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しあわせの「コツ」(第60回) 「音楽」の源流

by staff on 2021/12/10, 金曜日

第60回 「音楽」の源流

 

ドーン、ドーンと、神社の境内に入った途端、太鼓の音が聞こえてくると、何だか神様から歓迎されているようで、うれしいものです。ドンドン、パチパチ、ピッピッ、といった「パルス音」は、昔から日本では浄化のはたらきがあると考えられてきました。境内に鳴り響く祈祷の太鼓は、まさにその代表といえましょう。参拝者の柏手の音も、自分と周囲を清める意味があるのです。

国際気能法研究所所長の秋山眞人さんは、葬儀の時に、普通の人には見えませんが、棺にスライムのようなネバネバしたものが張り付いているのをよく見るといいます。それは亡くなった方の「この世への執着」や「情念」といったものらしいのですが、不思議なことに僧侶がポクポクと規則的なテンポで木魚をたたき始めると、そのネバネバしたものがどこかへ吸い込まれるようにスーッと消えていくそうです。

パルスのような規則的な音には浄化の力がある、と秋山さんは言っています。

「源氏物語」にも出てきますが、平安時代には弓の弦を指ではじいたり、棒で叩いたりして、ビン、ビン、ビンとパルス音を出して、貴人の魔除けをしていました。源頼朝の嫡男が誕生した時も、重臣が「鳴弦(めいげん)の儀」を執り行ったという記録もあります。

現代でも「神行事」として残る鳴弦の儀 鶴岡八幡宮

昔の日本人は、弓の弦が発するパルス音が天界と地上界の境界を開いて神々しいエネルギーをこの世に降ろし、禍々しいエネルギーを追い払うと考えたのです。縄文時代の遺跡からも弓が出土していますが、それも武器ではなく、こうした呪術的な意味合いで用いられたと思われます。たとえば、鳥取県の青谷横木遺跡から出土した弓は、全体が漆で塗られた丁寧な作りで、その秀麗な姿はとても狩りに使われたものとは思われません。鳴弦のような儀式に使われたものなのでしょう。

青谷横木遺跡から出土した弓 全長134.7cm

時が進むと、鳴弦は箱の上に弓を置き、箱が共鳴装置となって弦の音が大きく聞こえるように工夫されていきます。ギターやバイオリンと同じ原理ですね。

ところで、なぜ太鼓や弓の弦の音が好まれたのでしょう。
その理由は、「倍音」にあります。太鼓や弦の音は、フルートの様に澄んだ音色ではなく、倍音の多い複雑な音です。自然界には純粋な音はなく、すべて複雑な倍音が無限に組み合わさっています。太古の日本人は、この自然界の音にできるだけ近い音を再現し、さらにそれをパルス化することで奏者が変性意識になり、天上界とつながれると考えたのでした。

「音のパルス化による変性意識化」―それは根拠のないことではありません。現代でも、ヘミシンクやソルフェジオ周波数の音楽を聴くことで変性意識状態になることは実証されています。

現代の私たちは「音楽」というと、聴き手を想定したパフォーマンスを考えますが、昔の日本では違いました。道具を使って音を出すのは、「神とつながるため」なのです。強いて聴き手を想定するなら「神が聴き手」なのです。三波春夫さんが「お客様は神様です」と言っていましたが、まさに器楽でも歌でも、すべては神様に捧げるものだったのです。

三波春夫さん

また、日本の音楽には原則として西洋音楽のような「合奏」や「合唱」はありません。というより、「できない」と言った方が正確でしょう。なぜなら、西洋の様に共通の音階を皆で再現する、ということがないからです。上述のように、楽器は曲を演奏するためのものではなく、神とつながるための道具だったので、倍音の多い、それも耳に聞こえないような高次倍音を含む音を、神に対して奏でることが重要だったからです。

そのような音を出すために、現代の私たちから見れば「音痴の笛」(笑)まで作り出してしまいました。能で使われる能管がそれです。能管は、中国から渡来した龍笛を「壊して」中に竹の棒を差し込み、わざと音程を狂わせています。その方が豊かな高次倍音が出るからです。

煤竹製の能管

龍笛は調律されてきちんと一オクターブが出るようになっていますが、能管は調律がずれるようになっており、しかも一本一本笛によって音が違うのです。ですからハーモニーを作ることができません。能楽を見ればお分かりの様に、能管の他には打楽器、そして謡いと、それぞれが独立しており、ミュージカルのようなハーモニーはありません。

尺八でも篠笛でも、日本の笛はみな、高次倍音が豊かに出る大変ハスキーな音色です。尺八などは、今でこそ演奏会がありますが、本来は人に聴かせるものではなく、悟りを開き、宇宙と一体化するための「法器」であって、「楽器」ではないのです。

スピリチュアルブームの今、SNSでは「宇宙と一体になる」ワークが沢山出回っていますが、古の日本人にとって宇宙との一体化が心身の健康と魂の浄化に不可欠であることは当たり前であり、日常の至る所にそのための実践が組み込まれていました。

そんな私たちのご先祖にとって、人間の「声」もまた、倍音の多い声が好まれていました。義太夫を聴くとお分かりの様に、潰れたような、絞り出すような声で語ります。西洋音楽の耳で聞けば「悪声」としか言えないのですが、その声を出すために太夫たちは喉から血を出すほどに、文字通り声帯を潰してしまうのです。浪曲もそうです。日本人は、ちょっと潰れたような「ダミ声」を心地よいと思うのです。

