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記憶の中から (第六話)お別れ

by staff on 2022/11/10, 木曜日

記憶の中から
時代小説家山本周五郎と父装丁家 秋朱之介の交流より

第六話  お別れ

父 秋朱乃介–縁側で読書

私、結婚して間門園の真向かいの矢口台に住まうことになっておりました。昭和42年4月に間門の古い料亭「根岸園」で式を上げ、落ち着いてからはおじちゃんのお手伝いに行くことに決まっていました。その直前の2月、間門園の急な石段(ちんば坂)から酔っ払って転げ落ちてそれがもとで帰らぬ人になってしまったのです。内臓もかなり壊していて編集者さん達と飲むお酒も体を蝕む原因にはなっていたと思います。近所の「鈴木酒店」からは毎週サントリーウイスキーを1ダース。ビールも1ダース配達していたよと言うお話も伺っています。散歩には時間を掛けていたという事ですが、帰りは関内や日本橋(現在の南区辺りの色町。今はありませんが)そこで沈没する生活です。体に良いわけがありません。

ちんば坂

昭和42年2月14日没。わずか63歳でした。早すぎるお別れでした。
お葬式には受付や台所を手伝わせて頂きました。
当時の大スター中村錦之助さんの体の温かみの残るコートをお預かりしたのが記憶に残っております。黒のカシミアの裏が深紅でした。
最後まで書斎にしていた間門園の前には東京湾が広がり、正面には房総半島の鋸山がはっきり見えました。登っていく車の窓がキラキラと光るのさえ見えたのです。右手には三浦半島が見えて箱根の二子山の奥には富士山も。

1959年(昭和38年)ごろから此処の海の埋め立て工事が始まりました。
おじちゃんがどんな思いでこの埋め立て工事を毎日見ていたか。作品は「虚空遍歴」 「おごそかな渇き」のような哲学的なものになったのは、この自然破壊を見ていたからのような気がしてなりません。今改めて探すと昭和38年くらいのエッセイの中に日本の自然破壊や原子力政策に対しての鋭い意見が出ているのです。前を見通す感覚が備わっていたことに驚きを感じます。他の文学者にはないものです。

最近「季節のない街」を読み返しています。今まで何度も読んだはずなのに、改めて読み返すと恐ろしくなるほど内容が奥深いのです。小説は最後にストーリーの結果が示されているものが多いのですが、ここには情景が説明なしに置かれてあり、読み手に「さあ、あんたはどう思うんだ」と問われているようです。特に心に刺さるのは「街に行く電車」 「プールのある家」。まあ、あなたもお読みになってください。今は私の「聖書」になっています。

私、本は子供の頃からよく読む方です。生活することに忙しい時期は「カラマーゾフの兄弟」などは時間が出来てから読もうとか思ってましたけど、甘かった。今は目と頭が付いて行かれない。字体の大きめの小説を中心に読んでます。

えらそうに池波正太郎は「木綿豆腐」藤澤周平は「絹ごし」周五郎は「焼き豆腐」なぞと言ってましたが訂正。周五郎は「チーズの味噌漬け」です。チャップリンの映画に一脈通じるものがあるとは私見です。日本のドフトエフスキーと思っています。

先に話が出た「中原中也記念館」の学芸員菅原真由美さんは(周五郎は中原中也を高く評価していて「虚空遍歴」の主人公を「中藤冲也」と名付けたのはその意識があったのではないか)とお考えのようです。大衆小説から純文学への垣根を超えた作品を読み返すと新しい発見が次々に出てくるのです。アンニュイの中のユーモア。

今はパソコンで文章が出来ています。あの時代はペン一筋。
私、ペンからワープロ、パソコンへの変換期に編集の現場にいたのです。その折感じたことは文章の質と言いますか、滑らかさと表現しますか、明らかに体質が変わってきました。
山本周五郎の、頭に張り付いてそれから心に届く文体はペンでなければ書けないものなんでしょう。
アフターコロナの時が来たら山本周五郎の時代を超えた生き方が再評価されると信じています。

最近のことですが、イベントで高円寺商店街に行った時、「洋菓子 周五郎」を見つけたのです。その時は店を覗いただけだったのですが、どうも気になって「本牧周五郎会」のメンバー三人と改めて訪れてきました。コリドー商店街の中心にそのお店は有ります。

洋菓子店 周五郎

洋菓子店 周五郎

洋菓子店 周五郎

洒落たお店です。「夢猫」という可愛らしい猫ちゃんをモチーフの洋風最中が六種類の色でそろえてあるのです。やはりご主人は熱烈な周五郎ファンでした。(周五郎さんの生き方に感銘を受けて会社を辞めてこの店を立ち上げた)とのことでした。

やっと送られてきました。まだ味見してません!

もう一つ甲州には「周五郎ブァン」があると聞き、取り寄せを考えてます。周五郎さんがとても気に入って愛飲しラベルは直筆だとのことです。「周五郎ブァン」飲みながら「夢猫」食べる。いいなあ。おじちゃんが笑ってる。デンデンムシの焼いたのよりも美味しいですよ。

夢猫食べながら呑むブァンの味。
おじちゃん羨ましいでしょう!

 

(第六話了)

 

大久保 文香さん プロフィール

記憶の中から 大久保文香さん   「関内を愛する会」事務局長を経て
「野毛大道芸」事務局に就任。
以降エンタメに興味を持ってイベント企画会社
桜蘭(株)を立ち上げ
現在、桜蘭(株)プロデューサー
 
<ヨコハマNOWの記事>
「大道芸の母」として慕われているイベントプロデューサー 大久保文香さん

 

 

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