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田中健介の麺食力-それから- 第8回 「4つ目の元号をまたいで」

by staff on 2019/5/10, 金曜日

第8回 4つ目の元号をまたいで

2010年に出版した自著「麺食力-めんくいりょく-」。横浜の麺料理とその周辺の情景を描きながらほとんど売れなかった可哀想な本。著者自身も出来上がった本に向き合うことなく、ついに来年に出版10周年となるのを機に、改めて当時の内容を振り返り、現在の移り変わりを綴っていく、ついでに啜っていく企画の今回が第八回目でございます。

元号が令和となりました。令和元年。
だいたい普段と変わらないと思いつつ、やはり色々な意味で新たな気持ちにさせられるものです。
また元号が変わったことで、激動の昭和の時代が2元号前のものとなってくると、まさに「昭和は遠くなりにけり」という言葉がしっくり来るようになってまいります。
しかしながら、64年も続いた昭和という時代はやはり偉大で、平成において数々の技術進歩を遂げ、大変便利な時代になったにも関わらず、昭和の名残を残すものは今だ街中にあふれています。
今回は横浜の下町の一つ、南区は八幡町へやってまいりました。

南区八幡町の通り。
かつては中村川の向こうにある横浜橋商店街同様に賑わいを呈していたという。

やってまいりました、と言っても、私にとっては近所で、私の実家も家内の実家も徒歩圏内、初詣も娘の七五三もこの町名の由来である「中村八幡宮」で済ませているし、毎日見ている風景です。
ピンポイントで新築の住宅が建ったり、コインパーキングになったりと時の移り変わりを見せてはいますが、昔ながらの銭湯や豆腐屋や総菜屋、米屋、甘味処、金物屋など、長年頑張り続けているお店も多い界隈。
そして今やハマっ子なら知っている人も多い焼きそば屋「磯村屋」もこの界隈に位置しております。
今回は「磯村屋」の今をレポート。
拙著をお持ちの数少ないファンの皆様はXXページを開いてこちらと合わせてお読みくださいませ。ない人は、ないなりに楽しめるよう書いていきますのでご安心ください。

下町風情溢れる通りに、磯村屋はある。
コカ・コーラは垢抜けているものだが、
手書きの屋号と組み合わせると一気に昭和感が出るのが不思議だ。

昭和28年創業。昨年65周年という、もうそれだけでも凄いですね。
半世紀以上、この下町界隈を……、月並みなセリフしか出てきません。
店主の磯村愛子さんにお話を伺いました。
愛子さんの旦那様は昭和20年代、昔で言う「担ぎ屋」の仕事をしていました。甘納豆などを小売店へ卸すようなことをしていましたが、なかなか不安定な部分もあり、「大変な時代だった」とか。
昭和20年代後半まで、今のローソン横浜八幡町店があるあたりにちょっとした商店の集合体があったそうで、10店舗あった店が火事になり焼失してしまい、立ち退きを強いられ、その10店舗の中の一つが焼きそば屋だったそうです。その店主が立ち退くから焼きそば屋やるならひと通り教えてあげるよ、と愛子さんに打診したのが磯村屋創業のきっかけ。

最近新調したという暖簾は6代目とのこと。
「子供がいじったりして破けるんだけど、
その度に常連さんが作ってくれるの。ありがたいよ。」
と笑う店主・磯村愛子さん。

「昔はこの辺りも横浜橋に負けないくらい賑わった商店街だったんだけどね。焼きそば屋とかおでん屋はウチ以外にもいくつもあってね。学校帰りの子供たちがおやつ使いでたくさん来たのよ。」
最近はこの辺りも子供の数は減り、高齢化が進み、愛子さんも例に漏れず高齢となっていますが、暖簾が出ていることを確認する近隣の高齢者も多く、通りかかる度に愛子さんに声をかけていきます。街の人気者です。

店内。時が止まっているのではないかと錯覚するが、時代は令和。
21世紀も5分の1。ついついゆっくりしてしまうが、時は容赦なく過ぎて行く……

テレビもなくBGMもない店内。平日の午後に来ると本当に静かです。ただただ、愛子さんの焼きそばの炒め音が聞こえてくる。そんな昼下がりがとても心地良かったりします。

店内メニュー。手書きはどこかホッとする。
何度も来ているのにカレー味は食べたことがない私。

9年前の拙著ではポテト入りの大盛り(300円)を食べていたが、
最近は三色(卵・肉・ポテト)の大盛り(400円)を食べることが多い。出世したな俺も!