「ダミ声」とまでいかなくても、日本人はハスキーボイスが好きです。歌手でも森進一さんや、亡くなった青江三奈さん、最近では宇多田ヒカルさん、スガシカオさんなど、ハスキーな声の持ち主が根強い人気を集めています。明石家さんまさんが長年第一線で活躍しているのも、あのしわがれたような声が意外に好感度を支えているのかもしれませんね。最近では、南海キャンディーズの山ちゃん、こと山里亮太さんも、日本人の好きそうなハスキーボイスです。

ハスキーボイスの芸能人 左:宇多田ヒカル 右:明石家さんま

倍音を含む声が、日本人好みであることは分かりました。では、「音」のところで述べた「パルス化」は、「声」の場合どのように現れるのでしょうか?
それは民謡を聴くと分かります。「こぶし」という独特の「母音の揺らぎ」が、「パルス音」の代わりをしているのです。

声の場合、さすがに「あ、あ、あ」とプツプツ切っては歌になりません。そこで「切らずに切る」歌い方をするのです。民謡で「はぁ~あ~あ~」とか、「ええ~え~え~」と音を揺らして強弱を付けながら母音を長く伸ばす歌い方をします。音を強く発音する箇所と母音を伸ばす部分の落差が、パルス音の代わりになるのです。演歌でもこの歌い方は良く使われるので、この時の歌手の顔をよく見てください。何とも気持ちよさそうに歌っていますよ。

実は、「こぶし回し」は、聴く方よりも歌っている方が気持ちよく、恍惚としてしまうのです。昔はこの歌い方が神と一体化する方法の一つと言われていたのも頷けます。

そういえば、西洋音楽の源流と言われる「グレゴリア聖歌」も、「ああ~ああ~ああ~」のように、母音を長く伸ばして音を揺らす歌い方をします。こちらは「メリスマ」という、一つの音節に対して複数の音符で歌う西洋の歌唱法ですが、古代ギリシャでは「神とつながる」発声法と考えられていたものです。

2017年12月1日、東京でミラノ大聖堂聖歌隊と真言宗の声明がコラボしました。
ともに1000年以上の歴史ある宗教音楽。

洋の東西を問わず、古代では楽器を奏でたり、歌を歌うことが神とつながる手段であり、神聖な行為と考えられていたことは、大変興味深いことです。

「音の揺らぎ」。それは、日本では「こぶし」として、西洋では「メリスマ」として、母音を揺らしながら長く伸ばして発声することで行われてきました。
西洋音楽には、さらにハミングという方法があります。ハミングは、骨と内臓全体を振動させ、脳に高い倍音を送りこみます。私たちも考え込むとき、思わず「ん~」とハミングをして脳を活性化させていますね。ハミングは心と体の双方に良い効果があるのです。

それついては、面白いエピソードがあります。
1960年代の始め、フランスのベネディクト会の修道院で、修道士の日課の一つである「聖歌」が、忙しい修道士の日課を少しでも減らしてゆとりが生まれるように、との目的で廃止されました。ところが、日課の聖歌が廃止されると、修道士たちの体調は突然悪化し始めたのです。病気がちで聴力も落ち、とにかく疲れやすくなったのでした。最初は栄養失調かと思われ、食事が改善されましたが、一向に事態は変わりません。

『聖ベネディクトゥス戒律』に則った修道院の食事。パンは一日約300g、飲み物は一日約0.75ℓ。パンの他にはおかず2品、野菜、果物。飲み物は、ワインかピグメントゥム(はちみつ入りワイン)、はちみつ酒やビールでした。

そこで、もしかしたら「聖歌の廃止」が原因かもしれないということで、試しに「聖歌」を復活させてみました。するとどうでしょう。倍音豊かなハミングを多用する聖歌を再び日課として歌うようになって9か月も経たないうちに、修道士全員の体調が回復したのです。

音楽が単なる娯楽ではない、ということが分かる話です。音楽は、神とつながって天界のエネルギーをもらう方法であるばかりでなく、音による振動で心身の健康にも役立つのです。どこの国でも「労働歌」があるように、倍音の豊かな音や声が、天地のエネルギーを召喚して活性化し、心身も快活になっていくということを、人間は本能的に知っているのです。

最近のデジタル音源が20kHz以上の音をカットしているため、私たちは残念ながら音楽を通して心身に良い効果をもたらす倍音域に触れる機会が減っています。そんな状況ではありますが、少しでも生の演奏に触れ、大自然の音に身も心も傾けて、「音楽」の本来のはたらきを思い出していくようにしましょう。

筆者紹介

 
本 名 田尻 成美 (たじり しげみ)
略 歴 著述家・都市拡業株式会社取締役
著書 「しあわせのコツ」(幻冬舎)
主な訳書「都市革命」(H・ルフェーブル著 晶文社)、
「空間と政治」(H・ルフェーブル著 晶文社)、
「文体論序説」(M・リファテール著 朝日出版社)
比較文化的視点から、日常の出来事をユーモアを交えて考察していきます。
著 書 「しあわせのコツ」(幻冬舎)



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