これからも支援活動を続けます!!
「何も変わっていないのですよ。」
電話口で山元タイムの山下さんは、ポツンとつぶやきました。
東日本大震災からもう二年がたとうとしています。
2011年3月11日午後2時46分頃発生した地震は、マグニチュード9.0の観測史上世界4番目の規模となる大地震でした。
この地震と津波、そして原発事故が、死者15,880人、不明者2,698人(2013年2月6日現在)という大惨事を引き起こし、何十万人という方々の生活を奪ってしまいました。
私達「ヨコハマNOW」編集部が、宮城県山元町を最初に訪問したのは、2011年4月4日、津波の跡が生々しいときでした。
この二年の間に、私は5回宮城県山元町を訪問しました。
その間、宮城県山元町と横浜市中区山元町が同じ町名だということでつながりました。そして、山元町二丁目商栄会の方々の支援活動がきっかけとなって横浜市が宮城県山元町に職員を派遣までになりました。
※詳しくは・・・
横浜市が宮城県山元町を継続的に支援することになりました!
~私達の力が横浜市を動かした~
http://yokohama-now.jp/home/?p=6785
宮城県山元町では常磐線が不通のままです。人口流出がとまらず町内の小中学校の統廃合が検討されています。特に若い人たちが町からいなくなっています。
※2011年2月末に16,695名だった山元町の人口は、2012年12月末には、13,776人になっています。(東日本大震災の死者行方不明者716名)
2011年12月には、「山元町震災復興計画」が策定されましたが、集団移転についても住民間の意見の相違によって進んでいないのが実情です。
山元町の沿岸部は瓦礫が撤去されて、雑草が生えている荒野が見渡す限り広がっています。
山元タイムの山下さんは、仮設住宅に住むお母さん達に何か生きがいになることをと考えて、宮城県山元町の名産である「いちご」の形のアクリルたわしを作ることを教えています。
山下さんは、ご自宅でパッチワークの教室を開いていたそうですが大震災で自宅が津波に流されてしまったそうです。現在はお子さんの学校のこともあって、名取市で暮らされています。
進まない復興に対するやるせない想いが、山下さんの「何も・・・」という言葉に表れていました。
「アベノミックス」で景気が上向きだと言われていますが、仮設住宅に住んでいるお母さん達の生活が今よりも良くなるようになることを願っています。
「東日本大震災」への関心が日に日に薄れている感じがしているのは私だけでしょうか。自立に向けて、これからが本当の支援活動になるというのに・・・。
山元町商栄会のお店には、今も買物客に向けて募金箱が置かれています。山元町商栄会から宮城県山元町に送った義援金は140万円を超えました。
昨年からは数店で、宮城県山元町の名産品「マルタのぶどうジュース」を販売しています。これまで200本以上を販売しているそうです。 ※「マルタのぶどうジュース」を製造販売している田所食品は、 平成25年1月29日から新工場での操業を開始しました。 宮城県知事が復興の現場を訪問 山元町商栄会の広報担当の鬼島さんは、「これからも支援活動を続けていきますよ。」と話されています。 山元町二丁目商栄会 横浜市立山元小学校では、宮城県山元町の山下小学校に手作り雑巾を送ったり、ベルマークを集めて教具などを送って交流を勧めています。今年は、集めたベルマークで跳び箱を送ることになっているそうです。 被災地復興に係る児童生徒の活動事例 「ヨコハマNOW」はこれからも支援活動を続けていきます。その一環として、宮城県山元町のお母さん達が作った「いちごのアクリルエコたわし」を販売いたします。2個で500円です。 「アクリルエコたわし」は、昨年と比べて大分進化して、彩りもきれいになりました。このたわしで茶碗を洗うと、洗剤がなくてもとてもきれいになります。(だからエコなのですね・・) 皆様のご協力をお願いいたします。 ※ご注文いただける方は下記のフォームに入力してください。 |
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ヨコハマNOW 動画
新横浜公園ランニングパークの紹介動画 | ||
ランニングが大好きで、月に150kmほど走っているというヨコハマNOW編集長の辰巳隆昭が、お気に入りの新横浜公園のランニングコースを紹介します。 |
横浜中華街 市場通りの夕景 | ||
横浜中華街は碁盤の目のように大小の路地がある。その中でも代表的な市場通りをビデオスナップ。中華街の雰囲気を味わって下さい。 |
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