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書評 「カラフル」 文春文庫 森 絵都(著)

by staff on 2021/2/10, 水曜日
 
タイトル カラフル
文庫 259ページ
出版社 文藝春秋
ISBN-10 4167741016
ISBN-13 978-4167741013
発売日 2007/9/10
購入 カラフル (文春文庫)

「生前の罪により輪廻のサイクルから外されたボクの魂が天使業界の抽選にあたり、再挑戦のチャンスを得た。自殺を図った少年、真の体にホームステイし、自分の罪をおもいださなければならないのだ。真として過ごすうち、ぼくは人の欠点や美点が見えてくるようになる・・。老若男女に読み継がれる不朽の名作。」解説・阿川佐和子とあって興味を持って読みはじめた。

「“真が生き返った!!”そう。あとから知ったことだけど、小林まことはこの十分前に“ご臨終です”と宣告されたばかりだったのだ。真の魂は天にのぼり、空席となったからだにぼくが入り込んで、ぱちりと目を開いた。だれだって驚く。“心音が・・・血圧が・・・ああ信じられん!”しまいには医師までがざわめきだした。真の組成を確認したおばさんとおじさんの喜びようはすごかった。考えるまでもなく、このふたりは真の母親と父親で、死んだ息子がよみがえったのだから狂喜するのも無理はない。ふたりは声にならない声をあげながら、ぼくのほおをなでたり、腕をさすったり、体ごと抱きしめたり。赤の他人にべたべた触られても、ぼくはふしぎといやな感じがしなかった。ぼくの心よりも先に、真の体が受け入れている。」「“真、よく帰ってきた、よく帰ってきた!”と、狂ったように息子の名を連呼する父親。ぼくの体にしがみついて離れない母親。ひたすら無言のきょうだい。じっくり観察しづらい状況ではあるものの、とりあえずぼくはホームステイ先の家族と対面したわけ。」小林真としての僕のデビューはこんなものだった。

「淡藤色のエプロンがよく似合う、いかにもおしゃれで上品な主婦、みたいな顔で台所に立つ母親。不倫の影などみじんも見えずに、あんたはそのまま良妻賢母を演じていけばいい。ただし、ぼくはいい息子の役なんてごめんだ、彼女の手料理が急に不潔に思えてきて、ぼくは大量に食べ残すようになった。」「満員電車でも笑顔をくずさず、年寄りがいればまっさきに席をゆずりそうな父親。上司の不幸で、めぐってきた部長の椅子の座り心地はどうだ?せこい出世に小躍りしながら、あんたもこのまま偽善的な笑顔を振りまいて生きればいい。ただし、それをぼくにむけるのはやめてくれ。ぼくは父親に“いってくるよ”や“ただいま”を言われても返事をしなくなった。」

「“真くん、ひさしぶり”そのとき、背中からあまずっぱいフルーツみたいな声がした。ふりむく前から、ぼくはその声の主を知っていた。桑原ひろか。彼女を一目見たくてここに来たんだ。いったいどんな女なのか?どぎまぎしながらふりむくと、少しぽちゃりした茶発の女の子が真のキャンパスをのぞいていた。“真くん、なにしてたの?ぜんぜん来ないんだもん。この絵、もうこのままなのかなぁって、ひろか心配しちゃったよ。ひろかの好きな絵なのに。ひろか、この絵のためにいつもここに来るんだよ。なあんて、これはうそだけど”うそなのもプラプラにきいていた。」プラプラはこの物語の進行役、真が生き返ったとして別の真を派遣してきたのはプラプラなのだ。「桑原ひろかは帰宅部だが、親友が美術部にいて、ときどき気がむくとこうしてふらふら遊びに来る。そして真はこのひろかから声をかけられる瞬間を、いつもいつも、息をひそめて心待ちにしていた。」

「“あたしは海だと思うな”突然、背中からききおぼえのある声がして、おなじことを考えていたぼくはどきっとした。“空飛ぶ馬もすてきだけど、あたしにはどうしてもこれ、海で泳いでいる馬に見えちゃう。深くて静かな海の底にいるの。ゆっくり水面をめざしてる。だからほら、この上の部分の青がほんのり明るいでしょ?”“そうなんだよ!”ぼくは興奮して声の主をふりむいた。とたんに興奮がさめた。“ね、だから言ったでしょ”ちび女は満足げににんまりと笑った。“私の目はごまかせないんだから”」チビ女の名前は佐野唱子。真とおなじ三年A組で、しかも同じ美術部員であることがわかった。

「ぼくが美術部に通いつめた一番の理由は、ただ単純に、絵を書く楽しみを知ってしまったことだろう。ぼくは青い絵を、時間をかけてじっくりと仕上げるつもりでいた。やはり肉体は真であるせいか、油彩にはすぐに慣れて上達した。それはテクニックの習得というよりも、もともと知っていたなにかを徐々にとりもどしていく感覚に近かった。ぼくはおそるおそるキャンバスに筆を置く。するとそこにさっきまでなかった小さな何かが宿る。幾度も重ねていくうちに、小さな何かは大きな何かに代わる。やがてうっすらと世界のようなものがつくられいく。ぼくらの世界だ。ぼくと、真のーー。そして絵の世界にひたっているときだけ、ぼくは真の不運な境遇や、孤独や、みじめさや、背の低さを忘れた。油絵はぼくを日増しに強く惹きつけていった。」

