持ちになります。愛に包まれた日々の思い出は私たちを元気にしてくれますね”私が聖職者になる前は奴隷船の船長として奴隷貿易に関わり、悪行の淵に沈んでいたことはみなさんご存知です。そんな私ですら神は見捨てずに導いて、救い出してくださったのでした。その経験からこんな成果が生れました。みなさん、聴いてください。」

「私は若い頃、なりゆきから奴隷貿易に手を染めてしまいました。そしてそのむごたらしい実態をみてから、常に私の魂に呼びかける声を感じていました。世界中どこを見渡しても、まだ奴隷制度を廃止している国はありません。むしろ奴隷制度の上に産業を構築しています。これを何としてもやめさせなければなりません。イギリスが先鞭をつけずにどこがするのですか。どんな犠牲をはらってでも成し遂げなければなりません。」

全力をつくして奴隷貿易廃止法案成立のために行動した。メアリーは病床の中で話をつづけた。「私はあなたを見ながら背後で手を合わせて祈ったの。神様お願い。ジョンにこの法律を通させてあげて・・・。彼は過去の罪をつぐなおうとしているの。どうぞ、この祈りを聞いてあげてくださいって。あなたは壁がどんなに厚くっても諦めないで必ず奴隷貿易廃止法案を成立させてね。あなたの勝利を遠く天国から祈っているわ。」

ジョンは何も言うことができず、メアリーの手をにぎりしめて、掛け布団につっぷして嗚咽した。メアリーはジョンの手をにぎり返した。ジョンは涙の顔を上げると立ち上がった。「メアリー、もう礼拝に行かねばならない。説教が終わったらすぐ戻ってくるから待っていてくれ。」

奴隷貿易廃止法案は一八〇七年成立した。ニュートン司祭が書いた「アメージング・グレイス」は夢を抱いて新大陸に移民した人々と共に大西洋を渡った。

(注1)この原稿は、G7伊勢志摩サミット(2016年5月26日・27日開催)の前に書かれたものです。

(文:横須賀 健治)

 

 

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