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書評 「人生に何ひとつ無駄なものはない」 朝日文庫 遠藤周作 著

by staff on 2013/10/10, 木曜日
 

 阿川佐和子さん推薦が目に飛び込んで読んでしまった。

 「躁病的軽薄に見えるこの話のなかに、実は奥深い意味と象徴を見つけることのできる読者とそれができない読者とがいるでしょう」という言葉を人生の指針としているという。さて、そのことは何を意味しているのでしょう。冒頭の方で次のように書かれる。フランクルの「夜と霧」を志低くなった時、幾度も読むというのだ。

 「われわれは労働で死んだように疲れ、スープサジを手にもったままバラックの土間に横たわっていた。そのとき一人の仲間が飛び込んできて、急いで外の点呼場までくるようにといった。そしてわれわれは西方の暗く燃え上がる雲を見た。幻想的な形と青銅色から真紅の、

この世ならぬ色をもった雲を見た。そしてその下に収容所の荒涼とした灰色の掘立小屋と泥だらけの点呼場があった。感動の数分つづいた後に、だれかが他の人に世界ってどうしてこう美しいんだろうとたずねる声が聞こえた。」

 声を聴いて気づかされることがある。心の自由はだれにも保障されたこと。この状態においても声を出すことのできた意味はなんなのだろう。

 著者は聖書のなかの女性たちで次のように書く。

 「我々は罪を犯したいから罪を犯すのではない。心の弱さ、孤独の寂しさ、人生の悲哀をまぎらわすために罪を犯すのです。そうした人間のかなしさをキリストはだれよりも知っていた。だからキリストはペテロに教えられた。“お前は今夜、夜の明けるまでに三度私を否むだろう”。この言葉はただ一途に自分の強さに自信をもったペテロへのふかい戒めだったとぼくには思われるのです。ひいてはそれは自分の強さだけではない、自分は正しいんだ、自分は間違わない、かたくなにそう自分を信じて、弱い人の弱さ、くるしみ、泪を理解しえないことがどんなに間違っているかをキリストはいいたかったのだと僕は思うのです。」そして・・・・

 「従来の基督教がながい間、無価値であり不毛なものとしか考えなかった罪の再生の可能性を見つけたのは、基督教文学の功績だと私は考えている。罪と再生、罪と救いとは切り離されたものではなく、背中合わせであり、心理構造では類似していることを基督教文学者はそれぞれの作品でこまかく描いてみせているが、この神秘を五世紀にすでに仏教の無意識分析が早くも見通していたことは驚嘆に値する。」「人間のなかにひそむ悪はいつか消えることができるか。ぼくらのように戦争時代に育ったものは平和な時代にやさしく愛想よく善良な人間もなかなか信ずることはできない。またかってと同じ状態になれば今日の彼らの人間らしい顔も獣のようにならぬと誰が保障できよう。フランクの夜と霧に出てくる恐ろしいナチ収容所の看守たちが家庭ではモーツァルトを愛する心やさしい父親たちであったことはメルルの有名な小説の中でもはっきり描写されているのである。」

 ではどう生きればいいのか。遠藤周作は「愛するというは棄てないことだ」「嫌いということはすでに祈りだ」「神とかキリストとかいうものは、働きだとまずおもったらいいのではないでしょうか」そして次のようなことにつながる。「私が神の存在を感じるのは、今日まで背中を何かが押してくれてきたという感じがまずするからです。生まれてから現在につながる糸があるとすれば、その糸にずうっとある力が働いていたのだなという感じを持つのです。そうすると、私の個性とかいったものよりも私をつくってくれたそれらのもののほうが大事になり、この大きな場で私は生きてきたという気がするのです。それを私は神の場と呼びます。」「侍」で次ように言う。「泣くものはおのれと共に泣く人をさがします。欺く者はおのれの欺きに耳を傾けてくれる人を探します。世界がいかに変わろうとも、泣く者、欺く者は、いつもあの方を求めます。あの方はそのためにおられるのでございます。」

 遠藤周作は弧狸庵とも言う。弧狸庵という名のおかげでともすればせまくなりがちな自分の世界を拡げることができたという。「どんな人間の心のなかにもさまざまな音が鳴っています。一つの音しか鳴っていない人間なんてまずかんがえられません。さまざまなあなたの音を全部鳴らすことはゆるされません。しかしこの社会で生きていく以上、社会生活に差し障りのない音だけを響かせて生きているでしょう。」「あなたには何となく好かない人がいるでしょう。その何となく好かない理由をよく考えてみると、意外にその理由があなたのコンプレックスからきていることが多いのです。」

 こうしたなかでどんな生き方をしめすのだろう。「笑うこと、笑えることは表情に余裕を与えると同時に、カチカチになりがちな心やストレスの溜った肉体をゆるます」「人間は人生の途中、一寸した優しい他人の励ましや情愛の言葉で勇気づけられ、自分のささやかなものにも自信を抱くことがある」そして次のようにも「人と人とのめぐりあいを今の私は偶然の出来事とは思っていない。人と人とのめぐりあいの奥に、我々をこえた神秘な意思が働いていることを考えざるをえない。」

 さていよいよこの本から離れなければならない。実に多彩な内容である。それは遠藤周作・弧狸庵先生がいままで書いてこられた著作から鈴木秀子さんが珠玉の言葉を選び取って編んだものだからです。各章立てにでてくる表題に優しさが表れている。「嫉妬の苦しみの効用」「落ち込んだ時こそ人生の本質に触れるチャンス」「挫折は人生のエネルギー源」人生には何ひとつ無駄なものはないのだからそれを肝に銘じて、自分なりの生き方をしてみたいと思うのだった。

(文:横須賀 健治)

 

 

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