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しあわせの「コツ」(第34回) 「オリジナリティ」という幻想

by staff on 2019/10/10, 木曜日

第34回 「オリジナリティ」という幻想

人間国宝 二代目中村吉右衛門

松岡正剛さんの『神仏たちの秘密-日本の面影の源流を解く-』に、次のようなエピソードが紹介されています。

以前、二代目中村吉右衛門がこういう事を言っていました。自分の芸がいいところまで来たな、と思うと、「吉右衛門さんも、やっとおじいさん(先代中村吉右衛門)にそっくりになってきましたね」と、言われるのだそうです。

同じ言葉を画家や音楽家などほかの芸術家が言われたらどう思うでしょうか。きっと「お前にはオリジナリティがない」とけなされた気分になるのではないでしょうか。けれども梨園では「先代を彷彿させる」というのは、最高の褒め言葉なのです。

何かの面影を彷彿させる「うつし」ということを、日本はとても重んじてきました。西洋的な「オリジナリティ」の追求ではなく、和歌の「本歌取り」や焼き物の「○○うつし」というように、先行するもののエッセンスを「まねる」ことでリスペクトを現したのです。たとえば、この「柿右衛門うつし」の皿を見てください。これは偽物ではなく、柿右衛門へのオマージュとして作られた立派な作品です。ですから裏には写した人の銘がきちんと入っています。

「柿右衛門うつし」の皿と裏の「銘」

そもそも「オリジナリティ」とは何なのでしょうか? オリジナルな新製品といっても必ず先行する製品があるはずですし、斬新なデザインといってもそれ以前のデザインと比べての話です。世の中に100%オリジナルな作品などは存在しないのです。

フランスの芸術家ジャン・コクトーは「私が一番嫌いなのはオリジナリティだ」と言っています。コクトーは「オリジナリティ」が競争と差別の上に成り立ち、自分を誇示するエゴイスティックな表現であることを見抜いていたのでしょう。競争、差別、エゴイズム-それこそ芸術からもっとも遠く、芸術がもっとも忌み嫌うものだったはずです。

ジャン・コクトー

人は、今まで見たことも聞いたこともないものがポッと出てきてもそれが何だか分かりません。先行する何かがあるからこそ、それと比較してその類似の度合いが低い場合に「オリジナル」と言っているに過ぎません。「オリジナリティなんて私にはゼロだ。私の作品が面白いというなら、それは私が組み合わせているからだ」とコクトーは言います。「オリジナル」というのはつまり、「組み合わせの妙」のことなのでしょう。

現代では何事も「新しさ」や「オリジナリティ」が求められ、場合によっては完成度が低くても「オリジナルだから」という理由で通ってしまいます。けれども、かつての日本はオリジナルであるよりも、先行する「型」を徹底的に真似てそれになりきろうと努力を重ねてきました。その過程で、その人の身体の癖、心の在り方、境涯、見識といったものが注ぎ込まれ、先代の面影を彷彿とさせながらも、おのずと先代とは違う味を醸してしまうのです。徹底した「真似」から生まれるこの豊饒な差異を見て、人は「うまくなった」と褒めるのです。

ここで注意すべきは、「型」は決してスタテイックなものではなく、先代という「人」によって生きられた「動的構造」である、ということです。書かれたマニュアル通りでは「型」は身に付きません。所作を作る時の心、意識の在り方まで学んで初めて「型」が作れるのです。しかも、「守破離」という言葉があるように、「型」を守って「型」を身に着け、やがて「型」を破って「型」を離れ、離れた先で「新しい型」を生み出していく、という弛まぬ営みを己に課さなければなりません。そこには「オリジナリティ」という言葉が軽薄に聞こえるような厳しさがあります。

「型」の稽古にはじまり稽古を極める能楽

最初から「おれは先代とは違う」と、先代の面影と戦いながらそれを乗り越えようとして目指す「オリジナリティ」。「少しでも先代に近づこう」と先代の「型」を徹底的に稽古する「うつし」。優劣を論ずる必要はありませんが、「うつし」における先代の面影の再現が、いつの間にかその人ならではの「芸」を生み出し、同時に「型」の継承が生きた形で行われていることには、注目すべきではないでしょうか。

筆者紹介

 
本 名 田尻 成美 (たじり しげみ)
略 歴 著述家・株式会社エランビタール代表取締役
著書 「しあわせのコツ」(幻冬舎)
主な訳書「都市革命」(H・ルフェーブル著 晶文社)、
「空間と政治」(H・ルフェーブル著 晶文社)、
「文体論序説」(M・リファテール著 朝日出版社)
比較文化的視点から、日常の出来事をユーモアを交えて考察していきます。
著 書 「しあわせのコツ」(幻冬舎)



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