ある日佐野唱子が訪ねてくる。そのあとのこと。「佐野唱子をめぐる自問自答。僕は唱子の夢をこわすべきじゃなかったのだろうか?ワカラナイ。唱子の夢見る小林真演じてやればよかったのか?ソレハデキナイ。それにしても、なんだって唱子はあそこまで強引に真を美化しちまったんだろう?恋ハ盲目。恋?唱子は真に恋をしてたのか?真の眼中にもなかった佐野唱子が?いや、たとえそうであったとしても、唱子が恋していたのは極限まで美化された小林真だ。現実の小林真を無視した、架空の、ひとりよがりの恋。どのみち唱子だっていつかは知ったはずだ。そんな美しい十四歳なんてどこにも存在しないこと。それでもみんな、美しくなくても、みじめでも、小汚くても、せっせと生きているんだけれど・・・。」

同じ屋根の下でもんもんと考えている人物がいた。「“さんざん考えた末、手紙という形であなたに思いを伝えることにしました。私の口から話そうとしても、あなたはきっと、耳をふさいでしまうから”なぜぼくが内容まで知っているのかというと、その手紙はぼく宛てのものだったからだ。その夜、少し遅めの夕食を運んできた母親が、深刻な面持ちでぼくに手渡していった。“もしかしたら、あなたはこれを読むべきじゃないのかもしれない。”との解説つきで。“母親は息子にこんなことを語るべきじゃないのかも知れない。でも、今さら母親失格もないわよね。読むか読まないかは真が決めて。読みたくなかったら、捨てるなり燃やすなり、好きにしてちょうだい”“ビンにつめて海に流してもいいかな”“あなたの好きに”ぼくはそれ以上の皮肉をいえなかったのは、このときの彼女がいつものおどおどした感じではなく、どこか凛とした、腹のすわった目つきをしていたからだ。母親が部屋を出るなり、ぼくはその封筒を鼻先に当ててみた。におう。なにかただならぬにおいがする。母親の、秘密のにおいだ。どぎまぎしながら封を開けると、便箋八枚にもおよぶ長い手紙が表れた。」

「今、こうして自分のスクール遍歴をふりかえりながら、もっと身近にやるべきことはあったはずなのにと痛感しています。と同時に、ほんの少しだけあなたに、何も持って生まれなかった人間の悲しみを知ってほしかった。何かを持って生まれた素晴らしさを感じてほしかったの。親馬鹿のようだけど、あなたはあなたの非凡さに、もう少し誇りを持ってもいいように思います。絵だけに限らず、あなたの内面の豊かさや、鋭すぎるほどの感受性に関しても。だって私はこの十四年間、ずっとあなたを誇りにしてきたのだから。あなたの自殺未遂以降、先生とはすぐにわかれて、フラミンゴ教室もやめました。今の私は、平凡な主婦として、母として、あなたと共に生きていく道だけを探し求めています。もう遅い、ほっておいてほしい、とあなたは背を向けるかもしれない。この手紙も丸めてゴミ箱に捨ててしまうかもしれない。それも覚悟の上で、あなたがあの子に心をうちあけたように、私に対しても、非難でも、怒りでも、憎しみでも、何でもいいからぶつけてほしい、との願いを込めてこの手紙を書きました。あなたをいつまでも待っています。最後に。私は、あなたの中にある普通の部分も、非凡な部分も、どちらも心から愛しています。」なかなか受け入れられない真がいる。

「おかしいの。ひろか、おかしいの。狂ってるの・・・」

「この世でもあの世でも、人間も天使もみんなへんで、ふつうなんだ。頭おかしくて、狂ってて、それがふつうなんだよ」

「うんとやさしいひろかと、うんといじわるなひろかがいるの」

「“プラプラ“コーヒーもいれずに部屋にもどるなり、僕はベッドのふちに腰かけて、天井あたりに呼びかけた。“来てくれ。大事な話があるんだ。”今ならプラプラは現れる。なぜだかそんな気がした。“大事な話って?”予感的中、勉強机に腰かけた姿勢でプラプラがひょいと現れた。亜麻色のスーツで今日もクールに決めている。“ずいぶんひさしぶりだね。”この善玉だか悪玉だかわからない天使に、ぼくは皮肉な挨拶をした。“もう少しで顔をわすれちゃうところだったよ”“ガイドの必要がなくなってきただけさ”プラプラはすまし顔で言い返した。“君がそれだけステイ先になれたってことだ。いいことだよ。おれは君の前髪の相談に乗るためにいるわけじゃない”“この家の人たちに、本物の真を返してやりたいんだ”ぼくは冷静に言った。もう心は揺れていなかった。ちょっとさびしい気がするものの、これ以外にほんとうのハッピーエンドはありえないんだから、しょうがない。“そろそろ言い出すところだと思っていたよ”プラプラはふふんと唇のはしを持ち上げた。それから急に表情を引き締めて、“小林真の魂を呼びもどす方法がないわけじゃない。最近の君はなかなかよくやっているし、うちのボスも上機嫌だ。なにぶんアバウトな世界だから、特例として頼みを聞いてくれるかもしれない。ただし、ひとつ問題がある。」
物語の終局に向かっていく。

「ホームステイとは、たんなる魂の修行でなく、あなたのようにいちど自分を捨てた魂が、もういちど自分にもどれるかどうかのテスト期間のことなのです。いうなれば魂の仮運転ですね。となると、ステイ先は当然、あなたがたご自身の家庭ということになる。あなたがたご自身がつまずいた場所で、あなたがたご自身の問題を、あなたがたご自身がもう一度みつめなおしていく・・・とまあ、どうです。実に理にかなった話ではありませんか。でも最初からそれを教えてしまうと、ぜんぜんおもしろくないので、隠していました」

「さあ、そろそろ下界へお帰りください」「なかなかもどらないあなたを、美術室で唱子が心配してますよ」真はあそこでみんなと一緒に色まみれになって生きていこうとおもうのだった。

(文:横須賀 健治)

 

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