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田中健介の麺食力-それから- 第2回 「三十一番のそれから」

by staff on 2018/11/10, 土曜日

第2回 三十一番のそれから

2010年に出版した自著「麺食力-めんくいりょく-」。横浜の麺料理とその周辺の情景を描きながらもほとんど売れなかった可哀想な本。著者自身も出来上がった本をほとんど読まずにいましたが、東京オリンピックを迎える2020年に出版10周年となるのを機に、改めて当時の内容を振り返り、現在の移り変わりを綴っていく、ついでに啜っていく企画をこちらでやらせていただくことになりました。

第二回目となる今回は横浜市南西部・瀬谷へと向かいます。拙著をお持ちの数少ないファンの皆様は16ページを開いてこちらと合わせてお読みくださいませ。ない人は、ないなりに楽しめるよう書いていきますのでご安心ください。

著書の収録で訪れたのは2009年。著書には瀬谷駅周辺を「昭和っすね~」で済ませています。なんとまあ安易な表現なのでしょう。しかしながら9年経ち不惑を超えてなお、やはりその一言で表現せざるを得ないのが私のライティングのスキルがさほど上がっていないことを露呈してしまっているのですが、敢えて補足させてもらうと瀬谷駅の北口に関しては駅舎にしても周辺の商業施設の充実ぶりなどを見るにあたりニュータウンなイメージを醸し出しているのですが、対照的に南口に関しては昭和のまま時が止まったような雰囲気になっているのです。

2009年当時の「瀬谷駅前名店街」アーケード。
岡本信人とか水前寺清子とか、
佐野浅夫なんかもここにいただろう。たぶん。

その南口の「中華料理 三十一番」を再訪します。「瀬谷駅前名店街」という薄暗いアーケードの中にあるんだけども……、当時の写真を頼りに南口を徘徊。画素が粗いことも手伝って探しにくく……、あ、「中華料理 百番」なら見つかりました。よし、あと六十九番見つければ三十一番だ!テンションが上がります(嘘です)。

三十一番を探す中で、百番を見つける。でも閉店している。
このエリアは市の再開発が予定されていて、この周りもほとんどシャッター通り。

アーケードは見つかりませんでした。数年前に撤去されていたからです。昭和なまま、どうして良いかわからなくなっているような街並みは、再開発の波が少しずつやってきているのでした。
「瀬谷駅前名店街」は解散され、そこに存在していた名店の数々は既に撤退し、新たに建設されたスポーツクラブがドンと構えています。ただ一つ、ただ一つだけ、「中華料理 三十一番」はそのままに残っていました。まだまだ営業していました!

アーケードを撮影した時とだいたい同じ場所から撮影。
左側はスポーツクラブ、右側はその駐車場。
道路は辛うじて歩行者が通り抜け可能となっている。
岡本信人とか水前寺清子とか、佐野浅夫なんかはもうここにはいないだろうが、
この先に「三十一番」はある!

世界のホームラン王の実家は「五十一番」、横浜には「中華一番」というのもあり、謎だらけの所謂「番付中華」。「三十一番」に聞けば少しは解明されるかと店主・浦山明嗣氏に訊ねてみると……。
「あれなんなんすかねぇ?よくわかんないけどうちは親父が31歳の時に始めたから三十一番なんですよ。」
なるほど。この瀬谷の地で創業54年、明嗣氏が当代二代目となります。
浦山氏は横浜の伝説的バイク集団「ケンタウロス」のメンバー。バイク集団と言うと誤解されると思いますが、「大人な」バイク好きが集まった感じ。独自の思想を持って楽しんでいる紳士的な人達。この団体に属する方とお話をして嫌な気分になったことがありません。浦山氏も例に漏れず、ある時は紳士なバイク乗り、またある時は紳士な中華料理店店主なのです。

2009年に食したのはラーメン。400円は今も変わらない。

当時は昔ながらの澄み切ったスープの醤油ラーメンをいただいたのです。薄味なのだけれど、食べ進めるうちにその旨さが身体にじわじわと沁み込んでいく感じの優しい味わいの。9年も経って小麦粉もガソリンもタバコも何から何まで高騰している2018年にして400円という破格の値段は変わらず。このあたりに長年この地で町中華を営み続けてきた矜持を感じます。

