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しあわせの「コツ」(第61回) スピリチュアル大国 日本

by staff on 2022/1/10, 月曜日

第61回 スピリチュアル大国 日本

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

お正月の食べ物と言えば「おせち料理」。最近は家で作るより、デパートや老舗の料亭による豪華版を注文する方が多いようです。時代は変わってもおせち料理が求められるのは、具材に込められた意味を日本人がどこかで大切にしているからではないでしょうか。

黒豆…まめまめしく健康で働けるようにとの願いを込めて

昆布巻…「よろこぶ」の語呂合わせ

栗きんとん…武士が勝負運を願って勝ち栗を用いていたことと、色が金色で宝物のようなので、豊かな年になるようにとの願いを込めて

数の子…ニシン(二親)から大勢の子供が生まれるという言葉をかけて、子孫繁栄を願う

田作り…五穀豊穣の意味合いを込めて

鯛…「めでたい」の語呂合わせ

と、一の重から三の重まで、ぎっしり詰まった品目にはそれぞれ意味が込められています(全部挙げるときりがないのでこの辺にしておきますが)。けれども、おせち料理の食材に幸福を招いたり、財宝を呼び込む力が実際に備わっているわけではありません。語呂合わせで、そうした福々しいイメージを喚起しているのです。

面白いことに、言葉の意味は最初の意味より二番目の意味や解釈の方が潜在意識に落とし込まれやすい傾向があります。その理由はまだ解明されていませんが、第一義的な意味は顕在意識に留まるのに対し、同音異義の別の単語が二番目の意味として、潜在意識に刻み込まれるのです。

どういうことかというと、たとえば、鯛は「おめでたい」という語呂合わせによって、魚としての鯛という意味より「おめでたい」という意味の方が強く潜在意識に刻まれます。

鯛 → おめでたい → おめで鯛と、
駄じゃれになっている

また、悪い連想を喚起する言葉の場合、あえて正反対の言葉に置き換えてしまうという荒業もやっています。

たとえば、「するめ」は江戸時代中期頃から、するめの「する」という部分が財布やお金を盗む意味の「金を掏る」や、賭け事などで「金を擦る(使い果たす)」という語感に通じているため、「する」の部分を正反対の「あたり」に言い換えて、「あたりめ」という言葉が使われるようになりました。

このように、日本人は「禍(わざわい)を遠ざけ、幸運を呼び込む」ことを
意図的に生活習慣に落とし込んでいたのです。

縁起担ぎから生まれた「あたりめ」

こうした語呂合わせや駄じゃれは、実は単なる言葉遊びではなく、大変深い意味を持っています。

人間は、潜在意識の領域では同じ音や意味を持つものを無意識のうちに関連付ける癖があるので、日本人はその連想を良い方向にもっていこうとする傾向があるのです。何か不吉なことがあると、そこから発する連想を断ち切り、縁起の良い連想へと切り替えるために「鶴亀、鶴亀」と言ったりします。

言葉だけではありません。以前のコラムで、頚椎・胸椎・仙骨が一本の線となる正しい「お辞儀」は自分のエネルギーを相手に伝え、円滑なコミュニケーションがとりやすくなる仕草だとお伝えしましたが、お辞儀一つとっても、自分に悪いエネルギーが来ないよう、相手に自分の良いエネルギーが行くように仕組まれているのです。

手土産の「菓子折り」もそうです。
何気なく手渡している「菓子折り」ですが、実は怨念を受けない呪術的な意味が込められています。

 

甘味が貴重だった昔は、「菓子」は大変喜ばれ、相手を恨まなくさせる懐柔の意味がありました。「折り」は、本当に折った「折り符」を貼り付けました。
「お札」の元になった「折り符」は、もともと神や精霊が宿る呪術的な意味を持っており、折り方によって相手の悪いエネルギーを受けないように、防御の役割があったのです。菓子折りに使われる「水引」にも意味があります。用途によって結び方が違いますが、「結び」は「産霊(むすひ)」に通じ、霊的な力が宿ると考えられていたのです。

