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しあわせの「コツ」(第57回) 息、生き生きと

by staff on 2021/9/10, 金曜日

第57回 息、生き生きと

人気ボーカロイド 初音ミク

音楽がデジタル化して久しいですが、今はさらにボーカロイド(略してボカロ)が大きな市場を形成しています。ボカロとは、2003年にヤマハが開発した音声合成技術で、サンプリングされた人の声を元にして歌声を合成したものです。声に合わせたキャラクターも大勢誕生し、初音ミクやGUMIなど、生身の人間並みかそれ以上に人気を博しているキャラクターもいます。

私がボカロに関心を持ったのは、2014年の「佐世保女子高校生殺害事件」がきっかけでした。被害者と加害者の共通の趣味としてボカロが挙げられていたのです。ともにGUMIというボカロのファンだった二人の間にはトラブルらしいものはなかったといいます。陰惨な事件とボカロがどうしても結びつかず、「ボカロには、人の心にネガティブな影響を与える何かがあるのだろうか」と、漠然と考えながら、you tubeの動画を見ていた時、人間の声とボカロとの決定的な違いに「はた」と気が付いたのです。

「ボカロには息継ぎがない!」
機械で合成された音声ですから、「休止」はあっても「息継ぎ」がないのは当たり前です。何を今更、と思うかもしれませんが、同じ歌でも、人間のボーカルとボカロでは聴く人に与える影響が根本的に違うのです。

少しでも歌を習った人ならご存じでしょうけれど、歌にとって「息継ぎ」はとても大事な要素です。声を出す、というより、吐く息に自然と声が乗るようになるのは意外に大変で、腹式呼吸をきちんとできていなければいけません。CDでさえ、録音された歌には歌い手の息使いが感じられ、実際に息を吸う音が入っている場合もあります。

けれども、ロボットであるボカロは息をしません。ボカロの歌は「機械の音」であって、「人間の歌」ではないのです。機械音ばかりを聴いているうちに、人の気持ちを思いやれない、共感性に乏しい人間に育っていくことは十分に考えられることではないでしょうか。

佐世保事件の当事者たちも、ボカロではなく人間の歌手のファンだったら、こんな悲惨な事件にならなかったのではないか、とさえ思ってしまいます。

どんな生命体でも、「呼吸」をしています。人間は酸素を吸って炭酸ガスを吐き出しますが、植物は光合成で炭酸ガスを吸って酸素を排出します。呼吸は、生きている証なのです。

人間の呼吸、植物の呼吸

しかし、デジタル世界のボカロには呼吸はありません。どこにも「息遣い」がないのです。「息をしていない」=「生きていない」のです。どれほど名曲であろうと、ボカロは「声」ではなく、「機械音」に過ぎないのです。そこに生命はありません。この決定的な違いは、ボカロだけでなく、バーチャルな世界全体に言えることではないでしょうか。

ボカロは機械による合成音なので、幼い少女の音程のブレまでそれらしく再現できてしまいます。その音声に可愛らしいキャラクターがつけられ、2次元だけでなく、3次元映像でも「体験」できるようになれば、バーチャルと現実の境が曖昧になっていくのは時間の問題でしょう。実際、ホログラムの初音ミクに恋をして、結婚式まで挙げた方もいます。

2018年、初音ミクと結婚式を挙げた近藤顕彦さん。
40人の知人を招待して行われた式の費用は約200万円だったそうです。

ボカロを知ることで、人間が自らバーチャルの世界の住人になってしまったのです。毎朝優しい言葉で起こしてくれるホログラムの妻は、きっと従順で、夫の思い通りになる女性(?)でしょう。でも、生身の人間はそうはいきません。たまには喧嘩もするでしょうし、顔も見たくない日もあるかもしれません。その都度感情をぶつけていては、結婚生活はすぐ破綻してしまいます。私たちは、そこで感情のコントロールを学び合っていくのです。

 

デジタルな世界では、負けそうなゲームでも電源を切ればたちどころにリセットできます。息のない世界、すなわち生命のない世界に慣れてしまうと、生身の人間にもそういう感覚で向かうようになるでしょう。しかし、リアルな世界ではそう簡単にはリセットできません。悪意ある言葉はいつまでも心に残り、陰湿ないじめは一晩寝たくらいでは簡単にリセットされるわけではないのです。

子供たちの主な遊びが外遊びからゲームに変わっていくのに呼応するかのように、陰湿ないじめも増えているのです。

ネットいじめの増加グラフ  一般社団法人ネット削除協会
https://sakujo.or.jp/the-number-of-cyber-bullying/

まるで「息の通わない」世界が、生きて息するリアルな世界を征服したかのようですね。大人も子供も、匿名の誹謗中傷に傷つき、中には自ら命を絶ってしまう人もいます。

 

もう一度考え直してみませんか。
私たちは一刻も息しないで生きていくことはできません。生きることは「息する」ことなのです。しかも、「息」は今しかできないのです。過去を呼吸することも、未来を呼吸することもできません。今、この時を呼吸することしかできないのです。