「コク塩ラーメン」と「チャーハン」をオーダー。平日のランチピークを過ぎた昼下がり。客は私ともう一人。BGMはなく、浦山氏の包丁のトントン、中華鍋をカンカンやる手際良いサウンドを楽しみます。

2018年に食したのはコク塩ラーメン。
店主の研究熱心ぶりが覗ける一杯。心なしかキラキラ輝いて見える。

野菜のスープと天日塩で仕上げたというコク塩ラーメン。やはりこちらも優しい味わい。スープにマッチした細縮れ麺、心地好い歯応えのメンマなど、どこか感じる懐かしさに、台湾から取り寄せたフライドエシャロットや柔らかく仕上げた炙りチャーシューなど、どこか感じる新しさも入り混じっています。

長ネギの青い部分をたっぷり使ったチャーハン。
長ネギが美味しくなる冬場は青い部分にトロミが入ることでベタ付くため、
冬季は白い部分を使ったチャーハンになるとのこと。
季節で変化を楽しめるのはもちろん、
こういった部分に浦山氏の繊細さが垣間見える。

チャーハンは青ネギの比率の高さが素晴らしく。どこから食べても香り良くシャキシャキするのはネギ好きの私には大変嬉しく。聞けば長ネギの緑の部分を細かく刻んで火を通し過ぎず、臭みを出さないよう工夫しているのだとか。前回訪問時に餃子で楽しんだ自家製ラー油をこのチャーハンに少し垂らすとこれまた楽しく。糖質摂り過ぎず、かつ美味しいチャーハンとして売り出したらもっと売れるんじゃなかろうかと考えます。このチャーハンを食べ、コク塩ラーメンのスープを口に含む。町中華を楽しむにあたって一番幸せな瞬間です。

「もう外食が大好きでね、行った先でパクってくるの。『コク塩ラーメン』なんてあっちこっち行ってパクってきた賜物ですよ」と笑う浦山氏。ちょっと行っただけでパクれるのはプロだからこそ。「パクって」というのは謙遜で、研究熱心の裏返し。常に業界の動向、世の中の嗜好についてしっかりアンテナを張っていることで、地元ファンを定着し続けているのです。

店の外からも中からも三十一番は三十一番だったという発見。

「この南口なんて、僕が子どもの頃はそりゃあもう毎日たくさんの人で賑わっていたんですよ。信じられないでしょ?」
瀬谷駅が開業したのは1926年と意外と歴史は古いのです。戦後からは南口の方が商業施設が充実し、賑わっていたのだそうです。北口にはバスターミナルや大型スーパーマーケットなど、きれいに整備されていき、個人店が集まる商店街として賑わった南口は細い路地が入り組んだ状態で取り残されていくのです。

そんな南口もようやく再開発に着手していきます。前出の「中華料理 百番」周辺のエリアは横浜市が中心となり、三十一番の周辺エリアは民間が中心となって変わっていくようです。三十一番も移転は決まっているが、まだ現在と同じように営業できるような物件が見つかっていないとのこと。

店舗外観。この風景が見られるのもあとわずか。
この撮影直前に店主・浦山氏が店を背にコック姿で立っていたアングルが
たまらなく良かったのですが、本人は撮影拒否。
サーッと隠れるようにして店内に戻ってしまいました。

「この先どうなっていくんですかねぇ。ま、僕はこれからも好きなバイクを楽しめれば別にどうなってもいいんですけどね。」
そうぶっきらぼうに言って閑散とした瀬谷駅南口の風景を眺める浦山氏の視線の先は、明らかに前を向いていました。この町中華ならではの風情ある建物がなくなるのは寂しいけれど、お店を辞めるわけではありません。新生・三十一番が楽しみです。

筆者紹介

 
本 名 田中 健介(たなか けんすけ)
略 歴 1976年9月生まれ。横浜市出身。横浜市在住。
武相高校、神奈川大学卒業。
自称エッセイスト、本業は福祉関係。
ベイスターズファン歴35年、CKBファン歴17年。
 
2009年9月、日本ナポリタン学会設立、会長となる。
http://naporitan.org
 
2010年3月、著書「麺食力-めんくいりょく-」(アップロード)刊行
https://amzn.to/2DGVqiU(Amazonへ短縮リンク)
 
2017年5月~ 連載「はま太郎」(星羊社)「田中健介のナポリタンボウ」
https://www.seiyosha.net/
 
連絡先:hamanomenkui@gmail.com

 

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