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書評 「桜の下でまっている」 実業之日本社 綾瀬まる 著

by staff on 2017/4/10, 月曜日
 
タイトル 桜の下で待っている
単行本(ソフトカバー) 216ページ
出版社 実業之日本社(2015/3/12)
ISBN-10 4408536644
ISBN-13 978-4408536644
発売日 2015/3/12
購入 桜の下で待っている

「大人なんだから、そんな旅先で恋に落ちてとか、みっともないの止めてよって、いったんだ。そしたら、ばあちゃんはうつむて、本当に恥ずかしそうな声で、こう言った」「新しい、きれいなワンピースを着て誰かにみせたいなんて、もう長い間、考えたこともなかったんだ」

最初の稿は「モッコウバラのワンピース」だ。智也は母の変わりにばあちゃんのところを訪問する。病院のつきそいなのだ。そしてお土産をいっぱいもらって東京へ帰っていく。「心美が気に入っている、ネギニラという変わった野菜が入った餃子も二個買って、また新幹線の乗車口に向かう。」「ごう、と大量の風をはらみ、濡れたように艶やかな車体がホームへ滑り込んだ。東京に帰ったらまずは、爪がかわいくて好きです、という。それから、それから、むずがゆく跳ねる心臓をなだめつつ、智也は両手いっぱいの土産物を握り締めて自由席へと乗り込んだ。」

次の章は「からたち香る」なのだ。「宇都宮を過ぎたあたりから、指先の温度が下がり始めるのを感じた。握りこむと、指の腹が手のひらのくぼみをひんやりと冷やす。皮膚の色が白い。緊張するといつもこうだ。受験や就活といった人生の分岐点に差しかかるたび、律子は冷え切った自分の手を擦り合わせてきた。」「震災以降、福島は確かに難しい状況にあって・・・・・・。それよりも、ただの個人として出会い、好きになって、これからは一緒に生きていこう、と三十路に差しかかる大人二人が決めたのに、誰かにその決定を許してもらわなければならない、好かれるようにふるまい、自分を調整しなければならない、ということが嫌なのかもしれない。自分や相手の所有権を、家や親に握られているような閉塞感。でもそんなことが気になるのは、私がまだ大人ではなく子どもだからだろうか。」律子は由樹人の実家に挨拶にいったのだった。

帰り道、「ゆっくり決めればいいよ。そう口にした瞬間、律子は東京にある父の家の匂いや、からたちの匂いをまとったまま、自分たちがそこから一歩、遠ざかるのを感じた。由樹人は数分も経たないうち寝息を立て始める。その肩にこめかみを預け、律子もまた目を閉じた。」

「菜の花の家」は次のように始まる。「樹陰に覆われた森の中の石段を一段一段、ゆっくりと登っていた。草木の水気を含んだ空気は甘く、ひと呼吸ごとに肺が潤んで柔らかくなっていく気がする。石段の両わきの樹木は濃い緑の葉を旺盛に茂らせて、空を狭めるほど背が高い。」「距離を見誤り、ふいに石段からかかとが外れた。両手が宙を掻き、体が落ちる。あ、と思った次の瞬間、武文はびくりと体を震わせて新幹線のシートで目を覚ました。」法事があって実家にかえったのだった。「西松と表札がかかった門をくぐり、玄関を開ける。広い三和土には黒い革靴やハイヒールがずらりと並んでいた。僧侶がくるまであと一時間はあるはずだが、気の早い参加者がすでに到着しているらしい。」法事で集まったが、住職さんがぎっくり腰で代わりの人がきてくれることになったが、他の法事があって三時間ぐらいおくれるらしいという。時間があって、姉の子をこどもミュージアムへたのまれてつれていくことになる。その日、東京の自宅についたのは午後11時を回る頃だった。「湯上りに粗供養の包みを開けると、中には鰹節や海苔などの乾物がはいっていた。加奈子さんにもらった菜の花を水にさらして解凍し、封を切ったばかりの鰹節をのせて醤油を垂らす。続いて、きんきんに冷えたビールのブルタブを起こした。」「菜の花をちびちびとつまんで小鉢を空け、武文は缶に残ったビールを飲み干した。」

「ハクモクレンが砕けるとき」は知里ちゃんの話だ。「おい、とそっけない父親の声に起こされた。テーブルの畳まれた新幹線のシートが目の前に広がり、まぶたに残った学校の景色を押しやって、知里は一瞬自分がどこにいるのかわからなくなった。まばたきをして口の端からこぼれるよだれをふき、舌の裏側に溶け残った苺飴を飲み込む。」「まるで誰かが寄り添っていたみたいに、通路側の左半分がほかほかと温かった。みどりちゃん、と少し思って周囲を見回し、知里は母親から渡された子供用のリュックを背負った。」 結婚式で母親の実家の近くに来たのだった。「また遊ぼうね」

「桜の下で待っている」はさくらさんの新幹線での接客の話だ。「お客様の様子をよく観察して、必要とされるタイミングにちゃんと巡回すること。パソコンで仕事中のお客様ならコーヒーで一息いれたくなるのはいつごろか。観光客ならお土産の買い忘れはないか。買いたいと思っていたのにこちらがきづくことができずに通り過ぎてしまった人はいないか。」とても参考になったのはこんなところ。

「お客様の肩が弛緩している夜の新幹線の方がさくらは好きだ。お疲れさまです、とねぎらいたくなるし、応対の声にも自然と気持ちがにじむ。自分がこの新幹線のレール上を一ミリも外れることなく行ったり来たりしているあいだに、この人たちは出向いた先で様々なものを見分し、味わい、獲得し、日程を終えてこのレールの上に戻ってきたのだ。考えれば考えるほど、奇妙で楽しいことだと思う。」そして「毎日毎日、ものすごい数のお客様がさくらのそばを通り抜けていく。多くの人は一期一会で、二度と出会わない。だけどふとした瞬間に残した断片は、さくらの中に少しずつ降りつもっていく。」

「桜の下で待っている」

の最終章が気になていた。「ゴールデンウイークが終わる頃には、風はさらに暖かくなっているだろう。お弁当や飲み物の案内や、ワゴンの内容も変えていかなければならない。無意識の内に作業手順を頭に浮かべながら、さくらはベランダ越しの月をみあげた。」「夢の花は吹き散らされ、青々と光る枝葉がガラス製のドームを破って伸びていく。もうすぐこの部屋に、新しい季節がやってくる。」

なんだかありがとう。

(文:横須賀 健治)

 

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