Skip to content

しあわせの「コツ」(第10回) 和の国は「環(わ)」の国

by staff on 2017/10/10, 火曜日

第10回 和の国は「環(わ)」の国

秋の足音が近づくと、暖かい鍋料理が恋しくなりますね。おいしさもさることながら、気の合った人たちと同じ鍋を囲む、という雰囲気が日本人は大好きです。「囲む」、つまり輪を作って何かをするのがとても好きな民族だといえましょう。

円や輪が好きな習性は今に始まったことではなく、遠く縄文の頃から受け継がれてきたようです。なにしろ発掘された世界最古の縄文時代の集落(約3万6千年前)も円環状に作られているのですから。

この2枚の地図を見てください。

 

左図は、中央に祖先神を祀り、その周囲に集団墓地を設け、さらにその外側に竪穴式住居を環状・同心円状に配置していた縄文の集落。右図は規則正しく碁盤の目状に整備された京都の地図。

一見して京都は計画的に作られた人工都市であることが分かりますね。また帝のいる大内裏を中心に作られていることから、権力や権威、身分といった社会制度が都市空間に投影されていることも見てとれます。

それに比べると縄文の集落は、円といっても幾何学的に正確な円形に作られたというより、自然発生的な緩やかな輪を描いているにすぎません。当時は皆が平等で身分制度がなかったせいでしょうか、ここには京都の碁盤目のような権力のにおいがありません。

舞踏「わの舞」の創始者の千賀一生氏によると、「円形に作り、空間が円空間になると、宇宙の調和した力が働き、争いがなくなりやすい」そうです。円形でない集落と比較すると、環状集落からは食べ物の奪い合いなどで殺された人骨が発掘されたことはないそうです。獲物を捕獲するための石器はありましたが、人を殺すための武器はありませんでした。まさに輪が「和」をもたらしていたのですね。

聖徳太子の17条の憲法にも「和をもって貴しとなす」とあるように、日本人は和(=輪=環)をとても大切にします。このことは日本人の意識のどういう特徴をあらわしているのでしょうか?

輪でも円でも、真ん中は「空=からっぽ」です。しかし、その「空っぽ」のおかげで円が円として成立しているのです。無い物が有る物の存在を担保しているのですから、思えば「円」は不思議な存在ですね。
ところが、この真ん中が「空」である円の在り方が、実は日本という国の在り方そのものだと指摘する人もいます。フランスの記号学者ロラン・バルトは来日した時、東京について次のように言っています。

「私の語ろうとしている都市(東京)は、いかにも中心を持っている。だがその中心は空虚である。(中略)お濠によって防御されていて、文字通り誰からも見られることのないエンペラーの住む御所。
その周りをこの都市の全体が巡っている。(中略)この、不可視なものの可視的な形、これは神聖なる〈空=vide〉である。」

近代都市東京の中心にあって、お濠に囲まれ緑の奥深くに鎮まる皇居を、バルトは「神聖なる空」と呼んだのでした。

東京という都市の在り方が象徴しているように、日本人には中心に「空」を持つ心性、すなわち「中空構造」があります。この「中空構造」が日本人の行動に大きく影響しているのです。

よく「日本人は何でも無節操に受け入れる」とか「加工は得意だが、オリジナルがない」「偉大なリーダーがいない」と、言われます。しかし、実はこれこそ「中空構造」の特徴を表している「素晴らしい事実」なのです。

どういう事でしょうか?

歴史を振り返ると、日本には仏教、道教、キリスト教と様々な宗教が入ってきましたが、西欧のような大規模な宗教戦争は起きませんでした。時の為政者による弾圧はありましたが、時とともに日本の社会に溶け込んでいきました。それも原形をとどめない形ではなく、ちゃんと仏教は仏教、キリスト教はキリスト教と「共存」しているのです。まさに何でも受け入れる「中空構造」のなせる業だと思います。

宗教や文化の受け入れも、しかし、何でも無節操に受け入れているわけではありません。飛鳥・奈良時代は隋・唐文化の影響を受けて、国の制度も唐の律令制度を導入しましたが、ある本質的な点を日本式に変更しているのです。

上の図は日本の律令制度です。どこが唐と違うかというと、唐では、各省の上がいきなり皇帝です。まさに皇帝が絶大な権力を握っていたことが分かりますね。
ところが日本は違います。直接行政を担当する部分に太政官(左大臣、右大臣、大納言)を置き、さらに唐の制度では下にあった祭礼祭祀を司る礼部尚書という官庁を神祇官として格上げし、太政官と並ぶポストにしています。つまり皇帝の仕事を3人の太政官が行い、天皇は名目上組織の頂点ですが、実際は神祇官となったのでした。

