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しあわせの「コツ」(第21回) 「和」の空間、そのひみつ

by staff on 2018/9/10, 月曜日

第21回 「和」の空間、そのひみつ

よく喧嘩ばかりしていた夫婦が、古民家を購入してそこに住み始めました。すると、ご主人の様子が大きく変わり、いつの間にか喧嘩をしなくなりました。これは1、2例ではなく、古民家に引越しした家庭でよくある話だそうです。一方、あるテレビ番組によると、畳のない家に暮らしている夫婦は離婚率が高い、というデータもあるとか。

また、畳のある和室が減少していく傾向と、幼児虐待の増加が奇妙な一致をみせています。



2009年あたりを境に、和室が激減しており、逆に幼児虐待は2010年から激増しています。

現代の住まいが日本人の伝統的なライフスタイルを変化させてきたことは事実ですが、離婚率の増加、幼児虐待の急増、といった社会問題にも影響を与えているとは驚きですね。

改めて日本の伝統的な住宅の特色とはなんだったのか、それが私たちの意識や生活習慣にどのような影響を与えてきたにか、のかを考えてみましょう。

皆さんは「日本の住宅の特徴は?」と訊かれたら、何と答えますか?よく西洋建築は石でできているが、日本建築は紙と木でできている、と言われますが、それは西洋的な眼差しで見た表面上のことに過ぎません。構造に目を向けてみましょう。

日本建築は「柱」と「梁」でできています。柱が垂直の支えであるのに対し、梁は水平に躯体を支えています。



梁と同様に、柱の上に渡される部材に桁(けた)があります。
梁と桁の違いは棟木と平行する部材が桁(けた)、直行する部材が梁(はり)となります。

昔の民家は、この柱と梁が家の中からも見える構造になっていました。

そして、家の中心には「大黒柱」がどん!と立っています。

西洋建築では、柱は壁の内側に隠されたり、塗りこめられたりして、なるべく目に触れないようになっています。これに対し日本の建築では、大黒柱だけでなく、床柱などは隠すどころか、その存在を誇示するように立てられています。そして掃除のたびに入念に磨かれ、年とともにますます輝き、存在感が増していきます。

日本人にとって、「柱」は単に建築の躯体の一部ではありません。神様を「一柱」「二柱」と数えることからもわかるように、日本人にとって「柱」は神聖な存在なのです。上下に伸びるその姿は、まるで神が天から降り立った場を示すかのようですね。家の中心にそそり立つ大黒柱は、ですから、家中でもっとも神聖で権威のある場所なのです。一家の主人を「大黒柱」と言うのも、その柱のごとく権威のある、頼りがいのある存在だからでしょう。

「大黒柱」のある家。
言葉を換えれば、それは「中心のある家」ということです。縄文時代の竪穴住居は言うまでもなく円形で、中心に煮炊きする火がありました。時代は下って四角い家に住むようになってからも、私たちの祖先は円形構造を忘れてはいませんでした。家の中心に囲炉裏のような火を焚く場所を作り、そばに大黒柱を立てました。
そして、基本的には囲炉裏を中心とする大きなワンルームを、簡単な仕切りで区切り、お互いの気配をそれとなく感じながら生活していたのです。

中心があるということ、そして「柱」という天地をつなぐ「軸」があるということ。この住宅の基本構造が、そこに住む人の意識に影響を与えないわけはありません。
私たちは小さい時から姿勢を正して、体の軸を立てることを厳しくしつけられてきました。これは単なる行儀作法ではありません。実は体軸を立てることで心身が最高のパフォーマンスができるようになるための訓練だったのです。

和室と切っても切り離せない日本人の座り方といえば「正座」ですが、最近は「足がゆがむ」「O脚になる」など、大変評判が悪いようです。しかし、正しい正座はO脚になるどころか、矯正し、内臓機能まで整えてくれるのです。

渋谷でパーソナルジムトレーナーをしている今野さんは、ご自身のブログでこう語っています。

今野拓也さん

「一部で「正座をするのは健康に悪い」と言われているようですがとんでもない。正座はむしろするべきくらいに自らの体験から私は思いますし、日々私は正座をしています。正座というのは元々日本古来の坐り方だったのですね。

