Skip to content

7月 4 20

第61回盆栽カフェ オープン - 2020.7.19(日)

by staff

盆栽カフェをオープンいたします

「ヨコハマトリエンナーレ2014」で大好評だった「盆栽カフェ」をヨコハマNOWでは定期的に開催しています。

季節ごとの変化が気軽に楽しめる「盆栽」・・・
最近は若者を中心にミニ盆栽が人気を集めています。

2014年12月13日(土)に開催した第1回「盆栽カフェ」では、石井造園株式会社の石井直樹社長に、「盆栽」について語っていただきました。

盆栽カフェ
第1回「盆栽カフェ」のアルバムです

その後定期的に開催し、2020年6月21日(日)に第60回を開催予定でした。(緊急事態宣言発出のため中止になりました) そして第61回の「盆栽カフェ」を7月19日(日)にオープンいたします。

My「盆栽」をお持ちいただければ、石井社長に見ていただいてお手入れについてお話しいただきます。








2016年4月24日の「盆栽カフェ」の写真です。


2017年4月15日の「盆栽カフェ」の写真です。

「盆栽カフェ」(7月19日)のご案内 –第61回–

コロナ禍はまだ続いておりますので、7月の盆栽カフェも屋外で開催いたします。参加者はマスク着用でお願いいたします。

7月のワークショップは、「苔玉つくり」です。
これまで「松ぼっくり」の苔玉は作りましたが、本格的な苔玉は初めての挑戦になります。

「盆栽カフェ」は・・・年代を問わず大歓迎です。毎月第三日曜日に開催いたします。

「マイ盆栽」を石井先生に見ていただき、アドバイスを頂戴することもできます。

大正時代の日本家屋でお茶と「此のみち」のシェフ手作りのお菓子をいただきながら「盆栽」について語り合いませんか。

皆様のご参加をお待ちしております。
新型コロナウイルス感染拡大防止のため、ご参加のときはマスク着用でお願いいたします。
また入退室の折は手洗い、アルコール消毒をお願いいたしますのでご協力ください。

「盆栽カフェ」のお申し込みはこちらから・・・
https://www.supportyou.jp/yokohama-now/form/3/

プログラム

タイトル 盆栽カフェ
日 時 2020年7月19日(日) 14時~
場 所 「此のみち」
横浜市中区山手町159-2 tel 045-621-4015
 
みなとみらい線「元町・中華街」駅下車、
  「港の見える丘公園」方面に徒歩12分
JR京浜東北線「山手」駅下車、「山手駅前」バス停から20系統
「港の見える丘公園」下車、尾根沿いに徒歩8分
 
アクセスはこちらをご覧ください。
http://yokohama-konomichi.jp/acces.html
参加費 4,000円 (ワークショップの材料費 お茶・お菓子 付)
お申込み お申込みは専用フォームからお願いします
https://www.supportyou.jp/yokohama-now/form/3/

動画:日本で初めて!松ぼっくりを使って苔玉を作る「苔玉ワークショップ」

参考サイト

「盆栽カフェ」 http://bonsaicafe-yokohama.net/

ヨコハマNOW掲載記事
「横浜に責任をとる。 石井造園株式会社 代表取締役 石井直樹さん」
http://yokohama-now.jp/home/?p=11663

 

 

6月 10 20

Witnコロナに向けて

by staff

 

50日に及ぶ「自粛生活」がようやく終わろうとしています。
自由になったと言っても「新しい生活」が求められます。

飲食業、観光業はじめ産業界にとっては厳しい状況は変わりません。
「みんなの応援サイト」はまだまだ続けます。ファイスシールドや防護素材のマスクなど「新しい生活」の必需品を紹介していますのでご覧ください。応援よろしくお願いいたします。
https://fight.yokohama/

このたびの「自粛生活」で変わったことを考えてみました。
皆様も同じだと思いますが、3つくらいあるかしら。。。

 1. オンライン〇〇〇が増えた

「オンライン打合せ」は以前からありましたが、「オンラインセミナー」や「オンライン飲み会」などは初めて体験しました。
「オンライン飲み会」は遠方の友人とも時間を共有できるので、結構楽しめますよ。
先日は、「オンライン句会」に参加しました。「オンライン ワイン利き酒会」も予定しています。
オンラインならではの楽しみ方を模索中です。

 2. 自分時間が増えた

テレワークで、昼も夜も出かけないので、自分一人の時間が増えました。
私は、盆栽スペースの他にベランダに家庭菜園を作りました。
パセリ・ケール・バジル・大葉など手間がかからず何度も収穫できるものばかりにしたので、毎朝サラダにいれています。

見たかった映画をDVDレンタルで見ました。(オンラインでの注文です)
印象深かったのが、「レ・ミゼラブル」と「新聞記者」昨年、日本アカデミー賞作品賞を受賞した「新聞記者」は、日本の官僚組織に鋭く切り込んだ映画で、よくぞここまで・・・という評判に納得しました。

 3. 運動と食事の時間が増えた

「巣ごもりで毎夕食はところてん」
これは先日のオンライン句会に出した俳句ですが「単なるダイエットの俳句」と不評でした。(笑)

自宅にいると運動不足になるので、毎朝のラジオ体操は、根岸森林公園で開催されている体操会に参加するようにしています。往復はポールウォーキングです。

食事は朝と昼をメインにして(例えば朝からトンカツなど)夜は、ゼリーやところてんなどのような軽いもので済ますようにしています。納豆・ヨーグルト・きのこ・ナッツなど免疫力を高める食材中心の献立にしています。この間、ダイエットの効果があったかと言えばそんなにないのですが、朝と昼をゆっくりとることができるのは、「巣ごもり」のおかげですね。

「新しい生活」になっても、以前ほどは出歩かないでしょうから、1.2.3は継続していきたいと思います。

気を緩めると、第二波、第三波がすぐ来ると思います。
これから「Withコロナ」時代が開幕するのです。

 

6月 10 20

しあわせの「コツ」(第42回) 「カスタマイズ」大国・日本

by staff

第42回 「カスタマイズ」大国・日本

昔から日本はオリジナルなものがなく、「物まね」大国だと言われ、日本人自身もそのように自分たちを見ているのではないでしょうか。

歴史をひもとけば、確かに初めて国家らしい体裁を整えた奈良時代、「大宝律令」も中国の官僚制度をコピーしたものです。衣装も、文字も、文物一切がよその国の借り物・・・と思いきや、実はそうでもありませんでした。形は借りても肝心のところは、ちゃっかり日本風にアレンジして使っているのです。

例えば、前述の日本の律令制度ですが、ある大事な部分が中国の制度とは違っています。

上が日本の律令制度、下が中国(隋・唐)の律令制度です。どこが違うかお分かりになりますか? 中国の制度では皇帝が直接官僚制度を掌握しています。一方日本の制度では、天皇と官僚制度の間に「太政官」と「神祇官」があり、
官僚制度は太政官と直結しています。

これが何を意味しているかというと、中国では「皇帝は律令制度の中の一ポスト」という位置づけであるのに対し、日本では「天皇は律令制度に含まれず、その上に君臨している」ということになります。政治は太政官、のちには左大臣・右大臣が行い、天皇は直接政治にはかかわらないのです。

ですから中国で「政権を倒す」という時は、「制度の頂点にある皇帝」を廃位させるか死に追いやることになります。日本で「政権を倒す」という時は、「制度の頂点に立つ太政官」を廃することであり、制度に組み込まれていない天皇(制度を超越した存在)にはノータッチです。むしろ自分の政権奪取をオーソライズしてくれる存在が天皇なのです。

日本の天皇がジュリアス・シーザーや中国の歴代王朝の皇帝のような存在ではない、ということが分かりますね。どちらかといえば法王に近いかもしれません。そんな「天皇」と「皇帝」との違いを踏まえて、「律令制度」を日本風にカスタマイズしたうえで導入しているのです。

また、1911年に清が滅亡するまで3000年の長きにわたって中国に存在していた「宦官」も、日本は導入していません。なんでもかんでも真似しているわけではないのです。

松岡正剛さんは近著「日本文化の核心」のなかで、稲作についても大変興味深いことを述べています。

     
  松岡正剛   「日本文化の核心」
講談社新書
 

古代中国の水稲栽培は、直播(じかまき)で天然の降雨に任せて稲を育てていました。しかし、日本では種もみから「苗代」というインキュベーターで稲の苗を育てます。そして苗が大きく育つとそれを田に植え替えるのです。直播の方が手間がかかりませんが、日本ではひと手間かけて「苗代」という苗のインキュベートシステムを開発し、より丈夫な稲を手に入れ、効率よく収穫を増やしていったのです。素晴らしいカスタマイズです。

苗代 日本の稲作に欠かせない種もみのインキュベーター

松岡さんは「稲作のプロセスに苗代を挟んだことは、日本の画期的なイノベーションでした」と結んでいます。事実「苗代」はその後の日本文化に大きく深い影響を与えています。

まず、「苗代」で種もみを育てることによって、稲の成長を管理できるようになりました。立春から数えて88日目に田植えをすると、大体何月ごろ収穫となる、という農作業のカレンダーが見えてきます。生活のリズムもそれに合わせて決まってきます。こうして、「苗代」の導入という稲作のカスタマイズが、日本人の生活様式が形成されるきっかけとなったのでした。

柔軟な感性の持ち主である日本人は、昔から海外の文物を貪欲に取り入れ,カスタマイズして日常になじませていきます。「襦袢」もそうですね。もとはポルトガル語のジバン、その前はアラビア語のジュッパといい、袖のない胴着のような衣装が、日本では袖が付き、伝統衣装の着物に欠かせない下着となりました。

現代でも、日本人はすでにあるものにひと手間かけて「自分仕様」にすることにたけています。カスタムバイク、カスタムトラック、はては携帯のカスタム化まで、とどまるところを知りません。コロナ騒動でマスクが必需品となりましたが、様々な工夫を凝らしたマスクを見るにつけ、「ああ、これは日本人のDNAなのだな」と思わないではいられません。

ハーレーダヴィッドソンのカスタムバイク

マスクさまざま デニム生地のマスクと和装用のマスク

「オリジナリティ」というと、全く新しいものを創りだすことのように言われますが、オリジナルなものにアレンジを加えていく才能も、「もう一つのオリジナリティ」と言えないでしょうか? あるものはそのひと手間のカスタマイズによってより使いやすくなり、あるものはさらにグレードアップしてオンリーワンとなる。それは確たる美意識やコンセプトがなければできないことです。

すでにものが溢れている現代では、新しいものを生み出すより、今あるもののカスタマイズこそが求められる才能なのではないでしょうか?

筆者紹介

 
本 名 田尻 成美 (たじり しげみ)
略 歴 著述家・株式会社エランビタール代表取締役
著書 「しあわせのコツ」(幻冬舎)
主な訳書「都市革命」(H・ルフェーブル著 晶文社)、
「空間と政治」(H・ルフェーブル著 晶文社)、
「文体論序説」(M・リファテール著 朝日出版社)
比較文化的視点から、日常の出来事をユーモアを交えて考察していきます。
著 書 「しあわせのコツ」(幻冬舎)



詳細はこちら

 

6月 10 20

2020年6月 三ツ池だより 「待つのか変わるのか」

by staff
Navigation: HOME»コラム»横須賀詢

 

コロナウイルスのお蔭で日常が変わってしまった。どこでもがしびれを切らしている。緊急事態宣言の解除の声も聞かれるが、日常は変わらない状況が続く。

 「日本の食糧」 けんじ
日本の基本産業が
後進国依存になってきている
  食料の自給率が20%だと
  そうすると80%は外国に
それは後進国を励ますために
国策でやってきたことだが
  それを主体的にやってきた地方が
  地方としての優位性もなくなった
中央が発展
地方が衰退
  狭いといわれる日本が
  都市と地方に分けられている
それでいいのか
日本の国民が都市と地方を
  両方もつということが
  できないのか
日本の食糧自給率を60%に
高める夢が描けないものか

誰でもが当たり前に考えてきた出来事が、全く時代にあわなくなってきている。教育もしかりだ。30人から50人という生徒が先生を中心に取り組んできた。その改革も迫られている。テレビ学習も当たり前になろうとしている。60年まえの授業の仕方が今に続いていたのだ。

 「孫」 けんじ
おにいちゃんは中学生になった
この子が小学校の騎馬戦では
白組の大将をはった
この子の入学式が
コロナの最中だった
  あれから一カ月がたつ
  まだ学校は始まらない
  大事な時なのに
  放置されたままだし
  外出禁止令が出されたままだ
あれだけ元気よく遊びに
きていた子がもう中学生だ
どんな成長をしていくのか
背も伸びてきて私を越した
コロナがあったが乗り越えていってほしい

孫が5人いて、ひとりひとりの性格が違って楽しみだ。兄弟って似ているようで、似ていない。似ていないようで、何かの時に似たようなところが現れる。時々しか会えないが、会う度に成長もし、その片鱗が見える。それにつけても、これからの時代が確かな歩みの年月であって欲しいと願っている。

 「本が届いた」 けんじ
斉藤一人さんの本をもらってくれませんかの問い合わせ
私が所持している本と一致しないという凄さ
  いただいて30数冊ほどになった
  私が最初に手にした本は10年前だった
「幸福力」は2011年7月に書評をしている
一人さんの本は暖かく、励まされる

 「1m間隔の線」 けんじ
三ッ池公園のなかほどの道に
6本の太い線が引いてある
  新型コロナウイルス感染拡大防止のため
  「人との距離をおきましょう」の看板
だれも止らない
だれも確認しない
  1m間隔の
  6本の太い線が輝いていた

県立三つ池公園は今の住まいの目の前にある。そしてこの公園に接するように、横浜市立寺尾中学校、県立鶴見高校といった母校がある。母校の運動の時間は年に何度も公園を走ることになった。三つの池の周りは平坦な道だが、上の道はそこそこ起伏がある。木々も鬱蒼としている。60年前整備がはじまったときは、木々が植えられ、それもまだ小さかった。学校の先の方は以前、高射砲陣地のあった場所だった。その下の方はその当時田圃があって、子どもの頃住んでいたところだ。

 「いろはにほへと」
い いつになく
ろ ろくなことにならない
は はいぼく感が漂う
に にげるのではなく
ほ ほかに考えないといけない
と とほうもないがこれも試練だ

コロナの状態が不透明な時に、ただ自粛していればいいということでもあるまい。時代は変わるという人達がいる。言うのはいい。だからどうしようと言うのか。海外で造っていたものが、場所をかえていくという方法がある。新しいものに、つくりかえていこうという努力も必要だ。新しい発想も必要だろう。開発と援助と、それぞれに役割をもってすすめていくのだ。相手の国の顔色を見るのでなく、やれることをやる。日本人の得意とする助け合いをしながら、己の得意分野を生かしていく。もっとおおらかに自分の得意を生かしていく。課題は大きいが、日本人だから取り組める勇気と工夫を生かした仕事づくりを考えていこうではないか。家に閉じこもって、明日を考えるのではなく、柔軟に考えていこうではないか。

 

Photos

(画像をクリックすると拡大写真が表示されます)

     
     

(文・写真:横須賀 健治)

 

6月 10 20

ゆるマナー講座(第56回) 時代を生きるしなやかさ

by staff

マナーアドバイザー/フレアLLP 岡田 承子

前々回、オンライン化について触れました。オンラインの受講も工夫次第で楽しそうだとか、今ひとつ他人事だったような気がします。ところが緊急事態宣言が出され、急転直下、正に自分事になってしまいました。

オンラインで繋がる

会議や打ち合わせだけでなく、大学の授業もオンラインとなり、慣れない操作に四苦八苦。授業で使う資料もオンライン用に作り替え、どうやったら学生が90分を飽きることなくちゃんと聞いてくれるかを考え悩み、授業の後では一人反省会。時々、仲間とお互いに情報交換しながら、少しでも取り入れられるものは取り入れようと試みています。超のつくほどアナログ人間のささやかな挑戦です。

学生はというと、入学したものの一度も通学できない、学校だけでなくアルバイトにも行けない、就職活動もままならない等、さまざまな状況を抱えています。オンライン授業の受講も初めての学生が多くいますが、柔軟な頭の彼らはすぐに慣れてしまい、長い授業もそれほど苦痛ではなさそうです。
オンラインでも、とりあえず授業が始まったので、生活のリズムはできているように感じます。欠席も遅刻もほとんどいません。ちょっとホッとしているところです。

これはほんの一端。

オンラインで繋がる波は、身の回りでも急速に、確実に、広がっています。
距離も時間も費用もかけずに、遠くに住む人と簡単に、自宅にいながらゆっくりと話ができる。世界中どこでも、それも大人数でも可能。この気安さを知ってしまうと、これは手放せないと思ってしまうのです。

前に進むチカラ

一方、足を運んでもらわないと困る場合もあります。
友人は小料理屋をやっている女将さん。お客様に来ていただき、お料理を楽しんでいただくのが仕事ですから、今回の緊急事態宣言は大打撃でした。
そこで彼女は次々と対応していきました。

まずは、完全に閉めずに営業をできないかと考え、営業日、営業時間の短縮。
テイクアウト用の料理を作り予約を受けて販売(これで受け取る時に密にならない)。
当日購入のお客様でお待ちになる方用にシールドを立てた一休みスペースを設け飲み物サービス。
自粛一部解除後は、予約のお客様をお座敷・ホールとも一組限定(2~3名)で再開。

その間にも、マスクを作ったり、お酒のテイクアウトが可能になる「期限付き酒類小売業免許」を取得したり、お店の写真を撮って「オンライン飲み会」用のバーチャル背景を作ったり、テイクアウトの料理をSNSに載せたり(その前にさまざまに試作していますが)・・・。
大忙しですが、へこたれていません。

もちろん、同業者で同じように対策を講じながら、この苦境を乗り越えようとそれぞれに知恵を絞って対応している方も多くいらっしゃいますね。

しなやかに生きる

どのように努力してもお店の継続を断念せざるを得ない状況になった方もいる現実は消せるものではありません。それでも彼女の生き方を見ていると、どんな時代にあっても、どんな世の中であっても、時代を乗り切る「しなやかさ」のようなものを持つことの大切さを実感します。

新しい生活様式が求められるようになり、今後マナーの形も変わっていくことでしょう。私たちの知っているマナーが時代にもまれながら今のような形に変化してきたように。
握手もハグも名刺交換も、どのようになるでしょうか。

これからの社会がどのように変わっていくかは未知ですが、変わらないのは、人を思いやる「こころ」だと信じて、私たちの祖先がどのような状況をも乗り越えて今に繋いでくれたように、私たちも今をしなやかに、やわらかく、生きていかなくてはと思います。

 

筆者プロフィール

岡田 承子(おかだ しょうこ)  

岡田 承子(おかだ しょうこ)
マナーアドバイザー/フレアLLP
日本航空国際線客室乗務員を経て、国際交流協会での仕事、また社会福祉法人では障がい者国際スポーツ大会事務局の運営業務やマナー研修に

携わる。現在は、自治体、企業での接遇研修や、NPO法人日本マナー・プロトコール協会認定講師として大学で指導をしている。

柳田 圭恵子(やなぎだ けえこ)  

柳田 圭恵子(やなぎだ けえこ)
マナーアドバイザー/フレアLLP
日本航空株式会社国際客室乗務員を経て、2009年よりマナー講師に。企業や自治体、大学、専門学校で接遇研修や マナー・プロトコール講

座を行っている。NPO法人日本マナー・プロトコール協会認定講師。

本の紹介です

ゆるマナー 始めましょ

 

 

 

「ゆるマナー 始めましょ」
(岡田 承子・柳田 圭恵子 著 / ほんの木)
簡単で、誰でも、いつでもできること、だけど何だか優しくて
温かい気持ちになる。そんなマナーを「ゆるマナー」と名づけました。
 
Amazonで購入

6月 10 20

ビジネス梁塵秘抄「遊・献・学」(第87回)

by staff

大浦総合研究所 代表/大浦勇三

ビジネス梁塵秘抄「遊・献・学」(第87回)

遊びをせんとや生れけむ、戯れせんとや生れけん
遊ぶ子供の声きけば、我が身さえこそ動がるれ

- 梁塵秘抄 -

以前、東京・赤坂の氷川神社近くで仕事をしていた時期があり、隣接していたのが氷川小学校で、江戸城・無血開城の立役者“勝海舟”の屋敷跡。坂本龍馬が海舟を斬るために訪れ、逆に人格識見にほれ込んだ屋敷。晩年、海舟はこれまでの生き方を“氷川清話”に残しました。幕末維新の激動の経済に関して“経済の活性化には待合・料理屋や踊り・三味線の師匠を繁盛させることこそ肝心”と洞察。実際に“江戸・丸焼け”危機の渦中ですら江戸は繁盛したとのこと。“一個人の100年は国家の一年。この時間の読みを間違えてはいけない”と語っています。パンデミックで世界は一変。いま何を考え、何をすべきかの多くのヒントがこの書に示されているのかも。晩年、別邸を立てて過ごした大田区・洗足池にある石塔の“海舟”の文字は15代将軍徳川慶喜の揮毫。歴史は繰り返さないが韻を踏むとか。梁塵秘抄では“春の野に 小屋掛いたる様にて突い立てる鉤蕨 忍びて立てれ下種に採らるな”とあります。下種な人間には負けちゃいけないよね。“この世には勝利よりも勝ち誇るに値する敗北がある”と思想家・モンテニュー。

“遊びをせんとや生れけん” 「遊」

戦後の不自由だけれども安定した温かい社会はもう戻らない
だとするなら、日本はあらゆる側面で脱戦後化するしかない
冷たいけど自由 そんな条件の下で個人が幸せになれる社会
日本流のやり方で受けとめて構築していかなければならない

これまでの不自由だけれども安定した社会はもう戻らないと覚悟する必要がありそう。これまで以上に“自分が心底から納得できる道”を進むしかなさそう。何でもいいから“やろう・やりたい”と思うことをやるだけ。大勢に受け入られることを目指すのではなく、自分の考え方・やり方を貫くしかなさそう。そのための“ルール・仕組み作り”にはソフトパワー。環境と双方向での“構想する力・提案する力・交渉する力”が命。自分でなければできないところを見せ続ける。“ブームを期待しない・乗らない・起こさない”。“人様が1円でも出して買ってくれるものをつくる”と医学者・北里柴三郎。

“仕事をせんとや生れけん” 「献」

平常時の安定した環境での業務プロセス 多くの企業では万全
だが非常時・異常時の場合 通常のプロセスは破綻して大混乱
求められるもの 誰の目にもはっきりしているものには安定感
答えが一つでないものには事前の想定もなく 思考停止に陥る

平常時の安定した業務プロセスは、ビジネスに限らず、日本の多くの領域でがっちり浸透済み。ところが、いつもながら“非常時・異常時”では通常のプロセスが通用せず大混乱。今回のパンデミックでも、日本人の硬直性が裏目に出ました。はっきりしているものには安定した力を発揮しますが“答えがあるかないかわからないもの・答えが一つでないもの”には思考停止。松や杉は海水に弱いが、雑木は枯れないとか。今こそリベラルアーツ。“超産業社会に進みつつあるという認識を重視する必要がある。変化への対応は企業の本質。変化に先んじて変化を創り出す必要がある”と経営者・土光敏夫。

“学びをせんとや生れけん” 「学」

日本はモノづくりが得意と言われる そこで求められる内容も日々変化する
設計や開発も大事 その前段階の構想・企画や、続く運営やサービスも重要
事業は一段と多岐 何をどうやるかでなく、何をどうやらないかの方が大切
自分でやったことを自分で評価する これが大きなインセンティブに繋がる

世の中はますます先が見えなくなり、“何をやるかだけでなく、何をやらないか”も一段と重要に。何より“自分でやったことを自分で評価する”力量が問われることに。生涯現役を貫くには“手に入れた仕事をこなす”だけでなく“仕事を自ら創りだす”ことが欠かせないのかも。輝くのは、成功を手にした時でなく、目標に向かって取り組んでいる時。大事なのは、将来役に立つかor見えないところですでに役立っているか。それには、10年20年先から見て“現状踏襲”と感じることが一番リスキーであることを自覚。 “人間として信用できるのはリベラルアーツのボリューム“と心臓外科医・天野篤。

「遊びは仕事、仕事は遊び」
「仕事は学び、学びは仕事」
「学びは遊び、遊びは学び」

今回とりあげた「遊・献・学」それぞれの4行文は、拙書「ビジネス梁塵秘抄(一)~(十)」(全10巻)及び「続・ビジネス梁塵秘抄(一)~(九)」(全10巻)から抽出したものです。次回以降も「遊・献・学」から各々4行文を一つずつ抽出してご紹介していきたいと思います。

「ビジネス梁塵秘抄」「続・ビジネス梁塵秘抄」購入ご希望の方はこちらからどうぞ!
http://www.syplus.jp/ooura/

(第87回了)

 

大浦勇三(おおうら ゆうぞう) プロフィール

大浦勇三(おおうら ゆうぞう)  

大浦総合研究所 代表 (http://www.ne.jp/asahi/oura/ohura-research-institute/

石川県七尾市出身。
早稲田大学卒業、筑波大学大学院修了。
米国経営コンサルティング会社 アーサー・D・リトル 主席コンサルタントを経て現職。
主担当領域は、経営改革/企業再生、経営戦略/情報通信技術戦略策定、業務改革/組織改革、研究開発/商品開発マネジメント、マーケティングマネジメント、ナレッジマネジメント、イノベーションマネジメント、サプライチェーンマネジメント、人材マネジメント、コーチング/メンタリング、プロジェクト/プログラムマネジメント、ベンチャービジネス支援等のコンサルティング。

筑波大学大学院講師、城西国際大学客員教授、名城大学講師、産業能率大学講師、中小企業大学校講師などを歴任。

主な著作物:

  • 「続・ビジネス梁塵秘抄(一)~(九)」<全10巻>(大浦総合研究所:PDF版)
  • 「ビジネス梁塵秘抄(一)~(十)」<全10巻>(大浦総合研究所:PDF版)
  • 「イノベーション・ノート」(PHP研究所)
  • 「ITプロジェクトマネジャーのためのコーチング入門」(ソフトリサーチセンター)
  • 「図解 日本版LLP/LLCまるわかり」(PHP研究所)
  • 「IT技術者キャリアアップのためのメンタリング技法」(ソフトリサーチセンター)
  • 「よいコンサルタントの見分け方、かかり方」(清話会)
  • 「日本のモノづくり - 52の論点」<共著>(日本メンテナンス協会)
  • 「現場主導型の組織運営とスピード戦略」(日本監督士協会)
  • 「eコミュニティがビジネスを変える」<訳>(東洋経済新報社)
  • 「ナレッジマネジメントが見る見るわかる」(サンマーク出版)
  • 「図解 ナレッジ・カンパニー」(東洋経済新報社)
  • 「ナレッジマネジメント革命」(東洋経済新報社 )
  • 「図解 グローバル・スタンダード革命」(東洋経済新報社)
  • 「業務改革成功への情報技術活用」(東洋経済新報社)
  • 「情報化戦略と投資評価・システム運用管理の実際」<編著>(企業研究会)
  • 「会社改革実務辞典」<共著>(産業調査会)
  • 「プロジェクトマネジャー(PM)の育成・スキルアップのためのメンタリングの進め方と実践法」 (ソフトリサーチセンター:CD-ROM版)   など
6月 10 20

書評 「正法眼蔵」の経営力 PHP研究所 村山幸徳(著)

by staff
 
タイトル 「正法眼蔵」の経営力
単行本 240ページ
出版社 PHP研究所
ISBN-10 456977928X
ISBN-13 978-4569779287
発売日 2010/6/24
購入 「正法眼蔵」の経営力

10年前の発行なのに次のようなことが語られる。「“世界のフラット化”は他方で“国内格差”を広げる。デフレによる景気の低迷は正社員と派遣の格差を生み、勝ち組と敗け組の企業格差をつくる。列をなすファスト・ファション店の隣には閑散としたデパートがあり、人通りのない駅前商店街と反対に、歩くことすら困難なエキナカショップ。国内いたる所で格差がはっきりしてきた。」それどころではない現状を体験しながら、この本に対峙した。

著者は「維新の改革、戦後の発展をなし遂げた日本の経済人は、みな空のままに生きてきた。日本の財界を築いた筆頭は土佐出身の岩崎弥太郎だろう。土佐は身分制度が明確で、雨天にゲタを履く藩士と、素足のままの郷士というように、はっきり身分が分かれていた。岩崎はその郷士にすらなれない地下浪人として育った。彼は貧乏な生まれゆえ学問で身を立てることを決意する。ここが“空”と言う考えの凄味だろう。生れの身分を受け入れ、それを運命としてあきらめることが“空”ではなく、現状をどのようにも切りひらくエネルギーが“空”なのである。」天真爛漫の変節は岩崎に限ったことではなく、戦後の経済発展の道もまたこれだった、という。石坂泰三、中山素平、土光敏夫、本田宗一郎、井深大、松下幸之助、みな楽観性と柔軟性を持ち、皆さん、エネルギッシュに、どんどん自分を変えて変革期に乗り出していった。これが、あらゆる近代日本人に共通の人間性だったといわれる。

「戦後60年、最近はこうしたバーバリズムの経営者が少なくなったように感ずる。なにかマネーと器のちいさなリストラばかりをめざす経営者が目についてしまう。どうやらそれは“空”の論理や、もっと基本となる大乗仏教を知らないことからくるのかもしれない。」「現代は感動を失いつつある。それは尊敬心と祈りの喪失でもある。感動を失った人間にどのように尊敬を取り戻そう。感動を失って生きがいの喪失になり、それが勤労意欲とやりがいの欠如にふくれあがる。でも、感動と尊敬心を失った人々に、礼拝までもよみがえらせることは難しい。道元はその解決は知恵にあるという。」事例を出されている。

「人間社会の特徴だが、驚きは容易に尊敬に転嫁する。ノーベル賞に輝いた名古屋大学の益川敏英博士は英語がまったく話せない。英語が話せないことで評価が低くなると思いきや、事実はまったく逆で、尊敬される度合いが群を抜いて高かった。またイチローの成績は驚きだ。大リーグでも前人未踏の領域に入ってきた。さらに最近話題になった栗木史多。数年のあいだに世界七大陸の最高峰に単独無酸素で登頂に成功したという。誰もなし得なかった快挙だが、その理由が失恋だったと聞いてさらにたまげた。こうした人々は大衆を驚かせたが、尊敬を集めたことも間違いない。驚きは尊敬を成熟させるのである。自然の畏敬を感じるチャンスが減り、周囲から感動が薄れれば薄れるほど、人への驚きと尊敬が大切になってくる。尊敬すれば、礼拝は付随して起こる。それが道元のいう敬礼だ。」そして続けられる。

「道元が、敬礼するところ礼拝あり、と述べるのは、まさに現代を表している。わたしたちの周囲から壮大な生命の営みと感動の機会が少なくなれば、いっそう偉大な人と出会うチャンスを増やさなければならない。自分のできないことをなし遂げる達人のワザを持つ人との出会いが、驚きと尊敬と礼拝をもたらす万能薬になる。この重要性をいまいちど確認しなければいけないと思う。とくに子供たち、青年たちに尊敬する対象が必要だと思う。」

「形のないものをとらえる」という項がある。気迫や勇気は、人に見えないものが見えてこそ立ち上る。聞こえないものが聞こえてこなければ気迫は立ち上らない。感じられない声が管理職に得られなければ、社員はしたがっていかない。組織の上に立つものは、下がとらえられない微妙なものを把握しなければその資格はない、と言われる。トップの姿勢として、東芝の社長として乗り込んだ土光は、就任した日にカミナリを落とした。“なんだ、こんなものを作って。すぐに壊せ!”社長室にあった大きな風呂だった。社長室に備えられた豪華な風呂場を見て、土光は役員間に漂うことなかれ主義とエリート主義、そして現場から乖離した経営姿勢を見抜いたのである。土光の峻厳な態度を東芝社員は感じとり、すぐに階段を上りはじめる。下は上をすぐにそ理解するのである。してつぎの詩を紹介している。

ガンジーが愛したシェリーの詩
  諸君よ、静かに断固として立ちたまえ、
  生い茂った無言の森のように、
  腕を組み、ジッと凝視してー
  それこそが無敵の戦いの武器、
  そして、それでも暴君たちが挑んでくるなら
  諸君の間に彼らの馬を踏み込ましめよ、
  切りつけ、突き刺し、傷つけ、なぎ倒しー
  彼らのやりたいままにさせておくがいい。
 
  腕を組み、じっと目を見すえて、
  恐れず、驚かず、
  彼らが虐殺をほしいままにするのを見ていたまえー
  彼らの逆上が鎮まるまで。
 
  そのとき、彼らは恥じて帰っていくだろう、
  彼らのもと来た場所へと、
  そうして流された血は
  彼らの頬を恥じらいで赤めるだろう。
 
  起き上がれ、眠りから目覚めたライオンのように、
  打ち負かされることのない数を組んでー
  諸君の鎖を地に振り落すのだ、
  眠っているうちに諸君にふりかかってきた露のようにー
  諸君は多数―彼らは少数。

「ガンジーはときとしてこの詩を口ずさみ、いっときの休みもなく走り続けた。その行動の力が大衆をうごかしたのである。操作主義では人は動かない。トップの生き方が大衆を引き付ける。社員が経営幹部を見て、“そうだ”といわしめる力。それは目標とそれをめざす迫力ではないか。操作主義から“そうだ”主義への転換、それが21世紀に求められる経営の力だと思う。目標という虚空の力を、いま一度学ぶべき時がきている。」

 

「阿含経・相応部に“末利(まり)”という経典がある。釈迦の在世当時、インドにコーサラ国という大国があった。その王をパセーナディという。妃をマリッカーといった。そのマリッカーを主人公とする経典が“末利”である。パセーナディとマリッカーが鐘楼に登り、二人の会話からこの教は始まる。」
末利があきらかにしているのは
 ・自己を愛する人は、他人へ愛を与える
 ・自己へ向けられた愛のごとく、他人へ愛を与える
 ・他人を害する者は、自分自身を害している
 ・他人を罵倒する者は、自分自身を罵倒している
 ・他人に愛の言葉をかけるものは、自分に向けらえた愛の言葉が記憶に残り、自分に愛の言葉をかけている
 ・助けられたものは人を助け、励まされたものは人を励ます
 ・愛を受けた人は、自己の立場と他人の立場を入れ替えて考える大きさをもつ

「この経典の短い文章に、今日の心理学のすべて説き明かされている。人間は自分が与えられたように人に与える。心に存在するマイナスの王たち、寂しい生活、そして弱い自分を隠すために“慢心のコート”をまとう。いま、わたしたちは余分な精神の贅肉をおとさなければいけない。人類に偉大な富と科学技術を与えた西洋文明は、同時に人類が最高という過信と誤解、そして慢心をあたえてしまったのである。」

「自己学習は仏との出会い」という処がある。「わたしの知人で四国のパン屋さんに勤めていた若い女性がいた。英語が話せ人柄もいいので、東京の教育関係の企業に就職させた。その会社は全員が、東大その他の有名大学卒で構成された会社だった。一年したら話がしたいというので会うことにした。やめたいという。“いまの会社は来訪者が帰ったあとで、みなさんその方を評価し合います。だけど、一度も訪ねてくださった方をほめることがありませんでした。いつも悪口ばかり。前にいた会社はそんなことはなかった。みな高卒。だけど協力してパンを焼いて、一日中配達で動き回って、誰でもが、励まし合っていました。こんな悲しい気持ちで毎日をおくるのは、イヤなんです”声がなかった。成長とはこうしたことだろう。学歴があっても、立派な看板を背負っていても、そこにいる人々の成長がなければ感動がない。感動がなければ救いはない。救いがなければ生きがいは生まれない。彼女はそれが悲しかったのである。こうして彼女は戻って行った。いまは生き生きとした声で電話がかかる。仏に出会う生活をしているのだと思う。」著者は次のように語る。「成長とは自分の目の前にいる人と自分に従う人との関係がよくなることをいう。いつも一対一の関係、自分をはさんだ前後の人間関係が良くなることを成長という。」

いろいろ示唆に富んだ展開が出てくる。「コロナ疾風」のなかで、変化がもとめられる時に、この本との出会いが偶然あったことに驚くのだった。

(文:横須賀 健治)

 

6月 10 20

横浜スケッチ(第44回) お花シリーズ2

by staff

ペンネーム 成見 淳

前回号はお花シリーズ。2月の終わりから3月終わり頃までの約一か月ほどの間に黄色いお花の絵を集中的に描いたのでこのタイトルにしました。
新型コロナウィルスの感染拡大によって、首都圏など7都道府県に緊急事態宣言が出されたのが4月7日。その三日後にヨコハマNOWが発行され、いつもの5倍位の方からお便りを頂きました。中には2015年5月の第1号以来初めての方もいらっしゃいました。非常時の不安心理の中で美しい花や風景などにいつも以上に心を動かされ、平常心を取り戻すことが出来るからでしょうか。絵やエッセイが少しでもお役に立つのならこんなうれしいことはありません。そんな思いを胸に頂いたメールにお返事を書きました。
今年は桜の開花が早く、原稿を提出した後の、外出自粛になる前に横浜市鶴見区の馬場花木園にスケッチに行き、それをきっかけにまたお花の絵を描いたので、思いがけず今回はピンクのお花シリーズの続きとなりました。季節柄桜が多かったからですね。

 

花木園から2点

「馬場花木園東屋」透明水彩4号

花木園は横浜市鶴見区馬場にある小さな公園。周りは閑静な住宅地。もともとは民家で横浜市に寄贈された。正式には馬場花木園とい。ちょうど4年前2016年の横浜スケッチ(第14回)「鶴見区馬場の花木園」に書いているが、当時の描いた絵は今見るととても恥ずかしい。

3月26日、お花の絵が続いていたのでもっと本格的にお花の絵を習ってみたいと思ったところにインスタグラムで廣田幸子先生の教室展を知って桜木町の画廊で初めてお会いし、花木園でのスケッチ会に参加させていただいた。この絵はそのすぐ後に描いたもので、『人物を入れたいなあ。出来れば女性を。』と思っていた所に真っ赤な服を着た女性が通りがかったので「絵を描いているのですが、美しい女性を絵に入れたくて(形容詞を付けたかどうかは忘れた)写真を撮らせてもらって良いですか?」とお願いしたら、快諾頂きカメラを向けると、ピースポーズ。
慌てて「ピースはやめて下さい。出来るだけ自然に。自然なポーズで。」と言うとスマホを見ているポーズをしてくれた。8月の成見兄弟展に出品するつもりだが来てくれるかなあ? そもそも開催出来るだろうか?

「馬場花木園池から」透明水彩6号

これはさらにその後描き上げたもの。池の投影をもう少し暗くしても良かったかな?。

 

白間津(千葉県南房総市千倉町)

「白間津のお花畑」透明水彩6号

白間津には3年続けて訪れたが、昨年の台風で今年はお花が少なかったので、昨年取った写真をメモ代わりにして描いた。私は人物は苦手で、先生のアドバイスにより人物は後から追加した。

 

大岡川沿いの桜

大岡川(模写)透明水彩4号

4月から赤坂孝史先生の教室がコロナウィルスのため外出自粛となり通信講座に代わっった。教材を見て自宅で模写しメールで送り、返信された添削とコメントに従い修正したのがこれ。タイトルは不明だが場所は上大岡駅近くの大岡川と思われる。

「大岡川の桜」透明水彩6号

模写と似たような構図で、忘れないうちに描くと自分のものになる、という事を素直に実行すべく、昨年自分で撮影した同じような構図の画像を見つけて描き上げた。

 

「赤坂孝史教室オンライン展」

新型コロナウィルス感染拡大の影響で、毎年恒例の「赤坂孝史教室水彩画展」も下記のように早々と中止となった。その代わり、という訳でもないが先の見えない不安と重苦しい自粛ムードの中で、何とか希望と勇気を取り戻したくて「赤坂孝史教室オンライン展」を企画・提案し「赤坂孝史教室オンライン展」を開催することになった。
今までの教室展は地域的な制約から会場は横浜、出品者は関東のみであったが、オンライン化により関西の生徒も参加できるようになった。また、教室がお休みとなり通信講座となったのを機に4月から全国展開のオンラインゼミが始まり、関東、関西だけでなく全国の生徒が出品できるようになった。
すでに作品は集まって来ており、7月1日からネット上でオープンする。
さらにインスタグラムの私の作品をご覧になったスイス、インターラーケン在住のミツイヒロミさんからコメントを頂き、メールのやり取りからオンラインゼミに参加、オンライン展にも出品頂けることになった。全国展開どころか海外にまで広がって行った。

 

出品予定
6月18~21日 国際水彩画交流NET展 新潟県民会館、日本国際水彩画交流会公式UTube
7月 8-14日 赤坂孝史教室水彩画展 ギャラリーダダ(横浜そごう9階) 中止
8月 5-11日 ギャラリーダダ アートフェスティバル展(公募展)(横浜そごう9階)
8月12-18日  成見兄弟展      ギャラリーダダ(横浜そごう9階)

筆者紹介

Jun Ohsawa 大澤 淳さん  
お名前 Jun Ohsawa 大澤 淳
E-mail j-narumi@ug.netyou.jp
URL http://home.netyou.jp/kk/ohsawa/
成年月日 1967年1月15日成人式。おひつじ座。いわゆる団塊の世代。誕生日はもっと前。
年齢 その年の西暦 ? 1947(3月25日以降)
生息地 横浜市鶴見区に70年弱在住。いわゆる浜っ子。
血液型 いわゆる典型的なAB型
性格 内気、控えめ(だが信念は曲げない)、人前に出るのを極度に嫌う・・・だったが、 最近は少しずつ変わって来た。これもネット化のおかげかな。
割りと簡単に物事をはじめてしまう。(衝動的、意思決定が速い、好奇心が強い)。
忘れやすい。(最近特に)
趣味 ◎絵画:(主に水彩画)初めは油彩だったが10年近く休止していた。ヨコハマNOWのお陰で、2015年より主に水彩画を中心に絵画を再開した。
◎文章を書くこと(エッセイ、旅行記など)。
◎放浪の旅:国外国内を問わず、スケッチポイントを求めて心の洗濯に。(すぐに汚れやすいので。)
〇ゴルフ:1979年にホールインワンをしたことも。42年間通った神奈川県津久井湖ゴルフ倶楽部を2016年12月に退会。ハンディキャップは全盛期13だったが。
〇2015年急に作曲を始めたが半年もたたずに現在休止状態。
●フォルクローレ(アンデス音楽):ケーナ、サンポーニャ等も演奏したが、今はたまに聴くだけ。

 

6月 10 20

田中健介の麺食力-それから- 第21回 「全147店舗のそれから」

by staff

第21回 全147店舗のそれから

2010年に出版した自著「麺食力-めんくいりょく-」。横浜の麺料理とその周辺の情景を描きながらほとんど売れなかった可哀想な本。著者自身も出来上がった本に向き合うことなく、二回目の東京オリンピックがあろうことかコロナ渦により延期、政府からの緊急事態宣言も出て停滞し始めた2020年。出版丸10年となり、予定していたイベント企画もままならず、もうボヤくしかない企画の今回が第二十一回目でございます。

 

「麺食力」刊行10周年トークイベント開催未定のお知らせ

3月25日(水)に予定し、新型コロナウィルスの影響による政府方針や諸般の事情も踏まえ、延期となった本イベントは、無期限延期中です。緊急事態宣言も解除されましたので、今後の動向を見ながら、関係各位と話を進めていきたいと思います。
詳細が分かりましたら次号以降でお知らせ致します。

 

新型コロナウィルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言も解除されました。
まだ終息したわけではありませんし予断を許さない状況には変わりありません。
これからの行動こそが大切だと思います。手洗い、うがい、マスク。引き続き頑張っていきましょう。

さて。
本稿は私が10年前に上梓した「麺食力」という本とその後の変遷を書く場なので、否が応でも「麺食力」という本のことについて述べさせていただきます。
「ハマっち!」ブログ上では165店舗紹介しておりますが、そのうち書籍化においての掲載拒否や出版前に閉店、ということもあって最終的には147店舗が掲載されました。

麺食力掲載店舗の区別割合の円グラフ。
147店舗中、半数以上が中区の店舗であった

麺食力掲載店舗を区別に分け、掲載数を円グラフにまとめてみました。
やはり中区が53.1%と半数以上を占めていました。続いては南区の10.9%。食べ歩いていた所謂「取材期間」は中区と南区に住んでおりましたので、だいぶ近場で済ませていたのだな、というのが感想。
私は「○○がなければヨコハマじゃない!」とか気難しいタイプではなく、行政区域の隅から隅までを横浜!と考えていますので、全区制覇をポリシーとしておりましたが、ただ一つ、栄区内の店舗がゼロという痛恨の結果となっております。実は1店舗、とある名店を訪れていたのですが、私の交渉下手もあったんでしょう、掲載NGとなってしまったのです。

麺料理のジャンル分け。中華料理(中華街&町中華)が全体の3割近い

次にジャンルで分けてみましょう。中華街を中心に、町場の中華料理店も含めると全体の3割近くが中華料理のお店を紹介しています。
中華料理の中にもラーメンが存在しているのでややこしい部分があるのですが、ラーメンについては、純粋にラーメン店、もしくは店名に「ラーメン」or「らーめん」と記してあって、ラーメンが売りであることがラーメンのジャンルに入ります。
洋食と喫茶店を一緒にしてしまうのはどうかと思いましたが、共通するのが「ナポリタンを食べたこと」にありますので、ナポリタンを食べたお店はこのジャンルに入ります。
私が会長を務める「日本ナポリタン学会」発足のきっかけとなった本でもあるので、ナポリタンも30店舗近く掲載されております。

現在の店舗営業状況。147店舗中48店舗が閉店。

さて、刊行から10年が経過して147店舗はどうなっているのか。
2020年3月現在では残念ながら48店舗が閉店、99店舗は移転や代替わりなども含めて営業中となっています。
区別で分けると中区・南区の閉店率が高いです。他の区については行った店舗が少ないので一概にどうとは言えないですが、中区・南区については高齢化、後継者不在が大きな理由となっているようです。中華街でも古くからの華僑に代わって新華僑と言われる人々の進出でだいぶ変わっているようですし。
また2011年の東日本大震災で建物や経営に打撃を受けてしまっての閉店というケースもあります。
2020年前半は「コロナ禍」によって飲食店を含めて多くの商売が大打撃を受けています。これをきっかけに閉店してしまう店舗がこれから続出する可能性をはらんでいます。

西区は6店舗ほどですが、いずれも元気に営業しています。横浜駅という玄関口がちかくにあるという立地によって、経営も安定し、人手も確保しやすいメリットがあるのではないかと思います。

いずれにしても飲食業を営むというのは大変なことです。
大変な中でもここでしか味わえない何かを提供し続けてくれるお店に、あらためて感謝したいです。

筆者紹介

 
本 名 田中 健介(たなか けんすけ)
略 歴 1976年9月生まれ。横浜市出身。横浜市在住。
武相高校、神奈川大学卒業。
自称エッセイスト、本業は福祉関係。
ベイスターズファン歴35年、CKBファン歴17年。
 
2009年9月、日本ナポリタン学会設立、会長となる。
http://naporitan.org
 
2010年3月、著書「麺食力-めんくいりょく-」(アップロード)刊行
https://amzn.to/2DGVqiU(Amazonへ短縮リンク)
 
2017年5月~ 連載「はま太郎」(星羊社)「田中健介のナポリタンボウ」
https://www.seiyosha.net/
 
連絡先:hamanomenkui@gmail.com

 

6月 10 20

チャレンジ(第22回) 今だからできること

by staff

今だからできること

こんにちは。 C.P.FACTORYディレクターの平安山美春です。緊急事態宣言が解除され、日常が戻りつつありますが、皆様どのように過ごされていますか?私は、まだまだ第2波、第3波が恐ろしく、手洗いうがいはもちろん、マスクも着用で外出しています。蒸し暑い日にマスクを着けて動くととても暑く苦しいですが、このまま収束に向かうように祈っております。

「少しでも楽しみたい!」

長い自粛生活の中、「今だからできることは何だろう?」と考えていました。

家庭では少しでも楽しみが増えるように、忙しかった娘たちと一緒に新しい料理に挑戦したり、運動不足なので主人と交代でウオーキングしたり、時間を有効活用するように心がけました。

仕事に関しては私は以前とほとんど変わらぬ状況でしたが、オンラインを使ってコミュニケーションを取ったり、アフターコロナはどのような世界になっていくのか想像してみました。想像しているだけで答えには到達していませんが、人々の価値観が変わっていくのは感じました。

焼きたて手作りピザ、美味しかったー!

