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夏目かをるの “くもとは”(第3回)
直木賞作家の元妻の銀座ママと、老舗高級スーパー・明治屋さんの「ある蜜月」

by staff on 2017/3/10, 金曜日

直木賞「遠いアメリカ」のモデルになった銀座ママがひいきにした明治屋の食材

その頃の私にとって、明治屋さんといえば、遠い異国から船で運ばれた高級で珍しい渡来品が誇らしげに陳列されているというイメージが強かった。日本における高級スーパーの先駆で、しかも紀伊国屋や成城石井より格上に思われる存在感は、店内を彩る数々の舶来品が異国情緒を醸し出していたからだろう。発祥の地が横浜ということも、明治屋さんのルーツにまつわる物語を鮮やかに奏でる。日常からループしたくなる時こそ、明治屋さんの舶来品はうってつけだから。その意味で、明治屋さんの食材は、ハレの日に口にする特別な逸品だと思っていた。

「その頃」というのは、銀座のパイという店でバイトする少し前のことだ。99年に河出書房新社から小説「ボディ・クラッシュ」を出版したことがきっかけで、パイの牧子ママをある方から紹介してもらい、パイで週2回ほどバイトすることになった。

牧子ママは舞台女優だった頃に翻訳家の常盤新平さんと知り合って結婚。常盤さんが作家に転向したのは、妻の影響が大きく、牧子ママは、常盤さんにとって小説のニューズのような存在で、直木賞受賞作「遠いアメリカ」のモデルになった。聡明でキュートな牧子ママの本質は女優だ。時には感情をさっと隠す術を心得ていたから。

結婚後は女優をやめて、しばらくしてから青学の同級生だったパイの大ママに誘われて “青学の同級生コンビ” としてデビュー。常盤さんと離婚してから、大ママと一緒に新しい門出を迎えるはずだった。

ところが、大ママが病で倒れ、あっけなく逝ってしまったのだ。

二代目パイの牧子ママは、とにかく明治屋さんびいきだった。チーズやコンビーフや貝類の缶詰類、ピクルスにオリーブ、チョコ、珍味、さらにシメのそうめんも明治屋さんから購入。いたるところに明治屋さんの食材がパイに溢れていた。好奇心の強い牧子ママは、珍しい調味料も楽しみながら使っていた。

私が忘れられない一品といえば、明治屋さんのブルーチーズをざっくりと大胆にカットして、パセリを添えたシンプルなもの。ワインやウィスキーがもちろん、焼酎ともぴったりとウマが合う。明治屋さんの食材を存分に使った牧子ママのおつまみは、パイの想い出そのものだ。

2016年春爛漫に、スナック・モルチェでママを偲ぶ

牧子ママが亡くなってから10年目の昨年、京橋の明治屋さんがリニューアルオープンしたことを知った。ママが生きていたら、きっとはしゃぎながら、明治屋さんのリニューアル記念商品を片っ端から買い物かごに入れていたことだろう。

さらにレストラン・モルチェが2016年の秋にオープンするというが、その前に午後2時から飲めるというスナック・モルチェがいち早くリニューアルすると聞いて、ちょっと覗いてみたくなった。

そこでパイの二人のママと縁があり、最後までパイという店の行方を心配していたお客さんのS氏を誘う。昨年の4月20日、銀座で映画を観てから、スナック・モルチェで牧子ママを偲びながら、お酒を飲みたいとお願いしたのだが、S氏は映画鑑賞後、そそくさと仕事に戻ったため、私は一人で、スナック・モルチェに入ってみた。

営団地下鉄京橋駅7番出口を出て、右の階段を昇った右側にあるスナック・モルチェは、テーブル席もあるスタンドバーだ。木目も美しいウェッディな店内は、カウンターバーらしくカジュアルでありながら、上品で落ち着いた雰囲気がそこはたとなく漂っている。椅子の高さも座るだけで、ほっとくつろげるような丁度よい高さだ。

「いらっしゃいませ」

注文した生ビールを持ってきてくれたのが、君島さん、26歳。映画と旅行が大好きな笑顔美女。正直ではきはきとしている君島さんが差し出したビールは、キリンの横浜工場から直通の生だ。一口目から喉ごしが柔らかく、疲れも徐々に癒される。

おつまみは300円の特製ポテトサラダと500円のシーセージ盛り合わせを頼む。ポテサラは、おふくろの味というより、レストランのシェフが作ったような風味だ。たぶんレストランと同じマヨネーズを使っているせいだろう。

