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田中健介の麺食力-それから- 第4回 「市電と暗渠と本牧と」

by staff on 2019/1/10, 木曜日

第4回 市電と暗渠と本牧と

2010年に出版した自著「麺食力-めんくいりょく-」。横浜の麺料理とその周辺の情景を描きながらもほとんど売れなかった可哀想な本。著者自身も出来上がった本をほとんど読まずにいましたが、東京オリンピックを迎える2020年に出版10周年となるのを機に、改めて当時の内容を振り返り、現在の移り変わりを綴っていく、ついでに啜っていく企画の今回が第四回目。あ、新年明けましておめでとうございます。

中区・本牧通り。東洋一のサウンドマシーン・クレイジーケンバンドの「路面電車」という曲のモデルにもなっているこのストリートは、文字通り1970年頃まで横浜市電の主要路線のひとつでありました。廃線から半世紀近く経た現在でも、市電の名残は市内各所に見られますが、本牧通り商店街のような歩道アーケードのスタイルはその名残のひとつと言っても良いのではないのでしょうか。

かつて横浜市電が走っていた本牧通り。
たくさんの人で賑わったこの通りは、昔ほどではないにせよ今でも昼間は賑わいを見せている。
2007年から路上駐車の規制も緩和してもらうなど客足が減らないよう
商店街としての努力もしている。

モータリゼーションが浸透し大型ショッピングセンター(SC)があちらこちらに乱立する昨今。便利ですよね。専門店が集結しているからある程度は揃っちゃう。今は車でSCへ買い物の時代。
古き良き商店街はそれらの原型で、SCの専門店よりも「街」を強く感じることができ、個性に溢れ、痒い所に手が届く感じ。ワクワク致します。魚屋、八百屋、肉屋、総菜屋、豆腐屋、パン屋、練り物屋、和菓子屋、靴屋、寝具店、不動産屋、クリーニング屋、銭湯、蕎麦屋、中華料理屋……そして製麺所ですよ。昔は市電で本牧通りへ買い物の時代だったのです。

今回は約150店舗の掲載店の中で唯一、非イートインの製麺所をレポートした「満寿屋(ますや)」の今をレポート。拙著をお持ちの数少ないファンの皆様は26ページを開いてこちらと合わせてお読みくださいませ。ない人は、ないなりに楽しめるよう書いていきますのでご安心ください。

満寿屋店舗外観。麺の専門店って、ホント貴重。

「年始の餅作りでかなり忙しいです。」
と言いながら取材を受けてくれた有限会社満寿屋代表取締役・金子増男氏。
横浜市麺業協同組合理事長、神奈川県麺業組合連絡協議会会長として、神奈川県内の60件ほどの製麺店をまとめて、地産地消商品開発など神奈川の製麺業を守っています。
ちょうど店舗を訪ねた時間はたくさんのもち米を蒸篭で蒸しあげ、それを杵でつき、のし型に入れる、鏡餅にする作業を繰り返しておりました。
「餅作りも家業なんでね、しょうがないですね。」
大忙しの中での涼しい笑顔を見せる。久々にお会いした三代目の増男氏は健在でした。

「私が物心ついた頃からあった(増男氏)」という頃からあったという餅つき機と石臼。
つくのは機械だが、かえしは自らの手で行う。
「手の感覚で、その年の米の特徴を把握して、つき加減を決めている」

創業はなんと大正13年で90年以上の歴史を誇ります。初代・金子増次郎氏が埼玉から来浜。埼玉は加須うどんなど麺文化が深い街だったこともあり、製麺業に繋がったとのこと。
関東大震災後ほぼ更地の状態となっていた本牧通りの現店舗には1926年から営業を続けているとのこと。
二代目の寿太郎氏は近年まで毎日朝4時から作る手打ちうどんが評判でしたが、現在は手打ちうどんは三代目の増男氏に引き継がれております。ただ寿太郎氏は92歳となった現在でも店頭に立つなど健在です。



蒸しあがった米をついて、形を整えて、干して……。
この作業を何度も繰り返しながら、合間に赤飯も蒸しあげる。
粒がしっかりとしていて、ふっくらつやつや。
蒸したてでいただけるのはこの上ない贅沢だが、冷めても美味しくいただける。

正月の餅作りは続きます。
増男氏は良いもち米を長年追求し、秋田や新潟など各地の米どころから取り寄せていましたが、近年は千葉が良いのだと語ります。アルプスのような高山はないが水の循環が良いので良い米ができるそうです。
また今まで扱ってきた米は産地によってはもちろん、収穫した年によってもつき方が変わってくるとのことで、これらの調整は増男氏の手の感覚で決まっていくと言います。



