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書評「ぷくぷく」 小学館 森沢明夫(著)

by staff on 2020/4/10, 金曜日
 
タイトル ぷくぷく
単行本 298ページ
出版社 小学館
ISBN-10 4093865620
ISBN-13 978-4093865623
発売日 2019/11/27
購入 ぷくぷく

「ボクは、誰?」ではじまる。それが何を意味しているのか分かるのに時間がかかった。

「一方通行の想い。
 
ガラスの壁は、いつだって揺るぎない。
 
水も通さない。
空気も通さない。
もちろん、ボクのことも通してはくれない。
でも、あっさり通すものがある。
 
光だ。」

これにつづくのが「光になれないボクは、こうしてイズミと同じ部屋にいながらも、やっぱり、ずっと、ずっと、ひとりぽっちなのかな・・・・、なんて思ったりして・・・・。」そして、主人公のボクが金魚のユキであることが明かされる。あかされるというより、主人公が金魚なのである。
今までの私たちの生活の中で金魚の目線で考えることなどがなかったはずだ。

「冷たいガラスが唯一、通してくれる光のプレゼント。
 
見て。
ねえ、見て。
イズミ。
 
ボクは長い尾ひれと胸びれをひらひらさせて、必死にアピールをしてみる。」

おもしろい構成だ。「ハカナイヨルーイズミ」という段では、「まつ毛を数えられそうな距離からまっすぐに見つめられて、私の顔は火照ってしまった。耳まで真っ赤になっているのがよく分かる。どうか、お酒のせいでと思ってくれますように。お店のなかは暗いから大丈夫かなー。」主人公がイズミなのだ。部屋の20代の住民である。「今夜は、なんだか明るい夜だね。わたしは小さく頷いて、背後を振り返り、月を見上げた。ひんやりとして、真白な満月―。」「明るいです。月が」「それから少しの間、わたしたちはきれいな月を見上げながら、ほわほわと白い息を吐き続けた。いま、この瞬間の“美”を、誰かと一緒にあじわえるということー。」

第二章に入って、「セカイハユレターユキ」「シセンノサキニーユキ」と続く。「少し疲れたせいか、昨夜ボクの心をひたひたに満たしていた悲しみの絶対量は、半分ほどにへっている気がした。じゃあ、心に空いた分のスペースには、何がはいったのだろう?よくわからないけれど、でも、きっとそこに入ったものは、しあわせではなく、安堵でもなく、平常心ですらなくて、むしろ深い淋しさをまとった虚脱感のようなものだった。」金魚のユキがかわいらしい。思いは伝わらないが、気づいてもらえることに喜び、忘れられたかのような一時に寂しさを感じている。

「早朝の空はドラマチックだった。
みるみる色彩を変えていくのだ。
ついさっきまで怖いくらいに神聖だった紫色が薄れて、おだやかな赤紫へ。
おだやかな赤紫は、心細そうにまたたいていた小さな星を飲み込んで、すこしずつ薄れていった。」
「すると今度は、すべてが赦されそうなやさしい桃色へ。
やがて桃色の内側から、まばゆい光の粒子が一気に弾け出して、世界は金色で満たされた。
キラキラした光の粒子は、ボクのいる金魚鉢のなかにも溶け込んで、ドレスのような尾びれが黄色に染められた。」

これは喜びへの助走なのか、悲劇への助走なのか?著者は不思議な情景を表現される。それはまた理解できそうで、理解できない、おたがいの存在をこえての葛藤を表現する。喜びが悲しみであったり、悲しみが歓びであったりする。

第三章に入って、「セイイッパイノオトーユキ」「ノニ、トイッタラーイズミ」で、チーコが小さい声をだした。「ねえ、イズミ“”金魚鉢がすごくきれいなんだけど“イズミもこちらを見た。」ドラマが展開していく。「わたし、夏になっても露出の多い服は絶対に着なかったし、家族で旅行に行っても温泉に入るのは避けてたの。いまでもそうだけど」

