Skip to content

「大震災 欲と仁義」 荻野アンナ ゲリラ隊著 共同通信社

by staff on 2011/9/10, 土曜日

 

「大震災 欲と仁義」 荻野アンナ ゲリラ隊著 共同通信社  

 著者は、今から約20年前に、三十代の半ばで芥川賞を受賞し、その後、父母の病気の介護から生じたうつを克服したが、母に結婚を反対された最愛の彼をがんで亡くし、その様子を自伝的小説とし、今も親の介護を行っている。そのような経験も、もち前のフランス文化とのハイブリッドパワー全開のジョークとエスピリで前向きに乗り切ってきた50代半ばの魅力あふれるハマっ子の女性である。こんな著者が今回の惨事を目にして突撃ルポルタージュを敢行した。こんなことあんなことまで書いて大丈夫かなと思うほど遠慮なく筆を走らせ、一気によめるエッセイである。彼女を含む女三人組みによるゲリラ隊が、明るくひょうきんで素直な目を曇らせることなく、自然の破壊力の実際を感じながら、被災地と被災者の生活に、突撃ボランティアを遂行したものだ。そして同じくゲリラ的に危機にあって活躍した様々な人たちの話を、味わい深いアンソロジーのように展開している。

 表紙には横倒しになった缶詰工場の大きなタンク、見返しにはその震災前の姿と従業員の笑顔があり、復興への祈りが込められている。

写真のほとんどが自前で撮ったものであり、親友のイラストレーターによるやわらかい絵が全体に女性らしいしなやかな強さを感じさせている。著者、イラストのチエ、著者の助手の山ちゃんが、かしまし娘のように息のあった取材を、ユーモアを忘れず、きらわれることも承知で断行している。被災地の一端を通じてその実情を、読者につたえるなかに、一陣の涼風を運んでくれている。

 老子の言葉である「天地に仁なし」に対し、著者は対句として「人に仁あり」といい、その仁が権力欲や我欲ととられたりすること、立場やものの見方によってそれは異なることをおしえてくれる。人生経験の豊富な人物を登場させて、気仙沼の避難所である高校を舞台に、次はどうなるのだろうかと読者も一緒に考えていける秀作である。全編、コミカルなタッチを決して忘れないが、肝心の箇所はシリアスな筆致で臨場感を伝えている。そして常に、観察と推論を忘れない。横浜生まれの複眼思考の作家でフランス文学者らしさが各所にみうけられる。尊敬するフランスの文学者ラブレーの遊び心の体現を、大道演劇や落語などを通じて実践する著者の行動力と人生を謳歌する精神がふんだんなく発揮された秀作である。冒険こそ人生という感覚は、フランス系の父と祖父がともに船乗りだったことと無縁でなく、事実、彼女の小説は、彼らの数奇な運命を、自らたどることで、自分の物の見方を成熟させてきた彼女の道のりの発露にほかならない。

 著者自らが震災瓦版と呼ぶこの本から、今から40年以上前に、日本中の子供たちに夢を与えたNHKの人形劇「ひょっこりひょうたん島」を思い出した。主題歌の「泣くのはいやだ、わらっちゃおう すすめえ ひょっこりひょうたんじいま ひょっこりひょうたんじいま ひょっこりひょうたんじいまあ・・・」の精神である。不屈の精神と見事な表現力をもつ著者の目を通して、ひとの気持ちや、物事に対する複眼思考、真実に迫ろうとする好奇心、常に存在する障害物、それをひとつひとつ乗り越えることが成長だという人生の喜びを自覚できる。決してリハーサルがなく、毎日が本番であるという各々の人生をたくましく生きることだけが大切であることに気づかせてくれる。題名からは、計り知れぬ苦悩をものともしない精神のかがやきを、この本を通じて感じることができる。野口英世先生のお札でおつりの来る現代の「奥のほそ道」、このルポルタージュ文学を是非ご一読されることをお勧めしたい。

(文:小田切 英治郎)

 

小田切英治郎 プロフィール

昭和30年5月、北九州生まれ。牡牛座、A型。横浜と横須賀育ち、県立横須賀高校から一橋大学で国際法を学ぶ。米国駐在を含めた金融機関勤務、中堅企業やベンチャーでの仕事を経て、文化や経営、社会や歴史を中心とする翻訳や日本語や英語での執筆に従事。 米国のビジネス論文、大手企業の週刊文化発信、米国の社会改革の論文等の和訳に加えて、バイリンガルのライフスタイル雑誌・ウェブサイト・ブローシャー等の日本語版制作にも携わる。 ラッセル、ドラッカー、ガルブレイスに目を通し、中島みゆきに耳を傾けると、城達也の声や、淀川長治の顔が浮かんできた。21世紀の地球は、地上の星が満天の星と対等に挨拶できるような星になってほしい。三権+メディア+金融の五権の分立を基本として、ペンは剣よりも金塊よりも歯切れよく、人は大海に向かって船出し、笑顔で戻ってくるのだ。

 

Comments are closed.

ヨコハマNOW 動画

新横浜公園ランニングパークの紹介動画

 

ランニングが大好きで、月に150kmほど走っているというヨコハマNOW編集長の辰巳隆昭が、お気に入りの新横浜公園のランニングコースを紹介します。
(動画をみる)

横浜中華街 市場通りの夕景

 

横浜中華街は碁盤の目のように大小の路地がある。その中でも代表的な市場通りをビデオスナップ。中華街の雰囲気を味わって下さい。
(動画をみる)

Page Top