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しあわせの「コツ」(第28回) これも日本発? 現代文化に通底する「ある美意識」の淵源

by staff on 2019/4/10, 水曜日

第28回 これも日本発? 現代文化に通底する「ある美意識」の淵源

ご存知「遠山の金さん」

テレビの人気長寿番組と言われて思いつくのは「水戸黄門」「暴れん坊将軍」「遠山の金さん」くらい。これらの番組はなぜ人気があるのでしょう? よく「勧善懲悪」のワンパターンが安心して観ていられるからだと言われますが、それだけではないような気がします。実は、これらの番組にはある共通のテーマがありますが、お気づきでしょうか?

それは、「ある目的のために身分の高い人が卑しい姿に身をやつす」というテーマです。

「やつし」― 歌舞伎でもよく見られる手法で、すし屋の使用人弥助が実は平維盛(「義経千本桜」)というように、高貴な人が身分の低い人物に身を「やつし」て、本懐を遂げるパターンです。有名な「助六由縁江戸桜」も、吉原に出入りする侠客花川戸助六が実は曽我五郎と言う設定になっています。歌舞伎はこのモチーフが好きと見えて、至る所に「○〇実は△△」という役があり、「実は」と本来の姿を現すところが見せ場となっています。

市川海老蔵扮する助六実は曽我五郎

なぜ「やつし」というスタイルが出来たのかという点については、江戸時代の贅沢禁止令に対する民衆の反骨精神の表れという説があります。絹を禁じられた町人が、着物の表地は質素な木綿でも、裏地に鮮やかに染め上げた絹を使ったり、金ではなく「いぶし銀」を印籠や根付に使ったりした事実がそれを物語っている、というのです。

けれども、「源氏物語」を挙げるまでもなく、「貴人の落魄」というテーマは昔から日本人に好まれていました。それに江戸時代の「お上への反骨」が加わったのかもしれません。それも、単なる反抗ではなく、表面上は規制を受け入れつつもそれを逆手に取って新たな美意識を創り出したというわけです。

例えば、遠目からは無地に見えるのに、近くで見ると精緻な柄が見える小紋などは、表面の華美を「やつし」て、地味に見せています。今の私たちはそれを「粋」とひとくくりにしがちですが、「粋」の奥には「やつし」があるように思います。

江戸小紋 遠くから見ると無地にしか見えない

ちょっと見ると素っ気ないのに、よく見ると上質の素材を使い、丁寧な仕上がりが渋いテイストを感じさせる小物。シンプルでも細部まで丁寧に作り込まれ、一度着たら手放せなくなる最高の着心地を味あわせてくれる服。現代のファッションにも通じるこうした趣向が、上からの規制に対する民衆の知恵ある反発から生まれたというのは、大変興味深いことです。

歴史を繙くまでもなく、どこの国でも為政者による文化弾圧や規制はあります。当然それに対する一般大衆の反発や抗議もあります。それが失敗に終わって滅亡した文化もあれば、そこから新たな文化が生まれた例もあります。

16世紀にイングランドに征服されたアイルランドでは、ゲール語を禁止されたばかりか、踊ることまで禁止されました。そこで当時のアイルランド人は、窓から見られた時に踊っていることが分からないように、足を踏み鳴らすステップだけのダンスを考えました。それが今日まで伝えられている有名な「アイリッシュダンス」です。「アイリッシュダンス」は、アイルランド移民によりアメリカに伝わり、「タップダンス」という新しいダンスを生み出し、今や世界中に広がっています。

アイリッシュダンス

日本の場合、華美の規制から逆に「やつし」という美意識を発達させました。それは、反骨精神の発露を通り越して生活文化のすみずみにまで浸透し、いつの間にか通奏低音のように日本人の心の奥底に響き渡るようになっています。

ある人が「うちの愚妻が」と話し始めたとします。「おお、君の奥さん、バカなのか。そりゃ気の毒だね」と答える日本人は恐らくいないでしょう。どれほど才色兼備で自慢の奥さんであっても、夫は妻の素晴らしい資質を「やつし」て話すのです。聞く方もそれを承知の上で受け答えをします。「愚妻」「豚児」「つまらないものですが」「粗餐」など、一般に「謙遜」と言われる表現は、それが本当は価値がある、素晴らしい物であることが認識上共有されていることが前提です。その共通認識があるからこそ、「謙遜」は奥ゆかしく、「卑下」とは全く異なるのです。

最近は「愚妻」や「豚児」と言う表現に目くじらを立てる人もいるようですが(笑)、かつては当然のように共有されていた「やつし」と言う感性が、日本人の間でも共有されなくなってきたのかもしれませんね。

「やつし」は、かなりコアな日本的美意識であり、西洋的な美の基準では理解も評価もされにくいものです。ところが、ファッションの世界ではこの日本発の美意識「やつし」が、今や立派に市民権を有しているのです。

1982年、西洋のファッションの牙城パリ・コレクションで、ほとんど「事件」ともいえるファッションが登場しました。

虫食いのような穴だらけのニット。しかも色は黒。カラフルな布で女性の身体の美しさをさらに魅力的に見せる西洋のファッションを頭から否定するこの「ぼろルック」は、当時のファッション界に大きな衝撃を与えました。

