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しあわせの「コツ」(第45回) 「背中」は語る

by staff on 2020/9/10, 木曜日

第45回 「背中」は語る

イザベラ・バード

明治初期の日本を旅した英国人の紀行作家イザベラ・バードは、日本人の体つきについて、「胸がくぼんでいる」のが特徴だと言っています。「胸がくぼんでいる」- それは、やせているのにお腹がぽこんと出て、やや猫背で胸がペタンコ、という典型的な日本人体型のことにほかなりません。

現在、この体型は多くの日本人にとってコンプレックスでしかありませんが、武道やスポーツ、あるいは匠の道を究めた人にとっては、洋の東西を問わずこの体型こそ理想的なパフォーマンスを成し遂げる奥義だといいます。

腹筋を緩め、腸腰筋などのインナーマッスルで姿勢を保ち、肩甲骨を開いて(僧帽筋でなく)板状筋で首を支える。そうすると、背中がすこし丸くなり猫背になります。大仏をイメージしてください。この姿勢で腹式呼吸をすると、横隔膜が下がり、腹壁が前に押し出され、お腹がみぞおちからグッと膨らみます。

鎌倉の大仏。少し猫背でいらっしゃる。

古武術は、この大仏さまのような体勢にならないと技がかけられないそうです。「千日回峰行」を成し遂げられた大阿闍梨も、160センチほどの小柄な方ですが、お臍周辺がどっしりと太く、まさに大仏様のような体型でいらっしゃるとか。

300年間に二人しか達成者がいない
「千日回峰行」に臨まれた塩沼亮潤大阿闍梨

現代でも、テニスの錦織選手は、腹筋の緊張がなく、横隔膜がちゃんと下がり、内臓や体幹部の筋肉に余計な負担がかかっていない身体をしているそうです。
また、首相経験者クラスの大物政治家の施術経験があるマッサージ師の話だと「一流の政治家はみな腹が柔らかい」そうです。腹筋が緩んでいるのですね。中にはズボッと奥まで手が入るほどの人もいるとか。エゴがあるとみぞおちは固くなる、とそのマッサージ師は言います。私利私欲を捨てた政治家かどうかは、体が教えてくれるというわけです。

猫背も日本人の特徴といわれます。
浮世絵を見るとどれも首が前に出ています。江戸時代まで日本人はそういう体つきだったのでしょう。頭と首を支えるための板状筋を使うと自然とこういう位置に頭が来ます。この時、広背筋や肩甲骨周りの菱形筋もゆるみ、やや猫背気味の姿勢になります。

東洲斎写楽の首絵。当時の浮世絵はどれも首が前に出ている

肩が凝るのは、本来頭と首を支えるための筋肉であるインナーマッスルの板状筋を使わず、僧帽筋で首を支えるからだそうです。僧帽筋は肩甲骨を動かすための筋肉ですからそれを首を動かすためにも使うとなると、大変な負荷がかかり、肩が凝るというわけです。現在「良い」とされている「まっすぐな姿勢」を保つために、私たちは体に負担のかかる筋肉の使い方をしているのですね。

「身体意識」という点でも、日本人の背中と腹の認識は、西洋とは逆です。今、私たちは背中が裏で腹が表となんとなく思っていますが、本来の日本的な感覚では背中が表、腹が裏となります。おそらく明治以降の怒涛のような西洋文明の流入と同時にその基盤にある考え方が浸透し、いつの間にか入れ替わってしまったのでしょう。

日本人にとって「背中が表」というのは、刺青を見ると分かります。別に背中の面積が広いからではありません。「背中は体の表」だからなのです。「背中で泣いてる唐獅子牡丹」というフレーズで有名な東映任侠シリーズを挙げるまでもなく、弁天小僧や遠山の金さんなど、日本の名だたる刺青ホルダーはみな背中に彫っています。自分には見えない背中が一番豪華な図柄になっているのです。

高倉健 『唐獅子牡丹』より。

ちなみに外国のラッパーたちのタトゥーは、ほとんど胸側(大胸筋上)に彫られています。彼らにとって人に見せたい「表」は、胸側なのです。以前ハワイで出会った新婚の警察官は敬虔なクリスチャンで、両肩から腕にかけてびっしり聖書の物語のタトゥーをしていましたが、背中は真っ白でした。これも身体意識の違いです。西洋人にとって、背中はあくまで見せる側ではなく、「裏側」(まさにback)なのだと思いました。

帯も結び目は背中に作ります。豪華な「ふくら雀」結びも、自分では見ることができません。それにもかかわらず帯にしても刺青にしても、法被にしても、外に対して見せつけるように背中を飾ります。西洋のドレスは前面をレースや宝石で飾りますが、背面はいたってシンプルです。身体意識の違いが衣服にも表れていますね。

背中がメインの帯締めと法被

鍼灸では背中が陽、腹が陰になっており、主なツボは背中に集中しています。
肝臓、腎臓など大事な臓器も、背中側からマッサージすることができます。ここでもやはりメインは背中なのです。

なぜ日本ではこれほど「背中」が重要視されてきたのでしょう?
思うに、農作業と関係があるのではないでしょうか。田植え、草取りなど重労働の農作業は、筋肉が正しく使えないと効率が悪いばかりか、不要なところに力がかかり、身体を壊してしまいます。とりわけ体の「幹」として重要なのが「背中」です。背中の感覚が鋭敏な人は感受性も鋭いそうです。現代でも、人の気配を背中で感じたり、風邪のひき始めは背中のゾクゾク感で察知します。

また、背中に本音が出ることもあります。楽しそうにはしゃいでいる人の背中に孤独の影が宿っていたり、愛想のよい人の背中に強烈な拒否感が漂っていたり、顔側からは察知できない本音が隠しようもなく背中に現れてしまいます。役者でもない限り、顔の表情は作ることができても背中の表情を作ることは難しいものです。だからこそ子供は「親の背中」を見て、親の本音を探ろうとするのでしょう。

現代の私たちは胸・腹側ばかりに意識が行きがちですが、実は自分の見えない背中にこそ本音が現れているのです。

日本人の「背中」意識が敏感だったのは、体の本音、心の本音を少しでも正確に受け止めようという意識の表れだったのではないでしょうか。

筆者紹介

 
本 名 田尻 成美 (たじり しげみ)
略 歴 著述家・都市拡業株式会社取締役
著書 「しあわせのコツ」(幻冬舎)
主な訳書「都市革命」(H・ルフェーブル著 晶文社)、
「空間と政治」(H・ルフェーブル著 晶文社)、
「文体論序説」(M・リファテール著 朝日出版社)
比較文化的視点から、日常の出来事をユーモアを交えて考察していきます。
著 書 「しあわせのコツ」(幻冬舎)



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