生ハムゆっけ、これも美味しかったー!

「今だからできることは何だろう?」

C.P.FACTORYを立ち上げるきっかけとなった横浜市内の地域活動支援センターですが、緊急事態宣言中も横浜市より「事業継続」を言い渡され、厳しい状況の中、開所していました。そして、開所していれば何か仕事を提供しなくてはなりません。昨年イベントを開催させてもらったアニミ(https://cpfactory.jp/news)もカフェ営業は自粛し細々と活動していましたが、仕事が無く、何か軽作業を創って提供して欲しいと依頼があり考えました。

販売イベントや行政による買い取りも軒並み中止となっているので、たくさん自主製品を作っても在庫を抱えてしまうので張り切って作ることができません。製作しても残ってしまうほうが精神的ダメージが大きいと私は考えています。

そこで、カフェ営業が再開した時に喜んでもらえるようにガーランドを作ってお店を飾ったり、カフェで使えるコースターや、紙袋の制作を少しづつ始めました。また、今まで以上に営業活動にも力を入れて、買い取りや販路拡大についてもお話しを進め、新商品の開発にも取り掛かっています。

お店を飾るガーランド

アニミオリジナル紙バック

良いイメージを膨らませて、前向きに活動をしていると、気持ちも前向きになり、ワクワクすることが増えてきました。コロナウィルスの影響はマイナスにしかならないと思っていましたが、自分が今出来ることを考える良い機会となりました。これを機に更なる飛躍を遂げたいと思います。

次回は「しあわせにゃんこプロジェクト」です 

(第22回了)

筆者紹介

 
本 名 平安山 美春(へんざん みはる)
略 歴 1973年横浜生まれ。
高校時代に米国イリノイ州立ネーパービルノース高等学校に留学し、本場のアートと最先端のコンピューター技術を学ぶ。
 
帰国後、東京工芸大学 画像工学科(現メディア画像工学科)にて色彩画像工学を学び、卒業後、画像加工技術を活かしたグラフィックデザイナー兼DTPディレクターとして制作会社に勤務。
 
2003年長女出産を機に退職、フリーで活動を始める。
Photoshop歴25年。2児の母。
 
現在は、DTPやWEB関係の制作や解析業務、ワークショップ形式を用いた様々な講座やイベントを主催する傍ら、自分の技術を福祉の役に立てたいと考え、精神障がい者が作る自主製品のアートディレクションなども手掛けている。

 

6月 10 20

絵本から笑本へ(第48) 絵本作家と、笑顔をつなぐ笑顔な女性たち。
~松本 惠里さん~

by staff

絵本作家 保科琢音の連載コラム「絵本から笑本へ」の第4期。

絵本作家としてこれまでにご縁のあった
「笑顔をつなぐ笑顔な女性たち」をご紹介しています。

第4期3回目にご登場は…
NPO法人スマイリングホスピタルジャパン代表理事の
松本惠里さん。

スマイリングホスピタルジャパン(※以下SHJ)とは、
入院中の子ども達に本物のアートを届け、
重い障害を持つ子ども達に在宅訪問学習支援を行っている団体。

このコラムでも度々おしゃべりしていますが、

ぼくの娘も障害をもっています。
長期入院をしたこともあるし、
地元から遠く離れた病院で入院生活を送ったこともあります。

そんななか、子どもだけじゃなく、
親であるぼくらの心も癒してくれたのが、
たまに遊びに来てくれる、
様々なアーティストやパフォーマーの皆さん。

そんな皆さんに出会い、いつかぼくも絵本作家として
入院している子ども達を笑顔に出来る活動をしていきたいと
考えるようになりました。

個人的な繋がりで少しずつですが病院での活動もしていた頃、
SHJの存在を知りました。

そして、さらに有難いことにご縁は繋がり、
SHJ代表の松本さんとも出会うことが出来たのでした。

松本さんの方でもぼくの活動に興味をもってくださっていて、
話はとんとん拍子に進み、
ぼくもSHJのアーティストとして登録して頂けることになりました。

松本さんと初めてお話をしたとき、

とても嬉しく思ったのは、
松本さん自身がアーティストの方々へ
とても敬意を持ってくれていることでした。

「子ども達へ本物のアートを」

言葉にするのは簡単だけれど、
それを実行すること、
実現することは簡単なことではない。

SHJは北海道から沖縄まで全国に支部があり、
コーディネーターの方やサポーターの方もたくさんいらっしゃいます。
その方達も皆さん、
松本さんと同じようにアーティストへ敬意を持ってくれている。

だからこそ、松本さんが代表を務めるSHJには、
本当にたくさんのアーティストが集まっている。
だからこそ、全国各地の様々な病院と連携ができ、
たくさんの子ども達へ笑顔を届けることが出来ている。

ぼくはそう感じています。

2020年今現在、新型コロナウイルスにより

日本だけでなく世界中が混乱しています。

医療関係者の皆さんが頑張ってくださっているのは勿論。

もともとの持病や障害により長期入院している子ども達は、
親御さん達と面会すらも出来ず寂しい思いもしています。

本来であれば定期的に遊びに行けるぼく達SHJアーティストも、
ここ数か月は病院での活動は全て止まっている。

それでも、今のままでも出来ること、
今のうちに準備出来ること、
それぞれが考え、それぞれが行動しています。

また病院へ遊びに行ける日が来たとき、
また入院中の子ども達に会える日が来たとき、
SHJはもっと凄い団体になっていると思います。

松本さんの想い描く未来に少しでも近づいていけるように、
ぼくもたくさんの子ども達を笑顔にしていきます。
皆さんも、スマイリングホスピタルジャパンへ応援よろしくお願い致します!

松本 惠里さん
(認定NPO法人スマイリングホスピタルジャパン代表理事)

絵本作家 保科琢音からのご質問

※毎回、登場頂くみなさんへ同じ質問をしていきます。

① 『子どもの頃はどんな子でしたか?』
「三人兄弟の真ん中で家族から注目されないのをいいことに、学校から帰ると靴も脱がずにランドセルを放り出し、友達と秘密基地を作ったり木登りしたりしてお気に入りの空き地で暗くなるまで遊んでいました。日焼けした肌は一年中真っ黒でした。反面ものづくりも大好きで、洋裁をしていた母の仕事場から布の端切れやボタンなどをもらってはぬいぐるみや袋物などを夢中で作っていました。」

② 『子どもの頃の夢はなんでしたか?』
「小学生の頃の夢は、水泳の選手と、絵描きさんでした。」

③ 『これからの夢はなんですか?』
「団体が発展継続すること。難病や重い障がいのある子どもはじめ、人権の守られる格差のないフラットな社会になること。」

④ 『悩みはありますか?』
「新型コロナウイルス感染拡大を受け、世の中が大混乱に陥っていること。弱い立場にある人たちが真っ先に犠牲になってしまう社会のあり方には怒りを感じています。必要なところにピンポイントで迅速に支援が渡るような仕組みが早くできてほしい、というのが悩み…というか希望です。個人的にはニュースを見る度に暗い気持ちになるのが悩みですが、どんな状態であっても自分にできることを地道に実行することで前向きな気持ちを保てるよう心がけています。」

⑤ 『今、一番楽しい事はなんですか?』
「スタッフと一緒に、どうしたらもっと子どもたちや家族に喜んでもらえるかなど団体発展へのアイデアを練ること。最近始めたベランダ菜園で苗の世話をすること。料理をすること。」

<認定NPO法人のご紹介>

認定NPO法人スマイリングホスピタルジャパン
HP: http://www.smilinghpj.org/

<絵本作家 保科琢音ホームページ>

http://ehonsakka-hoshinatakuo.net/

<絵本作家 保科琢音YouTubeチャンネル>

『笑える絵本ダナ』 https://www.youtube.com/channel/…

(文・イラスト:保科琢音

筆者紹介

絵本作家。紙芝居作家。
公立図書館に10年勤める。
2013年 絵本「あっかんべー」出版。
絵本や紙芝居の創作だけでなく「読絵ん会」という名の読み笑わせ口演を精力的に行っている。
口演場所は計500ヵ所以上。
2017年 ベトナムホーチミンの幼稚園にて口演。
横浜市神奈川区にて開放している、赤ちゃんとお母さんが集える広場「おかげさま亭」プロデューサー。
 
また、絵書家筆之輔(えかきやふでのすけ)の芸名で落語家としても活動。
神奈川県を中心に落語会や落語イベントを開催。
横浜市内の小学校にて落語の授業を数多く担当。
2017年3月小学生60名が出演した「大黒寄席」プロデュース開催。
父親と子ども達による演芸クラブ「背中の集い」企画代表。
毎月定例の落語会として横浜市保土ヶ谷区の「しばた。寄席」。

ヨコハマNOW取材記事
「僕にとっての横浜は「未来へ笑がおをつなぐ街」。絵本作家の保科琢音さん」
http://yokohama-now.jp/home/?p=13904

『読絵ん会(どくえんかい)』の様子を動画でご覧下さい。

 

6月 10 20

第87回 間取りから考えるコロナウイルス対策と手洗いスペース

by staff

古川都市建築計画一級建築士事務所
古川達也

間取りから考えるコロナウイルス対策と手洗いスペース

全国にコロナウイルス感染拡大の不安が広がり、外出自粛の生活が続いています。家に居る時間が長くなり、日々暮らしている住まいの使い勝手や居心地などが気になっている方も、増えてきているのではないかと感じます。さて、今まさに気になること。ずばり、コロナウイルス対策に相応しい住まいがあったとして、どんな間取りなのだろうか?未知なるウイルスに対処出来る方法があるとしたら、少しでも住まいに取り入れたいところです。

例えば、屋外から帰宅し誰もが最初に住まいで行っておきたい所作は「手を洗う」こと。手洗い器の場所は、間取りを考えるなかで、どこにあったら一番手を洗い易いかを少し考えてみました。100点満点といかないまでも、おそらく玄関に出来るだけ近いところにあって、素早く手が洗える状況であれば、汚れやウイルスを屋内の広範囲に持ち込まないように対応し易いのではないかと思うのです。玄関戸を開けて屋内に入るとします。靴を脱ぐ前に手を洗うなら、玄関戸の目前に手洗い器がある方がいいはず。しかし、手を洗ってから靴を脱ぐのでは、屋外環境で様々接触してきた靴に、どうしても触れることになってしまいます。やはり少なくとも靴を脱いでから手を洗うようにしたい。さて、その次はどうしましょう。

リビングの一角、階段下を有効活用した手洗い場所。

以前に設計した愛猫と住まうご家族のための木造2階建て個人住宅は、1階にリビングダイニング。2階に主寝室と子供室。玄関から廊下が無く直ぐにリビングへ入室する間取りなのですが、屋外と直結する玄関の断熱性能と、愛猫の飛び出し防止のために一枚の屋内引戸で仕切られています。リビング側と玄関で互いの気配がわかるよう光を通す軽いポリカーボネイト板を主材とした引戸。この住まいの玄関は風除室のような形式と言えます。引戸を開けるとそこはリビング、そして2階へ行ける階段が直ぐ横にあるのですが、階段下のデッドスペースを有効活用し手洗い器を設けています。つまり、この住まいでは間取り上玄関に最も近い位置、なおかつ2階へ行く起点に手洗い器がある。家族皆が必ず通る主動線上に手洗い器があるだけでなく、リビングやキッチンどこからでも見える位置に手洗い器がある間取りになっています。完ぺきといかないまでも玄関では引戸を開ける前に、上着やバッグなど対処出来る範囲で除菌し汚れをなるべく屋内に持ち込まない考え。リビングでは帰宅した子供たちに「手を洗った?」おやつを食べる前に「手を洗った?」2階で愛猫と触れ合った家族が1階に下りて食卓につく前に「手を洗った?」と互いに声を掛けやすい場所に手洗い器がある。そして手洗い器は、居室からよく見えているので清潔を保つよう小まめに掃除、比較的いつも綺麗です。

キッチンからもリビングからも見える階段下の手洗い場所。

実は、この方針をイメージし望まれたのは施主奥様でした。「玄関近くで階段も近く、家族みな見えるところに手洗い器をおく」という間取りのご要望。コロナウイルス問題が身近となる、ずっと以前の計画当初から目指した方針の一つでしたが、結果的にコロナウイルス対策としての間取りと手洗いを考える上で、とても参考になるのではないかと思われたのです。間取りから考えるコロナウイルス対策。さらにみつめて参りたいと思います。

今回の実例は、小さなお子様とご夫妻が愛猫と暮らす横浜市内の住まいです。「縁側サンルームの家」と名付けたこの家では、屋内と庭との間に、縁側のようでありサンルームのようでもあるスペースを配置。窓辺で家族と来客を迎える愛猫の居場所、家庭菜園の収穫一時置き、ロングカウンターのある家族共有のスタディコーナーなど多目的に利活用出来ます。全体に柔らかい自然光が取り込まれ、心地良い広がりを感じる住空間が特徴です。詳しくは、ホームページ https://furukawa-arch.com/ 古川都市建築計画一級建築士事務所まで気軽にお問合せ下さい。古川達也

 

「暮らしを大切にデザインする」建築家のグループ

AA STUDIOは「暮らしを大切にデザインする」建築家たちのグループです。

それぞれの建築家に気軽にご相談ください。なお、下記のような「ナビゲートサービス」も承っておりますので、ぜひご利用ください。ホームページにお問い合わせいただければ、こちらからご連絡させていただきます。
TEL:045-351-0288 (担当:青木恵美子)でのご相談も受け付けておりますので、あわせてご利用ください。

AA STUDIO ナビゲートサービス

中立的な立場で、建築家選びをナビゲートします。ご相談は無料。
その後ナビゲートをお申し込みの場合 申込金 ¥10,000
・面談コース 面談希望建築家と面談  無料(最大3名の建築家を指名)
・提案コース 具体的なプランの提案  ¥50,000/1提案(最大3名の建築家を指名)

AA STUDIO WEB http://www.aastudio.jp

青木恵美子 有限会社 A.Aプランニング
http://www.aaplan.com
井上 玄 株式会社 GEN INOUE
https://architect.bz/
荻津 郁夫 有限会社 荻津郁夫建築設計事務所
http://www.o-as.co.jp
北川 裕記 北川裕記建築設計 一級建築士事務所
http://www.aalab.com/kitagawa/
北島 俊嗣 株式会社 北島建築設計事務所
http://kitajima-architecture-design.com
久保田 恵子 5’st一級建築士事務所
http://studio5st.com
栗原 正明 栗原正明建築設計室
http://msak.asia
河辺 近 ken-ken.Inc. 一級建築士事務所
http://www.ken-ken-a.co.jp
岸本 和彦 acaa建築研究所
http://www.ac-aa.com/company/
鈴木 信弘+洋子 有限会社 鈴木アトリエ
http://suzuki-atelier.com
高橋 正彦 佐賀・高橋設計室
http://www.takahashi-arch.com
藤江 創 有限会社 アーバン・ファクトリー
http://www.urbanf-arch.com/
藤本 幸充 株式会社 鎌倉設計工房
http://www.kamakobo.com
古川 達也 古川都市建築計画一級建築士事務所
http://furukawa-arch.com/
水口 裕之・松井 理美子 tentline(テントライン)
http://tentline.jp
山口 賢 株式会社 アマテラス都市建築設計
http://www.amarterrance.com
山田 慎一郎 山田スタジオ一級建築士事務所
http://www.yamadastudio.com/

 

6月 10 20

VRワイバオ ジャパン株式会社 代表取締役 樽谷 隆さん

by staff
樽谷 隆さん
樽谷 隆さん
 
お名前 樽谷 隆(たるたに たかし)
お生まれ 57歳(1963年生まれ)
お住まい 横浜市保土ヶ谷区 在住
趣味 庭木の手入れ
高圧洗浄機によるデッキの清掃
お仕事 VRワイバオ ジャパン株式会社 代表取締役
HP https://www.vrwaibao.jp/

 

幼少の頃はどのような少年だったのですか。

群馬県前橋市で生まれました。群馬大学医学部の研修者だった父が、ニューヨークの大学に留学したので5歳のとき(1968年)に父母と一緒に渡米しました。それから2年間アメリカで過ごしました。6歳で小学校に入学し、友人たちとは英語で会話していました。ユダヤ人やイタリア系アメリカ人など様々な人種がいる地区のアパートに住んでいたので、毎日が「セサミストーリート」(1969年から放映されたアメリカの子ども向け教育番組でニューヨーク・マンハッタンが舞台となっている)の世界そのものでした。(すんでいたのはNY郊外 Queensですが。。)

日本に帰ってきてから日本語を勉強したこともあり、国語が不得意でした。当時は本気で将来はウルトラ警備隊の様な組織ができておりその隊員になりたいと本気で思っていました。

中学校ではバスケットボールに熱中していました。高校の教員で教育熱心だった母に、近所の塾を勧められ、成績も急激に伸びて勉強が好きになってきました。中学2年生のとき、学級委員長になり、つたないながらも自分の言葉で主張を言うことができるようになっていきました。ハッキリものを言う性格はこの頃から変わっていませんね。

ご両親の出身大学(東京理科大学)に進まれたそうですね

高校はキリスト教系の学校でした。群馬でこの学校に通うのは富裕層の子息が多かったです。あまり馴染めませんでした。やりたいこともなかったのですが、理科系の両親の勧めもあり、東京理科大学理学部に入学しました。横浜市保土ヶ谷区の祖父母の家から神楽坂の大学まで通いました。改めてアメリカに行きたくて、色々なアルバイトしてお金を貯めました。大学3年(1985年)のときに再渡米して、ロサンゼルスで2年間過ごしました。ホームステイ先で子守りや掃除・洗濯などの家事労働をしながら夜学に通い、英語、スペイン語、美術などのクラスを受講しました。

ホームステイ先は、当時流行した「ET」(1982年)や「Back to the Future」(1985年)で舞台となった街でした。そのエリアは庭にプールがある中流階級の一般的な家庭でした。子供たち一人一人大きなベッドルームもありました。

2年間の「自分磨き」を終えて日本に戻り、入学から7年かかってなんとか大学を卒業しました。

就職先に商社を選ばれたのは・・・

海外に出られる仕事がしたかったのです。最初の就職先は海外取引がメインの電気部品を取り扱っている商社でした。その後も電子部品のメーカーで働きました。得意の英語で、アジアを中心に海外出張の機会も多かったです。

30歳の頃(1994年)香港に現地法人を作る仕事を任せられ、1997年の香港返還までいました。その当時の香港は日本人が20,000人以上いて活気がありました。私も香港日本人商工会議所の電子部会で人脈作りに励んだものです。

帰国して結婚相手の父親がデベロッパーとして開発したショッピングセンターの経営に携わったりしましたが、電子部品関連の仕事に戻り、タイやマレーシアで再度新規開拓営業の仕事をしていました。

縁があって、光ファイバやLANケーブルのメーカーで世界的なスイス企業の「R&M」(Reichle&De-Massari)で日本法人 R&M Japan の代表として11年間働きました。外資系企業でしたので実績主義で厳しかったです。代表とはいえ毎年契約更新があるので必死でした。まさに「企業戦士」そのものでしたね。「R&M」は世界各地に拠点があり、アジアの拠点のメンバーとの交流も盛んでした。2015年、上海の仲間が、「これからはVR(Virtual Reality)の時代だ」とVR関連の開発会社を立ち上げました。

VRとは、「仮想現実」と訳されますが、「限りなく実体験に近い体験が得られる」ための技術です。例えば、昔の8ミリフィルムやスライドの世界ををVRゴーグルを装着することで立体的にリアルに表現するような取組が可能となる技術です。最近は、現地に行かなくても体感できる観光や住宅販売など、さまざまな分野にVRが活用されています。

50歳を過ぎていた私ですが「VRの可能性」にチャレンジしてみようと独立を決意しました。

VRワイバオ ジャパン株式会社 を設立されたのですね

2017年8月に、VRワイバオ ジャパン株式会社を設立しました。社名は、上海にあるVR WAIBAO(置景上海科技公司)から「VRワイバオ・ジャパン株式会社」と命名しました。上海の会社とは資本関係はありませんが、パートナー企業として協業しています。

2019年4月に自社製品として「XCOL(エックスコール)」というVR会議室を発表しました。これは置景上海科技製品XCOLをベースにVRワイバオ・ジャパンが新機能を加えて「仮想空間共有プラットホーム」としたものです。インターネット上で自由に会場を利用する会議を行うことができるシステムで、自分のキャラクター(アバター)を設定し、VR空間内でホワイトボードの書き込
みなどもできる仕組みになっています。テレワークが多くなって、Webmeetingが増えている中、大企業からの問合せが出てきました。

VR会議システム「XCOL」(エックスコール):https://www.vrwaibao.jp/xcol.html

商品説明をしている樽谷さん

かながわ経済新聞掲載記事

VRだけでなくIoT(Internet of Things モノのインターネット) にも進出されているか・・・

大学の後輩の中国人から、インバウンド向けの地図ができないかと言われ、GoogleMap とは違う歩行者目線の地図を作りたいと発表したのが「XRGO(エックスアルゴー)」、地図が苦手な人向けのスマートフォンのサービス(特許出願中)です。

「XRGO」は、駅や地下街など、GPS情報の得られない環境での道案内ツールです。QRコード読取り現場情報を簡単に入手して、わかりやすい地図を表示します。写真も使って矢印で表示するので、外国人も安心して利用することができます。今年、代官山商店街でのイベントに採用されました。今後は、浅草仲見世通りなどでの採用が決まっています。

「XRGO(エックスアルゴー)」:https://www.vrwaibao.jp/xrgo.html

スタジオにてZoom打合せ

私たちが開発する技術は、誰もが簡単にしかも廉価で使えるようにしていきたいと考えています。今やスマートフォンは誰でも持っていますし、QRコードはクレジット決済などで馴染みのあるものになってきました。QRコードで簡単に地図が読み取れて自分の生きたい場所が瞬時で分かれば便利になると思いませんか・・・

おかげさまで、2019年7月に横浜市経済局の「横浜アクセラレーションプログラム ベンチャー企業支援事業」の8社に選抜されました。さらにJETRO横浜、横浜市経済局が主催して、2020年4月にニューヨーク開催する予定だった展示会(TechDay NY)への出展も決まっておりました。
※残念ながら、新型コロナウイルス感染の影響で延期になっています。

横浜アクセラレーションプログラムについて:https://www.city.yokohama.lg.jp/city-info/…

横浜アクセラレーションプログラムの企業

3年たってようやく軌道に乗ってきた感じがしています。

今年、新入社員を2名採用しました。技術職と営業職です。彼らのためにも、VRワイバオ ジャパン株式会社を発展させていかなければと思います。

Withコロナ時代に向けての提案もあるそうですね

それは「VR GALLERY」です。仮想空間上に300坪の展示スペースを用意しています。現在はこちらに、横浜市戸塚区出身の写真家、坂本貴光氏の写真を展示しています。様々なアート作品を実寸大、等身大、拡大でバーチャルのギャラリーで展開し迫力ある作品として見て回れるツールです。

「VR GALLERY」:https://www.youtube.com/watch?v=XEAz1vZi3uw

この「VR GALLERY」を、新型コロナウイルス感染で、展示会が開催できなくなった芸術家たちに使ってもらえないかと考えています。アーティスト向けの補助金や助成金などを活用して実現する方策を検討中です。

樽谷さんにとって横浜とは・・・

幼少の頃から、盆暮れには横浜の祖父母の家を訪ねていましたので、私にとって横浜は「故郷」のようなものです。

現在は、祖父母の土地に30年前に改築しガレージを事務所兼スタジオにしていますし、学生時代はここから大学に通っていました。「横浜」とは本当に長い付き合いになります。

スタジオから横浜中華街には自転車で25分程度で行けるのですよ。横浜中華街には小さいころから家族と一緒に出掛けた思い出がたくさんあります。ここ10年ほど、東京理科大学 同窓会「理窓会の神奈川支部」の新年賀詞交歓会を横浜中華街で開催しています。私は副支部長なのでいつも幹事役です。(笑)

横浜は、昔も今も私を育ててくれている母なる街です。

<取材を終えて>

樽谷さんとは、VRワイバオ ジャパン株式会社と同様に「横浜アクセラレーションプログラム ベンチャー企業支援事業」に選ばれた、かながわ経済新聞社の千葉編集長の紹介で知り合いになりました。誰でも使える「VR」を横浜から世界に広めてたいと日々、昼夜を問わず、商品開発にまい進されています。Withコロナ時代に向けてこれからますます「VR」が注目されてくると思います。樽谷さんの今後のご活躍に目が離せませんね。

(インタビュー:渡邊 桃伯子)

 

5月 10 20

「みんなで応援サイト」を開設しました

by staff

 

「ヨコハマNOW」は、前回で120号を迎えました。
毎月1回の配信ですから、10年間続けてきたことになります。
この間、たくさんの方々にお会いしてお話を伺い、記事として掲載させていただきました。

この度の、新型コロナウイルスの影響を受けて、「ヨコハマNOW」にご登場いただいた皆様の中にも休業や営業時間短縮を強いられているお店や会社がたくさんあります。

お世話になった方々私たちができること・・・
それは、皆様の商品(サービス)を少しでも多くの方々に知っていただくお手伝いをすること。そんな想いで「新型コロナウイルスに負けるな!みんなで応援サイト!」を立ち上げました。

https://fight.yokohama/

自粛要請で休館している「日本一小さい映画館」・・・シネマノヴェチェント
全国各地のアフリカの物産展がが中止になっている・・・バラカ
入学式・卒業式の中止で予約がキャンセルになった・・・ビーセレブ
営業時間が短縮でテイクアウトに力を入れている・・・・ご根性ホルモン
顧客が激減して冷凍ピザの販売を展開している・・・・・ドリームファーム
活動の場がなくなってしまった・・・・・・・・・・・・パフォーマー集団
営業時間短縮でドイツワインの持帰り販売を始めた・・・Am Rhein
イベントや演奏会がすべて中止になってしまった・・・・・あっちこっち
施工工事の減少で来店数が半分以下になった・・・・・・・高野商店
癒しのオリジナルアロマの販売を始めた・・・・・・・・・・・・SUGARVINE’s aroma 

みんなみんな、「ヨコハマNOW」の仲間たちです。

今は行けないけれど、何か良いサービスがあれば応援したい、いい商品があれば購入してもいいよ!と思っている方たちとと、お店(会社)をつなぎたい。

「みんなの応援サイト」をご覧いただけますか。
そして仲間たちを応援してほしいのです。

https://fight.yokohama/

力を合わせて、新型コロナウィルスに打ち勝ちましょう!!

<募集中>
「みんなで応援サイト」では掲載するお店(会社)を募集しています。
掲載料は無料です。
※「ヨコハマNOW」にご登場いただいた方のご紹介が必要です。
「みんなの応援サイト」でWebページを制作します。
クレジット決済による販売もできます。
 
掲載申込フォームを用意しましたので、掲載ご希望の方は入力して下さい。
※「ヨコハマNOW」にご登場いただいた方のご紹介が必要です。
 
https://fight.yokohama/aplication/
 
「みんなで応援サイト」へのご質問は、お問合せフォームからお願いいたします。
 
https://fight.yokohama/inquiry/

 

5月 10 20

考えてみよう「子ども」・「家族介護」のこと(最終回)
一年間ありがとうございました

by staff

最終回 一年間ありがとうございました

読者の皆さまと「子ども」・「家族介護」のことを一緒に考えることができる場にしたいと願いコラムを書きはじめて、今回で12回となりました。
約1年間という一つの区切りを迎えたので終了することになりました。

最終号のテーマは「家庭介護の変化の時に考える!」です。
第2号のテーマは「介護は突然始まるかも!」でしたが、突然始まった介護も、その後これまた突然、容態が変わってしまうことも多く、その変化に合わせて新たな介護生活になって行くこともあります。

我が家の場合、昨年10月に要介護3だった94歳9か月の母に癌がみつかりました。
もうすぐ、95歳という高齢なのに癌!と、告知された時は、信じられなかったのですが、高齢なので手術可能な体力があるかを調べる検査をたくさん行い、11月には無事、手術は成功し、回復も順調のようで安堵していましたが、癌というのは、取り除けば終わりではないのですね。
ホットしたのもつかの間、術後の体調問題は今もあります。
母は「癌の5年生存率なんていわれても、5年したら100歳じゃない!その前に寿命が尽きてしまうわよ」な~んて、人前では気丈に話してはいますが本心は、再発や転移はしないか?また癌がみつかった場合、今度は手術ができないとなったら、どうなるのか?などなど心配なことだらけでいます。
そのため、介護もこれまでの日常生活のケアだけではなく、術後の心身の不安解消が大切になってきています。

介護生活って、ケアで忙しく流されるように日々を過ごしてしまいがちですが、こんな変化が現れた時は、少し頭の中を整理して今、一番大切にしなければならないことは何か、何よりも優先すべきことは何か、などを考えることと、介護を一人で抱え込まない方法を考えることをお勧めします。

私は、術後の母の介護で何よりも大切にしたいことは、これ以上体力を衰えさせないことと、心身のケアだと思いました。
体力に関しての具体的な行動としては、寝たきりにさせないことと体重を減少させず、現状維持に心がけ、免疫力UPと思われる食事をつくること。
母は歯が無く口腔内に支障があるため、栄養があり、飲み込みや消化に良く、免疫力UPを1日3回食事でとるとなると、長い間には無理が出てくるだろうから、1日1食は介護食弁当を配達してもらうことにしました。
また、体のケアとしては、以前から利用していた週1回の訪問看護のほかに、体調の急変への不安も出てきたので訪問看護先に24時間緊急時連絡がとれる体制にするなど、外部の力も借りながら大切にしたいことを続けるようにしています。
ただ、術後の心の問題に関しては、現在はコロナ感染がなによりも心配なので、今は家庭で母の不安を一緒に考えながら寄り添い、コロナ感染が落ち着いたら外部のアドバイスも検討しようと思っています。

こういった変化の時は、家庭介護だけでなく子育てでもありますよね。
そんな、変化の時には、頭の中を整理し、考えてから取り組んでゆくようにすることが良いと思います。
それから、子育ても介護も関係ないという皆さんも、子どもや介護を必要としている人々は社会の一員でもあります。
どうぞ、社会の仲間として、時には何かできることがあるかを考えたり、手をかしてみると、あなたにとって新たなつながりができるかもしれませんよ。

さて、たった12回と短い期間だったので皆さまと一緒に、考えあえる場としての広がりにまでは至らなかったですが、ほんの少しでも、子育てや家庭介護を考える機会となってくださったなら幸いです。

そして、私は10年目を迎えた「よこはまNOW」の一読者に戻り、毎月楽しみの記事を読ませていただきながら、これまでどおり保育や家庭介護経験などを通して、生涯社会とかかわりあって行くことでしょう。

最後に、読者の皆さまのご健勝とご活躍をお祈り申し上げます。
それでは、ごきげんよう。

筆者紹介

 
本 名 竹沢 佐知子 (たけざわ さわこ)
自己紹介 短大幼児教育科を卒業後、幼稚園教諭となり、その後2度の転職も経験。「やっぱり子どもと関わる仕事がしたい!」と、1991年ベビーシッター会社
(有限会社チャイルドサービス遊)を設立。
 
2007年から父の介護がはじまり、2016年には、会社と介護の両立より、両親との残された時間を大切にする決断をして、25年間続けたベビーシッター会社を廃業。
 
その後父は他界、現在は、母の世話を一番に生活しています。たいしたことはできない私ですが、生涯社会と関わりあっていたいと願っています。保育や家庭介護経験など、私で役に立つことがあれば気軽に声をかけてください。
Eメール childyou@tky2.3web.ne.jp

 

5月 10 20

ハチゴロウの鳥撮り日記 第14回「カンムリワシ(南ぬ島/石垣島)から」

by staff

第14回 カンムリワシ(南ぬ島/石垣島)から

2019年の晩夏に撮影したカンムリワシの記録です。
カンムリワシはタカ科の猛禽類です。インド・東南アジアから台湾、八重山諸島の熱帯/亜熱帯地方に生息しています。西表島・石垣島に生息しているものを日本の特別天然記念物として保護しています。石垣島が生息地の北限です(石垣島より北に位置する宮古島で記録があるそうです)。

全長55cm。翼長は37cm、体重800gで全体に褐色、胸から腹にかけては黒褐色に小さな白斑や黒班がまだらにあります。(幼鳥は灰白色で目の周りは黄色です。)
頭部の羽毛は黒色で小さな白班があり、後頭部の羽毛は興奮すると逆立ち冠のように見えるので「カンムリワシ」という名が付けられました。

今回の野鳥撮影には、オリンパスのE-M1MarkⅡと300mmf4の組み合わせに、今回(2019年)発売されたばかりの2倍テレコンバータMC-20を装着しています。焦点距離は35mm換算で1200mmになります。

8月30日、最初に出会ったのは「カンムリワシ」でした。距離は15mほどです。撮影距離が15mだと、カンムリワシを横位置で撮影すると、フレームアウトしてしまいます。縦位置で撮影しました。

午前11時50分、昼食を食べに行くため、車で林道を走っていると、大きな鳥が飛び立ちました。車を路肩に止め、カメラを取り出し、林道を進むと、木の枝にカンムリワシがとまっていました。
少しだけカンムリを立ててくれました。

約1時間、同じところにとまっていましたが、やっと飛び出しました。

別のシーンです。トカゲを捕まえたようです。 次の写真は20cmもあるムカデを捕まえたところです。カンムリワシはヘビ・トカゲ・カエル・カニ・昆虫・小鳥などをエサにします。



午後になると雨が降ってきました。『雨乞い鳥』といわれるアカショウビンを探しに、思い出の林道を歩いていると、空から緑色の物が腕に降ってきました。ビックリして振り払うと緑色のトカゲでした。あとで調べると『アオカナヘビ』ということでした。

アオカナヘビはペットとして人気があり、人に捕獲されたり、環境破壊によるエサの減少で数を減らしています。
食物連鎖の頂点となる猛禽類が生息するためには、エサとなる生物とその生物のエサも豊富に無ければなりません。鳥撮り日記ではそんな環境問題にも触れていきたいと思います。

さて、みなさんタイトルの「南ぬ島」を読めますか? 「ぱいぬしま」と読みます。
それでは、また次回も南の島から鳥撮り日記をお届けしますね。

筆者紹介

 
本 名 樋口 幸春 (ひぐち ゆきはる)
略 歴 1950年6月、母の実家の東京都中野で生まれ、横浜市南区万世町で育ちました。現在は帷子川近くの保土ヶ谷区西谷町で生活しています。
県立高校の電子科を卒業し、計算機の保守サービスの仕事を約10年間従事しました。
1970年後半になると、公共の上下水道プラントシステムが計算機により制御されるようになってきたので、それらの設備の現地試験調整する部門に転籍しました。
2003年に早期退職し、アルバイトをするようになりました。この頃、近くの公園にカワセミがいることを知りました。自由な時間が増えたので、頻繁にカワセミを撮影するようになりました。
昔から鉄道を撮影していたので、カメラは持っていました。そのうちにカワセミ以外の野鳥にも興味を持つようになりました。
今では、年に数回、北海道や沖縄で、野鳥を撮影しています。
ブログ 八五郎の思い出写真館
http://08561926.at.webry.info/

 

5月 10 20

しあわせの「コツ」(第41回) 男の涙

by staff

第41回 男の涙

世に「男の手料理」「男のロマン」「男の休日」と、「男の〇〇」という表現があります。粗野でワイルドで、武骨で不器用で、でも直情的で、冒険心に富んだ少年のような、あるいは男性的なセクシュアルな魅力に富んでいる、マッチョな・・・大体そんなイメージで使われていることが多いようです。世間一般で言う、いわゆる「男らしさ」を前提とした言葉のようです。

女性から見ると、生身の男性が必ずしも体現していない(であろう)資質が、「男らしさ」というイメージで語られ、また男性自身もその言葉に縛られているように見えます。ですから、「男らしさ」を前面に出すときの男性には、一種の「はにかみ」や「照れ」が見え隠れするのです。男性はそのことに気づいているのでしょうか?

「照れ」-それは本当の姿があらわになることへの恥かしさです。男性はなぜか自分の内面が人にさらされることをきらいます。韜晦したり、とぼけたり、とにかく防衛機制を張って内面を見せないようにしています。

では、男性が隠したい自分の内面とは一体何でしょうか? それは「繊細な感性」に他なりません。細やかで臆病で、優しくてはかなくて、女々しくて・・・ちょっとした言葉にも傷ついたり揺れ動いたりする感性。そう、いわゆる「男らしさ」と対極にある、繊細なガラス細工のような感性です。これはどんな男性にも備わっています。そして、現れたら恥かしいこの「繊細な感性」を守り、隠すために男性は「プライド」という鎧をまとうのです。

触ると壊れそうな繊細なガラス細工

以前、異業種交流会を主宰しているKさんと「男性のプライド」に話が及んだ時、いつもは温厚な紳士のKさんの顔が急にきりっとした表情になり、こう言ったのです。

「プライドは、男にとって命の次に大事なものです。それを傷つけられようものなら、もう、大変ですよ。ただではすみません(笑)。」

この言葉を聞いたとき、私は病院の待合室で読んだ「週刊文春」の記事を思い出しました。随分前のことなので詳しくは覚えていないのですが「事件の裏側」と言った記事でした。内縁関係の男女の話で、男性が女性を殺めた事件の裏側を探った内容でした。

その犯人は捕まった後、取り調べの刑事が何度聞いても、うつむき、固く口を閉じたまま決して殺害の動機を語ろうとはしませんでした。ある意味、単純な事件だったので、刑事はなぜこの男性が犯行の動機を語ろうとしないのか、理解に苦しみました。

業を煮やした刑事が「なあ、どんな理由だったんだ? 本当のことは書かないから、俺だけに言ってくれないか?」と語り掛けました。

そう言われた男性は、おずおずと顔をあげて刑事の顔を見つめました。
「刑事さん、本当に誰にも言わないでくださいよ」と言って、ポツリポツリと語り始めたのです。

犯人の男性と被害者の女性は、仲睦まじい事実上の夫婦でした。ところが、事件のあった日、女性が男性の性的能力を小ばかにするような態度で笑いながら冗談を言ったそうです。それを聞いた瞬間、カッとなった男性はそばにあった道具(何だったかは忘れました)で、彼女を何度も殴りつけました。やがて、ぐったりと動かなくなって床に倒れた彼女をみて、彼は我に返り、自ら通報したのでした。

「どうして、早くそれを言わなかったのかね」と刑事が尋ねると、男性は「だって、刑事さん、俺のことを『男として役立たず!』と笑いながら指をさして言ったんですよ。俺のプライドが・・・。俺の男としてのプライドが・・・。」

そこまで言った男性の目からは大粒の涙があふれ、言葉を継ぐことができませんでした。好きな女性が発した心ない言葉が、男性の「プライド」という鎧を突き破り、「プライド」がガードしていた「ガラス細工の感性」を粉々に打ち砕いてしまったのです。そのため、彼は理性を失い、取り返しのつかない行動に出てしまったのでした。

彼の涙は、好きな女性を殺めてしまった後悔の念だけでなく、「プライド」でガードしていた「ガラス細工の感性」が壊されてしまったことへの怒りにも似た「悲しさ」のあらわれだったのではないでしょうか?

いわゆる三面記事的な内容でしたが、私は考えさせられました。男性にとって「プライド」とはそれほど大切なものなのか、という感慨があったのです。

誤解を恐れずに言えば、繊細で優しい感性を男性の中に感じた時、その人の魅力は数倍に跳ねあがります。ですから、マッチョだの、ワイルドだの、という「男らしさ」の神話から自由になり、繊細な感性こそ、実は男性の魅力の源泉であることに、すべての男性が気づいてほしいと思わないではいられません。

ヒロイン「あなたのように強い(hard)人が、どうしてそんなにやさしく(gentle)なれるの?)
 
マーロウ「強くないと生きていけないよ。でも、やさしいところもないと、生きていく資格がないね。」

レイモンド・チャンドラー「プレイバック」

     
  レイモンド・チャンドラー(1888~1959)   映画「プレイバック」でフィリップ・マーロウ役のハンフリー・ボガード  

そうです。「やさしさ」とは男性が「男性」として生きるための大切な資質なのです。男性が鎧をまとわず、自然体の「やさしさ」を何もてらいもなく発揮するとき、女性は作られた「女性らしさ」を脱ぎ捨てて、本来内に秘めている「しなやかな強さ」をのびやかに発揮することでしょう。

筆者紹介

 
本 名 田尻 成美 (たじり しげみ)
略 歴 著述家・株式会社エランビタール代表取締役
著書 「しあわせのコツ」(幻冬舎)
主な訳書「都市革命」(H・ルフェーブル著 晶文社)、
「空間と政治」(H・ルフェーブル著 晶文社)、
「文体論序説」(M・リファテール著 朝日出版社)
比較文化的視点から、日常の出来事をユーモアを交えて考察していきます。
著 書 「しあわせのコツ」(幻冬舎)



詳細はこちら

 

5月 10 20

2020年5月 三ツ池だより 「自宅待機をしながら」

by staff
Navigation: HOME»コラム»横須賀詢

 

新年度を迎えて、孫たちの新年度が始まらない。小学一年生と中学一年生になった。コロナウイルスがこれからをどのように変えていくのだろうか。

 「はかる」 けんじ
正しくて当たり前に思うことって
正しくてあたりまえ
  でも誰かがチェックしているはずだ
  あたりまえってあたりまえでないってこと
正しく操作している
それでいい
  正しくメンテナンスしている
  それでいい
あたりまえは努力の賜物
当りまえは続けていくこと
  はかることを50年
  当りまえの実現は努力からきている
正しいことを管理するために
計量法がある

 「コロナ拡大」 けんじ
コロナウイルスが拡大している
感染経路が見えない
  感染が分からないはずがない
  どこかには行ったんだろう
知らない所でなく
可能性のある所を出していけ
  自己責任を全く考えられないのは
  自由すぎる
日本はもっと規制があっていい
その中でもっと自由に発想をしていくのだ

「明日へ手を繋いで行こうWe Are the World」の曲が流れてきて、涙を流してしまった。今この時、コロナウイルスに悩んでいる時、私たちは輝く未来をつくれると、歌が曲が流れてきた。その日緊急事態宣言が出された。「We Are the World」が流れる。力強い明日をつくりだそう。そう! つくりだすのだ。手を繋ぎ合って、おたがいの力をたしかめよう!

