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第5回 自分を肯定する力を科学してみる

by staff on 2013/3/10, 日曜日

 

プロローグ

 今、子どもの「自尊感情」について問題になっている。若者の自尊心の低下は、時には「死」に結びつく。決して軽視できる問題ではない。

 自尊感情には2種類あり、その両方が整ってはじめてバランスのとれた人間に成長できると考える研究がある。

 今回は、子どもの自尊感情に関する研究をご紹介したい。

「成功経験を積ませる」だけではダメ?

 2月17日、山下町にあるワークピア横浜で、「子どもたちの『生きる力』を育む学校のあり方とは」というテーマでフォーラムが開催された(主催:公益社団法人日本フィランソロピー協会/後援:横浜市教育委員会)。その基調講演として東海大学心理・社会学科 近藤 卓教授の講演があった。

 近藤教授は、高校で10年間教鞭を取られた後、東京大学博士課程を修了。ロンドン大学精神医学教室客員研究員、群馬大学、立教大学講師の他、約30年間にわたりスクールカウンセラーとしてご活躍されている。

 これらのご経験の中で、いわゆる自尊心の低い子供への指導として正しいとされる、「褒める」「認める」「評価する」「出番をつくる」「成功経験を積ませる」などの指導には限界があると感じたと語られた。

 確かに一定の効果は見られるが、その時はよくても、またすぐ自信を喪失したり、自分の存在意義に疑問を感じる状態に陥る子供があとをたたなかったからだ。

「自尊感情」は “バルーン” と “和紙” の2種類に分類するとわかりやすい

 そんな実際の経験から、近藤氏は子どもの「自尊感情」を追求する研究を始められた。研究では、定量化・分析できるよう緻密に練られたアンケートテストを多くの学生に実施(Social Basic Self Esteem Test)。そこから2種類に分類した。

 一つ目は「社会的自尊感情」。

 「自尊」とは自らを肯定するという事だが、人は通常自らを肯定する時は、何かが出来た時や、うまくいった時に多い。自分が定めた目標に達したり、人よりも良かったり・・・。つまり目標や他人など、対象があって自分を評価するものとなる。

 心理学の世界では100年以上も前から、
自尊心=成功÷要求 と定義されてきたのだそうだ(ウイリアム・ジェームス著「心理学原理」)が、これでいくと、成功が大きければ自尊心は高まり、失敗すれば自尊心は低下するとなる。一時的に高めることは簡単だが、低下するのも簡単となるわけだ。

 近藤氏はこれを「社会的自尊感情」と呼び、熱気球(バルーン)に例えた。「褒め」「たたえ」「成功」させれば膨らむが、熱風をいれ続けなければ、しぼむのも簡単というわけだ。

 一方、二つ目として位置づけされたのが、「基本的自尊感情」。これは、対象や成功とは無関係に、絶対的に無条件で、自らを肯定する感情とし、これを糊のついた和紙に例えられた。一枚一枚和紙を重ねるように時間をかけて育まれるものだが、一度積み上がると簡単には崩れない。どんな事があっても、失敗しても、自分の存在意義を疑うことには及ばない。そういうものだという。

 言い換えれば「基本的自尊感情」が低いと、「自分には生きる価値があるのか」「生きていて良いのか」「生きる意味があるのか」そういう根源的な問いかけに悩み苦しむ結果に至ってしまうという事になる。

 長年スクールカウンセラーとして現場を見てきた近藤氏は今、この、子どもの「基本的自尊感情」の脆弱化を指摘しているのである。

あなたのお子さん、お孫さんはどのタイプ?