今でもお詫びに行くときに菓子折りを持っていくのは、こうした考えが基底にあるからなのでしょう。

このように、日本人は日々の生活の中で絶えずエネルギーのやり取りをしていました。西洋で「潜在意識」や「集団的無意識」が理論化されるはるか昔から、潜在意識を操っていたのです。

現代では様々な願望実現メソッドがありますが、面白いことにどれも日本人が昔から自然に行ってきた「潜在意識にはたらきかける」方法を提唱しています。何かを変えたいと思うなら、潜在意識を変えないといけないのです。「幸せになりたい、幸せになりたい」と大声で唱えるのではなく、余計なことを考えないで「幸せになったイメージ」を潜在意識に送り込めば、それはいつしか形になって現れる、というわけです。

ところが、幸せを願いながらも、雑念が沸いたり「叶わないのではないか」と否定的な感情が入っていては実現することはありません。ではどうしたらよいのでしょう?

現代のスピリチュアルなメソッドになくて、昔の日本人が当たり前に持ち合わせていた感性―それが「語呂合わせ」や「駄じゃれ」「当て字」などの「言葉遊び」を楽しむ感性であり、願望実現の近道なのです。

昔の日本人は、本当に伝えたいことを「駄じゃれ」など「言葉遊び」が喚起するもう一つの意味や同音異議の言葉に託して伝えていました。そうした言葉遊びに含まれるユーモアが、ネガティブな思いを吹き飛ばして心を和ませ、本当に伝えたい意味がスムーズに伝わるのです。和歌の掛詞や枕詞なども、字面の意味ではない部分で本音を伝える手段でした。

 

日本人ほどエネルギーのはたらきに熟知し、使いこなしていた民族はいないのではないでしょうか?それは、祓いと禊があることからも分かります。

祓いは、目に見えない霊的な垢や塵など知らないうちに引き寄せた霊的なマイナス要素や、不吉な場所で拾ってきた不浄エネルギーを祓うことで、主に他者にやってもらいます。

禊はもっと根源的です。内面にある卑下や劣等感など、自分を低く制限している感情、不要な想念や知識、記憶などを取り去り、心を何もない清明な状態に戻すことです。依存を徹底的に排し、自分を信頼して、魂をまっさらな状態に戻すと、もう心の中にはネガティブな情報を引き寄せる要素が無くなったので、いつも明るく楽しい心でいられるのです。

祓いと禊の大きな違いは、禊は誰かにやってもらうのではなく、自分で自分の心を掃除しなければ成し遂げられないということです。そこに他人任せや依存の余地はありません。どれほど辛くても自分の垢は自分で取るしかないのです。

そして、この点にこそ、日本人のスピリチュアルの深さ、高さがうかがえるのです。

どんなにきれいに部屋を掃除しても、いつの間にか埃が溜まっていくように、人間の心も一度禊をすればよいということはありません。埃や汚れが付かないように、絶えず浄化が必要なのです。

小さい時から日本人は、嘘をつかない、汚い言葉を使わない、姿勢を正す、お年寄りに敬意を払う、エネルギーの低い場所に出入りしない、など日々の生活を律する躾を受けてきました。特別な行などすることなく、誰でもできる簡単な生活習慣を身に付けることで、魂を汚さない方法が社会の仕組みとして存在していたのです。生活全般がスピリチュアルに縁どられていた、と言ったらよいかもしれません。

昔、英会話学校でイギリス人の先生がこんなことを言っていたのを思い出しました。

「日曜日に教会に行く我々は『パートタイム信仰』だけど、日本人は凄いね、『フルタイム信仰』だよ。それも365日(笑)」

日本とはそんな稀有な国であることを、新しい年の初めに改めて感謝したいと思います。

富士山 高度5000mのご来光

筆者紹介

 
本 名 田尻 成美 (たじり しげみ)
略 歴 著述家・都市拡業株式会社取締役
著書 「しあわせのコツ」(幻冬舎)
主な訳書「都市革命」(H・ルフェーブル著 晶文社)、
「空間と政治」(H・ルフェーブル著 晶文社)、
「文体論序説」(M・リファテール著 朝日出版社)
比較文化的視点から、日常の出来事をユーモアを交えて考察していきます。
著 書 「しあわせのコツ」(幻冬舎)



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