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しあわせの「コツ」(第43回) 学びて思わざれば

by staff on 2020/7/10, 金曜日

第43回 学びて思わざれば

ハーバード大学の入り口

カルチャーcultureという単語はご存じのように「耕す」という意味ですが、「土を耕す」だけでなく、「脳みそを耕す」教養という意味でもあります。畑に深く鍬を入れて硬い土を掘り起こすように、頭の中に幾重にも交差する思考回路を作り上げ、柔軟で繊細な思考能力を養うーそれもまたcultureです。

今、日本のアグリカルチャー(農業)が危機に瀕しているのと同じくらい、日本のカルチャー(教養)も危機に瀕しています。これほど全国にカルチャースクールの類や進学塾がひしめく日本でカルチャーが危機に瀕しているのは、皮肉というほかはありませんが、一体なぜなのでしょう?

私は高校2年の時のエピソードを思い出します。

「一人でも勉強できるのに、なぜ大学に行く必要があるのですか?」

高校2年の秋、進学担当のT先生に質問しました。才気煥発の誉れ高いT先生は、「何当たり前のことを訊くのだ」と言わんばかりに即答しました。

「概念操作を学ぶためですよ。」

「概念操作?」
私のアタマは、フリーズしました。目を白黒させている私の方に向き直ってT先生はこう続けたのです。

「知識の習得だけだったら、独学でもできます。大事なのはその知識を組み合わせ、組み立てて自分の考えを創り出すことなんですよ。学問の方法というものは、独学ではなかなか身につくものではありません。やはり専門家について学ばないと。それを学びに行くために大学に行くのです。」

先生は、「概念操作」ができなければ、抽象度の高い論文を理解したり、自説を展開する論文をきちんと書くことはできない、あなたが本当に学問を志すなら、大学に行きなさい、と諭されました。

私はT先生の言葉に衝撃を受け、自分が学問を「知識の集積」としてしか見てなかったことが恥ずかしくなりました。T先生は獲得した知識を生かすには思考を組み立てる方法を知る必要がある、と教えてくれたのです。

最近の〇×式のテストでそうした思考能力がチェックできるのかどうかは、はなはだ疑問ですが、発達心理学的には成長期に物事をきちんと考える方法やロジックというものを学ばないと、成長後の学びが困難になるそうです。要するに「考える習慣」が身につかないまま大人になってしまうのです。

T先生は、そんな大人にならないように、私にアドバイスしてくれたのだと思います。

大学のゼミ風景

国立情報学研究所教授の新井紀子さんは、「AI vs 教科書が読めない子どもたち」(2019年ビジネス書大賞受賞)で、こんなことを書いています。

「基本の読みとか論理的推論ができない子は、いくら知識を教えても、それを整合的に使えるようにならない」のだそうです。

つまり、小さい時から考える習慣や論理的なものの見方を身に着けていないと、いくらたくさんの知識を教えても、それを駆使して物事を洞察したり推論することはできない脳になってしまうというのです。

     
  新井紀子さん   「AI vs 教科書が読めない子どもたち」  

仮にそのまま大人になるとどういうことが起こるか。まず、新しいことが受け入れられない。体系的で深い思考が面倒臭くなる。論理的思考が苦手なので、自分と異なった意見に出会っても、冷静に反論できずに、罵詈雑言を使って全否定するか、見当違いのところでマウンティングしようとする。始末が悪いことに、正論で論破されると逆上したりします。

最近のネットでの炎上風景や様々な投稿を見るにつけ、私は新井さんの説に同感せざるを得ません。落ち着いた論旨の展開より、相手を貶める文言の応酬は読むに堪えません。

特に今日のようにフェイクニュースやデマが横行する時代には、自分の思考法や独自の観点を持っていないと、情報の渦の中で翻弄され、真実にたどり着けないのです。

学びて思わざれば即ち罔(くら)し 思いて学ばざれば即ち危うし

「論語」にもあるように、知識ばかり学んでも思考しなければ学んだ知識を生かすことはできません。もちろん思考するばかりで知識を学ばなければ賢明な判断はできません。

孔子像

何事も「バランス感覚」が大事ですが、今は知識偏重の時代ですので、「考える」方に少しばかりシフトしていくぐらいがちょうど良いのではないでしょうか。

筆者紹介

 
本 名 田尻 成美 (たじり しげみ)
略 歴 著述家・都市拡業株式会社取締役
著書 「しあわせのコツ」(幻冬舎)
主な訳書「都市革命」(H・ルフェーブル著 晶文社)、
「空間と政治」(H・ルフェーブル著 晶文社)、
「文体論序説」(M・リファテール著 朝日出版社)
比較文化的視点から、日常の出来事をユーモアを交えて考察していきます。
著 書 「しあわせのコツ」(幻冬舎)



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「おかあさんの灯り」(幻冬舎)



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