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書評 「満月珈琲店の星詠み」 文春文庫 望月麻衣(著)/桜田千尋(イラスト)

by staff on 2021/6/10, 木曜日
 
タイトル 満月珈琲店の星詠み
文庫 248ページ
出版社 文藝春秋
ISBN-10 416791400X
ISBN-13 978-4167914004
発売日 2020/7/8
購入 満月珈琲店の星詠み (文春文庫)

「第1回これ読んで大賞」とあって手に取った。著者は2016年「京都寺町三条のホームズ」で第4回京都本大賞を受賞されている。

「満月の夜だけ現れる満月珈琲店では、猫のマスターと店員が、極上のスイーツやフードとドリンクで客をもてなす。――。マスターは訪問客の星の動きを詠む。悩める人々を星はどう導く。美しいイラストにインスパイアされた書き下ろし小説。」と裏表紙にあって、興味を持った。

第一章 「私が請け負う ソーシャルゲームのシナリオは王道展開なものが多い。自分はそういうものを得意しているため、仕事自体は楽しい。できれば、脇役はなく、難易度が高いヒーローのラブシーンを書きたいものだ。」主人公の芹川瑞希はシナリオライター。かって共に仕事していたテレビ制作会社の人であり、今やデレクターの中山明里から電話があり、京都で会うことになる。

「企画書を会議にかけさせてもらったんですが、通りませんでした。」と明里に言われ、仕方ないですねと、瑞希は別れた。そのあと不思議な人との出会いがあって、満月珈琲店にいくのだった。「テーブルの上にはランタンが置かれていて、キャンドルの火が揺らめいていた。“素敵・・・”どきどきしながら歩み寄ると、“いらっしゃいませ。どうぞ、お好きな席にお掛けください”トレーラーの中から、男性の声がした。落ち着いた、優しい声だったが、姿は見えなかった。

「西洋占星術の起源は、紀元前二千年のバビロニアといわれています。今より約四千年も前に生まれたものなのですよ」「そんな昔に・・・」「はい。古臭いものだと感じるかもしれませんが、四千年前の人間も現代の人間も、知識の量に差はあっても、創造性や思考力に差があったわけではありません。人間の知識はすごいものなのです。知識を結集することで、現代に於いては、人は宇宙に行けますものね?」

「ついこの前まで“魚座の時代”だったんですが、今は“水瓶座の時代”に変わったんですよ」「星詠みの間ではそれは地球の歳差運動により、春分点が魚座から水瓶座に変わったことを指しているのですが、魚座の時代は、キリスト誕生のころから西暦二千年くらいまでがそうでした」「魚座の時代は、二匹の魚に示されているように二面性と対立の時代です。支配的な階級社会、学歴社会とも言われていたように、ヒエラルキーに向かって皆が同じ方向へと必死に泳ぐ、それが魚座の時代でしたね」

「フランス革命のとき、王室と国民の関係が良好だったら、ああいうかたちでの革命にはなっていなかったはずです。近年起こった革命も、人間たちがこれまで見て見ぬ振りをしてきた“結果”が、革命時に一気に湧き出たということで、宇宙がそうさせようとしたわけではない。もし一人一人がすべてにちゃんと向き合って、柔軟な思考を持ち、行動できる人間でいたら、穏やかな革命を迎えることも可能です」「そんなの、不可能だよ」「だから、革命時はいつも頭を殴られたような出来事が起こってしまう。誰もが元に戻ってほしいと願うけれど、もう“戻る”ことはできない。戦争が始まって、戦前の生活を求めても無理なように・・・」「戦後に新たな世界を始めるしかない。そうして人は、価値観を一新するしかなくなる。世の中は、魚座から水瓶座の時代になる。“集団で同じ頂点を目指す時代”を卒業して、“個々の時代”になるんだ」

「水瓶座は、テクノロジーの象徴である一方、スピリチュアルも意味しているんだ。電波と思想、この二つはまるで違うようで実は同じ瓶の中にあるものなんだよ」「その他にも、創造性・平等・友愛。自由で自分らしいのが、水瓶座の特徴だ」
瑞希は夢をみていたようだ。「お客様、と申し訳なさそうな声で呼ばれて、私はハッとして目を開く。・・・ホテルのカフェで寝てしまったようだ。」

第二章 「やっぱり会うんじゃなかった。私―中山明里は窓の外をぼんやり眺めながら、ぽつりとつぶやいた。ここはローカルテレビ局の社内、会議室だ。約束の時間より早く着いたので、コーヒーショップで買ったカフェオレを手に、窓際の席に座り、先ほどの出来事を思い出していた。“企画が通りませんでした“その言葉を伝えた時の芹川瑞希の姿が脳裏を過り、大きく息を吐きだす。結果的に、かって、ヒットメーカーと謳われたシナリオライターの彼女に、今はもうあなたの作品は通用しない、と突きつけた形になる。」

女優・鮎川沙月の降板を伝え会議が解散したあと、目を向けるとベンチに、女性が座っている。泣いているのかなぁと思ってみると、暑い雲が流れて、大きな満月があらわになる。ベンチに座っていたのは、女優の鮎川さんだった。

