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しあわせの「コツ」(第58回) 「本物」とは?

by staff on 2021/10/10, 日曜日

第58回 「本物」とは?

10.29カラットのダイヤモンドリング。Dカラーの最高級クオリティ。
価格は非公表だが、2億円は下らないと言われている。
ハリーウィンストン所蔵

昭和天皇にまつわるエピソードは沢山ありますが、中でも私が好きなエピソードの一つをご紹介します。

時は昭和58年、インドネシアのスカルノ大統領を国賓としてお迎えした宮中晩餐会でのことです。佐藤内閣で参議院議長をされていた重宗雄三氏は、ご夫妻で晩餐会に招待されました。

晩餐会に出かける間際、雄三氏は奥様の服装が地味なので、「もっとパァッと華やかにしたら」と、注文をつけましたが、着替える時間もない奥様は、困ってしまいました。すると、雄三氏は、ふと考えて、「この間貰ったあのデカいのをつけていけ」と言うのです。それは、孫からの誕生日プレゼントのガラス玉の指輪のことでした。

「でも、あなた、あれはガラス玉ですよ」

「かまわん、いいよ、はめていけ。まさかあの席上で、天下の参議院議長の奥様がガラス玉をはめているなんて、だれも思わんだろう」

重宗夫人は素直な方だったので、ご主人の言う通りガラス玉の指輪をつけて出かけました。

重宗雄三氏

さて、宮中晩餐会が始まりました。重宗夫妻のお席は、メインテーブルで陛下のはす向かいでした。豪華なシャンデリアの光に、重宗夫人の大きなガラスの指輪はひときわピカッと輝き、人目を惹いています。けれども、夫人は指輪が光れば光るほど恥ずかしくてたまらず、小さくなっていました。

この指輪が余りにも光るので、そのうち天皇陛下が身を乗り出されて重宗夫人の指輪をじーっと見つめはじめました。奥様は、もう何とも言えない恥ずかしい気持ちになり、小さくなって食事をされたそうです。

やがて会はお開きになりました。夫人が誰かと歓談していると、陛下がお近くにいらっしゃったのです。恐縮して「本日はお招きありがとうございました」と最敬礼し、しばらくして頭を上げると、陛下は例の指輪をまじまじと見つめているではありませんか。そして奥様にこう言われたのです。

「重宗さん、先ほど食事の時に、非常に光ったものだから、よく見たらあなたの見事なダイヤでした。あの見事なダイヤをそばでゆっくり拝見させてください」

奥様は緊張しました。
(天皇陛下というお方様は絶対に誤魔化すことができないお方様。どうしても嘘は言えない。)
そう思った奥様は意を決して、小さな声で陛下のお耳元に近づいてこう申し上げました。

「陛下、誠にお恥ずかしいことでございますが、実を申しますとこれはダイヤではありません。これはダイヤのニセモノでございます」

「これ、ニセモノですか!」
と、陛下が驚かれて大きなお声を出されました。

奥様は慌ててしまい、冷や汗が出てきました。
「はい、これはダイヤのニセモノ。ガラス玉でございます」

陛下はしばらくじっと指輪をご覧になっていらっしゃいました。そして・・・

「重宗さん、本物じゃありませんか」と仰ったのです。

「違うんです。これはダイヤじゃないんでございます。ガラス玉でございます」と、夫人が重ねて申し上げると、陛下はお笑いになってこう仰いました。

「あなた、本物じゃありませんか。これねぇ、ガラスの本物でしょう」

重宗夫人は思わず胸を衝かれました。

(ああ、素晴らしいなぁ。本物だけを生きてこられたお方は、本物だけを見られるのだなぁ)と、深く感動されたそうです。

華やかな宮中晩餐会 昭和61年、チャールズ英皇太子夫妻来日時の晩餐会にて

「ガラスの本物」―
陛下にとって、いわゆるニセモノは存在しないのです。ニセモノとは、何かと比較対照するときに出てくる概念です。重宗夫人は「自分はニセモノのダイヤの指輪をつけている」という意識があったため、指輪が光れば光るほど恥ずかしくて仕方がなかった、と仰っています。

もし、本物のダイヤだったら、逆に光れば光るほど誇らしい気持ちになったことでしょう。内面に「比較」の心があったために、自分の持ち物をニセモノと認定し、卑屈な気持ちになっていたのでした。

しかし、陛下は「物そのもの」だけをご覧になっていたのです。
まばゆくカットされたガラス玉がそこにあるなら、その輝きの美しさだけを純粋に愛でればいいのです。なぜ、わざわざそこにないダイヤを引き合いに出して、目の前の美しいガラスを貶める必要があるのでしょう。

陛下の「本物」を愛する姿勢は筋金入りです。

1975年、陛下がアメリカを訪問された時、ディズニーランドで、ウォルト・ディズニー氏からミッキーマウスの絵柄入りの時計をプレゼントされました。
この腕時計は、金型製法による大量生産を世界ではじめて行ったインガーソル社が製造したもので、ファーストモデルを忠実に再現したリモデル版だそうです。

昭和天皇に贈られたものと同じ腕時計

陛下はこの腕時計を大変気に入られ、ご公務でも身に着けておられました。
普通の常識で考えれば、陛下ほどのお方なら、国産でも外国製でも、最高級の腕時計をお付けになって何の不思議もありません。けれども、陛下はこのミッキーマウスの腕時計を選ばれ、いつも愛用されていたのです。

そのため、1979年に時計が動かなくなったときは大騒ぎとなり、宮内庁の担当者が、止まった時計をアメリカの時計に詳しい東京の専門家に慌てて持ち込みました。このことは、当時のタイム誌(1979年9月18日号)でも記事となり、「国家的な心配事」となりましたが、幸い電池交換だけで済んだそうです。

1981年、三洋電機が太陽電池式の腕時計を献上するまで、陛下はずっとミッキーマウスの時計を愛用されていました。

このミッキーマウスの腕時計は、1989年、陛下の崩御に伴い、ご遺体とともに棺の中に収められました。世間一般の価値基準ではない、自分だけの「本物」を愛しきった陛下の深い愛が感じられて、思わず涙が出てきます。

昭和天皇大喪の礼
この中の棺に、ミッキーマウスの時計も入っているのです…。

私たちが「優劣」や「比較」を問題にする価値観から自由になり、自分の価値観に自信を持つようになれば、世の中には「本物」しかないことに気づくのではないでしょうか。

筆者紹介

 
本 名 田尻 成美 (たじり しげみ)
略 歴 著述家・都市拡業株式会社取締役
著書 「しあわせのコツ」(幻冬舎)
主な訳書「都市革命」(H・ルフェーブル著 晶文社)、
「空間と政治」(H・ルフェーブル著 晶文社)、
「文体論序説」(M・リファテール著 朝日出版社)
比較文化的視点から、日常の出来事をユーモアを交えて考察していきます。
著 書 「しあわせのコツ」(幻冬舎)



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