誰かが過去のあなたをあれこれ言ったとしても、「その時のあなた」はもう存在していません。ゼロに何を掛けてもゼロであるように、既に存在しない自分のことを悪く言われても、現在のあなたはびくともしいないはずです。もし、過去のことを言われて傷つくとしたら、それはあなたがリアルとバーチャルの境目を曖昧にしている、ということなのです。

再びボカロの話に戻りますと、「音」でしかないボカロは、「言霊」が響きません。「音」としてのバイブレーションはありますが、呼吸=息によって再現される母音の響きがないのです。

言霊は「母音」を響かせることで生まれます。k,n,m,t,q, といった子音には響きがありませんが、a,o,u,e,I, という母音と結びつくことによって、kaやnoなどという響きのある音になります。

ちなみに言霊学ではa,o,u,e,I, は母音ですが、k,n,m,t,q, という(英語では子音と呼ばれる)音を「父音(ふいん)」といい、二つが結びついて生まれるkaやnoなどを「子音」と呼びます。

こうして日本語では、音も宇宙万物と同じように父と母の結びつきによって子が生まれると考えるのです。

皆さんは宮中の歌会始の中継をご覧になったことがありますか?

令和三年歌会始の儀
UTAKAI HAJIME – The Annual New Year’s ‘Tanka’ Poetry Ceremonial Party at The Imperial Palace in Reiwa 3
Articles | Art + Culture
art-culture.world

まず、講師という役目の人が、一字一句を正確に読み上げます。続いて講頌(こうしょう)と呼ばれる4人が節を付けてゆっくり唱和します。

例えば、「海」なら「う~み~」というように、母音を長く響かせるのです。ですから一首詠みあげるのにとても時間がかかります。

何故そんな詠みあげ方をするのでしょう? ―「言霊」を響かせるためです。ではなぜ「言霊」を響かせるのでしょう? ―それは、日本語が単なる意思疎通のための記号言語ではなく、宇宙に遍在する「エネルギー」を交換するための手段だからです。

つまり、良いエネルギーを与え合うことでお互いが元気に、幸せになっていくための手段が日本語という言語なのです。そいう意味では「祝詞」は言霊の塊であり、日本語の最高形態だといえましょう。

日本語の表現はあいまいで非論理的だ、と西欧語と比較してよく言われますが、私に言わせれば、「そんなことは当たり前」です。たとえば「おはよう」という挨拶一つとってもそうです。それは「朝早いですね」というメッセージではなく、相手に良いエネルギーを送る手段としてあいさつというスタイルをとっているだけなのです。「いただきます」という言葉も、目の前の食べ物に良いエネルギーを振りかけているのです。決して、何かの意味を論理的に伝えようとしているわけではありません。

「いただきます」は食べ物を祝福する言葉

良いエネルギーをやり取りするための手段。それが日本語という言語であり、言語は言霊であり、言霊は母音によって響くのです。そして母音を響かせるためには、しっかり呼吸をして息を吐かなくてはなりません。ボカロでは言霊は響かないのです。

劇団四季では、「言葉を母音だけで発音する」という訓練があります。「おはようございます」なら「おあおうおあいあう」と、声に出していうのです。ちょっとやってみると分かりますが、母音だけの発音は、腹から息を吐き、しっかり口を開け、滑舌に気を付けないと伝わりません。

こうして劇団員は言霊が響き渡る台詞が言えるようにみっちりと仕込まれます。日本語の本質は言霊であることを知り抜いた、浅利慶太さんならではの優れた俳優育成法だと思います。

母音だけで歌を歌う訓練をする劇団四季の団員たち

言霊は、音声レベルだけでなく、文字のレベルでも重要視されます。ゴミ箱を「護美箱」、「親不孝通り」を「親富幸通り」(博多)と書いたり、ネガティブな意味を打ち消すような漢字を使ったりします。また、「終わり」を「お開き」、「するめ」を「あたりめ」と、真逆の言葉で言い換えたりします。

バーチャルな世界でのやり取りが盛んな現代社会ですが、そこでの交流には「機械音」はあっても、言霊が響く肉声がありません。SNSでのいじめや炎上なども、もし言霊が響く肉声だったら、そこまでひどいことにはならなかっただろうと思います。

歌でも、音読でも、なんでもかまいません。幸あれと願う言霊が響く日本語を、生活の中に取り戻そうではありませんか。これこそが、誰でも気軽にできる本当の意味での平和運動ではないでしょうか。

筆者紹介

 
本 名 田尻 成美 (たじり しげみ)
略 歴 著述家・都市拡業株式会社取締役
著書 「しあわせのコツ」(幻冬舎)
主な訳書「都市革命」(H・ルフェーブル著 晶文社)、
「空間と政治」(H・ルフェーブル著 晶文社)、
「文体論序説」(M・リファテール著 朝日出版社)
比較文化的視点から、日常の出来事をユーモアを交えて考察していきます。
著 書 「しあわせのコツ」(幻冬舎)



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