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しあわせの「コツ」(第7回) 「菌」労感謝、してます?

by staff on 2017/7/10, 月曜日

第7回 「菌」労感謝、してます?

「国花」は菊と桜、「国鳥」は雉、「国技」は相撲。では「国菌」は?そんなものあるの?と訊かれそうですが、あります。2006年、日本醸造学会が「麹菌」を「国菌」と認定したのです。和食にとって欠かせない醤油、味噌、日本酒、みりん、米酢、鰹節は、すべて麹菌によって作られる日本独特の発酵食品です。

発酵学学者小泉武夫氏によれば、平安時代にはもう「種麹屋」があったそうです。微生物だけを売るビジネスとしてはおそらく世界最古ではないでしょうか。しかも灰を使って純粋に麹菌だけを取り出すという驚くべき高度なテクニックを使っていました。

創業300年、京都の種麹屋、菱六

中国などアジア諸国で使われる麹は、クモノスカビや毛カビなど様々な微生物が混在して繁殖した団子状の「餅麹」といわれるもので、性質も日本の麹とは異なります。

左が中国の「餅麹」、右が日本の「麹」。
日本の麹がバラバラなのは、黄麹菌のみを
より分け繁殖させたものだから。

2013年に、日本の伝統的な和食がユネスコの無形文化遺産に登録されましたが、その根幹にはこの麹菌を使った、味噌、醤油、納豆、漬物、日本酒、酢といった「発酵食品」があります。これらが日本人の腸内細菌叢を作ってきたと言っても過言ではないでしょう。

アミノ酸とブドウ糖の塊である発酵食品は、江戸時代には健康増進のために用いられていました。夏の季語でもある「甘酒」は、現代でも「飲む点滴」と言われるほど滋養があり、夏バテ防止に飲まれていました。当時の人は滋養強壮のために、豆腐の味噌汁のなかにひき割り納豆を入れ、油揚げを山盛りにして朝晩食べていたそうです。

発酵をメカニズムから見ると、とても面白いことに気が付きます。まず、発酵の世界では、菌同士の「個」の境界があいまいになります。それは発酵という現象が個別の菌の働きで起こるのではなく、何億、何兆という微生物が集まって初めて可能になる現象だからです。だからといって「質より量が大切」という話ではありません。発酵は「量がないと質が生まれない」世界なのです。

発酵の世界では、菌は「烏合の衆」ではありません。無数の微生物がまるで一つの意思をもっているかのように、半ば自律的に活動するのですが、放置しておけば腐敗し、人間など外部からの適度な関わりによってさらに成長と熟成を続けていくという不思議な側面があります。

ぬか漬けをした方は経験があると思いますが、こまめにかき回さないと変なにおがしたり、時には糖床が「死んで」しまいます。かといって過干渉も良くありません。まるで子育てのように、「よい塩梅」の関わり方が必要になります。

この「塩梅」という感覚は日本人独特のものかも知れませんね。相手との距離感や関わり方を考慮しつつ、その時々に絶妙なバランスを作り出そうという配慮は、まさに発酵食品を作る時の態度にほかなりません。「アイデアを一晩寝かせる」「雰囲気を醸す」など、発酵という現象は私たち日本人の意識や行動の中に、思いのほか深く染み込んでいます。

ある学者が、外国の学会で、京都の曼珠院にある「菌塚」のスライドを英訳とともに紹介したとたん、会場は爆笑に包まれたそうです。

左:菌塚 表/右:菌塚 裏

塚の裏には、以下のような応用微生物学の泰斗で文化勲章受章者の坂口謹一郎東大名誉教授の揮毫による文が刻されています。

「人類生存に大きく貢献し 犠牲となれる 無数億の菌の霊に対し至心に恭敬して 茲に供養のじんを捧ぐるものなり」

英訳:In memorial of the spirits of hundreds of the millions of bacteria who have sacrificed themselves to contribute to the survival of humanity.

何事もテクノロジーで制御しようとする西欧的な学問の世界では、「菌の霊」という表現は、先端科学と相容れないアニミズムのように映ったのかもしれませんね。けれども、私たち日本人の多くは、この一文を読んで厳かな気持ちにこそなれ、爆笑する気にはならないのではないでしょうか。

なぜなら、私たちは毎日のように口にする発酵食品を通して、「菌が生きている」と実感で知っているからです。そう、「菌の働きに感謝しなくては」と素直に思えるのです。

西欧文化も、いつの日か菌に感謝する感性が芽生えるよう、正しく熟成してほしいものですね(笑)。

筆者紹介

 
本 名 田尻 成美 (たじり しげみ)
略 歴 著述家・株式会社エランビタール代表取締役
著書 「しあわせのコツ」(幻冬舎)
主な訳書「都市革命」(H・ルフェーブル著 晶文社)、
「空間と政治」(H・ルフェーブル著 晶文社)、
「文体論序説」(M・リファテール著 朝日出版社)
比較文化的視点から、日常の出来事をユーモアを交えて考察していきます。
著 書 「しあわせのコツ」(幻冬舎)



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