製麺工場と店内の麺の品揃え。蕎麦・うどん・中華麺・生パスタなどの
あらゆる麺を好みの太さを選ぶことができる。
中華麺のスープもいろいろ取り揃えていて楽しい。

この日の餅作りはひと段落。
店舗奥の製麺工場へ。一日最大5,000食もの生産能力を有する製麺機ですが、3人くらいいないと厳しいそうです。「一人親方」なので一日2,000食くらいは作ると話しておりました。
蕎麦・うどん・中華麺・生パスタなど、あらゆる麺を製造します。

ホテルニューグランドの宇佐神茂総料理長、作家の山崎洋子氏、
ナポリタン×ナポリタンのeatnapo氏らが審査員を務めた
2009年の「ナポリタンファミリークッキングコンテスト」で
協賛いただいた満寿屋・金子増男氏(写真三列目左端)。

我々が「日本ナポリタン学会」を2009年に設立した当時、横浜の食材で最高のナポリタンを作ろう!と追求する中で、この満寿屋の生パスタに出逢いました。もちもちとした食感の生パスタで作るナポリタンは贅沢の極み。日本ナポリタン学会認定商品として幅広く売れたら良いなと今でも思っています。

「はじめての暗渠散歩」(ちくま文庫)と満寿屋の水車そば。
著者の一人である高山英男氏が満寿屋の近くを流れていた千代崎川への思いを綴っている。
この本を持って本牧通りを歩くのも一興かと。

私が連載に参加する「はま太郎」(星羊社)の連載仲間に暗渠マニアックス(高山英男氏、吉村生さん)という、全国の暗渠を調査・研究している人達がいて、特に高山氏はこの満寿屋のそばを流れていた千代崎川に思い入れが深いことを著書「はじめての暗渠散歩」(ちくま文庫)で述べています。私もにわかに暗渠に興味を持ち始めているのですが、街を歩いて暗渠を探す際に特定の「しるし」、すなわち「暗渠サイン」というものがあるのです。
「暗渠サイン」にはいろいろな要素があるのですが、その中でも私が興味を持ったのが水利関連の施設が存在する場所の近くに暗渠が存在するというもの。その中のひとつである排水の利。多くの排水が必要となる施設は用水路のそばにある可能性が極めて高いと。
その裏付けとして品川用水には用水路をなぞるように銭湯が多く存在しているというデータも記載されています。その他には金魚屋、豆腐屋なども多いということで、千代崎川のそばに近い満寿屋、すなわち製麺業と暗渠の関係について増男氏に訊ねました。

「面白い視点ですね。確かに製麺業は麺を打つ時も茹でる時も多くの水を使いますし、排水も多いです。排水だけでなく製粉で水車を使うところもあるので組合の約60の製麺所でも川沿いにある傾向ですね。」

これからは製麺所のある場所に暗渠があるか、という楽しみが増えました。

金子増男氏と拙著。これからも応援しています。

近年は中食が増えた影響で外食向けの取引が激減して大変だと話します。
関内の「ねぎごぼうラーメン つちや」(拙著25ページに掲載)や、新山下の「げんきや」というラーメン店の麺を作っていましたが、どちらも現在は閉店しています。
しかしながら、お歳暮のシーズンはうどんがよく使われるとも話しています。
「うちのうどんなんか稲庭でもなんでもないんだけど、ありがたいですね。」
季節、その日の天候によって素人には感じ取れぬ粉の状態。微妙なバランス感覚を持って仕事に取り組む金子増男氏。外食・中食需要の変化についても、きっとこのバランス感覚でこれからも乗り切っていくことでしょう。

筆者紹介

 
本 名 田中 健介(たなか けんすけ)
略 歴 1976年9月生まれ。横浜市出身。横浜市在住。
武相高校、神奈川大学卒業。
自称エッセイスト、本業は福祉関係。
ベイスターズファン歴35年、CKBファン歴17年。
 
2009年9月、日本ナポリタン学会設立、会長となる。
http://naporitan.org
 
2010年3月、著書「麺食力-めんくいりょく-」(アップロード)刊行
https://amzn.to/2DGVqiU(Amazonへ短縮リンク)
 
2017年5月~ 連載「はま太郎」(星羊社)「田中健介のナポリタンボウ」
https://www.seiyosha.net/
 
連絡先:hamanomenkui@gmail.com

 

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