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書評 「とんび」角川文庫 重松清 著

by staff on 2012/6/13, 水曜日
 

 「一つだけ言うとく。」 著者は何を言おうとしているのか。父と息子の物語であり、淡々とした展開がある。息子が結婚し孫を持った時の息子に語るところだ。

 主役はヤスさんだ。「自分が食べるのではく、おいしそうに食べる家族を見てみたい。それだけでいい。」美佐子さんはそういう人だった。ヤスさんだって知っている。「おい、これ美味しいのう」とぶっきらぼうに言う、その一言が美佐子さんをなにより喜ばせることを。「もっと愛想良く言えばもっと喜ぶだろうともわかっていて、それでも照れてしまって、うまく言えないところが自分でも悔しい。」美佐子さんと結婚したときに決めていた。長距離便は夜の仕事だ。泊まりもある。結婚したからには一晩たりとも我家以外で眠りたくない。

 「雨の日曜日だった。朝から快晴になるはずだった天気予報は、みごとにはずれた。こりゃあ、動物園はむりじゃのう。正直、ほっとした。仕事が忙しい日々がつづいていた。早出や残業は当たり前で、それでも荷はさばききれない。」「今日はもう、どこにもいかずにひたすら寝て疲れをとるつもりだった。ところが、動物園を楽しみにしていたアキラは、それではおさまらなかった。」

 美佐子さんがなくなった理由をアキラはまだ知らない。あの時の事故は幼すぎて記憶にのこってないのだ。いつまでも黙っている訳にはいかないが話す時期を先延ばしにしていた。そんなヤスさんとアキラを近所の人たちが見守っている。子のない寺の跡取りのアキラの幼友達夫婦だったり、昔から出入している「夕なぎ」のたえ子さんだったりする。アキラは実の子のように皆に可愛がられて育つ。

 「どこ、ここ・・・・お父さん・・・・寒いよ、ぼく。」困り果てたヤスさんが振り向くと、和尚は満足げに笑った。和尚は数珠を手のひらに掛けた右手を、ふんっ!と気合を込めた声とともにアキラのほうに、突き出して、言った。「アキラ、これが父ちゃんの温もりじゃ。お父ちゃんが抱いてくれたら、体の前の方は温うなる。ほいでも、背中は寒い。そうじゃろ?」

 「アキラ、おまえはお母ちゃんがおらん。ほいでも、背中が寒うてかなわん時は、こげんして、みんなで温めてやる。おまえが風邪をひかんように、みんなで、背中を温めちゃる。ずうっと、ずうっと、そうしちゃるよ。ええか、さびしいという言葉はじゃのう、寒しいからきた言葉じゃ。さむしいがさびしい、さみしいに変わっていったんじゃ。じゃけん、背中が寒うないおまえは、さびしゅうない。のう、おまえにはお母ちゃんがおらん代わりに、背中を温めてくれる者がぎょうさんおるんじゃ、それを忘れるな、のう、アキラ・・・」

 二人の生活が長くなり、そしてアキラはヤスさんの背丈を追い抜いていく。「備後から一歩も外に出んかったら、人間、井の中の蛙になってしまうけん。のうやす、ここはひとつアレじゃ、アキラを修行にだすつもりで送っちゃえばええんと違うか?」「親とは、割にあわないものだー。のう、そげん思わんか?しんどい思いをして子どもを育ててきて、なんのことはない、最後は子どもに捨てられるんよ。自分を捨てる子どもを必死に育ててきたんや思うと、ほんま、自分が不憫になってしまうど。親とは、寂しいものだー。」

 「勝手なことをいうな!美佐子のことを覚えてもおらんくせに、かってにきめつけるなと言うとるんじゃ、アホ。美佐子さんは、もし生きていたら、健介を誰よりも愛しただろう。血がつながっていなくても、いや、血がつながっていないからこそ、健介にありったけの愛を注ぎ込んだはずだ。」

 わが子の幸せだけをひたむきに願い続けた不器用な父親の姿を通して、いつの世も変わることのない不滅の情を描き、今をあらためて見つめ、問い正す。

(文:横須賀 健治)

 

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