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【新年のご挨拶】
みなさま、新年明けましておめでとうございます。
旧年中は大変お世話になりました。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

書評 「悼む人」 文春文庫 天童荒太 著

by staff on 2015/2/10, 火曜日
 

この本は衝撃であった。自分へのなんともいえない問いかけがあった。最初はわけがわからない展開だった。プロローグで「悼む人は誰ですか」と問いかけられるのだった。第一章目撃者、第2章保護者、第3章随伴者、第4章偽善者とくるこの章立ての意味は読み終わって理解できた。

「娘の美汐に妊娠を告げられた日の夜から、同じ夢を見ている気がする。ただし具体的な情景は、めざめるとわすれてしまっていて、残念だ。」「午前六時を回っていた。ベッド横に敷かれた布団に夫の姿はない。巡子はベッドの上に座り、体温を計るあいだ、シャレか謎掛けの問答を考えた。がんに対して積極的な治療をせず、住宅で過ごすことを選びはしたが、少しでも自分の免疫力をあげようと、一日一つは笑える言葉を考えることを日課にしている。」ここは第4章代弁者のところである。代弁者が保護者に繋がっている。

章が進むうちにどんどん引き込まれていきます。生きたことの大切さ、この世に生まれたことの喜びです。だから悼む相手の人がどんな人であろうと、悼まれていいと静人は考えています。こんな人と思う人でも、生まれたという事実のなかで、誰も知らない苦しみの中で生きてきたという尊い現実のなかで、悼まれてよしとするのです。あんな、死んでしまっていいんだという人でも、もうなってしまったことを振り返るとその過去の生活の中に、悼まれる人になりえるというのです。

「藤野が北海道に就職が決まり、東京のアパートを引き払うとき、理々子のところへ入り浸りの父に、荷物を取りに来るように求めた。父は面倒くさそうに部屋をみまわしたあと、あれはどうするんだ、と一方を指差した。」第七章捜索者のところである。

「朔也の存在を肩に感じつつ、この先どう生きれればいいのか…・彼に答えをもらえると期待したわけではないが、ほかに手だてもなく、一人になれば、水にはいるか、車の前に飛び出すくらいしか道はないように感じていた」「悼みを終えた静人がゴム長をはいて歩き出す。こちらに合図は送ってこない。倖世もそれは承知で、あとにつづいた。彼は倖世が一緒に歩くことは断らないが、ついてくるように誘ったこともなく、それでもついていけば最低限必要な世話は焼いてくれた。」これは第九章理解者のところであった。「倖世は常に彼の忠告に従って行動した。野宿の旅はいろいろ面倒なことが多く、窮屈に感じたことは数限りない。トイレはことに困り、外で済ますことも少なくなかった。恥ずかしさにいやになりかけてきた時は、朔也が肩口に顔を出し、人を殺しておきながら何を恥じるんだと嘲笑した。そう言われると開き直ってように行動でき・・・」

静人を悼む人として、静人の行動を通して死とはなにか、生きるとは何かを問いかける。血がつながっていることを、生きてきた事実を次につながったという思いのなかで死をむかえられることの安堵感を語っているのではないかかと思うのです。

あなたにとって大事な事はなんですか。あなたは誰に愛され、だれに悼まれたいですかという問いかけがある。私ってなんなのでしょう?私はどこから来たのでしょう?私は誰なのでしょう?
「静人の問いかけは彼を巡る人々を変えていく。」文庫本下の裏表紙には書かれています。

(文:横須賀 健治)

 

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