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田中健介の麺食力-それから- 第18回 「もう一つの横浜洋食」

by staff on 2020/3/10, 火曜日

第18回 もう一つの横浜洋食

2010年に出版した自著「麺食力-めんくいりょく-」。横浜の麺料理とその周辺の情景を描きながらほとんど売れなかった可哀想な本。著者自身も出来上がった本に向き合うことなく、二回目の東京オリンピックで沸くであろう2020年で出版丸10年となるのを機に、改めて当時の内容を振り返り、現在の移り変わりを綴っていく、ついでに啜っていく企画の今回が第十八回目でございます。

 

「麺食力」刊行10周年トークイベントの中止及び延期のお知らせ

前々号よりお知らせしてまいりました3月25日(水)に予定していた本イベントですが、新型コロナウイルスの影響による政府方針や諸般の事情も踏まえ、4月以降に延期させていただくことになりました。
ご予約いただきました方々につきましては、大変申し訳なく思っております。
代替日程につきましては、次号にて改めてお知らせ致します。

 

「麺食力」という本は、横浜のあらゆる麺文化を独断で訪ね歩いたものです。
世の中にはいろいろな食の専門家がおります。とんかつ、ハムカツ、ちくわぶ、町中華、定食。。。
私は何を専門としているのか?と考えると、「麺」ではさすがに広範囲過ぎてしまう。
日本ナポリタン学会を10年以上やっている者としては、やはりスパゲッティナポリタンは専門分野だと、ここ数年でようやく自負してもいいかな?と思うようになりました。

野毛エリアから宮川橋を渡った方面からの福富町のメインストリート。
昼間は静かな街

中区福富町。クレイジーケンバンドの楽曲でもたびたび登場するこの町は横浜屈指の歓楽街として知られております。バー、パブ、スナック、韓国料理店、特殊浴場、ラブホテルなど、男の夢が夜ひらくような店が連なります。

「イタリーノ」外観。タッチの「南風」を思わすレンガの外壁がそそる

福富町のメインストリートに存在する「イタリア料理イタリーノ」、またの名を「イタリアンレストランイタリーノ」(「麺食力」112ページに掲載)。
「ぶっこみジャパニーズ」ならぬ「ぶっこみイタリアン」などというテレビ番組があろうものならば、陽気なイタリアンのカリスマに正しいイタリア料理を押し付けられるでしょうが、それじゃあつまらない。なぜなら伝統ある日本式洋食店として親しまれているからです。

ニョッキやアクアパッツァ、リゾットがあるわけではない
「イタリア料理イタリーノ」。これでいいのだ

創業者の菊地尚志氏は山形県・寒河江市出身。17歳の時に来浜し、中区長者町にあった「イタリアンキッチン」で修行。その後東京で飲食店の仕事に就いていましたが、「イタリアンキッチン」の店主が亡くなったとの報を聞き、「イタリアンキッチン」のスピリッツを引き継ぐべく、1972年に「イタリーノ」として福富町に創業します。
横浜の洋食は中区山下町のホテルニューグランドが大きな影響をもたらしたと言えますが、中区相生町の「グリルエス」(「麺食力」125ページに掲載)や「レストランかをり」(現在は休業中)のように、日本郵船の客船系洋食の流れもあります。
そしてもう一つ、中区長者町に古くから存在した「イタリアンキッチン」の流れを汲んでいるもの、それがここ「イタリーノ」なのです。

筆者の愛読書の一つである「ブルーライトヨコハマ」
(3 amigos family studio・著、徳間文庫・刊、絶版)

筆者は2000年代初頭に「伝説的な横浜のガイドブックがある」と聞きつけ、あらゆる古本屋を巡り巡っても見つけることが出来ず、最終的にふと立ち寄ったブック○フの100円コーナーで見つけたというオチだったのですが、それが徳間文庫の「ブルーライトヨコハマ」。横浜の本当に中枢となるエリアのディープなスポットばかりが掲載されている素晴らしい一冊で、私の「麺食力」が養われたバイブルとなりました。

「ブルーライトヨコハマ」には1988年当時の「イタリーノ」が掲載。
ナポリタンは400円だった

この本には「イタリーノ」も掲載されていました。
カルロス・ポンセの二冠王で歓喜したあの1988年当時、ナポリタンは400円ですと!!今はランチで800円だから、倍の値段となっています。

