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書評「ALL for ALL ―時空を超えて―」 幻冬舎 伊藤 基(著)

by staff on 2019/11/10, 日曜日
 
タイトル ALL for ALL ―時空を超えて―
文庫 329ページ
出版社 幻冬舎
ISBN-10 4344924002
ISBN-13 978-4344924000
発売日 2019/9/4
購入 ALL for ALL ―時空を超えて―

「4年に一度じゃない、一生に一度だ。」のモットーのもと、日本中がラグビーワールドカップで熱狂した。日本チームの活躍もすざましかった。特に横浜は決勝戦が開催される特別な都市。そんな中、一冊の本が出版された。タイトルは「ALL for ALL」。

ラグビーでよく使われる言葉として「One for All、All for One」というのがあるのは知っていた。「ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために」もしくは「ひとりはみんなのために、みんなは一つの目的、勝利のために」と訳せるだろうか。ひとりひとりが自分の役割を果たし、みんなで勝利に向かっていく。どのポジションのメンバーが欠けても勝利にたどり着くことはできない。ひとりではできないスポーツ。仲間を信じ、思い切ってパスを投げ、点数につなげる。仲間への信頼がなければできないスポーツだ。そしてフィールドで得た信頼、友情は一生続く。著者も、私の兄もラグビーをやってきた。その仲間たちを見ていればよくわかる。なのにタイトルは「ALL for ALL」? みんなはみんなのため? と不思議に思いながらページを開くと一番先に、第一章に出てきた場所は、なんと秋田のど田舎! しかも時代は江戸時代。サンタクロースまで登場する。それだけ聞けば絶対にマッチするはずもないもののようだが、不思議と違和感は感じない。描かれた世界にすぅーっと自然に吸い込まれていくような気になる。古くささも感じない。第一章を読み終えるとむしろすがすがしい、斬新な気持ちになるのだ。

第二章は打って変わって現代、2015年、会社の命令でイギリスにまでワールドカップ観戦に来ているOL佳奈。佳奈は生まれて初めてラグビーの試合を見る。本書の読者の中には、ラグビーのルールもわからず観戦している佳奈を身近に感じる人も多いだろう。私もそのひとりだ。しかし佳奈は精いっぱい応援し、日本の勝利に大泣きし、各国のメディアがそれを捉え、「勝利の泣き女神」と脚光を浴びることになる。一般の女性がスターとなり、女神と呼ばれる姿に自分を重ね、ひょっとしたら、自分も何かの拍子に成長できるかもしれないと思う女性読者も多いのではないか。佳奈はどんどんラグビーにハマっていく。今日本でもそのような人々が増えているだろう。私もそのひとりだが。かつては身体の大きな男たちが土砂降りでも、どろんこになりながらぶつかり合う激しいスポーツ、ルールが難しいと敬遠されてきたスポーツだが、ラグビーにはなぜか内面から伝わる精神的な魅力があるに違いない。五郎丸歩ラグビー選手も「見返りを求めず、誰かのために無心で頑張るスポーツ」、「みんなで掴む勝利は、自分だけの幸せよりもはるかに大きい」と語っている。

第一章は秋田が舞台、第二章はイギリスと進んでいくと、「えっ? この先どうなっていくんだろう?」と早く全部読みたくなる。わくわくする。楽しい。一度中断すると先が気になって仕方がないのだ。

第三章は佳奈が秋田の極光神社を訪れる章。宮司の秋田弁、秋田の豊かな自然や暮らしのぬくもりが伝わってくる。木星旅行を目指す佳奈が夜空を見上げ、「あの光っている星が木星」と思っていたのが、実は火星。佳奈は「秋田の夜空って見慣れてないから星の配置が違うのね。」とつぶやく。

秋田弁も面白い。著者の前作「月光の奪還」でも秋田の風情が伝わるような秋田弁での会話がそのまま綴られているが、秋田弁、秋田の事情のわかる人の中には、吹き出して笑い、笑い過ぎて涙も出る人もいるかもしれない。わからない人でもサクサクと読めてしまうような描写である。

第四章では、サンタクロースが「人間がうらやましい」とつぶやく。サンタクロースが人間をうらやましく思うなんて聞いたこともない。しかし著者はサンタクロースにも繊細な感情、人間性を込めたのである。ある日、その場を救ったつもりの言葉や行いが、後々、めぐりめぐって当人を苦しめる。人生にはそんな、当初まったく思いもしなかった苦悩が訪れるときがある。そのようなサンタクロースの苦しみ、悲しみを佳奈が解決しようとする。

そしてラグビーワールドカップが開催。ラグビー選手、審判、スタッフ、サポーター、サンタクロース家族も観戦し、一体となる。国境、地球を超えた太陽系の頂上からすべての人々が関わるラグビーの試合が開かれる。

【読後感】

ラグビー、秋田、イギリス、サンタクロース。合うはずなどのないと思われるものを登場させ、組み合わせ、読者に違和感を持たせることもなく、小説の中に引き込ませる著者の力、技に感心する。外国を知り、長く外国に居ればいるほど、日本に戻ると、あまりもの違いに戸惑い、外国か日本、どちらかを否定したくなる人も多いと思うが、著者は素直に自然体で秋田とイギリスを登場させ、紹介し、江戸時代と現代を結び、人間とサンタクロース、地球と宇宙を結びつけたのである。まさに人類、時空を超える「ALL for ALL」!  登場人物が、それぞれに自分の持ち場を大切に日々を過ごしていることも、爽やかで、清々しい。そしていつも誰かが誰かのために生きている、世界平和ではなく、より大きな宇宙平和のようなものを描いた『作者独特の空間』に読者は吸い込まれてしまう。このような空間をテーマにできる作家はなかなか他にいないだろう。ファンタジー小説ではあるが、歴史小説、ミステリー小説、SF、女性心理小説、婚活物語、風物詩などあらゆるジャンルの要素を含み、読み終わるとすぅーっと爽快感、ほわっとした温かい気持ちになるのである。世界平和だけではなく、木星、太陽系を含む宇宙へのノーサイド精神、平和を願う著者の優しさ、心の広さ、陽気な人柄が伝わってくる小説である。

笑って、泣いて、すっきりしたい方、夢を抱きたい人には、うってつけの小説。でも電車の中では読まないほうがよいかもしれません。時空を超えた世界にどっと吸い込まれ、一人笑いしたり、泣いたり、吹き出しても自分では気づかず、周りの人たちに奇妙に思われるかもしれませんから。

(文:尾形淑子)

尾形淑子(おがたよしこ)プロフィール

秋田県出身
秋田県立秋田高校で著者と同期生
学生時代米国、メキシコ留学
現在、英語・スペイン語の通訳業
横浜市在住

 

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