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早苗ネネ エッセイ ONENESS LOVE #02

by staff on 2020/11/10, 火曜日

ゴキブリとアセンション

ゴキブリ・・最近私のfacebookの友達に ゴキブリに関する記事を二つ載せました。
人類よりも古くから地球に住んでいた? と言う話も聞いたことがあるこの小さな黒い虫。
秋になったにもかかわらず、良い天気が続くとまだまだゴキブリは活発です。
ゴキブリは怖い、嫌い、で、人はゴキブリを見つけると反応的に削除したくなるらしい、、、、

私の場合、昔、ゴキブリが出た時に、噴霧器の薬品を吹きかけて、逃げるゴキブリを追いかけてず~っと吹きかけ続けてとうとう殺した記憶があります。あの時の鬼の様な自分の精神状態。絶対許さない! どこまでも追いかけて 殺してやる! という極限までの殺意。
その心境は、私のどこか、古い記憶の中にかすかに残っているビジョンを想起させます。
自分がゴキブリと同じような目にあって 誰かに追いかけられて絶体絶命で小さな穴の中に隠れて、それでも、見つけられて、 相手はニンマリしながら一突き! 槍の様な鋭いもので自分が突かれて殺されるビジョン。
その時に観念しながらも、私自身が相手に放った憎しみと、恨みの念! の激しさを思い出すのです。
私は小さな貝だったのか、魚だったのか、小動物だったかもしれません。そんな巨人の様な人間に食べ物として仕留められた記憶があるのでしょう。そこには相手側に仕留める事の躊躇も罪の意識も何もありません。あるのは やったぜ! と言う高揚感みたいな物だけだったと思います。

話しがそれました、またゴキブリに戻します。
私たちはゴキブリを殺すから怖いのか、怖いから殺すのか、これはきっと相互作用なのだと思います。ゴキブリを殺すとき、私達は潜在意識の深いところで 自分が殺される恐怖を感じていて、ゴキブリと私たちはつながっている、イノチというこの宇宙の本質では私もゴキブリも一つなのだ、、、、
其処に思いが至った時から、どうやってこの悍ましい生き物と共存してゆけば良いのか、が自分の毎年夏のテーマになっています。横浜のマンションに住んでいた時、ベランダからゴキブリは侵入してくるのです。鉢植えの下に住んでいるのか、隣のベランダからもやってくるのか、それとも、すでに私の部屋のどこかに巣を作って越冬して生きながらえているのか。
「ゴキブリ進入禁止」と赤マジックと黒でどぎつく書いた段ボールの張りぼて看板をベランダの窓下のレールに挟んで立てかけておいたのを覚えています。ある程度それは効果があったように思います。レモンが嫌いだと聞けばベランダの窓際に輪切りレモンを並べておいたこともありました。残念ながら仕事から帰ってきてベランダを開けたとたん そのレモンに数匹のゴキブリがたかっていたのを見てすごく落ち込んだのを今でも昨日のように覚えています。最後にはやはりゴキブリホイホイがソフトな削除方法だとあきらめて置いた年もありました。良し! 今年は許さない、とゴキブリ団子を自ら手作りしてキッチンの下や部屋中ベランダ中に置きまくった夏もありました。いつか自分がゴキブリを殺さずに、私の生活空間から出て行ってくれる日がくる。と、それが毎年の夏の自分への励ましでした。そしてゴキブリの集合意識に問いかけて。どうすればいいのか、と問うのです。まあ、ほとんどのお祈りはもっと切実に「お願いだから出て行って下さい!」という懇願だったような気がします。

月日が流れて、私は岡山に住み始めました。この家は私が住む前から住んでいた生き物がいます。ヤモリと 大きな足の長い蜘蛛と、そしてゴキブリ。
土のある田舎に住むとは他生物との共存を余儀なくされる。写真等で見ると緑の多いカントリーライフは素敵な生活のように思えるけど、田舎には田舎の生物形態があるのです。
私としては、自身の生活空間を脅かさないでいてくれること、が守られていれば、先住の生き物を絶滅させたり、蹴散らすのは大人げない気がして、なるべく気に留めないでいたいのですが、2年目にゴキブリが一挙に増えた時にはやはり、お団子を作り それからは何とかペパーミントやハーブを使ってしのいで今年までやってきました。そう今年までは….です。

今年の夏 ライオンズゲートが開くと言われていた8月8日、殺人的な猛暑の中で、朝早くキッチンの椅子に腰かけてお茶を飲みながらノートに日記を綴っていた私の目が、片隅に何か動くものを捉えて 流しの隣の電気釜を置く便利テーブルの下に見つけた物。
それは小さなネズミ! まさか嘘でしょう?
ゴキブリまでは許せるけどネズミはダメ!
パニックになってしまった私は叫び声と共に気絶寸前。
どうにかこうにか気を取り直して二階へ駆けあがり、パソコンを開けて、、、、
もう、気が動転しているのでなかなか、キーが打てないながらも 「ネズミ駆除」と検索。
私のライオンズゲートは宇宙に繋がるゲートだけではなくて 地下のゲートまでもが開いてしまったようです。
この続きは次号で・・・・

