横浜スケッチ(第21回) あるときは 船より高き 卯波かな ― 仁右衛門島にて ―
ペンネーム 成見 淳
千葉県鴨川市仁右衛門島にて
2016年11月10日撮影
俳人鈴木真砂女は千葉県鴨川市の出身である。
吉田屋という大旅館の三女に生まれ、22歳で日本橋の靴問屋の次男と恋愛結婚。一女を出産するが夫は大の賭博好き。やがて失踪。真砂女は一人娘とともに実家に戻る。
28歳の時に長姉が急死。後添いとして姉の夫と再婚。女将として跡を継ぐ。
姉の俳句を整理するうちに自らも俳句の道に入り、久保田万太郎や安住敦に師事する。
夫は良い人だがどうしても好きになれない。真砂女30歳の女盛り、たまたま吉田屋に宿泊した年下の海軍士官(館山航空隊の森氏)と恋に堕ちる。
しかし彼は妻帯者。不倫の恋に燃え上がる真砂女は、出征する彼を追って長崎へと家出してしまう。恋に取り憑かれた女を止められるものは何もない。
ところが彼は長崎からさらに戦地に行ってしまい、さすがの真砂女も家に帰り、夫は許すがやがて夫婦関係は冷え切ってしまう。
50歳のとき離婚。銀座1丁目に「卯波」という小料理屋を開店する。
6畳一間の部屋に愛する人と暮らすも幸せな時は長くは続かず、相手は病に倒れ、そして病死。その後は「女将俳人」として生涯を過ごすことになる。
2003年に96歳で死去。
瀬戸内寂聴『いよよ華やぐ』や、丹羽文雄『天衣無縫』の小説のモデルとなった。なお、一人娘は女優の本山可久子。
「仁右衛門島」2016年11月
2016年11月10日、千葉県君津市の濃溝の滝に寄ってから20分ほど走り、小船で仁右衛門島に渡った。僅か5分の渡し舟だが何とも言えない風情がある。ちょうど団体ツアーの切れ目で乗船客は私達夫婦だけ。
島に上陸し、西側、奥庭、沖縄を思い起こさせる島主の平野住宅を回り、打ち寄せる豪快な波を見て振り返り、ふとこの句碑を見つけた。
「仁右衛門島から」2016年11月
鴨川市内、鴨川グランドホテル、鴨川シーワルドを望む。
「そうか! 銀座のお店の名前の由来はこの句だったのか! 2回ほど行ったことがあるよ。小さなお店で、近くに小さな神社(幸稲荷神社)があって、小柄で上品な真砂女さんが割烹着を着ていつもニコニコして。色々お話ししてくれて。
あれは20年くらい前だったかな、初めて連れて行ってもらったのは。最後は亡くなる数年前だったかもしれない。」と家内に話す。
それから源頼朝の隠れ穴等を見たりして土産物屋兼食堂兼乗船券発売所に戻った。心の中は『ここに来て良かった。』という思いで満たされ、頭の中は卯波の店や真砂女の姿などの映像と会話が再現されていた。
「50の時に旅館を出て、借金してこのお店を持って。そして借金を全部返して、その返済っぷりが見事だと言って褒めて下さって・・・。」
「最後に将校さんが亡くなって、お墓に入ってからはあちらの方と一緒の所になるんでしょ。私じゃなくて。それが寂しくて、寂しくて。」
当時私は彼女のことに詳しくはなかったが、今から思えば何と貴重なことを話してくれたことかと不勉強を悔やんだ。
休憩中だった土産物屋の女性が「今日はどうもありがとうございました。」とわざわざあいさつに出て来られた。
「良く手入れされていますね。植物や家の感じが沖縄のような雰囲気がありますねえ。」
「皆さんそう言われます。」
「このところお客さんが増えたのではないですか? 某旅行社のお陰で?」
「そうなんですよ。全国で募集されますので、関東近県や静岡などだけでなく、九州からも来られます。今日はツアーの方だけで400人です。」
「私たちもその新聞広告を見て『濃溝の滝ってどこ? 仁右衛門島知っている?』と興味を持って、ネットで調べて車で来ました。ところで鈴木真砂女の句碑がありましたね。何年か前にお会いしたことがありましてね。感慨深いです。」
「そうでしたか。真砂女さんは自分の思い通りに生きた方ですね。実家は吉田屋さんという鴨川の大きな旅館です。今は鴨川グランドホテルになっていますけど。」
「それは知りませんでした。今日は勝浦に泊まるので、明日行って見ましょう。ここで句碑を見つけたのも何かの縁かと思います。」
帰りも乗舟客は私達だけだった。船頭さんは長い髪を後ろで結んで、日焼けで浅黒い顔だが優しい目をしている人。島のこと、観光客の変遷のこと、真砂女のことなどを話してくれた。わずか5分の舟旅ながら、その情報量と探究心に感心させられた。
「ここは戦前から皇室の方も多くいらして、観光客も多勢いらしてくれたのですが、ディズニーランドやらテーマパークやらが沢山出来てお客が減ってしまいました。ところが一年くらい前からインスタグラムって言うんですか、濃溝の滝が有名になって、そこと仁右衛門島をセットにして旅行社が観光客を募集したら一気にお客さんが増えました。
真砂女さんのおかげで俳句をやられるお客さんも多いですよ。ほとんど鴨川グランドホテル地下のミュージアムもいかれますね。」
舟は前と後ろ二人で操るのだが相方はほとんど無口。この方は特別のようだ。 旅先で言葉を交わすのとそうでないのとでは客の印象が全く違う。ますます感心してしまった。
『明日は絶対真砂女ミュージアムに行こう。』と決めた。
そろそろ舟が着こうかという頃、「お客さんはどちらからおいでですか?」と聞かれた。
「横浜です。」
「ほう。私は鶴見の生麦という所に30年間くらいいました。」
「えー。私達生麦ですよ。今は岸谷(きしや)となっていますけど昔は生麦町でした。私も子供達三人も生麦中学校ですから。」
「懐かしいなあ。」
とうとう舟が着いて、「今回は濃溝の滝の紅葉がまだだったので、今度は息子の運転でまた来ますよ。」と言って別れた。
鴨川グランドホテル地下の鈴木真砂女ミュージアムはとても充実していて、俳句をやる人、小説を読んだ人、真砂女を知る人には是非ともお勧め。
「濃溝の滝・清水渓流公園」2016年11月
濃溝の滝(2016年11.月23日撮影)
「こんにちは。また来ましたよ。生麦から。」
それから約二週間後の祭日、仁右衛門島で船頭さんに再会した。
<参考資料>
- 鈴木真砂女
- 仁右衛門島
- 濃溝の滝
インターネットの検索サイトで沢山出て来ます。
筆者紹介
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