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【新年のご挨拶】
みなさま、新年明けましておめでとうございます。
旧年中は大変お世話になりました。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

書評 「橋ものがたり」 新潮社 藤沢周平 著

by staff on 2016/7/10, 日曜日
 
タイトル 橋ものがたり
文庫 389ページ
出版社 新潮社; 改版 (1983/04)
ISBN-10 4101247056
ISBN-13 978-4101247052
発売日 1983/04
購入 Amazonで購入

「藤作は、はじめから幸助を職人にするつもりだったが、自分では仕込まずに、知り合いの卯市に預けた。卯市の店は、弟子が六人もいる大きな店で、そこで修行させる方が、幸助のためになると考えたようだった。」「藤作は少しまぶしそうな眼で幸助を見て言った。”お前、女に会いに行くのか“幸助は、うんと言った。聞かれてまた自分の顔が赤くなるのが解った。」

この“約束”の章ではどんな橋がどんな役割ででてくるのだろうか、と思っていると、「女とは、七ツ半きっかりに、小名木川に架かる萬年橋の上で会うことになっていた。女とは五年ぶりに合うことになる。―お蝶は変わっただろうか。」まだ約束の時間には間があった。大川と小名木川が作っている河岸の角に建つ、稲荷社の境内に入った。「狭い境内に梅の老樹と、まだ丈の低い桜の木が二本あった。梅はもう葉をつけ、葉の間に小指の先のような実のふくらみを隠していたが、桜はまだ散り残った花片を、点々と残している。境内にも、少し澱んだような、暖かい空気と日の光が溢れていた。」

5年の歳月は二人に様々な経験をさせた。―先を急ごう。―
「狭い土間に、踊るように陽の光が流れこんでくるのを眺めながら、幸助は、ここに来たのは間違っていなかった、と思った。お蝶の悲痛な泣き声が、その証だと思った。お蝶が泣く声は、真直幸助の胸の中に流れこんでくる。幸助は自分も少し涙ぐみ、長い別れ別れの旅が、今終わったのだ、と思った。」

“小ぬか雨”では橋は目印ではない。
「足音が、裏戸の外で止まったとき、おすみは思わず板の間にしゃがんで、胸を抱いた。一度おさまった胸の動悸が、またぶり返していた。だが足音は、長い間そこで立ち止まったあと、また静かに離れて行った。確かにふたりだった。」

「“こっちへあがってください” おすみは石になったようにひっそりと土間に蹲っている男に、そう囁いた。男が身じろぎしておすみを見上げた。“いまでていったら、危ないでしょう?すこしほとぼりをさましてから帰ったら?” ほとぼりをさますという言い方が、自分でもおかしかったが、そうとしか言いようがなかった。」
おすみはかくまった男の安全を確かめに外にでた。親爺橋、思案橋、荒布橋、どこも橋の袂に人が立っていた。男は、入り込んだ町から抜け出せなくて、またおすみの店に戻ってくるのだった。

「“傘を” おすみは叫んだが、新七は振り返らなかった。姿はすぐに対岸の小網町二丁目の家混みに紛れた。“―行ってしまった。”新七が残して行った傘を拾いあげ、橋を戻りながら、おすみはそう思った。激しく燃え立った気持ちが、少しずつ物悲しい色を帯びて湿っていくようだった。新七が言うとおりだった。この橋を渡ってはならないのだ。晩い時期に、不意に訪れた恋だったが、初めから実るあてのない恋だったのだ。切れ目なく降り続ける細かい雨が心にしみた。“―小ぬか雨というんだわ。”」

“赤い夕日”では最初に次のような書き出しである。
「夫の新太郎の肌着を手にとったおもんの手が、ふととまった。襟のところに、桃色のしみのようなものがついている、と一瞬どきりとしたのだったが、指先ではじくと色は消えた。裏庭の物干場には、色とりどりに夏の花が咲いている。その花粉かなにかが、干し物にくっついていたらしかった。」

おもんは斧次郎に育てられた。どうしてそうなったのかおもんは知らない。おもんが女中勤めをして三月も経ったころ、大物商若狭屋の主人新太郎に見初められて嫁になっていた。「“永代橋のこっちに、俺がいることは、もう忘れるんだぜ。どんなことがあろうと、橋をわたってきちゃならねえ“ 斧次郎は、その時の言葉を守って、病気になってもしらせなかったのだ。」新太郎に女がいるらしいと言われ、斧次郎が病気でそう長くないと言われた時にふと思い出すことがあった。}月明かりに、橋板が白く光って、その先に黒く蹲る町が見えた。-橋の向こうに、もう頼る人はいない。と思った。突然しめつけられるような孤独な思いがおもんを包んだ。頼る人間がいるとすれば、ぶらぶらと先に歩いていく身体の大きな男のほかになかった。おもんは踵を返し、小走りに新太郎の後を追った。走りながら、赤い日にてらされた土堤を、斧次郎の後からついて行った、二十年前の自分に似ている、とおもんは思った。」

“まぼろしの橋”から
「もうじき祝言ね」
「おこうは深川富川町の呉服屋美濃屋の娘だったが、美濃屋のもらい子だった。もらい子というより、小さいころに美濃屋の主人和平に拾われた人間で、そのまま美濃屋の娘として育てられ、十八になったのである。」

ここでの橋は、おこうを見捨てた親の便りに興味をしめし、出かけて行ったところ。
「“おとっつぁんに確かめてみたんだが、お前が拾われたのは、蔵前の鳥越橋のちかくなんだな。まるで方角違いだよ”“連中の話がでたらめだというのは、それでわかるだろう?もう変な男にだまされたりしちゃいけないよ”」
おこうは信次郎の手を強く握りしめて言ったのだった。
「あたしは、あなたがいればいいんだわ」

藤沢周平は橋で人生の区切りをみせようとしているのだろうか?
“吹く風は秋”では次のように締めくくる。
「日が立ち上がり、江戸の町に鋭く突きささってきたころ、弥平は猿江橋を渡っていた。川風が旅支度の合羽の裾をはためかせた。胸の中まで吹き込んで来るひややかな秋風だった。」

“川霧”ではこんな始まりだ。
「川の上に、霧が動いていた。高い橋の上から見おろすと霧は川上の新大橋のむこうから、はるかな河口のあたりまで、うす綿をのばしたように水面を覆っていた。だが綿でない証拠に、霧はたえず動き、ところどころで不意にとぎれて、その底から青黒い水面を浮かびあがらせる。」「永代橋。長さ百十間あまり、幅三間一尺五寸の高い橋だった。日の出前の青白い光が這う橋の上に、まだ人影は見えなかった。橋の下を流れる川霧をわけてくる舟の姿もなかった。 新蔵は、ぼんやりと欄干に身体を寄せて、川霧がやがて茫漠としたひろがりを見せている河口の方向を眺めつづけた。そして微かな悲哀が、胸を染めてくるのにまかせた。」

(文:横須賀 健治)

 

 

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