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2013年10月 三ツ池だより 「雲を見つめる」

by staff on 2013/10/10, 木曜日
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運動会の季節になった。空は青空だ。
雲と話をしていて
少し部屋に入っている
窓を見ると
雲の形がなくなっている
   今あるものが
   みていることが
   何を見ているんだろうと
   思うことになる
ありがとう
今というかけがいのない
時を感じることが
いきていることなのだ!
      ある瞬間を見て
      それはそれで正しいのだろうが
      ある瞬間
      見えないものを見てしまう
         信じたいけど
         信じられない
         信じられなくても
         信じていこう
      ありがとう
      今というかけがいのない
      時を感じることが
      生きていることなのだ!

 運動場を走り回る子供たちと、お世話をする先生方と応援する親御さんたちの構図は、不思議と今も昔も変わらない。かわったのは評価の仕方なのかもしれない。一等賞があった。勝った負けたの判定があった。今うっかりすると綱引きで一回目に負けた方に、先生が走り寄って勝たせて引き分けになったりもする。もっともっと自由に走り回っていいし、日頃教室で力を発揮できない子が運動場で目立って活躍する。学校の中にいろんな光景があっていいはずだ。

 力いっぱい励んだ後はそれでいいではないか。私はいつも運動会ではビリの方であった。だから運動会があまり好きではなかった。ある団体に所属していて、石のごつごつしたところで競争があった。はだしの足が痛かった。私は血がでても一生懸命走った。当然力を抜いて走っている人よりも先を走った。だから一等になった。はじめて競争で勝った嬉しさは何にも勝るものだった。

 チャンスはいつ来るかわからない。そのチャンスに踏ん張れるかどうかは何によるのだろう。勝者はいつも勝者かもしれない。敗者への励ましは評価を緩めることからでなく、勝者には勝者に相応しく接し、敗者にはなにかの機会を与えるのが指導者なのかもしれない。先の河原での競争は指導者が私の為に仕組んだ事だったかもしれないと、最近ふと思う。血を出させるために仕組んだのではない。危険を承知でわざわざ私の為に計画してくれたと思ってみる。人生のなかでいろんな試練があるしあった。乗りこえられない試練は神様はお認めにならないという。

 運動会は勝った負けたの先にある、力いっぱいに取り組んだ充実感を味わうことにある。負けたものは勝ったものをたたえる。勝ったものは競争相手がいたことに感謝する。そんな光景が雲の上から見られたらいいなぁと思う。

 雲の句がある。

秋の雲いよいよ高く登りけり
正岡子規
空に雲秋立つ台に登りけり
夏目漱石

 雲の句に次のような句も見られる。

秋の雲立志伝みな家を捨つ
上田五千石
鰯雲この時空のまろからず
中村草田男
魂の破片ばかりや秋の雲
森村誠一
高音の耳戻りきし積乱雲
横須賀詢

 そして

秋深き隣は何をする人ぞ
松尾芭蕉

 雲が見えない句もある

赤蜻蛉筑波に雲もなかりけり
正岡子規
見えねども新涼今を渡りゆく
横須賀詢

 見えないものを見ていることもあり、見えてるものが見えないこともある。10月は目の前の運動会で精いっぱい取り組んでいる子供たちに拍手を送り、弁当を広げておにぎりでもほうばってみたいものだ。今日に答えは出ずとも、明日に希望が生まれるに違いないから。

 

Photos

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(文・写真:横須賀 健治)

横須賀 健治プロフィール

メジャーテックツルミ 代表取締役
はかることのプロとして50年です。
食品の放射能測定のアークメジャーを設立しました。
「計量から見える幸せ」をライフワークにしています。

 

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