「ぼんやりと柔らかな光を目の端に捉えた。私も彼女も、その光を確認しようと視線を向ける。大きな木の下にトレーラーカフェがあった。“満月珈琲店”という看板を出している」「古き良き喫茶店の前を通った時のような、コーヒーの良い香りが漂ってきていた。先ほど、女性が出していたテーブルの上にはペルシャ猫がいて、今も私達の方を見ている。あの女性とお揃いなのか、濃紺のエプロンをしていた。コーヒーの香りと、猫の不思議な瞳に魅せられたのかもしれない。“・・鮎川さん、酔い覚ましにコーヒーでものみませんか?”“いいですね”私達は引き寄せられるように、“満月珈琲店”に向かった。」

「・・・私、父親のいない家庭に育ったんですよ。だから、どうしても生活が苦しくて、テレビが現実を忘れさせてくれました。テレビを見ている時が一番楽しかったです。ごく自然に、きらきらしている芸能界に強く憧れを持ったんです。」「彼は、私が思い浮かべていた“理想のお父さん”だったんです。でも本当の父親じゃないでしょう? だからなのか、猛烈に惹かれてしまったのです。」「沙月の頬に涙が、一筋零れた。」

「満月には“解放”の力もあるんです。」「”解放“?」「明里さん、常に正しくあろうとするあなたは素晴らしいと思います。ですが、それだけがすべてなわけではありません。特に自分を赦すことも大事ですよ」と沙月。「私は、既婚者と関係を結びそうになった自分をいつまでも責めている。親友は”知らなかったんだから、しかたないじゃない。明里は悪くない”といってくれている。だが、他に女がいそうな気がしていたのに、どうしてちゃんと確認しなかったのか、知らなかったですまされる問題なのだろうか、と自分の中の自分が、厳しく言い立てる。あれから半年もたつというのに・・・」と明里。「ちゃんと自分を赦してあげることも大事なことよ。明里さんは自分に厳しすぎて、それを人に押し付けてしまうところもあるでしょう?それは少し違うと思うのよ」

「明里さん、私、彼の奥さんと子供に謝罪の手紙を書こうと思います。そして、記者会見も開きます。私、分かったんです。世間の人たちが怒るのは、私のニュースに傷ついた人がいるからなんです。だから、目の前にいる一人一人が、私が傷つけてしまった人なのです。そう思って謝罪します。しばらく仕事はこないかもしれませんが、もし、こんな私に仕事が来たら、それはどんな仕事でも懸命にやっていきたいと思いました」「あの、明里さんにお願いがあるんです。また一緒に、おいしいスイーツを食べてもらえませんか?」

第三章 「知り合いからのメールが迷惑メールのフォルダーに入っていた」「ビジネス相手?」「いや友達っていうか小学校が一緒で・・・」「もしかして梅田の有名美容室にいる?」「あ、話したことあったか?」

「MYシステム水本様。お久ぶりです。同じ小学校の早川恵美です。連絡先が分からなくて、ここにメールしてしまいました。先日、一身上の都合で、梅田の美容室を辞めました。今は一時的ですが、両親が経営している理美容院に身を寄せています。一時的というのは、私もやりたいことが見つかりまして、私個人のホームページを作りたいとおもっているのですが、相談に乗ってもらえませんか?」
「ちなみに、恵美さんが見たのは、どんな夢だったのですか?」「それがね、と恵美は膝の上で指先を組み合わせる。「その夢を見たおかげで、前のお店を辞める決意をしたの」「好きな場所で好きな仕事をしているのに、“なんだか違う気がする”って心のどこかで思っていたのよ。口にできない違和感が常にあったというか・・・。そんな時に夢をみたのよねぇ・・・」

エピローグ 「芹川瑞希は、ソーシャルゲームを制作しているIT会社から届いたメールをみるなり、“やった”と拳を握りしめた。手にしているスマホのディスプレイには、“新たなメインキャラクターを設けるので、ぜひシナリオを担当していただきたい”という依頼の文面が表示されている。脇役キャラクターとのエンドストリーに勢力を注ぎ、自分なりに良いものを作れたという満足感があった。打ち明けるなら今だと、自分が“芹川瑞希”であることをつげたのだ。」

「最後にもう一曲、あなたがたと、あの子たちのために弾きたいと思います。」「嬉しいですね。なんの曲を?」「ベートーヴェンの“悲愴”を・・・」「あの子たちのために“悲愴”を?」「この前、芹川先生がここで、私の奏でる“悲愴”を聞いて、私の伝えたかった思いを感じ取ってくれたのです。それがとても嬉しかった」「ドン底からの再生。まさに冥王星を思わせる曲だった。そのメロディは、苦難の中にいる者たちの心を包み、寄り添うだろう」

「本当に読んでほしい!」と横浜鶴見のBOOKPORT書店員さんが大賞にえらびました。「満月珈琲店に出会えたら、どんなものを提供してくれるのだろう?ワクワクしてほしい、少しでもほっとしてほしい、癒された_といってもらえたら・・」と。

(文:横須賀 健治)

 

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