 「人は人、うぐいすはうぐいす」 けんじ
ほうほけきょ
うぐいすの鳴く
静かな三ッ池公園
  コロナウイルスが叫ばれる
  日々の生活の中
  ほうほけきょ
一瞬の静寂を破り
うぐいすが鳴く
公園の坂道
  ただ一人歩く
  向こうから数人の話声
  共に静寂を歩く

 「緊急事態に突入」 けんじ
その日から県は緊急事態に入った
80%出勤を減らしてくれという
  できるの
  自宅で仕事をして欲しいと
できるのだろうか
大手が操業を縮小するのだろうか
  コロナは飲食店から感染が多い
  正常操業の我々とは違う
私はとりあえずしばらく自宅待機か?
それが出来ない事務はどうするの?
  体制がかわっていくのだろう
  わが社はどう生き残れるのか

毎日、詩を書いている。毎日パソコンに文章を紡ぎ出している。言葉は生きる勇気を、言葉が生きる感謝を、紡ぎ出してくれる。毎日詩を書いている。毎日書くことで感謝が出てくる。言葉が表現として表れてくる。そして、言葉が明日への勇気を与えてくれる。人が人であることを実感する。人は1人で生きているのではなく、支え合っている。人との関わりは偶然であるわけでない。その時その時、意味があってのことだ。生きるということは気づかせてもらっていること。

 「白いかたまり」 けんじ
新緑のなか
三ッ池公園を歩く
木の下に白いかたまり
  風が吹きつけ
  少し首もとが寒い
  人の少ない公園を歩く
八重桜が枝をたらして
咲き誇っている
白いかたまりは八重桜の落花
  コロナ災害の中
  制限を受けて
 公園を寒いが歩く

 「池」 けんじ
二羽の鴨が
水の中に顔を入れている
時々顔を出して
円を描いて泳いでいる
  他の一羽が
  空を飛んでいる
  円を描いて舞っている
  のどかな時
鳥の鳴き声が聞こえる
ちるちると鳴いている
豊かに水をたたえた池で
時も水面を漂っている

コロナウイルスの関係で半日勤務もする。50数年の社会生活をしてきた中でペースが乱れている。今日は火曜日かと聞いていて、日曜日の返事にぞっとする。家内も実はよく私に「今日は何曜日」と聞いてくるのだが・・・。生活のリズムは凄いもので、そのペースが崩れると、たちまち、あれ!あれ!あれ!しっかり自分をもって、やることをしっかり決めて生きることなのだと思う。コロナもいつかおさまっていくだろう。しっかり自分を維持しなくてはと思う。「けんじ」ここにありの自負を持つのだ。

 「今」 けんじ
何をしているのだろう
何をしたらいいのだろう
何が大事なのか
  避難しろといわれ
  外出するなと言われ
  会社から離れろと言われる
今考える事は何
生きるとは何
自分の存在とは何
  価値観が変わろうとしている
  取り組み方が変わろうとしている
  何をしたらいいのか
今だからできることは何か
今までしてきたこととは何か
何を変えていけばいいのか
  考える時間が与えられた
  自由に発想する時間が今与えられている
  自由に考える事が

 「光射す」 けんじ
見えない見えない
コロナの影響がどうなっていくのか
確かなことは生活の形がかわっていく
  教育が早急にインターネット化していく
  大きなものが形を変えていく
  生産性をあげることが変化していく
必要なものが必要なだけ
考える事の大事さが見直され
情報をどうコントロールするかだ
  光射す生き方を
  それぞれの場で
  それぞれの工夫で
管理の仕組がどう変わろうが
誰がどう変えていこうが
若い人達の活躍を!!!!

昔、コレラやチフスがあり、死亡率が高かった。昭和末期のインフレから脱皮して、平成が安泰だったと言われている。しかしそうだったのだろうか。日本の家庭が高度成長で住まいがかわった。平成の時代に個人主義が台頭した。男女関係が変わり、親子関係が変わってきていた。昔がいいというのはないが、以前は何か一生懸命に生きてきた。不合理な処もあった。競争も激しかった。その中で勝者は弱者に配慮することを教えられた。今まさに岐路に立たされている。自立、協調、そして助け合いの道へ、どうしていくのか問われている。日本に生まれてよかったという思いが感じられる社会がつづいていくことを願っている。

 

Photos

(画像をクリックすると拡大写真が表示されます)

     
       

(文・写真:横須賀 健治)

 

5月 10 20

ゆるマナー講座(第55回) 身近に見つけるしあわせ

by staff

マナーアドバイザー/フレアLLP 柳田 圭恵子

非常事態宣言が全国に出され、世の中がざわついて落ち着かない日々とは無関係に、自然の営みは当たり前のように巡ってきます。今年はひとしお愛おしく感じられた桜も今では青々とした青葉に覆われ、時折吹く心地よい風に葉陰が揺れています。自粛生活で外に出るのは買い物や朝のウォーキング程度になり、いつもと違う日常の中で気づかされたこと…今回はそんなささやかなテーマで書いてみたいと思います。

自然のパワー

自粛期間はいつも会っていた親しい人達に合えなくなり、何かが欠けているような日々の中で、散歩でふと足を止める草花や木々、そしてすれ違う犬や猫達に癒されています。ソメイヨシノや八重桜、つつじのような華やかな花はもちろんですが、目立たず密やかに咲いている足元の小さな草花が日毎に成長し愛らしい花をつけているのを発見すると小さな花からもパワーをいただきます。自然のチカラは計り知れないと改めて感じます。時には荒れ狂い猛威を振るうこともある自然ですが、今は優しく包み込んでくれるようなおおらかさに救われています。

人は人と関わり合いながら生きていくものですが、人だけでなく自然の草花や動物達ともお互いに慈しみ合いながら生きているものですね。オンラインミーティングをしていると、ご自宅の猫ちゃんがひょっこり登場し思わず皆が笑顔になる場面もあります。ミーティング中のご主人がちゃんと働いているか傍で見守っているワンちゃんの姿にも思わず微笑んでしまいます。いつものように顔を合わせて話すことができない今だから、これまで以上に笑顔になれる、元気になれる動画や写真を送り合う機会も多くなったのではないでしょうか。一日一笑…いえいえ、もっと笑い合って心配な日々を一緒に乗り越えていきたいものです。

命ある草花や木々や動物は何も言わないのですが、その存在にどれだけ私達が癒されてチカラをもらっているのか改めて気づかされる日々です。「人間」は、人の間と書きますが、人だけでなく自然や、動物など命ある全てのものの間で生きているのですね。地球上のすべてのものを大切に慈しみながら生きて行こうと改めて思います。

鯉のぼりのように

病気が流行り不安な状況になることは昔からありました。そういう時、日本人は「祭」というしきたりで神に祈り、地域の人々とともに邪気を払いながら乗り越えてきたのです。今は人々が集まることは危険な行為になりますから厳禁ですが、そんな中でも青空に勢いよく泳ぐ鯉のぼりを見つけ、子ども達の健やかな成長を願う親心に温かい気持ちになりました。
早く子ども達が鯉のぼりのように元気に泳ぎ、駆け回ることができるように祈りながら、今は大切な人達のためにお家で過ごしましょう。

我慢を強いられる毎日にストレスを感じることもありますが、口角を上げて「笑顔」で過ごしましょう。笑顔は伝染しますから、きっと周りも明るくなるはずです。
医療に従事していらっしゃる方々への敬意と感謝の気持ちは、私たちが家にいて元気でいることで表したいものです。

 

筆者プロフィール

柳田 圭恵子(やなぎだ けえこ)  

柳田 圭恵子(やなぎだ けえこ)
マナーアドバイザー/フレアLLP
日本航空株式会社国際客室乗務員を経て、2009年よりマナー講師に。企業や自治体、大学、専門学校で接遇研修や マナー・プロトコール講座を行っている。NPO法人日本マナー・プロトコール協会認定講師。

岡田 承子(おかだ しょうこ)  

岡田 承子(おかだ しょうこ)
マナーアドバイザー/フレアLLP
日本航空国際線客室乗務員を経て、国際交流協会での仕事、また社会福祉法人では障がい者国際スポーツ大会事務局の運営業務やマナー研修に携わる。現在は、自治体、企業での接遇研修や、NPO法人日本マナー・プロトコール協会認定講師として大学で指導をしている。

本の紹介です

ゆるマナー 始めましょ

 

 

 

「ゆるマナー 始めましょ」
(岡田 承子・柳田 圭恵子 著 / ほんの木)
簡単で、誰でも、いつでもできること、だけど何だか優しくて
温かい気持ちになる。そんなマナーを「ゆるマナー」と名づけました。
 
Amazonで購入

5月 10 20

ビジネス梁塵秘抄「遊・献・学」(第86回)

by staff

大浦総合研究所 代表/大浦勇三

ビジネス梁塵秘抄「遊・献・学」(第86回)

遊びをせんとや生れけむ、戯れせんとや生れけん
遊ぶ子供の声きけば、我が身さえこそ動がるれ

- 梁塵秘抄 -

昨年、東京都美術館で “奇想の系譜” 展が開催されました。伊藤若冲・曽我蕭白など、江戸のアバンギャルドが一挙に集結しました。世界が行き詰まり、パラダイム変換が起きる時期には奇異・奇想なものに心惹かれるのは世の流れとか。日本美術は静謐・枯淡といわれますが、根幹には野生の血が溢れていることに驚愕。突然変異ではなく、過去からの流れの中での必然。奇異・奇想は傍流ではなく、曽我蕭白の “群仙図屏風” などはグロテスクのど真ん中。パンデミック時代の生存戦略は “ロープ・ア・ドープ” かも。王者フォアマンと挑戦者モハメド・アリが対戦し、アリが劇的な逆転勝ちをおさめたキンシャサ(コンゴ民主共和国)の奇跡。アリはロープにもたれてフォアマンのパンチをブロックして凌ぎ、打たれ疲れたところにパンチを浴びせてKO。ダメージを最小限にして、できることを継続させながら反撃力を蓄積する。梁塵秘抄では “雨は降る 去ねとは宣ぶ 笠は無し 蓑とても持たらぬ身に 忌々しかりける里の人かな 宿貸さず” とあります。弱り目にたたり目を柔らかく捌く。 “俗な欲望を持て” と作家・渡辺淳一。

“遊びをせんとや生れけん” 「遊」

まだ足りぬ踊り踊りてあの世まで、とは創造への執念
書物なしの部屋・魂なき肉体 歴史から学ばずを学ぶ
技術は人間性を圧倒 知恵は時間とよき師匠から学ぶ
やがて死ぬ けしきは見えず 蝉の声、とは松尾芭蕉

松尾芭蕉は三重県伊賀上野の出身。母の実家があったことから子供の頃は何度か遊びに。当時は漫画で読んだ剣豪・荒木又右衛門の方に夢中。芭蕉は俳諧一直線というより、ある時期は東京・神田川の分水工事に関わる土木事業者。俳聖といわれた芭蕉も、順風満帆とはいかなかった様子。このあと、初めて職業的な俳諧師に。弟子の曾良を伴い “奥のほそ道” の旅に出たのは、西行500回忌の年。陸奥・加賀・越前などを巡りました。石川県育ちのため、加賀で詠った “あかあかと日はつれなくも秋の風” は小学校で繰り返し教え込まれました。 “私は凡才。天才の域に引き揚げねば” と版画家・恩地孝四郎。

“仕事をせんとや生れけん” 「献」

サイロの中で仕事はしない 高度な猜疑心が不可欠
問題の根本原因 実はそれこそ問題解決策そのもの
あらゆる障害を少しずつ軽減 これが優位性を生む
年立つや もとの愚が又 愚にかえる、と小林一茶

小林一茶は、信濃に生まれた江戸後期の俳人。一茶が詠んだ俳句の数は約15000句、芭蕉は約1000句。一茶が家庭を持ったのは52歳、28歳の妻を迎えています。しかし、家庭を持った幸せはあっという間に崩れ去りました。3男1女の全員が2歳までに死亡、さらに妻も37歳の若さで病死。軽やかで飄々とした一茶の句の根っこには、これだけの深い悲しみが宿っているのかも。晩年、大火で母屋を失った一茶は、焼け残りの土蔵に移り住み、65歳の生涯を閉じました。 “もとの愚が又 愚にかえる” は一茶の心痛の呻き。 “多様な思考の結果の中にしか、自由な選択などありえない” と文筆家・平川克美。

“学びをせんとや生れけん” 「学」

何を知らないかを知らないということはありうる
忘れたいことを忘れてしまうと何度も失敗する愚
コミュニケーションは多様で便利 反面深い孤独
成功・失敗は日常茶飯事 けものの嗅覚が生命線

“けもの道” とは、野生動物が通ることで自然にできる山道。科学が全盛で、論理重視が叫ばれる中では “論理の呪縛” の落とし穴もありそう。AIは強力で破壊的ですが、今まで遭遇したこともない事象には論理への固執に陥りがち。けものの嗅覚は、直接的・即時的な知覚。アマゾンの創業者ジェフ・ベゾスのスピーチに “In the end, we are our choices(結局のところ、我々は自分が下した決断の集大成)” があります。画期的イノベーションも、意外と “通路での立ち話・夜中の電話会議” から出てくるもの。 “理屈をつけたものはみんな滅んだり衰えたりする。二枚腰でしたたかに” と俳優・森繁久彌。

「遊びは仕事、仕事は遊び」
「仕事は学び、学びは仕事」
「学びは遊び、遊びは学び」

今回とりあげた「遊・献・学」それぞれの4行文は、拙書「ビジネス梁塵秘抄(一)~(十)」(全10巻)及び「続・ビジネス梁塵秘抄(一)~(九)」(全10巻)から抽出したものです。次回以降も「遊・献・学」から各々4行文を一つずつ抽出してご紹介していきたいと思います。

「ビジネス梁塵秘抄」「続・ビジネス梁塵秘抄」購入ご希望の方はこちらからどうぞ!
http://www.syplus.jp/ooura/

(第86回了)

 

大浦勇三(おおうら ゆうぞう) プロフィール

大浦勇三(おおうら ゆうぞう)  

大浦総合研究所 代表 (http://www.ne.jp/asahi/oura/ohura-research-institute/

石川県七尾市出身。
早稲田大学卒業、筑波大学大学院修了。
米国経営コンサルティング会社 アーサー・D・リトル 主席コンサルタントを経て現職。
主担当領域は、経営改革/企業再生、経営戦略/情報通信技術戦略策定、業務改革/組織改革、研究開発/商品開発マネジメント、マーケティングマネジメント、ナレッジマネジメント、イノベーションマネジメント、サプライチェーンマネジメント、人材マネジメント、コーチング/メンタリング、プロジェクト/プログラムマネジメント、ベンチャービジネス支援等のコンサルティング。

筑波大学大学院講師、城西国際大学客員教授、名城大学講師、産業能率大学講師、中小企業大学校講師などを歴任。

主な著作物:

  • 「続・ビジネス梁塵秘抄(一)~(九)」<全10巻>(大浦総合研究所:PDF版)
  • 「ビジネス梁塵秘抄(一)~(十)」<全10巻>(大浦総合研究所:PDF版)
  • 「イノベーション・ノート」(PHP研究所)
  • 「ITプロジェクトマネジャーのためのコーチング入門」(ソフトリサーチセンター)
  • 「図解 日本版LLP/LLCまるわかり」(PHP研究所)
  • 「IT技術者キャリアアップのためのメンタリング技法」(ソフトリサーチセンター)
  • 「よいコンサルタントの見分け方、かかり方」(清話会)
  • 「日本のモノづくり - 52の論点」<共著>(日本メンテナンス協会)
  • 「現場主導型の組織運営とスピード戦略」(日本監督士協会)
  • 「eコミュニティがビジネスを変える」<訳>(東洋経済新報社)
  • 「ナレッジマネジメントが見る見るわかる」(サンマーク出版)
  • 「図解 ナレッジ・カンパニー」(東洋経済新報社)
  • 「ナレッジマネジメント革命」(東洋経済新報社 )
  • 「図解 グローバル・スタンダード革命」(東洋経済新報社)
  • 「業務改革成功への情報技術活用」(東洋経済新報社)
  • 「情報化戦略と投資評価・システム運用管理の実際」<編著>(企業研究会)
  • 「会社改革実務辞典」<共著>(産業調査会)
  • 「プロジェクトマネジャー(PM)の育成・スキルアップのためのメンタリングの進め方と実践法」 (ソフトリサーチセンター:CD-ROM版)   など
5月 10 20

書評「自分を許せば、ラクになる。」 宝島社 草薙龍瞬(著)

by staff
 
タイトル 自分を許せば、ラクになる。
単行本 255ページ
出版社 宝島社
ISBN-10 4800268915
ISBN-13 978-4800268914
発売日 2018/2/22
購入 自分を許せば、ラクになる。

「読むだけですべての悩みが消えていく」というカバーの言葉に興味をもった。2020年の4月はコロナウイルスの影響で自宅待機の状態となった。その時にどの本を手に取るかと思った。数冊のなかから「自分を許せばラクになる」を読み返していた。章立てが春・梅雨・夏・秋・冬・再び春へ・というのにも、なぜって興味がわいた。

主人公は「最近沸々と湧き上がってきた思いがある。それが、今の感情だー何かが、 “許せない” という思い。 仕事のプレッシャーか、人間関係のストレスか、このまま終わってたまるかという危機感か。はっきりしないが、とにかく心に余裕がない。何をしても満たされず、心はいつも渇いている。生きている気がしないのだ。」と語る。そんな主人公が久々にあった友人に刺激を受ける。友人がぽつりと言ったのだ。「 “あってみると、いいよ。たぶん、人生を変えるって、こういう静かな出会いから始まるんだって、わかると思う。” ボクは素直に頷けなかった。もとから他人の助言なんて聞けるたちじゃない。だからその場で、意地悪な反駁の言葉をぶつけた。宗教はイヤだとか、怪しい自己啓発セミナーだろうとか、人生を変えるだなんて、よほど追い詰められた人間が考えることだろうと、いったことを。だが友人は “自分もそう思っていたけどー” と少し笑って、真面目な口調で言った。 “人生を変えるのはというのは、そのどれでもない。いや、変えるという表現自体が、おかしいのかもしれない。人生というより心なんだ。僕がその場所で学んだのは、心を・・・・” 心を、なんだー?」友人続けた。「いや、それ以上は言えない。ボクがいま語っても、意地っ張りのキミは、絶対に納得しない。とにかく、会ってみるといい。キミがもうこれ以上、今の悩みを抱えていたくないならね」「友人は、いつのまにか成熟していた。」

しばらくして主人公は門の前に突っ立っていた。その最中にお坊さんに話かけられてしまった。「緊張したまま、その人の姿に見入ってしまった。妙な言い方だが、悪いことを企てている気配が、まったくなかった。仏教を勉強するーその言葉が腑に落ちた。そうだ、それでいい。そのためにきたということにしよう。」お茶の間に通されて緊張のなかで会話が進む。「怒りで、反応すると、怒りが生まれます。これは、言葉という音の刺激が原因ではありません。自分自身の反応が原因です。」「眼を閉じてなお見えるものは妄想です。あなたが勝手に創り出しているもの。客観的には存在しません。」「相手に起こっているのではなく、自分の妄想に起こっているのです。」「自分の心の問題と関わり方の問題は、分けて考えるべきです。」初日に瞑想の体験もした。意外な発見をたくさんして山を下りたのだった。

一日に体験するいらいらを書き留めることをするようになった。和尚が進める「自分の心の状態を観察する。」ことからが始まった。「こんなことをしても意味ないだろう、と最初は思わなくもなかったが、いつ何にいらついたかを振り返るのは、自分の心を観察することに、大いに役立った。小さな文字で書き込んでもびっしり埋まって、ページを開くと壮観だった。妙な言い方だが “かなり勉強した” 気分だ。だがその中身は、ただのイライラなのだ。・・」「自分がいかにくだらない感情に時間をつぶしているかが、はっきりとビジュアル化されてしまったのだ。」無駄といえば、たしかに無駄な時間でしょうね。でも一日にどれだけ、” 心の無駄づかい“をしているかがわかったのは、大きな収穫でしたね、と和尚は語った。そして朗らかに笑って、「一日の質―その日が幸せだったか不幸っだったかーを測る物差しって、何かわかりますか?それは” どんな反応を何回したか“できまります」と言った。

道に迷った時は “正しく考える” という項がある。
方向性を確認して、今何ができるかを考えて、行動に移すのは、正しい思考
方向性が見えない、何ができるかを考えない、行動しないなら、無駄な妄想
「たとえば、朝起きて、一日のスケジュールを思い出して、よし頑張ろうと動き出すなら、正しい思考だが、ぐずぐず布団に潜ってあれこれ夢想しているだけなら、無駄な妄想ということになる。方向性と、方法(具体的になすべきこと)と、実際の行動―この三つがそろった状態が、正しい思考なのだという。」

「里で目覚める朝は、心地よかった。鐘の音と同時に起き上がって、部屋を出る。渡り廊下の木目が、気持ちよい。」里とは道場のある所、金曜日夜から、土日と連泊して、月曜に直接会社に出ることをするようになっていた。「里を出るとき玄関で小僧さんが見送ってくれる。青々しい丸い頭で“いってらっしゃい”と声をかけてくれる。道中、小雨の中を渡るときさえ、空気の匂いや潤いを、全身で感じとりながら歩く。雨の日がこんなにありがたく感じるとはー心次第で、ずいぶん世界が変わるものだ。この生活、悪くない。まるで新しい人生がスタートしたかのような満足を覚えながら、その日初めて、山の駅から仕事に向かった。」

(文:横須賀 健治)

 

5月 10 20

田中健介の麺食力-それから- 第20回 「コロナ、ばかやろう」

by staff

第20回 コロナ、ばかやろう

2010年に出版した自著「麺食力-めんくいりょく-」。横浜の麺料理とその周辺の情景を描きながらほとんど売れなかった可哀想な本。著者自身も出来上がった本に向き合うことなく、二回目の東京オリンピックがあろうことかコロナ渦により延期、政府からの緊急事態宣言も出て停滞し始めた2020年。出版丸10年となり、予定していたイベント企画もままならず、もうボヤくしかない企画の今回が第二十回目でございます。

 

「麺食力」刊行10周年トークイベント開催未定のお知らせ

3月25日(水)に予定し、新型コロナウィルスの影響による政府方針や諸般の事情も踏まえ、延期となった本イベントは、6月中旬に延期することで進めておりましたが、現時点では未定です。
次号以降に追ってお知らせ致します。

 

テレワークの対応などに追われる状況なので、本稿もお店取材は自粛させていただいております。

去る4月7日、政府により新型コロナウィルス感染拡大における緊急事態宣言が出されました。
「密閉」「密集」「密接」のいわゆる「三密」を避けること、不要不急の外出を控えることなどが要請されました。
街を散策し、何か美味しいものを見つける、そんなことが好きな我々を含めた皆さんにとって、ここはグッと堪えなければならない時期であります。
しかしながら、外出を禁止されているわけではなく、あくまで「不要不急」な用件への「自粛」にとどめられています。家に食べるものがなければ、買いに行かなければならないでしょう。
そして多くの飲食店は休業補償が出るわけではない。家賃などの固定費の支払いはどんな事情でも発生することを考えると、少しでも売上を取るべく営業を余儀なくされています。

「第6回 不審に思ったら街の喫茶店へ」に登場した
南区・南太田の「ぱぁらー泉」の「ポラタ」テイクアウト仕様

お店の味を楽しみたいけれど、お店に入るのはちょっと……、という気持ちに応えるべく、お店では軒並みテイクアウト可能を謳うようになりました。Uber Eatsなどのデリバリーが普及し始めたこともあってスムーズに切り替えることができているようです。

タウンニュース南区版では地域密着紙らしく「テイクアウトみなみ」と称し、南区内のテイクアウト可能な店舗の紹介をしている

各メディアもテイクアウト情報などを積極的に発信しています。
神奈川県全域をカバーする地域情報紙「タウンニュース」南区版では、記者が定期的に「テイクアウトみなみ」と題して南区内のテイクアウト情報を発信しています。

神奈川区・六角橋商店街連合会の公式Twitter。
「キッチン友」(「麺食力」146ページに掲載)のテイクアウト情報が

また、こういう時にSNSは便利です。そのお店がオフィシャルで開設していれば、情報を知ることができます。また、商店街に属しているお店に関しては、商店街のオフィシャルSNSを開設していることもあるので、そこから情報を得ることもできます。

中区・野毛「センターグリル」
(「麺食力」120ページに掲載)は
店舗前の幟で店内換気・消毒などの徹底をアピール

中区・野毛の「センターグリル」(「麺食力」120ページに掲載)は、公式Facebookにてお店の情報を定期的にアップしています。店内での飲食においても換気や消毒を徹底しているそうです。

センターグリルのテイクアウトは、
ほとんどのメニューがテイクアウト可能

それでも不安な方にはテイクアウトも実施しています。ほとんどのメニューがテイクアウト可能だそうです。浜ランチや野毛ランチ、スパランチなどがお家で楽しめると思うと嬉しいですね。

新型コロナウィルスの威力は、油断できません。感染拡大を防ぐには極力遠出しないで、地元のお店を活用することが望ましいのかと思われます。それはそれで新たな発見や楽しみを見出すことができると思います。

この記事がアップされている頃には緊急事態宣言は解除されているかもしれませんが、それでも引き続き注意深く行動することが一日も早い収束・終息への道筋になるのではないでしょうか。

コロナ、ばかやろう!

筆者紹介

 
本 名 田中 健介(たなか けんすけ)
略 歴 1976年9月生まれ。横浜市出身。横浜市在住。
武相高校、神奈川大学卒業。
自称エッセイスト、本業は福祉関係。
ベイスターズファン歴35年、CKBファン歴17年。
 
2009年9月、日本ナポリタン学会設立、会長となる。
http://naporitan.org
 
2010年3月、著書「麺食力-めんくいりょく-」(アップロード)刊行
https://amzn.to/2DGVqiU(Amazonへ短縮リンク)
 
2017年5月~ 連載「はま太郎」(星羊社)「田中健介のナポリタンボウ」
https://www.seiyosha.net/
 
連絡先:hamanomenkui@gmail.com

 

5月 10 20

チャレンジ(第21回) 西区スタイル

by staff

西区スタイル

こんにちは。 C.P.FACTORYディレクターの平安山美春です。自粛生活が続いていますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。最初の頃は「1ヶ月の辛抱」と思っていましたが、先の見えない生活に行き詰りを感じ、2か月が過ぎるころには「諦め」も入ってきました。幸い、私の娘たちはもう中高生で手も掛からず(やりたい放題ですが)、普段、通勤に時間の掛かる夫も在宅勤務が多くなったので色々と手分けをすることができるので、なるべくイライラせずに工夫して少しでも楽しく過ごすように心がけています。

「横浜市とは、どんな都市?」

yokohama.jpg 横浜木工パズル/さらい工房
http://saraikoubou.com/jishu-seihin.html

横浜市は神奈川県東部に位置する市で、神奈川県の県庁所在地であり全国に20ある政令指定都市の1つです。横浜市の現在の総人口は日本の市町村では最も多く、なんと!約375万人。これには私もびっくりです。私が生まれる前、東京上野出身の母が横浜に引っ越してきたとき、あまりの田舎に寂しくて泣いた・・・という話を思い出しましたが、今では、とても活気のある街へと成長しました。

私は元々、金沢区で生まれ育ちましたが、結婚して旭区や鶴見区に住んだこともあります。今現在、私が住んでいる西区は横浜市の中でも一番小さく、人口も少ないですが、横浜駅が隣接していることのあり、平日でもたくさんの人で賑わっています。

横浜市の人口の推移 横浜市人口総数推移(2020年1月)

「西区スタイル」
私が西区に住むきっかけとなったのは、難病だった父に少しでも孫(私の娘たち)を会わせてあげたいという思いからでした。父を見送ってからは、一人暮らしになった母にも寂しい思いをさせないように、そのまま西区に住むことにしました。

その後、縁があって西区内の福祉作業所に関わる事になり、母も難病に罹患して様々な手続きをしたことで、西区の良さが解かってきました。それは「小回りがきくこと」。在宅医療に関しても、とても連携が取れていて、スムーズな対応をして頂けました。また、私が関わっている西区販売委員会の作業所は自転車で回れるくらいの距離にあるので、イベント等がある時もお互いに商品を預け合ったり、車を出したり協力体制が整っています。

福祉作業所は割とガラパゴス状態(それごれが個々に動く)ことが多い気がしていましたが、西区は小さい分、とても連携が取れていて、仕事がやりやすい気がします。

横浜市西区は、人口も少なく面積も大きな場所ではありません。障がい者支援の施設も他区に比べると決して多いとは言えません。しかし、そんな西区だからこそできることがあります。
それは「小回りのきいた、手の届いたあたたかい支援」です。
目の前の悩んでいる「ひとり」のために、関係機関みんなで悩み一つ一つ丁寧に解決していく。
その解決のプロセスから地域課題克服の鍵を導き出す。それが「西区スタイル」だと思います。

西区自立支援協議会HPより
http://www.249style.org/hanbaiiinkai.html

C.P.FACTORYの商品も大半が、この西区から生まれています。私には大企業が進めるようなビジネスは難しかもしれませんが、私にできる小回りのきく対応を心がけて精進していきたいと思います。

次回は「今だからできること」です 

(第21回了)

筆者紹介

 
本 名 平安山 美春(へんざん みはる)
略 歴 1973年横浜生まれ。
高校時代に米国イリノイ州立ネーパービルノース高等学校に留学し、本場のアートと最先端のコンピューター技術を学ぶ。
 
帰国後、東京工芸大学 画像工学科(現メディア画像工学科)にて色彩画像工学を学び、卒業後、画像加工技術を活かしたグラフィックデザイナー兼DTPディレクターとして制作会社に勤務。
 
2003年長女出産を機に退職、フリーで活動を始める。
Photoshop歴25年。2児の母。
 
現在は、DTPやWEB関係の制作や解析業務、ワークショップ形式を用いた様々な講座やイベントを主催する傍ら、自分の技術を福祉の役に立てたいと考え、精神障がい者が作る自主製品のアートディレクションなども手掛けている。

 

5月 10 20

絵本から笑本へ(第47) 絵本作家と、笑顔をつなぐ笑顔な女性たち。
~富永 久美子さん~

by staff

先月から第4期がスタートしました。

絵本作家 保科琢音の連載コラム「絵本から笑本へ」

第4期では絵本作家のぼくが、これまでにご縁のあった
「笑顔をつなぐ笑顔な女性たち」をご紹介していきます。

第4期2回目のご登場は…
司会業とキャスティング業を行う「Office TOMINAGA」の代表
富永久美子さん。

富永さん自身も、ブライダルやイベントを中心に

20年以上活躍されている大司会者さんです。

司会者だけあって、普段の会話のときの声と、
仕事モードの声は違います。
なんというか、キリッと澄んだ声になります。

富永さんとぼくの出会いは、銀座のお寿司屋さん…と言うと、
なんだかタダならぬ出会いのように想像されそうですが(笑)
ブライダル業界の方々が集まるとある会で初めてお会いしました。

初めてお会いしてから数ヶ月後、
富永さんが代表を務めるキャスティング事務所に入らないかと
お誘いを頂いたのが数年前。
それから様々なカタチで、ぼくの活動もサポートしてくれています。

勿論、自分の仕事もこなしながら、
キャスティング事務所に所属している様々な方の仕事も受けている。

まさに「ご縁」と「ご縁」を繋ぎ、ご自身もたくさんの「ご縁」でお仕事をされています。

正直、なかなか出来ることではないと思います。

ぼくなんか、自分の事だけで精一杯…
さらに他の人の事も考えなきゃいけないなんて…
仕事とはいえ…なかなか出来ません…

それでも、富永さんが自分以外の人の活動も
サポートされている理由は、
きっと自身が「人」を好きだからだと思います。

富永さんの周りには様々なお仕事をされている方、面白い方、
たくさんの人が集まってきます。
自分から飛び込んでいっている、ということもありますが。

ぼくもこれまでに様々な方をご紹介して頂きました。
みなさん、面白くて楽しい方々ばかりです。

そして、富永さんの周りにはいる方はみんな笑顔です。
楽しそうです。笑っています。素敵な方々です。
ブライダルで司会をされているだけあって、まさに披露宴状態です。

様々な立場の方が、様々な年代の方が、
ひとつの幸せにむかってみんな楽しく笑顔でいる。
そしてそれを、誰よりも笑顔な富永さんが回している。
まさに、披露宴の大司会者です。

これからも、縁を結び、笑顔を集め、たくさんの人を好きになっていく富永さん。
そんな方に、あなたの大切なイベントの司会を頼んでみるのはいかがでしょうか?

富永 久美子さん
(キャスティング事務所 Office TOMINAGA代表)

絵本作家 保科琢音からのご質問

※毎回、登場頂くみなさんへ同じ質問をしていきます。

① 『子どもの頃はどんな子でしたか?』
「いわゆる内弁慶(笑) 外では大人しく、家でストレス爆発させていました!」

② 『子どもの頃の夢はなんでしたか?』
「小さい頃は保育士さんになりたかったです。中学生の頃からはアニメの声優さんになりたいと思い始めました。」

③ 『これからの夢はなんですか?』
「楽しく仕事をして、たくさんの人を喜ばせたいです。人の役に立ち、人を救える人間でありたいと常々思っています。」

④ 『悩みはありますか?』
「悩みはありませんが…今、このコロナ影響下で人を救うどころか自分と家族が生活するだけで精一杯の状況に、非力さを感じて悔しい思いはあります。」

⑤ 『今、一番楽しい事はなんですか?』
「家族と冗談を言って笑い合って生活できている事。仕事について考えているとき。」

<Office TOMINAGAのご紹介>

キャスティング事務所 Office TOMINAGA
HP: https://office-tominaga.info/

<絵本作家 保科琢音ホームページ>

http://ehonsakka-hoshinatakuo.net/

<絵本作家 保科琢音YouTubeチャンネル>

『笑える絵本ダナ』 https://www.youtube.com/channel/…

(文・イラスト:保科琢音

筆者紹介

絵本作家。紙芝居作家。
公立図書館に10年勤める。
2013年 絵本「あっかんべー」出版。
絵本や紙芝居の創作だけでなく「読絵ん会」という名の読み笑わせ口演を精力的に行っている。
口演場所は計500ヵ所以上。
2017年 ベトナムホーチミンの幼稚園にて口演。
横浜市神奈川区にて開放している、赤ちゃんとお母さんが集える広場「おかげさま亭」プロデューサー。
 
また、絵書家筆之輔(えかきやふでのすけ)の芸名で落語家としても活動。
神奈川県を中心に落語会や落語イベントを開催。
横浜市内の小学校にて落語の授業を数多く担当。
2017年3月小学生60名が出演した「大黒寄席」プロデュース開催。
父親と子ども達による演芸クラブ「背中の集い」企画代表。
毎月定例の落語会として横浜市保土ヶ谷区の「しばた。寄席」。

ヨコハマNOW取材記事
「僕にとっての横浜は「未来へ笑がおをつなぐ街」。絵本作家の保科琢音さん」
http://yokohama-now.jp/home/?p=13904

『読絵ん会(どくえんかい)』の様子を動画でご覧下さい。

 

5月 10 20

第86回 ポストコロナの住まい

by staff

鈴木アトリエ一級建築士事務所
鈴木信弘・洋子

ポストコロナの住まい

武漢で新型コロナウイルス感染症が発生というニュースが流れた当初は、まさかここまで酷い事態になるとは予想もしませんでした。オリンピックは延期、スポーツは無観客試合、店は閉店、会社にも出勤できないとは。

一方、すでに普及したインターネットのおかげで、大学の講義は遠隔で行い、ZOOM会議を1日に数回、誰とも会わない中で仕事をし、いろんな行政手続きもネットで行うという日々を過ごすうちに、気づいてしまったことがあります。それは不要不急のモノ・コトが意外に身近に沢山あったということです。

例えばテレビ番組。遠隔画面で登場するコメンテーターのパネルを見ていると「このコメンテーター、居なくてもいいじゃん!」と思いはじめ、ラジオ放送ではナビゲーターが皆自宅からの出演なのに全く違和感がなく、「収録スタジオって、必要なのかしら?」と考えてやりしてしまいます。さらに出勤せずにテレワークでの仕事、打ち合わせが日常になってきたら、会社のオフィス自体に多額の維持費を掛けているのが、なんだか馬鹿馬鹿しくなってきました。
これは職種にもよると思いますが、私たちのようなある種のサービス業は、その傾向が強いかもしれません。(アメリカで最も優秀と言われるミネルバ大学にはキャンパス(校舎)がなかったことを思い出しました)

つまり、今までなら「ある」のが当たり前と思っていたヒト・コトの多くが、本当に必要?と、改めて考えさせられ、疑問符がつき始めているように思うのです。(とはいえ、ライブハウスと居酒屋がなくなってしまうのは個人的にとっても困るなあ)

そもそも近代の都市と経済繁栄は、つねに集中化と巨大化によって成し遂げられてきたわけですが、その構造自体が崩壊し始めているのかもしれません。
これからの生き方を考えざるをえない、ポストコロナ時代が始まりました。

さて一方で、今までよりはるかに長時間過ごすことになった「住まい」に関しては、皆さんがとても敏感になってきているように思います。

仕事で外に出ている時間が多かったため、家の居場所がないことに気付かなかった夫、日中家族が出かけてくれることがどれだけ平穏だったか気付いた妻、リビングを占領する子供のゲームの音に苛立ち、テレワークの居場所以上に集中する場所のない家の中。家族のそれぞれが今までは感じなかった「住まい」への不満と欲望、そして住まいの大切さに気づき始めていると思うのです。

今までは、時短と効率ばかりを考えていた「住まい」の家事も設備も、ちょっと違った角度から検証されるべき時が来たのだと思うのです。浴室・トイレは洗う・落とすという最小限の機能よりもリラックスしたい、といった要素が欲しくなりますし、キッチンでは時短調理の電化製品よりも調理を楽しむ時間を大切にしたいと思い始めているのだと思います。椅子やテーブルなども同様、モノに対してはリアルな触覚が欲しくなり、長く愛着の持てる一緒に歳を取れる道具が欲しくなってきているはずです。

このように住まいにおいては効率よりも「居心地」「居場所」が大切であるとの認識を持っていただけることはとても歓迎すべきことです。普段から住宅設計を通して、お客様と「住まい」を考えている私たち、町の建築家がようやくみなさんに必要とされる時代が来たのかもしれません。

ポスト新型コロナ時代は、社会に、外部に、会社に、居場所を求める時代から、住むところも自由、住み方も自由になるはずです。働く時間も、働き方も変わり、それに伴い暮らし方・生き方も意識が変わるでしょう。そして、この自由をきちんと受け止め、今までの「あたりまえ」に囚われない良質な「居心地と居場所」が住まい、あるいは新しい空間に必要になる時代が来たと考えます。
そんな空間づくりを一緒に考えていけるのが住まいの設計者、住宅の建築家です。皆さんもこの機会にぜひ、住まいに関する話し相手、生涯のパートナーを探してはいかがでしょう?

挿入した写真はすべて、私たちがお客様と話し合いながら一緒に設計した「家を楽しむための仕掛け」の一例です。それぞれの住まい手は、どんな考えでどうしてこうしたのか?を想像してみるのはどうでしょう?
今回の新型コロナによって多くのお客様が自宅での生活を長く過ごすことになり「頑張って作ってよかった、今は家での暮らしを楽しんでいます」と多くのメールをいただきました。

 

「暮らしを大切にデザインする」建築家のグループ

AA STUDIOは「暮らしを大切にデザインする」建築家たちのグループです。

それぞれの建築家に気軽にご相談ください。なお、下記のような「ナビゲートサービス」も承っておりますので、ぜひご利用ください。ホームページにお問い合わせいただければ、こちらからご連絡させていただきます。
TEL:045-351-0288 (担当:青木恵美子)でのご相談も受け付けておりますので、あわせてご利用ください。

AA STUDIO ナビゲートサービス

中立的な立場で、建築家選びをナビゲートします。ご相談は無料。
その後ナビゲートをお申し込みの場合 申込金 ¥10,000
・面談コース 面談希望建築家と面談  無料(最大3名の建築家を指名)
・提案コース 具体的なプランの提案  ¥50,000/1提案(最大3名の建築家を指名)

AA STUDIO WEB http://www.aastudio.jp

青木恵美子 有限会社 A.Aプランニング
http://www.aaplan.com
井上 玄 株式会社 GEN INOUE
https://architect.bz/
荻津 郁夫 有限会社 荻津郁夫建築設計事務所
http://www.o-as.co.jp
北川 裕記 北川裕記建築設計 一級建築士事務所
http://www.aalab.com/kitagawa/
北島 俊嗣 株式会社 北島建築設計事務所
http://kitajima-architecture-design.com
久保田 恵子 5’st一級建築士事務所
http://studio5st.com
栗原 正明 栗原正明建築設計室
http://msak.asia
河辺 近 ken-ken.Inc. 一級建築士事務所
http://www.ken-ken-a.co.jp
岸本 和彦 acaa建築研究所
http://www.ac-aa.com/company/
鈴木 信弘+洋子 有限会社 鈴木アトリエ
http://suzuki-atelier.com
高橋 正彦 佐賀・高橋設計室
http://www.takahashi-arch.com
藤江 創 有限会社 アーバン・ファクトリー
http://www.urbanf-arch.com/
藤本 幸充 株式会社 鎌倉設計工房
http://www.kamakobo.com
古川 達也 古川都市建築計画一級建築士事務所
http://furukawa-arch.com/
水口 裕之・松井 理美子 tentline(テントライン)
http://tentline.jp
山口 賢 株式会社 アマテラス都市建築設計
http://www.amarterrance.com
山田 慎一郎 山田スタジオ一級建築士事務所
http://www.yamadastudio.com/

 

5月 10 20

八雲たつ 出雲やえがき 妻ごみに 八重垣つくる その八重垣を

by staff

日本神話の中で、スサノオの尊が八岐大蛇を退治して、稲田姫との新居を構える時に歌った和歌。
この歌が31文字の和歌の発祥と言われて古事記 日本書紀に記されています。
いつも疑問になっていることがありました。
神代とは神様の世の事ですが、この歌が神代の時代に残されてその後 第40代の天武天皇、41代の持統天皇と、律令国家が出来上がる8世紀に古事記や日本書記が作られた時、それは漢字によって書かれました。理由は日本には文字がなかったからと言われています。
では、いったいどうやってこの和歌がスサノオの尊の唄として残されてきたのか?
令和元号の出典となった万葉集は奈良時代末期に編纂されてこちらも全て漢字で書かれました。 日本の歴史は 縄文時代があって、弥生時代に外国から稲作が導入されてそれから文化と言われる物が出来てきた。小学校でも確かそんな風に教わった記憶があります。
和歌を歌うようになって神代の時代と言われる太古の昔から和歌と言う文化があった事を知り、今から二千年ほど前の日本には文字がなかった。という事がありえないような気がして、そんな疑問がいつも脳裏にちらついていました。
長い間、私たちは古事記と日本書記に書かれていることが日本史としての最古のもの。という概念から一歩も外に出ることはありませんでした。その常識が覆され始めたのは最近の事です。縄文時代の発掘に伴って年代的な科学調査が発展してきたことによって、弥生時代よりも文化が低かったと思われていた縄文時代が、実は高度な精神文明を持っていたのではないかと言う意見が出てきました。今の時代の閉塞感や行き詰まり感を打開するためにも、もう一度1万6千年もの長い間 平和に共存してきたとされる縄文時代に人々の関心が寄せられてきた事、それに伴い太古の神代文字と言われてきた文字をもう一度見直してみよう、偽物だと言われて退けられてきた歴史書をもう一度調べてみようという動きが出てきて、沢山の方が個人で調べて、ネットにあげている記事などが増えてきました。
それらが丁度、新型コロナウイルスの時期と重なって、この長期に渡る自粛生活の中でネットを使っていろいろ和歌の事や縄文時代に関する事等、私自身が好きな歴史の世界を調べていくうちに今まで知りえなかった記紀以前の文章の存在に確信めいたものが生れてきた次第です。
今私が認識している事、それは「秀真」という古文書が伝えている和歌の事。その古文書、ホツマツタヱによれば、神代の天皇たちがその時代に生きていた本物の人間だと言われている事。 天照大神が女神ではなくて男性だったといわれる事など。まったく今の教育の中では絶対あり得ないような事柄が載っていて、さすが江戸時代には偽物と言われても仕方がないようなその展開なのですが、今 この時代になって色んな矛盾があぶりだされてきたことによってこの古文書が全部とはいかないかもしれませんがある程度の信ぴょう性をもって私に訴えかけてくる何かを感じます。ホツマツタヱは3世紀ごろに編纂されたと言われます。8世紀に編纂された古事記や日本書記の参考文献として稗田阿礼(古事記の編纂者と言われる)はこの古文書を知っていて参考に読んでいたと思います。この古文書はヨシデ文字と言われる神代文字で書かれています。その頃奈良に住み、日本のまつりごとを仕切っていた人たちが使っていたのが中国伝来の漢字だったという事は、それ以前の日本の地方の王族や豪族の人々が、これらの神代文字を使っていた人々であって、その人たちが統一国家として大和朝廷に組み込まれていったプロセスがあった。という事なのでしょうか。
どちらにしてもぜひ神代文字の解明や研究が進んでくれることを願うばかりの私です。

最後に「コロナの子守歌」を二つの神社にて、
無事に奉納できましたことを報告させて頂きます、ありがとうございました。
 松江市八雲町 熊野大社(ご祭神スサノオの尊様)
 仁多郡奥出雲町 稲田神社(ご祭神 稲田姫さま)

稲田神社にて

コロナの子守歌
 
コロナ ころころ コロナ みんなが怖がるコロナ 怖がらなくてもいいよ
あなたが悪いわけじゃない みんなの怖いに煽られて 怪物コロナになっちゃった
 
コロナ ころころ コロナ 怖がらなくてもいいよ 可愛いコロナ 優しいコロナ
みんなの怖いが張り付いて 身動き取れないコロナ ブルブル震えるコロナ
ごめんねコロナ 泣いてるコロナ あなたが悪い訳じゃない
 
私の愛でつつんであげる  私の愛で満たしてあげる
コロナ ころころ コロナ  安心コロナ 微笑むコロナ ゆっくりおやすみコロナ
 
心地良いのがコロナの子 惹かれるコロナ 楽しいコロナ 腑に落ちコロナ
ワクワクコロナ 喜びコロナ
 
コロナ ころころ コロナ
ありがとコロナ さよならコロナ 光の中におかえりコロナ
やすらかコロナ しあわせコロナ 光の中でおやすみコロナ

(早苗ネネ♪)

 

迎春

 

ネネグースプロジェクト(Nene Goose Project)を立ち上げました

日本古来の大和ことばで綴られた和歌を現代の調べにのせて歌う「和歌うた」。私 早苗ネネはもう20年近くこの「和歌うた」を歌い続けています。お蔭様で、じゅん&ネネと共に「和歌うた」は私のアーティスト活動の中心軸となり、多くの方々からご支援を賜り各地で和歌うたライブを開かせて頂いております。

この度立ち上げたネネグースプロジェクト(Nene Goose Project)は、「和歌うた」とHULAや太極拳などの異文化や全国に受け継がれている伝統文化とのコラボレーションをはかります。世界の民族が持つ固有の文化とその文化の根底にある言霊が「和歌うた」と融合することで生まれる新しい表現をみんなで共有する取り組みです。

「和歌うた」のライブは歌い手と聴き手という構図です。ライブ会場はみんなで一体になって盛り上がりますが、歌い手と聴き手という構図は否めないものがありました。ネネグースプロジェクト(Nene Goose Project)ではワークショップ形式で参加して下さったみなさんと一緒に作品を作り上げていきたいと考えております。みんなで作った作品にはみんなの愛情が込められています。出来上がった作品はみなさんの元気の源の一助になることでしょう。

ネネグースプロジェクト(Nene Goose Project)Official Website:
nenegoose.love

 

三十六歌仙CDアルバムによせて

 

10代の頃、じゅん&ネネのネネとして歌っていた時、多くの方から「北の政所のねね様と同じ名前ですね」と言われ、歴史上に残る方と同じ名前を頂いた事で直ぐに覚えて頂き、良い事が沢山ありました。時が経ち、50歳を過ぎた頃にやっと自分のライフワークを見つけ、「和歌うた」を歌い続けて13年程に成りますが2014年の京都高台寺音楽祭に出演させて頂いた折に、三十六歌仙が高台寺様に遺されているのを知りました。その時にぜひ三十六歌仙にメロディーを付けて同じ名前のねね様に奉納したいとの思いを抱き、2015年9月6日、ねね様のご命日に発表させて頂く事に成りました。

和歌のアルバムとしては10年ぶりでやっと二枚目アルバムです。一枚目のアルバム「花のいろは」は蟠龍寺スタジオの仲間に助けられて生まれました。そして今回のアルバムも製作費は今まで私の和歌うたを聞いて応援して下さった方々のご支援で賄われています。暗中模索と無我夢中で今までよろよろと歩いてきましたが、そんな私を支えてくれる大きな愛情に気が付いて、なんて幸せ者なのかしらと思います。有難うございます。これからも自分の道を信じて歩いてゆきます。

早苗ネネ/京都・高台寺 北の政所・ねねさまに捧げる三十六歌仙 『和歌うた』CDアルバムは、 ヨコハマNOWオンラインショップ で販売しております。

 

早苗ネネさん 和歌うたLIVE

 

早苗ネネさん プロフィール

木々や鳥や魚や精霊…人間以外の存在達との交流が当り前に語れるくらい、いのちのひろがりに気づくと、共に生きている喜びや、苦しみや悲しみにもナイーブになる。

心と野生がひとつながりになると……こんな風に人は年を重ねられる。ひとりひとり、ユニークにもっと自分になれる。

早苗 Nene さんは、そういう人生の先駆者です。 感性を解放しながら、40代で高校生に仲間入り卒業後、マウイのカレッジに留学中、突然半生記が受賞しました。

そんな新たなシーズンを迎えて、今エッセンスを分かち合いたい。

<天性の歌い手>というだけでなく、その存在感、溢れる活性のバイブレーションは、光のシャワーのよう。彼女と語り歌い、魂の成長を旅している現在の、自分の位置を確かめてみませんか?