ソーセージも、そしてそれぞれ300円のオリーブやピクルスも、明治屋さんの食材だ。パイの牧子ママを思い出す。きっとママもこの椅子に座りたかっただろう。懐かしさが溢れてくる。

マスターの児玉さんに、そんな思い出を語っていると、いつの間にか生ビールのお代わりをしていた。黒生はコクがあるのに、飲み心地がライトだから、すぐに飲み干してしまう。「あなたはお酒が強いのよね」と牧子ママの声が聞こえたような気がして、思わず振り返った。

パイの特製のブルーチーズは、ここにはない。あれはパイの風味そのものね。私は心の中で亡き牧子ママに話しかけた。

君塚さんの明るさと、穏やかな児玉さんの二人の人柄にも魅かれて、私は映画や歌舞伎鑑賞の帰りに、ちょくちょく立ち寄るようになった。多い時には週2回もスナック・モルチェを堪能しているうちに、明治屋さんの役員の方だけでなく、京橋や東京駅周辺で働くサラリーマンやOLさんらとも、知り合うことができた。

サプライズといえば、吉祥寺の高級スーパー・三浦屋のスタッフのSさんとばったり会ったことだ。いつも親切にしてくれるSさんと顔を見合わせて「吉祥寺の人と、なぜ京橋で?」と大いに盛り上がって、閉店まで飲んで、最後は吉祥寺まで一緒に帰ったのだ。

そして2016年の忘れられない想い出といえば、レストラン・モルチェのリニューアルオープン。その個室での忘年会だった。

(画像をクリックすると拡大写真が表示されます)
   

昭和の香りのするモダンなビアホールレストランの個室で、思い出の忘年会

2016年11月15日、レストラン・モルチェとワイン亭がオープンした。

レストランの名物ビッグハンバーグも蘇り、オープンのお祝いに駆け付けた私は、その場で忘年会の予約を入れた。ビールサーバーのある個室で、生ビールだけでなく、ワインもウィスキーも焼酎も飲み放題。そして忘年会のメニューは、歓声をあげたくなるほど豪華だった。

★2016年11月29日(火曜)忘年会メニュー(飲み放題付きの6,000円)

  • シーフードのマリネ
  • サーモンのカルバッチョ
  • 生ハムサラダ
  • キッシュと穴子パイの盛り合わせ
  • ローストポーク パイナップル添え
  • 真鯛のポワレ
  • 名物ジャンボハンバーグ
  • 牛ほほ肉の煮込み
  • 牡蠣と海老のフライ盛り合わせ
  • ビーフピラフ

ゴージャスさがきらきらとこぼれ出るような明治屋さんのメニューに、参加者たちも歓喜する。2016年にお世話になったマスコミの方々や、東京メンタルへルス、フェイシャルデザイナーや美容家、芸能リポーターなどなど、貸し切りの個室で堪能する “ハレの日の料理” で、宴は最高峰に上りつめていった。

宴の最中に、オランダ映画「バベットの晩餐」を思い出す。美の追求は、いつだって美しい行為だ。それが美食という世界に於いても。

旨い酒や美味な食こそ、晩餐会の人々を美しくさせ、時にはうっとりととろけさせるような官能すら思い出させてくれる。

最高に盛り上がった時に、明治屋さんのY常務が挨拶に来た。スナック・モルチェで頻繁にお会いする常務は、シャンパン2本を私たちにプレゼントしてくれた。しかも、ポケットマネーで。最高のおもてなしだった。

(画像をクリックすると拡大写真が表示されます)
   
   

ワイン亭と、牧子ママの恋物語

レストランに隣接しているのに、まるで隠れ家のような佇まいの「ワイン亭」には、400万のワインがひしめいている。しかも土壁にあるワインも、全て本物という。なんという贅沢な空間だろう。

うさぎを追いかけているうちに、迷い込んでしまった不思議な国のアリスのような気分になるが、やがてしっとりとした気分になるのは、テーブルの高さが、ハイヒールを履いてもスカートがはだけない60センチというこだわりのおかげだろう。

カウンターに移動して、季節限定の「桜姫鶏のムネ肉真空低温サルティンポッカ」とおすすめのコッレ・バーバフラスカティ2015のグラスワインを頼んでみる。シャルドネエキスでマリネした鶏ムネ肉に、生ハムとブルーチーズを挟んで低温調理したもので、あっさりしたムネ肉が、ブルーチーズの風味を引き立てる。