(中略)
経絡で言うと、正座することで伸びる身体の前面には胃腸の経絡があります。そして足首も伸びますがこの足首の硬さは腎臓の経絡と関係します。
そういった面で、この2つの内臓の調子が経絡からも整う効果があるのが正座なのです。
食べ過ぎた次の日や、気温の冷えが強い日に正座をしてみるとやりづらいのが分かるかと思います。身体と生活習慣のつながりを実感出来る瞬間でした。

(「ととのえて、からだ」 http://takuyakonno.com

畳の上で生活をし、正座で座る。家の柱のように、体に軸を立てること。正座はそのための座り方ですが、それが健康法になっていたのでした。

家に中心があるように、家族にも中心がありました。それが大黒柱である一家の主人です。が、大黒柱が立っているだけでは家は機能しません。そこには実質的に家をマネージする人物が必要ですね。「建前と本音」の達人である日本人の社会では、建前の主人と本当の主人が実にうまく噛み合って機能していたようです。本当の一家の主人は、一体誰だったのでしょう?

明治時代に来日した外国人の口から語ってもらいましょう。
「日本の家へ一歩踏み入れれば、そこに婦人たちの優雅な支配力が感じられる。」
 
「彼女は独裁者だが、大変利口な独裁者である。彼女は自分が実際に支配しているように見えないところまで支配しているが、それを極めて巧妙に行っているので、夫は自分が手綱を握っていると思っている。」
 
「日本の婦人は賢く、強く、自立心があり、しかも優しく、憐れみ深く、親切で、言い換えれば、寛容と優しさと慈悲心を備えた救いの女神そのものである。」
(ハーバート・G・ポンティング『英国特派員の明治紀行』 新人物往来社)

ポンティングとその著書

「女神」とは褒められすぎの感もなきにしもあらずですが、実際昔の女性はそれにふさわしい実力があったのだと思います。
よく男性優位の見本のように言われる「男子厨房に入らず」という言葉も、実は女性を立てた言葉なのです。台所は女性が支配する領域なので、そこに男性が入って妨害してはならない、という意味で、決して男性が「料理の手伝いなどするものか!」と威張っているわけではありません(笑)。

「中心」を持つと同時に「軸」を立てる、という行為は日本人の生活全般を貫いています。正座に始まり、「道」と名の付く習い事はすべて姿勢、すなわち「軸」を立てることによってそのパフォーマンスが向上するようになっています。最近はやりの「インナーマッスル強化」などは、昔の日本人なら誰もが普通に行っていたことでした。
冒頭に述べたように、「和」の空間がなくなったことで、そうした身体の使い方が忘れられ、家族の間の「和」もなくなっていったのは寂しいことですね。
洋風建築の方がカッコ良い、という風潮のせいなのか、住宅産業の戦略かは分かりませんが、最近の住宅はほとんどがフローリングです。マンションなどは和室でいうと4畳半くらいの個室2つに6畳程度の寝室プラス12畳程度の居間で「3LDKの邸宅」と宣伝しています。もちろん「大黒柱」はありません(笑)。

典型的な3LDKのマンションの間取り

インターネットの普及のおかげで地球の裏側の人と瞬時に交信できる一方で、半径10メートルに満たない同じ家の中で心が通わない肉親同士が増えている現実。それが離婚や幼児虐待の増加につながっているとしたら、「和」の空間の減少は由々しい事態だと言わねばなりません。

筆者紹介

 
本 名 田尻 成美 (たじり しげみ)
略 歴 著述家・株式会社エランビタール代表取締役
著書 「しあわせのコツ」(幻冬舎)
主な訳書「都市革命」(H・ルフェーブル著 晶文社)、
「空間と政治」(H・ルフェーブル著 晶文社)、
「文体論序説」(M・リファテール著 朝日出版社)
比較文化的視点から、日常の出来事をユーモアを交えて考察していきます。
著 書 「しあわせのコツ」(幻冬舎)



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