早苗ネネさんHP

 

5月 10 20

オアシスデラーナ代表 小野寺知恵さん

by staff

神奈川区の大口商店街では『まちゼミ』という取り組みをしています。店主やスタッフが講師になって、専門知識や得意とすることを無料で教えるという取り組みです。大口商店街からちょっと外れた所にあるオアシスデラーナも、この『まちゼミ』に参加し、美と健康などをテーマにいろいろな講座が開かれています。また1月には『音楽サークル』を立ち上げ、障がいの有無に関わらず、人と人とが音楽で繋がる活動を始めました。今回はオアシスデラーナ代表小野寺知恵さんからお話を伺います。

小野寺知恵さん
オアシスデラーナ代表
小野寺知恵さん
 
お名前 小野寺 知恵(おのでら ともえ)
お生まれ 1970年8月(横浜市南区)
お住まい 神奈川区大口
ご家族 夫 息子 犬 猫
お仕事 オアシスデラーナ 代表
(一社)エスバイシーーベネフィット協会 理事
『オフィスの保健室』等でのセルフケア講師
コミュニティスペース提供
大口まちゼミ会場提供
音楽サークル代表
趣味 歌 旅行(地域交流)

 

大人しかった少女時代

大人から「子供らしくない子供」って言われていました。ぬりえや折り紙でひとり遊びをしているような、無口で大人しい子供でした。性格が暗いわけではありませんよ(笑)。
今思うと周りをじいっと観察していたのかもしれません。
小学校では国語が大好き。教科書を音読するのが好きでした。音楽も好きで、鼓笛隊や合唱部に入りました。先生が厳しい方で腹式呼吸と腹筋を鍛えられました。合唱部ではコンクールに出たこともあります。腹式呼吸のお陰で発声が良くなり、学芸発表会で『ごんぎつね』のナレーションをしたのが思い出です。

自分をみつけた中学時代

中学生になって「環境が変わったら自分も変われる」と思い、スイッチが入ったように積極的になりました。中学時代はそれぞれが個性を主張する時期だと思います。「もっと自分を出そう」としていた私を友人は理解してくれて、家族といるより友人と過ごす時間が楽しいほど本当に良い友達に恵まれたと思います。
中学でも合唱部に入りました。大勢が協力して1つのものを作り上げるには、個性を主張し始めた頃でもありストレスもありましたけれど、それに勝る達成感を味わうことができました。

歴史から多くを学んだ高校時代

県立高校に入学して、軽音楽部に入りました。中学校の合唱部で体験した『達成感』を期待して入部した軽音楽部でしたが、チームで何かをやるにはメンバーが少なくバラバラな印象だったのでがっかりして半年で退部しました。見切りをつけるとその後の行動が早いのは今も変わりません。(笑)

帰宅部になったのでアルバイトを始めることにしました。友人と3人で近所のスーパーのレジ打ちをしました。昭和が終わる頃のことです。町全体がまだアナログの雰囲気でしたから、お客様、特におばさん達が声を掛けてきました。短い時間のおしゃべりでしたが、見ず知らずの方とお話をする機会はそうはありません。いろいろな年齢層の方とお話できたのがとても勉強になりました。

クラス委員や文化祭の実行委員はなり手が無く、皆がやりたくないことを引き受けて『やる』ようにしていました。『やる』からには自分がやりたいように『やる』をモットーにアイディアを出し、企画することが好きでした。

文化祭ではカレー味、ケチャップ味の焼きそばや、『たこ』じゃない食材を使った『たこ』焼き(注1)を販売したり、ロゴやイラストを描いてオリジナルTシャツを製作したり・・・中心になって現場を取りまとめるのが得意でした。

授業科目では『歴史』が好きでした。特に日本史が好きで、歴史の中でも「人」に関心がありました。天下分け目の関が原の戦いも、そこに関わった「人」の生き様や「ターニングポイント」その時、なぜ人がそう動くのか」ばかり考えていました。

『歴史』は過去のことですから、原因となったこととその結果を見ることができます。不幸な結果ならば、不幸にならないようにどこでどう動けば良かったのかを読み取ることができる『お手本』のようなものです。『歴史』には『お手本』が沢山ありますから私の「人」に対する関心が高まったことは言うまでもありません。

高校時代は沢山の本を読みました。歴史や時代小説の他には「自己啓発本」も読みました。古典も好きで『源氏物語』はいろいろな方の現代語訳を比較しながら読みました。和歌を詠むことは詩を書くことに通じていて、今では作詞ができるようにまでなりました。可笑しな話ですが、昔から平安時代の十二単を着た女性が憑いているように感じることがあります(笑)不思議でしょう?!

源氏物語絵巻から

注1) 令和2年の現在では珍しくもなんともありませんが、当時はカレー味の焼きそばとかチーズやたくあん、餡子などを入れたたこ焼きには皆が驚くほどでした。

華やかな世界で感じた矛盾

子供の頃に大人びていたせいでしょうか。早く自分の世界を創りたいと思う気持ち、経済的にも自立したいという気持ちが強く、高校卒業後は早々と就職を決めました。担任や顧問からは銀行や証券会社を薦められましたが、堅苦しい型にはめられて不自由そうに思えてしまい、大手化粧品メーカーS社を選びました。

もともと美容とメイクに興味がありました。「自分に自信がない」と消極的だった方が、メイクの力を借りて、ちょっと外観を変えることで、性格が明るくなったり、積極的になったり・・・それが自信に繋がっていくことに興味がありました。人が『変化』することに関わりたいと思って選んだ仕事でしたが、女性特有の上下関係や謂われもない嫌がらせなどに振り回される現場をみていると黙っていられなくなることがありました。

私はこの仕事が好きで会社に入ったのですから、仕事以外のことで『辞めたい』と思わされることは避けたいと思いました。「うまく社会でやる」には、ある意味『処世術』が必要です。誤解を招くような言葉や仕草は避け、卑屈にならず凛としていること。『媚びない』『泣かない』を心に決め、堂々とした態度で居ることで、いじめても面白くない対象となり、同僚が辞めていく中、一流百貨店のコスメコーナーやホテルのインポートブティックなどへ派遣されることが増えました。
百貨店では一流の接客が求められ『おもてなし』の精神を学びました。360°どこから見ても姿勢や笑顔、立ち居振る舞い、商品の説明はもとより店内案内も完璧にこなすことが求められました。会社の看板なのだから女優であれと教育されました。

同じS社からの派遣先にはスーパーやドラッグストア、町場の化粧品店など様々ですが、百貨店に出向できるのはトップクラスの販売員でした。当然販売目標は高くて、それがジレンマになりました。売ることを優先したら、必要としない人にも勧めなければなりません。自分の中で「本当のサービスって何かしら?」という疑問が湧いてきました。

接客のマナーとプロ意識を学び貴重な経験ができたことに感謝し、その気持ちを胸に新たな道に踏み出すことを決めました。

信じた道を進もう!

100人のお客様がいらしたら,100通りの希望に応えられる店を作りたいと思い独立を決心しました。大口駅前にエステ・コスメ『ラーナ』という店をOPENしました。5年後に同じ地域の入江2丁目に移転リニューアルし『オアシスデラーナ』と改名。美と健康、癒しのメニューに加えコミュニティスペースも併設しています。起業家にコンサルティングをしながら『シェア・パートナー』として顧客とスペースのシェアで支援を行っており、現在約10名のパートナーと連携して活動しています。

ここで開かれるイベントや講座には老若男女、障がいをお持ちの方、子育てママ・・・だれでも参加できるコミュニティ、つまり人を繋ぐ場づくり。職場や家庭とは異なるもうひとつの居場所づくり。差別の無い社会を作るには、一緒に交流できる場やイベントが必要です。
今年(2020年)1月18日に発足した「音楽サークル」のことをタウンページ神奈川区版(1月30日号)で紹介されました。障がいのある人の活動をサポートする地域活動支援センター・むすびの施設利用者とサロンのスタッフで行ったイベントですが、もっと地域の方々にも参加してもらえるような活動にしたいです。

例えばエステは顔や体だけの美容ではありません。心や精神の健康も美容に繋がります。それが予病になると考えています。医療従事者ではありませんから、薬で治すことはできませんが、一人ひとりに寄り添い、自分でできる予病方法をアドバイスするセルフケアを伝えたくて講師をしています。

企業向けには『オフィスの保健室』を定期的に行い、働く人々のストレス解消の糸口を見つけるお手伝いを行っています。欧米ではストレスが溜まると『カウンセラー』に相談する方法が一般的ですが、日本ではまだまだです。体の不調を相談するだけでなく社外の専門家に悩みを話すことで気が晴れたり、不安を解消したりできることがあります。伺った内容を整理し、セルフケアのアドバイスをしています。

魅力的なひと、もの、ことを繋ぎたい

講師、司会など人前で話すことが多くなり、ボイストレーニングも始めました。話し方、声の出し方は仕事はもちろん子供のころから好きだった『歌』にも繋がり、社会人バンド“Blue Moon”を結成。もちろん私はヴォーカルです。コミュニティスペースや近くのお店を借りてライブもやっています。お店のお客様やシェアパートナー、仲間や近所の方々が遊びに来てくれます。

C.Pファクトリー(注2とはイベントで販売されていた商品が気に入って「私のお店に置かせてください」と話したことから繋がりました。代表の平安山さんは西区の精神障がい者が通う地域活動支援センターで、自主製品のアートディレクションをしている方です。センターに通われるほとんどの人は、作業にやりがいや価値を見出すことが難しいそうです。でもみんな、自分が作ったものが売れると、作る達成感と他者から認められることが嬉しいといいます・・・そんなお話を聞いて繋がった平安山さんは同じく(一社)エスバイシーーベネフィット協会の理事・講師になりました。
セルフケア講座の講師として平安山さんのお話も聴く事ができます。
他にも様々な講座を開いておりますので気軽に覗いてみてください。

注2) C.P.Factoryはこちら: https://cpfactory.jp/

あなたにとっての横浜とは?

この横浜で培った経験を地方の活性化に繋げたいと地方に出かけ種を撒いています。地方と横浜も繋げたいです。
私にとっての横浜は、「歴史をつくる場所」
~私たちの経験と軌跡を後世に伝え、次世代に生かしてもらうことで命を繋いでいきたい~

(文:高野慈子 写真提供:小野寺知恵)

 

4月 10 20

こんなときこそ・・・

by staff

 

先月(2020年3月10日)の「ともの現場」で、「新型コロナウィルスが、これ以上感染が広がらないことを願っています。」と書きましたが、感染はますます広がっているようです。特に東京・名古屋・大阪の大都市で元気な若者に無症状での感染が広がっていると自治体の首長がこぞって「外出自粛」を呼びかけています。

先日、山手線の目白駅に隣接する学習院大学を訪れました。長年、仕事をさせていただいてる関係で何度も訪れているキャンパスです。駅そばにこんなに自然が残っているのといほど、木々が生い茂っています。特に桜の季節は美しいです。私が訪れたときは桜が満開でした。でも卒業式も入学式も部活動も中止になったキャンパスには誰もいませんでした。普段は学生たちが大勢集っている広場に、大きな桜の木が凛として立っていました。
静けさの中、思わず写真を撮ってしまいました。桜の木から・・日本人はここが頑張り時だぞ。。。と語りかけられているようでした。

今、日本全国で、新型コロナウィルスで被害を受けている中小事業者を支援しようとする動きが起きています。

最近話題になったのは、「学校給食の休止にともなう 食べて応援 学校給食キャンペーン」です。全国一斉休校で被害を受けている給食関連事業者を支援するため、農林水産省が特設通販サイト「うまいもんドットコム」の中に開設しました。

例えば「キャベツ入平つくね」6kg(60g×100個入り)。100個入りで、5184円。安い!
このサイトでは3月16日の開設以来、45,000件を超える注文があったとのことで、ほとんどの食材が売り切れになっています。
https://ad.umai-mon.com/kyushoku0326.html

他にも客足が途絶えて困っている事業者のために、全国各地の商工会議所が様々な事業を実施しています。

帯広商工会議所で開設した応援サイト「つなぐマルシェ」
テイクアウトの紹介が中心ですがお得な通販商品もありますよ。
(チーズやカニはお得そうです)
http://www.occi.or.jp/management/tokubetsusodan/post-51278.html

大阪商工会議所のザ・ビジネスモールでは、緊急販路開拓支援の「BMSOSモール」を開設して、在庫処分企業データベースを公開しています。
https://www.b-mall.ne.jp/sos/search

横須賀商工会議所では、Webサイト「ヨコスカイチバン」に、テイクアウト・デリバリー対応店の特集ページ開設しています。
https://www.sukaichi.com/topics.php?ID=123

皆様の周りでもいろいろな動きがあると思います。

困ったときに支えあう気持ちを持っていきましょう。
お互いに助け合って。。。この困難を乗り切っていきましょう!!

 

4月 10 20

考えてみよう「子ども」・「家族介護」のこと(第11回)
コロナで例年とは違う生活となってしまった今だから・・・考えてみよう

by staff

第11回 コロナで例年とは違う生活となってしまった今だから・・・考えてみよう

新型コロナウイルス!
令和ムードに包まれながらの年末年始のころには、一般の人々は、こんな病原体のことなど知らなかったし、こんなにも世界中で感染が拡大してしまうなど、考えもつかなかったですよね。

4年前に、25年続けていたベビーシッター会社の経営と親の介護の両立が難しくなり、廃業した私としては、子育て家族や経営者や働く皆さんが、どんなに大変か、また苦しい決断をしなければならない日々を過ごされているかと思うと、心が痛くなってしまいます。

コロナは、治療薬もワクチンもできていないウイルスなので、怖いですよね。
政府がこれまでに感染拡大を防ぐため学校の休校やイベント自粛要請など異例の発表をし、3月19日の専門家会議の提言で、感染は一定程度で持ちこたえてはいるが「オーバーシュート(爆発的患者急増)」の危険性はあるとのことで、25日には、東京都が、26日には神奈川県も記者会見を開き、週末の不要不急の外出を控えるようにとの呼びかけがあって、先の見えない不安感や緊張感が、まだまだ続きそうですね。

私たちが今できることは「自分が感染しないこと。自分から人に感染をさせないこと」そのために予防(手洗い・咳のでる人はマスク).を続け、体力が低下しないよう食事や睡眠をとって免疫力が高められる生活を続けることと、体調に異変があったら外出しないことでしょうか。

そこで今回は、コロナ感染が広がっているこの時だからこそ、やってみよう!とか、考えてみよう!という機会になることを願って書きました。

乳幼児期世帯の皆さんへ

感染防止対策として手洗い!と言っても、乳幼児には理解できないですよね。食べたいとか触りたいという欲求のほうが先で、手を洗おうとすると嫌がって大泣き!とか、顔を拭いたり、口に入れそうなものを消毒すると、これまた、大泣き!なんてこと、ありませんか。お子さんの安全のため、乳幼児期世帯の皆さんは毎日大変ですよね。

まずは、手洗いや清潔にするという行動を家族で楽しんで!

子どもは、歌や踊りが大好きです。手洗いの歌はいくつもありますが、そんなに気にせず、メロディーも歌詞も適当につけて、例えば「あぶく、アワアワ●●ちゃんのお手て♪ サァーと流して~ ハイ!き・れ・い♪」とか、おもちゃなどに触れる前に「きれいになぁ~れ!」なんて言いながらちょっと、オーバーなくらいの表現で拭いてみるとか。
また、子どもは適当に体を動かしながら踊るのが得意ですよ。ダンスしながら拭いて清潔にするなんてこともやってみてはいかがでしょうか。
そうやって、親子でウキウキ、ワクワクしながら手洗いや消毒の場面をたくさんつくっていくうちに、嫌がらずにできるようになってきたら、大いに褒めてやってください。
お子さんは、理解し行動できるようになりながら、自然に習慣が身について行くのだと思います。

すべての大人の皆さんへ(保護者も含む)

コロナにより、毎年の当たり前の行事ができない日々を過ごしていますよね。
また、マスクやトイレットペーパーが品切れになったり、中には、ネットで感染者だと誤報を流す人、マスクを高額で転売する人、感染をばらまくと外出した人などなど、人間性を疑いたくなるような大人も多くみられています。
子どもたちは、こんなまさかの時の大人たちの行動を観たり、感じたりしながら学び成長していますよ。
実は、こういう時に、私たち大人は人間性を試されているのではないでしょうか。
あまり、自分勝手な大人ばかりが多い世の中で、子どもたちが育って欲しくない。
人と人が思いやり支えあえる世の中であって欲しいと思うのです。

感染しない、感染させないで収束まで協力できる大人とか、感染した人には、接触しなくても励ましあえる方法を考えられる大人、企業も社会もこの窮地を乗り切ろうとチャレンジする様子などなど。今だからこそ、大人がどう判断したり、行動すべきか考えてみることは、この先の子どもの生き方や大人自身にもプラスになると思うのです。

感染拡大で悲惨な状況にならないために、予防の心を緩めないで頑張りましょう!

筆者紹介

 
本 名 竹沢 佐知子 (たけざわ さわこ)
自己紹介 短大幼児教育科を卒業後、幼稚園教諭となり、その後2度の転職も経験。「やっぱり子どもと関わる仕事がしたい!」と、1991年ベビーシッター会社
(有限会社チャイルドサービス遊)を設立。
 
2007年から父の介護がはじまり、2016年には、会社と介護の両立より、両親との残された時間を大切にする決断をして、25年間続けたベビーシッター会社を廃業。
 
その後父は他界、現在は、母の世話を一番に生活しています。たいしたことはできない私ですが、生涯社会と関わりあっていたいと願っています。保育や家庭介護経験など、私で役に立つことがあれば気軽に声をかけてください。
Eメール childyou@tky2.3web.ne.jp

 

4月 10 20

楽しい文字の世界(第22回) のし袋の御

by staff

第22回 のし袋の御

筆ペン講座の時、「のし袋の表書きがさらさらっと書けたらいいなと思います。」と良く言われます。
手書きの機会はめっきり減っているでしょうが、こうしたいざと言う機会は意外に減っていないので、普段書かない分、こういう時に、より一層戸惑ってしまうでしょうね。

御礼、御祝、など決まった言葉とお名前なので、取りあえずそこを集中的に覚えてしまうと良いと思います。
さて、一文字目の「御」が失敗すると心が折れてしまいます。是非この文字をマスターしましょう。
早速先ずは「御」を近くにあるペンで良いので書いてみましょう。

いかがでしょう。
下の左右の「御」を見比べてください。あなたはどちらタイプでしょうか。

私は仕事柄、非常に多くの方の文字を見てきていますが、8~9割方の方が、1タイプです。
「御」のように、3部構成の文字は、横並びにせず、真ん中を上に上げた2タイプで書くと、文字に立体感が出て、大人っぽい字形になります。他に「術」「樹」などもそうです。男性のお名前に「樹」が付く方がいらっしゃったら、是非参考にしてください。

さて、話は変わりますが、ほんのお礼の現金を包むとき、表書きはどのように書くでしょう。
「御礼」という言葉が一番先に思い浮かぶかもしれません。また、「寸志」も使われるでしょうか。書いて字のごとく、「ほんの僅かな気持ちです。」という意味です。特に改まった祝儀袋でなく、白い封筒に書いても良いです。
とても便利ですが、気を付けることがあります。「寸志」は目上の方へは失礼にあたるので、避ける必要があります。
そんな場合、私はよく「松の葉」を使います。「松の葉」は針葉樹でとても細いです。松の葉に隠れるほど少ないという意味です。目上、目下両方に使えるのでオールマイティで、相手を選ばす便利な言葉です。

また、「心ばかり」も良く使います。表書きは、楷書で書くことが一般的ですが、書をされている方には、変体仮名を使ってこのように書くこともしばしばあります。「心ば可里」先生のお教室のお手伝いをしていた頃、「僅かばかりですけど、ありがとうね。」という言葉と共にいただいた封筒にこう書かれていて、学生だった私にとって、とても大人で素敵な封筒に憧れたものです。
今、この言葉を書いて渡すとき、あの時の先生と自分を毎回思い出すのです。

筆者紹介

 
書家名 粟津 紅花 KOUKA AWAZU
本 名 粟津 絵里 ERI AWAZU
略 歴 愛知県生まれ。 横浜市在住。
3歳から筆を持ち、書を学ぶ。
銀行勤務を経て紅花書道塾を主宰して26年。
現在10か所の教室で門下生を指導。
また古典書道の作品制作に加え、店舗ロゴ、商品ロゴ、ポスター等のデザイン書道を手掛ける。
書道パフォーマンス、障害をお持ちの方への書のボランティア指導、セミナー講師などにも力を入れるなど、国内外で幅広く活動中。
読売書法会会員。
謙慎書道会会員。
横浜書人会審査員。
日本デザイン書道作家協会正会員。
カルチャーセンター講師。
著 作 法華経書写書き込み練習帳―釈尊の究極の教え
ヨコハマNOW関連記事
変わらない伝統美を基に時代に合わせて変わっていくものの美しさを表現し次世代に繋げて行きたい。 書道家 粟津紅花さん

 

4月 10 20

しあわせの「コツ」(第40回) 女性のちから

by staff

第40回 女性のちから

もう10年以上も前のことですが、日本人でアフガン戦争に「傭兵」として参加した高部正樹さんのインタビュー記事をSAPIO(小学館刊)で読んだことがあります。日本にいては想像もできない、まさに「殺すか殺されるか」の凄まじい世界に圧倒された記憶があります。

インタビュアーが戦場における「性」の問題について質問したところ、高部さんは「いわゆる娼婦はいます」と答えていました。ただ、それは平和な日本で想像していたとは、大違いの話でした。

戦場で何人も殺傷してきた日は、「血に酔う」というのか、心臓がドキドキし、異常に神経が高ぶってなかなか寝付けないそうです。そういう時に、女性がそばにいるだけで気持ちが落ち着き、眠れるというのです。高部さんは、あまりに気が高ぶってワナワナしているときは、赤ん坊のように娼婦の胸にしがみついたまま、じっとして夜を明かすそうです。具体的な行為をするというより、原初的な「女性性のエネルギー」にただ抱かれていたい、その思いしかない、というのです。

戦場での女性は、兵士の性のはけ口というより、男性の存在を支え、安堵させる原初的な女性性のエネルギーの具現者なのです。

アフガン戦争で傭兵をしていた時の高部正樹さん

柳田国男の「妹(いも)の力」でも、かつて女性は神秘的な力を持つとされ、その霊力で男性を支え、祭祀を司り、崇敬の対象であったことが民俗学的なフィールドワークで確認されています。戦時中、戦地に赴く兵士が無事に戻れるよう、千人の女性たちが布に一針ずつ縫う「千人針」というのがありましたが、これも「女性のちから」を皆が信じていたからこそ盛んに行われていたのでしょう。

     
  街頭で道行く女性に一針縫ってもらう
「千人針」
  実際の千人針  

1970年代に左翼的な思想をベースにした「ウーマンリブ」運動が始まり、その後も事あるごとに「女性の時代が来る」「男女の機会均等」などの動きが活発化し、一見女性にとって良い時代が到来したかのように見えます。果たして実際はどうなのでしょうか?
私から見ると、最近の女性はどこか「生きづらさ」を抱え、自信を持てないでいるように思えてなりません。それは、全体的な社会背景もあるでしょうが、女性を評価する際に、性的な側面がかつてないほど比重が大きくなっていることも原因の一つではないでしょうか。

女性性と、一口にいっても女性には
1)セクシュアリティの側面
2)母性的側面
3)聖女的側面

があるのです。1)は、身体や女性特有の感情など、いわゆる女性らしい特徴の部分です。2)は、自分の子に限らず、人や物を育み慈しむ心の部分。3)は、超感覚的な感性を持っていたり、一途に何かに捧げつくしたりする、現代ではあまり顧みられない「女性のちから」の部分です。

女性は男性より一途になりやすい傾向があります。一度こうと決めたら、地位や名誉、お金、あるいはハニートラップで寝返ることは殆どありません。よく信仰の場で「女人禁制」というのがありますが、「女性が汚れている」からというのは表向きの理由で、本当は男女が同じように修行を始めると女性の方がなぜか早く悟りを開いてしまうからだそうです(笑)。だから修行の場から女性を排除した、という話です。それだけ女性は一途だという事ですね。

きっとジャンヌダルクやマザーテレサは、3)の聖女的側面が大きかったのでしょう。聖母マリアは2)と3)を併せ持っていたのでしょうね。

「聖女」性を持っている女性たち。
左からジャンヌダルク、マザーテレサ、聖母マリア

「なんとなく変な感じがする」と理屈を超えた「勘」がはたらいたり、高次元からのメッセージを降ろす能力も、女性の方が高いようです。最近は一般の女性が高次元からのメッセージを受信したり、ヒーリング能力を発揮したりしています。これも本来女性がもっていた「ちから」が現れたものだといえましょう。
 最近の女性の「生きづらさ」、それは、女性の中に眠っているこの「聖女」的な部分がなおざりにされ、先ほど挙げた1)の部分を強調した「(男性にとって)都合のよい女性」を生きざるを得ない女性の苦悩とストレスが、もう我慢できないところまできたからではないでしょうか。

「アナ雪」が根強い人気を博しているのも、エルザが世間体を捨て、「ありのままの自分」で生きることを選んだ、その生き方に多くの女性が共感したからに他なりません。

ありのままの自分をさらけ出して、
たくましくなったエルサ「アナ雪2」より

「男女平等」と肩ひじを張るのではなく、傭兵だった高部さんが体験したような、男性を活かし安堵させる原初の女性性を取り戻したいものです。
それは、単にセクシュアリティの魅力だけでなく、母性も聖女的な部分も合わせ持った本来の「女性性」が開花した自立した女性になることを意味します。

女性がそのように変われば、男性も変化せざるを得ないでしょう。丁度女性の特徴と対をなすように、男性にも

1)セクシュアリティ的側面
2)父性的側面
3)戦士的側面

があります。

これからは男性・女性という分離を前提に「平等」と言って肩を並べるのではなく、お互いの違いを補い合うようにコラボする「統合」の時代となっていくことでしょう。長い間の習慣で、男性がその意識を変えるのはとても大変です。ここは女性の方から「ありのままの自分」に戻る努力をして、エルサのようにしなやかにたくましくなっていきませんか。

え? それは難しいですって?

いえいえ、エルサのように、「ありのまま」のあなたに戻るだけですから。もっとはっきり言うと、「自分軸に立って生きる」だけですから。

誰しもが「自分軸で生きる」時代の扉を、女性が先に開けさせていただきましょう!

筆者紹介

 
本 名 田尻 成美 (たじり しげみ)
略 歴 著述家・株式会社エランビタール代表取締役
著書 「しあわせのコツ」(幻冬舎)
主な訳書「都市革命」(H・ルフェーブル著 晶文社)、
「空間と政治」(H・ルフェーブル著 晶文社)、
「文体論序説」(M・リファテール著 朝日出版社)
比較文化的視点から、日常の出来事をユーモアを交えて考察していきます。
著 書 「しあわせのコツ」(幻冬舎)



詳細はこちら

 

4月 10 20

2020年4月 三ツ池だより 「桜が咲いた」

by staff
Navigation: HOME»コラム»横須賀詢

 

詩にのせる。表現する。1000日続けての詩作に取組む。100日は過ぎた。まだまだほんのはじまりだ。

 「いいものを買う習慣」 けんじ
人に無償であげることだって
誰に
だれでもいいのだって
いつもお世話になっている人に
  もらってお礼をしたかな
  誰に
  誰にではなく誰にでも
  今いただいた人に
全く初めての人に
お礼をするわけではない
いつもお世話になっている人に
なにげなくお礼するのだ

詩などを書こうとしている時の新聞記事に目が留まった。「買い物帰り小2に助けられ」と表題があった。「スーパーであれやこれやと買い物を済ませ、自分の買い物カートの上に大きな袋を載せて、店の外を歩いていた。“持ちましょうか”と小学生の男の子が、小さな声で話しかけてきた。後には自転車に乗った母親がいて、“休校で遊んでいるので、使ってやってください。一人で帰れますから”と言い残して、立ち去った。しょうねんは、買い物袋を肩にかけて、“家までいきます”といってくれた。好意に甘え、“ありがとう”と徒歩約5分の家まで送ってもらった。聞くと、彼は2年生だった。とてもうれしくて、何度もお礼を言って、玄関先で見送った。お母さんの言いつけを素直に聞き、助けてくれた。また街で再会したら、母子に改めて感謝の言葉を継げたい。(大阪市城東区)」

 「不思議」 けんじ
発想の仕方が大事
できるかな?でなく
できると発想していく
していこうかなでなく
こうしていこうの発想
  不思議がコラボしていく
  しようとおもっていることを
  していく
  できるか?でなく
  していく不思議

 「ありがとう」 けんじ
出会えてありがとう
ただそれだけで嬉しい
  人って1+1
  それが出会い
20200202
それってどちらからも20200202
  人って出会い
  知ることも出会い

お客さんの所にいったらマネージャーさんが出てこられた。今日は「はかりの検査日です。」と挨拶させていただいたらびっくりしたことが起こった。「PR誌えの写真を撮りましょう、と話が進んでしまった。

 「仕事」 けんじ
これがいいと思う
これでいいと思う
  そうなのだろうか
  どうしたいというのだろうか
仕事とは
人を土台として事をなしていく
  人を大事にしていく
  土台をそだてていく
今を大事にしていく
ことを成し遂げていける喜びだ

 「いっぽ イッポ 一歩」 けんじ
これでいいいということはない
でもこれもありだ
  一歩一歩進めていく
  いっぽは一歩だ
それでも歩いていくことが
明日へつながるのだ
  イッポって何だろう
  イはいつものイ
ツはいま常にのツ
ポは明日へつながる歩みのポ
  そうだ今日も歩いてきた
  足跡がそこにある

足跡ってとても大事な気がする。45年ほど前に、資格をとる勉強会を数人で行った。法令が変わって、設備を持っている職場も、メンテしていく私も持っていると大変便利なことになるのだった。問題をつくりあった。お互いに勉強してきたことを問題として出すのであった。4年ほどかかっただろうか。20歳代の仲間で行ったのだった。大手企業の人、中堅企業の人、それに小企業の私という顔ぶれだった。その後、さまざまに企業で活躍された。いまの現役なのは私だけではある。

 「時代」 けんじ
なんだか時代がかわってきている
なぜ
どうして
  工場が減ってきている
  お店がかわってきている
  いつものつもりと違う景色に
時代は変わろうとしている
今まであたりまえにしてきたことが
時に見えなくなってきている
  何故
  そう思う
  2020年は変化の年なのだ

 「わたしにはハカルがある」 けんじ
55年「ハカリや」をやってきた
計量は合わせる較べるだ
  安心してもらい
  有効に数字を利用していく
正しいからいいのではなく
正しさを正しく活用していく
  この仕事につけて良かった
  形になってきている

この4月から、自動秤が検定対象になってくる。自主管理から第三者の検定機関の審査対象になってくる。ただまだ詳細が見えないという不思議は所である。私の会社では、自主管理対象の質量計はもう三〇年独自の規格でメンテナンスを行ってきたので、新しい規格が決まればそれに合わせればいい。自主管理してなかった企業は大変であろう。とはいえメーカーが直接メンテナンスを行ってきたところは大丈夫だ。

 「桜が咲いた」 けんじ
ふとおかしなことに気がついた
桜の文字をばらしていくと
中になぜ女が居るの
  家の前の大木は桜の木
  なぜ今気がつくの?
  桜は華やかな花の木
あたりまえに使っていた文字に
なぜそうなっているかの疑問
「さくら」と読ませる桜の字の不思議
  当たり前に使用していた文字を前にして
  佇んでいる私
  桜が見事に咲き始めている

今までの時代があたりまえのように過ぎてきたが、当たり前ということが、じつは不思議ことなのであろう。よし!だからこそ、日々の中に祈りをこめて、生きていこう。常日頃行っていることにも、意識をして取り組んでいこう。次の時代が豊に暮らして行けるように!

 

Photos

(画像をクリックすると拡大写真が表示されます)

     
     

(文・写真:横須賀 健治)

 

4月 10 20

ゆるマナー講座(第54回) 便利な時代でも “人と会う” ことの大切さ

by staff

マナーアドバイザー/フレアLLP 岡田 承子

新型コロナウィルスの影響で、日本でも急速に働き方に変化が生じました。
在宅勤務、テレワーク、リモートワーク、子連れ出勤などなど。
私の周りでも実際に会社から在宅勤務を指示された方が多くいました。ラッシュ時の通勤(痛勤?)を伴わない働き方は、家族の時間も増え、案外快適だという声も聞こえてきます。
とはいえ、テレワークをするには環境整備が必要。タブレットやPCを慌てて揃えて環境を整えた会社も多かったようですね。

オンライン化の世の中

今までも、仕事でオンライン会議を行っている会社は多くあるのでしょうが、仕事だけに限らず、大勢が集まることを防ぐため、研修や講座、打ち合わせなどをオンラインで行うところも増えました。

同じ時間に何人かがZOOMなどを使って参加します。
研修や講座の参加者はお互いに顔出しすることもあるし、全く顔出ししない場合もあります。もちろん、レクチャーする講師は参加者全員から見られます。日本国内だけに留まらず、インターネット環境だけ揃えば全世界で可能なオンライン会議や研修、講座。その場に行く手間が省けるので、今後ますます広まっていくのではないかと思います。

5、6人の小規模の講座にオンラインで参加している方の話を聞きました。その会は参加者全員顔出しするというのが決まりです。背景に家の中や事務所の中が丸見えなのはイヤだから、それぞれが思い思いの設定を選んでいるそうです。例えばカフェの中にいるように、例えばきれいに整った事務所にいるように、例えばきらめく夜景をバックにしたり。背景の選択にも個性が表れて面白いと言います。

ところが、参加者が写るのは上半身だけ。
「1回目はそれで良いのだけれど、回を重ねるごとに段々とその人の動きが見たくなる」

受講中は、カメラ(PCやタブレット、スマートフォン)に向かい時々発言するだけなので、体の動きがどうしても少なくなります。体全体の動きが見えてこそ伝わってくるその人の人柄や雰囲気などが掴めなくて残念だなぁという気持ちになるようです。
すると、他の方もそのように感じるらしく、まずはオンラインでの「オフ会」(講座が終わってから、講師抜きでオンラインで雑談をする)が始まり、それから「リアルオフ会」(実際に集まってお茶したりお酒を飲む)を行うようになることもあるのだとか。

特に一度でも実際に会って話すとぐっと距離が縮まり、その後のオンライン講座も和気あいあいと続けられると言います。

“人と会う” のは何のため?

ではなぜ実際に会うと距離が縮まり、その後のオンライン講座が楽しく続けられるのでしょうか?

それはきっと、対面し、相手の目を見て、相手の所作や振る舞いを見て、伝わってくるものがあるからでしょう。機械からは伝わらない「温度」のようなものかもしれません。それが「人柄」や「雰囲気」「気持ち」といった形となって、相手を理解するうえでの安心材料となるのではないでしょうか。

御礼やお祝いなどで何かを差し上げたりするときも、一番丁寧なのは実際に相手のお宅を訪問して差し上げることだと言われます。便利な世の中ですから、ネットでポチっと押せばプレゼントもすぐに届く時代ですが、本当に気持ちを伝えたいときは相手に会って手渡ししますね。

そういえば、プレゼントとは違いますが、離れて住む家族とFace Time で話す際、最後にブチっと押すボタンのなんと寂しいことか。実際に会っていれば、抱きしめて「じゃあね」と言えるのにと、その度に思います。声よりも顔が見えるのは素晴らしいことだけど、ぬくもりまでは伝わらないのが残念です。

実際に人と会うのを求めるのは、きっとその“ぬくもり”を求めるからかもしれませんね。

いかに便利な世の中になろうとも、実際に会って言葉を交わすことの大切さを忘れないでいたいですね。“人と会う”って素晴らしいこと!

今は緊急事態宣言が出たところもあり、人と会うのは極力避けなければいけない状況ですが、この事態が終息した暁には、たくさんの人と会いたいですね。今を、乗り切りましょう。

 

筆者プロフィール

岡田 承子(おかだ しょうこ)  

岡田 承子(おかだ しょうこ)
マナーアドバイザー/フレアLLP
日本航空国際線客室乗務員を経て、国際交流協会での仕事、また社会福祉法人では障がい者国際スポーツ大会事務局の運営業務やマナー研修に

携わる。現在は、自治体、企業での接遇研修や、NPO法人日本マナー・プロトコール協会認定講師として大学で指導をしている。

柳田 圭恵子(やなぎだ けえこ)  

柳田 圭恵子(やなぎだ けえこ)
マナーアドバイザー/フレアLLP
日本航空株式会社国際客室乗務員を経て、2009年よりマナー講師に。企業や自治体、大学、専門学校で接遇研修や マナー・プロトコール講

座を行っている。NPO法人日本マナー・プロトコール協会認定講師。

本の紹介です

ゆるマナー 始めましょ

 

 

 

「ゆるマナー 始めましょ」
(岡田 承子・柳田 圭恵子 著 / ほんの木)
簡単で、誰でも、いつでもできること、だけど何だか優しくて
温かい気持ちになる。そんなマナーを「ゆるマナー」と名づけました。
 
Amazonで購入

4月 10 20

ビジネス梁塵秘抄「遊・献・学」(第85回)

by staff

大浦総合研究所 代表/大浦勇三

ビジネス梁塵秘抄「遊・献・学」(第85回)

遊びをせんとや生れけむ、戯れせんとや生れけん
遊ぶ子供の声きけば、我が身さえこそ動がるれ

- 梁塵秘抄 -

以前、北欧4か国に出張する機会がありました。日本では “北欧の小国” との冠がつきます。どの国も1000万人を下回る人口や小規模のGDPからみた評価。最初に入ったデンマークのコペンハーゲンでは時間の流れに驚愕。静けさが醸す不思議な豊穣感。デンマークではヒュッゲという言葉があり、幸せを感じる心地よい時間の意味とか。世界の幸福度調査で常にトップクラスの背景。東京都美術館で開催されたデンマーク画家ハマスホイの絵画は、喧騒からはほど遠い静謐。愁いを帯びた世界。短期的な幸福でなく長期的な幸せ。一方、政府は世界ランキング1位の最先端デジタル国家。転居・結婚届・診療予約などの手続きがWeb上で完結、離婚手続きもワンクリック。カップルの2組に1組は別れを経験するとか。ハード&ソフトを活かしたヒューマンウェアの深化が課題。デジタルと人間心理・感情のバランス。梁塵秘抄では“恋い恋いて たまさかに逢いて寝たる夜の夢は如何見る さしさしきしと 抱くとこそ見れ”とあります。しっかり抱きしめる繋がり。 “いいものを後に残す。勝負は死んだ後” とピアニスト・秋吉敏子。

“遊びをせんとや生れけん” 「遊」

ちやほやされると自分を見失いかねない 基本ができないと何もできない
風呂上りに髪を巻き上げる こんな時間があるなら早く寝て更に練習する
中国やインドの台頭 世界の在り方を変えて米国さえも存在を小さくする
優劣を考えるのは隙・緩みがあるからで夢中になること、と大村はま先生

大村はまは国語教師・国語教育研究家。52年間、一教師を貫きました。90歳を超えるまで、膨大な数の本を読み続け “教える人は、常に学ぶ人でなければならない” が信条。“学びひたり 教えひたる それは優劣のかなた。打ち込んで学ぶ優劣を忘れてひたすらに励む“の姿勢は人間が学ぶ上での背骨。学ぶ子どもは身の程知らずで、伸びたい・力をつけたい一心。生涯教育の時代は、これが全世代にとっての生きる基本戦略。日本人の強みは知覚力。学びの評価基準を時代の趨勢とリンクさせる。 “異なる見方・考え方をする人の知恵・発想で、文明の負の側面を解決する” と探検家・医師の関野吉晴。

“仕事をせんとや生れけん” 「献」

嫌な人と出会っても それは個性と認識
欲しいと思ったなら それは希望と納得
正常時では リスクコミュニケーション
非常時はクライシスコミュニケーション

21世紀は変化が常態化。正常時ではリスクコミュニケーション、非常時はクライシスコミュニケーション。歴史上、非常時対応の反省点は “真の専門家の不在・最新テクノロジーへの無知・オープンな議論の排除・すぐ解決できない問題への誤診” 。対応策は線型ではなく非線型。 “多様性に裏付けられた思考パターンの強化・目標に向けた自由度の拡大・環境変化に対する継続的学習” が肝かも。国・組織・個人すべてに理論構築という課題。時間が多少かかっても実践・経験と理論・コンセプトの両方を統合するスキルの研鑽。 “主流派と違う視点を養うには基礎研究が不可欠” とAI研究者・ヒントン。

“学びをせんとや生れけん” 「学」

東日本大震災、危機への想像力の乏しさ 幸せでないと悲しい歌は歌えない
日本をよくするために日本を否定する グローバリズムにおける戦いの作法
読書法、一度目は大急ぎ・二度目は少しゆっくり・三度目は咀嚼して味わう
稽古は自分が見えるまでやる 自分そのものを待つ、と料理研究家辰巳芳子

辰巳芳子は料理研究家の母・浜子のもとで家庭料理を、その後、フランス・イタリア等の西洋料理の研鑽を積んだ料理研究家。 “人生は簡潔に” との父の言葉が料理にも。道を逸れたり自己流に走る傾向が強いけれどまず基本。十年単位の修練が不可欠で、目前のことをやり切ること。 “煮干しの扱い” は物事の基本を示唆するものかも。煮干しを頭と胴に分ける・胴を裂く・はらわたをきれいにする。なぜ手間をかけるかというと、煮干し一つからわかることが沢山あるから。気候変動による漁獲量激減・はらわたの状態変化など、自然環境の劣化を実感。 “何を描くかでなく誰が描くか” と画家・鈴木基一。

「遊びは仕事、仕事は遊び」
「仕事は学び、学びは仕事」
「学びは遊び、遊びは学び」

今回とりあげた「遊・献・学」それぞれの4行文は、拙書「ビジネス梁塵秘抄(一)~(十)」(全10巻)及び「続・ビジネス梁塵秘抄(一)~(九)」(全10巻)から抽出したものです。次回以降も「遊・献・学」から各々4行文を一つずつ抽出してご紹介していきたいと思います。

「ビジネス梁塵秘抄」「続・ビジネス梁塵秘抄」購入ご希望の方はこちらからどうぞ!
http://www.syplus.jp/ooura/

(第85回了)

 

大浦勇三(おおうら ゆうぞう) プロフィール

大浦勇三(おおうら ゆうぞう)  

大浦総合研究所 代表 (http://www.ne.jp/asahi/oura/ohura-research-institute/

石川県七尾市出身。
早稲田大学卒業、筑波大学大学院修了。
米国経営コンサルティング会社 アーサー・D・リトル 主席コンサルタントを経て現職。
主担当領域は、経営改革/企業再生、経営戦略/情報通信技術戦略策定、業務改革/組織改革、研究開発/商品開発マネジメント、マーケティングマネジメント、ナレッジマネジメント、イノベーションマネジメント、サプライチェーンマネジメント、人材マネジメント、コーチング/メンタリング、プロジェクト/プログラムマネジメント、ベンチャービジネス支援等のコンサルティング。

筑波大学大学院講師、城西国際大学客員教授、名城大学講師、産業能率大学講師、中小企業大学校講師などを歴任。

主な著作物:

