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【台風19号による被害を受けられた皆様へ】
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小倉山 峰のもみじ葉 心あらば 今ひとたびの 御幸またなむ

by staff on 2019/11/10, 日曜日

♪ 小倉山 峰のもみじ葉 心あらば 今ひとたびの 御幸またなむ ♪



絵・千絵崇石
 

読み人:貞信公 (ていしんこう)

歌意: 小倉山の美しい紅葉よ この素晴らしさを上皇は息子にも見せたいと、 近いうちに今度は今生天皇が訪れるから その時までどうぞ、散らないで待っていてほしい。

百人一首の中で26番目にあたるこの和歌は 藤原定家先生には、もろ地元 小倉山の歌。どんな気分で地元の歌を選んでいたのでしょうか?

百人一首は年代的に並べられています。一番は天智天皇そして2番目はその娘として生まれた持統天皇。それ以後時代と共に歌を選んでゆき、ちょうど4分の一が終わったところにこの歌が選ばれています。定家先生が生きていらしたのは平安末期から鎌倉時代にかけてですが、この歌が作られたのは平安前期。そして、この歌の頃から平安京に移された宮廷文化が花開き始めます。この和歌の作者、貞信公とは藤原忠平の事で。平安時代の初期に35歳で右大臣になってから35年間の長きにわたって4天皇に仕えた政治家です。この時期は 現代の私たちがよく耳にする延喜式と言う今でも神社の格式などを知るときに規範とする歴史の書が残された時代で、古事記や日本書記の次に様々な歴史の記録が編纂されていった平安文化の曙の時代でした。

私はこの時期、59代宇多天皇 60代醍醐天皇 61代朱雀天皇 62代村上天皇 と続く宮廷文化、平安時代が一番良い時期という感じがしています。天皇家と藤原家との関係が権力争いや不自然な政治形態から伺える人間の欲望のうごめきなどが、あまり感じなくて当時の歴代天皇と関白や右大臣左大臣の関係性も偏ったものがなくて平安時代の良さを感じるのです。宇多天皇の前の天皇は光孝天皇で50歳過ぎて天皇になられた方で、人間としても穏やかで人徳のある方だったようです。それ以前の天智天皇と天武天皇の乱からやっと人々の心も落ち着いてきて、新たなる秩序が生まれてきた時期だったのでしょう。宇多天皇も醍醐天皇も一度は臣民に下った人たちです、だからなのか政治が民のためになされているという気配が伝わってきます。そんな私の勝手な推測ですがそれも、この貞信公が長きにわたって天皇との関係性を良好に保って本当に天皇家を政治的に支えていたことがベースにあるからなのだと感じるのです。

貞信公の逸話は鬼退治のエピソードもありますが、今回私が一番心に響いたエピソードは人相占いが若いころの貞信公 藤原忠平を見た。その時のお話です。

宇田天皇が生前退位をされて ご自分の息子が譲位して醍醐天皇となりしばらくの後、宮廷に人相占い(相工)が参りました。相工はズバズバと回りにいる高位の方々の人相を判じてゆきます。
寛明太子(後の朱雀天皇)を視て、「容 美に過ぎたり!」
その時の権力者で左大臣の藤原時平を視て「知恵が多すぎる!」
もう一人の権力者 右大臣の菅原道真公を見て「才能が高すぎる!」と、結局占い師にとって完ぺきな人はいませんでしたが、ちょうど末席に控えていた若者の藤原忠平を視て
「神識才貌, 朝廷に長く栄華をもたらすのはこの青年だ!」と判じました。
それを聞いて以前からこの若者を気に入っていた宇田上皇はご自分の娘さんを彼に嫁がせる事を決めました。又醍醐天皇が崩御される前に即位された7歳の幼帝、朱雀天皇を枕元に呼び寄せ5つの訓を与えました。その中に「忠平の意見を聞くように」という訓も入っていたそうです。