仕掛け人はご存じ川久保玲。彼女の後にはヨージ・ヤマモトなど、いわゆる日本人による「黒の衝撃」がパリのファッション界を席巻しました。

コム・デ・ギャルソン 80年代初期のセーター

「西洋の服への冒涜だ!」
「西洋的エレガンスは死んだ!」
「いや、新しい美の提案だ!」
「もはやファッションではない、これは芸術だ!」
「こびない女性へのオマージュだ!」

世界中のファッションジャーナリストが賛否両論を書き立て、国際世論は真っ二つに割れました。

川久保玲

「ゴージャス」とは対極のこのデザインを「モード」としてパリで発表した川久保玲は、しかし、西洋のファッションに反旗を翻したわけではありません。むしろ、日本人には自然であった「やつし」と言うコンセプトに基づいたデザインを投入することで西洋のファッションの枠を広げたのでした。その証拠に、やがて彼女の斬新なデザインは他の外国人デザイナーにも影響を与えていったのです。

川久保玲のコレクションより。
穴あき、切りっぱなし、異様な形と素材-「服とは何か?」
を問いかけてくるようなデザイン

例えば次のファッションをご覧ください。有名なヒップホップミュージシャン、カニエ・ウエストも愛用するクリスチャン・ディオールのデザイナー、ジョン・ガリア―ノの作品です。これなどは、川久保玲がいなかったら、決して現れることが無かったことでしょう。

ジョン・ガリアーノデザインの服

彼女は「やつし」と言う、西洋人が理解しがたい美意識を、西洋のファッションの文脈に根付かせようとしたのだと思います。「やつし」という美意識から生まれたファッションは、表面に現れない「本質」を見抜く審美眼がなければ存在しません。良質なものをあえてみすぼらしいまでに質素に「やつした」ものに出会った時、人は「やつし」の奥を見る目を試されます。まるで知的ゲームのように。

川久保玲の「穴あきファッション」の衝撃は、見た目だけではありません。人々に「衣装とは何か?」「纏うとは何か?」という根源的な問いを突き付け、ファッションに哲学を持ち込んだことにあります。

誰が見ても美しいドレスやスーツは世に溢れています。人々はその素材やデザイン、あるいは着こなしを話題にすることはあっても、「服とは、着るとは、どういうことか?」を考えることはなかったでしょう。けれども「やつし」の美意識でデザインされた衣装は違います。いやでも表面のスタイルの背後を感じ取る知性を必要とするのです。

「デザイナーはなぜ、ここに穴をあけたのだろう?」
「こんなボロ布を服と呼べるのだろうか?」
「では、一体『服』とは何なのだろう?」

ファッションのメッカ、パリで西洋的ファッションの文脈にこれまでとは真逆のコンセプトを投げ入れ、定着させた川久保玲は、まさにファッション界の革命児と呼ぶにふさわしいデザイナーでしょう。

現在、穴あきファッションは珍しくもなんともありません。川久保玲以降、世界中のセレブ達が先端のファッションとして穴のあいたジーンズを穿き、よれよれで切りっぱなしのシャツを着ています。セレブばかりか一般人も、それが「やつし」から生まれたファッションだ、などと意識もせずに、当たり前のように身に着けています。それだけ「やつしファッション」が世界中に受け入れられているのです。

舞台衣装として穴あきジーンズを穿くジャスティン・ビーバー

禅に造詣の深かったスティーブ・ジョブスがいつも黒のTシャツを愛用していたのは有名な話ですが、私は彼が「やつし」の美意識を理解していたのではないかと思っています。プライベートジェット機を所有するほどの富豪が、アルマーニでもポールスチュアートでもなく、シンプルな黒いシャツを纏うとき、人は「きっとジョブスなりのポリシーがあって着ているのだろう」と考えます。そして黒いシャツの背後に彼の衣装哲学やライフスタイルを感じ取ろうとするのです。纏う人と見る人のこの関係、これこそまさに「やつし」と言う美意識が共有された証しではないでしょうか!

いつも黒のシャツを着ているスティーブ・ジョブス

日本の伝統的な美意識「やつし」は、今や誰もそれが「やつし」だと気付かないまま一般的で汎用性のある概念として、世界中に浸透しています。私は、かつて九鬼周造が「いきの構造」で、日本的な美意識である「いき」について哲学的考察をしたように、「やつし」についても深い論考がなされればいいのに、と思っています。そうすれば、「やつし」が日本という国のローカルな美意識ではなく、日本発の普遍的な「美学」として、改めて世界で認知されていくことでしょう。

鉄瓶、弁当箱、盆栽、あるいは電子機器など、最近でも日本製品は海外で人気のようです。でも、もはや「もの」で日本をアピールする時代ではなく、それらの背後にある「考え方」や「感性」「美意識」を発信することで日本の存在感を示す時代が来たのではないでしょうか。

筆者紹介

 
本 名 田尻 成美 (たじり しげみ)
略 歴 著述家・株式会社エランビタール代表取締役
著書 「しあわせのコツ」(幻冬舎)
主な訳書「都市革命」(H・ルフェーブル著 晶文社)、
「空間と政治」(H・ルフェーブル著 晶文社)、
「文体論序説」(M・リファテール著 朝日出版社)
比較文化的視点から、日常の出来事をユーモアを交えて考察していきます。
著 書 「しあわせのコツ」(幻冬舎)



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