  • 「続・ビジネス梁塵秘抄(一)~(九)」<全10巻>(大浦総合研究所:PDF版)
  • 「ビジネス梁塵秘抄(一)~(十)」<全10巻>(大浦総合研究所:PDF版)
  • 「イノベーション・ノート」(PHP研究所)
  • 「ITプロジェクトマネジャーのためのコーチング入門」(ソフトリサーチセンター)
  • 「図解 日本版LLP/LLCまるわかり」(PHP研究所)
  • 「IT技術者キャリアアップのためのメンタリング技法」(ソフトリサーチセンター)
  • 「よいコンサルタントの見分け方、かかり方」(清話会)
  • 「日本のモノづくり - 52の論点」<共著>(日本メンテナンス協会)
  • 「現場主導型の組織運営とスピード戦略」(日本監督士協会)
  • 「eコミュニティがビジネスを変える」<訳>(東洋経済新報社)
  • 「ナレッジマネジメントが見る見るわかる」(サンマーク出版)
  • 「図解 ナレッジ・カンパニー」(東洋経済新報社)
  • 「ナレッジマネジメント革命」(東洋経済新報社 )
  • 「図解 グローバル・スタンダード革命」(東洋経済新報社)
  • 「業務改革成功への情報技術活用」(東洋経済新報社)
  • 「情報化戦略と投資評価・システム運用管理の実際」<編著>(企業研究会)
  • 「会社改革実務辞典」<共著>(産業調査会)
  • 「プロジェクトマネジャー(PM)の育成・スキルアップのためのメンタリングの進め方と実践法」 (ソフトリサーチセンター:CD-ROM版)   など
4月 10 20

書評「ぷくぷく」 小学館 森沢明夫(著)

by staff
 
タイトル ぷくぷく
単行本 298ページ
出版社 小学館
ISBN-10 4093865620
ISBN-13 978-4093865623
発売日 2019/11/27
購入 ぷくぷく

「ボクは、誰?」ではじまる。それが何を意味しているのか分かるのに時間がかかった。

「一方通行の想い。
 
ガラスの壁は、いつだって揺るぎない。
 
水も通さない。
空気も通さない。
もちろん、ボクのことも通してはくれない。
でも、あっさり通すものがある。
 
光だ。」

これにつづくのが「光になれないボクは、こうしてイズミと同じ部屋にいながらも、やっぱり、ずっと、ずっと、ひとりぽっちなのかな・・・・、なんて思ったりして・・・・。」そして、主人公のボクが金魚のユキであることが明かされる。あかされるというより、主人公が金魚なのである。
今までの私たちの生活の中で金魚の目線で考えることなどがなかったはずだ。

「冷たいガラスが唯一、通してくれる光のプレゼント。
 
見て。
ねえ、見て。
イズミ。
 
ボクは長い尾ひれと胸びれをひらひらさせて、必死にアピールをしてみる。」

おもしろい構成だ。「ハカナイヨルーイズミ」という段では、「まつ毛を数えられそうな距離からまっすぐに見つめられて、私の顔は火照ってしまった。耳まで真っ赤になっているのがよく分かる。どうか、お酒のせいでと思ってくれますように。お店のなかは暗いから大丈夫かなー。」主人公がイズミなのだ。部屋の20代の住民である。「今夜は、なんだか明るい夜だね。わたしは小さく頷いて、背後を振り返り、月を見上げた。ひんやりとして、真白な満月―。」「明るいです。月が」「それから少しの間、わたしたちはきれいな月を見上げながら、ほわほわと白い息を吐き続けた。いま、この瞬間の“美”を、誰かと一緒にあじわえるということー。」

第二章に入って、「セカイハユレターユキ」「シセンノサキニーユキ」と続く。「少し疲れたせいか、昨夜ボクの心をひたひたに満たしていた悲しみの絶対量は、半分ほどにへっている気がした。じゃあ、心に空いた分のスペースには、何がはいったのだろう?よくわからないけれど、でも、きっとそこに入ったものは、しあわせではなく、安堵でもなく、平常心ですらなくて、むしろ深い淋しさをまとった虚脱感のようなものだった。」金魚のユキがかわいらしい。思いは伝わらないが、気づいてもらえることに喜び、忘れられたかのような一時に寂しさを感じている。

「早朝の空はドラマチックだった。
みるみる色彩を変えていくのだ。
ついさっきまで怖いくらいに神聖だった紫色が薄れて、おだやかな赤紫へ。
おだやかな赤紫は、心細そうにまたたいていた小さな星を飲み込んで、すこしずつ薄れていった。」
「すると今度は、すべてが赦されそうなやさしい桃色へ。
やがて桃色の内側から、まばゆい光の粒子が一気に弾け出して、世界は金色で満たされた。
キラキラした光の粒子は、ボクのいる金魚鉢のなかにも溶け込んで、ドレスのような尾びれが黄色に染められた。」

これは喜びへの助走なのか、悲劇への助走なのか?著者は不思議な情景を表現される。それはまた理解できそうで、理解できない、おたがいの存在をこえての葛藤を表現する。喜びが悲しみであったり、悲しみが歓びであったりする。

第三章に入って、「セイイッパイノオトーユキ」「ノニ、トイッタラーイズミ」で、チーコが小さい声をだした。「ねえ、イズミ“”金魚鉢がすごくきれいなんだけど“イズミもこちらを見た。」ドラマが展開していく。「わたし、夏になっても露出の多い服は絶対に着なかったし、家族で旅行に行っても温泉に入るのは避けてたの。いまでもそうだけど」

「月明かりの青白い光をためて、ほわっと発光する金魚鉢。その光の中心で、ひらり、ひらり、と舞うユキちゃんのシルエット。
金魚鉢のとなりには、太陽さんにもらったパンジーが花開いていた。そして、その花びらもまた、青白い妖精の粉を浴びたように淡く発光して見えた。」
「月の明かりは、誰も傷つけないのかなー。」
「まぶしいほどに明るくあったかい太陽よりも、ちょっびり冷たい月の方が、わたしには合うのかもしれない。そんなことを考えたら、これまでに出会ったいくつもの太陽さんの笑顔が窓辺に浮かんでは消えた。その名前の通り、ただまっすぐに相手を明るく照らし、穏やかにほこほことした気持ちにさせてくれる笑顔―。そんなピュアな陽光すらあっさりさえぎってしまった、わたしの内側を覆う分厚い雲。」

「ナミダノアトニーユキ」での展開がすばらしい。

「カーテン、開いているけど
かなり困った顔で、イズミは隣にいるチーコを見た。
わざとだよ
え?
あえてそこに立ってもらっているの
どうして・・・・・・
まずは、月に見せてあげようよ
月って・・・・・・
困ったようにつぶやいたイズミが、窓の外を見た。」
「だれもいない、いつもの路地。
夜空には、ボクの友達。
すべやかなイズミの裸体が、青白い月光をしっかりと吸い込んで、ぼうっと幻想的に発光して見えた。
ぷく。」

第四章に入って、「デアイハマボロシーユキ」「イズミ、イズミーミキ」と続く。
「静かな部屋に、水面をたたいた音が響く。抱えた自分の膝をみつめていたイズミが顔を上げた。ボクをみてくれた。イズミは少し驚いたような顔をしていた。

「イズミ。
イズミ。
 
ボクはイズミに向かって泳いだ。
ガラスの壁がボクを通せんぼする。
それでも、ボクは鼻先でぐいぐいとガラスを押し続けた。
 
すると、イズミがゆっくりと立ち上がった。
ボクのいる出窓の方へと歩いてきたのだ。
 
イズミ。

でも、イズミはボクではなくてパンジーの前に立ち、はじめてつぼみにふれたときのように、咲き誇る花びらを指先でそっと撫でた。」

「イズミは布団のなかでまるくなって、背中をこちらに向けていた。掛け布団に隠されたその背中は、なんとなく、彩のある未来を拒否しているように見えた。」

「キセツヲオモウーユキ」で安堵と希望がしみでていることに気づいた。しばらく止まっていたイズミの時間がゆっくりと動き出したのかも知れない。

「イズミの気持ちは、ふたたびボクから離れてしまう。
 
ぷく・・・・。

イズミの言葉どおり、この日を境に、黒猫の家の桜は、まさに夢のように一斉に開花し、季節を彩った。そして、ボクの予想通り、イズミの気持ちは、ボクから離れていったのだ。

イズミの表情は桜の開花と比例してみるみる明るくなり、ボクは依然のようにぼうっとしていることが多くなった。

イズミのスマートフォンには、ほぼ毎晩、電話がかかってきたり、メッセージの通知がくるようになった。イズミは、ボクのいる金魚鉢よりも、小さな画面を見詰めている時間に幸福を覚えているように見えた。」

第五章で、「テヲフルヒトーユキ」「イマノシュンカンーユキ」と続く。

「秘密?
応援?
 
正直、ボクには、その意味するところがよく分からなかった。
でも、太陽くんは、ボクの大好きなイズミの大好きな人だし、よくボクに話かけてくれるし、餌だってくれる。
 
うん。
 
ボクは身体全体を縦に動かして頷いてみせた。
すると、それを見た太陽くんの目が見開かれた。
“ん?いま、頷いた?”
 
太陽くんは、ボクをじっと見ていた。
 
えっ、伝わった?
ボクのイエスが・・・。
伝わった!
 
うん。うん。
ボクは、頷けるよ。
イエスと伝えられるんだよ。」

ボクは、誰?で、はじまり、ずっと、ひとりぼっちだったボクのまんまるな世界にも、
ひと足遅れの「春」が訪れていた、で終わる「ぷくぷく」に魅せられてしまった。
とんでもない出来事が起きている世の中であるが、確かな春は訪れている。

(文:横須賀 健治)

 

4月 10 20

横浜スケッチ(第43回) お花シリーズ

by staff

ペンネーム 成見 淳

私の絵の99%は風景画。素晴らしい風景に感動することが多く、そんな時は何とかこれを絵に残したいと思うからだと思う。一方、人物や花などにはあまり関心がなく、抽象画には全く関心がない。
そうは言っても風光明媚な観光地や街中の絵に人や花が全然ないのは不自然だし、人が入ることでストーリーや生活感が生まれ、花が入るとより絵が華やかになるからと、それなりに努力はしているのだが・・・。
赤坂孝史先生の2月の課題は昨年6月にスケッチ旅行で行ったスイスのソーリオ村の、これでもかと言うほど花いっぱいの風景だった。
今回の「横浜スケッチ」はこの絵がきっかけとなってお花の絵を描いたので、Yellow World シリーズとして4点ほど紹介することにしました。

 

赤坂孝史先生の教室での作品からの私の習作
透明水彩6号

この課題は昨年12月に渡されていた。2020年1月は先生が執筆活動に専念するため教室はお休み。この間、お休みでなかったクラスの生徒さんやスポットのワークショップに参加された方の作品がインスタグラムにアップされるのを見て『みんな凄いなあ!自分にはとてもこんなに描けないなあ!』と、どんどん置いて行かれるようでずっと自信喪失に陥っていた。
2月第一週、先生のデモ&解説に従って各自途中まで仕上げて、描き終わらなかった人は次週までの宿題となった。今までの自分としては『これ以上描きようがない。これ以上自分には描けない。』と筆を置くはずであったが、家族やインスタフレンドのアドバイスやコメントのお陰で、描きかけの絵をベッドから見える所に置いたり、少し離れた所に置きなおしたり、時間を置いてみたりして、気が付いた所を更に補足して描き込みを繰り返した。結局この粘りが良かったのだろうと思う。
第二週の最後は全員の作品の講評。笑わない男ならぬ、滅多に褒めない先生の思いがけない言葉と「この際近くの三ッ池公園などで菜の花畑を徹底的に描いて自分のものにしたら。」というアドバイスを頂き、黄色い花の群生地を描いてみた。
ちょうどこの原稿を書いている時に、「この回私は授業をお休みしてしまったので参考になりました。」というコメントがインスタに入って来た。先に描かれた生徒さんに刺激を頂いた私が今度は逆の立場になった。互いに切磋琢磨し、刺激し合う。これもこのグループの良い点である。

スイスの村 透明水彩6号

ちなみにスイスのソーリオ村はこんな所。習作の絵にある道を登って行くとここに出るらしい。

 

横浜市旭区の里山ガーデン 透明水彩4号

まず初めに思い浮かんだのは2018年春に行った千葉県のマザー牧場。将来のネタ用に撮ってあった写真をもとに描いた。この絵はインスタの私の絵の中で最高の「いいね」数を頂いている。
描き終った後の3月初めの土日に家族3人でドライブに出かけた。あいにく朝から小雨模様で牧場の駐車場で9時からの開園待ちをしていて開園と同時に雨が上がった園内へ。山の上なので風が強く寒かったが菜の花は前回よりも緑色っぽくて良い感じ。ネタを沢山仕入れたのでこの中からまた幾つか作品が出るだろう。さらに館山を回り、白間津のお花畑に寄って勝浦に泊まった。

 

三浦海岸 透明水彩4号

続いて描いたのは三浦半島の三浦海岸駅近くの菜の花。京急電車とのコラボレーション。自宅から京急電車一本で行けるのだが前回行ったのは2016年3月、家内と二人で河津桜を見に行った時。あらためてチェックしたら横浜スケッチ2017年4月号に「春をバトンタッチ、「梅、菜の花、桜」というタイトルで書いていた。

 

三浦海岸 透明水彩4号

3枚目は横浜市旭区の里山ガーデン。これは黄色い花ではなく、大部分を占める白いフワフワした植物をメインに描いた。名前は確かではないがパンパスグラス? しかも季節は秋だった。

 

雨上がり(マザー牧場)透明水彩6号

締め切り寸前に描き上げた絵。「マザー牧場」と同じ風景を目線をやや引いて。頂上の展望台を目指して前を歩く親子は私の同居人。

 

出品予定
 7月 1-  7日 赤坂孝史教室水彩画展 ギャラリーダダ(横浜そごう9階)
 8月 5-11日 ギャラリーダダ アートフェスティバル展(公募展)(横浜そごう9階)
 8月12-18日  成見兄弟展      ギャラリーダダ(横浜そごう9階)

筆者紹介

Jun Ohsawa 大澤 淳さん  
お名前 Jun Ohsawa 大澤 淳
E-mail j-narumi@ug.netyou.jp
URL http://home.netyou.jp/kk/ohsawa/
成年月日 1967年1月15日成人式。おひつじ座。いわゆる団塊の世代。誕生日はもっと前。
年齢 その年の西暦 ? 1947(3月25日以降)
生息地 横浜市鶴見区に70年弱在住。いわゆる浜っ子。
血液型 いわゆる典型的なAB型
性格 内気、控えめ(だが信念は曲げない)、人前に出るのを極度に嫌う・・・だったが、 最近は少しずつ変わって来た。これもネット化のおかげかな。
割りと簡単に物事をはじめてしまう。(衝動的、意思決定が速い、好奇心が強い)。
忘れやすい。(最近特に)
趣味 ◎絵画:(主に水彩画)初めは油彩だったが10年近く休止していた。ヨコハマNOWのお陰で、2015年より主に水彩画を中心に絵画を再開した。
◎文章を書くこと(エッセイ、旅行記など)。
◎放浪の旅:国外国内を問わず、スケッチポイントを求めて心の洗濯に。(すぐに汚れやすいので。)
〇ゴルフ:1979年にホールインワンをしたことも。42年間通った神奈川県津久井湖ゴルフ倶楽部を2016年12月に退会。ハンディキャップは全盛期13だったが。
〇2015年急に作曲を始めたが半年もたたずに現在休止状態。
●フォルクローレ(アンデス音楽):ケーナ、サンポーニャ等も演奏したが、今はたまに聴くだけ。

 

4月 10 20

田中健介の麺食力-それから- 第19回 「延期となった麺食力10周年イベントの内容とは!」

by staff

第19回 延期となった麺食力10周年イベントの内容とは!

2010年に出版した自著「麺食力-めんくいりょく-」。横浜の麺料理とその周辺の情景を描きながらほとんど売れなかった可哀想な本。著者自身も出来上がった本に向き合うことなく、二回目の東京オリンピックで沸くであろう2020年で出版丸10年となるのを機に、改めて当時の内容を振り返り、現在の移り変わりを綴っていく、ついでに啜っていく企画の今回が第十九回目でございます。

 

「麺食力」刊行10周年トークイベント6月開催のお知らせ

3月25日(水)に予定し、新型コロナウイルスの影響による政府方針や諸般の事情も踏まえ、延期となった本イベントは、6月中旬に延期することとなりました。
詳細につきましては次号以降に追ってお知らせ致します。

 

そういったワケで、今回は「大成功に終わったトークイベント」のレポートをお送りする予定でしたが、ご存知の通り世の中がこんな状況ということで、中止・延期となってしまいました。。。
予定していた内容は盛りだくさんだったので、ここで一挙公開しちゃおうかと思います。

トーク① 掲載店の現在

「麺食力」には147店舗掲載されています。うち100軒は現存(移転が2軒)、47軒が閉店となっています(2020年3月現在)。これをジャンル別、エリア別に分け、独自の分析をプレゼン。
の予定でした。。。

トーク② 編集担当者・山本力氏

かつて「ダイヤモンド」の編集長として辣腕を振るった山本力氏が「これで紙媒体を最後にする」と意気込んで「麺食力」の編集を担当されました。出版決定から約2か月半の思い出話、裏話を語り合います。
の予定でした。。。

トーク③ 地元の悪友たち

著者が麺食力を養うきっかけとなったのが地元の悪友たちとの横浜夜な夜な徘徊。そんな悪友たちと再会し、思い出を振り返ります。
の予定でした。。。

有限会社満寿屋社長・横浜市麺業協同組合理事長の金子増男氏

トーク④ 横浜の製麺事情

第4回「市電と暗渠と本牧と」で登場した本牧通りの「満寿屋」金子増男社長も登壇。横浜市麺業協同組合理事長としての顔も持つ金子氏に、横浜の製麺事情などについて話を伺います。
の予定でした。。。

へんな洋食屋元店主・星山建一氏

トーク⑤ へんな洋食屋のへんなセカンドライフ

第17回「へんなマスターの堅実な一面」で登場した蒔田の「へんな洋食屋」元店主・星山建一氏も登場。氏の半生と、今年1月末に閉店してからの驚くべきセカンドライフについて面白おかしく語っていただきます。
の予定でした。。。

特製ナポリタンドッグの販売、
入場者全員に「麺食力」オリジナルバッジ配布も予定していました

満寿屋特製生パスタのナポリタンドッグ販売など

満寿屋さんはそば・うどん・中華麺だけでなく、生パスタも絶品。これをナポリタンにしてナポリタンドッグとして販売!
また入場者全員に「麺食力」オリジナル缶バッジの配布、まだお持ちでない方へ「麺食力」書籍販売、現在連載している「はま太郎」のバックナンバー販売なども行います!
の予定でした。。。

司会進行は星羊社・星山健太郎社長!

現在筆者が連載「ナポリタンボウ」を執筆している「はま太郎」の星羊社・星山健太郎社長に司会進行という形でお手伝いいただきます!
の予定でした。。。

なかなか盛りだくさんなはずでした。
負けたくないので、6月中旬から下旬にかけて、代替開催を予定致します!!
場所は「横浜日ノ出町試聴室その3」、入場料は予約1,500円(当日1,800円)+1ドリンク別途オーダーとなります。
各ゲストのスケジュールの都合で上記の通りにはいかないかも知れませんが、内容は充実させたいと思います。
どうぞお楽しみに!!

筆者紹介

 
本 名 田中 健介(たなか けんすけ)
略 歴 1976年9月生まれ。横浜市出身。横浜市在住。
武相高校、神奈川大学卒業。
自称エッセイスト、本業は福祉関係。
ベイスターズファン歴35年、CKBファン歴17年。
 
2009年9月、日本ナポリタン学会設立、会長となる。
http://naporitan.org
 
2010年3月、著書「麺食力-めんくいりょく-」(アップロード)刊行
https://amzn.to/2DGVqiU(Amazonへ短縮リンク)
 
2017年5月~ 連載「はま太郎」(星羊社)「田中健介のナポリタンボウ」
https://www.seiyosha.net/
 
連絡先:hamanomenkui@gmail.com

 

4月 10 20

チャレンジ(第20回) 価値を上げるためには?

by staff

価値を上げるためには?

こんにちは。 C.P.FACTORYディレクターの平安山美春です。4月になり新しい年度が始まりましたが、オリンピックも延期となり、先行きが不安な情勢ですね。自宅にストックしていたマスクの残りが少なくなり・・・お店で購入する事も出来ず、障害者さんたちも不安に感じていたところ、地域活動支援センターのボンランティアさん達が布マスクを作ってくれました。
https://www.instagram.com/c.p.factory/
洗って繰り返し使えるので、1枚あると安心ですね。

そして今回は記念すべき連載20回目のコラムとなりました! これもヨコハマナウの運営の皆様や編集長の辰巳さんのサポートのお陰です。 いつもありがとうございます。

今回は私がC.P.FACTORYを立ち上げるきっかけとなった地域活動支援センターのご紹介をしたいと思います。

 裂き織とは

養護学校では機織りがカリキュラムに組み込まれている学校もあり、障害者施設で機織り作業を希望する障害者さんも多いそうです。はーと工房では、3台の足踏み織り機と、8台の卓上織り機を使い、裂いた布を織って1枚の生地に仕立てていく作業をしています。

足踏み織り機:しっかりとした生地が長く織れます

持ち運びも出来る卓上織り機
1日で1m程の生地が出来上がります

裂く作業も丁寧におこないます

織りあがった生地は、ポーチなど色々な商品に製品化します

私がこの裂き織作業に関わって早や6年目。ボランティアさんのご協力の元、どのように障害者さんたちが作業をするのがよいのか、また商品の質をどうやって上げていくのか等を試行錯誤してきました。

 働くことが困難な人の仕事を創りだす

最初は「福祉×アート」の感覚でしたが、はーと工房では重度の精神障害者が多く、安定的に創作活動ができる人は殆どいませんでした。更にこの時期から障害者施設のお仕事が減ってきて、工賃も下がる事態に陥っていました。

そこで考えたのが、作業を細分化して、一人一人ができることを見つけ作業をして、足りないところはお互いに補い合い工賃を得ること。

Aさんは織ることは苦手だけど布を裂くことは出来る。
Bさんは握力が弱く布を裂くことは出来ないけど、織ることは得意。
Cさんはパソコン作業が得意なのでPOP作りを担当。

と、その人たちに合った作業内容を創り提供することで、自己肯定感も上げる事が出来るし、裂き織作業の質自体も上げていくことができてきました。

作業の細分化

 価値を上げるためには

裂き織作業だけではなく、同じように作業を細分化し、カフェやブランドの革タグを制作したり、寄付された資材を使って可愛いラッピングなども行っています。

工賃を支払っていくためには購入して頂かなければいけません。丁寧な作業とアイディアでより良いものを作り、価値を高めていきたいと考えています。そして皆さんに知ってもらうため、コラムで紹介したり、イベントで販売していきたいと思っています。ご興味のある方にはご説明にあがりますので、ご連絡ください。

たまごカフェごはんさんのオリジナルガーランド

次回は「西区スタイル」です 

(第20回了)

筆者紹介

 
本 名 平安山 美春(へんざん みはる)
略 歴 1973年横浜生まれ。
高校時代に米国イリノイ州立ネーパービルノース高等学校に留学し、本場のアートと最先端のコンピューター技術を学ぶ。
 
帰国後、東京工芸大学 画像工学科(現メディア画像工学科)にて色彩画像工学を学び、卒業後、画像加工技術を活かしたグラフィックデザイナー兼DTPディレクターとして制作会社に勤務。
 
2003年長女出産を機に退職、フリーで活動を始める。
Photoshop歴25年。2児の母。
 
現在は、DTPやWEB関係の制作や解析業務、ワークショップ形式を用いた様々な講座やイベントを主催する傍ら、自分の技術を福祉の役に立てたいと考え、精神障がい者が作る自主製品のアートディレクションなども手掛けている。

 

4月 10 20

絵本から笑本へ(第46回) 絵本作家と、笑顔をつなぐ笑顔な女性たち。
~赤坂 厚子さん~

by staff

絵本作家 保科琢音の連載コラム「絵本から笑本へ」。

三カ月ぶりの再開です。
今回から連載第4期。

第4期では絵本作家のぼくが、これまでにご縁のあった
「笑顔をつなぐ笑顔な女性たち」をご紹介していきます。

様々な仕事、様々な活動、様々な思いで生きているみなさん。
けれど、共通している事はみんな「笑顔である」という事。

そんな「笑顔をつなぐ笑顔な女性」のみなさんを、
ぼく目線のおしゃべりでご紹介、いや、ご披露して参ります。

第4期1回目のご登場は…

赤坂厚子さん。

子育て支援施設を中心に管理運営している
「NPO法人ちゃっと」の理事長さん。

保土ケ谷区にある親と子のつどいの広場
「星の子」と「風の子」には毎日のように
赤ちゃんや子ども達、子育て中の親御さん達が集まっています。

つどいの広場では子育ての情報交換や悩み相談も受けられます。
赤ちゃん子ども達は勿論、子育て中の親御さん達の事も、
赤坂さん達スタッフは笑顔にしているんですね。

ぼくはそこで毎月、絵本と紙芝居の読み笑わせ口演

「読絵ん会(どくえんかい)」を開催させてもらっています。

気がつけばもう6年目。
6年間毎月かかさず開催しています。
6年前、ぼくの活動を知った赤坂さんから
「うちで毎月、絵本と紙芝居読んで」と言われたのが始まり。

その頃、ぼくはまだ図書館職員としても働いていたのですが、
月に一度だけの口演ならという事で始めました。

更に赤坂さんは、その口演に講師料として対価も示してくれました。
「ここで貰っている額を最低ラインにすれば他でも交渉出来るでしょ」と。

赤坂さんは「絵本作家 保科琢音」に始めて「価値」を付けてくれた方です。

そこから他で頂くイベント出演料は少しずつ上がってはいますが、
赤坂さんの所からはこれからも値上げせずにやっていくつもりです(笑)

そんなとてもオトコ気のある赤坂さん。

地域の皆さんと連携して、こども食堂も開催したり、
現在は寄り添い型生活支援事業の運営も始まった。

生まれたばかりの赤ちゃんから子ども達、子育て中の親御さん、
そして、ご年配の方々にまで笑顔を届ける活動をしています。

きっと今日も赤坂厚子さんは、様々な世代の
たくさんの方々と一緒に、笑っていると思います。

赤坂 厚子さん(NPO法人ちゃっと理事長)

絵本作家 保科琢音からのご質問

※毎回、登場頂くみなさんへ同じ質問をしていきます。

① 『子どもの頃はどんな子でしたか?』
「父親の仕事の為、転校ばかりをしていたので、
読書と図書室がお友達の子どもでした。」

② 『子どもの頃の夢はなんでしたか?』
「夢はアナウンサーやお花屋さんと、普通に思ってました。」

③ 『これからの夢はなんですか?』
「改めて夢はと聞かれると悩んでしまいますが、
一緒に子育てに悩んだ仲間と老後楽しく暮らせる居場所が欲しいです。」

④ 『悩みはありますか?』
「自分が天職だと思っていた仕事(医薬品登録販売員)を辞めて、
今、法人の仕事を拡大してますが、
それが自分のライフワークなのか?悩みます。」

⑤ 『今、一番楽しい事はなんですか?』
「ストレス発散は韓国ドラマ観る事と、supを海でする事です。
そして、行ってみたいと思った場所に飛行機に乗って行く事が何より楽しい事です。」

<今回訪問した施設のご紹介>

NPO法人 ちゃっと ホームページ
HP: https://chat-hodogaya.yokohama/

<絵本作家 保科琢音ホームページ>

http://ehonsakka-hoshinatakuo.net/

<絵本作家 保科琢音YouTubeチャンネル>

『笑える絵本ダナ』 https://www.youtube.com/channel/…

(文・イラスト:保科琢音

筆者紹介

絵本作家。紙芝居作家。
公立図書館に10年勤める。
2013年 絵本「あっかんべー」出版。
絵本や紙芝居の創作だけでなく「読絵ん会」という名の読み笑わせ口演を精力的に行っている。
口演場所は計500ヵ所以上。
2017年 ベトナムホーチミンの幼稚園にて口演。
横浜市神奈川区にて開放している、赤ちゃんとお母さんが集える広場「おかげさま亭」プロデューサー。
 
また、絵書家筆之輔(えかきやふでのすけ)の芸名で落語家としても活動。
神奈川県を中心に落語会や落語イベントを開催。
横浜市内の小学校にて落語の授業を数多く担当。
2017年3月小学生60名が出演した「大黒寄席」プロデュース開催。
父親と子ども達による演芸クラブ「背中の集い」企画代表。
毎月定例の落語会として横浜市保土ヶ谷区の「しばた。寄席」。

ヨコハマNOW取材記事
「僕にとっての横浜は「未来へ笑がおをつなぐ街」。絵本作家の保科琢音さん」
http://yokohama-now.jp/home/?p=13904

『読絵ん会(どくえんかい)』の様子を動画でご覧下さい。

 

4月 10 20

第85回 階段と空調

by staff

北川裕記建築設計 一級建築士事務所
代表 北川裕記

階段と空調

例外もない訳ではありませんが、これまで設計した住宅では上下階それぞれに廊下があり、それを階段で繋ぐという構成の家はほとんどありませんでした。どちらかの階には廊下があっても、階段を上ったら(あるいは降りたら)一室空間のLDKという構成が多いです。
他にもそうする理由はあるのですが、多くの場合、廊下をそんなにとるほど建てられる面積に余裕がないことが最も大きな動機になっています。
また逆に廊下を設けないことで、家族が個室に行くまでに必ずLDKを通る、階段を上がるといきなり窓の外に緑あふれる景色が広がる、等といった効果を生み出すことも可能になります。さらに吹抜けを階段と組み合わせることで、上下階を緩やかに繋ぎ、家族の個室とLDKの間でお互いの様子を感じられるような関係を作り出すことも可能です。
一方でこうした構成には解決するべき問題もあります。それはLDKの空調効率です。LDKが下階にある場合には暖房時の暖気が、上階にある場合には冷房時の冷気が、どんどん流れていってしまい、空調の効きが悪くなります。そこでなんらかの「フタ」をすることになります。

1階にLDKがあり、階段を上った2階には個室がある場合。

階段を上った2階廊下との間にガラス引戸を設置しています。右側は1階の廊下とLDKを仕切る木製引戸。階段と廊下の間は落下防止を兼ねて強化ガラスを入れてあります。階段上の天井には暖気を送り返すファンを設置します。

2階にLDKがあり、階段と吹抜けの廻りに1階の個室を配置した家。

左が仕切りを開けた状態、右が閉じた状態です。

半透明の間仕切り戸は開けた状態では階段上で壁状に収納されます。

ただ、こんな例外もあります。
柱の間に厚さ3cmの杉の無垢板を嵌め込んで造る「板倉工法」の家。
高断熱なので、階段や2階の床のスリットを利用して、1階に置いた蓄熱式暖房機で家全体を暖めます。
冷房はありません。

(写真:平井広行 *を除く)

 

「暮らしを大切にデザインする」建築家のグループ

AA STUDIOは「暮らしを大切にデザインする」建築家たちのグループです。

それぞれの建築家に気軽にご相談ください。なお、下記のような「ナビゲートサービス」も承っておりますので、ぜひご利用ください。ホームページにお問い合わせいただければ、こちらからご連絡させていただきます。
電話:045-351-0288 でのご相談も受け付けておりますので、あわせてご利用ください。

AA STUDIO ナビゲートサービス

中立的な立場で、建築家選びをナビゲートします。ご相談は無料。
その後ナビゲートをお申し込みの場合 申込金 ¥10,000
・面談コース 面談希望建築家と面談  無料(最大3名の建築家を指名)
・提案コース 具体的なプランの提案  ¥50,000/1提案(最大3名の建築家を指名)

AA STUDIO WEB http://www.aastudio.jp

青木恵美子 有限会社 A.Aプランニング
http://www.aaplan.com
井上 玄 株式会社 GEN INOUE
https://architect.bz/
荻津 郁夫 有限会社 荻津郁夫建築設計事務所
http://www.o-as.co.jp
北川 裕記 北川裕記建築設計 一級建築士事務所
http://www.aalab.com/kitagawa/
北島 俊嗣 株式会社 北島建築設計事務所
http://kitajima-architecture-design.com
久保田 恵子 5’st一級建築士事務所
http://studio5st.com
栗原 正明 栗原正明建築設計室
http://msak.asia
河辺 近 ken-ken.Inc. 一級建築士事務所
http://www.ken-ken-a.co.jp
岸本 和彦 acaa建築研究所
http://www.ac-aa.com/company/
佐藤 誠司・庄司 智子 株式会社バハティ 一級建築士事務所
http://bahati68.com
鈴木 信弘+洋子 有限会社 鈴木アトリエ
http://suzuki-atelier.com
高橋 正彦 佐賀・高橋設計室
http://www.takahashi-arch.com
藤江 創 有限会社 アーバン・ファクトリー
http://www.urbanf-arch.com/
藤本 幸充 株式会社 鎌倉設計工房
http://www.kamakobo.com
古川 達也 古川都市建築計画一級建築士事務所
http://furukawa-arch.com/
水口 裕之・松井 理美子 tentline(テントライン)
http://tentline.jp
山口 賢 株式会社 アマテラス都市建築設計
http://www.amarterrance.com
山田 慎一郎 山田スタジオ一級建築士事務所
http://www.yamadastudio.com/

 

4月 10 20

早苗ネネ こころのワクチン「コロナの子守歌」

by staff

3月11日の朝、まだちゃんと目覚めていない意識の中。 ぬくぬくとした布団の中で私はぼそぼそと歌いだしました。

♬ コロナ ころころ コロナ みんなが怖がるコロナ 怖がらなくてもいいよ! ♬

それは漠然とした 夢の様で現実の様で、ある意味心地よい感覚の中でしたので なんの作為もなく、自由に自然にメロディと言葉が紡ぎだされ わらべ歌が出来上がりました。

「まるでコロナのお母さんからの歌みたい」枕元に常に置いている雑記帳に歌詞を書き留めて、メロディをiPhoneのボイスメモに入れて。「コロナの子守歌」が出来上がりました。

これは和歌うたや他の唄と違う類の唄で、広く発表して伝えて行く歌だという事は分かっていました。でもテーマがテーマなので大事を取って2~3の知人に音源を送ってみると。亡くなっている方も出てきている状況なので、誤解を生む恐れやバッシングされる可能性や、今、こんな歌を歌ったら罰せられるかも!と言う意見も出て、この歌が、まったく理解されないかもしれない!という可能性に直面しました。

私にはコロナウイルスは新しい時代が生れる時に通らなくてはいけない産道のような役割を担っていて。創造と破壊の同じエネルギーの両側面だという感覚があります。荒魂と和魂のように、です。今後 荒魂コロナによる犠牲者が増える前に人々の意識の変換を促し安定力、免疫力となりえる、コロナへの捉え方を伝えたい!と言う思いで今回、和歌うたコラムはお休みさせて頂き急遽 心のワクチンの一つ「コロナの子守歌」の紹介をさせて頂きます。

コロナの子守歌
 
コロナ ころころ コロナ みんなが怖がるコロナ 怖がらなくてもいいよ
あなたが悪いわけじゃない みんなの怖いに煽られて 怪物コロナになっちゃった
 
コロナ ころころ コロナ 怖がらなくてもいいよ 可愛いコロナ 優しいコロナ
みんなの怖いが張り付いて 身動き取れないコロナ ブルブル震えるコロナ
ごめんねコロナ 泣いてるコロナ あなたが悪い訳じゃない
 
私の愛でつつんであげる  私の愛で満たしてあげる
コロナ ころころ コロナ  安心コロナ 微笑むコロナ ゆっくりおやすみコロナ
 
心地良いのがコロナの子 惹かれるコロナ 楽しいコロナ 腑に落ちコロナ
ワクワクコロナ 喜びコロナ
 
コロナ ころころ コロナ
ありがとコロナ さよならコロナ 光の中におかえりコロナ
やすらかコロナ しあわせコロナ 光の中でおやすみコロナ

コロナウイルスは人々の意識に働きかけます! これは右脳的な思考です。
縄文時代のDNAに組み込まれているこの考え方は日本人には馴染みのある思考だと思います。西洋ではまだまだ 迷信として一笑に付されてしまいそうですが。

都会にいると 建物の巨大さや経済優先のシステムに囲まれて自分自身がとても小さな存在だと錯覚してしまう側面があります。自分一人が何か言ったってどうしようもない!と言った無力感。お洒落なレストランで食事して時代の先端を行っているような錯覚や優越感。でも心の中に巣食ってゆく卑小感。無力感。自分にはチカラなんて有る訳がないという被害者意識。ストレスと行き場のない怒り。こういう思考が集まっている場所はコロナウイルスの活動が活発です。人々の感情の起伏、それらが激しかったり不安定だとコロナの振動数と同調する可能性があります。大事な事は、自分の呼吸を安定させる。こころを安定させる。古い言葉でいえば丹田に意識を向けて不動心でいること。今は色んなワークがありそれらを日常の中で教えてくれるセラピストやヒーラーさんも出てきました。

でも思考は現在の文明では左脳が重点的です。右脳と左脳がバランスよく働いて初めて私達人類は成熟した文明を築けるのだと確信しています。そして今!是非右脳を使って下さい。右脳とは直感や今までの常識や既成概念を飛び越えて心に響いてくる何か。直線的な時間の観念や、理論的な推測を全く意味の無いものにしてしまうようなひらめき。

中学、高校、大学へと今まで教えられてきた事柄や思考法をちょっとわきへ置いて 新しい時代に向けたビジョンに心を開いてみて下さい。

「コロナの子守歌」 この歌は私の右脳を通して降ろされてきたメッセージソングです。
貴方の中のコロナのイメージが変容して静まるとき、それは外側に潜んでいる(すでに全国に広がっている)コロナに働きかけます。
心のワクチン、意識のワクチンとして皆様の細胞に届きますように。

追伸・・
2~3日前「コロナファイターズ」というキャッチな言葉を聞いた時にイソップの寓話 「北風と太陽」の話を思い出しました。やはりコロナは太陽の方が断然好きです。だってコロナですから。
みなさんのこころに昇る、太陽の光をコロナにあててあげて下さい

3月31日 出雲大社 拝殿にて 荒魂コロナ 沈静化祈願 「コロナの子守唄」奉納
4月13日 熊野大社(島根県松江市) 例祭にて沈静化祈願 「コロナの子守唄」奉納
4月19日 稲田姫神社(島根県奥出雲町) 例祭にて沈静化祈願「コロナの子守唄」奉納
19日 当日は例祭の模様を ネットで配信させていただきます。参列も自由です。

稲田姫神社・・スサノオのミコトが地上に降りて八岐大蛇の人身御供から助けられた乙女稲田姫の生誕の地に建てられた神社。乙女の女神様なので氏子はいません。
稲田姫はその後スサノオノミコトと結婚してクシナダヒメとなります。
荒ぶるスサノオノミコトを見事にヒーローに変えた純真無垢な処女神様です。

(早苗ネネ♪)

 

迎春

 

ネネグースプロジェクト(Nene Goose Project)を立ち上げました

日本古来の大和ことばで綴られた和歌を現代の調べにのせて歌う「和歌うた」。私 早苗ネネはもう20年近くこの「和歌うた」を歌い続けています。お蔭様で、じゅん&ネネと共に「和歌うた」は私のアーティスト活動の中心軸となり、多くの方々からご支援を賜り各地で和歌うたライブを開かせて頂いております。

この度立ち上げたネネグースプロジェクト(Nene Goose Project)は、「和歌うた」とHULAや太極拳などの異文化や全国に受け継がれている伝統文化とのコラボレーションをはかります。世界の民族が持つ固有の文化とその文化の根底にある言霊が「和歌うた」と融合することで生まれる新しい表現をみんなで共有する取り組みです。

「和歌うた」のライブは歌い手と聴き手という構図です。ライブ会場はみんなで一体になって盛り上がりますが、歌い手と聴き手という構図は否めないものがありました。ネネグースプロジェクト(Nene Goose Project)ではワークショップ形式で参加して下さったみなさんと一緒に作品を作り上げていきたいと考えております。みんなで作った作品にはみんなの愛情が込められています。出来上がった作品はみなさんの元気の源の一助になることでしょう。

ネネグースプロジェクト(Nene Goose Project)Official Website:
nenegoose.love

 

三十六歌仙CDアルバムによせて

 

10代の頃、じゅん&ネネのネネとして歌っていた時、多くの方から「北の政所のねね様と同じ名前ですね」と言われ、歴史上に残る方と同じ名前を頂いた事で直ぐに覚えて頂き、良い事が沢山ありました。時が経ち、50歳を過ぎた頃にやっと自分のライフワークを見つけ、「和歌うた」を歌い続けて13年程に成りますが2014年の京都高台寺音楽祭に出演させて頂いた折に、三十六歌仙が高台寺様に遺されているのを知りました。その時にぜひ三十六歌仙にメロディーを付けて同じ名前のねね様に奉納したいとの思いを抱き、2015年9月6日、ねね様のご命日に発表させて頂く事に成りました。

和歌のアルバムとしては10年ぶりでやっと二枚目アルバムです。一枚目のアルバム「花のいろは」は蟠龍寺スタジオの仲間に助けられて生まれました。そして今回のアルバムも製作費は今まで私の和歌うたを聞いて応援して下さった方々のご支援で賄われています。暗中模索と無我夢中で今までよろよろと歩いてきましたが、そんな私を支えてくれる大きな愛情に気が付いて、なんて幸せ者なのかしらと思います。有難うございます。これからも自分の道を信じて歩いてゆきます。

早苗ネネ/京都・高台寺 北の政所・ねねさまに捧げる三十六歌仙 『和歌うた』CDアルバムは、 ヨコハマNOWオンラインショップ で販売しております。

 

早苗ネネさん 和歌うたLIVE

 

早苗ネネさん プロフィール

木々や鳥や魚や精霊…人間以外の存在達との交流が当り前に語れるくらい、いのちのひろがりに気づくと、共に生きている喜びや、苦しみや悲しみにもナイーブになる。

心と野生がひとつながりになると……こんな風に人は年を重ねられる。ひとりひとり、ユニークにもっと自分になれる。

早苗 Nene さんは、そういう人生の先駆者です。 感性を解放しながら、40代で高校生に仲間入り卒業後、マウイのカレッジに留学中、突然半生記が受賞しました。

そんな新たなシーズンを迎えて、今エッセンスを分かち合いたい。

<天性の歌い手>というだけでなく、その存在感、溢れる活性のバイブレーションは、光のシャワーのよう。彼女と語り歌い、魂の成長を旅している現在の、自分の位置を確かめてみませんか?

