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I LOVE YOKOHAMA 代表 佐藤 勇さん

by staff on 2017/5/10, 水曜日

現在の累計会員数が11万7000人、横浜で最大級のボランティア組織『I LOVE YOKOHAMA』 通称『ハマラブ』をご存知ですか? 毎年12月はサンタクロースのコスプレで清掃活動を行い、夏にはビーチの清掃、みなとみらい地区のクリーンアップやキャンドルナイトなど、ミクシィやfacebookを使っての会員交流やオフ会。。。と独自の視点からボランティア活動を行っている団体です。代表の佐藤勇さんにお話を伺いました。

I LOVE YOKOHAMA 代表 佐藤 勇さん
I LOVE YOKOHAMA
代表 佐藤 勇さん
 
お名前 佐藤 勇(さとう いさむ)
お生まれ 1980年(昭和55年)5月
静岡県伊東市
お住まい 横浜市泉区
ご家族
趣味 町めぐり
Mixi I LOVE YOKOHAMA(ハマラブ)
facebook I LOVE YOKOHAMA(ハマラブ)

 

バブル時代が最も豊かでは無かった幼少期 ⇒ 行動力の源泉は生まれながら?

赤ちゃんの頃から常に落ち着きが無く、動き回る姿を「超スピードハイハイ」と言われていたとか(笑) 昔から走る事が大好きで、保育園に入る頃には電車内を隅から隅まで走り回り、三ツ沢競技場の長椅子を飛び回ったり…。その賜物として、足だけは丈夫になり、小学生時代からリレーの選手になり、中学高校と6年間陸上部に所属していました。MVPなども取る位速かったんですよ。

そんな幼少期からパワフルでしたが、実は病弱で保育園は病で休んでいる日も多かったとか。生活は貧しく、おもちゃ等も買ってもらえず、両親は仕事で遅くまで帰ってこない鍵っ子でした。世間はバブルで好景気の時、私は最も貧しい時代を味わっていました。

中心になるのが嫌い ⇒ ゲームの中心的役割

近所の遊びは上級生についていくような形でかくれんぼをしたり、小学校ではドッチボールなども目立たぬ存在(ボールが来たら後ろを向いて逃げる)そんな「中心ではなく隅っこ」が好きな存在でした。

小学生時代はファミコンなどテレビゲーム流行り始めた頃。貧しくてゲームソフトもそんなに買えない身でしたが、自宅にあった『ガン消し』(注1)を使って冒険ゲームのリアル版を考案。空想の世界を設定し、自らルールを作り、ビー玉やおはじきを通貨に定め、冒険の世界へと飛び回る世界に、多くの友達が興味を示して集ってきました。

マネをする者も現れますが、追随を許さない位に精度を高め、年代を増すごとに「冒険をする旅人から国を創る王」に立場を変え、仲間達が国づくりに知恵を絞ると言う光景も。

この一連の流れを取り仕切るのが私でした。(私が取り仕切らないとみんなが冒険の旅に出れない為)今考えると、その頃から人を集めて何かをすることが好きだったかもしれませんね。

社会科が好きでした

人の行動・・「失敗」や「成功」の事例を見てみると面白いことに共通なものが見えてきます。
それを時間軸で見れば「歴史」となります。例えば「応仁の乱」とか「関が原の戦い」の授業でも、事柄よりもそこに関わった「人」に関心がありました。「負け」が分かっても「信念」を貫く人、何が「人」を動かすのか? 「勝つ」ことで信念を貫く人がいて、信念を曲げても生ようとした人がいて・・・
その「人」を現代社会で捉えれば「政治」や「公民」となります。そしてその人たちの営みを見渡せば「地理」に繋がっていきます。「心理学」の領域も含まれるでしょう。ということで小学生からず~と「社会科」が好きでした。

人前で話すのが嫌 ⇒ 人前で話す存在に

仲間内ではギャグを言ったりして賑やかな存在でしたが、多くの人の前で話すのが大の苦手。中学の広報委員会では常に副委員長(委員長は人前で話すので)、放送室での役割分担ではアナウンサーは絶対にやらない。
とにかく人前でしゃべるのが嫌いでした。