主役はブルーチーズ。その瞬間に、パイの牧子ママの晩年のことが蘇った。

牧子ママの娘さんが作った燻製チーズも、パイの名物メニューだった。親子関係がうまくいっていたと思っていたが、牧子ママが亡くなってから、娘さんはパイのお客さんにはママが眠る墓地を決して教えてくれないのだという。

多くの男性の愛されていたママを、娘さんは複雑な思いを抱いていたのかもしれないが、そんな娘さんに「ママが愛した男性はいなくなったのよ」と教えてあげたくなった。

ママが愛した男性は有名企業の役職だった。海外赴任も経験した色黒の、がっしりした体躯の持ち主だった。部下の面倒見もよく、大人の男性の魅力を讃えていて、いかにも牧子ママが好きになるタイプだった。

だが、パイを閉店する3年ぐらい前から、ぱたりとこなくなった。ママの寂しさを感じ取った私は、「会社に電話をしてみたら」とママに勧めたのだが、ママは首を横に振って「来るときは、来るのよ!」と自分に言い聞かせるように、空元気を振り絞っていた。ママのプライドが “待つ” という選択を選んだのだろう。

2005年に閉店した原因はたくさんあると思うが、愛する男性がパイから遠ざかってしまったことも大きいのではないか。娘さんはきっと、そんなママの寂しさを知らないのだろう。娘にとって、母親は永遠の母親だから、女の部分から目を背けたい気持ちは理解できるが、大人の女なら、母親の中にも、恋する女の部分があることを認めてあげてもいいのではないか。

「名物のビーフシチューです」

カウンターからワイン亭のスタッフがたっぷりの赤ワインで煮込んだ真空調理の牛バラ肉のビーフシチューと、コスタブル・ド・タルボ2013の赤のグラスワインを差し出した。

明治屋さんの古典的な逸品に、「お見事!」と称賛の言葉が出る。

口いっぱいに広がるビーフの豊潤さと共に、70歳近くなっても、恋をしていたパイのママは、やはり幸せな女性だったのだと思い直した。

ママの分まで大好きだった明治屋さんを堪能しているわよ、と心の中でママに乾杯すると、スタブル・ド・タルボ2013のルビー色が、鮮やかに弾けた。

(画像をクリックすると拡大写真が表示されます)
   
     

今回ご紹介したお店

★スナックモルチェ
明治屋京橋ビルB1F
03-3281-1357
[月~金]14:00 ~ 22:00
土日祝 定休日
https://www.edogrand.tokyo/shop

★京橋モルチェ
東京都中央区京橋2-2-1 京橋エドグランB1F
03-3274-3891
[月~金]10:00 ~ 22:00
[土]10:00 ~ 16:00
日祝 定休日
https://tabelog.com/tokyo/A1302/A130202/13202294/
https://www.edogrand.tokyo/shop

★明治屋ワイン亭
東京都中央区京橋2-2-1 京橋エドグランB1F
03-3271-1879
[月~金]16:00 ~ 23:00
土日祝 定休日(土曜はイベントと貸切予約のみ)
https://www.edogrand.tokyo/shop

筆者紹介

 
氏 名 夏目 かをる (なつめ かをる)
プロフィール

秋田県大館市出身。立教大学文学部日本文学科卒。

横浜との縁は、神戸育ちの母親が「横浜に来ると神戸を思い出す」とひいきにしていたので、横浜が大好きになりました。

2万人以上のワーキングウーマンの取材を元に、恋愛や婚活、結婚をテーマに、新聞や雑誌、Webで活動。恋愛婚活結婚コラム、女子力アップ、コミック原作、小説、絵本コピー、ルポ(「同窓会恋愛」)婦人公論、週刊朝日)、「歌舞伎入門」(世界文化社)、映画コラム(「WOWOW」など)幅広く活動中。

小説「ボディ・クラッシュ」(河出書房新社)、「季節はずれの恋」(講談社ムック「大人の隠れ家」)など飲食雑誌で飲食恋愛小説も執筆。

14人のインタビュー集「英語でリッチ!」(アーク出版・旧・佐々木真理刊行)で第12回ライターズネットワーク大賞受賞 。

10万人に一人の難病を後遺症なしに完治したことなどでテレビ出演、講演(神奈川ロータリークラブ)なども多数。

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