早苗ネネさんHP

 

4月 10 20

癒やしの音楽クリスタルボウル奏者 守谷直恵さんの歩まれた音楽人生

by staff

今回はクリスタルボウルという水晶でできた楽器とピアノで独自のライブ活動をなさっている守谷直恵さんにお話をお聞きしました。音楽で人を癒やす、そんな使命を持つ守谷さんの音楽人生を覗いてみました。

守谷直恵さん
守谷直恵さん
 
お名前 守谷 直恵(もりや なおえ)
お生まれ 4月13日生まれ
お住まい 横浜市
お仕事 クリスタルボウル奏者
ピアニスト
趣味

 

守谷さんの音楽との出会いはいつ頃でしたか

幼少の頃からでしょうか。音楽好きな母に育てられ、物心ついたときから寝る時間になると子守唄がわりにクラシック曲のレコードをかけてくれました。またドイツ民謡『故郷を離れて』などお風呂で良く二重唱をしました。小学校に入る時、有名な曲はほとんど知っていたと思います。パタパタと音を立てる足踏みオルガンが、鍵盤楽器との最初の触れ合い、5歳になる頃には兄を追ってピアノを習い始めました。当時は演奏家気取りに奏でて遊ぶのが好きでしたが、楽譜通りに弾く練習は嫌いでしたね(笑)。

そんな守谷さんが音楽と真剣に向き合うようになったのはいつ頃でしょうか

高校生になって、将来を真剣に考えるようになった頃です。その頃、音楽に命をかけていたクラスメートがいました。彼女の楽器はエレクトーンだったのですが、私に作曲や編曲の楽しさも教えてくれました。彼女の真剣な取り組みに大いに刺激を受け、私もピアノと真剣に向き合うようになりました。また練習すればするほど自分の演奏が変わってくることに面白さも感じ始め、のめり込むようになり、音楽の道に進むこと、音大を受験することを意識するようになりました。ただ、ピアノ科に進むには、手が小さすぎると先生に言われ、どうしたものか、考えあぐねていました。そんな時、作曲、編曲、ピアノ、歌、指導法など私が学びたい全ての要素が入っている学部がある、というのを教えていただきました。それが、国立音楽大学に当時あった教育音楽科Ⅱ類でした。そこでは、リトミックを中心に多角的に音楽を学ぶことができました。日本でいうリトミックは幼児のための音楽教育、というふうに解されていますが、本来は、音楽家が感性を高め演奏の表現が豊かになることを目的にスイスの作曲家教育音楽家のエミール・ジャック=ダルクローズが編み出した音楽教育法でした。即興演奏はとても重要な要素で、それこそまさに私が学びたいものでした。

専門的な音楽の学びになってきましたね。大学時代の思い出は

国立音楽大学では、4年間、自由でゆったりした環境の中で、個性豊かな仲間と教授陣に囲まれて音楽を学びました。卒業作品は『編曲』で、交響曲を二台ピアノに編曲した作品を提出しました。提出前の1週間は徹夜続きで、本当に大変でした(笑)。

大学3年の頃、友人と3人でヨーロッパ旅行に行き、スイスのジャック=ダルクローズ音楽院で本場のリトミックの授業を見学することができました。目からうろこが落ちたような衝撃を受けました。バレエやダンスではないのですが、「歩く」や「走る」などの動きや、雨や嵐などの森羅万象、喜怒哀楽のすべてを美しく即興でピアノ演奏され、その中で子供たちが伸び伸びと動くのを目のあたりにしました。これこそがリトミックの神髄である、そう確信した瞬間でした。またもう一つの出来事としては、音大卒業時に声楽の先生のお勧めで受けた東京二期会オペラ研究所の研究生の試験に受かり、声楽の世界とも深く関わりを持つことになりました。

音楽のパーツがそろってきましたね。卒業後はどんなお仕事をされたのですか

卒業後も、指導者としての学びを続けながら、子供たちにピアノやリトミックのレッスンの仕事をしていました。その傍ら、二期会の研究生として声楽も学び続けました。音楽の指導と、声楽家の勉強の両立は並大抵のものではありませんでした。結婚して子供も生まれ、そんなタイミングで夫の転勤、サンフランシスコでの6年間の生活が始まりました。アメリカでは、リトミックの鬼才と言われる故リチャード・エイブラムソン氏の授業をニューヨークのジュリアード音楽院で受ける機会を得ることができ、エイブラムソン氏の天才的な即興演奏に釘付けになりました。学院では、当時英語もままならない私にとってハードルがとても高かったのですが、リトミック指導者国際免許の試験にも挑戦しました。試験科目の一つにハーレムのプレスクールの子供たちを相手に、リトミックの模擬授業をすることがあり、試験が始まるそうそう先生からはダメ出しの嵐。もうダメだと思いながらも最後まで頑張りました。結果は、意外なものでした。先生のおつきの方が、私の耳元で、「先生が君のレッスンは好きだ、と言っていた。」と教えてくれました。後から分かったのですが、それは合格の意味だったのです。先生曰く、その授業で一番大切なのは、「音楽」を感じられるレッスンかどうか、でした。リトミック指導者国際免許を取得できた瞬間でした。

大きなお土産付きで日本に帰国されたのですね。帰国後の生活はいかがでしたか

アメリカ文化の中で育っていた私の子供たちにとって、まさにカルチャーショックの始まりでした。日本での生活は、勉強、友達関係と、試練続きのものでした。そんな中、夫は単身赴任で今度は台湾行きが決まりました。子供たちの父親代わりも務めながら、近所の子供たちを相手にピアノ、リトミックの指導を細々と続けました。私が物心ついたときから鬱病だった父の容体はますます悪化し、両親の心配も抱え込んでいました。とにかく自分が頑張らなくては、と必死に過ごす毎日。そんな思いで日々を送るうち、限界がきてしまいました。胃炎を繰り返し、体はボロボロになりました。何軒も病院に通い、数えられないくらいの薬も処方されましたが、一向によくなりませんでした。そんなとき出会ったのがヒーリングの世界でした。自分の中が癒やされ、体が温まってくる感じを覚えました。ヒーリング手法の一つ、レイキを学び始めると、物事の捉え方が180度変わりました。「先ずは自分を愛する、幸せになることが自分の周りの人も幸せになっていく」ということを知ったのが、本当に大きな気づきでした。それまで自分が苦労するのが美徳だと思っていたのです。気持ちが変わり、体調も改善されると、不思議なことが色々起こるようになり、素晴らしい人々との出会いにも恵まれるようになりました。そんな良い気のつながりの中で出会ったのがクリスタルボウルでした。初めて聴いたクリスタルボウルの音は、まるで何かを飲み込むように口から入ってくる感じでした。クリスタルボウルは水晶でできていて、癒しと浄化を促す大変繊細な楽器です。自分の心の状態を映しますし、演奏する環境によって音は如実に変わってくるのです。旅行には可能な限りクリスタルボウルを持って行って、この場所ではどんな音がするのかしら、と感じながら演奏するのが何より楽しみになりました。聴く人にとって、今必要なものを与えてくれる作用があると感じています。奏でれば奏でるほど、「音楽は、この世の全てに必要なものとして神様が与えてくれた神聖なもの」だと思うのです。自分と同じように苦しんでいる人がいるなら、自分の体験を共有することによって苦しみを和らげることができるかもしれない、そんな思いが今のクリスタルボウルの演奏活動につながっています。この音を奏でることによって、「この世のすべての人が幸せに暮らせる世の中になって欲しい」、それが私の使命のようにも感じているのです。もっともっと多くの方に聴いていただきたいと思っています。

カンボジア旅行でクリスタルボウルを奏でる守谷さん

クリスタルボウルを使ったボイストレーニング風景

守谷さんが行き着いたクリスタルボウルの音楽の世界、是非聞いてみたいと思いました。近々の活動について教えてください。

その他の情報は、随時こちらにアップしておりますのでご覧下さい。

クリスタルボウルのコンサート終了時のひととき

守谷さんにとって横浜とは

守谷さんにとって横浜とは、、、「感謝」です

(インタビュー&文:井上千鶴

 

3月 10 20

「正しく恐れる」とは

by staff

 

新型コロナウイルスによる感染拡大は、「ヨコハマ」を直撃しています。
みなとみらい・元町・中華街・・・横浜の観光地は軒並み、人手が減少しています。

2020年2月21日の日本経済新聞の記事では、2月の来街者数は横浜で前年比10%減ということになっていますが、私の体感ではもっと少なくなっていると思います。

特に落ち込みが激しいのが、「横浜中華街」です。「2020年1月25日から2月8日まで「春節」を祝うムードだったのに一転して、現在は大変な状況になっています。「ヨコハマ人」としては、食事に行くことが最大の応援だと思いまして、2月の三連休のときにランチに行ってきましたが、歩く人も少なくどのお店もガラガラでした。

中華街にあるホテルの支配人に伺うと、海外からの観光客だけでなく日本人の観光客からのキャンセルも相次いでいるそうです。費用削減のために一時休業しているお店もあるとのこと・・・
東日本大震災のときより大きな損害になるのでは心配されています。

新型コロナウィルスは、致死率は高くないようですが、無症状なのに陽性になっている人が他人にうつしてしまう恐れがあることが怖いですね。

マスメディアでは「正しく恐れる」ようにと言っていますが、これはどんな意味なのでしょうか。
もともとは物理学者の寺田寅彦の言葉だったようですが、現在は「災害やスクに対して科学的知識を持って、状況を正しく理解して対応する」ことのようです。

私たちが、正しく恐れてできる対策とは何でしょうか。
帰宅時や食事前に丁寧に手洗いをすることや、せきやくしゃみをするときに口と鼻を覆う「せきエチケット」はもちろんですが、自らの免疫力を高めて、ウィルスに負けないようにすることではないでしょうか。

免疫力をつけるには、睡眠と栄養と体調管理がポイントだと言われています。
十分に睡眠をとって、「ヨーグルト・納豆・きのこ」などが免疫力を高める食品をとるように心がけて自らの体調に留意していくことが防御になると思います。

日本全国にこれ以上感染が広がらないことを願っています。

 

3月 10 20

考えてみよう「子ども」・「家族介護」のこと(第10回)
人生100年時代について考えてみた

by staff

第10回 人生100年時代について考えてみた

日本は長寿社会を迎え、人生100年時代と言われるようになりましたが、一言で100年といっても、生きていくには長いですよね。

我が家の母(95歳)は、同世代の知り合いや親しい友も亡くなり、話し相手も少ないので、毎日のように「あぁ~!なんでこんなに生きているのかなぁ~。もういいのに~」と、寂しそうに生きていることを嘆いています。

私はそんな母に「命の長さは、神様に任せて、気楽にいこうよ!」なんて励ましていますが実際、自分が母と同じ年齢まで生きていたら、気楽でいられるだろうか?と思ってしまうこともあります。

そこで今回は、母のつぶやきから人生100年時代の生き方について考えてみることとしました。

童謡の「大きな古時計」では、100年休まずにチクタクと動いていて、ある時、ピタリッ!と動かなくなりますが、人は時計のようにピタリッ!と終わるとは限りません。いつ「鬼籍」に入るかなんてわからないものですよね。

人が暮らし続けるのに、何よりも重要なことは経済面の不安がないことでしょうが、病気になったり、体力も衰えるので、虚しさや寂しさも出てくるでしょうから、長生きするということは、経済面と同じくらい精神面の不安も長~く、のしかかってくるのだと思うのです。そんな、のしかかってくる重さにつぶされないためには、自分の心の持ち方が大切になってくるのではないでしょうか。

皆さんはウイリアム・ワーズワーズという詩人をご存じですか?
私が高校生の時、日曜劇場というテレビ番組で「草原の輝き」というアメリカ映画が放映されました(映画の内容は若い男女の結ばれなかった悲しい恋愛物語でした)
その中でワーズワースの詩の一節が出てくるのですが、私はその詩の日本語訳に感動し、暗唱するくらい大好きでした。
それから、およそ半世紀、今でもこの詩を覚えています。

草原の輝きも 花々の栄光も
   返すすべなしといえ 悲しむことなかれ
      去るを追わず 残れる力を見い出さん

どうですか、この詩!
人生100年時代、人は年齢を重ねていくと、悩みや苦しみも多くなったりして、過去の輝いている自分ではなくなっているかもしれません。
でも、だからといって、寂しがったり、悲しんだりして残された際月を過ごすのではなく、今この時に残されている力で、最後まで自分でできることや、楽しめることを見つけよう!な~んて、気持ちになりませんか。

人は、心の持ち方で、生き方は変えられると思うのです。
この先、もし心が沈んでしまうような時があったら、この詩を思い出して、自分の力を見い出そう!と考えています。

長寿社会、幸せでいられる秘訣は、自分の心の持ち方しだいなのかもしれない!
そんな気がしています。

筆者紹介

 
本 名 竹沢 佐知子 (たけざわ さわこ)
自己紹介 短大幼児教育科を卒業後、幼稚園教諭となり、その後2度の転職も経験。「やっぱり子どもと関わる仕事がしたい!」と、1991年ベビーシッター会社
(有限会社チャイルドサービス遊)を設立。
 
2007年から父の介護がはじまり、2016年には、会社と介護の両立より、両親との残された時間を大切にする決断をして、25年間続けたベビーシッター会社を廃業。
 
その後父は他界、現在は、母の世話を一番に生活しています。たいしたことはできない私ですが、生涯社会と関わりあっていたいと願っています。保育や家庭介護経験など、私で役に立つことがあれば気軽に声をかけてください。
Eメール childyou@tky2.3web.ne.jp

 

3月 10 20

ハチゴロウの鳥撮り日記 第13回「帷子川に春が来た(横浜)」

by staff

第13回 帷子川に春が来た(横浜)

某TV番組で「帷子川」を読めるのは生粋のはまっこだと言っていましたが、「かたびらがわ」と読みます。 鳥撮り日記では第二回の「帷子川の野鳥のハイライト」※で川について詳しくご説明いたしましたので、今回はパスいたしますが、横浜市旭区若葉台に源を発し、旭区、保土ヶ谷区、西区の市街地を通って横浜港に注いでいます。
(※『帷子川の野鳥ハイライト』 http://yokohama-now.jp/home/?p=17538

2019年、2月も20日を過ぎると、帷子川中流域の河畔では、梅が咲き、ウグイスが鳴き始めました。(ウグイスの姿は見かけていません)『梅咲いて ウグイス鳴けば 春近し』 と詠んでみました。

紅梅にメジロが来ています。略して、「ウメジロー」です。『梅にウグイス』と言われているためウグイスと間違えられることもありますが、梅にくるのは目の周りが白いメジロです。メジロは、梅の香りに誘われ、蜜を吸いに来るようです。青空にピンク色の梅の花、緑のメジロと、色彩豊かです。

メジロ

ヒヨドリも来るのですが、花びらを散らしてしまいます。こちらは、花芽を食べているようです。散歩道で落ちた花びらを見かけますが、散らした犯人は風だけではなく、このヒヨドリが犯人です。
『ヒヨドリは 地面の上に 花咲かせ』

ヒヨドリ

エナガは、桜の木の幹に付いた苔を、口いっぱいに頬張って、運んでいきます。何処かで巣を作っているようです。エナガは小さく、チョコマカ動くので、撮りにくいですね。

エナガ

ガビチョウやシロハラは、エサとなる虫を探して、枯れ草をひっくり返していました。

ガビチョウ

シロハラ

川べりには、ゴイサギとアオサギがいました。

奥がゴイサギ 手前がアオサギ

カワセミは、盛んにエサを捕っています。
ここのカワセミの撮影ポイントには、いつもメスがいるのですが、久しぶりにオスが来ました。

カワセミ

メスは今までオスが近づくと追い出していたのですが、この日は追い出しませんでした。メスが立ち去ると、オスは追いかけていきました。カワセミも春を感じ、恋の季節になったようです。

3月になると、河畔の河津桜が満開になりました。帷子川沿いの公園でも桜桃(さくらんぼ)(注1)の蕾が膨らんできました。今にも弾けそうです。
晴れた日は、冷たい北風も心地よく感じるようになりましたが、4月に入って、雨の日が多いですね。今日も冷たい雨が降っていました。『冷めた雨 今日は一日 引きこもり(注2)』

桜桃のつぼみ

それでも春は確実に来ています。

注1)さくらんぼの花の蕾です。桜の仲間であることは間違いではありません。近所の方が、挿し木で育てた苗木を植えてくれ昨年から、実をつけるようになりました。

注2)俳句の中に、“ひきこもり”という言葉が出てきますが厳密な意味での“ひきこもり”ではありません。
朝一緒に散歩している女の人が盛んに“ひきこもり、ひきこもり”というのであんな句を詠んでみました。
厚生労働省では社会と隔絶していて、6か月以上自宅にひきこもっている状態を“ひきこもり”というそうです。

筆者紹介

 
本 名 樋口 幸春 (ひぐち ゆきはる)
略 歴 1950年6月、母の実家の東京都中野で生まれ、横浜市南区万世町で育ちました。現在は帷子川近くの保土ヶ谷区西谷町で生活しています。
県立高校の電子科を卒業し、計算機の保守サービスの仕事を約10年間従事しました。
1970年後半になると、公共の上下水道プラントシステムが計算機により制御されるようになってきたので、それらの設備の現地試験調整する部門に転籍しました。
2003年に早期退職し、アルバイトをするようになりました。この頃、近くの公園にカワセミがいることを知りました。自由な時間が増えたので、頻繁にカワセミを撮影するようになりました。
昔から鉄道を撮影していたので、カメラは持っていました。そのうちにカワセミ以外の野鳥にも興味を持つようになりました。
今では、年に数回、北海道や沖縄で、野鳥を撮影しています。
ブログ 八五郎の思い出写真館
http://08561926.at.webry.info/

 

3月 10 20

しあわせの「コツ」(第39回) 「育児」は「育自」

by staff

第39回 「育児」は「育自」

長男が生まれた時、私は子供の魂にこう誓いました。

「親のエゴで、決して子供の資質を潰すまい」と。

いくら親でも我が子がどんな資質を持ち、何に向いているかは分かりません。親が医者になってほしいと思っても、子供は「ベニスに行ってゴンドラの船頭になりたい」とか「格闘家になりたい」というかもしれません。その時、犯罪にかかわることでない限り、子供の選択を喜んで受け入れられる親になろう!と決心したのでした。

この誓いは、親としての責任感であると同時に、子供の興味を持つ事柄の中にその子の資質や傾向を読み解いていく、謎ときのような楽しみでもありました。
それは、子供とともに自分が成長することでもありました。なぜなら、子供が生まれた時、私も「親として生まれた」からです。

子供年齢0歳、親年齢0歳、ともに「育事」(あえてこう書かせていただきます)という、相互に関わりながら成長する「自分育て」という営みを始めた同士なのです。ですから子供の成長に親が追い付いていないと、子供からサインが出ます。それを正しくキャッチすると、ともに大きく成長していくのです。

その例として、とても印象的な話をご紹介しましょう。

もう10年近く経ちますが、かかりつけの歯科の私の担当医がシングルマザーのS先生でした。

S先生がいた新宿のデンタルクリニック 治療室内

私が6人の子持ちという事もあり、治療の合間によく育児の相談を持ちかけてきました。ある時、S先生が小学6年生になる一人息子が最近荒れて、口も利かなくなったとこぼしはじめたのです。

S先生 「田尻さん、聞いてくださいよ。こっちが話し掛けても、口も利かずに睨めつけるんです。何度も言うと、『うるさい、くそばばぁ!』って怒鳴るし・・・。一体どうしたらいいのでしょう。」
「一人称を変えたらいいんですよ。」
S先生 「一人称? どういう事ですか?」
「先生は息子さんと話すとき、『ママ』と自分のことを言っていませんか。息子さんが赤ちゃんのときはそれでいいですけど、もう12歳ですから
先生も12歳の親にならなければ。」
S先生 「?」
「今度息子さんと話すとき、『ママ』をやめて『私』を使ってみるといいですよ。」

素直なS先生は半信半疑ながら私のアドバイスを実行しました。
次の週治療に行くと、S先生は満面の笑みを浮かべてこんな結果報告をしてくれたのです。

S先生 「田尻さん、大成功でしたよ!
あの晩、夕食後息子と雑談しました。最初は恥かしかったのですが、勇気を出して『私ならこう思う』とか、『私はね』という言葉を使って話しました。おしゃべりしている時は無反応だったのですが、部屋に戻るとき、息子がリビングのドアを開けながらこう言ったんですよ!
 
『今日はぼくを一人前に扱ってくれてありがとう。嬉しかった・・・。』
 
息子がドアを閉めたとたん、ぶわぁ~と涙があふれてきて。」

S先生はその時を思い出したのか、目が潤んでいました。

それからS先生には子供年齢と親年齢の話や、息子さんの反抗的な態度は『お母さん、僕と一緒に成長してよ!』というメッセージだったことなどを伝えました。

それからというもの、S先生と息子さんは夕食後に話す時間が長くなり、息子さんの好きな女の子の話や、ニュースについてなど、話題が尽きなくなったそうです。S先生曰く「なんだか年下の友達ができたみたい。」

こうして、親が子供とともに成長することを受け入れると、子供は必ず態度が変わってきます。難しいのは、子供は放っておいても心身共に成長しますが、親は子供より年上なので、変なプライドが邪魔して子供を「育事」の同士として見られないことです。そういう時は「この子のこういう態度は、私に何を学ばせようとしているのだろう」と、視点を変えるといいと思います。

また両親が不仲だったり、仮面夫婦でどちらか(あるいは両方)が不倫している場合も、子供は意識では気づかなくても無意識のレベルで感知するので、全存在をかけて親にメッセージを発信します。

それが不登校のような生活態度だったり、病気だったり、現れ方は様々ですが、そうした異常が出た時は「この子は、この状態を通して私に何を学ばせようとしているのだろうか」あるいは「何に気づけとサインを送っているのだろうか」という視点から子供を見ると、解決の糸口が見つかると思います。

親と子。
「産んでくれと頼んだ覚えはない」という反抗する子供の常套句がありますが、とんでもない話です。池川明氏の「ママのおなかをえらんできたよ」にもあるように、霊的進化にふさわしい相手として、子供は親を選んで生まれてきているのです。

池川明著 「ママのおなかをえらんできたよ」

私も末っ子の三女を通してそのことを実感しています。

三女が2歳のときのこと。
夕方洗濯物の山をせっせと片付けていると、急に膝に乗ってきて、こう言うのです。

三女 「おかあさん、おそくうまれてごめんね。」
「???」
三女 「ほんとうはね、もっとはやくうまれたかったんだけど、おにいちゃんやおねえちゃんたちがどどっと入ってきて、さきにおすべりをおりていったの。
だからこんなにおそくなっちゃったんだ。ごめんね。」

私は洗濯物を放り出して娘を抱きしめました。涙が出て止まりませんでした。

三女 「おかあさんはあっちでとっても人気があったよ。」
「あっちって、どっち?」
三女 「? だからあっち。」

この会話、大きくなった娘は全く覚えていませんでした。胎内記憶のある2、3歳までの記憶なのでしょう。不思議なことがあるものです。それ以降、育児に限らず辛い事や自己嫌悪に陥りそうになるときに、私は三女のエピソードを思い出すようにしています。

「私は6人の子供に選ばれたんだ!しっかりしなくちゃ!!」

当時中学生だった長男曰く「6人から課題を貰わなくちゃいけないほど、お母さんには修行が必要だったんだよ。」

え~、そうなの?

― どうやら我が家では子供が親を育てているようです(笑)。

筆者紹介

 
本 名 田尻 成美 (たじり しげみ)
略 歴 著述家・株式会社エランビタール代表取締役
著書 「しあわせのコツ」(幻冬舎)
主な訳書「都市革命」(H・ルフェーブル著 晶文社)、
「空間と政治」(H・ルフェーブル著 晶文社)、
「文体論序説」(M・リファテール著 朝日出版社)
比較文化的視点から、日常の出来事をユーモアを交えて考察していきます。
著 書 「しあわせのコツ」(幻冬舎)



詳細はこちら

 

3月 10 20

2020年3月 三ツ池だより 「この道!」

by staff
Navigation: HOME»コラム»横須賀詢

 

仕事に出かけた・いつもの仕事なのだが、少し戸惑った。皆がどんどん仕事を進めてくれる。

 「この道」 けんじ
この道があるから行く
その道は今歩いている道
  道は未知
  道は首(己)が進んでいる道
きのうの道を歩いて歩いて
きょうの道がある
  未知の道だけど
  喜びのなかに進んでいく
己の道は自覚の中の道
どこまでもつづいていく道
  ありがとうこの道
  この道は私の道

ある時こんなことがあった。お客様からいつもと違う仕事の依頼があった。メーカーの依頼で検査にいっている仕事なのです。仕事を増やしてもらえると思うと嬉しかった。ところが驚いてしまった。取引証明に使用できない機種であり、試しに検査したら、誤差だらけなのであった。担当者が来て、「これではないです。」日常担当させていただいている会社ではありえないことだった。普通なら精度のぎりぎりか、機器の故障ということを見つけることができる程度なのに!

 「いつもの所」 けんじ
そこにいくと
いつものように
何かを書きはじめる
  何かとは
  課題であったり
  前からのつづきだったりする
いつものところとは
なんとなく安心が感じられて
ゆったりしている
  それでいいのという声が聞こえて
  だからどうなるという思いと
  「しっかりやらねば」が交差する
そこにいくことが
思考を進める鍵だ
いつものように

この道を歩き出して55年になる。安心社会の原点を歩きつづけていられることに感謝だし、だいじなことだと認識している。「きまり・規則にそっておこなわれているか!」は基本だが、安心社会のベースであることの見識を保ち続けている。だから途中から「そっちではないです。こっちです。今使用中なので、後日に変更してもらえませんか?」と言われて驚いてしまった。

 「今」 けんじ
今という時はあるのだろうか
過ぎ去る時間は過去という
今と言った瞬間にその時は過去になる
  こうかんがえているという時
  その間は今でいいのだろう
  過ぎ去ろうとしているときも今
限られた人生の中で今を大事に
今こうして書いている
今こうして考えている

今、新型コロナウイルスの感染拡大で大変なことになっている。中国湖北省武漢市から始まったと思われる感染が拡大している。不思議でならないのは、発生したと思われる武漢市での発生原因究明が報告されてこないことだ。一説には新型コロナウイルスに類する菌が研究されていたのではないかとも。時代は恐ろしいことを予測されはじめてもいる。

 「何が大事か」 けんじ
あたりまえのことを
あたりまえにする
  それって何
  なにがあたりまえ
意識すること
あたりまえに意識すること
  息を吸う
  歩く
あたりまえに
意識して行動する

あたりまえに生きることが大事なのに、なにか穏やかではない。自民党がいいというのではない。野党がもっとこの新型コロナウイルスについて、発生の原点を正していかねばならない。そして、その治療法方法も。

 「ゆっくりと」 けんじ
ゆっくりと風が動く
ゆっくりと時間が進む
ゆっくりと考えている
  風はどう発生している
  時間はどう動いている
  考えは何を求めている
そうだ風のように動き
そうだ進む時間に踊らされず
そうだゆっくり考えていこう
  今日が昨日になり
  明日が今日になり
  日記の一ページが進んでいく
書ける日
歩ける日
考えられる日

この道は、穏やかな日々を迎える道であって欲しい。途中様々ことがあるとして、日本に生まれ、育ったことに感謝できる道であって欲しい。経済優先でなく、耕せる大地を持ち、木々に来る鳥や昆虫たちと、喜び合える日本であって欲しい。それには厳しい時代を取りぬけていくことがあるだろう。それも乗り越えていく叡智はあるはずだ。異質な考えには敢然と立ち向かわなければならない。その覚悟が求められている。

 

Photos

(画像をクリックすると拡大写真が表示されます)

     
     

(文・写真:横須賀 健治)

 

3月 10 20

ゆるマナー講座(第53回) 光をあてる

by staff

マナーアドバイザー/フレアLLP 柳田 圭恵子

近くの図書館でカレンダーの展示をしていました。もう今年のカレンダーも数枚めくっている今頃にと思いましたが、その写真のパワーに思わず足を止めて見入ってしまいました。
「気仙沼漁師カレンダー」です。
3.11の後、気仙沼復興のために女性達が力を集結して作成したカレンダーです。2018年版の作成を紹介したドキュメンタリーも観ましたが、飾らない漁師さんに光をあてて気仙沼の街を発信している女性達の思いも心に響いてきました。

漁師さんは「スーパーヒーロー」

その女性達の中の一人は、海鮮問屋に生まれ、子どもの頃から気仙沼は漁師さんのお陰で成り立っている町だと聞かされて育ったそうです。だから “漁師さんを尊敬している” …その思いを「スーパーヒーロー」として、カレンダーの主役にしたとのこと。本来は気仙沼のおもてなしを考えて、観光PRのために発足した女性の会のようですが、震災後は気仙沼を発信することに重きを置いているそうです。カレンダーの写真に写る海の男の表情や日々変わる気仙沼の海の景色はもちろんですが、毎月のページに綴られた写真のモデルとなった漁師さんの物語にもはっとさせられました。

「俺が釣ってきた魚だから残すなよ」という物語…東京から気仙沼に移住してきた女性は、食卓に並ぶお刺身が、震災の時に津波から船を守るために敢えて沖まで船を逃がした漁師さんが命がけで釣ってきた魚だと知り、号泣しながら一切れ残さず頂いたというエピソードです。このカレンダーには、関わったすべての人達の思いが溢れています。

漁師さんの姿はヒーローですが、光をあてている女性達もまたヒロインのように輝いていました。無心に誰かを一生懸命応援している姿は、別の人にはまぶしいほどに生き生きと映ります。
出来上がったカレンダーを見て「かっこいいー」と一番喜んでいるのは、女性達のようでした。

視点を変える

先月、新型ウイルスの影響で中国から帰られた方々が隔離された状態で千葉県のホテルに滞在していました。これまでにない緊迫した対応に世間はざわついていましたが、一番不安だったのはご本人達だったでしょう。そんな中、その気持ちを察してか住民の方々が心温まる応援メッセージを砂浜に描かれていました。
ホテルを出られる時に、そのことが大変嬉しかったと皆様が会見の席で伝えていらっしゃいました。
優しい応援の気持ちは、心配や不安を抱える人々の心や世間のざわついた空気をも変えることができるのですね。不必要に怖い、嫌だ、というマイナスの空気が蔓延しそうな時でしたが、優しいプラスの気持ちの方にムードが流れていったのを感じました。

私の尊敬する女性からよく言われる言葉があります。
「美点凝視」…その人の良い点に注目して光をあてること。長所も短所もあるのが人間ですが、その人の良い点に注目して伝えると期待以上に力を発揮することがあります。同時に他人の美点に気づいて光をあてている人こそ輝いて見えるのではないでしょうか。
そういう人はきっと笑顔で優しい気持ちだから。

人も物事も少し視点を変えると別の表情が見えてきそうです。
今回は心配事が多いこの頃でしたので、マナー以前の心のあり方について書いてみました。
早く平穏な日常に戻るよう願いつつ……。

 

筆者プロフィール

柳田 圭恵子(やなぎだ けえこ)  

柳田 圭恵子(やなぎだ けえこ)
マナーアドバイザー/フレアLLP
日本航空株式会社国際客室乗務員を経て、2009年よりマナー講師に。企業や自治体、大学、専門学校で接遇研修や マナー・プロトコール講座を行っている。NPO法人日本マナー・プロトコール協会認定講師。

岡田 承子(おかだ しょうこ)  

岡田 承子(おかだ しょうこ)
マナーアドバイザー/フレアLLP
日本航空国際線客室乗務員を経て、国際交流協会での仕事、また社会福祉法人では障がい者国際スポーツ大会事務局の運営業務やマナー研修に携わる。現在は、自治体、企業での接遇研修や、NPO法人日本マナー・プロトコール協会認定講師として大学で指導をしている。

本の紹介です

ゆるマナー 始めましょ

 

 

 

「ゆるマナー 始めましょ」
(岡田 承子・柳田 圭恵子 著 / ほんの木)
簡単で、誰でも、いつでもできること、だけど何だか優しくて
温かい気持ちになる。そんなマナーを「ゆるマナー」と名づけました。
 
Amazonで購入

3月 10 20

ビジネス梁塵秘抄「遊・献・学」(第84回)

by staff

大浦総合研究所 代表/大浦勇三

ビジネス梁塵秘抄「遊・献・学」(第84回)

遊びをせんとや生れけむ、戯れせんとや生れけん
遊ぶ子供の声きけば、我が身さえこそ動がるれ

- 梁塵秘抄 -

建築家ブルーノ・タウトは京都の “桂離宮” の簡潔な造形に驚嘆し “目は思惟する” と表現しました。 “日本文化を芸術化した自然” “日本的品質である古典芸術を特徴づける簡素性” 。自然との一体感・ありのままの日常。米アップルが考える次世代テクノロジーの中核技術は “AR(拡張現実):Augmented Reality” 。実在する風景にバーチャルの視覚情報を重ねることで、目の前の世界を仮想的に拡張するもの。テクノロジーとしてのインパクトは強力で、日常生活の超拡大・異次元の娯楽を生み出す技術。 “ポケモンGO” はほんの一例。タウトが “目は思惟する” と指摘した桂離宮の世界はARに繋がるもの。ARは日本人の風土に根づいた得意技であり同根。 “コミュニティ” も様変わり。場所・時間・仲間が常に同じとは限らず、求められる技やスキルも多種多様。個々では違和感があっても、全体では知の厚みと多様性が感じられる集合体。肝心なことは “将来展望&360度&肯定感” 。梁塵秘抄では “心凄きもの 夜道船道 旅の空 旅の宿 小暗き山寺の経の声 想うや仲らいの飽かで退く” とあります。心寂しいというより不気味。 “壁のある世界にあって、壁の無い世界を想像する” と作家・村上春樹。

“遊びをせんとや生れけん” 「遊」

見識 NYタイムズも一次情報より知見・解析が圧倒的に増加
知見で勝負する時代 若くて多様な人材の創造性をフルに活用
人事は土壇場に難、スピートが命 検査では品質は向上しない
創造性は制約の認識から始まる 不況期は資金・好況期は人材

NYタイムズは、インターネットの広がりから一時苦境に陥り、マンハッタンにある本社ビルの売却にまで追い込まれました。しかし、電子版の有料会員数を徐々に拡大し、昨年には初めて300万人の大台に乗せて復活。無料の一次情報より、コラム・分析・予測など、知見・解析へのニーズが読者層を有料版に導きました。新聞に限らず、あらゆる分野がリベラルアーツで勝負する時代へ突入。AI活用が一般化する時代における切り札になる能力とは “洞察力などの人間的資質” “企画発想力” “関係性能力” “課題解決などの業務遂行力” 。やるべきことは新聞を毎日読むこと。特にコラムと解析記事かな。 “自分は何に向いているか、何を職業にしたら貧乏暮らしでも満足か” と作家・水上勉

“仕事をせんとや生れけん” 「献」

虫の目からみれば、水溜りも湖、草むらもジャングル
生物の多様な種 偶然であり必然の産物 詩情は無限
情報化に伴って、モノよりコトを重視する傾向が強い
リアリティはモノだけにあるのではない すべて必然

虫の目からみれば、水溜りも湖であり草むらもジャングル。逆に、鳥の目から見れば、時代の流れや歴史は新しい局面にあるといえるのかも。時代の中でさまざまに編み込まれた “ルール&ツール” も、ICTパワーの前で統一フォーマットに編集される流れ。もはや仕事をしながら “学習” するのでなく “仕事” そのものが学習。どこに所属するかでなく何ができるか。 “不要なもの” として達成感・顕示欲・嫉妬心を戒めたのは老子。ぬかるみの中をとぼとぼと進み、高度な質を一生かけて磨いていくしかなさそう。 “歳をとるということは、自分の可能性を絞っていくこと。可能性を絞るというのは、可能性の限界を知るということではなく、集中すべき的を絞り込むこと” と作家・塩野七生。

“学びをせんとや生れけん” 「学」

楽器を鳴らす・楽器をこなす それだけでは必ずしも音楽とはいえない
動く道路 歩くと現状維持、ジョギングで少し前へ、全力で走って前進
起業家が挫折しても失敗を過度に罰しない文化 起業家は必ず失敗する
ジャズは知的創造環境とよく似ている 周りが良ければ自分も良くなる

ジャズは、アメリカ南部を中心に派生した音楽。NY出張の際は何度かブルー・ノートやヴィレッジ・ヴァンガードに足を運びました。帰還はいつも深夜。表現は変奏的で自由そのもの。何でもありでありながら、技術・理論・リズムのルースな融合。ジャズは知的創造環境とよく似ているのかも。周りが良ければ自分も良くなるという特徴。楽器を鳴らす・こなすでなく、楽器と遊ぶ・戯れる。整然でなく雑然であることが創造的な力を産み出す不思議。欠点を探すのでなく長所を認め合う呼吸。NYのような空気が乾いた街にピッタリの油絵。日本の湿潤な風土には墨のにじむ水墨画。 “終着点は重要じゃない。旅の途中でどれだけ楽しいことをやり遂げるかだ” とスティーブ・ジョブズ。

「遊びは仕事、仕事は遊び」
「仕事は学び、学びは仕事」
「学びは遊び、遊びは学び」

今回とりあげた「遊・献・学」それぞれの4行文は、拙書「ビジネス梁塵秘抄(一)~(十)」(全10巻)及び「続・ビジネス梁塵秘抄(一)~(九)」(全10巻)から抽出したものです。次回以降も「遊・献・学」から各々4行文を一つずつ抽出してご紹介していきたいと思います。

「ビジネス梁塵秘抄」「続・ビジネス梁塵秘抄」購入ご希望の方はこちらからどうぞ!
http://www.syplus.jp/ooura/

(第84回了)

 

大浦勇三(おおうら ゆうぞう) プロフィール

大浦勇三(おおうら ゆうぞう)  

大浦総合研究所 代表 (http://www.ne.jp/asahi/oura/ohura-research-institute/

石川県七尾市出身。
早稲田大学卒業、筑波大学大学院修了。
米国経営コンサルティング会社 アーサー・D・リトル 主席コンサルタントを経て現職。
主担当領域は、経営改革/企業再生、経営戦略/情報通信技術戦略策定、業務改革/組織改革、研究開発/商品開発マネジメント、マーケティングマネジメント、ナレッジマネジメント、イノベーションマネジメント、サプライチェーンマネジメント、人材マネジメント、コーチング/メンタリング、プロジェクト/プログラムマネジメント、ベンチャービジネス支援等のコンサルティング。

筑波大学大学院講師、城西国際大学客員教授、名城大学講師、産業能率大学講師、中小企業大学校講師などを歴任。

主な著作物:

  • 「続・ビジネス梁塵秘抄(一)~(九)」<全10巻>(大浦総合研究所:PDF版)
  • 「ビジネス梁塵秘抄(一)~(十)」<全10巻>(大浦総合研究所:PDF版)
  • 「イノベーション・ノート」(PHP研究所)
  • 「ITプロジェクトマネジャーのためのコーチング入門」(ソフトリサーチセンター)
  • 「図解 日本版LLP/LLCまるわかり」(PHP研究所)
  • 「IT技術者キャリアアップのためのメンタリング技法」(ソフトリサーチセンター)
  • 「よいコンサルタントの見分け方、かかり方」(清話会)
  • 「日本のモノづくり - 52の論点」<共著>(日本メンテナンス協会)
  • 「現場主導型の組織運営とスピード戦略」(日本監督士協会)
  • 「eコミュニティがビジネスを変える」<訳>(東洋経済新報社)
  • 「ナレッジマネジメントが見る見るわかる」(サンマーク出版)
  • 「図解 ナレッジ・カンパニー」(東洋経済新報社)
  • 「ナレッジマネジメント革命」(東洋経済新報社 )
  • 「図解 グローバル・スタンダード革命」(東洋経済新報社)
  • 「業務改革成功への情報技術活用」(東洋経済新報社)
  • 「情報化戦略と投資評価・システム運用管理の実際」<編著>(企業研究会)
  • 「会社改革実務辞典」<共著>(産業調査会)
  • 「プロジェクトマネジャー(PM)の育成・スキルアップのためのメンタリングの進め方と実践法」 (ソフトリサーチセンター:CD-ROM版)   など
3月 10 20

書評「うまくいっている人の考え方」 ディスカヴァー・トゥエンティワン ジェリー・ミンチントン(著)

by staff
 
タイトル うまくいっている人の考え方
出版社 ディスカヴァー・トゥエンティワン
ISBN-10 4799321315
ISBN-13 978-4799321317
発売日 2018/3/31
購入 うまくいっている人の考え方 完全版 花柄ピンク (おしゃれなプレミアムカバー) (ディスカヴァー携書)

はじめにの所で「自尊心とは何か。それは自分を好きになり、他人と同じように自分も素晴らしい人生を創造するに値する人間だと信じる気持ちのことである。自尊心は人生のほとんどすべての局面に大きな影響を与える。人間関係、自信の度合い、職業の選択、幸福、心の平和、成功、これらはすべて自尊心と密着な関係がある。」とあり、手にとって読みはじめた。

 (1・自分を許す)

「ミスをしても自分を責めるのをやめよう。“自分はなんてバカなんだ”とののしったり、自分を非難したりしてはいけない。そんなことをすると、自分のすることはなんでもまちがっているじゃないかという気持ちになって、さらにミスを繰り返すことになるだけだ。」「その反対に、自分がミスしても、“だいじょうぶ、たいしたことはない”と心の中で自分にやさしく声をかけよう。そうすれば、プレッシャーが軽くなって、ミスを繰り返しにくくなる。自分にやさしくすると、もっといいことがある。それは、あまりよくなかった決定に悩やまないことによって、自分はなぜまちがった決定をしたのかを学習する余裕ができるからである。」

*うまくいく考え方 その1*
「ミスしたときに自分にやさしくしよう。そうすれば将来、ミスが避けられる。」

 (6・たくさん失敗して。たくさん学ぶ)

「失意のどん底にあるとき、私たちはひとつのたいへん重要な事実を見逃している。それは、失敗は学ぶために不可欠だということである。失敗は貴重なことを学ぶいい機会である。なぜなら、失敗するたびにまちがった解決法がひとつずつ消えて正しい解決法に近づいていくのだから。」

*うまくいく考え方 その6*
「全ての失敗は、学ぶための絶好の機会である。そう考えることが賢明な態度だ。」

 (12・自分は幸せになれると信じる)

健全な自尊心を持っている人が他人からの敬意や協力、友情を期待し、しかもそれらをおおよそ得られるのに対し、自尊心の乏しい人は居心地の悪い不愉快な状況にしばしば巻き込まれ、けなしあうような事態さえ招いてしまう。「私たちが今の状況に置かれているのは、ほとんどの場合、偶然ではない。私たちは、自尊心の度合いに応じて、自分にふさわしい人間関係や状況に自分を引き込んでいる。」「人生を好転させるには、自尊心を高めることに意識を集中することだ。」

*うまくいく考え方 その12*
「自分は最高の人生を送る資格のある人間だ。」

 (15・毎日30分、自分のための時間を持つ)

「手のこんだことやお金のかかることをする必要はない。小説の1章を読む、詩を書く、好きな食べ物を食べる、何もせずに心を落ち着かせて静かにすわっているといった簡単なことでいいのだ。何を選ぶにしても、それが自分に満足感や楽しみを与えてくれることであればそれでOK。」これからは自分の必要性を満たすことは自分にとって大切だという意識を持ち、毎日ある程度の時間を自分のために使うようにしよう、と提案される。

*うまくいく考え方 その15*
「自分は、自分のための質の高い時間を毎日確保するに値する人間だ。」

 (19・不平・不満を言わない)

あなたはものごとが思うようにいかないとき、自分に不平・不満を言う癖があるだろうか。もしあるなら、その癖が少しでも自分にとってプラスになっていると感じたことが一度でもあるだろうか、と問われます。「毎週一日を選んで、この悪癖と向きあおう。その日には、どんなことがあっても不平・不満を口にせず、批判めいたことをいっさい口にしない。自分が不幸を招く考え方をしていると気づいたときは、すぐに頭を切り替えて楽しいことを考える。」これには少し練習が必要かもしれない、と言われる。

*うまくいく考え方 その19*
「不幸を招く考え方を避ければ、より幸せになる。」

 (26・間違ったことをしても自分をせめない)

「あなたと、あなたのすることは別だ。たとえ悪いことをしてしまっても。あなたは悪い人間なんかではない。単に、賢明ではない決定をたまに下すことのある人間だというだけである。」私たちは自分がとろうとする行動の結果を考えもせずに、衝動的に行動することがある。あるいは、理由も知らない、または理解できないまま行動することもある。そして、愚かな行動を愚かだとは思わず、その時は最善のことをしているつもりで行動し、結局、後になってそうではなかったと気づくこともあると言われる。

*うまくいく考え方 その26*
「たとえ愚かな間違いをしても、自分は十分に価値ある人間だ。」

 (51・自分が重要な存在だと思う)

「あなたはこの世の中で、自分が重要でない仕事をし、重要でない生活を送っている、重要でない人間だと感じたことはないだろうか?政府が国民を名前でなく番号で登録するような時代だ。そう考えてしまうのも無理はない。しかしあなたのこの世の中への貢献はたいへん重要だ。あなたは食事をするたびに多くの人に仕事を提供している。農作業に従事する人たち、農作物を加工する人たち、食品を小売店まで運搬する人たち、小売店で食品の販売を担当する人たち。このように、あなたは食事をするだけでも多くの人の生活に貢献しているのである。」ごく一部の人だけが需要な存在だ、とあなたは思っているかもしれない。しかし、それは違う。あなただって重要な存在なのだ!と言われる。

*うまくいく考え方 その51*
「私はこの世の中で重要な仕事し、重要な生活を送っている、重要な存在だ。」

 (60・前向きに考える)

「私たちは人生と自分についての信念のほとんどを、幼少期の条件づけによって身につける。条件づけとは、ある考え方を頻繁に繰り返して自分の思考回路に組み込むことである。いわば、私たちはその考え方を“心の銀行口座”に預け入れ、そこから引き出しているようなものだ。」「条件づけの結果、私たちはものごとをあるがままに観ることができなくなり、教えられたとおり解釈するようになる。条件づけは人によって大きく違うから、同じものごとに対してポジティブに解釈する人もいれば、ネガティブに解釈する人もいるし、どちらでもない人もいる。過去の条件づけに関係なく、物事はできるだけポジティブに解釈する方が得だ。」
今日は、心の銀行口座を新規開設し、ポジティブな預け入れによってポジティブな条件づけを始める最初の日だ。

;やる気がでるようなことが書かれた本を読む
;ポジティブな人とつき合い、ネガティブな人を避ける
;自尊心を高めて、自分がもっと幸せになっていいと認識する
;改善しようとする場合は除き、人生のネガティブな側面について考えない

*うまくいく考え方 その60*
「どんな困難な状況でも、ポジティブな側面がきっと見つかる。」

 (74・心のなかに静かな場所を見つける)

「現代人はテンポの速い世の中に生きている。人々はあわただしく移動し、多くの課題に忙殺されながら日々過ごしている。そしてしばしば不安や心配に悩まされる。」安らぎを見いだすには、リラックスして椅子に座り、目を閉じる。思考が心のなかにふと浮かんできたときは、それに耳を傾け、消えるのを待つ。切迫した要件がないなら、時間は気にしない。「静かな場所にアクセスすることになれたら、いつでもどこでもそこに“行く”ことができるようになる。」

*うまくいく考え方 その74*
「いつでもどこでも、心の中の静かな場所に行けば、答えは必ず見つかる。」

 (98・自分の価値感を大事にする)

「あなたは自分が必要としていない物や欲しくない物を買ってはいないだろうか?きっと、あなたは“そんなことはない!”と否定するだろう。

*うまくいく考え方 その98*
「他人が持っているからではなく自分に本当に必要な物だけを買う。」

著者は、とくに大切なのは、他人と比較しない、ことだと言われます。「自分の価値は自分の個性にあるのだか、自分を他人と比べても意味がない」と説明しています。

(文:横須賀 健治)

 

3月 10 20

田中健介の麺食力-それから- 第18回 「もう一つの横浜洋食」

by staff

第18回 もう一つの横浜洋食

2010年に出版した自著「麺食力-めんくいりょく-」。横浜の麺料理とその周辺の情景を描きながらほとんど売れなかった可哀想な本。著者自身も出来上がった本に向き合うことなく、二回目の東京オリンピックで沸くであろう2020年で出版丸10年となるのを機に、改めて当時の内容を振り返り、現在の移り変わりを綴っていく、ついでに啜っていく企画の今回が第十八回目でございます。

 

「麺食力」刊行10周年トークイベントの中止及び延期のお知らせ

前々号よりお知らせしてまいりました3月25日(水)に予定していた本イベントですが、新型コロナウイルスの影響による政府方針や諸般の事情も踏まえ、4月以降に延期させていただくことになりました。
ご予約いただきました方々につきましては、大変申し訳なく思っております。
代替日程につきましては、次号にて改めてお知らせ致します。

 

「麺食力」という本は、横浜のあらゆる麺文化を独断で訪ね歩いたものです。
世の中にはいろいろな食の専門家がおります。とんかつ、ハムカツ、ちくわぶ、町中華、定食。。。
私は何を専門としているのか?と考えると、「麺」ではさすがに広範囲過ぎてしまう。
日本ナポリタン学会を10年以上やっている者としては、やはりスパゲッティナポリタンは専門分野だと、ここ数年でようやく自負してもいいかな?と思うようになりました。

野毛エリアから宮川橋を渡った方面からの福富町のメインストリート。
昼間は静かな街

中区福富町。クレイジーケンバンドの楽曲でもたびたび登場するこの町は横浜屈指の歓楽街として知られております。バー、パブ、スナック、韓国料理店、特殊浴場、ラブホテルなど、男の夢が夜ひらくような店が連なります。

「イタリーノ」外観。タッチの「南風」を思わすレンガの外壁がそそる

福富町のメインストリートに存在する「イタリア料理イタリーノ」、またの名を「イタリアンレストランイタリーノ」(「麺食力」112ページに掲載)。
「ぶっこみジャパニーズ」ならぬ「ぶっこみイタリアン」などというテレビ番組があろうものならば、陽気なイタリアンのカリスマに正しいイタリア料理を押し付けられるでしょうが、それじゃあつまらない。なぜなら伝統ある日本式洋食店として親しまれているからです。

