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書評 「瑠璃でもなく,玻璃でもなく」 集英社文庫 唯川 恵 著

by staff on 2014/5/10, 土曜日
 

「来ないほうがよかったかな・・・。そんなことを考えていると、向かいに座る男・・・確か、名前は石川友章といった・・・が声を掛けてきた。」
題名に面白みを感じた。私にとって何が興味あるかといえば、今の若い世代の考え方が知りたかった。「恋愛は不安とのたたかいであり、結婚は不満との戦いである。」この表紙の裏の一文が、なにを表現していくのだろうかとの思いも膨らんだ。
「 “退屈そうだね。” そんなことはないけど。美月は慌ててワイングラスを口にした。 “いいんだよ、無理しなくても。” ということは、もしかして、あなたも退屈してる? “当たり。” 彼は屈託のない笑顔を浮かべた。 “僕は人数合わせに誘われただけだから。” もちろんその言葉を信用するつもりはない。その気はないのに無理に誘われて仕方なく、というのはカッコづけのための典型的ないいわけだ。」

主人公の一人は美月だ。 「恋愛とセックスを切り離して考えられる人もいるけれど、自分はそのタイプではないと、今の美月はよくわかる。学生の頃、恋愛関係ではない相手とベッドに入ったことがある。別に自暴自虐になったというわけではなく、なんとなく、なんとなく雰囲気にのせられてしまったからだ。けれどベッドに入った “ああ、この人とはダメだ” とわかった。落ち着かないというか、ぎくしゃくするというか、つい醒めた目で自分や相手を見てしまう。なんだか一生懸命セックスすることにシラケてしまう。もっと言えば、滑稽にさえ感じて、その人とは一度きりで終わってしまった。」 「展示会の最終日、設計課長が “うちあげましょう” と言い出した。総勢五人が集まる予定だったのだが、どういうわけか後の三人は、仕事が入ったり、風邪を引いたり、急に親戚に不幸があったりして、結局、当日は美月と朔也だけになってしまった。けれども、待ち合わせの場所でそれを聞いた時、美月は嬉しかった。そして朔也も呟いた。 “何か、すごくラッキーだな” その夜初めてゆっくり朔也と話すことになったのだが、そうなって驚いた。波長が合う、ということを聞くけれど、本当にそういうことがあるのだと思った。いつまでも話は尽きず、終電の時間が近づいても離れがたく感じた。だから “また今度、飲もうか” と朔也から言われたときは一も二もなく頷いていた。 “いやいけないな、所帯持ちの僕なんかが誘っちゃ” “そんなことないです” と答えたときは、まだ自信があったはずだ。こんなことにはならないという自信だ。それはどこか、優越感にも似ていた。独身の自分の方が、結婚している朔也より、優位にたっている。」

もう一人の主人公は「昨夜から、朔也と冷戦状態が続いている。朝食は、いつものようにトーストと目玉焼きとサラダを用意したが、朔也はコーヒーに口をつけただけで、キッチンに立つ英利子には声も掛けず出勤していった。結婚前にもよくケンカはよくした。こじれて、別れようかと考えたこともある。今思えば、原因なんて大したことではないのだが、あの頃の英利子にとって、そのひとつひとつが自分の人生に関わる重大な出来事のように思えた。」 「今日藤島玲子のイベントが行われた。観客には先生の料理教室に通っている生徒たちの顔も多数見えた。その中に、よく代官山のカフェでお喋りしていた主婦たちもいて “あら森津さん、すっかり秘書ぶりが板についちゃって” と、またもや皮肉を込めてからかわれたりした。無難な笑顔で応えておいたが、今は、自分がそちら側にいたなんて不思議な気がしてしまう。結婚して専業主婦になり、憧れの料理教室に通うのがゆめだったはずなのに、こうなってみると、自分は働くことが結構好きだったんだと、いまさらながら驚いてしまう。」 英利子。

「恋愛は不安との戦いであり、結婚は不満との戦いである」
これが「恋愛は希望であり、結婚はやすらぎである」というふうに感じられる展開になる。
「 “汐留に面白いレストランを発見。ランチも結構いけるんだけど、都合どう? もちろんディナーでもOK” 友章からメールが届いた。結婚してから、デートに誘われたのは初めてだ。やっぱりドキドキしてしまう。こんな感覚を味わうのは久しぶりだ。何て返事を書こうか迷っている。かってのボーイフレンドと、ランチを一緒にするぐらいいいじゃない、と思わないわけでもない。何も浮気するわけじゃない。ほんの少し独身気分を味わって、懐かしい話を楽しむだけだ。そう思いながらも、気持ちは別の自分も映し出している。今は外で友章とランチするよりも、璃音と一緒に公園に行ったり、絵本を読んだりする時間を優先すべきじゃないの? 残業続きの朔也のために、栄養のバランスのとれた食事を用意したり、心地よく部屋を整えておくことを大切にするべきじゃないの? べき、と言っても、義務的な気持ちじゃない。自分自身がそうしたいのだ。そうする自分でいたいのだ。」

そして英利子は「五年たった今でこそ、ようやく落ち着いた気持ちでいられるが、朔也に “大切な人がいるんだ” と言われた時は、頭の中が真っ白になった。驚きよりも、怒りよりも、ただただ打ちひしがれた。」 「美月に負けるのが悔しかった。私を犠牲にしてふたりが幸せになるのは許せなかった。離婚した後の生活が不安だった。親や友達、世間に対する引け目があった。でも、今こうしてちゃんと暮らしている。確かにひとりではあるけれど、決してひとりぽっちではない。友人や、仕事仲間がささえてくれている。何より、仕事が楽しい。だから。会場の前で、英利子は足を止めた。だから、胸を張って朔也と会うことができる。」

大切なことは「人は守られるだけで生きてゆくことはできない。まもられたければ、自分もまた相手を守らなければならない。」ことであり、「離婚は辛い出来事だったが、だからといって結婚に失望しているわけではない。もう結婚に過剰な期待を持つようなこともない。焦る必要はない。私はもう、私の中で流れる、わたしなりの時間をちゃんともっているのだから。」一人の人間としてどのように生きていくことが、自分らしさなのかを気付かせてくれる。読み終わって、改めて題名をしみじみ眺めたのだった。

(文:横須賀 健治)

 

 

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