しあわせの「コツ」(第6回) 引いてこそ
第6回 引いてこそ
うっとうしい梅雨が終わるころ、朝顔が咲き始めますね。朝顔を見ると、私は千利休と秀吉のエピソードを思い出します。
利休の屋敷に美しい朝顔が咲いているという噂を聞いた秀吉が、ぜひ見たいと利休に申し入れしました。早速家来たちが下検分に行くと、噂通り色とりどりの朝顔が庭一面に咲き乱れていました。秀吉は大喜びで朝早く利休の屋敷に出向きます。
ところが、秀吉が行ってみると、どうしたことか、庭には一輪の朝顔もありません。いぶかしく思いながらも、秀吉は利休の案内するままに茶室に入ります。すると、秀吉の目に飛び込んできたのは、床の間に活けられた真っ赤な一輪の朝顔でした。
じーっと見つめていた秀吉は、「利休、見事じゃ!」と利休を褒めたといいます。
利休は、あれほどたくさん咲いていた朝顔の中から、もっとも美しい花を一輪だけ茶室に活け、他の朝顔は全部切り取ってしまったのでした。
この逸話は、日本人の美意識の根底にあるものを垣間見せてくれます。それは、「過剰なものをはぎ取ることで本質を浮かび上がらせる」という考え方です。「引く」という言葉は見事にその考え方を表していますね。
日本人は「引く」という行為に美学を感じるようです。
「引き際」の美しさを讃え、華美な装飾を取り去った(=引いた)茶室のような簡素な空間を愛し、自分は脇役となって相手を立てる(=「引き」立てる)のです。
昨年9月、サウジアラビアの国王一行が日本を訪れました。その折、副皇太子
ムハンマド・ビン・サルマーン・アール=サウード氏との面会が御所で行われ、宮内庁がその時の写真を公開しました。
ところがこの写真が世界で話題となったのです。「引き」の美意識がビジュアル化したような、シンプルで気品漂う御所のたたずまいに、世界中から称賛の声が上げられたのでした。
だから日本が好きなんだよ。
他に誰もこれほど上品にしようとしないだろう。
美しい部屋だ。
高い天井に、拡散した照明。
あのカーペットで響きも良いに違いない。
などなど。
あるサイトでは、ケリー長官と会見するサウジアラビアの国王の部屋の写真と比較して、その違いに驚きのコメントが寄せられていました。
陛下とサウジアラビア副皇太子が会見した皇居内の一室/p>
サウジアラビア国王がケリー米長官と会見した国王の部屋/p>
どちらがいいかは好みによりますが、私たち日本人は皇居の何もない簡素な部屋の方に、落ち着きと品格を感じるのではないでしょうか?
紅花から作られた紅が、かつては金と同じ目方で取引されるほど珍重されましたが、それは色の美しさもありますが、紅が採れるまでの過程が「引く」を愛でる日本人の感性にぴったりだったからではないかと思います。
紅花
紅花に含まれる色素の99%は黄色です。紅の原料となる赤い色素はわずか1%しかありません。この貴重な色素を抽出する技術は大変難しく、気の遠くなるような何十工程も経て、やっと手に入るものなのです。金と等価交換されたのも頷けます。
そうして抽出された赤は極めて純度が高いため、光を吸収して緑がかった玉虫色に見えます。江戸時代から続く小町紅の老舗伊勢半本店では「黄金色の紅花が玉虫色に変わる神秘」と言っていますが、まさにその通りですね。
玉虫色の紅
ところが、この玉虫色の紅を、少し濡らした筆で唇に塗ると、それはそれは艶やかな赤になるのです。深みのある、玉虫色に光るその色は、付けた人の色素に反応して、人それぞれの赤になります。塗り方によって、薄くつければ淡い桜色に、濃くつければ底光りするような深紅になるのです。
1gの紅花を採るためには何tもの水が必要です。黄色い色素を洗いに洗って、洗い抜き、その果てにやっと小指の先ほどの紅が採れる― この究極の引き算の工程に、私たちは魅せられてやみません。
一番大切なものは、目に見えるものの奥に、ひっそりとつつましく鎮まっている ― 暗黙の裡に私たちはそんな風に感じてはいないでしょうか? だからこそ、「引く」という行為は真理に近づくことであり、奥ゆかしい、美しい所作とみなされていたのだと思います。
そう考えると、最近流行の「断捨離」や「片づけ」も、日本人の深層意識と関係があるかもしれませんね。部屋をきれいにしたら、自分のやりたい事が見えてきた、運がよくなった、などと言われるのは、やはり余分なものを引いた後に、本当の何かが現れてくるからかもしれません。
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