ニョッキやアクアパッツァ、リゾットがあるわけではない
「イタリア料理イタリーノ」。これでいいのだ

創業者の菊地尚志氏は山形県・寒河江市出身。17歳の時に来浜し、中区長者町にあった「イタリアンキッチン」で修行。その後東京で飲食店の仕事に就いていましたが、「イタリアンキッチン」の店主が亡くなったとの報を聞き、「イタリアンキッチン」のスピリッツを引き継ぐべく、1972年に「イタリーノ」として福富町に創業します。
横浜の洋食は中区山下町のホテルニューグランドが大きな影響をもたらしたと言えますが、中区相生町の「グリルエス」(「麺食力」125ページに掲載)や「レストランかをり」(現在は休業中)のように、日本郵船の客船系洋食の流れもあります。
そしてもう一つ、中区長者町に古くから存在した「イタリアンキッチン」の流れを汲んでいるもの、それがここ「イタリーノ」なのです。

筆者の愛読書の一つである「ブルーライトヨコハマ」
(3 amigos family studio・著、徳間文庫・刊、絶版)

筆者は2000年代初頭に「伝説的な横浜のガイドブックがある」と聞きつけ、あらゆる古本屋を巡り巡っても見つけることが出来ず、最終的にふと立ち寄ったブック○フの100円コーナーで見つけたというオチだったのですが、それが徳間文庫の「ブルーライトヨコハマ」。横浜の本当に中枢となるエリアのディープなスポットばかりが掲載されている素晴らしい一冊で、私の「麺食力」が養われたバイブルとなりました。

「ブルーライトヨコハマ」には1988年当時の「イタリーノ」が掲載。
ナポリタンは400円だった

この本には「イタリーノ」も掲載されていました。
カルロス・ポンセの二冠王で歓喜したあの1988年当時、ナポリタンは400円ですと!!今はランチで800円だから、倍の値段となっています。

菊地尚志氏いわく、
「1972年の創業当時、ナポリタンは250円で出してました。ちなみにタクシー初乗りは220円でした。」

1988年の一世帯当たり平均所得が545.3万円、2015年は545.8万円。所得がほぼ横ばいで、イタリーノのナポリタン目線で見ると、物価は倍になっているのです。どうりで日々が楽じゃないわけだ(「グラフでみる 世帯の状況 – 厚生労働省」より)。

「イタリアンキッチン」からの流れを受け継ぐ「イタリーノ」の
赤チェック柄のテーブルクロスにナポリタン。

そんなこんなでぼやいていてもつまらないから、ナポリタンを食いますよ。
「イタリアンキッチン」の流れを汲むイタリーノのナポリタンは、エビとアサリが入っているのが特徴。「横浜のナポリタンはエビ入り」と言われるほど有名です。

「『イタリアンキッチン』のナポリタンは、エビ・ハマグリ・カキが入っていたのです。今では高級になってしまいましたが、昔はどれも安い食材でしたからね。」(菊地尚志氏)

アサリではなくハマグリだったことだけでも驚きですが、カキまで入っていたとは。。。僕らが生まれてくるずっとずっと前からもう「イタリアンキッチン」は存在していなかったわけで、ティラノザウルスお散歩アハハンまで遠い昔に行かなくていいから、タイムマシンにお願いしたいですよ。すごく食べてみたいですよ。

ナポリタンズーム。エビとアサリ、そして独特の色彩、照り。
たまらない

そしてこのナポリタンのソースにはひと手間もふた手間もかけられているのです。

「まずミートソース。これも『イタリアンキッチン』から受け継いだもの。トマトケチャップはデルモンテ。トマトペーストがカゴメ。それと牛すじなどを煮込んだソース、うちでは『ボロニアソース』って呼んでいるんだけど、このミートソースとボロニアソースをブレンドしたものがナポリタンのソースになっています。」(菊地尚志氏)

拙著でもイタリーノのナポリタン評は、ケチャップだけではない、ミートソースベースだろう、などと曖昧な感じで締めくくっています。まあブログからの書籍化なので、筆者の憶測や思い込みの記述も多く、情報が不十分なんです。だからこうして今更ながら実際に声を聞いて回って、改めて確かめることが私にとっても大切だし、この本の価値を高めていくことが出来るのではないかと思っています。

菊地尚志氏と拙著。
大病を患って以来、大概のことは息子・武志氏に任せているが、
ソース作りは継続している

創業者である菊地尚志氏は数年前に脳梗塞を患い、引退を決めました。

「幸い軽症だったんだけど、衰えが眼に来ましてね。今は息子にほとんど任せてはいるけれど、ボロニアソースは私がまだ担当しています。」

現在は二代目・菊地武志氏が厨房に立ちます。

「ソース作りとか洋食の仕込みは本当に大変。昔はそれでも今の3倍は売れていたから楽しくやれた。今のこの時代にこれだけの仕込みを継がせるというのは酷です。ただこのままだと町はチェーン店ばかりでどこへ行っても同じ味になってしまうから。」

どの洋食店へ行っても聞く仕込みの大変さ。これだけ世の中が便利になっているのだから、どこか一つでも簡素化すれば良いのかも知れません。でも誰からもそんな声が聞こえないのは、プロとして一からしっかりと修行をしてきた矜持があるからなのでしょう。それがあってこその個性なのかも知れません。

筆者紹介

 
本 名 田中 健介(たなか けんすけ)
略 歴 1976年9月生まれ。横浜市出身。横浜市在住。
武相高校、神奈川大学卒業。
自称エッセイスト、本業は福祉関係。
ベイスターズファン歴35年、CKBファン歴17年。
 
2009年9月、日本ナポリタン学会設立、会長となる。
http://naporitan.org
 
2010年3月、著書「麺食力-めんくいりょく-」(アップロード)刊行
https://amzn.to/2DGVqiU(Amazonへ短縮リンク)
 
2017年5月~ 連載「はま太郎」(星羊社)「田中健介のナポリタンボウ」
https://www.seiyosha.net/
 
連絡先:hamanomenkui@gmail.com

 

3月 10 20

チャレンジ(第19回) 間伐材とオリジナル商品について

by staff

間伐材とオリジナル商品について

こんにちは。 C.P.FACTORYディレクターの平安山美春です。コロナウィルスが収束に向かうどころか、多くのイベントが中止になるくらい猛威を振るっていますね。横浜市内の公立小中学校も休校とはビックリです。今後の様子も心配ですね。とにかく感染しないように手洗いうがいを心がけたいと思います。皆様もお気を付けてお過ごしください。

さて、今回は大好評のC.P.FACTORYオリジナル木工タグを作ってくれている福祉作業所を紹介いたします。

 さらい工房とタッグを組んで

オリジナル木工タグ

C.P.FACTORYオリジナル木工タグは、クラッチバックやポシェットに縫い付けてあります。また、革を貼ったペンダントも作っています。こちらは、横浜市西区にあるNPO法人まぐのりあ(http://saraikoubou.com/)の「さらい工房」とコラボして製作しています。

「さらい工房」は、主に精神障害のある方の就労支援を目的に、平成21年5月に横浜市西区に設立しました。同年10月にさらい工房を設置、平成25年5月にはさらいカフェを、平成29年10月にキッチンさらいを設置し、現在計3か所の事業所を運営しています。3事業所とも、障害者総合支援法に基づいた就労継続支援B型事業所です。

C.P.FACTORYオリジナル木工タグは、画像加工が得な私がオリジナルデザインを作製し、それをレーザーカッター用のデジタルデータに書き出し、「さらい工房」のレーザーカッターを使用してヒノキの間伐材やMDF素材を加工して製作しています。

一つ一つ丁寧に色付けやマグネット貼りの作業をしています

ボールに見立てた貝ボタンも1つづつ貼っていきます

以前紹介させて頂いた「ねこのび屋」さんの商品も「さらい工房」で製作して頂いています。

http://mika-nekonobi.com/happynyankoproject2019/
(c)ねこのび屋より転載

 

 価値のある商品を生み出し届けます

「さらい工房」は障害者施設には珍しいレーザーカッターを保有していて、様々な木工製品を製作しています。こちらのレーザーカッターはとても優秀で、私が作ったデザインデータや、ねこのび屋さんが描いた手書きの画の細部まで再現できます。無料のイラスト等を使っても十分素敵に製作できますが、やはりオリジナル商品は他のものとは違い目を引きます。

作品を通して誰かのしあわせを作る「もの作り」は障害のあるなしに関わらず、やりがいのある手仕事です。そして作ることは自分自身をもしあわせに、楽しくさせてくれるものです。
今回、このお話をいただいた時に「共に楽しめる仕事ができる」と思い、今後、継続してコラボ作品を作ることを決めました。
しあわせを願う気持ちを私たち作り手からみなさんに届けます。(c)ねこのび屋より転載

「ねこのび屋」さんが描いてくれた循環図

ねこのび屋さんが描いてくれた循環図のように、C.P.FACTORYでは、人と人との繋がりを大切に、より良い価値を生みだし、それを循環させる活動をしております。また、私の優れた発想力と想像力で他にはないオリジナル商品をお客様と一緒に考え、価値のある商品を提案させて頂いております。我々の商品は障害者支援にも繋がります。オリジナル商品をお考えの方、福祉施設を応援したい方、もちろん購入したい方などなど、お気軽にお問合せください。

次回は「価値を上げるためには?」です 

(第19回了)

筆者紹介

 
本 名 平安山 美春(へんざん みはる)
略 歴 1973年横浜生まれ。
高校時代に米国イリノイ州立ネーパービルノース高等学校に留学し、本場のアートと最先端のコンピューター技術を学ぶ。
 
帰国後、東京工芸大学 画像工学科(現メディア画像工学科)にて色彩画像工学を学び、卒業後、画像加工技術を活かしたグラフィックデザイナー兼DTPディレクターとして制作会社に勤務。
 
2003年長女出産を機に退職、フリーで活動を始める。
Photoshop歴25年。2児の母。
 
現在は、DTPやWEB関係の制作や解析業務、ワークショップ形式を用いた様々な講座やイベントを主催する傍ら、自分の技術を福祉の役に立てたいと考え、精神障がい者が作る自主製品のアートディレクションなども手掛けている。

 

3月 10 20

第84回 悩み多き現代的家づくり-2

by staff

acaa建築研究所
岸本和彦

悩み多き現代的家づくり-2

1年半ほど前になりますが、前回の私の当番で家は小さくてよい、といった様な内容を執筆いたしました。今回、同様のタイトルでその続きを書こうと思います。家をどうにかしようと悩んでいらっしゃる方々、または過去にそのように悩んだ経験をお持ちの方々に読んで頂きたい内容です。多くの場合、皆さんが理想とされる家を考えるとき、坪数や間取りやスタイルは重要な物差しではないかと思います。もしかしたら他に思いつかない方もいるかもしれません。坪数とは家の大きさを示しますし、間取りは幾つベッドルームがあるかとか、リビングは開放的で日当たりは良いかといったことですね。そしてスタイルはそのままご自身の好みの問題で、和風とかモダンな感じとか、ナチュラルなのがいいとか。前回、私が書いたのは、その3つの物差しよりももっと重要なことがあります、といった内容でした。そしてそれはひとの体の寸法に寄り添うように出来た、コンパクトで多様な居場所の豊富さです、といった内容だったと思いますが、今回はそこをもう少し掘り下げて考えてみましょう。

誰もがしっているLDK。例えば3LDKといえばベッドルーム3部屋に、リビングとダイニングとキッチンがある、と読めます。しかしそれは戦後の日本に登場した”間取り”のひとつの考え方であることをご存じでしょうか。「さざえさん」を見ていると確かにお茶の間でお膳を出してご飯を食べています。戦前までの日本の住宅は、ご飯を食べる部屋、とか家族団らんの部屋といった具合に機能と部屋は必ずしも連動していませんでした。ひとつの部屋で食べたりテレビ見たり、寝たりもしました。しかも壁は多くなく建具で仕切られた空間が多かったので、部屋は広がったり縮んだりもしました。お陰で様々なイベントにも柔軟に対応できたり、季節によって閉じたり解放したりして風抜けを調整し、さらに過ごす場所すら微妙に移動したものです。これは機能と部屋が連動せず、状況により自由に変化したということなのです。予定される出来事ごとに部屋を用意する必要はないわけです。しかも住人が減った時にも無駄が出ないばかりか、増えたとしても使い方や場所を調整すれば済んだのです。戦後生まれたLDKは、歴史的にも有名な昭和51年に公営住宅標準設計として建設された51C型から始まったと言われています。なんだ、最近じゃないか、と思う大人は多いはずです。そうなんです。それまでの主婦は上げ膳下げ膳で、ふとん敷いたりといった家事が大変でしたので、寝る部屋と食べる部屋とご飯つくる部屋を分けたことは、すなわち主婦の家事労働からの解放であったわけです。そこまでは良かったと思います。しかしその後、間取りを示す数字だけが一人歩きをはじめ、大手メーカー、量産住宅、マンション、工務店などのように、設計そのものでは勝負出来ないビルダー主導型の住宅に上手に利用され、現代に至るわけです。なぜならば、LDKシステムによって設計すれば、設計は極めて”簡単”ですから。だってクライアントは数字が大切なのですから。戦後間もないころ、国際会議で日本の住宅は”うさぎ小屋”と酷評されました。それほど粗末で小さく、非衛生的であったのでしょう。その反動で、間取りはより大きく、部屋は多く、天井は高く、といった一義的価値が一気に普及したことはまさに辻褄があっているわけです。しかし、立派な住宅は全国に行き渡り、家が余っている現代の状況において、戦後物資が不足するバラックでの生活という背景から生まれた、LDKシステムは、もはや卒業しなければならない時期ではないでしょうか。昔に戻ろうと言っているのではありません。多様性が必要なのです。はっきり書きますが、LDKは概念です。そこに空間の豊かさを示す指標は何も示されていません。そろそろ目を覚ましませんか?

 

「暮らしを大切にデザインする」建築家ギャラリーへ

横濱元町AA STUDIOは「暮らしを大切にデザインする」建築家たちのギャラリーです。それぞれの建築家の模型・作品写真など自由にご覧になれます。

横濱元町のCS通りウチキパンさんのお隣の2階にあるカフェのようなギャラリーで、毎週月曜日、土曜日、日曜日の13:00~18:00に交替で建築家がお迎えいたします。(建築家と話そう!)ホームページのスケジュールに担当建築家が掲載されていますので、カフェに立ち寄る気分で横濱元町まで建築家とお話にいらしてください。お待ちしております。

AA STUDIO ナビゲートサービス

中立的な立場で、建築家選びをナビゲートします。ご相談は無料。
その後ナビゲートをお申し込みの場合 申込金 ¥10,000
・面談コース 面談希望建築家と面談  無料(最大3名の建築家を指名)
・提案コース 具体的なプランの提案  ¥50,000/1提案(最大3名の建築家を指名)

AA STUDIO WEB http://www.aastudio.jp
Craftman Shop Street Motomachi http://www.motomachi-cs.com/cm/shop/shop051

青木恵美子 有限会社 A.Aプランニング
http://www.aaplan.com
井上 玄 株式会社 GEN INOUE
https://architect.bz/
荻津 郁夫 有限会社 荻津郁夫建築設計事務所
http://www.o-as.co.jp
北川 裕記 北川裕記建築設計 一級建築士事務所
http://www.aalab.com/kitagawa/
北島 俊嗣 株式会社 北島建築設計事務所
http://kitajima-architecture-design.com
久保田 恵子 5’st一級建築士事務所
http://studio5st.com
栗原 正明 栗原正明建築設計室
http://msak.asia
河辺 近 ken-ken.Inc. 一級建築士事務所
http://www.ken-ken-a.co.jp
岸本 和彦 acaa建築研究所
http://www.ac-aa.com/company/
佐藤 誠司・庄司 智子 株式会社バハティ 一級建築士事務所
http://bahati68.com
鈴木 信弘+洋子 有限会社 鈴木アトリエ
http://suzuki-atelier.com
高橋 正彦 佐賀・高橋設計室
http://www.takahashi-arch.com
藤江 創 有限会社 アーバン・ファクトリー
http://www.urbanf-arch.com/
藤本 幸充 株式会社 鎌倉設計工房
http://www.kamakobo.com
古川 達也 古川都市建築計画一級建築士事務所
http://furukawa-arch.com/
水口 裕之・松井 理美子 tentline(テントライン)
http://tentline.jp
山口 賢 株式会社 アマテラス都市建築設計
http://www.amarterrance.com
山田 慎一郎 山田スタジオ一級建築士事務所
http://www.yamadastudio.com/

 

3月 10 20

奥山に 紅葉踏み分け鳴く鹿の 声聞く時ぞ 秋は哀しき

by staff

♪ 奥山に 紅葉踏み分け鳴く鹿の 声聞く時ぞ 秋は哀しき ♪



絵・千絵崇石
 

読み人:猿丸大夫
(さるまるのたいふ / さるまるだゆう)

歌意(その1):山の奥深く 真っ赤な紅葉を踏み分けながら 鹿が伴侶を求めて鳴いている。その鳴き声は秋の悲しさそのものだなぁ。

歌意(その2):山の奥深く 真っ赤な紅葉を踏み分けながら歩いていると 鹿の鳴き声が聞こえてきた。秋の悲しさがしみじみと胸に沁みるなぁ。

この歌は 二つの解釈があります。鹿が紅葉を踏み分けて山にいるのか、作者が紅葉を踏み分けて山にいて鹿の鳴き声を聞くのか。
百人一首研究ではオーソリティと言われる、同志社大学の吉海直人教授は読み手が奥山を歩いていて鹿の鳴き声を聞く方を取られています。
私は歌っている時には漠然と鹿が紅葉を踏み分けて鳴いている。という感覚がありました。では自分はどこでその鹿の鳴き声を聴いているのか、と思うと、やはり私自身も山の奥で紅葉を踏み分けて、その鳴き声を聞くのです。私と鹿は同じように真っ赤な紅葉を踏み分けて山の中にいて、そして鹿が鳴く、私がその声を聴く。
其のビジョンが自分にとって一番しっくりくるので。あえて二つの解釈を載せてみました。

作者の猿丸太夫さん。この方も不思議な人物で、果たして実在の人なのか架空の人なのかが明確ではありません。この百人一首の5番の和歌は 本当は秋に取り上げたいと思っていたのですが、この歌の解釈や読み手の事等 どう文章に表してゆけばいいのか。結局、難しい物は後回しにして書き綴ってきて最後に残ってしまったのがこの猿丸太夫の和歌。と言うわけです。でもここにきてこの二つの曖昧さ。歌の解釈と読み人のあやふやさがかえって面白く思えてきました。昨夜私は天使さんに(最近私はなんでも天使に助けを求める遊びをしています)猿丸太夫は本当にいたの?と聞いてみたら「いました!」と言う言葉が内側から湧きました。それも一人ではないようです。沢山猿丸チームが居たみたい。芸名みたいなものなのでしょうか? 昔コロンビアローズと言う歌手が居ました。そして今でもコロンビアローズと言う名の歌手が居ます。初代から現在は2~3名の女性にその名前が受け継がれている訳ですが、そんな感じで 猿丸太夫さんはご神事や芸能をいろんなところで請け負っていたと思われます。そんな文化が奈良時代にあったのでしょう。
猿丸太夫歌集と言うものが残されているそうですが、芸能やご神事に関わってきた人々の中で歌読みの才能がある人々の歌を猿丸太夫の名のもとに残してあるのだと思います。猿丸太夫という人々が全国に散らばっていった経緯は分かりませんが滋賀県の大津市に猿丸太夫の墓があり猿丸神社もあるのでその辺りがやはり最初の流れのような気がします。

私としては柿本人麻呂さんが大好きなので彼と猿丸太夫は同一人物だった。という哲学者の梅原猛さんの説にも、とても惹かれます。いつか梅原猛さんの同一人物説が説かれた御本(水底の歌)を読んでみたいと思います。

(早苗ネネ♪)

 

迎春

 

ネネグースプロジェクト(Nene Goose Project)を立ち上げました

日本古来の大和ことばで綴られた和歌を現代の調べにのせて歌う「和歌うた」。私 早苗ネネはもう20年近くこの「和歌うた」を歌い続けています。お蔭様で、じゅん&ネネと共に「和歌うた」は私のアーティスト活動の中心軸となり、多くの方々からご支援を賜り各地で和歌うたライブを開かせて頂いております。

この度立ち上げたネネグースプロジェクト(Nene Goose Project)は、「和歌うた」とHULAや太極拳などの異文化や全国に受け継がれている伝統文化とのコラボレーションをはかります。世界の民族が持つ固有の文化とその文化の根底にある言霊が「和歌うた」と融合することで生まれる新しい表現をみんなで共有する取り組みです。

「和歌うた」のライブは歌い手と聴き手という構図です。ライブ会場はみんなで一体になって盛り上がりますが、歌い手と聴き手という構図は否めないものがありました。ネネグースプロジェクト(Nene Goose Project)ではワークショップ形式で参加して下さったみなさんと一緒に作品を作り上げていきたいと考えております。みんなで作った作品にはみんなの愛情が込められています。出来上がった作品はみなさんの元気の源の一助になることでしょう。

ネネグースプロジェクト(Nene Goose Project)Official Website:
nenegoose.love

 

三十六歌仙CDアルバムによせて

 

10代の頃、じゅん&ネネのネネとして歌っていた時、多くの方から「北の政所のねね様と同じ名前ですね」と言われ、歴史上に残る方と同じ名前を頂いた事で直ぐに覚えて頂き、良い事が沢山ありました。時が経ち、50歳を過ぎた頃にやっと自分のライフワークを見つけ、「和歌うた」を歌い続けて13年程に成りますが2014年の京都高台寺音楽祭に出演させて頂いた折に、三十六歌仙が高台寺様に遺されているのを知りました。その時にぜひ三十六歌仙にメロディーを付けて同じ名前のねね様に奉納したいとの思いを抱き、2015年9月6日、ねね様のご命日に発表させて頂く事に成りました。

和歌のアルバムとしては10年ぶりでやっと二枚目アルバムです。一枚目のアルバム「花のいろは」は蟠龍寺スタジオの仲間に助けられて生まれました。そして今回のアルバムも製作費は今まで私の和歌うたを聞いて応援して下さった方々のご支援で賄われています。暗中模索と無我夢中で今までよろよろと歩いてきましたが、そんな私を支えてくれる大きな愛情に気が付いて、なんて幸せ者なのかしらと思います。有難うございます。これからも自分の道を信じて歩いてゆきます。

早苗ネネ/京都・高台寺 北の政所・ねねさまに捧げる三十六歌仙 『和歌うた』CDアルバムは、 ヨコハマNOWオンラインショップ で販売しております。

 

早苗ネネさん 和歌うたLIVE

 

早苗ネネさん プロフィール

木々や鳥や魚や精霊…人間以外の存在達との交流が当り前に語れるくらい、いのちのひろがりに気づくと、共に生きている喜びや、苦しみや悲しみにもナイーブになる。

心と野生がひとつながりになると……こんな風に人は年を重ねられる。ひとりひとり、ユニークにもっと自分になれる。

早苗 Nene さんは、そういう人生の先駆者です。 感性を解放しながら、40代で高校生に仲間入り卒業後、マウイのカレッジに留学中、突然半生記が受賞しました。

そんな新たなシーズンを迎えて、今エッセンスを分かち合いたい。

<天性の歌い手>というだけでなく、その存在感、溢れる活性のバイブレーションは、光のシャワーのよう。彼女と語り歌い、魂の成長を旅している現在の、自分の位置を確かめてみませんか?

早苗ネネさんHP

 

3月 10 20

それぞれの夢に向かってチャレンジするご夫婦 松本道雄さん・ゆりさん

by staff

新しい横浜のまちに住み、お互いを人生の伴走者としながら、それぞれの夢に向かってチャレンジする松本さんご夫婦です。ご主人は横浜の新しいまちづくりに挑戦、奥様はウルトラマラソンなど長距離走に挑戦されています。

松本道雄(まつもとみちお)さん・ゆりさんご夫婦

お名前 松本道雄(まつもとみちお)さん・ゆりさん
お年 お二人とも40歳代
趣味 道雄さん 登山
ゆりさん 登山、ランニング

 

最初にお二人の出会いからご結婚までのことを教えて下さい。

 道雄さん

私たちは二人とも港南区の出身で、同じ高校のワンダーフォーゲル部でした。ゆりは学年が6つ下なので同時期には在学してなく、私が大学院の時にOBとして部活に参加した際に知り合いました。私は大学では建築を学び、都内の建築事務所に就職し、ゆりは大学で造園を学び、現在は行政の公園管理部門で仕事をしています。2001年に結婚して、当初はゆりの実家の上大岡で生活していましたが、今から12年前、私が36歳の時にみなとみらいのマンションに越してきました。

結婚されてからも、お二人で山に行かれることは多かったのでしょうか。想い出に残っている山はありますか。

 道雄さん

登山は二人の共通の趣味なので、今でも年に1~2回は登っていて、今年は東北の山に行こうと思っています。高校生の頃からテントなどを背負って歩く縦走スタイルが基本で、若い頃は重さ20キロくらいの荷物で4~5泊の縦走もしていました。北は利尻から南は屋久島まで、日本全国の山に登ってきましたが、中でも北アルプスは何度も足を運んでいて、歩いたルートを地図に色付けしています。中でも思い出に残っている山は、何度かトライしてようやく制覇した「赤牛岳」、そして標高2,932mの白馬岳から標高0mの親不知の海岸までを結ぶ「栂海新道」です。栂海新道は2度歩いていて、1回目は白馬岳から2回目はその逆ルートを辿りました。

朝日岳頂上でのお二人

ゆりさんは、ランニングにも力を入れているとお聞きしましたが。

 ゆりさん

みなとみらいに越してきて、走っている人を見る度に、自分も走りたいという想いはあったのですが、以前、膝を痛めたことがあり、走ることにためらいがありました。本格的に走り始めたきっかけは東日本大震災で、ニュースの映像を見ていて、自分がやりたいことは生きているうちにやっておこうという思いが湧いてきました。
最初は三浦マラソンでハーフを1時間50分で走り、膝も大丈夫だったので、霞ケ浦マラソンで初めてのフルに挑戦して4時間20分で完走しました。それなりの早さで走れることが分かると欲が出て、サブ4(4時間切り)、さらにはサブ3.5を目指して、多いときは月に1~2回のペースでレースに出るようになりました。そのうち、自分にはフルよりもっと長い距離が向いていると思うようになり、2014年には伊豆大島のウルトラマラソンで58キロ、さらに野辺山で100キロを走りました。そして、今は時間走(決められた時間で何キロ走れるかを競う競技)が中心になっています。
2016年の神宮外苑24時間走で228キロを走って女子2位になり、翌年北アイルランドで開催された世界選手権に日本代表として出場して11位でした。2018年のアジアオセアニア選手権では1位になり、2019年のフランスでの世界選手権にも出場しました。そして、この2月に台北ウルトラマラソンの48時間走に挑戦して331キロを走り、女子1位、総合4位でした。

台湾での48時間走女子1位

すごいですね。時間走は精神的にもタフでないとできないのではないでしょうか。時間走をやるようになって、何か変わったことはありますか。次の挑戦は何でしょうか?

 ゆりさん

メンタル面の強さは重要です。また、長丁場なので、走りながらの補給が必要ですが、胃腸が弱って食べられなくなると走れなくなります。周回コースなので、景色が単調で辛いのでは? と言われますが、常に誰かが応援していてくれるのでそうでもありません。朝、昼、晩、夜中と景色も変わりますし(笑)。
長距離を走るようになって、友達が増えました。Facebookなどで全国の仲間と繋がっています。青森から下関までを3区間に分けて走る「本州縦断フットレース」に出場した時も、通過時刻を見計らって、近くに住んでいる友人が応援に来てくれたりしました。
今後は、フィンランドの6日間走にも挑戦しようと思っています。

ゆりさんの雄姿

次に、道雄さんに伺います。道雄さんがまちづくりに関わるようになるまでを教えて下さい。

 道雄さん

勤務している建築設計事務所で、都市計画法や建築基準法などの枠を超える許認可が必要な案件を中心に担当していたのですが、大規模案件を担当している時に体調を崩し、これまでも片手間でしていた社内システムの専任社員として異動しました。
設計の仕事をしていた頃より時間的に余裕が出たこともあり、みなとみらいに越してきたのを機に、建築士としてのこれまでの自分のスキルを地元で生かせないかと考えていました。そんな時に、地元の有志の方たちが、マンションの隣にある高島中央公園にどんな施設が欲しいかを考える、ワークショップに参加しました。実は、妻がチラシを見つけて私に教えてくれたのですが、これが地域のまちづくりに本格的に関わるきかっけになりました。
私の専門知識も生かしながら、地域のコミュニティが育つような公園づくりを目指し、結果的に「高島中央公園ガーデニングクラブ」として、平成20年度に横浜市の「ヨコハマ市民まち普請事業」のコンテストに通過して500万円の助成を受けて、地域住民の想いが込められた公園づくりができました。

高島中央公園での花壇つくり

現在は、みなとみらい地区のまちづくりにどのように取り組まれていますか。

 道雄さん

みなとみらいには、現在約9千人の住民がいますが、マンションばかりの街ということもあり、マンションごとの管理組合の活動はあるものの、地域としての住民の繋がりが希薄です。そこで私の住んでいるマンションの住民、さらにはみなとみらい地区の住民によるコミュニティづくりを積極的に進めています。
私の住むマンションでは「ブリリアみらいコミュニティ」という団体を作り、毎月イベントを開催しています。これまでスキルを持った住民の方が講師になる住民講習会や、孤食解消を目指してみんなで作って一緒に食べる食事サロンなどを開催してきました。最近は西区で活動しているボランティアや西区の市民活動支援センターの協力を得て、マンションのロビーで新春コンサートも開催しました。住民同士が繋がることで生まれる新たな楽しみを増やしていき、住民間の支えあいの繋がりを育んでいきたいと考えています。

新春コンサート

また、みなとみらい地区全体のコミュニティづくりということでは、3年前に「みなとみらいマンション連合会」という組織を立ち上げて、さらに地域住民の防災・減災にフォーカスをした「みなとみらいマンション防災・減災協議会」を昨年立ち上げました。
これまでの活動を通して、横浜市役所から公園で活動している市民として委員の委嘱を受けたり、「市民セクターよこはま」や「横浜プランナーズネットワーク」などまちづくりの中間支援を行うNPO法人で理事やメンバーとして活動しているほか、昨年12月からは民生委員・児童委員も務めています。

防災設備見学会の開催

これまでは週4日、都内の事務所に勤めていましたが、一昨年の4月からは自宅勤務も織り交ぜながら週2日の出勤に減らして、地元でのまちづくりにより一層、関わることができるようになりました。

道雄さんは、横浜の新しいまちづくりに挑戦、ゆりさんは、国内外の長距離レースに挑戦されておられますが、お互いをどのように見ておられますか。

 道雄さん

お互いのフィールドが違い、それぞれやりたいことも異なりますが、お互いの考えを尊重するようにしています。そして、お互いに依存しない、良きパートナーだと思っています。

 ゆりさん

(道雄さんのことを)いつも忙しそうだなぁ、すごいなぁ、よくやるなぁ…と思って見てます。(笑)

横浜生まれ、横浜育ちのお二人にとって、横浜とはどんな場所なのでしょうか。

 道雄さん

横浜は開港とともに出来たまちで、当時の横浜は世界から様々な文化が入ってきた最先端のまちでした。そんな横浜には、新しいものを受け入れる自由な雰囲気や懐の深さが根付いていると感じます。
そのあとも、常に新しいものを取り込んで、進化してきた横浜ですが、戸建て住宅地がなく、マンションとオフィスと商業施設とが混在しているみなとみらい地区はこれまでとは違う、最先端のまちだと言えます。そんなまちの住民として、既存の概念にとらわれない、このまちにふさわしいコミュニティづくりを進めていきたいと考えています。

 ゆりさん

生まれてからずっと住んでいますので、ひと言で言えば「ふる里」ですね。あって当たり前のような場所。そして、いろいろなものを惹き付ける魅力のある街でしょうか。これからもずっと住み続けていきたいです。

お二人にとって横浜とは
左:ゆりさん「人をひきつける街」/右:道雄さん「常に新しい街」

<取材を終えて>

今回は、みなととみらいのご自宅でインタビューさせていただきました。高層階なので見晴らしもよく、素晴らしい住環境でした。お二人はそれぞれお仕事を持ちながら、個々に大変やりがいのあることに挑戦されています。お互いがやりたいことを尊重して干渉せず、でも大変な時はサポートし合うという、ほどよい距離感が素敵なご夫婦です。お二人がこれから創り出していく様々な成果に期待しています。

(インタビューと文:渡邊圭祐・桃伯子)

 

2月 10 20

ポールウォーキングが広がっています

by staff

 

2020年から毎月第1日曜日16時から山下公園で「ポールウォーキング」のトレーニングをやっています。 ※盆栽カフェは毎月第3日曜日です

2020年1月5日の「ポールウォーキング」に参加してくださった、”嘉門みどり”さんが感想を寄せてくださいました。
「ともの現場」で公開させていただきます。

 

嘉門みどりさんのレポート

今回、ご縁をいただいて、ポールウオーキングに参加させていただきました。
ポールウォーキングとは、2006年に長野の整形外科の医師が、健康づくりのために考案したエクササイズです。
使用するポールは軽く、しっかりとしたつくりになっていて、使う前に、自分の身長に合った長さに調節します。
また、ポールの先には、しっかりとした滑り止めがついています。
初参加メンバーは、私を含めて3名でした。教えてくださるのは、美容家の大木美恵子先生です。
準備運動の軽いストレッチをした後、スタートしました。
今回は、山下公園から、海を右手に見ながら大さん橋に向かいます。
風は少し強いですが、新年の清々しい空気の中を、いつも歩いているのより、すこし歩幅も大きく、両手のポールを補助にして進みます。大木先生は、背中をまっすぐに、腕を振って、すっすっと前方に進みます。
その後ろ姿を見ながら、何とかついていきます。

ポールの持ちかたは、最初に教えていただきましたが、歩いているうちに、ついつい、5本の指で握りしめてしまっていて、それに気づいて直すうちに、今度は、右手右足が同時にでているかも?と心配になり、足を踏み出し直したりと、
あたふたしながらも、景色が良いので、目線は何とか遠くの前方を見やりながら、歩いていきました。

大さん橋のクジラの背中を、飛鳥Ⅱが停泊しているのを左手に見ながら、ずんずんと歩きました。横長の大きな集合住宅のような1真っ白な船体が、夕焼けで、ピンクとブルーのグラデーションになった空を背景にして、映えていました。

ここまでで、だいぶいい運動になりましたが、まだ、折り返し地点です。
少し休憩して、また歩き出します。
帰り道の方が少しだけ、ポールに慣れてきた気がしました。
(・・といっても、私の歩き方がさまになってきた、というわけではなく、ポールを突きそこなって、あまり役に立ってない、ということもしばしばありました、、)
いつもの歩き方よりは、少し早いかなという感じで、せっせと腕を使って歩きます。

山下公園のスタート地点に無事に戻り、整理運動として、肩回りや腰、足のストレッチをして終了です。

普段から運動不足の私は、帰りの駅まで歩く道で、意外に太ももの外側の筋肉を使ったように感じました。
また、デスクワークでほとんど動かすことのない肩のまわりは、ポールを持ってせっせと両腕を動かしたことで、ほぐすことができたように感じました。

終わってみれば、あっという間の初めてのポールウオーキングでした。
次回、また参加するのが楽しみです。

 

私は根岸森林公園で毎朝開催されているラジオ体操会に参加するときに、「ポールウォーキング」で行きます。
最近はポールを持って歩いている方をチラホラ見かけるようになりました。
老若男女を問わず、誰にでもできる運動です。体幹が鍛えられて姿勢が良くなります。
皆様是非ご一緒に・・・いかがでしょうか。

 

2月 10 20

楽しい文字の世界(第21回) 2020もどうぞよろしくお願いいたします

by staff

第21回 2020もどうぞよろしくお願いいたします

紅花書道塾は、娘が紅扇(こうせん)、息子が紅翔(こうしょう)と紅を引き継ぎ、私紅花(こうか)と合わせ、「紅(べに)の書」を立ち上げました。

私の雅号の紅花は師匠の紅宇先生から一文字をいただきました。先生から1文字をいただくことは必ずではありませんが、毎回落款を書く度に、今は亡き師匠を想い、身が引き締まります。師匠からの教えを受け継ぎ、それを次世代に引き継いで行く、その中で1文字も引き継ぐことは、可視化として私は行っていきたいなと思います。

さて、お正月の書道イベント。各地で出演させていただきました。

1/3 粟津紅花 マークイズみなとみらい

1/3 粟津紅扇 アズパーク(名古屋)

1/4 粟津紅翔 ジョイナテラス二俣川



1/5 粟津紅花 ニューコースト新浦安



1/5 粟津紅扇&紅翔 ブランチ横浜南部市場





それぞれ文字には語源があり、イベントでは揮毫した文字について皆様にお話しましたが、ここで2文字ピックアップしてお話しましょう。
新…部首はおのづくり「斤」。「立」は長い針を表し、親が亡くなった時、木々に針を投げ、刺さった木を「斤」で切って新しい位牌を作ったところから、「新しい」という意味が残りました。
輪…部首は車へん。車へんを45度回転させると車の車輪になります。右下の「冊」の部分は縦画が木簡の札を表し、多くの木簡をすだれのように横画の紐で縛り丸める様子を表します。そこから左右合わせて、「わ」や「丸いもの」や「まわる・めぐる」などを意味するようになりました。丸い花を1輪2輪を数えるのもそこから来ています。
オリンピックの五輪の「輪」でもあります。画像では分かりにくいですが、金メダルが沢山取れるように金の墨をたっぷり使いました!

筆者紹介

 
書家名 粟津 紅花 KOUKA AWAZU
本 名 粟津 絵里 ERI AWAZU
略 歴 愛知県生まれ。 横浜市在住。
3歳から筆を持ち、書を学ぶ。
銀行勤務を経て紅花書道塾を主宰して26年。
現在10か所の教室で門下生を指導。
また古典書道の作品制作に加え、店舗ロゴ、商品ロゴ、ポスター等のデザイン書道を手掛ける。
書道パフォーマンス、障害をお持ちの方への書のボランティア指導、セミナー講師などにも力を入れるなど、国内外で幅広く活動中。
読売書法会会員。
謙慎書道会会員。
横浜書人会審査員。
日本デザイン書道作家協会正会員。
カルチャーセンター講師。
著 作 法華経書写書き込み練習帳―釈尊の究極の教え
ヨコハマNOW関連記事
変わらない伝統美を基に時代に合わせて変わっていくものの美しさを表現し次世代に繋げて行きたい。 書道家 粟津紅花さん

 

2月 10 20

考えてみよう「子ども」・「家族介護」のこと(第9回)
ある虐待事件から暴力防止について考えてみた

by staff

第9回 ある虐待事件から暴力防止について考えてみた

1月8日の読売新聞に、小学生女児への水風呂虐待の母親と内縁の夫が暴力的行為等処罰法違反に問われ、保護観察付きの執行猶予、母が4年・内縁夫が5年の判決が出たことと、執行猶予期間中に暴力防止プログラムを受けることを遵守事項とするといった記事があった。

虐待した二人が暴力防止プログラムを受けることには、反対ではないが・・事件となってはじめて、自分の暴力性について考えるためにプログラムを受けるということや執行猶予期間中だけで、人は変わることができるのだろうか。それで二度と女児に同じようなことは起きないのか?といった不安や疑問を感じた。

このプログラムは、暴行や傷害罪において実施されているそうだ。
また最近では、学校や教育機関でいじめの問題やドメスティックバイオレンスの問題でも適用されているらしい。

虐待や暴力・いじめは、家庭や学校だけでなく、職場や高齢者に対してなど、社会のあらゆる場所でおこっていますよね。

人の心はいつも穏やかとは限らないもの。誰もが不安定な心になってしまう可能性があり、怒りにまかせて、自分本位な行動をとってしまいその結果、人を傷つけることもあるかもしれません。
そう考えると、暴力防止を考えることは、他人事ではなく、誰もが必要なことだと思うのです。

また、暴力は、自分自身が人を傷つけることをしてはいけないという気づきがあって、はじめて、なくなってゆくのではないでしょうか。

アメリカで生まれた、アンガーマネジメントという自分の怒りと上手に向き合うトレーニングがあるようです。暴力防止プログラムやアンガーマネジメントを学ぶことも気づきを導き出すための一つの方法かもしれません。
でも、気づきの機会は、それだけでなく、自分の日常生活の中で、怒りや苛立ちの経験をした時にもあるのではないでしょうか。そこからも暴力という燃える炎を静めることができると思うのです。

例えば・・・ついかっ!となって、怒ってしまった時・・
深呼吸とか数秒間、間をおいて、気持ちを落ち着かせるという方法もあるようですが、その時の自分の気持ちはどうだったか?周囲の様子は?なんて、感情的にならないで思い出し、その時のことを整理して考えてみると、怒りの本当の原因やほかの方法などもみえてくるかもしれませよ。

何言ってんの!毎日忙しくって、そんなこと考えられない!なんて思われましたか?
でも、「忙しい」という文字は「心」を「亡くす」と書きますよね。そして忙しい時ほど、怒りモードに入りやすいのではないでしょうか。

子どものころ、母に「自分が、されて嫌だったことを人にしてはいけないよ」と言われました。保育の仕事をはじめてからは、子ども同士での小さなケンカや叩くなどの行為があった時、自分がされたらどんな気持ちになるのか、子どもたち自身で考えるようにしていました。子どもたちなりに、ちゃんと自分のことを見つめることができます。

暴力防止は、みんなが他人事ではなく自分のこととして、怒りや暴力を鎮めることを考え、行動することではないでしょうか。

筆者紹介

 
本 名 竹沢 佐知子 (たけざわ さわこ)
自己紹介 短大幼児教育科を卒業後、幼稚園教諭となり、その後2度の転職も経験。「やっぱり子どもと関わる仕事がしたい!」と、1991年ベビーシッター会社
(有限会社チャイルドサービス遊)を設立。
 
2007年から父の介護がはじまり、2016年には、会社と介護の両立より、両親との残された時間を大切にする決断をして、25年間続けたベビーシッター会社を廃業。
 
その後父は他界、現在は、母の世話を一番に生活しています。たいしたことはできない私ですが、生涯社会と関わりあっていたいと願っています。保育や家庭介護経験など、私で役に立つことがあれば気軽に声をかけてください。
Eメール childyou@tky2.3web.ne.jp

 

2月 10 20

しあわせの「コツ」(第38回) 「おむすび」はエライ!

by staff

第38回 「おむすび」はエライ!

      おむすび
 
いじわるされて帰ってきた日
お母さんがおむすびを作ってくれた
 
「夕食前だからね」と言って
小さなおむすびを作ってくれた
 
具は何も入っていない
まわりにぐるりと味噌を塗っただけの
ころんとしたおむすび
 
ほおばると
涙がボロボロこぼれた
鼻をすすりながら
夢中で食べた
 
指に張り付いたごはん粒も
きれいに食べた
 
いつの間にか涙は乾いていた
もう誰にも負けない気がしてきた
 
お母さんの手の味がしたおむすび
もう一度食べたいな

恥かしながら、この詩は某年某日の出来事を描いた若き(幼き?)日の私の作品です。

「おむすび」。
日本人で「おむすび」を食べたことのない人はいないでしょう。どこのコンビニでも売れ筋商品です。私たちの生活に溶け込んでいるおむすびにまつわるエピソードも、それこそ日本人の人口数だけあるのではないでしょうか。
私の思い出は、詩に書いたように、夕食の支度で忙しい母にせがんで作ってもらった「味噌むすび」です。ある時、この詩を読んだ三女が「これ、まるで私のことみたい」と言いました。親子で同じ体験をしたんだね、と笑い合ったものです。

「おむすび」という言葉をたどっていくと、「むすひ」という古語に行き着きます。「むすひ」は、実は日本人の考え方の根本にある大変重要な概念です。

漢字で書くと「産霊」。「産=むす」は生じる、生まれるという意味です。
なので、生まれた男の子は「むす・こ」、女の子は「むす・め」となります。
「霊=ひ」は霊威と言われますが、平たく言うと「目に見えないポテンシャルエネルギー」だと思います。ですからポテンシャルエネルギーがまだ4割程度しか開花していない未熟な存在は「ひ・よ(=4)」、7割くらい開花すると「ひ・な(=7)」、全部開花すると「ひ・と(=10)」と呼ばれます。

「産霊」(むすひ)は神様の名前にも入っています。造化の三神と言われる(注)天之御中主神・高御産霊神・神御産霊神のうち、二柱の神様のお名前に「産霊」(むすひ)が入っています。高御産霊神は男性神、神御産霊神は女性神とされ、「創造」「生成」を意味し、男女の「むすび」を象徴していると言われています。

(注) 天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、高御産霊神(たかみむすびのかみ)、神御産霊神(かみむすびのかみ)

武蔵村山
滝之入不動尊境内の
「造化三神」像

「むすひ」(=エネルギーを生み出す)という宇宙的なはたらきを対象化し、神格化した昔の日本人の研ぎ澄まされた感性には驚かされます。かつて人々は、あらゆる現象にこの「むすひ」を見たのでした。男女の営みはもちろん、物事が生成されていく全ての過程は「むすひ」なのです。

楠木正成が座右の書としたことで有名な兵法書「闘戦経」*では、「武」(ぶ)は混沌を整えて新しい秩序を生み出すものであり、その点では新たな生命体を生み出す「産」(む)と同一であると説いています(「武」は「む」とも読みますね)。武道では、敵との斬り合いでさえ、「斬り結ぶ」と言って、それも相手との「むすひ」の一種と考えるのです。

*「闘戦経」
大江匡房(1041~1111)による兵法書。中国の兵法書「孫子」は「兵は詭道なり」と、権謀術数を奨励していますが、日本の兵法書「闘戦経」は、天地自然と共存することを前提に、「誠と真鋭(正々堂々と道に乗って戦うこと)」を貫くことが武であると説いています。

日本の民族衣装、着物につきものの帯にも「むすひ」は欠かせません。昔の人はこの「帯を結ぶ」ということを、装いの便宜上だけでなく霊的成長にとって大変重要なことと考えていました。子供が成長して着物の付ひもを取り、初めて普通の帯を結ぶ時期になると「帯解き」と言って男女を問わずお祝いをしたのです。
この風習は室町時代末期から始まり、江戸時代中期以後は男子5歳の袴着に対して、女子は7歳の祝いとなりました。それが七五三の由来です。

帯を結ぶとは、「むすひ」を自覚させることだったのです。「もう赤子ではない」―つまり自分で生成エネルギーを開花させることができる年齢になったということなのです。

現代の「帯解き」七五三

帯に限らず、結び目には「神威」が宿るとされました。水引(正確には「水引結び」)も、結婚式とお誕生祝いとでは結び方が違うように、結び目の形に魔除けや寿ぎのエネルギーを乗せています。

「むすひ」。
今でも私たちは至る所で「むすひ」を行っています。縁を結ぶ、契約を結ぶ、本州と四国を結ぶ、髪を結ぶ、印を結ぶ、手を結ぶ、口を結ぶ、庵を結ぶ、話を結ぶ、紐を結ぶ、実を結ぶ、等々。「むすぶ」(=むすひ)は、とても量子力学的な言葉です。混沌とした状態から意味のある形へとエネルギーを凝集させていったり、分離しているものを統合していくはたらきなのです。

冒頭で触れた「おむすび」も、バラバラのご飯粒をぎゅっと結んで一つの形にします。同じ量のご飯でも、おむすびにするとなぜかおいしく感じられます。もちろん握った人のバイブレーションも影響しているでしょう。でも、一番大きな違いは、一つの形にすることで、同じお米でもご飯粒の時とは異なったエネルギーが生まれるからではないでしょうか。

おむすびの基本は三角形で、そこに「産霊」(むすひ)の神様のパワーが宿ると言う人もいます。だからおむすびを食べると力が出るのですね。

あれ? 三角形ということは、もしかして「造化三神」を表しているのでしょうか?!