そんな人前で話すのが嫌いだった事が変化したのは、高校1年の時の生徒会選挙の時。当時の生徒会は特定の人たちで固まった組織で、私も冷めた目で見ていました。しかし、学校を盛り上げたいと言う思いと弛んだ高校生活を変えたいと言う思いがリンクして、意を決して立候補。人前で演説するのはそれはそれは嫌でしたが、実際やってみると大したことは無くむしろ爽快感。何もない・誰も助けてくれない状況下で一人で創っていかなくてはいけない状況が私を変えたのかと思います。
そんな姿に協力者も徐々に現れ、卒業するまでには100近くの政策(部活動活性化や要求運動推進、広報や委員会運営など)を実行し、多くの仲間達と共に学校改革を実施する事が出来ました。

思い切ってやってみる! やり続ける! って言うのが、思わぬ活路を見出すんですね。

I LOVE YOKOHAMA (ビーチクリーンアップイベント)

ボランティアなんて嫌い ⇒ ボランティア団体を創設

生徒会活動は校外にも及び、首都圏の生徒会長が集まる「生徒協議会」の創設メンバーとして組織の拡大を推進する立場に。その組織の一つにボランティア活動をする部門が生まれます。ボランティア活動を勧められたりしましたが、ボランティアが偽善者のように思える「あまのじゃく」な自分がいて、熱意は今ひとつ。しかしいざ実行に移してみると、皆で一つの事に立ち向かう一体感と、やりきったと言う達成感が、また良いんですよ(笑)。

しかし、こんな将来(11万人が集まる組織の代表として地域活性を行う)が待っていると思ってもいなかったですけどね。あの時の嫌々ながらもやってみた経験が今日の価値観形成につながっているんでしょうね。

営業職は嫌い ⇒ リクルートで営業を学ぶ

法政大学の法学部政治学科で学びました。刑法や民法よりも天文学や地政学・文学の楽しさが印象的。政治学は教壇を離れて実際秘書になったり、先輩の立候補を手伝ったり…。一運動員から選対本部長まで一通り体感して学んでいました。

就職活動の頃「営業職なんて嫌い!」って考えでしたが、嫌いな営業職の重要性も認識していたので、「どうせ嫌いなら若いうちに済ませておこう」と思い、入社したのがリクルート。御存じ営業職としては厳しめの世界で、私の部署は「知的体育会系」と揶揄される体力も知識も必要な部署。予想通り大変ながらもこの会社で営業の基礎を学び、最終的にはMVPやベストプラクティスコンテスト(全社員が実績報告をプレゼンする大会)に決勝進出するという目標も達成出来ました。

「営業職なんて向いてない」と学生時代確信していた考えは10年も経つと「何でも頑張ればイケる営業マンになれるかも」と言う自信につながってきたなと思います。

I LOVE YOKOHAMA サンタ清掃

交流イベント:カワイイパーク

ネットの出会いなんて嫌い ⇒ 巨大ネットワークの代表管理人に

就職しててんやわんやと営業に明け暮れる頃、大学時代の友人より薦められたのが、当時流行り始めたSNS(ソーシャルネットワーキング)の「ミクシィ」でした。私のミクシィのID番号は1,000番台。かなり初期のメンバーだったと思います。

自分の興味のある人たちが集うコミュニティ制度が出来たときに、まず最初に作ったのが「横浜を好きな人が集まって欲しい」との思いからI LOVE YOKOHAMA(以下ハマラブ)を創設。
SNS上では徐々に人が集まりはじめ、いろいろな話題が提供されていきます。人が人を呼び、いろいろなアイディアが生まれました。
やがて、参加者から「オフ会をして」と言う声が多く寄せられてきました。しかし、私自身が「ネットで出会う」事に否定的なイメージを強く抱いており、絶対嫌だと思っていました。ひたすら拒否し続けていましたが、ハマラブの会員数がどんどん増えていく中で、オフ会のニーズが高まり、ついに開催に向けて準備をする事になります。オフ会なんて嫌だったのですが、責任感が行動に移させたのでしょう。