(早苗ネネ♪)

 

迎春

 

ネネグースプロジェクト(Nene Goose Project)を立ち上げました

日本古来の大和ことばで綴られた和歌を現代の調べにのせて歌う「和歌うた」。私 早苗ネネはもう20年近くこの「和歌うた」を歌い続けています。お蔭様で、じゅん&ネネと共に「和歌うた」は私のアーティスト活動の中心軸となり、多くの方々からご支援を賜り各地で和歌うたライブを開かせて頂いております。

この度立ち上げたネネグースプロジェクト(Nene Goose Project)は、「和歌うた」とHULAや太極拳などの異文化や全国に受け継がれている伝統文化とのコラボレーションをはかります。世界の民族が持つ固有の文化とその文化の根底にある言霊が「和歌うた」と融合することで生まれる新しい表現をみんなで共有する取り組みです。

「和歌うた」のライブは歌い手と聴き手という構図です。ライブ会場はみんなで一体になって盛り上がりますが、歌い手と聴き手という構図は否めないものがありました。ネネグースプロジェクト(Nene Goose Project)ではワークショップ形式で参加して下さったみなさんと一緒に作品を作り上げていきたいと考えております。みんなで作った作品にはみんなの愛情が込められています。出来上がった作品はみなさんの元気の源の一助になることでしょう。

ネネグースプロジェクト(Nene Goose Project)Official Website:
nenegoose.love

 

三十六歌仙CDアルバムによせて

 

10代の頃、じゅん&ネネのネネとして歌っていた時、多くの方から「北の政所のねね様と同じ名前ですね」と言われ、歴史上に残る方と同じ名前を頂いた事で直ぐに覚えて頂き、良い事が沢山ありました。時が経ち、50歳を過ぎた頃にやっと自分のライフワークを見つけ、「和歌うた」を歌い続けて13年程に成りますが2014年の京都高台寺音楽祭に出演させて頂いた折に、三十六歌仙が高台寺様に遺されているのを知りました。その時にぜひ三十六歌仙にメロディーを付けて同じ名前のねね様に奉納したいとの思いを抱き、2015年9月6日、ねね様のご命日に発表させて頂く事に成りました。

和歌のアルバムとしては10年ぶりでやっと二枚目アルバムです。一枚目のアルバム「花のいろは」は蟠龍寺スタジオの仲間に助けられて生まれました。そして今回のアルバムも製作費は今まで私の和歌うたを聞いて応援して下さった方々のご支援で賄われています。暗中模索と無我夢中で今までよろよろと歩いてきましたが、そんな私を支えてくれる大きな愛情に気が付いて、なんて幸せ者なのかしらと思います。有難うございます。これからも自分の道を信じて歩いてゆきます。

早苗ネネ/京都・高台寺 北の政所・ねねさまに捧げる三十六歌仙 『和歌うた』CDアルバムは、 Amazon で販売しております。

 

早苗ネネさん 和歌うたLIVE

 

早苗ネネさん プロフィール

木々や鳥や魚や精霊…人間以外の存在達との交流が当り前に語れるくらい、いのちのひろがりに気づくと、共に生きている喜びや、苦しみや悲しみにもナイーブになる。

心と野生がひとつながりになると……こんな風に人は年を重ねられる。ひとりひとり、ユニークにもっと自分になれる。

早苗 Nene さんは、そういう人生の先駆者です。 感性を解放しながら、40代で高校生に仲間入り卒業後、マウイのカレッジに留学中、突然半生記が受賞しました。

そんな新たなシーズンを迎えて、今エッセンスを分かち合いたい。

<天性の歌い手>というだけでなく、その存在感、溢れる活性のバイブレーションは、光のシャワーのよう。彼女と語り歌い、魂の成長を旅している現在の、自分の位置を確かめてみませんか?

早苗ネネさんHP

 

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ヨコハマNOW 動画

新横浜公園ランニングパークの紹介動画

 

ランニングが大好きで、月に150kmほど走っているというヨコハマNOW編集長の辰巳隆昭が、お気に入りの新横浜公園のランニングコースを紹介します。
(動画をみる)

横浜中華街 市場通りの夕景

 

横浜中華街は碁盤の目のように大小の路地がある。その中でも代表的な市場通りをビデオスナップ。中華街の雰囲気を味わって下さい。
(動画をみる)

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