「月明かりの青白い光をためて、ほわっと発光する金魚鉢。その光の中心で、ひらり、ひらり、と舞うユキちゃんのシルエット。
金魚鉢のとなりには、太陽さんにもらったパンジーが花開いていた。そして、その花びらもまた、青白い妖精の粉を浴びたように淡く発光して見えた。」
「月の明かりは、誰も傷つけないのかなー。」
「まぶしいほどに明るくあったかい太陽よりも、ちょっびり冷たい月の方が、わたしには合うのかもしれない。そんなことを考えたら、これまでに出会ったいくつもの太陽さんの笑顔が窓辺に浮かんでは消えた。その名前の通り、ただまっすぐに相手を明るく照らし、穏やかにほこほことした気持ちにさせてくれる笑顔―。そんなピュアな陽光すらあっさりさえぎってしまった、わたしの内側を覆う分厚い雲。」

「ナミダノアトニーユキ」での展開がすばらしい。

「カーテン、開いているけど
かなり困った顔で、イズミは隣にいるチーコを見た。
わざとだよ
え?
あえてそこに立ってもらっているの
どうして・・・・・・
まずは、月に見せてあげようよ
月って・・・・・・
困ったようにつぶやいたイズミが、窓の外を見た。」
「だれもいない、いつもの路地。
夜空には、ボクの友達。
すべやかなイズミの裸体が、青白い月光をしっかりと吸い込んで、ぼうっと幻想的に発光して見えた。
ぷく。」

第四章に入って、「デアイハマボロシーユキ」「イズミ、イズミーミキ」と続く。
「静かな部屋に、水面をたたいた音が響く。抱えた自分の膝をみつめていたイズミが顔を上げた。ボクをみてくれた。イズミは少し驚いたような顔をしていた。

「イズミ。
イズミ。
 
ボクはイズミに向かって泳いだ。
ガラスの壁がボクを通せんぼする。
それでも、ボクは鼻先でぐいぐいとガラスを押し続けた。
 
すると、イズミがゆっくりと立ち上がった。
ボクのいる出窓の方へと歩いてきたのだ。
 
イズミ。

でも、イズミはボクではなくてパンジーの前に立ち、はじめてつぼみにふれたときのように、咲き誇る花びらを指先でそっと撫でた。」

「イズミは布団のなかでまるくなって、背中をこちらに向けていた。掛け布団に隠されたその背中は、なんとなく、彩のある未来を拒否しているように見えた。」

「キセツヲオモウーユキ」で安堵と希望がしみでていることに気づいた。しばらく止まっていたイズミの時間がゆっくりと動き出したのかも知れない。

「イズミの気持ちは、ふたたびボクから離れてしまう。
 
ぷく・・・・。

イズミの言葉どおり、この日を境に、黒猫の家の桜は、まさに夢のように一斉に開花し、季節を彩った。そして、ボクの予想通り、イズミの気持ちは、ボクから離れていったのだ。

イズミの表情は桜の開花と比例してみるみる明るくなり、ボクは依然のようにぼうっとしていることが多くなった。

イズミのスマートフォンには、ほぼ毎晩、電話がかかってきたり、メッセージの通知がくるようになった。イズミは、ボクのいる金魚鉢よりも、小さな画面を見詰めている時間に幸福を覚えているように見えた。」

第五章で、「テヲフルヒトーユキ」「イマノシュンカンーユキ」と続く。

「秘密?
応援?
 
正直、ボクには、その意味するところがよく分からなかった。
でも、太陽くんは、ボクの大好きなイズミの大好きな人だし、よくボクに話かけてくれるし、餌だってくれる。
 
うん。
 
ボクは身体全体を縦に動かして頷いてみせた。
すると、それを見た太陽くんの目が見開かれた。
“ん?いま、頷いた?”
 
太陽くんは、ボクをじっと見ていた。
 
えっ、伝わった?
ボクのイエスが・・・。
伝わった!
 
うん。うん。
ボクは、頷けるよ。
イエスと伝えられるんだよ。」

ボクは、誰?で、はじまり、ずっと、ひとりぼっちだったボクのまんまるな世界にも、
ひと足遅れの「春」が訪れていた、で終わる「ぷくぷく」に魅せられてしまった。
とんでもない出来事が起きている世の中であるが、確かな春は訪れている。

(文:横須賀 健治)

 

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