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しあわせの「コツ」(第11回) 「戦わない」生き方

by staff on 2017/11/10, 金曜日

第11回 「戦わない」生き方

穂高連峰を見上げるように建つ涸沢ヒュッテ

上高地から6時間、梓川を遡り谷筋を詰めると、穂高の峰々に囲まれたカールに、山小屋「涸沢(からさわ)ヒュッテ」があります。ここは「雪崩銀座」。普通こんな場所に山小屋は作りません。

1951年開設時の建物も、翌年建てられた建物も、すべて雪崩に流されました。1961年、この地に新館の設計を依頼された吉坂隆正氏は、これまでと全く逆の、ある意味で極めて日本的な発想で設計にとりかかりました。

吉阪氏は、雪崩に対抗するのではなく、「やりすごす」という発想で建物を考えたのです。建物を半地下にし、屋根の上を雪崩が通り過ぎるようにしたのでした。その結果、まるで斜面にへばりついているような建物ができました。

北側は石に囲まれ要塞のようですが、南側は低い二層の新館が斜面にしがみついています。今年で53度目の冬を無事に迎えている涸沢ヒュッテは、吉阪氏の雪崩を「やりすごす」と言う考えが正しかったことを証明しています。

左:建築家 吉阪隆正  右:涸沢ヒュッテを下から見る

西洋では登山を「山を征服する」という考えでとらえています。それは自然を人間と敵対する存在としてとらえるからで、自然とのかかわりは「自然との戦い」を意味します。なので、雪崩に対抗するような頑丈な石造りの小屋を作るのです。

それに比べると、雪崩を「やりすごす」と言う発想は、なんて力が抜けていることでしょう。どこか飄々としたものを感じますね。

同じようなことが五重塔の構造にも言えます。地震の多い我が国に五重塔は沢山ありますが、地震で崩壊したという話は聞いたことがありません。それは、五重塔には「心柱(しんばしら)」という独特の中心があり、それが見事な耐震効果を発揮しているからです。

心柱には「地中礎石」「地上礎石」「宙ぶらりん型」の3種がありますが、いずれもあれだけの屋根の重量を支えるのに「これだけ?」と思うほどシンプルなものです。先ごろ特別公開された日光東照宮の五重塔の心柱は、地上から10センチほど浮いていた「宙ぶらりん型」だったそうです。五重塔の心柱は、4層目から鎖で吊下げられ、下まで達していないばかりか、各層とも繋がっていないのです。

格子の間から見える東照宮の五重塔の心柱。礎石から浮いているのが確認できる。
右はその案内文。

なぜこんな不思議な構造をしているのでしょうか?昔の人の知恵のすべてを解明することはできませんが、心柱については次の二つの理由が考えられます。

一つは地震緩和システム。地震の際、心柱が振り子のように動いて振動を和らげる働きをします。この心柱のおかげで、東北大震災の時も五重塔は損傷を受けずに済んでいます。

二つ目は、木材のひずみを調整するため。木造建造物は長い年月が経つうちに建物自体の重さと木材の収縮のため、どうしても「ひずみ」が出、建物に狂いが生じてきます。重みで塔が縮んだ時、心柱が建物を突き破らないように宙に浮かせていると考えられます。

心柱は「昔の人の知恵」と書きましたが、その免震構造は古いどころか、最先端の建築物にも応用されています。

東京スカイツリーがそれです。
こうした高度のある建物の場合、地震の時に、構造物本体とタイミングがずれて振動する重りを加えることで、本体と重りの揺れを相殺させて、構造物全体の揺れを抑制する制振システムが必要です。重りには、通常、鋼塊やコンクリート塊が用いられますが、東京スカイツリーは世界で初めて心柱の構造を採用したのです。

五重塔の心柱の構造が生かされた東京スカイツリー

涸沢ヒュッテも東京スカイツリーも、どちらも現代建築技術の粋を集めて作られた建造物です。そしてどちらも極めて日本的なコンセプトで自然と向き合っています。「やりすごす」-それは里山とはまた違った形の自然との付き合い方だといえましょう。

里山は、自然の中に人間が分け入って、住みやすいように自然を馴らしていった、いわば自然と人間のコラボ作品です。一方「やりすごす」という考えは、避けられない自然の猛威をできる限り緩和しようとします。両方に共通しているのは、「自然と争わない」「自然と敵対しない」姿勢だといえます。

思えば戦後の日本人は日々戦っていました。高度成長時に、「24時間戦えますか」という有名なCMがありましたが、平和ボケと言われながら、日常生活では受験戦争、出世競争、格付けなど、誰かと競い、戦うことが当たり前となっていました。昔はのんびりと共存していた自然も一時の利益のために荒らされ、破壊され、場所によっては復元できないほどの状態になっています。
こんな時こそ、先人の肩ひじ張らない生き方を見習いたいものですね。今回は建築を取り上げましたが、日本の伝統技術の中には、ほかにも最先端のエンジニアも瞠目するノウハウや発想が一杯詰まっています。「温故知新」で画期的なアイデアや商品が生まれるかもしれませんよ。

心柱のなせる技。1300年経ってもびくともしない法隆寺の五重塔

筆者紹介

 
本 名 田尻 成美 (たじり しげみ)
略 歴 著述家・株式会社エランビタール代表取締役
著書 「しあわせのコツ」(幻冬舎)
主な訳書「都市革命」(H・ルフェーブル著 晶文社)、
「空間と政治」(H・ルフェーブル著 晶文社)、
「文体論序説」(M・リファテール著 朝日出版社)
比較文化的視点から、日常の出来事をユーモアを交えて考察していきます。
著 書 「しあわせのコツ」(幻冬舎)



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