いやはや、おむすびがそんな尊い食べ物とは知りませんでした(笑)。

水引。最近ではデザイン化された水引もあるが、
結び目に込められた意味は変わっていない。

筆者紹介

 
本 名 田尻 成美 (たじり しげみ)
略 歴 著述家・株式会社エランビタール代表取締役
著書 「しあわせのコツ」(幻冬舎)
主な訳書「都市革命」(H・ルフェーブル著 晶文社)、
「空間と政治」(H・ルフェーブル著 晶文社)、
「文体論序説」(M・リファテール著 朝日出版社)
比較文化的視点から、日常の出来事をユーモアを交えて考察していきます。
著 書 「しあわせのコツ」(幻冬舎)



詳細はこちら

 

2月 10 20

2020年2月 三ツ池だより 「新しい年を生きる!」

by staff
Navigation: HOME»コラム»横須賀詢

 

おだやかな年明けだった。不思議なおだやかさだった。

 「穏やかな年明け」
いい日
おだやかな冬陽さす日
なにかが聞こえてきそうな日
何もない日
  雲ひとつない日曜日
  不思議と風のない日
  なにも聞こえない日
  でもなにかありそうな日
これからお参りに行こう
なんだか嬉しくなる
新しい居場所を探しに行くようだ
それもいい

年末・年明けは比較的神社は混雑したようだ。さて、新年になって驚いたことがあった。松飾りがどこにもない、見当らないのであった。お正月飾りの風習が変化してきている。

 「詩」
言(葉)を書く
寺を書く
  詩とは何
  言葉をまつるの
詩とは言葉を修める
詩とは心を表現する
  今来た道を書きとめ
  今行く道を予測する
言と寺を書き
詩を書くことで明日に繋げる

街を歩いてみて、変わってきているなと思うことがあった。イヤフォンを探していて、電気製品の販売店が街にないのだった。

 「大事なこと」
売り上げを上げることはいい
大事なことは何のために売り上げるのか
有意義な時代とは
人が人らしく有意義に生きること
  売上とは仕事
  仕事を人の成長に生かす
  その結果が利益になるよう
  人が人らしく生きれるよう
人らしくとは何か
人間、自分の可能性を増やしていく
人が人として役に立つ生き方
人はそこにとどまっていてはいけない
  助ける助けられる
  相互の関係を見ていく
  計量が大事なのは
  相互に信頼関係をきづくこと
感謝が成立している
相互に信頼している
育てられたことこそが
そこに感謝を持たねば
  育てる立場とは
  利害をこえた信頼関係だ
  かぼそくもある人間がにんげんとして
  相互に立ちいく姿が大事だ

情報の共有化を強める必要を感じる。限界を取り払って、進んでいく姿勢も大事だ。

 「今求められていること」
変化が求められている
今まで通りでいいのではない
何がって
具体的な喜びの製作だ
  ただ昨日のことをやるのではなく
  改善進歩を加えていく
  お金がかかるかからないではない
  改善と進歩の喜びだ
何か元気がない
それすら気づかずにいる
元気であることを
それぞれが自覚して行こう

迷うのではなく、誇りを持って進んでいこう。いま来た道はいまきたみち。これから行く道は未知なる夢の道。こうして行こうと自分が決めた道だ。

 「今どこ!!」
せせらぎからポロポロと水が流れる
すすきがかすかに揺れている
風が顔の横をすっと通っていく
  静かなひととき
  日が射さない日の
  ささやかな土曜日
池がかすかに池面を揺らす
つぎからつぎに寄すさざなみ
今日という日が本当に今日なのかと思わせる
  すすきがささやきかけるように
  さわっさわっと揺れている
  遠く飛行機の音がざわめいている

公園の柵がまだ倒れている。もう二か月ほどになるのだろうか。風と枯葉が笑っている。
三ッ池公園の土曜日、黄にそまる木が大きく手を広げて、呼んでいる。「おはよう」と。
木は動いてないが水面に映る木が揺れている。白い椿が下を向いている。少し寒いのか、
じっとしている。池の端の水が揺れている。ガタンコトンの音がする。幼子がお母さんに連
れられて少し声を出しながら歩いていく。水面が少し微笑んでいる。

 「今日は」
ありがとう
こうして元気に笑い合えることが
なによりも嬉しい
  今日は満月の日
  大変珍しい満月だそうだ
  だんだん上空に上って行く
200年に一度の満月だという
変化がおこる
よい方向に動くのだ
  ひどいことをしていた悪者が滅びていく
  不平のない新しいシクミみづくりの誕生
  平等で信頼できる新しいシクミに

アラブへ飛んでいった安部首相は日本の船の安全のためにいった。あの飛行機事故の時期にたまたまぶつかったのだが、あの姿勢に感動をした。日本の石油の輸入は大事だ。いま、輸送船の航路をしっかりしておくことは大事だ。日本の産業を支えている石油の輸入がとどこおってては大変だ。安部さんが英語を話せるのはいいこと。通訳を入れず話が出来るのは素晴らしい。夫人が駱駝にのった写真がでた。お元気なのがいい。安部首相らしい行動が嬉しい。世界はひとつのあたらしい仕組みが出来上がる始まりの年であることを願っている。

 

Photos

(画像をクリックすると拡大写真が表示されます)

     
     

(文・写真:横須賀 健治)

 

2月 10 20

ゆるマナー講座(第52回) マナーは右脳? 左脳?

by staff

マナーアドバイザー/フレアLLP 岡田 承子

コトバミクスというゲームをしました。
「いつ」「どこで」「だれが」「なにを」「どうした」という紙にそれぞれが自分の言葉を記入します。それを切り離して裏返してバラバラにシャッフル。その後で、「いつ」「どこで」「だれが」「なにを」「どうした」の順番に並べ変えるゲームです。

偶然を楽しむ脳はどちら?

一人ひとりはそれぞれ、例えばこのように書きます。(これは仮の文章です)
Aさん:「昨日」「学校で」「S君が」「おにぎりを」「一口で食べた」
Bさん:「1月1日」「東京タワーで」「私は」「富士山を」「見て拝んだ」
Cさん:「12月のある日」「裏庭で」「夫が」「古い手紙を」「こっそり燃やしていた」

切り取った紙を裏返して混ぜると、こんな言葉になったりします。

「1月1日」「裏庭で」「夫が」「「おにぎりを」「見て拝んだ」

とっても簡単なゲームです。特にひねりもありません。だからこそ、偶然にできる文章は思いもかけないものになります。

その時の参加者は4人。3人の女性は大笑いしてこのゲームを楽しんだのですが、男性1人は「うーん、そこまで楽しい? 面白いポイントが僕にはわからない」と言います。
「これを初対面の人が集う場所でやれと言われたら難しい」とも。
「?」出来上がった文章を楽しむだけなのに・・・と思う女性たち。

そこで、右脳で考えるか、左脳で考えるかの違いなのかもという話になりました。

「女性は右脳」「男性は左脳」で考えるとよく言われますが、子どもたちは男女問わず大盛り上がりになるゲームですので、大人で、特に論理的に考える傾向の方はこのように偶然にできあがるものを楽しめないのかもしれませんね。

形と心はどちら?

マナーの研修の中で、「マナーがなぜ必要か?」ということをお聞きすることがあります。
マナーは人間関係を円滑にするうえでなくてはならないものです。ですので、このようにしたら相手はどう思うか、あなたがその相手だったらどう感じるか、など相手の身になって物事を考えることが大切だとお伝えします。

ところが、特に男子学生などは、こういう時はどのようにしたら良いか形をまず知りたいと思う方が多いようです。心が大切だということは後で考えれば良いのだそうです。
これは、左脳、右脳というようなことではなく、多分早く答えを知りたいだけなのではないかと思いますが・・・。

もちろん、形を知ることは大切なことです。
ところが形を知っていてもなかなかできないこともあります。

電車の中で、ご高齢の方を見かけたら声をかけて席を譲る。とても簡単なことです。
駅や電車の中のポスターに乗り物のマナーとして書かれているのを目にします。

「声をかけて席を譲る」という形にすることが良いことは大抵の人が知っています。でもそれが苦手な人が多くいます。周りの目、恥ずかしさ、そんなものが邪魔をするのでしょうか。

マナーにおいては、心も形も大切です。
例えば、あなたが「そこのおばあさんは立っているのが辛そうだな、座りたいだろうな」と相手を思いやる心を持っていたとしても、席を譲るという形に表さなければ、その気持ちは相手に伝わりません。あなたのその気持ちが伝わった時に相手が温かい気持ちになり言葉を返す、その言葉がまたあなたの心を温かくする、そのような相乗効果を生み出すのがマナーです。

「笑顔判定機」というものがあるそうです。機械に向かってニッコリ笑顔。この判定機で100点を取らないと仕事をさせてもらえない会社があったり、笑顔ランキングの表を売り場ごとに出して切磋琢磨?する会社もあるとか。このランキングは売り上げを競うのとは違い、従業員が笑顔になりお客様も笑顔になれる素敵なアイディアだと思います。

嬉しかったり楽しかったりすると、私たちは笑顔になります。
ところが不思議なことに、笑顔の表情を作るだけで、嬉しくなったり気持ちが温かくなったりします。脳が勘違いして幸せになるホルモンを分泌するからだと言われますが、心から入るか形から入るかの違いはあれ、結果的には気持ちをプラス方向に向けることに繋がります。

笑顔もマナーも、右脳や左脳に関係なく、心からでも形からでもどちらからでも。
人を温かなやさしい気持ちにすることに違いはありません。

 

筆者プロフィール

岡田 承子(おかだ しょうこ)  

岡田 承子(おかだ しょうこ)
マナーアドバイザー/フレアLLP
日本航空国際線客室乗務員を経て、国際交流協会での仕事、また社会福祉法人では障がい者国際スポーツ大会事務局の運営業務やマナー研修に

携わる。現在は、自治体、企業での接遇研修や、NPO法人日本マナー・プロトコール協会認定講師として大学で指導をしている。

柳田 圭恵子(やなぎだ けえこ)  

柳田 圭恵子(やなぎだ けえこ)
マナーアドバイザー/フレアLLP
日本航空株式会社国際客室乗務員を経て、2009年よりマナー講師に。企業や自治体、大学、専門学校で接遇研修や マナー・プロトコール講

座を行っている。NPO法人日本マナー・プロトコール協会認定講師。

本の紹介です

ゆるマナー 始めましょ

 

 

 

「ゆるマナー 始めましょ」
(岡田 承子・柳田 圭恵子 著 / ほんの木)
簡単で、誰でも、いつでもできること、だけど何だか優しくて
温かい気持ちになる。そんなマナーを「ゆるマナー」と名づけました。
 
Amazonで購入

2月 10 20

ビジネス梁塵秘抄「遊・献・学」(第83回)

by staff

大浦総合研究所 代表/大浦勇三

ビジネス梁塵秘抄「遊・献・学」(第83回)

遊びをせんとや生れけむ、戯れせんとや生れけん
遊ぶ子供の声きけば、我が身さえこそ動がるれ

- 梁塵秘抄 -

東京・広尾には “博覧強記、書・万巻を暗誦。書物の精が生まれ変わった” といわれた失明の国学者・塙保己一史料館があります。その近くにあるのが日本画専門の山種美術館。 “山種” とは稀代の相場師で “売りのヤマタネ” といわれた山崎種二。生き馬の目を抜く世界で熾烈な仕手戦を勝ち抜いた “相場の神様” 。大半の相場師は、一攫千金を手にして花街に散財、最後は地獄坂を転げ落ちてスッテンテンに。給料などない小僧として回米問屋に入り、相場の軍資金は当時流行ったペストの感染源ネズミを捕獲して得た1匹5銭の報奨金。ヤマタネは花街で散財せず大好きな絵画を購入。贋作を掴む失敗もあり、絵を買う時は画家から直接購入。また、安宅産業破綻から速水御舟コレクションも引き受け、川合玉堂、奥村土牛、横山大観など近代の日本画一大コレクションに。ヤマタネの相場観は明解。 “売りにはヘッジ・銘柄分散せず絞る・相場の流れを捉える・徹底的な逆張り” 。米国の投資家バフェットにも負けない生き様。梁塵秘抄では “垣越に見れども飽かぬ撫子を 根ながら葉ながら風の吹きも超せかし” とあります。日本画も大和撫子も楚々として純粋。 “人生は一回きりの即興演奏” とピアニスト・山下洋輔。

“遊びをせんとや生れけん” 「遊」

強みを磨いた腕力で弱みを改革する 流行や雰囲気に気をつける
ほんとうの課題 生きる意味・知的好奇心・自律・楽しみ・墓標
自然の深さ 一切を忘れ観察に没頭するセンス・オブ・ワンダー
子供の言い分にも真実 百戦百勝するも一忍には如かず、と沢庵

沢庵和尚は、あの宮本武蔵の師匠で高名な臨済宗のお坊さん。但馬の国の武士の子供として生まれ10歳で出家、37歳で大徳寺153世住持になりました。あることから幕府に反抗し、羽州上山に配流。しかし、許されたあとは、その人徳に徳川家光や後水尾上皇も帰依したといいます。 “ぜーんぶひっくるめてのお前、それでいいんだ。認めてしまえ、ありのままのお前を。修業はそこから” との教え。一点集中は、事の成就に最優先されるべきこと。まさにセンス・オブ・ワンダーの世界。 “知的好奇心・自律・笑楽” がAI時代の基本スタンス。好き嫌い・得意不得意に関係なく観察に耽溺。 “経済は中国、政治は米国という楕円の時代に入った。楕円は不安定” とジャーナリスト西條都夫。

“仕事をせんとや生れけん” 「献」

自分の強みに磨きをかけ、個人のイノベーションを起す
貧困の先鋭化 昔はやせた土地、今はやせた身体と精神
信と不信の両方の目 振れ幅・ピンキリを押さえて考察
幸福よりはそこへ到達するための無限の努力、とジイド

昭和の時代、ジイドの “狭き門” と太宰治の “人間失格” は若者の避けて通れない通過儀礼といわれました。ジイドは、若き日には放校になったり神経を病むことも。また、アフリカに何度も旅に出て、娼婦との交流や同性愛にも溺れたとか。これらの体験は、ジイドに奥深い双曲空間を与えたかも。 “長い間、海岸を見失うだけの覚悟がなければ、新大陸を発見することはできない” 。自分の個性に磨きをかけ、個人のイノベーションに注力。1947年にはノーベル文学賞を受賞。AIの世界でも、めざましい応用をしていくには、すばらしい評価関数が不可欠。これらの設定にはAI以外の総合力が問われるのかも。 “寛容:報復・憎悪・殺戮・恐怖などをすべて飲み込む” とジュリアス・シーザー。

“学びをせんとや生れけん” 「学」

時間の使い方こそ最大の課題 全てを捨てて全てを得る
多様性の許容、何事にも逃げない 夢でジャンプできる
やることを決める 知識の詰め込みではなく洞察を磨く
執拗さと発想を放棄する勇気、とジェームス・ワトソン

ジェームズ・ワトソンは米国の分子生物学者。DNAの分子構造、二重螺旋構造の共同発見者の一人で、1962年にノーベル生理学・医学賞を受賞。この発見は分子生物学の飛躍的発展に繋がりました。ワトソンは子供の頃から明晰で探求心旺盛、好きな言葉が “なぜ?” 。単純な答えでは満足せず、世界年鑑を読み、膨大な知識を蓄えたのだとか。AIへの斬り込みも “なぜ?” が基軸。非線形なもの・変数が多いものは人間にとって不得意分野。AIインパクトのトップ3はビジネスモデル・交通・医療の世界とか。単純でないものを単純でないままに分析。肝心なのは、単純化しないで特徴ベクトルを抽出すること。 “売りにくいものほど実は売れる” とタイタン(爆笑問題)代表・太田光代。

「遊びは仕事、仕事は遊び」
「仕事は学び、学びは仕事」
「学びは遊び、遊びは学び」

今回とりあげた「遊・献・学」それぞれの4行文は、拙書「ビジネス梁塵秘抄(一)~(十)」(全10巻)及び「続・ビジネス梁塵秘抄(一)~(九)」(全10巻)から抽出したものです。次回以降も「遊・献・学」から各々4行文を一つずつ抽出してご紹介していきたいと思います。

「ビジネス梁塵秘抄」「続・ビジネス梁塵秘抄」購入ご希望の方はこちらからどうぞ!
http://www.syplus.jp/ooura/

(第83回了)

 

大浦勇三(おおうら ゆうぞう) プロフィール

大浦勇三(おおうら ゆうぞう)  

大浦総合研究所 代表 (http://www.ne.jp/asahi/oura/ohura-research-institute/

石川県七尾市出身。
早稲田大学卒業、筑波大学大学院修了。
米国経営コンサルティング会社 アーサー・D・リトル 主席コンサルタントを経て現職。
主担当領域は、経営改革/企業再生、経営戦略/情報通信技術戦略策定、業務改革/組織改革、研究開発/商品開発マネジメント、マーケティングマネジメント、ナレッジマネジメント、イノベーションマネジメント、サプライチェーンマネジメント、人材マネジメント、コーチング/メンタリング、プロジェクト/プログラムマネジメント、ベンチャービジネス支援等のコンサルティング。

筑波大学大学院講師、城西国際大学客員教授、名城大学講師、産業能率大学講師、中小企業大学校講師などを歴任。

主な著作物:

  • 「続・ビジネス梁塵秘抄(一)~(九)」<全10巻>(大浦総合研究所:PDF版)
  • 「ビジネス梁塵秘抄(一)~(十)」<全10巻>(大浦総合研究所:PDF版)
  • 「イノベーション・ノート」(PHP研究所)
  • 「ITプロジェクトマネジャーのためのコーチング入門」(ソフトリサーチセンター)
  • 「図解 日本版LLP/LLCまるわかり」(PHP研究所)
  • 「IT技術者キャリアアップのためのメンタリング技法」(ソフトリサーチセンター)
  • 「よいコンサルタントの見分け方、かかり方」(清話会)
  • 「日本のモノづくり - 52の論点」<共著>(日本メンテナンス協会)
  • 「現場主導型の組織運営とスピード戦略」(日本監督士協会)
  • 「eコミュニティがビジネスを変える」<訳>(東洋経済新報社)
  • 「ナレッジマネジメントが見る見るわかる」(サンマーク出版)
  • 「図解 ナレッジ・カンパニー」(東洋経済新報社)
  • 「ナレッジマネジメント革命」(東洋経済新報社 )
  • 「図解 グローバル・スタンダード革命」(東洋経済新報社)
  • 「業務改革成功への情報技術活用」(東洋経済新報社)
  • 「情報化戦略と投資評価・システム運用管理の実際」<編著>(企業研究会)
  • 「会社改革実務辞典」<共著>(産業調査会)
  • 「プロジェクトマネジャー(PM)の育成・スキルアップのためのメンタリングの進め方と実践法」 (ソフトリサーチセンター:CD-ROM版)   など
2月 10 20

書評「一瞬で幸せが訪れる 天国めがねの法則」 KADOKAWA 武田双雲(著)

by staff
 
タイトル 一瞬で幸せが訪れる 天国めがねの法則
単行本 215ページ
出版社 KADOKAWA
ISBN-10 4404601220X
ISBN-13 978-4046012203
発売日 2016/5/24
購入 一瞬で幸せが訪れる 天国めがねの法則

「どうすれば、天国めがねが 手に入るのでしょうか。」という文字が飛び込んできました。今年は変化の時と言われます。武田双雲さんは書道家ですから、距離が遠いと思っていたのですが、まさに飛びこんで取り組みました。「はじめに」のところで「自分が持っている、天国めがねに気付けばいい」と言われます。そして「自分はすでに天国めがねを持っていると気づいていれば、そのめがねをかけるだけで、見える世界がたちまち明るくなります。だから、つらいことに直面しても、ダメージを受けにくくなるのです。」「天国めがねをかけはじめると、次第に信じられない現象が起こるようになります。自分はなにひとつ頑張らなくても、勝手に、どんどん幸運がなだれ込んでくるのです。」「不思議でしょう?でも、嘘ではなく、本当の話です。」

面白い本です。奇妙な不思議な本です。章立ての次は法則立てになっています。

「(法則1)楽しむことは、すべてに勝る」では、人生において、もっとも大切にしているのは、楽しむこと、といわれます。「楽しむことは、天国めがねの種みたいなもの、どんな人でもなにか一つは楽しんだ経験があると思います。つまり、誰にでも天国めがねはあるということなのです。」どんなこともその論法で進めていきます。朝、早起きが苦手なひとは、朝起きたら美味しいコーヒーにありつけるようにする。仕事が面白くないのであれば、まずなにか1つ、やっている仕事のなかで、自分が楽しいと感じることを探がしてみるといい、と言われます。使いやすいファイルを整理したり、わかりやすい資料作りにこだわたっり、どんなことでもいいと言われます。「いつも目の前のことを楽しんでいると、人生に“つまらない“と感じることが減っていきます。楽しい人生には、不安や恐怖もありません。これが、天国めがねを手に入れるための、第一歩ではないでしょうか。」

「(法則3)遊戯三昧で最高の自分になれる」で、著者は、自分という人間をひと言で表すなら、無邪気ということになるかもしれませんと言われます。「自分の書を必要としてくれる人が増えれば増えるほど、自分が置かれている状況をめいっぱい楽しむようになりました。」遊戯三昧という言葉があります。元プロテニスプレーヤーの杉山愛さんから教わった言葉に「迷いの心にとらわれることなく、無邪気に遊びを楽しむ」ということがあるそうです。そして愛さんからの話を語られます。「昔、たいへんなスランプに陥ったことがありました。いくらラケットを振っても、まったく玉にあたらなくて・・・。でもそんなときにたまたま遊戯三昧という言葉に出合って気づいたのです。大事なのは、テニスを楽しむことだって」はじめから遊戯三昧でいれば、無邪気に楽しく仕事するだけ、と言われます。余計なプレシャーや緊張もなく、リラックスした状態で、最高のパフォーマンスができ、ものすごく、プラスの循環でいられるそうです。

「(法則7)幸せを怖がらない。素直に喜ぶ」感謝すればするほど幸せになる、があります。著者は目の前にあることになんでも感謝する「感謝オタク」と言われます。あらゆる出会いに感謝の気持ちがわき起こってくると言われます。

  • 朝、目が覚めると生きていることに感謝。
  • 家族がいることに感謝。
  • 歩けることに感謝。
  • 蛇口から水が出ることに感謝。
  • 清潔なタオルがあることに感謝。
  • お茶を飲めることに感謝。

「さすがに、自分でも感謝しすぎじゃないかな?と思うことがあります。だけど、そういうときは、感謝してもしすぎることはない、という言葉がふと思い出されて、そうだよね!って安心できます。幸せすぎて怖くなるときは、過剰なくらい感謝してみてください。そうすれば、素直に幸せをうけとってもいいよね、という気持ちになれると思います。」

「(法則14)関心を持てば、自然に引き寄せられる」心の「空」にきづいて埋める、があります。人は、自分がすでに持っている、と感じている時は、それを欲しいと思わないものです。ケーキを食べているときに、ケーキをほしがる人はいません。ケーキがないから、食べたいと思うわけです。「たとえば、お金持ちになりたいと願望を持っているとき、その人の心が関心をもっているのは、お金がない、ということです。それに気づかないまま、お金持ちになりたい、という願望を強くしても“お金がない”という関心が強まるばかりで、ますますお金がない状況を引き寄せるだけです。」なかなかできなかったことですが、著者は語られます。「お金がほしければ、いま自分の財布に入っているお金に感謝して、“たくさんお金があるなぁ”と思ってください。幸せになりたい人は、いま自分に与えられている恵に感謝して、“幸せだなぁ”といってください。」それを何度も繰り返すうちに、心の“空”は埋まり、おのずと満ち足りた状況をひきよせ、空を埋めることこそが、豊かさや幸福を手に入れる近道といえましょう。

「(法則15)かけるめがねで景色は変わる」一年のはじめに「この世は天国だ」という証拠を集めることを目標にすると、脳は楽しくてハッピーな情報ばかりを集めるようになります。その結果、心は明るくなり、生きる希望もむくむくとわいてくるようです。「“地獄極楽は心にあり”日本には、このような考え方ひとつで、この世は地獄にも、極楽にもなる、という意味のことわざがあります。世の中で起きていることは同じでも、それを面白く感じるか、つまらなく感じるかは自分次第だなぁと感じます。」あらゆる出来事や人やモノは、天国めがねと地獄めがねのどちらをかけるかで、見るところも、感じることも違ってきます。関心を持つところが変われば、引き寄せることも違ってきます。「仕事が面白くない、家族がいうことを聞かない、自分は運が悪い・・・そう思っている人は地獄めがねをかけているだけなのです。ためしに、たった一日でかまいませんので、“天国めがね“をかけてみてください。それだけで、世界がまるで違って見えることに驚かされるはずですよ!」自分のことも”天国めがね“を通してみると”優柔不断“は決して悪くないことに気付くはずです、と著者は言われます。「優柔不断って、”優しくて、柔らかくて、物事を断じない“と書きます。優しくて柔らかい人には、少しもネガティブな印象はありません。むしろ、セールスポイントにしてもいいくらい好印象ではないでしょうか。」

「(法則16)幸運を引き寄せる磁石になる」天国めがねをかけていると、はじめは、脳が天国情報を拾いあげるようになるそうです。そのなかには、ラッキーな情報も含まれます。「ラッキー情報が集まるにつれ、実際に幸運なことが起きるようになるのです。ラッキー情報が蓄積されることで、自分の体がラッキー磁石になって、ラッキーなことを引き寄せるわけです。信じられないかもしれませんが、僕自身がまさにそうなのです。ちょっとした思いつきで“こうなったらいいね”と話したことが、数日の間に実現してしまうのは当たり前。それどころか、考えもしないような幸運まで、ひっきりなしに舞い込んでくるのです。“こんな本をだしたい”“あの人と会ってみたい”“こんな商品のロゴを書いてみたい“”海外で展示会をしてみたい“どれも、あっという間に叶ってしまいました。」

「(法則18)持っているものを生かす」人はそれぞれ、育った環境が違えば、経験することも違います。どんな相手でも、自分が見聞したことのない知識を絶対もっているはずといわれます。いくら自分のことを無知だと思っている人でも、なにか1つぐらい、人に教えられるものを持っています。だから、自分は無知だ、なんておもうことはありませんし、なにかを学ぼうとする必要もないそうです。「僕はいつも、書道教室の生徒さんや子どもたちを見ていて、“みんな、本当にたくさんのことを知っているなぁ”と感心することばかりです。」「大人は、子どもにない知識を持っています。だからといって、子どもより優れているわけではありません。子どもも、大人にないものをたくさんもっているからです。それこそ、生まれたての赤ちゃんからも、大人が教わることは数限りなくある。それに気づくと、思考のスタートがかわります。」「社会貢献ひとつとっても、“自分には知識がなさすぎる。社会貢献するには、もっといろいろなことを学ばなきゃ”という考えが、“自分がもっているものをどう使えば、社会貢献できるだろう”というベクトルに変わる。」いま持っているものを生かした方が、よほどスピーディーに、いい結果を得ることができるそうです。

「(法則31)人を動かすときは、“聞く”ことと“順序が”大事」大人には、いくつかの役割があります。こうした役割のなかで、さまざまな責任よりも、もっと重要なことがあると気づかされた、と言われます。それは「聞く」ということだと。「書道教室をはじめたばかりの頃は、きてくれる生徒さんに対しても“何か共通の話題を探して、いいムードをつくらなきゃ”ということばかり考えていました。だけど、そんな難しいことを考える必要はなかったのです。どんなことでもいい、相手の話を聞けば、自然と教室は和やかな雰囲気になるからです。」「相手が子どもなら、“最近、学校でなにが流行ってるの?”“夏休みはどこか遊びにいくの?”という感じで、簡単な質問をすればいいんです。そうすれば、スムーズにコミュニケーションをとることができます。」「それは大人でも同じです。天気や日常生活の話、ファッションや流行、美味しい食べ物についてなど、他愛ない話で充分です。」そして人づきあいの鉄則を語られます。まづ相手に興味を持って、聞き上手になることであり、何かお願いするときには、相手の苦労や頑張りも察して誠意を見せ、段階を踏みながら徐々に難しいことを頼むことだと。

「おわりに」のなかで武田さんは言っています。「自分のなかに絶対的な幸福感があれば、あなたは、自分の目にぴったりとフイットするめがね(=天国めがね)をかけているということ。だから、どんなつらい出来事に遭遇しても、見える景色は曇りません。」「一方、自分を幸せだと思えない人は、度の合わないめがねをかけているようなもの。前がよく見えないどころか、焦点も定まりませんから、その疲労感が健康にも悪影響をおよぼすでしょう。」何をやってもうまくいかないとか、どうして自分は、こんなにツイてないんだろう、と、そんな風に感じるときは、めがねが自分に合っていないサインかもしれない。「ただ、だれにでも必ず天国めがねはあります。そのことに気づき、あとは天国めがねを意識し続けるだけで、人は大きく変わります。」著者の武田双雲さんは書かれます。

「どうぞ、たくさんの感動と喜びに満ちた人生を楽しんで、味わい尽くしてください。あなたと、あなたの大切な人の幸せのために・・・」

書評を書いていて不思議なことを感じました。実は、驚いたことがあります。本を出したいと思っていて、「本を出しませんか」と声が掛かったり、お世話になった人に逢いたいと思っていて、急にその方から電話が入って、急遽お会いする機会をつくったのは「天国めがねの法則」を書評にしようと、読み直しての最中のことでした。

(文:横須賀 健治)

 

2月 10 20

横浜スケッチ(第42回) 京都・奈良・大阪・伊根の旅

by staff

ペンネーム 成見 淳

昨年2019年11月末に上記一週間の旅に出かけました。
京都は恒例の家内との旅、その後も恒例の国内国外を問わずの途中離脱一人旅で、奈良は大学同級生との再会、大阪はタイミング良く赤坂孝史先生の個展鑑賞&大阪在住の絵フレンドとの再会(のつもりが首都圏在住の絵フレ数名にも遭遇)、その後伊根に2泊しました。その中から4枚の絵をピックアップして思い出を綴ってみます。

 

奈良から京都へ

初日の11月25日(月)は新横浜から奈良へ行き、東大寺付近をうろうろし、カメラを向ける人に向かって明らかにポーズを取る鹿を眺めたり、興福寺の薬師如来等々を『能面師の兄が見たら喜ぶだろうなあ。』などと思いながら拝観したりして京都岡崎に。

「直指庵2019」透明水彩 6号

いきなり真っ赤な紅葉。26日(火)は昨年に続く直指庵に直行。渡月橋・嵐山界隈の大混雑が嘘のような静寂さの中、ほぼ昨年と同じ場所でちょっと角度を変えて描いてみた。直指庵の事を書き過ぎると混雑するようになっても困るので多くは書かない。

「南禅寺山門」透明水彩 3号

直指庵からバス、地下鉄を乗り継いで午後南禅寺へ。
夕刻が近づく中、そびえたつ山門、紅葉、観光客の光景を描きたくなってとりあえずパチリ。立ち止まってカメラをいじっている左の人。その後でスマホで撮影する女性。真ん中の芸術家っぽい髪の男性などなど。人物の苦手な私だが描かないことには上達しないし、南禅寺という著名な観光地に人がいないのはおかしい。あれこれ想像しながら敢えて人物を沢山描いた。

 

京都から奈良へ

27日(水)インスタグラムフレンド(略すとインフレになってしまうのでIフレとでもしようかな?)のお勧めにより川を挟んで宿の反対側の京都市動物園に初めて行く。「京都まで行って動物園?」と思っていたけど、これがなかなか見どころたっぷり。午前中ということもあって人が少ないのも魅力。
白い象。間近で見るライオンの大きな顔。ジャングルジムのようなピラミッド型の構造物に座っているサル達は組織図を思い起こさせる。
猛獣の建物を出た後に異様な大きな猛獣の声がしたがいくら見渡せども猛獣はいない。何とオウムが猛獣の叫び声をマネしていた。

上皇様ご夫妻が橿原から帰られるのを迎える人達で混雑するロープの真ん中を通って京都駅で家内としばし別れ、一人で奈良に向かう。

「大和路散策」(薬師寺)透明水彩 3号

駅に着くと民泊のご主人が車で迎えに来てくれていて、車でスケッチポイントを案内してもらう。
民泊は一軒家。一息ついて薬師寺の周りを散策し、見つけたのがこの構図。架線は近鉄。
京都賑やか、大阪ざわざわ、奈良のんびり。

 

大阪から京都府伊根町へ

「伊根の舟屋」透明水彩 5号

28日(木)は大阪難波で先生の個展、大阪の絵フレNさんOさんの二人展とUさんが属するグループ展が同じビルで行われて、効率は良いは、関西の懐かしい人や首都圏から来た絵仲間に会えるはで中身の濃い展示会。ひとしきり拝見しバスで伊丹空港経由伊根に向かう。天の橋立でローカルバスに乗り1時間ほどで伊根に着くと真っ暗な中、舟屋の奥様がバス停で待ってくれていた。
「さあどうぞ」と言われた舟屋は目の前。1時間乗ったバスで400円は超安。「昔は世界で一番高いバスでしたが町の振興策で補助をして安くなりました。」との事。

29日(金)は朝食後奥様のお勧めで漁協の港へ町営の無料自転車を借りて向かう。
すれ違う通学の中学生達の「おはようございまーす。」と元気な声。同じく一斉に大きな声で挨拶をする小学生の列。目の前に広がるゆったりとうねる海。ひんやりとした朝の空気を自転車が切り裂いて心身ともにピリリと締まる心地良さ。逆光の朝日がまぶしい。
「漁協はあれかな?」「いいえ。もう少し先です。」「ありがとう。」互いに自転車ですれ違いながら交わす言葉が何とも嬉しい。『こんな映画のシーンがあったなあ。』
漁港に着くと長靴、手袋、手にはポリバケツを持った地元の人たちが大勢集まっていて、漁船が着くのを待っていた。『ちょっと早すぎたかな?自転車で飛ばして来たから。』と思っていると湾の向こうから船影が大きくなって来た。
着岸すると一斉に群がる人達。右手に体をくねらす細長い魚、左手にポリバケツを持って背筋をまっすぐにして歩く90歳は間違いなく超えていると思われるお婆さん。
そうだ彼女が小さい頃よりもっともっと昔からここは漁港なのだ。天然の地形に恵まれた漁港。その和船を守るための工夫が舟屋。船のガレージ。母屋に隣接する農家の馬小屋のようなものか。

一旦舟屋に帰り、一休みしてスケッチポイントを求め何年ぶりかの自転車をこぐ。
歩いている時はさっそうと軽やかに見える自転車も上り坂になると結構しんどい。息は切れるし、足だけでなく、ハンドルが少し斜めになっていたこともあって腕も筋肉痛に。
泊まった舟屋を真ん中に描いた絵は奥様に気に入ってもらえたのでお礼に差し上げ、横浜に帰ってからちょっと角度を変えて描き直した。

舟屋に戻る途中で台湾の絵描きご夫妻に会った事、後日インスタグラムを見たら彼が先生のフォロワーだった事、湾内巡りの小さな観光船に乗りNHKドラマや映画寅さんのロケ地などを見せてもらった事、私が帰った後舟屋の奥様が先生の個展を見に来てくれた事、などなど楽しい思い出が沢山あったが省略。

 

帰途

11月30日(土)天の橋立を山の上から見るために2時間ほど早めて8時台にバスに乗り、宮津駅より特急電車を乗り継いで京都から東海道新幹線ひかりに乗りホッとする。
家に着いたのは6時過ぎで、途中寄り道したとは言え伊根から10時間は遠い。遠いがそれだけの価値は大いにある。非日常の体験が新鮮さの源泉であるならば、その時間差があればあるほど新鮮さ、感動、驚きの度合いは大きいのかもしれない。なぜならば行きは想像力で期待が高まり、帰りはゆっくり思い出に浸ることが出来るから。

PS.2020年の兄弟展は8月12日〜18日(お盆の真っ最中)、昨年と同じ横浜そごう9階のギャラリーダダのA室(広い方)で行います。

筆者紹介

Jun Ohsawa 大澤 淳さん  
お名前 Jun Ohsawa 大澤 淳
E-mail j-narumi@ug.netyou.jp
URL http://home.netyou.jp/kk/ohsawa/
成年月日 1967年1月15日成人式。おひつじ座。いわゆる団塊の世代。誕生日はもっと前。
年齢 その年の西暦 ? 1947(3月25日以降)
生息地 横浜市鶴見区に70年弱在住。いわゆる浜っ子。
血液型 いわゆる典型的なAB型
性格 内気、控えめ(だが信念は曲げない)、人前に出るのを極度に嫌う・・・だったが、 最近は少しずつ変わって来た。これもネット化のおかげかな。
割りと簡単に物事をはじめてしまう。(衝動的、意思決定が速い、好奇心が強い)。
忘れやすい。(最近特に)
趣味 ◎絵画:(主に水彩画)初めは油彩だったが10年近く休止していた。ヨコハマNOWのお陰で、2015年より主に水彩画を中心に絵画を再開した。
◎文章を書くこと(エッセイ、旅行記など)。
◎放浪の旅:国外国内を問わず、スケッチポイントを求めて心の洗濯に。(すぐに汚れやすいので。)
〇ゴルフ:1979年にホールインワンをしたことも。42年間通った神奈川県津久井湖ゴルフ倶楽部を2016年12月に退会。ハンディキャップは全盛期13だったが。
〇2015年急に作曲を始めたが半年もたたずに現在休止状態。
●フォルクローレ(アンデス音楽):ケーナ、サンポーニャ等も演奏したが、今はたまに聴くだけ。

 

2月 10 20

田中健介の麺食力-それから- 第17回 「へんなマスターの堅実な一面」

by staff

第17回 へんなマスターの堅実な一面

2010年に出版した自著「麺食力-めんくいりょく-」。横浜の麺料理とその周辺の情景を描きながらほとんど売れなかった可哀想な本。著者自身も出来上がった本に向き合うことなく、二回目の東京オリンピックで沸くであろう2020年で出版丸10年となるのを機に、改めて当時の内容を振り返り、現在の移り変わりを綴っていく、ついでに啜っていく企画の今回が第十七回目でございます。

 

「麺食力」刊行10周年トークイベントのお知らせ

2020年、拙著「麺食力」刊行の2010年3月24日から丸10年。
その1日後となる3月25日(水)に10周年イベントを開催致します。
場所:横浜日ノ出町試聴室その3
日時:2020年3月25日(水)19:00開場、19:30開演
料金:予約1,500円、当日1,800円(別途1Drink500円)
※ご予約は下記からどうぞ
http://shicho.org/category/events/s3events/

 

日本の人口は2008年をピークに緩やかに減少の一途をたどり、約200万人ほど減少しています。
向こう数十年でどんどん減っていくものと思われます。
近年古くからの飲食店が閉店していくのはこの問題とは別です。
消費者の動向がチェーン店やショッピングセンターなど利便性の良い方向へシフトしている、外食から中食が増えている、後継者が不在、など、それぞれ複雑です。
日本全体では人口は減ってきていますが、横浜市に関しては戦後からずっと人口が増え続けているのです。なのに、そんな横浜でも、エリアによっては一昔前に比べるとすごく寂しい街並みになっていることが多く、特に南区は古くからの商店街自体が次々となくなり、賑わいが失われた街が多い気がします。それでもマンションは次々と建っていくのが、人口が増え続ける要因となっているのでしょう。

横浜市南区・蒔田周辺。鎌倉街道はいつも多くの車が行き交っている

南区蒔田エリアもそんな街の一つ。かつては「蒔田商店街」などとド派手なアーケードは目を引いたものですが、現在は商店街自体も解散。鎌倉街道は相変わらず通行量の多い幹線道路で、このあたりは路面店が立ち並んでいます。横浜市電があった頃はもっと賑やかだったのでしょうが、40代も中盤になろうかという筆者でさえ、もはやリアルに市電を見ていない世代。昔のことばかり言っていてもしょうがない。

「へんな洋食屋」外観

店舗内観。レンガ調が落ち着いた雰囲気

鎌倉街道沿いにある「へんな洋食屋カフェ」。
拙著「麺食力」では、「へんな洋食屋」として、224ページに掲載しております。
実は、2011年に一度閉店しています。
3月11日の東日本大震災により、震災による被害はほとんどなかったものの、自粛ムードが高まり、当時80数件入っていた歓送迎会などの予約がほぼ全てキャンセルとなってしまいました。これが経営に大きな打撃を与え、閉店を決断。しかし同年秋に閉店後、常連客などの声もあり、コースメニューなど事前準備や経費のかかるものは撤廃するなどメニューを絞ったうえで、2012年春に「へんな洋食屋カフェ」としてリニューアルオープンしているのです。

「へんな洋食屋」の名物だった、秘密のヘンなスパゲッティ
(2008年撮影)

「秘密のヘンなスパゲッティ」はそのリニューアルオープンを機に「へんなグラタン」に変更しています。スパゲッティではなく、マカロニに変わりました。
「『ヘンなスパゲッティ』は、メディア受けが良くて年間100件くらい取材を受けていたこともありました。その影響で近所にあるスパゲッティ専門店にも『ヘンなスパゲッティください』と間違って注文されたようで、迷惑かけちゃってたからマカロニに変えたの。」



「秘密のヘンなグラタン」はマカロニだった

スパゲッティはマカロニに変わったものの、その迫力は健在。
パンの蓋を開けると、ホワイトソースのマカロニがぎっしりと。
トーストされたパンのサクサク感とホワイトソースのクリーミーさが相まって、フォークとナイフと時々素手が止まりません。

「手にたばこの匂いを付けたくないから。」
と気さくに筆者の質問に答えるマスター星山氏

マスターの星山建一氏は大学卒業後、和食の世界に身を投じました。

「実家が居酒屋で、それを継ぐつもりでいたけれど、成り行きで洋食屋を開こうということになりました。」

和食時代の師匠から教えられたのは、包丁の扱い方。
料理人にとって包丁は魂であると。その魂である包丁は30年以上、毎日どんなに忙しくとも、磨き続けていると言います。

30年以上毎日磨き続けているという玉鋼の包丁は光り輝く鏡面仕上げ

玉鋼の包丁。
砥石はサンドペーパーの4000番にあたるものを使用しているので見事なまでの鏡面仕上げ。

「某テレビ番組で共演した調理専門学校の先生から驚かれたよ。」

プロの料理人とは、普段見えないところにも、気を使っているのです。

「10年も前に本にしてくれて、改めてこうして取材してくれるのは嬉しいよ。何かの縁だよね。もし数か月遅かったら、こうして会えなかったわけだ。」

ん? どういうことでしょうか?

「今、この店の借り手を募集しているの。いくつか名乗りを上げてくれているところがあって、契約がまとまればうちの店も終わり。私は引退します。」

そうだったのですか!!

「へんな洋食屋カフェ」は閉店に向けて粛々と準備を進めているのであった

「閉店っていうと、イコール『つぶれた』っていうネガティブなイメージが先行するけど、決してそればかりではない。確かに私も60歳を過ぎて、一昔前に比べたら動きも悪くなって歯痒い思いもある。この店をビルにして、その借金も返済した。あとは家賃収入で生活できる。私は成功者なのです。だからまだ元気なうちに趣味のギターとかを楽しむ生活を送りたいと。」

マスター星山氏の肖像画。これからは趣味のギターに生きる

自分は成功者。
鎌倉街道の裏通りにテナントとして10年。やはり表通りの方が良いと店舗兼ビルを建てて15年。そのローンは予定通りに完済。「へんなマスター」と言われても、人生プランはしっかりと立て、それに沿って生きてきた男の、強い言葉でした。

星山建一氏と拙著。
テレビ取材も多数受けてきた中で「竹内結子は、本当に美しかった。」

後日、別件で入店した際に次のテナントとの契約交渉をしていたマスター。その席で2020年1月いっぱいで閉店することをあっさりと決めてしまいました。

「来月からハローワークに行かないとな。」

筆者紹介

 
本 名 田中 健介(たなか けんすけ)
略 歴 1976年9月生まれ。横浜市出身。横浜市在住。
武相高校、神奈川大学卒業。
自称エッセイスト、本業は福祉関係。
ベイスターズファン歴35年、CKBファン歴17年。
 
2009年9月、日本ナポリタン学会設立、会長となる。
http://naporitan.org
 
2010年3月、著書「麺食力-めんくいりょく-」(アップロード)刊行
https://amzn.to/2DGVqiU(Amazonへ短縮リンク)
 
2017年5月~ 連載「はま太郎」(星羊社)「田中健介のナポリタンボウ」
https://www.seiyosha.net/
 
連絡先:hamanomenkui@gmail.com

 

2月 10 20

チャレンジ(第18回) 今後の展開

by staff

今後の展開

こんにちは。 C.P.FACTORYディレクターの平安山美春です。先月