 バルーンと和紙の組み合わせを以下のように4パターンにしてみると、それぞれの状態で子どものタイプが分かりやすく理解できる。

※バルーン:社会的自尊感情、
  積まれた和紙:基本的自尊感情

右上:バルーンも膨らみ、和紙も積み上がった子。
→まったく問題ない。

 

自尊感情の四パターン
図:自尊感情の四パターン(講演資料抜粋)
(クリックで拡大写真)

左上:バルーンはしぼんでいるが、和紙の積み上がった子。
→マイペース型。褒めたり、成功体験をつませれば、ぐんぐん伸びるタイプ。

右下:バルーンは膨らんでいるが、和紙が積み上がっていない子。
→親の期待に応えようと、一生懸命頑張るいい子に多い。一見問題のない子に見えるが要注意。バルーンがしぼむのを恐れ、休むことができない。実は崖っぷち状態。失敗したり疲れたりしてバルーンがしぼんだ時が危険。

左下:バルーンはしぼみ、和紙も積み上がっていない子。
→明らかに良くない状態。まずは即効性のあるバルーンを膨らましてやる事が必要。

和紙はどうすれば積み上がるの?

 ではどうすれば、「基本的自尊感情」は育まれていくのか?

 近藤氏は、信頼できる他者との体験の共有、そしてそこから生まれる感情の共有により、少しずつ育まれるとお話された。お母さんと一緒に夕焼けを見た「きれいだった」、家族と一緒に楽しくご飯を食べた「美味しかった」、友達と一緒に遊んだ「楽しかった」、そういう日常の事でも和紙は積み上がっていくのだという。

「向き合う」関係と、「並ぶ」関係。

 ここで近藤氏は、関係性の深さを「向き合う関係」と「並ぶ関係」で表現された。

 初対面の人や、まだあまり関係が深くない人とは「向き合う」状態であるのに対し、時間がたち、信頼が深まった段階になると「並ぶ」状態になるという。

 この「並ぶ関係」同士の共有体験こそが、感情の共有につながり、人を信頼し、自分を信頼できる基本的自尊感情の形成につながるという事だった。

 考えてみれは、私の子どもの頃は、一日の大半を誰かと共に過ごし、一人でいることは極めて少なかった。友達と毎日同じ遊びをいつまでしていても、少しも飽きなかった。「並ぶ関係」の誰かと過ごす、共有体験の連続だったことになる。お陰で、親を困らせる目的で「死んでやる!」とだだをこねることはあっても、「自分は生きていて良いのか?」というような自分の存在を疑問視するような事はなかった。というか、そんなある意味高尚な考えは思いつきもしなかった。昔は多くの人がそうだったのではないだろうか。

あらためてこの子の周りは?

 子供が育つ環境は、私が子供の時代とは明らかに変わっている。

 まわりのスピードがどんどん早くなり、子ども達はやることが増え、忙しくなった。また、暮らす環境が危険になり、安全が担保された範囲内で生活することを強いられるようにもなった。「並ぶ関係」の誰かを作り上げる機会も費やす時間も、間違いなく少なくなっていると言える。

 もし様々な環境の変化が、子どもの「心の基盤を支える自尊感情の形成」に悪影響を及ぼしているとするなら、直ちに改善しなくてはならないはずだ。でなくては、そんな環境で育った子どもがかわいそう過ぎる。

 まずはもう一度、自分の子どもや孫、周りの子どもの環境を見つめ直してみたい。

 この子には「並ぶ関係」の誰かがどのくらいいるのか、そしてその誰かと体験を共有し感情を共有するために費やせる時間がどれだけあるのか。

 そしてもし極めて少ない場合には、授業や塾や習い事の時間を削っても増やしてやらなければならないはずだ。何よりも重要な、自分を大事に、肯定する心を育むために。

プロフィール

ペンネーム: 津木 雫(つぎ しずく)
オヤジ・オバチャン・オトメのO3マインドを持つ、なんちゃってコラムニスト。
約20年間メーカー勤務。広報・マーケティングを経て、現在フリーランス。
典型的な仕事人間という生活を過ごし、はたと気がつけば人生の折り返し地点。「さぁどうする!」と我が道を振り返っている真最中。
学生時代に、約15カ国を貧乏旅行。
その経験から、今の若者が育つ環境には、問題を自らの力で乗り越える体験が不足していると、感じている。若者教育関連のNPOを立ち上げ、神奈川を中心に現在活動展開中。

 

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