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ヨコハマ・ディスコグラフィティー 第14回 第3章 ビジュアルによる影響と成長 3

by staff on 2013/7/10, 水曜日

 

HEART&SOUL代表 原 正行

1958(昭和33)年9月7日横浜生まれ、12歳よりギターをはじめ17歳からミュージシャンとして活動。39歳の時に念願だったライブハウスを開業、現在は関内駅北口駅前に60年代から80年代の洋楽ヒット曲を演奏するライブハウス、ハート&ソウルの経営者。他にもミュージシャンとして演奏活動、作曲、プロデュース等、幅広く活動している。

 

第3章 ビジュアルによる影響と成長 3

神奈川テレビ(tvk)

 さてロックポップスにおけるテレビ放送を書いてまいりましたが、横浜で育ったロックファンたちにとって忘れられないのがtvk(テレビ神奈川)です。tvkは、1972年に放送開始、洋楽邦楽のロックの歴史と進歩と共に我々にその貴重な情報、映像を与え続けてくれました。

 まず70年代に放送された「ヤング・インパルス」。70年代に放送された日曜夜8時から9時25分までの1時間半番組。1組のアーティストをゲストに招き公開収録された演奏をたっぷり交えて生放送された番組でした。今もYoutubeで流れる貴重な映像はここからのものが多いです。出演者は、キャロル、甲斐バンド、南こうせつとかぐや姫、ダウンタウンブギウギバンドなど、当時まだデビューほやほやの彼らの特集が組まれました。驚くのは荒井由実だった頃のユーミン、浜田省吾、シュガーベイブの一員だった山下達郎が出演していた事。彼らは当時メジャーのテレビには殆ど出ていないし、その映像は殆ど残っていなません。なぜこんなローカルな番組に出ていたのか、しかもその映像の幾つかが残っているのが驚きです。

 その後を継いだのが80年から83年まで放送されてた「ファイティング80’s」。宇崎竜童が司会で毎回1~2組のゲストの公開収録されたライブを放送するロック番組。出演者はダウンタウンBWB、RCサクセション、ジョニー・ルイス&チャー、シーナ&ロケッツ、デビュー仕立てのサザンオールスターズ、柳ジョージとレイニーウッド、ハウンドドッグ、クリエーション、佐野元春他そうそうたるメンバーが出演していました。

 どっちの番組だったか記憶が定かではありませんが、アマチュアのバンドコンテストもやっていたはずで、ある時見てたら中学の同級生が映ってたりしました。横浜のロックファンはこの番組たちには本当にお世話になりました。

 80年代後半には現在のハート&ソウルがある場所、セルテ11階にあったオールディーズライブハウス、リトルダーリンから生放送された番組もありました。ホストバンドはクリエーションの竹田和夫が率いるバンドで司会は湯原昌幸が担当してました。

 tvkはローカル局にしては珍しく演歌、歌謡曲系の音楽番組がほとんどなかったのがすごいところで、横浜らしいといえるでしょう。また、音楽に強い局として関係者から評価を得ているようです。

 70年代、開局した頃はtvkは番組もCMも充実しているとは言えなかったようで、それを埋めるために独自の手法でライブ映像やレコーディング風景などに、レコードの音を乗せたりした作品を作り流していた為、それが逆に売りになって音楽ファンを獲得しました。80年代に、MTVの時代になると、日本の他局では洋楽のプロモーションビデオを扱う番組は少なくて、小林克也が司会の人気番組「ベストヒットUSA」あたりでも、1曲がフルにかかる事は1回に一曲位。しかし、tvkではかなり充実した音楽ビデオを流す番組を多数持っていて、「ソニーミュージックTV」では、ほとんどの楽曲をフルに見ることができました。他にもミュージックトマト、おしゃべりトマト(ミュートマ、オシャトマ)などがありました。視聴者からのリクエストに答える「ビルボードトップ40」は、1982年開始以来現在まで続いていて音楽番組として最長記録を誇りギネスブックにも認定されています。

 

横浜、街と風(青い日記) 10

事件

 ボクシング部は、夏休みに入ると東京の自衛隊の宿舎で合宿。自衛隊員の後をランニングすると、そのスピードとスタミナにびっくり。彼らの半分も走れません。あまりに過酷な練習メニューに、泥の様に眠ってしまい、朝目覚めると、1年生全員の体中にいたずら書きが。。。真夜中の間に素っ裸にされて書かれていたようです。そして秋ごろにはスパーリング(スパー)もやれるようになりました。スパーで気がついたのは、パンチには人それぞれ個性があること。スピードは速いのにぜんぜん効かないパンチの人だったり、ゆっくり飛んでくるのに当たると石みたいに硬いパンチの人だったり、テクニックやスタミナは練習でどうにもなりますが、パンチだけはある程度天性のモノがあると感じました。

 スパーは、16オンスのバカでっかいグローブを使用しますが(試合は確か12オンス)、顔の前でガードしてるつもりが重たくて気がつくとすぐ下がってしまいます、ヘッドギアは視界が狭くなりマウスピースは呼吸がしづらくなります。この状態でフットワークを使い戦うと、1ラウンドたった2分間が10分くらいに感じます。ボディにご機嫌なパンチを食らうとしばらく呼吸が出来なくなりますが、その間も敵のパンチは襲い掛かってくるし、フットワークを止めることはできません。頭にいいのを食らうと意識がなくなり気がつくと倒れています。軽い脳震盪を起こすようでほんの数秒なのに何分かたったような気がします。その時って本当に目の前を星がぐるぐる飛びますよ漫画みたいですが。。。

 2年進級を目前にしたある日いつものように2年に”ヤキ”を入れられ帰ろうとすると、1年部員の一人の様子がおかしい。その場は帰りましたが翌日学校に行ってみると大事件になっていました。

 帰宅後家族に病院に連れて行かれたその部員は、かなりの重症だったようで、真相を聞き激怒した親が学校に乗り込み、”ヤキ”が発覚。新聞にも載ってしまう大問題になりボクシング部は休部。その後廃部が決定しました。ここに数々の名選手を生み出した同校ボクシング部歴史は幕を閉じ、なすすべもない我々1年部員は途方に暮れるばかりでした。

進級

 廃部が決まってから、まったく力が抜けたような状態になり、学校にもあまり行く気がなくなってしまいましたが、親との約束があったので卒業だけはしなくてはと思い、とりあえず2年に進級。この頃大学生だった兄がやっていた関係で、新聞配送のアルバイトを始めました。

 朝3時半頃起き。自宅の上大岡から弘明寺にある会社に行き、そこで売店ごとに新聞を区分けして梱包。ハイエース(バン)に乗り込み京浜急行の各駅の売店に新聞を配送するアルバイトで、まだ免許はなく助手でしたが、配送中周りは大学生や社会人ばかりだったので、女の話や大人の話いろんな話が楽しくて、仕事は結構ハードでしたが楽しい時間でした。

 ラジオから流れるFEN〈米軍放送)の音楽も楽しみの一つ。それが終わると7時位。それから学校に行きましたが、疲れていて授業中しょっちゅう居眠りしていました。学校が終わると綱島にあった自動車教習所に自動二輪の免許を取りに通い始め、当時バイクは、まだ原付、小型、大型の3種類しかなく、大型をとりにいきました。350CCのバイクで講習を受けめでたく取得。ホンダの250ccを中古で購入してからまったく羽が生えてしまいました。

HEART&SOUL代表 原 正行)

 

HEART&SOUL
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休・祝日:OPEN 18:00 CLOSE 24:00 LIVE START 18:40~
TEL:045-664-5569
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Websie http://www.heartandsoul-live.com/

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