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しあわせの「コツ」(第46回) 「まれびと」の系譜 現代版

by staff on 2020/10/10, 土曜日

第46回 「まれびと」の系譜 現代版

石川直樹写真集 「まれびと」より

「まれびと」とは、「海の彼方からやってきて、村人の生活に幸福をもたらして還る神」という意味です。これは古来日本の神は「まれびと」であったとする民俗学者折口信夫の有名な概念です。これに対して、「いや、日本の信仰の元は祖霊信仰だ」と主張する柳田國男との有名な「まれびと論争」がありますが、今回はそれには触れません。

日本の民俗を眺めると、「なまはげ」をはじめとして、異界からやってきて、穢れを祓ったり、幸をもたらしてくれる神を村や家に迎える風習が各地にあり、枚挙にいとまがありません。論争はともかく、「まれびと」という考えと風習はあったと考えるのが自然だと思います。

面白いことに、大衆に広く受け入れられた物語には、「まれびと」を主人公にしたり、あるいは主人公を助ける役回りで「まれびと的存在」が登場したりしています。

代表的なのは「鞍馬天狗」でしょう。「鞍馬天狗」がどういう人か、どこに住んでいるのか、誰も知りません。でも、善人が悪者によって危険な目にあっているとき、忽然と現れて助けてくれます。そして、悪人の成敗が終わると何の見返りも要求せず、むしろ助けられた人からのお礼すら拒んで去っていくのです。

嵐寛寿朗扮する鞍馬天狗

「鞍馬天狗」と同工異曲で「白馬童子」というのもありました。「月光仮面」もこの流れにつながります。「ウルトラマン」シリーズもそうですね。遠い星から地球に降り立って悪い怪獣をやっつけるウルトラ一家の活躍は、まさに「まれびと」そのものです。このシリーズが長い間人気が衰えないのは、私たち日本人の意識の奥底に眠っている「まれびと」信仰を刺激するからではないでしょうか。

「まれびと」は、村などのリアルな共同体に属していません。異界や化外(けがい)の地から「まれに」来るのです。「天狗」も異界の存在ですし、「童子」は、封建時代の身分制度の枠外にある存在です。

「童子」については少し説明が必要ですね。
普通、子供が大きくなると「元服」をして、武士なら竹千代から家康へ、のように幼名から成人の名前に代わります。これで晴れて社会の正式な成員と認められるのです。ところが貴人の身の回りのお世話をする「八瀬童子(やせのどうじ)」など身分制度の埒外にある人々は、元服をせずに生涯「○○丸」のような幼名で通します(昭和天皇崩御の際、ご遺体を収めた輿を担いだ人々が「八瀬童子」です)。頭も月代を剃らず、束髪のままです。

ですから「白馬童子」という名前には、身分社会の外から来た人、という意味が最初から込められているのです。

山城新伍扮する白馬童子
「童子」という名前自体が、
身分社会の部外者という意味を持つ

「まれびと」は、日本だけの民俗信仰ではないようです。外国でも「スーパーマン」などのヒーロー達は、みな「まれびと」にほかなりません。「ムーミン」に出てくるスナフキンも、立派な「まれびと」です。「風に谷のナウシカ」に出てくるユパ様も、「まれびと」の系譜につながる存在です。

世界の「まれびと」達 スーパーマン、スナフキン、ユパ様

この「まれびと」というモチーフを生かして大成功した喜劇がありますが、何だか分かりますか?

ご存じ「男はつらいよ」です。

主人公の「フーテンの寅さん」は、住所不定のテキ屋稼業。これは「異界からくる謎の存在」という「まれびと」の条件を満たしています。普通「まれびと」は人々の難局に突然やってきてそれをあっという間に解決し、人々に安心と幸せをもたらすやいなや、疾風のように去っていきますが、「男はつらいよ」では、この部分がすべてひっくり返っているのです。

寅さんはおじさん夫婦や妹家族が平穏無事に暮らしているところに、突然ふらりと戻ってきます。そして善意からではありますが、見当違いなお節介をして周囲を巻き込む騒動を起こします。すったもんだの挙句、ようやく騒動が収まると、またふらりと旅へ出ていくのです。

どうです?
まさに寅さんは「まれびと」ではありませんか?「逆まれびと」といった方がいいかもしれません。普通の「まれびと」が幸をもたらすのに対し、寅さんは周囲に災いをもたらします。災いとまでいかなくても、平穏に暮らしている人々の間に、騒ぎをまき起こしていくのです。そして何とか災いや騒ぎが収まると、忽然と姿を消してどこかへ行ってしまう。この、ひっくり返った部分が喜劇性を担保しているのです。

「男はつらいよ」のシリーズが今だに根強い人気があるのは、私たちが「まれびと」というパターンを無意識に感じ取り、寅さんの存在に救いや癒しを感じているからではないでしょうか。

コロナ禍で、いわれなき不安が社会を覆っている今、どこからかふらりと現れて、私たちに安心をもたらしてくれる「まれびと」 ― もしかしたら、日本人は無意識のうちにその到来を信じているのかもしれませんね。

「男はつらいよ」より
渥美清扮する「フーテンの寅さん」

筆者紹介

 
本 名 田尻 成美 (たじり しげみ)
略 歴 著述家・都市拡業株式会社取締役
著書 「しあわせのコツ」(幻冬舎)
主な訳書「都市革命」(H・ルフェーブル著 晶文社)、
「空間と政治」(H・ルフェーブル著 晶文社)、
「文体論序説」(M・リファテール著 朝日出版社)
比較文化的視点から、日常の出来事をユーモアを交えて考察していきます。
著 書 「しあわせのコツ」(幻冬舎)



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