アートのひみつ(第16回・最終回) アートと対話すること
第16回 アートと対話すること
みなさま、こんにちは!
今年に入り、私はある画家の残した作品とアトリエの学術調査に携わっています。今回は作品を紹介しながら、1人の画家の仕事を初期から最期まで追うという、ふだんならできない経験をしていく中でアートとの対話について考えてみます。
その画家、牛玖健治は洋画家であり版画家でした。70年間以上、手を休めることなく作品を描き、造り続けました。
雑然としたアトリエ、積み上がった作品の数々や画材。愛読した本や、モチーフ。それはまるで画家が過ごした時間がそのまま積み重なって姿を表したかのようで、アトリエに入ったときはその物量に圧倒されました。
これが私と画家の初めての対面。
その画家はすでに故人であり、私は一度も会ったことはありません。しかし、私はその日から対話を続けています。
画家は写真を撮ることも好み、かつては自分で現像するための部屋も持っていました。残された写真には風景、人物などさまざまなものが写されていて、何を撮ったかというよりは絵を描くためにインスピレーション、スケッチのようなものもたくさんあります。
それは画家の見たものを追体験するような感覚でもあります。ぱらぱらと手に取って自分の感性に共感するような1枚に出会うと少しうれしくなるのです。
画家の画業の大きな柱のひとつとなる版画は70年前、日本の美術界の変革の中にありました。1950年代以降、棟方志功などが海外の美術展で相次いで入賞し、国内でも版画は現代美術の重要なジャンルとされるようになります。
1957年、戦後の日本で初めて国際的な美術選抜展、第1回東京国際版画ビエンナーレ展には画家も名を連ねています。
「彼の簡潔な抽象フォルムは、時に繊細な平行線と対位によって複雑な空間をリズミカルに構成するが、その作品に一貫している叙情的な心象風景を支えているものは、版の材質を十分心得て、内に秘めた技法の細心な配慮にあるといえよう。」
これは画家のある版画作品についてのある評論の一文です。
牛玖健治「カガミ」1986年
これは画家の作品の中で私が最も重要だと感じた作品のひとつです。深みのある赤い色に特徴があり、研ぎ澄まされた形は美しく、あるべき場所は寸分の間違いもないのに、どこか温かいのです。
年代は前後しますが、画家は1949年の第1回日本アンデパンダン展(のちの読売アンデパンダン展)でデビューしました。戦後、特に1960年代以降、日本の美術史の転換点にあったとき画家は何を造ったか? 何を想ったか? と、私の興味は束の間そのことに集中してしていました。しかし調査が進むにつれ、それはあまり重要でないと思うようになりました。
この読売アンデパンダン展は「自由出品の形式、無審査、無賞」という年次展覧会で、戦後日本のアヴァンギャルド美術の拠点となりました。
若手作家の自由な場となると同時に、反芸術的動向が盛んになっていきます。
彼らの出品作品、活動は回を重ねるごとに過激さを増していき、会場でのトラブルも相次いだため1963年の第15回展で終了することになります。(赤瀬川原平氏の「模型千円札」は、のちに通貨偽造として起訴されました)「アートの自由」の限界とは何か? 思想的な事柄も含めて、今後も考察は続けられることでしょう。
画家は残したエッセイの中でこの慌ただしい時代に触れていました。「60年代、外国から嵐のように今まで見た事もないような作品が次から次と流れこんできた(中略)…滝口修造さんたちのシュール・レアリズム運動もしばらくさわいでいたが、いつのまにか消えてしまい、大ブルトンも日本ではだめだ。そのほかいくつかの団体グループも稲妻のようなものすごい勢いで巻き上がってもすぐ消えてしまう。」
画家は新しい潮流の中に身を置き、時代の空気を吸収しながらも冷静に見ていたのだと思うのです。
そして、評論家の言葉も自分の画業を回顧することすら必要とせず、「まだまだ足りない。今以上に良い仕事をするだけ。」というような短い言葉を画家は残しています。これがアートの自由な姿なのではないだろうかと私は感じました。
牛玖健治「花」
「花」も画家が長く描いてきた油彩のテーマでした。同じ「花」でも年代を追うごとに表現方法が少しずつに変化していきます。それは時代に沿うわけではなく、画家が追求を続け、自由でいられたからだと思えるのです。長い時間をかけて濾過された清水のようなこの作品に私はしばらく無言で向き合いました。
追求していたものは最晩年はさらに鋭く、人間が生きる力の根幹を見出だすような線や色を画面に刻んでいます。画家は2012年に90歳でこの世を去りました。例えばあと5年、存命だったらどんな作品を残しただろうかと想像するのです。私の画家とその作品との対話はまだ続いています。
アート作品の解説があらかじめ提示してあると、よりわかりやすく深まることは多いものです。しかし、それは正解がどこにあるかを示していることではありません。
ひとつひとつの作品に向き合うことの他に、作家の人生の文脈を読むことでもアートとの対話が豊かになるように私は思うのです。
◆牛玖健治についてのFacebookページはこちら
https://m.facebook.com/story….
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