菊地尚志氏いわく、
「1972年の創業当時、ナポリタンは250円で出してました。ちなみにタクシー初乗りは220円でした。」

1988年の一世帯当たり平均所得が545.3万円、2015年は545.8万円。所得がほぼ横ばいで、イタリーノのナポリタン目線で見ると、物価は倍になっているのです。どうりで日々が楽じゃないわけだ(「グラフでみる 世帯の状況 – 厚生労働省」より)。

「イタリアンキッチン」からの流れを受け継ぐ「イタリーノ」の
赤チェック柄のテーブルクロスにナポリタン。

そんなこんなでぼやいていてもつまらないから、ナポリタンを食いますよ。
「イタリアンキッチン」の流れを汲むイタリーノのナポリタンは、エビとアサリが入っているのが特徴。「横浜のナポリタンはエビ入り」と言われるほど有名です。

「『イタリアンキッチン』のナポリタンは、エビ・ハマグリ・カキが入っていたのです。今では高級になってしまいましたが、昔はどれも安い食材でしたからね。」(菊地尚志氏)

アサリではなくハマグリだったことだけでも驚きですが、カキまで入っていたとは。。。僕らが生まれてくるずっとずっと前からもう「イタリアンキッチン」は存在していなかったわけで、ティラノザウルスお散歩アハハンまで遠い昔に行かなくていいから、タイムマシンにお願いしたいですよ。すごく食べてみたいですよ。

ナポリタンズーム。エビとアサリ、そして独特の色彩、照り。
たまらない

そしてこのナポリタンのソースにはひと手間もふた手間もかけられているのです。

「まずミートソース。これも『イタリアンキッチン』から受け継いだもの。トマトケチャップはデルモンテ。トマトペーストがカゴメ。それと牛すじなどを煮込んだソース、うちでは『ボロニアソース』って呼んでいるんだけど、このミートソースとボロニアソースをブレンドしたものがナポリタンのソースになっています。」(菊地尚志氏)

拙著でもイタリーノのナポリタン評は、ケチャップだけではない、ミートソースベースだろう、などと曖昧な感じで締めくくっています。まあブログからの書籍化なので、筆者の憶測や思い込みの記述も多く、情報が不十分なんです。だからこうして今更ながら実際に声を聞いて回って、改めて確かめることが私にとっても大切だし、この本の価値を高めていくことが出来るのではないかと思っています。

菊地尚志氏と拙著。
大病を患って以来、大概のことは息子・武志氏に任せているが、
ソース作りは継続している

創業者である菊地尚志氏は数年前に脳梗塞を患い、引退を決めました。

「幸い軽症だったんだけど、衰えが眼に来ましてね。今は息子にほとんど任せてはいるけれど、ボロニアソースは私がまだ担当しています。」

現在は二代目・菊地武志氏が厨房に立ちます。

「ソース作りとか洋食の仕込みは本当に大変。昔はそれでも今の3倍は売れていたから楽しくやれた。今のこの時代にこれだけの仕込みを継がせるというのは酷です。ただこのままだと町はチェーン店ばかりでどこへ行っても同じ味になってしまうから。」

どの洋食店へ行っても聞く仕込みの大変さ。これだけ世の中が便利になっているのだから、どこか一つでも簡素化すれば良いのかも知れません。でも誰からもそんな声が聞こえないのは、プロとして一からしっかりと修行をしてきた矜持があるからなのでしょう。それがあってこその個性なのかも知れません。

筆者紹介

 
本 名 田中 健介(たなか けんすけ)
略 歴 1976年9月生まれ。横浜市出身。横浜市在住。
武相高校、神奈川大学卒業。
自称エッセイスト、本業は福祉関係。
ベイスターズファン歴35年、CKBファン歴17年。
 
2009年9月、日本ナポリタン学会設立、会長となる。
http://naporitan.org
 
2010年3月、著書「麺食力-めんくいりょく-」(アップロード)刊行
https://amzn.to/2DGVqiU(Amazonへ短縮リンク)
 
2017年5月~ 連載「はま太郎」(星羊社)「田中健介のナポリタンボウ」
https://www.seiyosha.net/
 
連絡先:hamanomenkui@gmail.com

 

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