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しあわせの「コツ」(第47回) 「器」ものがたり

by staff on 2020/11/10, 火曜日

第47回 「器」ものがたり

学生時代の話ですから、まだ19歳かそこらの時のことです。銀座で小皿5枚セットを買いました。萌黄色の地に、鉄釉で花模様が描かれて、私としては「かわいい」と思った食器でした。ところが、母はその皿をほとんど使ってくれなかったのです。

「ねえ、私が買ったお皿、何で使ってくれないの?」

「あのお皿に盛ると、料理がおいしく見えないのよ。模様が強すぎて、食材がくすんで見えるの。」

母の言葉に、私はショックを受けました。

「装飾品」として飾るならいざ知らず、日常に使う食器は料理を引き立て、料理がおいしく見えないと価値がない、と母は言うのです。「なるほど、料理を引き立ててこそ、良い器なのだ」と納得しました。それからというもの、私は「この器にはどんな料理が合うか」「料理を盛りつけたらどんな感じになるか」ということを考えながら器を選ぶようになりました。

のちに魯山人の「食器は料理の着物である」という名言を知り、なるほどと思った次第です。そして、母の一言から、私は何につけても「器」という存在に関心を持つようになりました。

北小路魯山人と彼が制作した器

人間も、人格や徳、あるいは才能を「器量」という言い方で表します。「器に徹する」という言い方もあり、料理に対する食器のように、主役を引き立てる役回りをそう表現することもあります。

最近、「器」に関連して大変感動した人物がいます。自ら「器に徹する」覚悟で、ある業界に飛び込んだ人です。ぜひご紹介したいと思います。

まつ乃家 栄太朗

三つ指をついて挨拶をするあでやかな芸者。
実はこの人は日本でただ一人の男芸者、品川区大森海岸の芸者置屋まつ乃家の女将、栄太朗さんです。でも、これだけなら「変わった芸者がいる」という話題性で終わってしまうでしょう。

栄太朗さんの芸者姿と一般男性の女装との根本的な違い、それは一体何でしょうか? 一言でいえば「覚悟」があるかないか、だといえます。文化を背負い、伝えていく覚悟があるかどうか、の一点です。

栄太朗さんは、母親である先代の女将が亡くなった後、まつ乃屋を継ぎますが、後継者となったことである決心をしました。ただ家業を継ぐだけなく、かつて料亭・待合茶屋・芸者置屋の「三業」がそろった花街であったこの地域を、再活性化しようと決めたのです。そのためには、「お座敷芸」という芸者文化を多くの人に正しく知ってもらいたいと思い、自ら「男芸者」となったのです。

しかし、栄太朗さんの凄さはそこではありません。

「自分はただの器に過ぎない。その器に芸者の文化が入るだけ」と言い切る覚悟が凄いのです。

「お座敷」は江戸時代の街場の社交場で、会議をしたり、宴会をしたり、今でいうカフェレストラン的な存在です。芸者は、そういう席で多様な芸を披露し、座を取り持つ仕事で、洗練された高度な芸でなければ目の肥えた客に喜んでもらえませんでした。深川の芸者などは、江戸の辰巳(=東南)の方角にあったので辰巳芸者と呼ばれ、まさに「芸者」(=芸をする者)の名に恥じない高レベルの芸で、世間から一目置かれる存在だったそうです。

栄太朗さんは、江戸以来の「お座敷芸の文化」を生きたままの姿で後世に伝えたいと思い、自ら「器」に徹しようというのです。

「生きたままのお座敷芸」- それは、観光客相手の「見世物」ではなく、実際にお金を払ってその芸を楽しもうという客を呼べる芸でないといけません。

三味線の稽古をする素顔の栄太朗さん

「お座敷芸の文化」を後世に伝えるために「器に徹する」という栄太朗さんは、ですから、単に「器」であるだけでなく、「本物のお座敷芸」をお客さんに楽しんでもらいたいと、思ったのです。

それは並大抵のことではありません。一流の板前さんの料理には、それを盛り付けるにふさわしい食器があるように、伝統ある文化を受け継いで後世に伝えるためには、その文化にふさわしい芸の力がなければなりません。日本舞踊や三味線、茶道など、芸者に必要な芸事をすべて身につけないといけないのです。志だけでできるものではありません。

良い器は料理と一体となってハーモニーを醸し出し、客の五感を楽しませてくれます。栄太朗さんが研鑽を重ねてゆけば、もはやお座敷芸の「器」というあり方を超えて、栄太朗さん自身が本物のお座敷芸を披露する一流の芸者となることでしょう。

栄太朗さんを取り上げた新聞記事

母との器談義から、人間の器にまで関心が広がりましたが、何であれ、自分を磨き、高めないと「器」にすらなれないのだ、と栄太朗さんの生き方から学ばされた私でした。

たじりしげみのトークショー「しあわせのかくし味」のお知らせ

このたび、ネット空間から街へ繰り出し、「トークショー」を行うことにいたしました。題して「しあわせのかくし味」。

ひとつまみの塩が料理を一変させるように、日々の何気ない出来事を支えている「日本」という絶品スパイス。そのささやかな気づきが、どれほどあなたの心を豊かにすることでしょうか。

日曜日の昼下がり、アットホームな雰囲気の中で、ちょっと知的で、ちょっとトリビアな知識をちりばめた軽妙なトークと音楽をお楽しみください。

開催概要

テーマ キーワードは「日本」
日 時 2020年12月13日(日) 14時~16時
場 所 シャンソニエ「デュモン」 045-641-2968
(横浜市中区山下町100-3 リレント山下町1階
みなとみらい線元町・中華街駅3番出口より3分。
エクセレントコースト隣)
 
アクセスはこちらをご覧ください。
https://dumont.co.jp/
会 費 5,000円(ワンドリンク付き)
お申込み
お問い合わせ
お申し込みとお問い合わせはメールまたは電話でお願い致します。
 
メール:info@elavita.jp
 
TEL: 045−231−5774
(土日休み 平日9:00~18:00)

筆者紹介

 
本 名 田尻 成美 (たじり しげみ)
略 歴 著述家・都市拡業株式会社取締役
著書 「しあわせのコツ」(幻冬舎)
主な訳書「都市革命」(H・ルフェーブル著 晶文社)、
「空間と政治」(H・ルフェーブル著 晶文社)、
「文体論序説」(M・リファテール著 朝日出版社)
比較文化的視点から、日常の出来事をユーモアを交えて考察していきます。
著 書 「しあわせのコツ」(幻冬舎)



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「おかあさんの灯り」(幻冬舎)



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