律令制度の下では天皇は政治にタッチせず、神事のみを行っていたことが分かります。このように、進んだ国から制度を受け入れる時も、無批判的に受け入れているのではなく、国情に合わせて巧みに取捨しているのです。ですから、宦官や科挙は受け入れていませんね。

また、「発明しないで応用や加工ばかりしている」という批判も耳にしますが、これも入ってきた物を日本文化の中で揉みこんで、オリジナルにはない物へと変化させる「中空構造」の特技なのです。

明治期に流入した西洋の文物も柔軟に取り入れ、アンパンのように日本文化と融合して今までにない物を創り出していますね。この例は枚挙に暇がないでしょう。

饅頭とパンのハイブリッド ― アンパン

こうしたハイブリッドが生まれるということは、「中空構造」はただの空っぽではないという事です。それは日本文化という酵母菌がぎっしり詰まった「ぬか床」のような存在なのです。きゅうりやなすがぬか床の中で風味豊かに生まれ変わるように、ひとたびそこに入った物は変容を遂げるのです。

オリジナルを超えるものを生み出せるのも、ぬか床的な働きを持った「中空構造」のなせる業といえましょう。

「でも日本には偉大なリーダーがいないよね」と言う批判も国の内外から聞かれます。これも「中空構造」のせいです。実は日本の社会に「リーダーがいない」のではなく、「リーダーが必要ない」のです。

ちょっとそばにいる人と手をつないでください。「輪」ができますね。ピラミッドと違って、輪を作るのは簡単です。リーダーがいなくても、つながりさえすれば、いや、集まりさえすれば「輪」という座ができてしまうのです。

ピラミッドと違い、人が集まれば、簡単に輪はできる

神話でも、天照大神が天岩戸に隠れた後、岩戸前で神様たちが相談します。誰がリーダーという事もなく話し合っているうちに天鈿女命が踊りだす・・・という流れです。出雲に集まる神様たちも、ワイワイガヤガヤ相談している感じで、決してリーダーの命令で赤い糸を結んでいるのではないようです(笑)。

日本では、リーダーなしで物事が「なんとなく」決まっていきます。これは参加者が自立していなければできることではありません。決していい加減ではないのです。トップの命令に全員が従う「ピラミッド構造」の組織と違い、「中空構造」の日本の組織は、参加者が話し合って物事が決められ、それを長(おさ)が承認して初めて実行に移されます。「日本的意思決定」は、参加者の平等感と意識の自立が根底にあることが分かりますね。

昔の「村の寄り合い」

危機的状況でも同じです。あの東北大震災の時の日本人の行動に、世界中が感動したことはまだ記憶に新しい話です。誰が言うともなく、救援物資の配布にきちんと並び、誰から強制されたわけでもなく救援活動に従事する人々。そこには一人ひとりの中にある人間としての誇り、自立心、そして平等感があふれていました。

支援物資の配給に並ぶ被災者

リーダーがいないことは決して社会の欠点ではありません。むしろリーダーなしで整然と動けるほど高度なバランス感覚が発達している、ということなのです。

渋谷のスクランブル交差点を初めて見た外国人は、大変驚くそうです。その人の多さにではなく、これほど大勢の人が何のトラブルもなくスムーズに移動するさまが驚異的に映るのだとか。高度なバランス感覚のおかげで、私たちが普通に交差点を渡っている様子が、今では外国人観光客の人気スポットになるほど、注目を集めているのです。

外国人に人気の渋谷スクランブル交差点

今まで日本の欠点のように言われてきたことが、実は独自の美点だった―このことに気づくだけで、日本社会を見る目が変わるのではないでしょうか? 昔からピラミッド構造ではなく、輪という「中空構造」になじんできた日本人の意識の在り方を、現代の私たちは思い出し、もっと自信を持ってもいいのではないでしょうか?

筆者紹介

 
本 名 田尻 成美 (たじり しげみ)
略 歴 著述家・株式会社エランビタール代表取締役
著書 「しあわせのコツ」(幻冬舎)
主な訳書「都市革命」(H・ルフェーブル著 晶文社)、
「空間と政治」(H・ルフェーブル著 晶文社)、
「文体論序説」(M・リファテール著 朝日出版社)
比較文化的視点から、日常の出来事をユーモアを交えて考察していきます。
著 書 「しあわせのコツ」(幻冬舎)



詳細はこちら

 

Comments are closed.

ヨコハマNOW 動画

新横浜公園ランニングパークの紹介動画

 

ランニングが大好きで、月に150kmほど走っているというヨコハマNOW編集長の辰巳隆昭が、お気に入りの新横浜公園のランニングコースを紹介します。
(動画をみる)

横浜中華街 市場通りの夕景

 

横浜中華街は碁盤の目のように大小の路地がある。その中でも代表的な市場通りをビデオスナップ。中華街の雰囲気を味わって下さい。
(動画をみる)

Page Top