不安を抱きながらも開催してみた結果、「案外まじめ」な人が多く「意外と面白い」ということが分かり、以後100人規模のイベントなどを連続して実施する事に…。「横浜が好きな人たちが集う」集まりなので、「横浜の為に何かしてみよう!」と言う声が上がるのは自然の流れ。その後、清掃活動から横浜開港祭を通じてキャンドルイベントを実施。
開港150周年をゴールに行った活動は、その後も続けられて、今は10年間もやっています。ネットの出会いをあんなに嫌っていたのに。うまく流れを作れたものです(苦笑)

2007年のエコキャンドル(動画)

嫌い! 嫌い!! 嫌い!!! ⇒ チャレンジして自分のものに

こうして振り返ってみると、元々嫌いだと確信していたものに、あえてチャレンジする事で、気が付いたら克服して自分のものにしているって事が多かったかなって思います。
その時の原動力となる心理を振り返ってみると、責任感。必要とされていること。頼りにされている事が「よし!やってみるか!」と奮起する最初のスタートなのかもしれませんね。あ、あともう一つのスパイスは「あまのじゃく的な発想」かな(笑)
これらがブレンドされた結果、今の行動が出来上がっているようにも感じます。

あなたにとっての横浜とは?

この街に危機を抱いています。それは「横浜」と聞くと誰もが知っていて、先人たちの努力により築き上げられてきた良いイメージを持つこの街が、この先、「かつて横浜と言う街があった」と歴史の片隅に埋もれるようにしてひっそり登場する程度の町にならないか・・・。 「横浜? どこ?」と皆が忘れてしまうような町にならないか・・・と言う事です。

まさか、、、と思う人もいるかもしれませんが、歴史上「かつて繁栄した町」と言うのは多くあります。災害で消えた町ポンペイ、戦火に呑み込まれた町カルタゴ。かつては貿易などを中心に大変栄えた町でした。
日本でも同じ港町で当時流行の最先端を走っていた堺も歴史を見れば、、、御存じの通りです。これらの町は、その時代において先端を走る魅力的な町でした。今ある繁栄、オシャレなイメージなどは決して永遠では無く、災害や戦火によって一瞬にして消えてしまう危険をはらんでいます。

横浜といって何が思い浮かぶものがありますか? 熊本地震では熊本城が熊本県民の心のランドマークになりました。熊本城の修復が県民の希望となっています。では、横浜の希望は何だと思いますか? 例えばランドマークタワーが地震で倒壊したとして、市民が熊本城のように悲しみ、お金を出し合って同じものを創ろうとするでしょうか?
京都には京文化、東京には江戸文化が残り継承されています。それは戦火や震災にあっても再び蘇り、何百年と継承されています。災害や戦火に巻き込まれた時こそ、その町の神髄が問われるのです。
継承すべき横浜の文化は何だろう? と考えると、私はすぐに思い浮かびません。

新しいものに飛びつき、すぐに飽きてしまって、違う新しいものを求めていく日本人の国民性が横浜にぴったりとあてはまります。
横浜市は箱物といったハード面を作るのは得意です。開港祭といった「イベントの枠組み」を作るのも得意です。私はハードだけでなく、横浜らしい新たな文化作りに挑戦したいと思っています。可能であれば今度の開港200周年までにはこの動きの一翼を担いたいなと考えています。そう考えると制限時間は後40年ほどです。40年後の横浜がどんな姿になっているか想像してみてください。その想像された光景・その光景に行き着く過程そのものが、まだ記されていない新たな歴史なんだと思います。

そんな横浜をここから一緒に創っていきましょう! そうした歴史を創っていく仲間との邂逅を楽しみにしております。

注1) ガン消し プラゴムでできている2頭身キャラクター 初期のものは単色。「消しゴム」というが文房具の「消しゴム」として使用することはお勧めできない。
以下、ウキペィアから:
ガシャポン戦士は、バンダイベンダー事業部がカプセル自動販売機(ベンダー)で販売していた塩化ビニル樹脂製のカプセル玩具。 … 呼び名は『ガシャポン戦士』の他にも『ガチャポン戦士』やガンダム系の商品のみ『ガン消し』などと呼ばれることもある。

(文:高野慈子  写真提供:佐藤 勇)

 

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