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「神様のカルテ」 夏目草介著 小学館出版

by staff on 2011/8/10, 水曜日
「神様のカルテ」 夏目草介著 小学館出版  

 作者の名前が夏目漱石の夏と草枕の草をとって考えられたと聞いてこの本を手に取った。読んでいる途中になぜ涙が止まらなくなったのか解らない。一気に読めてしまう。
「私の話ぶりがいささか古風であることは御容赦願いたい。これは敬愛する漱石先生の影響である。学童期から草枕を愛読し、全文ことごとく暗誦するほど反読していると、こう言うことになる。」作者と主人公栗原がダブるところである。舞台は信州にあり、24時間、365日対応の病院である。

 「モンブランの頂上からはもっとすごい数の星が見えるんです。まるで自分まで星のひとつになって飛んでいけそうなくらい。細君の声が聞こえる。優しく、澄んだ、美しい声だ。でも・・。駆け寄ってきた細君が、いきなり私の胸に飛びついた。私はイチさんと見上げるこの街の空が一番好きです。一年に一度くらい、こうして散歩できる日がつくれるとよいですね。」地方の救急病院は一年に一度くらいはというのが実情なのだろう。

細君とはハルのこと。ハルはカメラマンとしてあちこち旅に出る。なかなか自宅に帰れない栗原と、いつ出かけるともなく出かけるハルとの関係は先輩と後輩との関係のようで、本当に結婚してるのと思ってしまう。そして二人は古い御嶽荘という奇妙な建物に住みついている。

 御嶽荘で事件が起こる。「満開の桜であった!見渡す限り、八方すべてが桜で埋め尽くされていた。壁、床、天上のすべてに満開の桜の絵が描かれていたのだ。」「いきなり男爵が叫んだ。こいつは敗北ではない。門出だぞ、学士殿!一瞬足を止めた学士殿に、男爵がさらに言う。この一歩は前への一歩だ。前進なんだ。そのための花道だ。絶対忘れるな!男爵の目に涙が溢れている。」人は何で助けられるのか。”敗北でない、門出だぞ”の叫びにどんなに救われるか、さらにはそれを叫ぶ男爵そのもの自身への叫びでもある。それにつづくハルの行動。「いきなり細君が涙を振り払って、澄んだ声を張り上げた。バンザイをします!言うなり、いきなり両手をあげてバンザーイと叫んだ。その衝動が瞬間に私には理解できた。ほかに我らに何ができよう。我らはただ、去り行く友に何かをおくりたいのだ。元気で、生きて、戻ってこいと。」御嶽荘を出るのは出世する時だと、なんとなく想っていて、挫折で出ていく者に対しての見送りなのであった。

 生きることとは何かを問いかける「神様のカルテ」といってもいいんだろう。第三章は「月下の雪」である。亡くなったら記念の帽子を被って主人の所に行きたいと、栗原先生と話をしていた患者の安曇さんの事である。その安曇さんから先生への手紙である。「病むということは、とても孤独なことです。先生どうかご苦労の絶えぬ身とは思いますが、私にくださった温かい時間をこれからも多くの孤独な人たちにつくってあげてください。いつもなにか考え込んでいらっしゃる様子をお見受けしましたが、私には相談に乗って差し上げるだけの器量も時間もありませんでした。でもひとつ確かなことは、先生は私にすばらしい治療をしてくださったことです。」

 細君の澄んだ声に支えられながら栗原は生きていく。12月24日も細君に誘われて街を眺める。「思えば人生なるものは、特別な技術やら才能やらをもって魔法のように作り出すものではない。人がうまれておちたその足下の土くれの下に、最初から埋もれているものではなかろうか。私にとって、それは最先端の医療を学ぶことではなく、安曇さんのような人々と時間をすごすことであり、ひいては細君とともにこの歩みを続けることだ。」「迷うた時に立ち止まり、足下に槌をふるえばよい。さすれば、自然そこから大切なものどもが顔を出す。そんなわかりきったことを人が忘れてしまったのは、いつのころからであろうか。足下の宝に気づきもせず遠く遠くを眺めやり、前へ前へと進むことだけが正しいことだと吹聴されるような世の中に、いつのまになったのであろう。そうではあるまい。惑い苦悩した時こそ、立ち止まらねばならぬ。」著者は登場人物に生き方を語らせ、私達に問いかける。

 書中に松本城と深志神社が出てくる。今にも行きたくなってしまう。そしてこの本の映画の公開が近い。心を温くしてくれるベストセラーを2度も味わえる時がきた。

(文:横須賀 健治)

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