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横浜の銅像・石像・その他の像(その7)

by staff on 2017/7/10, 月曜日

五十嵐 洋志

「偉業を成し遂げた人や動物をたたえる」(by Wikipedia)という目的で銅像を建てる場合があります。例えば、学校の創設者の銅像がその学校内にあるケースがもちろん多いのですが、なぜこのヒトの銅像がここにあるの?というケースもあり、地域の歴史家の関心事となったりすることもあります。

そこで、今回から3回に渡り、偉業を成し遂げた方々の銅像を取り上げてみたいと思います。なお、寺院によく見られる中世の僧侶の銅像は今回は対象外としました。

まずは、市内にある大学キャンパス内にある銅像から。横浜国立大学の常盤台キャンパスには、田尻常雄の銅像があります(とてもわかりにくいところにあります)。田尻常雄は、現在の横浜国立大学経済学部・経営学部の構成母体となった横浜高等商業学校の初代校長で、かつて「就職の神様」とよばれていたこともあったそうです。(by Wikipedia)

愛媛県に生を受けた米田吉盛は、苦学の末中央大学を卒業し、中正堅実な青年を世に輩出すべく1928年に横浜学院(後の神奈川大学)を、横浜市西区境之谷に開校しました(by Wikipedia)。現在境之谷公園となっているこの地には米田の誇り高い銅像があります(もしかするとこの増は米田のものではなく、米田が理想とする青年の像なのかもしれないですが)。いずれにしても、この公園に集う子どもたちは、この銅像が誰のもので、なんでここにあるのかきっとわからないのだろうなー。

ちなみの、米田の銅像(胸像)は神奈川大学の横浜キャンパスの中にもあります。

日本でも有名な教育者のひとりといえる福沢諭吉の銅像は、もちろん慶應義塾大学の日吉キャンパスにもあります。この銅像は、なんでも先生の生誕150周年を記念して昭和60年に建てられ、今や日吉キャンパス内でもポピュラーな待ち合わせ場所となっているそうです。この写真を撮ったときも多くの学生が周りにいて、このオッサンなにやってんだ?というような冷ややかな視線を感じました。

藤山雷太は、佐賀藩出身の実業家で、貴族院の勅選議員も務めた人物です。彼の略歴を拝見すると相当な人物であることがわかります(by Wikipedia)。もちろん慶應義塾大学卒業なのですが、なぜ彼の銅像が日吉キャンパスにあるかというと、彼の息子が日吉キャンパスに図書館の建物を寄贈したからだそうです(by Wikipedia)。やっぱり自分の(親の)銅像をどこかに建てたい、っていう願望はあるところにはあるんですね。

では、また次回。

筆者紹介

五十嵐 洋志さん  
お名前 五十嵐 洋志(いがらしひろし)
  横浜市内のある文化施設のスタッフ。
他に2つのNPO法人とまちづくり団体の理事を務める。
街歩きが好きで、街中のさまざまな風景を集めるのが好き。
ドラムも少々。

 

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