拙著はポテト入りの大盛りを食べていましたが、今回は卵・肉・ポテトの「三色盛り」をいただきました。昔ながらの茶色い深蒸しの麺とともにウスタータイプのソースでまとめています。真似が出来そうで、出来なさそうな、良い意味で複雑な味わいとなっているのが、磯村屋の焼きそばの特徴かと思います。

磯村屋の名物は焼きそばだけではない。
大手コンビニに挟まれる立地で1個85円で頑張り続けているおでんは地元ならではの種を楽しめる。スジ、ちくわぶ、そして横浜ローカルの花こんにゃくの「関東3種」で。

おでんは冬季から春先限定なので、これからの季節はしばしなくなるかと思いますが、磯村屋のおでんというのも欠かせません。全国トップクラスの店舗数を持つ2社のコンビニに挟まれながら、1個85円という手頃なおでんは常時10種類以上の種を用意しています。
特に横浜ローカルと言われる「花こんにゃく」は、貴重なおでん種です。

夏の暑い日も、冬の寒い日も、65年以上、この鉄板で焼きそばを作り続けている
店主・磯村愛子さん。

大正14年生まれの磯村愛子さん。激動の昭和で35年間、平成の31年間を経て、新元号・令和元年。人生で4つ目となる元号となってもなお現役で焼きそばを作り続けています。
のんびりした春の日も、夏の暑い日も、秋の小春日和も、冬の寒い日も、この小さな鉄板から生み出された数多くの焼きそばは地元の名物だけであるだけでなく、遠方から車で駆けつけて求める人もいたり、休日になれば行列を作ることもあったりと、いつの間にか多くの人々に愛され続けています。
近年は2、3カ月休業したのが2度ほどあり、高齢だから無理をしていないのかなと思っていたのですが、
「交通事故で足を怪我したのと、白内障の手術。それだけ。後はほとんど頑張っている。」
とのこと。
「引き継ぐ者もいないから、私の代で終わり。あと一、二年頑張れたら良いかと思ってる。」
寂しさよりは、ここまで頑張って来た万感の思いが伝わって来ました。
私にとっては通勤時など毎日なんとなく見ている風景。いつまでもあるものではないと思いつつ、今日も暖簾が出ている、そのありがたみはこれからさらに大切にかみ締めていきたいと思います。

磯村愛子氏と拙著。
席に座って休憩しながらお話を伺っていたのでそのままで撮影。
こちら都合で無理はさせられない

「女優の片桐はいりさんも良く来てくれていて。そうそう、この前なんか、浅野忠信さんが赤いオートバイにサングラスで来たのよ。カッコ良かったわぁ。」
そう笑って話す愛子さんの瞳は、94歳とは思えぬ女子の眼になっていたのでした。

筆者紹介

 
本 名 田中 健介(たなか けんすけ)
略 歴 1976年9月生まれ。横浜市出身。横浜市在住。
武相高校、神奈川大学卒業。
自称エッセイスト、本業は福祉関係。
ベイスターズファン歴35年、CKBファン歴17年。
 
2009年9月、日本ナポリタン学会設立、会長となる。
http://naporitan.org
 
2010年3月、著書「麺食力-めんくいりょく-」(アップロード)刊行
https://amzn.to/2DGVqiU(Amazonへ短縮リンク)
 
2017年5月~ 連載「はま太郎」(星羊社)「田中健介のナポリタンボウ」
https://www.seiyosha.net/
 
連絡先:hamanomenkui@gmail.com

 

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