寛容で慈愛のある政治家として亡くなった時には沢山の方に惜しまれたという藤原忠平さんは死後に貞信公と呼ばれる様になります。百人一首の中で私が一番尊敬する政治家です。

(早苗ネネ♪)

 

迎春

 

ネネグースプロジェクト(Nene Goose Project)を立ち上げました

日本古来の大和ことばで綴られた和歌を現代の調べにのせて歌う「和歌うた」。私 早苗ネネはもう20年近くこの「和歌うた」を歌い続けています。お蔭様で、じゅん&ネネと共に「和歌うた」は私のアーティスト活動の中心軸となり、多くの方々からご支援を賜り各地で和歌うたライブを開かせて頂いております。

この度立ち上げたネネグースプロジェクト(Nene Goose Project)は、「和歌うた」とHULAや太極拳などの異文化や全国に受け継がれている伝統文化とのコラボレーションをはかります。世界の民族が持つ固有の文化とその文化の根底にある言霊が「和歌うた」と融合することで生まれる新しい表現をみんなで共有する取り組みです。

「和歌うた」のライブは歌い手と聴き手という構図です。ライブ会場はみんなで一体になって盛り上がりますが、歌い手と聴き手という構図は否めないものがありました。ネネグースプロジェクト(Nene Goose Project)ではワークショップ形式で参加して下さったみなさんと一緒に作品を作り上げていきたいと考えております。みんなで作った作品にはみんなの愛情が込められています。出来上がった作品はみなさんの元気の源の一助になることでしょう。

ネネグースプロジェクト(Nene Goose Project)Official Website:
nenegoose.love

 

三十六歌仙CDアルバムによせて

 

10代の頃、じゅん&ネネのネネとして歌っていた時、多くの方から「北の政所のねね様と同じ名前ですね」と言われ、歴史上に残る方と同じ名前を頂いた事で直ぐに覚えて頂き、良い事が沢山ありました。時が経ち、50歳を過ぎた頃にやっと自分のライフワークを見つけ、「和歌うた」を歌い続けて13年程に成りますが2014年の京都高台寺音楽祭に出演させて頂いた折に、三十六歌仙が高台寺様に遺されているのを知りました。その時にぜひ三十六歌仙にメロディーを付けて同じ名前のねね様に奉納したいとの思いを抱き、2015年9月6日、ねね様のご命日に発表させて頂く事に成りました。

和歌のアルバムとしては10年ぶりでやっと二枚目アルバムです。一枚目のアルバム「花のいろは」は蟠龍寺スタジオの仲間に助けられて生まれました。そして今回のアルバムも製作費は今まで私の和歌うたを聞いて応援して下さった方々のご支援で賄われています。暗中模索と無我夢中で今までよろよろと歩いてきましたが、そんな私を支えてくれる大きな愛情に気が付いて、なんて幸せ者なのかしらと思います。有難うございます。これからも自分の道を信じて歩いてゆきます。

早苗ネネ/京都・高台寺 北の政所・ねねさまに捧げる三十六歌仙 『和歌うた』CDアルバムは、 ヨコハマNOWオンラインショップ で販売しております。

 

早苗ネネさん 和歌うたLIVE

 

早苗ネネさん プロフィール

木々や鳥や魚や精霊…人間以外の存在達との交流が当り前に語れるくらい、いのちのひろがりに気づくと、共に生きている喜びや、苦しみや悲しみにもナイーブになる。

心と野生がひとつながりになると……こんな風に人は年を重ねられる。ひとりひとり、ユニークにもっと自分になれる。

早苗 Nene さんは、そういう人生の先駆者です。 感性を解放しながら、40代で高校生に仲間入り卒業後、マウイのカレッジに留学中、突然半生記が受賞しました。

そんな新たなシーズンを迎えて、今エッセンスを分かち合いたい。

<天性の歌い手>というだけでなく、その存在感、溢れる活性のバイブレーションは、光のシャワーのよう。彼女と語り歌い、魂の成長を旅している現在の、自分の位置を確かめてみませんか?

早苗ネネさんHP

 

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